<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20952] 前兆 4話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/05 00:47
1998年6月23日 1550 日本帝国 玄界灘上空


≪CPより『サラマンダー』、ベクター3-4-5(方位345度)、エンジェル10(高度1000m)エリア・ブラヴォー経由で対馬ベースへ向かえ≫

「サラマンダー・リーダー、了解。 リードより全機、ヘッドオン3-4-5、エンジェル10 まだ半島の目玉の認識範囲外だが、調子に乗って登り過ぎるなよ?」

―――『ラジャ』

指揮官機の『不知火』が、跳躍ユニットを吹かして上昇を開始する。 続く中隊の11機も指揮官機に続き、上昇に入った。
排気炎が日中の陽炎の様に揺らめく。 網膜スクリーンに映る先行機体が、その陽炎でゆらゆらとぶれる様に見えた。

やがて予定高度に到達し、機体を水平飛行へと持って行く。 中隊長機を頂点に、各小隊が菱型のフォーメーションを形成して、お互いが1km程離れた距離を保っている。
右手遥か下方に壱岐島が見える。 まだこの高度では、半島に巣くう光線属種のレーザー照射見越し認識範囲外だ。

≪CPより『サラマンダー』、現在対馬には、レーザー照射警報は発令されず。 繰り返す、対馬には現在、レーザー照射警報は発令されず、送レ≫

「サラマンダー・リーダー、了解。 半島の連中はお休み中か?」

≪CPよりサラマンダー・リーダー、光線級の活動不調の要因は不明。 送レ≫

CPの声は硬質でそっけない。 その声に交信していた中隊長はコクピットで苦笑しながら首をすくめた。
戦術機中隊の編隊は、巡航速度で飛行を続けていた。 背部兵装担架には推進剤の増槽タンクを背負っている。
対馬の基地までの、定期交替便である。 対馬基地には、福岡の第9師団から毎週1個戦術機甲中隊が、ローテーションで駐留しているのだった。


≪CPよりサラマンダー・リーダー、対馬ベースより35kmポイント。 チャンネル・05にて対馬・アプローチと交信せよ。 以降の管制は、対馬アプローチが引き継ぐ≫

「サラマンダー・リーダー、了解。 さて、浮世を離れた離島のバカンスと行くか?」

≪CPよりサラマンダー・リーダー、対馬は最前線です、不謹慎ですよ・・・ お願い、気を付けて。 オーヴァー、アウト≫

CPとの通信が終わるや否や、中隊の各機から囃したてる様な口笛が上がる。
同時に対馬基地の管制官―――対馬アプローチから通信が入った。

≪こちら対馬アプローチ、『サラマンダー』、どうぞ≫

「対馬アプローチ、サラマンダー・リーダーだ。 半島の連中はお休み中か?」

≪さあな、判らん。 少なくとも10日ほど前から、ご無沙汰なのは確かだ≫

「そのまま忘れてくれたら、誠に有り難い」

≪ハイヴにそう、手紙でも届けな。 それと、毎度毎度のお惚気は控えてくれと。 こっちにゃ独り者ばっかなんだ、言っただろ? 久賀大尉?≫

「気にするな。 俺は気にしない」

≪全く・・・ ポイント・チャーリー通過、エンジェル05に下げろ。 エリア・デルタからファイナルアプローチに入れ≫

「ラジャ。 エンジェル05、100ノット―――エリア・デルタ侵入。 リーダーよりサラマンダー各機、B小隊からファイナルアプローチ」

基地上空で大きく弧を描いて旋回に入り、東側からゆっくりと高度と速度を落として降着態勢に入った。
やがて次々に降着場に戦術機が降り立ち、最後に中隊長機がピンポイント降着を決める。
地上誘導員の指示に従い、降着場脇のハンガーへと各機が侵入する。
そのまま主機をオフ。 整備員が機体に群がるのと同時に、管制ユニットから衛士達が降り立った。

「・・・暑くなってきたな」

ハンガーの外に出て、梅雨の合間の晴れ渡った空を見上げた久賀直人大尉は、ふと呟いた。
無意識にそのまま半島の方向の空を見ていると、駆け寄って来た基地基幹要員から声をかけられる。

「久賀大尉、基地司令がお呼びです」

「早速か・・・ はいよ、今行く」

のんびりしていられる訳も無い、ここは紛れも無い帝国本土の最前線なのだ。
そう意識を切り替えて、基地本部等へと足早に向かって行った。









「第91戦術機甲連隊、第21戦術機甲中隊。 久賀大尉以下、12名。 到着致しました」

「おう、ご苦労だったな」

到着申告をすべく管理司令室に入室すると、不機嫌顔の基地司令がモニターを睨んでいた。
確かあれは、対岸の監視モニターだったな―――そう思いながら、脇から覗き見る。

「見ろ、この数日だ。 BETA共が海岸線に固まり始めた。 まだ光線級は確認されちゃいないがな」

「―――結構な数ですな」

「ああ、衛星情報でも確認した。 少なくとも釜山辺りにゃ、6000体からの個体群が確認されている。 昨日までは1000体だった」

「・・・鉄原から移動してきた?」

「それも有る。 もう一つは重慶からの遠征組だ。 海軍さんが昨日、一昨日の時化でロストしたからな」

天候が悪化し、洋上での渡海BETA群の補足・殲滅を失敗したのだ。 かと言って海軍―――海上護衛総隊を責める事も出来ない。 
小型艦が主力の彼等にとって、天候の悪化は艦の復元性の限界という問題に直結する。 下手をすれば、転覆も有り得るのだ。

「ま、今のところは固まっているだけで、大人しくしている様だ。 動きが有ったら、直ぐに判る。 おい、ちょっと付き合え」

そう言って基地司令は久賀大尉を連れて司令棟を出て、脇の管理棟にある基地司令室まで連れて行った。
基地司令室は見た目以上に質素だった。 最前線基地の内装など、殆ど実用一点張りなのはどこの国も共通だったが。
コーヒーモドキを注いだコーヒーカップを渡される。 不味いがもう慣れた味だ。
簡易椅子に腰かける様に勧められ、ひとまず腰かけてコーヒーモドキを飲む。

「なあ、久賀君よ、あれはマズイ、マズイぞ?」

開口一番、基地司令の中佐が切り出した。 半島沿岸の事だろう。

「・・・多分、万以上が固まったら、海峡を渡って来るのは時間の問題ですな」

過去の戦歴から、あの様な状況で次の様相は判断出来る。 
鉄原と重慶の活発化がどうなるかに寄るが、下手をすれば1カ月以内にも実現しそうな悪夢だ。

「軍集団司令部からは、24時間体制での監視命令が発せられた。 基地全体もデフコン3だ。 君の中隊も、警急態勢に入って貰う」

「了解です」

否やは無い。 既に九州北部全体が準警戒態勢と言っても良い。
暫くの間、駐留中の防備体制や戦術機部隊の運用方法について、基地司令と確認をし有っていた。
それがひと段落ついた時に、ふと、基地司令がニヤリとした笑いを浮かべて聞いてきた。

「で? どうなんだ、新婚生活は?」

「・・・最近、何処に顔を出しても、その話ですよ」

ややうんざりした表情で、久賀大尉が嘆息する。

「そりゃー、そうだろうさ。 何せ、部隊でも1、2の堅物だった久賀大尉がいきなり結婚だ。
しかも、通信士官の中でも、人気の美人女性士官を『撃墜』したとあっちゃな! やっかんでいる連中だっているだろうさ!」

「正攻法で当ったら、向うが砕けてくれただけですよ」

「・・・それ、他の連中に言ったら、悔しがる馬鹿が多いからやめておけよ? ま、独身10年で判らん事も、結婚生活3日で悟る事も有る。
大事にしてやれよ? 君は師団でもトップクラスの歴戦衛士だ、今更俺が言う事も無かろうが、嫁さん、あの年で未亡人は早すぎる」

「判っております」

久賀大尉が苦笑する。 結婚後のこのかた、何処に顔を出しても同じ様に、同じセリフを聞かされる。
それ程に自分は、頼り無さ気に映るのだろうか? これでも実戦経験では、帝国軍中でもトップクラスと自負しているのだが。
それとも、司令の言っていた通り、やっかまれているのかな? モノに出来た幸運は、自分でも最初は疑ったモノだ。
何しろ自分の妻は、師団でも指折りの美形と称される女性士官だ。 あの時、何かに突き動かされる勢いで突撃した事が、未だに信じられない。

(―――ああ、あいつもこんな気分だったのか?)

ふと、今は別の部隊に配属されている同期生を思い浮かべた。
あいつは良く言っていたな、国の為でも、名誉の為でも、人類を護るなんて大義の為でも無い。 
生きて再び、彼女に会いたいから、戦うのだと。 戦って、生き延びて、再び彼女に会いたいのだと。

(―――確かに、そうだな)

彼―――久賀大尉もそう思った。 誰の為でも無い。 妻を護る為に戦う。 
普段は真面目で、少し潔癖な所の有る、それでいて本当は性根の優しい、そんな妻の元へ。
必ず帰る。 妻をもう一度抱きしめたい為に、必ず生きて帰る。

(―――人なんて、そんなものだよな・・・)











1998年6月28日 1430 大分県 別府湾


多数の、いや、無数のと言いたくなる程の車両の列が続いている。
湾口へ、港へと続く道路には軍用車両―――トラック、牽引車両、果ては自走砲から自走高射砲、戦車に至るまで―――が長い列を為している。
九州からの兵力移動の第1陣である、第7軍団(第5、第20、第27師団)が佐伯湾から海路、四国沖を回って大阪湾から瀬戸内海―――兵庫県西部へ移動するのだ。

完全装備の歩兵部隊が、フェリーへの乗船待ちをしている。 港湾のクレーンは重量物である戦闘車両や支援車両、そして戦術機を輸送艦や戦術機揚陸艦へ積み込む。
燃料・弾薬の詰め込まれた各種補給コンテナが、コンテナ船へと積み込まれ、軍用の軽車両が次々と輸送艦へと呑みこまれてゆく。

「閣下、搭載作業完了は翌29日、0930です。 出港は29日1130、姫路港着予定は30日の1415。
直ちに揚陸を開始し、揚陸完了は31日0530。 部隊移動開始0630になります」

軍団G4(後方・兵站担当主任参謀)から報告を受けた軍団長が、湾内に広がる光景から視線を外さずに叩頭する。
辺り一面、まるで災害にでも有ったような騒ぎになっている。 無理も無い、数万人を擁する軍団兵力を、その装備丸ごと短期間で輸送さすのだ。
佐伯湾は民間港湾であると同時に、海軍の有数の錨泊地でもある。 お陰で急な移動命令も、港湾軍用施設は有る程度整っていた。
しかしそれだけでは到底足りず、現在は民間港湾地区まで全て使用しての荷揚げ作業が続行されている。


国防省と統合軍令本部、陸軍参謀本部、本土防衛軍、この4者合意の結果実現した兵力移動。 しかし土壇場で用兵側が一部折れた形となっている。
当初は8個師団の兵力移動で一旦は同意したものの、対象となる第7、第8軍団が共に3個師団で編成された部隊である事が問題となった。
8個師団の兵力移動を行うには、残る第10軍団の3個師団の内、2個師団を移動させねばならない(主力の第3、第13軍団は5個師団編成)
どうするのか? 軍団司令部ごと、1個師団減で移動さすのか? それとも第10軍団を解隊、再編成を行うのか?

西部軍集団は、3個軍団の残留を強硬に希望した。 任せられる戦略戦域司令部を多く持ちたい事は、上級司令部として当然である(直接指揮の負担も減る)
中部軍集団は、追加配備兵力の減数に難色を示した。 何と言っても、帝国の中枢を防衛するのはこの軍集団である。

再び4者による緊急にして、最重要の会議が開かれた。 

第10軍団を解隊するのか? 馬鹿な、皇帝陛下から親補されたる職である軍団長を、そうおいそれと解任は出来ない。
1個師団減で第10軍団を再編成し、残った1個師団を第3か第13軍団へ編入するのか? もしくは西部軍集団の直率戦略予備兵力に?
これには西部軍集団司令部が反発するのは、目に見えている。 九州北部を第3軍団と第13軍団に分割防衛させ、残った地域を第10軍団が予備として担当する。
この戦略指揮構想が最低限必要とされる事は、国防省や統合幕僚本部も理解している。 全域を第3軍団と第13軍団の2個軍団に任せるのは、軍団司令部への負担が大きい。

短いが、白熱した、そして深刻な議論が展開された。 その結果、西部軍集団から中部軍集団への兵力移動は第7、第8軍団の2個軍団(合計6個師団)
第10軍団は引き続き九州の留まり、西部軍管区の戦略予備として『前線』への援軍・支援に当る。
その合意がなされた翌日、第1陣の第7軍団の移動が開始された(元々、移動予定で会った為、事前準備は完了していた)


湾内にはこれまた多数の船舶が停泊していた。 輸送艦、徴用した輸送船、兵員輸送用のフェリー、コンテナ船、そして輸送用軽戦術機母艦に戦術機揚陸艦。
兵員のみならず、各種機材、燃料・弾薬を始めとする各種物資。 軍用車両、そして戦術機。 様々な物を港湾から積み込み、そして離岸してゆく。

「・・・避難民には、迷惑な事となったな」

視線を民間港湾地区の奥に向けた軍団長の口から、悔悟にも似た調子の声で呟きが漏れた。

「致し方無い事かと。 統合軍令本部、本土防衛軍総司令部の命令では、今月中に軍団全兵力の移動を完了させよ、との事です。
その為の協力として、内務省が民間人の避難移動を一時的に制限したのですから・・・」

港の待合室ならまだマシだ。 多くは野外の露天で地べたに座り込み、軍の移動が早く終わり、フェリーへの乗船が早く再開してくれる事を心待ちにしている民間人達。
しかし、その乗船すべき船の多くは今回、第7軍団の足代わりに徴用されている。 そして次に控える第8軍団も、この佐伯湾を使う予定だった。

「彼等は・・・ あと2週間は、ここに座りこむ事になる」

済まなさそうな、後ろめたい様な、そして悔しい様な、複雑な声色で軍団長が独り言のように言う。

疲れ果て、不安に苛まれ、戸惑いと苛立ちを募らせた避難民達。 家や土地を手放し、家業を捨て、見知らぬ土地での疎開生活を強いられる事となる人々。
会社務めの者はまだマシだった。 政府はかなりの助成金を出しているし、企業の側も国内外に新しいポストを用意する事が出来た。
悲惨なのは自営業を営んで来た人々だ。 避難・疎開が本格的になり始めると同時に、土地や家、他の資産を売り払う人々が急増した。
そしていつの時代にも、人の不幸は我が世の春とする者達もいる。 二束三文で資産を買い叩き、それを仲間内で転売を重ね最後に市場に出し、利益を得る者達。
中には政党議員の息のかかった団体の名さえ、囁かれる程に社会問題化している(そして、政党や議員に司法のメスが入る事は無い)

その虚ろな目に、軍は一体どう映っているのだろうか?

「地元の自治体が、公民館や学校を開放する予定だそうです。 この地区はもう随分と疎開が進み、無人に近い地域もありますから・・・」

そう言う軍団G4も、歯切れが悪い。 何やら免罪符を自らこじつけた様な気分になったからだ。

着々と進む、軍団の移動作業。 殺気立った、しかし一面で奇妙な活気のある情景。
そのすぐ横で、疲労と不安を抱え込んだ避難民達が醸し出す、澱んだ停滞感の情景。

もうすぐ夏がやって来る。 その晴れた日の昼下がりの、奇妙な情景が続いていた。













1998年6月30日 1130 日本帝国 神奈川県大倉山 帝国海軍気象部 気象観測管制室


「台風6号の中心気圧、945hPa(ヘクトパスカル)、最大風速、83ノット(42.7m/s)、暴風域の最大半径165nm(ノーチカル・マイル:約306km) また成長してやがる」

「南西諸島から北上するな、そいつは。 その後でフィリピン沖から7号が北上してきている、中心気圧922hPa、最大風速96ノット(49.4m/s)、暴風域最大半径157nm(約290km)・・・」

「太平洋高気圧が、東の洋上に後退している。 このままだと、超大型台風が日を置かずに連続して西日本に上陸するぞ・・・」

海軍気象部は憂慮に包まれていた。
中心気圧が940hPaを下回る程の強烈な、そして広い暴風域を有する超大型台風が2個、連続してマリアナ海域とフィリピン南方海域で発生してから数日。
それまで帝国本土上空に張り出していた、勢力の強い高気圧がその勢いを弱め、太平洋上へと後退して行った。
その事で、台風はその縁、つまり帝国本土を直撃する公算が非常に大きくなったのだ。 そればかりでは無い・・・

「おい、これが今朝入った気象衛星の観測結果だ。 またぞろ、マリアナ西方沖合とフィリピンの東南海上で、熱帯低気圧が発達しているぞ」

観測官の一人が、やや顔を青ざめさせながら、観測結果を提示する。 その内容を見て、そして天気図の等圧線をなぞるように、皆が確認する。

「・・・駄目だ、これも直撃するぞ・・・」

「最悪だ、ほぼ同時発生か・・・!」

「気象庁にも問い合わせろ! それと、大東亜連合連絡部にも! 現地の観測結果を取り寄せるんだ!」

これほどの超大型台風ともなると、艦艇の行動は無理だ。 大型の戦艦群でさえ、この中に突っ込む事は自殺行為に等しい。
ましてや、中小型艦艇がこの暴風域に入ってが最後、最悪の場合『第四艦隊事件』の二の舞である。

「九州と四国、それに山陽・山陰の海上疎開計画を、一旦止めなければならん」

それまで、観測担当官達の背後で黙っていた観測課長が、絞り出すような声で言った。
当然であろう。 民間船舶に避難民を満載、そしてこの超大型台風の暴風域の広さ。 簡単に転覆・遭難事故が多発するのは目に見えている。

「部長へ報告する。 引き続き観測精度を高めるんだ、到達コース、時刻、勢力、見極めろ。 気象庁へも連絡確認を怠るな!」

「はっ!」





6月30日 1500 沖縄県宮古島 気象庁沖縄気象台管内 宮古島地方気象台


『・・・台風6号の中心気圧938hPa、最大瞬間風速86ノット(44.2m/s)、平均速度20.3ノット、暴風域最大半径182nm(約340km)
最大気圧低下、12時間で58hPa、針路を北東に向け、尚も勢力を増し北上中・・・!』


6月30日 1930 沖縄県南大東島 気象庁沖縄管区気象台内 南大東島地方気象台


『繰り返します、台風7号は中心気圧918hPa、最大瞬間風速98ノット(50.4m/s)、暴風域最大半径160nm(約300km)!
平均速度22.1ノットで北北東の進路を取っています。 最大気圧低下、12時間で45hPa! このままの進路では、6号と合流します・・・!』


6月30日 2000 九州 大分県 別府湾


「出港取り止め! 出港取り止めです!」

港の係員が声を枯らして叫んでいる。 真っ暗な曇天、すでに風雨はかなり強く、横殴りの強い雨と風が吹きつけていた。

「おい! もう5日もここで、足止めされているんだぞ!」

「何時になったら、船に乗れるの・・・!?」

「小さい子供がいるんです! なんとか屋根の下で・・・ 乗船出来ないのですか?」

疎開しようとして、乗船待ちをしている数万人もの避難民達の多くは、気休め程度の日射し避けのビニールシートや傘程度しか持っていない。
こんな所に台風が直撃すれば・・・ 風雨に晒され、全く間に体力を奪われて、疲労凍死してしまうだろう。

「わっ、私に言われましても・・・! と、とにかく、軍の命令です! 最寄りの公民館や、学校に避難するようにと・・・!」

「そこがもう、満員なんじゃないか!」

「何処に避難すればいいのよ!?」









6月30日 2230 長崎県 佐世保軍港 帝国海軍佐世保鎮守府


「台風6号は、勢力を強めて現在は奄美大島沖合を北上中。 明日朝には、九州南西岸を通り、五島列島に昼前に到達する見込みです」

「7号は?」

「7号は北大東島沖から北上、明日の夕方に日向灘に到達の見込みです」

「勢力が強いな・・・ 6号の中心気圧936hPa、最大瞬間風速88ノット(45.3m/s)、最大暴風域半径が185nm(約343km)」

「7号はもっと酷い。 中心気圧は915hPaに落ちた、最大瞬間風速100ノット(51.4m/s)、最大暴風域半径160nm(約300km)・・・」

「九州全域に、四国の半分、それに岡山から山陰の米子辺りまでが、猛烈な暴風域にすっぽり入るな・・・」

「港務部に連絡しろ、港内停泊中艦艇の係留を厳にと。 もう他に避難する事は間に合わんからな」

「施設部より連絡が入りました。 現在設営中の唐津湾防御陣地、松浦川の増水の為、作業を中断すると」

「唐津はどこの隊だった?」

「第3213設営大隊です。 大塚少佐の部隊です」

「東松浦に中森少佐の部隊が居たな、第3214設営大隊が。 増水対策の応援に行かせろ」

「第6艦隊(潜水艦隊)第63潜水戦隊司令部より入電。 『海中攪拌が激しく、探知できず』、以上です」

「・・・衛星情報も駄目、海上哨戒は不可能、海中探知も絶不調。 BETA共、大人しくしておるのかな?」

「4日前の情報では、重慶の周辺飽和個体群が、とうとう10万を突破しました。 江蘇省沿岸部には、3万を超える個体群も」

「拙いな、拙いぞ・・・」










1998年6月31日 2310 福岡県 築城駐屯基地 第9師団


「対馬から戻った途端、今度は台風か・・・」

当直司令室で、今夜の基地当直司令である久賀大尉がぼやく。
既に九州南部は暴風域に入り、猛烈な風雨が襲いかかっている。 この北九州でも朝から強い雨風が続いていた。

「2個が殆ど同時ですからねぇ・・・ わたしゃ、熊本の出ですが、心配です」

当直副官の上級曹長が、コーヒーカップにコーヒーモドキを注いで、久賀大尉に手渡す。
不味い事この上ない代物だが、体が温まる事だけは間違いない。

「おや? 曹長の実家は熊本かい? 直ぐ近くを台風が通過するからな、心配だろう」

「大尉は、どちらで?」

「俺は福岡だよ。 よりによって2個の台風、両方とも直撃コースらしい。 もっとも実家は東北に疎開したけどね」

「そりゃ、良かった。 ワタシんトコもですね、親が年寄りでゴネてましたけどね。 女房子供と一緒に、ようやく出発してくれましたよ・・・」

「お互い大変だ。 ああ、そうだ、ハンガー前に土嚢は積んだか? ハンガー内に浸水して、戦術機が濡れるのは、いただけない」

「ご心配なく。 向うの先任は、ワタシの同年兵ですよ」

なら、大丈夫か。 そう内心で思い、心配毎の一つをしまい込む。
ただ飯の数だけで、上級曹長にまで昇進できる筈も無いのだ。 言ってみれば、兵隊の大佐、それも実力で昇りつめた。
その実力たるや、ヤクザな大尉程度が及ぶ所では無いのだから。

「・・・この調子じゃ、当直明けても家には帰れんなぁ・・・」

「台風が通過するのは、明日の夜以降ですからね。 新婚さん、ご愁傷様です」

―――またその話題か?
下手をすれば、当直中ずっと引っ張られるかもしれない。 好意的な受け止められ方なのであるが、毎度毎度とくれば。
久賀大尉も、これには流石にうんざりした気分になって来た。 今は当直を無事に終え、一刻も早く妻の待つ家に帰りたかった。
彼女も通信管制士官だから、この騒ぎでは大変だろう(各地からの通信が大量に入電している)、ただし、明日は非直の筈だ。
対馬から1週間ぶりに戻って、いきなりの基地当直司令。 その不運に嘆いたものだが、明日は2人揃っての非番だったのだ。


『・・・繰り返します。 超大型で猛烈な勢いの台風6号は、明日朝に九州南部を通過する予想です。
中心気圧は936hPa、最大瞬間風速45メートル以上、最大暴風域半径は340kmを越し、九州全域が暴風雨圏に覆われます。
この為気象庁では、各地に洪水、土砂災害に対する厳重な注意を呼び掛けております。 繰り返します・・・』

全く。 この台風さえ無ければ、明日は久しぶりに妻と外出をと思っていたのに。
疎開が進み、半分近い民間人が避難した街は寂しい姿だが、未だ開いている店も有る。 
軍人だとて、少しくらいの小さな幸せを味わってもバチは当たらないだろうに・・・

TVの気象情報を見ながら、漠然とそんな思いが込み上げてきた。












1998年7月2日 2330 帝都・京都 首相官邸


「先だっての台風6号、7号による被害は、九州全域を中心に、各地に深刻な被害を及ぼしております」

秘書官より報告を受けた榊首相は、沈痛な表情でその報告に聞き入っていた。

「未だ想定では有りますが、家屋被害11万2210棟、浸水被害31万1215箇所、死者3015人、行方不明者659人、負傷者2万1058人・・・」

疎開避難中で有った事が、被害を更に拡大させてしまった。 九州だけでもいくつもの河川が氾濫し、堤防が決壊して辺りを濁流が押し流してしまったのだ。
簡易避難所は元より、ほぼ野外で風雨に凍えながら寄り集まっていた避難民に、増水した濁流が押し寄せ、呑み込まれたケースも有ったと言う。

「九州戒厳令司令部(西部軍集団司令部)は、災害復旧については、防御陣地の復旧を最優先せざるを得ないとの事です。
軍の施設、基地、軍港、その他にも少なからぬ被害が出ております。 海軍も、佐世保鎮守府の設営部隊を軍事設備復旧に回すと・・・」

「内務省は、何と言っておるのかね?」

「消防庁の全力と、警保局広域緊急援助部隊を至急、災害地に派遣する方針です。 更には近畿一円と東海地方の各都府県からも、警察緊急援助隊が抽出されました」

「・・・軍の災害復旧協力は、得られないのかね?」

「難しいかと・・・」

連続した超大型台風の上陸は、九州や四国、中国地方に甚大な損害をもたらした。
これはとりもなおさず、対BETA本土防衛を想定し、準備していた軍にとっても手痛い損害だったのだ。
今、軍は大急ぎで防御陣地の復旧に全力を挙げている。 民間人への災害支援活動は、恐らくその後になるだろう。

「BETAの状況が状況です。 それさえなければ、真っ先に軍が災害復旧活動に乗り出すでしょうが・・・」

3日間続いた天候不順による、ハイヴとBETA群監視の空白時間。
今日の昼過ぎに送られてきた衛星情報を目にした帝国軍上層部は、血の気が引く思いをたっぷりと味わう事となった。
重慶ハイヴ周辺のBETA飽和個体群が、綺麗さっぱり姿を消していた。 そしてその直後に送られてきた、江蘇省沿岸部の衛星情報を目にしてパニックに陥りかけた。
そこには、青島から上海にかけての沿岸部が、一面無数のBETA群で埋まっている様が映されていたのだ。 その数、10万超。
更には海底の赤外線探査情報、海上護衛総隊が未だ荒れる洋上を突いて、強行哨戒を行った結果。 海底を約3万近いBETA群が、東シナ海を北東に向け移動中だった。

こうなったが最後、軍の協力は得られまい。 彼等はまず、BETAに対する守りを固めなければならない。
報告を聞き終えた榊首相は、最高度の秘匿措置が施された首相専用回線電話を取り上げ、とある番号を呼び出すよう指示した。
この時間、向うは朝の9時過ぎ。 とうにスタッフ全員はスタンバイしている事だろう。
コール数回で、相手が出た。 無意識に息を吸い込み、意を決して話しかける。

「・・・おはようございます、ミスター・プレジデント。 ええ、その件につきまして。 ええ、仰る通りです。 是非とも、貴国の支援を・・・」


ワシントンのオーバル・オフィス(大統領府)からペンタゴン(国防総省)へ。 そしてハワイ・オアフ島、キャンプ・H・M・スミスのUSPACOM(合衆国太平洋軍)司令部へ。
USPACOM司令官、アレクサンダー・F・ウィラード海軍大将はこの日、指揮下の全軍―――第3、第7艦隊、太平洋陸軍、太平洋海兵隊のデフコンを4から3へ引き上げた。
同時にUSFJ(在日米軍)に戦時即応体制を発令。 カリフォルニア州サンディエゴの第3艦隊は、第7艦隊支援に向けて急ピッチで水師準備に入った。


国連軍事参謀委員会は、太平洋方面総軍司令官にウィラード米海軍大将の兼務を打診。 
国連軍太平洋方面第11軍司令官には、アルフォンス・パトリック・ライス米陸軍大将(在日米軍司令官)を。
政治力学上、第11軍副司令官に韓国軍(日本駐留)の白慶燁陸軍中将が就任した。








1998年7月5日 0620 北海道苫小牧市 帝国国家偵察局 衛星情報センター 北部受信管制局


「江蘇省沿岸部のBETA群、移動開始しています!」


1998年7月5日 0835 石川県輪島市 帝国国家偵察局 衛星情報センター 中部受信管制局


「A群、約3万8000。 B群、約2万9000。 C群、約4万。 先行するD群、約3万2000。 合計約13万9000体・・・」


1998年7月5日 1040 鹿児島県阿久根市 帝国国家偵察局 衛星情報センター 南部受信管制局


「C群針路、鉄原ハイヴ。 A群針路、朝鮮半島南西沿岸部。 B群針路、対馬。 D群は済州島に上陸、一部が対馬沖合100km地点まで進出」


1998年7月6日 1450 東京府市ヶ谷 市ヶ谷衛星情報中央センター


「BETA群、対馬に上陸しました。 はい、先行していたD群の3万2000です。 後続するB群の2万9000も、今夕には上陸の見込みです。
対馬防衛隊が撤収した跡地は、既に喰い尽された模様です。 辺り一面、BETAしか映っておりません。
はい、はい・・・ はい、A群は西海岸から旧釜山辺りまで移動しております、約3万8000。 鉄原ハイヴ周辺個体群は、C群が合流して約5万7000です・・・」









1998年7月7日 0435 日本帝国 佐賀県唐津市 唐津湾防衛線 第13軍団第32師団


鏡山展望台監視所からは、虹の松原(にじのまつばら)を見下ろせる。 
日本三大松原のひとつで特別名勝に指定され、玄海国定公園の一部でも有る美しい松原だ。
沖合にひっそり佇む高島、右手遥かに串崎の岬が見える。 

「0430、異常無し、と・・・」

監視所の監視兵が、眠い目をこすりながら湾を見下ろしていた。
0400時に当直を交替したばかりだが、穏やかな早朝の湾を見ていると段々と眠気が襲ってくる。
静かな浪打ちの音、微かな風の音。 台風が通り過ぎた後は酷かったが、ここ数日でようやく海の色も元の綺麗な色に戻って来た。
今日は晴れそうだ。 晴れた日の監視所勤務なら、文句は無いのだけどな・・・ 晴天の日、監視所から見下ろすその絶景は素晴らしい。
出身地ではないが、出来るならずっとこの地で勤務したいと思えて来る程、その監視兵はこの地の景色に心を奪われていた。

「・・・ん?」

不意に遠くの海面から、何かの射出音が聞こえた。
双眼鏡を取り出し見てみると、沖合で海軍の海防艦が数隻、盛んに爆雷を投下し、対水中ロケット弾を発射しているではないか!

「ま、まさか・・・」

あの辺りは姫島の沖合だ、神集島との中間海域、丁度佐賀県と福岡県の境の海面・・・ 海岸から10km程しか離れていない!

途端に、海岸線近くの水面が爆発した。

「ッ! ベッ・・・BETA!」

海岸線は瞬く間に、異星起源の醜悪な来襲者―――前衛の突撃級BETAで埋まった。 途端に鳴り響く野戦電話。

『本部より鏡山ポスト! 至急撤収しろ! 既に効力射は第1射を発射済みだ!』

その声と同時に2km程先の海岸線に、多数の火柱が立ち上る。 腹に響く衝撃と重低音が遅れてやって来る。 間違いない、203mm重榴だ。

「ッ! 鏡山ポスト、了解!」

既に相棒は監視所の外に停車させてある高機動車に乗り込み、エンジンをかけていた。
大急ぎで走り寄り、飛び乗ると同時に高機動車両が発進した。

「クソッ! どうして対馬のBETA共の動向が判らなかったんだよ!?」

「俺が知るか! 戻って小隊長にでも聞いてみろ! 舌を噛むなよ!? 飛ばすぞ!」


1998年7月7日、0445 日本帝国本土における対BETA防衛戦、『帝国本土防衛戦』が開始された。









7月7日 0610 大阪府豊中市内


早朝の電話で目が覚めた。
綾森祥子大尉はベッドから手を伸ばし、近くのベットサイドに置いてある受話器を掴む。

「はい、綾森・・・ 大隊長? はい、はい・・・ えッ!? 判りました! 至急! はい! はい!」

慌てて飛び起きようとし、ベットの中の人の温もりに気がつく。

「直衛! 大変! 九州にBETAが上陸したわ! 全軍緊急呼集、基地へ急がないと!」

それだけ言って、ベットから跳ね起きようとした―――が、腰から肩を掴まれ、逆にベットの中に押し倒されてしまう。

「ちょ、ちょっと、直衛!? 何をふざけているの! こんな時に・・・ んんッ!?」

いきなり唇を塞がれる。 そして力強い腕で抱きすくめられた。

「駄目よ・・・! こんなッ・・・ んんぅ!」

もがくが、全く身動きが取れない程に強く抱きしめられ、また唇を奪われる。
覆いかぶさった相手から、低く小さく、絞り出すような呻き声がした。

「・・・くそ、くそ・・・ くそっ!」

出口の無いマグマの様な、幾重にも積み重なった感情をぶつける様な、荒々しい愛撫。
押し寄せて来る感覚に息が荒くなりながら、そのまま相手の頭を自らの胸に抱きしめていた。









1998年7月7日 0700 沖縄県石垣島 気象庁沖縄気象台管内 石垣島地方気象台


「―――台風8号情報。 中心気圧895hPa、瞬間最大風速120ノット(61.7m/s)、最大暴風域半径220nm(約407km)、平均速度24.3ノット。 フィリピン東方沖海上を北上中・・・」




前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.034830093383789