<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20952] 北嶺編 最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/24 03:52
2000年1月27日 0840 Ц-04前進補給基地東方5km ソ連軍第66独立親衛戦術機甲旅団


「ユーク01より各中隊! 突撃級の脚を止めろ! ギュン中隊は右翼、ユルドゥス中隊は左翼! リュザール中隊、私に続け、正面だ!」

ギュン中隊の制圧支援機から左右へ向けて、ランチャーから誘導弾が発射される。 数10発の小型誘導弾が着弾し、左右方向から押し寄せていた小型種BETAが纏めて吹き飛んだ。

『リュザール! 吶喊する! 近接戦闘!』

中隊長の声と同時に、8機のMig-27Mが跳躍ユニットを吹かして、水平面噴射跳躍に入った。 突撃前衛装備の前衛小隊に、強襲掃討装備の後衛小隊が続く。
その後方から大隊長直率小隊が、滞空制限高度を維持しつつ、打撃支援に徹しながら続行する。 特に要撃級に狙いを付け、リュザール中隊の突進力を維持させていた。
このЦ-04前進補給基地に向かいつつあるBETA群は、想定で約3900から4200体。 出現BETA群の約1/3を占めると推定された。
他に3群が分かれている様だが、それらはそれぞれ約2000体から3000体。 主攻集団はこのЦ-04前進補給基地に向かって来た1群だと、判断していた。

『―――リュザールよりユーク! 西方集団の突破に成功! 東方集団を視認、約2000以上!』

リュザール中隊長―――『ユーク』大隊副官兼任のサフラ・アリザデ大尉から、甘えを剥ぎ取った声の報告が入った。 あの娘は戦場では、1人の戦士になり切れる。
距離200、突撃級はまだ50体ばかりが生き残っているし、要撃級は300体以上固まっている。 小型種は1500体以上。 大隊前面でこれだ。
要撃級の前面間際に噴射降下で迫り、急速逆制動噴射-水平横噴射滑走-垂直軸噴射旋回でBETA群の中に割込む。 同時に左右2門の突撃砲の36mmで射撃。
すかさず噴射跳躍で上昇し、滞空制限高度に戻る。 分断したBETA群、その群れが再びひとつに戻る前に、接所する点を見つけ、再び分断する。

「―――よし! リュザール中隊はそのまま、射点を確保しつつ砲撃戦で連中を始末しろ! ギュン中隊は突破口の拡張攻撃、ユルドゥス中隊は側面に回り込め!」

『『『―――了解!』』』

3人の中隊長達が唱和する。 まだ若い声、10代半ばから後半の、少年少女達の声―――それがどうしたと言うのだ、でなければ、私達は生きていけないのだ。
だが同時に限界も近付いている。 大隊は定数40機に対し、3個中隊で22機と指揮小隊の3機で合計25機しか戦術機が居ない。
先程の突破戦闘で、リュザール中隊の1機が撃破された。 まだ幼い衛士が搭乗していた筈だ、これで大隊は24機に減った。 それで約4000体のBETA群相手に、どうやって・・・

『―――ヴォール隊よりユーク隊! 突撃級を何とかしろ、このアバズレ! 集中射でしか始末できんぞ! こいつ(T-72B)の砲じゃ、500以内に引き込まなきゃ撃破できん!』

随伴する第208戦車旅団の1個戦車大隊(定数を下回った24輌)の大隊長が、悲鳴の様な声で通信回線に入って来た。
確かに、連中の部隊に配備されたT-72M戦車の125mm2A46M滑腔砲では、距離1000以上で突撃級の装甲殻を射貫するのは無理だ。
突撃級の装甲殻を距離1000mで射貫するには、少なくとも距離2000での装甲貫通力が600mm無ければ、無理だと言われている。
『西側』第3世代戦車の多くが搭載するラインメタルのL-55やL-44・120mm滑腔砲、英国のチャレンジャー2が搭載するL-55ライフル砲 L30A1ならば可能だ。
しかし『東側』第2世代主力戦車で有るT-72Mが搭載する125mm2A46M滑腔砲には、そこまでの性能は無い。 この戦車砲は距離2000で装甲貫通力は、500mm程しか無い。

『交戦距離を維持出来ない! 周囲は山だ、狭い! 迫った個体を集中射で始末するのがやっとだ!』

戦車戦闘の基本は交戦距離の維持だ、有利な交戦距離を維持して戦う。 戦車の機動力を活かして敵との距離を維持するように後退する。
そうしないと、交戦距離が一挙に縮まり、場合によっては一挙に前線が瓦解してしまうことになりかねない。 BETAとの、特に突撃級との砲撃戦は機動が全てだった。
その悲鳴の様な要請に、ユーク大隊長のリューバ・ミハイロヴナ・フュセイノヴァ少佐は表情を歪めた。 目前にようやくの事で分断した、BETA群本体が見える。
これを始末しなければ、どうしようもない。 しかし残った約100体弱の突撃級BETAが戦車部隊に向かっている、その先は砲兵部隊陣地だ。
彼らを失う事は、一切の支援攻撃を失う事と同じだった。 天候が悪い為、航空支援を受けられない現状では、それは戦線の瓦解を意味する。
僚隊は? 『ザーパド』大隊は? 『ヴォストーク』大隊は?―――東側で約2000体のBETA群相手に、死闘を演じていた。 彼等も大幅に定数割れした部隊だ、余裕は無い。

「ッ!―――ユルドゥス中隊! 突撃級のケツに回って奴らを蹴り上げろ! 戦車隊の玉無し連中が、小便を漏らして泣き叫んでいる! 助けてやれ!
ヴォール隊、このオカマ共! 一物縮ませていないで、さっさと射撃しろ! 1個中隊を突撃級のケツに回す! それとも何か? もう去勢済か!?―――BETAにケツを掘って貰え!」

『ほざけ、淫売!―――大隊長車より全車! 節足部を狙い撃て! このT-72Mでもそれ位出来る事を、示してやれ!』

命中率の低さでも有名な、東側戦車。 西側戦車の常套手段である突撃級阻止攻撃―――節足部の狙い撃ちも、彼らの射撃管制装置ではかなりの高等テクニックだった。
背後に急斜面を背負った戦車大隊から、猛射撃が開始された。 多くは装甲殻に弾き返されるか、虚しく地面に突き刺さるかだが、その内徐々に節足部に命中する砲弾が出てきた。
それに呼応して戦術機1個中隊が(7機しか居ないが)突撃級の群れの後方に取り付いた。 急な方向転換が出来ない習性を利して、群れの背後から砲弾を叩き込む。
突撃級の群れは、徐々にその数を減じて行った。 戦車が何輌か、突出していた車輌が突撃級の突進を喰らい、ボール紙の様にへしゃげた以外は順調に殲滅しつつあった。

「・・・よし、このままBETA群の注意を引き付けろ! 持久戦になるぞ、近接戦闘は無しだ、砲撃戦で行く!」

近接戦闘の場合、機体にかかる負荷は計り知れない。 持久戦になる場合、如何なユーラシア諸国軍が近接戦闘を重視するとは言え、極力避けるのは定石だった。
情けなくなるほど薄い防衛線―――戦術機20数機に、戦車も20数輌。 後方に砲兵部隊が2個旅団控えていて、支援砲撃を行っているのが救いだ。
不意に5機のMig-23MLDが応援に駆け付け、上空から火箭を降り注ぐ。 広がりを見せ始めた要撃級、その攻撃に手一杯の隙に浸透し始めた戦車級を掃討して行く。
第189自動車化狙撃兵旅団に配備されていた独立戦術機甲中隊、その生き残りだった。 滞空制限高度ギリギリで、下方に向けて120mmキャニスター砲弾を叩き込んでいる。

何と言う薄氷の防衛戦闘だ。 どこか1か所でも薄い防衛線が破られれば、一気に戦線が瓦解する。 同じ42軍の友軍は、北のB群にかかりきりなのか!? 増援は!?
日本軍はどうした!? 国連軍は!? 新たな兵力支援が来たのではないのか!? どうして増援に来ない!?―――このままでは、あと2時間と保たないぞ!


フュセイノヴァ少佐は知らなかった。 彼女の言う『友軍』―――日本と国連の合同増強旅団が、彼女達の戦区を素通りし、隣接戦区に向かっている事を。









2000年1月27日 0950 Ц-04前進補給基地北東30km 日本・国連合同増強旅団・戦術機甲戦闘団


『―――第2部隊、C群の約2500体を45%殲滅。 損失、第4戦術機甲大隊(昇龍)5機。 第103独戦、4機。 第104独戦5機。 合計13機。 戦闘続行可能』

『第1部隊より団本部。 D群約2600体の50%を殲滅。 損失、第3戦術機甲大隊が4機、第101独戦は3機、第102独戦が4機、合計11機。 継続戦闘可能!』

接敵、戦闘開始から約50分が経過した。 互いに15km程離れたC群、D群を相手取っている第1部隊と第2部隊は、順調にBETA群を削り続けていた。
それぞれ、2500から2600体のBETA群に、各々120機の戦術機が殴りかかったのだ。 その上で光線属種はやはり居なかった。
こうなればアジア各地で、激戦を潜り抜けてきた各部隊にとって、すでに射撃演習に近い状況になりつつある。 それでも何名かは、命を落とした。

第1部隊に所属する第101独立戦術機甲大隊長の周防大尉は、網膜スクリーンに映し出される戦術情報にザッと視線を走らせ、必要な情報を拾い上げていた。
残存BETA群の個体数―――約1300体。 依然、南進を続けようとしている。 自隊の状況―――完全撃破1機、中破後送2機、残存37機。
僚隊は?―――第3『ロンニュイ』が36機、第102独戦『アレイオン』も36機が残存、稼働全戦術機の数は109機。 全て戦闘継続可能。

30分前、戦線から30km地点に迫った支援部隊―――戦車4個大隊と、自走砲3個大隊が自走に入ったとの連絡が有った。
あと数分で自走砲による面制圧支援が受けられるし、戦車部隊も10分もすれば直接砲撃支援を行える距離に進出して来る。
風雪も勢いが衰えてきた、予報では昼前後には天候が回復する。 航空支援が加われば、まず殲滅は可能になるだろう。

背後から120mm砲弾が通過し、前方の突撃級の節足部を撃ち抜いた。 すかさず左隣の92式弐型『疾風』が飛び出し、側面から砲弾を叩き込んで始末する。

(―――今の狙撃は北里か、やはり腕は良い様だな。 来生も咄嗟のオーバーラップの判断が良い、遠野に随分仕込まれた様だな)

「ドラゴン(第2中隊)、突っ込んで来る連中を止めろ。 フリッカ(第1中隊)、側面支援だ、廻り込んで来る要撃級を仕留めろ。 ハリーホーク(第3中隊)、戦車級を・・・」

指揮小隊の戦いぶりを脳裏の片隅で考えながら、全体として大隊の行動方針を流動する戦況から決定して行く。
同時に僚隊の動きを注視する。 戦術機甲大隊戦力となれば、その打撃力はかなりのモノになる。 動きひとつ、指揮官の判断一つで、戦況に影響を及ぼすからだ。
趙少佐の大隊が、BETA群の左側面に回り込んだ。 機動砲戦を仕掛け、突進するBETA群を牽制し続けている。 周防大尉の大隊と直角を為す攻撃網を形成していた。
長門大尉の大隊は、周防大尉の大隊の右後方に位置して、他の2個大隊の阻止攻撃から逃れ、流れてきた個体群を撃破し続けている。

(―――周囲の地形・・・後背に丘陵地帯、そこから南へ向けて平坦な地形が続く。 やはり阻止するのは、ここの高低差を利用する手だな)

先程から周防大尉は、殆どBETAと交戦していない。 迫る個体は全て、遠野中尉が指揮する3機の指揮小隊が始末していた。
それに違和感を感じている自分の事も、自覚している。 初陣以来、BETAとの戦いは個人戦闘を全ての場面で含んできた。
新米少尉時代、エレメント・リーダーの頃、小隊長の中尉時代、そして大尉に進級し、中隊を指揮するようになってからも―――それが今はほぼ、大隊指揮だけに専念している。

(―――確かに、1人3役も、4役もしていては、大隊の指揮も疎かになるな。 全てが中途半端になってしまう、大陸派遣初期の大隊指揮官の戦死率も頷ける・・・)

≪・・・戦闘団本部より第1、第2部隊へ。 3分後に砲兵部隊が面制圧攻撃を開始する、各隊は現在地を確保せよ。 前に飛び出すな、砲弾の雨を被るぞ?≫

戦闘団本部から通信が入った。 よりによって、団司令直々のお達しだ。 相変わらず、こう言う事が好きな性格は変わらない様だ。

≪戦車隊は10分後に展開が完了すると、司令部より連絡が有った。 2個大隊ずつだ。 第1部隊は砲撃終了後、速やかにポイントD7Rの行き止まりにBETAを誘いこめ。
その南の丘陵地帯から、戦車隊が『撃ち下し』をかける。 砲撃もそこへ集中させる。 第2部隊はD9Kの峡谷地帯だ、向かいの台地から戦車隊が砲撃する≫

通信内容を、戦術作戦MAPを呼び出して確認する。 D7R、ここから西の方向だ。 第3戦術機甲大隊が追い出し役になる、第102独戦大隊が誘導役か。
なら第101独戦大隊の取るべき行動は? 南から西へ、或いは北西方向へ、BETA群が第102独戦を追う様に仕向ける事だ。
具体的には南下しようとする個体を撃破し、西へ向かう様に誘導攻撃を仕掛ける事。 BETAの正面に位置せず、絶えず斜め後方から仕掛け、斜め前方へ抜ける事だ。

「―――大隊長より各中隊、陣形・ウィング・スリー。 北西に吊り上げる」


網膜スクリーンに映し出された戦術MAPに、戦車大隊の輝点が映った。 ほぼ布陣を完成しつつある。 背後から重低音が響き、やがて多数の甲高い音が近づいてきた。









2000年1月27日 1025 ペトロパヴロフスク・カムチャツキー ソ連軍第42軍兵站部


皆が遠巻きに見守っていた。 いや、違う。 恐れて誰も声を出せないでいた―――彼らの襟章の色は『緑色』だったのだ。
国家保安委員会(『Комитет государственной безопасности』)―――KGBだ、軍に対する監視結果なら、第3局・・・
第42軍兵站部長兼・兵器廠長のアンドレーエフ少将はKGBを前に、精一杯の虚勢を張っている。 内心では心臓が飛び出しそうなほど、慄いている事だろう。

「・・・何かの間違いではないかね? 非常に不愉快だ」

でっぷりと太った腹を揺すりながら、KGB要員に対し虚勢を張った態度で睨みつけるアンドレーエフ少将。 
だがKGB要員達はそんな虚栄に惑わされる事も、故意に強圧的に出るでもなく、表情を崩さず、寧ろ冷酷なまでの平静さで言い放った。

「・・・我々も、職務ですので。 ご協力を、同志少将閣下」

「ふんッ・・・! 勝手にうろつくがいい!」

くそ、どこから漏れた? KGBの査察? そんな情報はどこからも・・・ あの老いぼれ、切り捨てる気か!?―――瞬時にそう悟った。 
くそう、あの爺ぃめ、散々良い目を見させてやったのに! あれほど、袖の下を要求して来た癖に! アレクセイ・イヴァノヴィッチ(シキーニン大将、第42軍司令官)め!

「―――いずれにせよ、調査に数日はかかりましょう。 御報告はその後で、同志少将閣下」

―――ソ連邦軍軍律違反、ソ連邦軍宣誓違反、国家財産横領罪、及びソ連邦人民反逆罪。 今まで手を染めてきた汚職が明るみに出れば、最低でもそれだけは・・・
アンドレーエフ少将は内心で、逮捕され、アラスカのKGB本部の地下拘置所(通称『ルビャンカ』)に拘束される自身の姿を想像して、内心で慄いた。

傲然とした態度で、兵站部室を出てゆくKGB要員の薄路姿を、憮然とした表情で見送る兵站部長の姿を、1人の部下が遠巻きの連中の中から見ていた。
やがてその人物―――兵站部の主計中尉で、明らかに中央アジア系のソ連軍将校は、こっそりとその場を抜け出し、『仲間』が当直している筈の通信管制室へと急いだ。
通信先は、第66独立親衛戦術機甲旅団司令部、その政治部。 第66旅団政治部長のあの女将校なら、『彼』に知らせる事が可能だった。












2000年1月27日 1050 Ц-04前進補給基地前面10km ソ連軍第42軍第66独立親衛戦術機甲旅団


≪旅団本部より各大隊! BETAが防衛線を突破した! 至急、穴を塞げ!≫

―――冗談じゃない!

ユーク大隊長・フュセイノヴァ少佐は内心で盛大に毒づいた。 彼女の大隊はもう、戦える機体は16機しか居なかった。 結局9機が喰われたのだ。
大隊が中隊に、中隊は小隊にまで数を減じていた。 僚隊のザーパド、ヴォストークも似た状態だった。 もうこの戦線は無理だ、抑え切れない。

『第439戦車中隊、全滅!』

『早く! 早く戦術機部隊を! 第1102砲兵中隊だ、連中が直ぐそこに・・・! うぎゃあああ!』

『第1中隊! 第2中隊! 応答しろ! くそっ! 生き残った奴は居ないのか!?』

『機械化歩兵装甲部隊、4個中隊が全滅!』

『ロケット旅団本部に食い込まれたぞ!』

BETA群は数を減じたとはいえ、未だ3000体以上が繰り返し波状突撃を仕掛けて来る。 こちらは元より定数割れの上、次々に破られる戦線の穴埋めに疲労困憊だ。

『―――『ザーパド』全機! 基地東方の台地を守れ! 『ヴォストーク』! 南の峡谷だ、あそこに誘い込んでくれ!』

『無理だ! 数が足りねえ! こっちは残存14機だけだ!』

『くそっ!―――『ユーク』! おい、まだ生き残っているな!? お前のトコで誘い込みやがれ!』

「こちら『ユーク』大隊。 寝言は寝て言え、『同志』カキエフ中佐。 私の大隊も残存16機だ! その位の簡単な仕事は、『ヴォストーク』のオカマ共にやらせろ!」

目前に要撃級が迫る。 咄嗟に接地垂直旋回をかけ、前腕の一撃を交して120mm砲弾を叩き込んで始末した。

『―――何だと!? 『ヴォストーク』だ! 『ユーク』、貴様、俺様に死ねって言いたいらしいな!? この淫売!』

「―――死戦を戦う度胸の無い、玉無しのオカマが! 人にケツを掘られるだけじゃ、満足出来ないのだろう? 精々BETA共に掘って貰え! 
中佐! ヤマダエフ少佐が適任じゃないのか? この『男娼』がな!―――おっと、中佐の『男妾』の方が良かったか?」

通信回線に下品な笑い声が充満する。 ヤマダエフ少佐の性癖は部隊でも公然の秘密だし、カキエフ中佐は『両刀使い』だと言う噂が有った。
スクリーン越しに激昂仕掛けるヤマダエフ少佐だったが、カキエフ中佐が押え込んだ。 そしてあの『獣じみた』表情でヤマダエフ少佐に命令する。

『―――スリム、お前の隊で誘い込みをやれ』

『ッ! しかし、サイード!』

『―――やれ、2度言わすな』

『・・・くそっ! 判ったよ! 『ヴォストーク』! 全機、南の峡谷に移動する! BETA共を誘いこめ!』

14機に減った『ヴォストーク』大隊のMig-27が噴射跳躍をかけ、BETA群の頭上を飛び越しつつ、誘引攻撃を仕掛けた。
その動きに約2000体程のBETA群の向きが、徐々に変わる。 よし、これで向きが基地から逸れた、このままで・・・

『―――11時方向! BETA群約1000体! 基地に向かうぞ!』

『―――何!?』

一瞬の隙。 基地方向に注意をそらされたその隙に、方向を転じた筈の2000体のBETA群、その中の一部が一気に南へ突破した。

「ッ!―――やられた・・・!」

瞬く間に戦線が崩壊した。 基地には満足な近接戦闘能力を有する部隊は、もう全く残っていなかった。 砲兵隊やロケット弾部隊だけだ、喰い込まれたらそれで終わり。
そして支援砲撃が受けられなくなれば、この周辺の部隊は確実に全滅する。 戦術機部隊はもう、1個大隊規模を割る程度まで減っている。 戦車隊も同様だ。

『くそう・・・! 引き上げだ! 基地の死守に転換するぞ! この戦力じゃ、『戦線』の維持は無理だ!』

「・・・了解。 所で中佐、ヤマダエフ少佐の部隊はどうする? さっきので推進剤は使い切っているだろう、もう跳躍しての移動は出来無さそうだが・・・?」

『―――冗談じゃねえ! サイード! 助けてくれ! 峡谷で身動きが取れない! 連中が突っ込んで来る!』

悲鳴の様な『ヴォストーク』大隊指揮官からの通信。 カキエフ中佐はそれをあっさりと断ち切った。

『―――連中が喰われるまで、時間が出来る。 その隙に基地へ戻る』

そう言い捨てると、『ザーパド』大隊指揮官は通信を切った。 そしてタイミングを見計らって、部隊を素早く撤退させて行った。

「・・・普段の腰巾着も、役立たなかったわね? 愚かなチェチェン人・・・」


1055時、E群の約3000体が戦線を突破した。 Ц-04前進補給基地に約1000体が向かい、残る2000体程がペトロパヴロフスク・カムチャツキー方面に突進を開始した。









2000年1月27日 1115 Ц-04前進補給基地北東30km 日本・国連合同増強旅団


「何だと!? ソ連軍戦線が突破されただと!?」

「BETA群約2000、ペトロパヴロフスク・カムチャツキー方面に突進を開始! 約1000体がЦ-04前進補給基地を攻撃中!
ソ連軍第66戦術機甲旅団、第189自動車化狙撃兵旅団、第208戦車旅団、共に残存30%前後、事実上の全滅です。 今は基地防衛隊として、防御戦闘しか・・・」

「北のB群は? どうなっている?」

「はっ! B群はソ連軍第78と第336の2個戦術機甲旅団、それに第73自動車化狙撃師団、第551戦車旅団とで戦線を維持。 BETA群の約72%を殲滅しました」

元々、4派に分かれた地中侵攻BETA群の中では、最も数が少なかったのがB群だ、約2000体ほどだ。 
体力の落ちたソ連軍部隊でも、殲滅は可能な数だ、これだけの部隊が有れば―――その位は期待させて貰っても良いだろう。

「よし・・・戦術機甲戦闘団に繋げ」

兵団長・都築准将が通信受話器を手に取り、そう命ずる。 やがてかなりクリーンな通信状態で、戦術機甲戦闘団本部と繋がった。

『―――戦闘団本部、周中佐』

「―――兵団長、都築だ。 周中佐、そちらの片は、あとどの位で付きそうか?」

兵団長の確認に、団司令からの回答は、即答で帰って来た。

『―――完全殲滅まで、あと15分を要します。 ただし、半数を割かせて頂ければ・・・もう10分ほど余計にかかりますが』

周中佐も、都築准将の腹の内を読んでいたようだ。 でなくば、こんな即答は返ってこない。

「―――Ц-04方面に戦力を回したい。 場合によってはペトロパヴロフスク・カムチャツキー方面に。 行けるか?」

『―――途中、後方で燃料と推進剤の補給を。 兵装の補充も必要です、30分。 それで行けます』

都築准将は、団司令・周中佐の回答を頭の中で整理する。 現在地はЦ-04から北東に30km、補充や何やで30分、BETAの進撃速度を平均60km/hとして60km引き離される。
巡航NOEでЦ-04まで6分強、約1000体のBETA群を殲滅するのに、3個大隊で平均して約20分。 残敵確認と再集結で、残りを追うのに今から1時間かかる。
BETAの進出距離は60kmから最大で80km、突撃級の一部は100km程先行するか。 追撃戦を開始して追いつくのは15分から20分後、BETAの進出距離は約100km前後。

(―――ペトロパヴロフスク・カムチャツキーから100km地点か。 戦闘にどれだけの時間がかかるか、だが・・・ 途中のソ連の『集落』は救えんな)

それでも、ペトロパヴロフスク・カムチャツキーへの突破は防がねばならない。 3個大隊で可能な限り足止めする。 場合によってはそこで殲滅戦を強要する。

(―――部下達にとっては、厳しいだろうが・・・やって貰わねばならんな。 損失は極力出したくなかったが、あの軍港が陥落するのは非常に拙い)

そこまで一瞬の内に思考を巡らせた都築准将は、通信の向こう、周中佐に問いかけた。

「―――で、誰を行かせる?」

『―――第1部隊を』









2000年1月27日 1125 Ц-04前進補給基地


『―――おい、スーカ。 お前の部隊は基地の西側だ』

カキエフ中佐の声が通信回線越しに入って来た時、フュセイノヴァ少佐は思った。 相変わらず気に障る声だ、知性のかけらも感じられない、野蛮人の声。

「・・・中佐の部隊は? 基地の中か?」

『―――貴様を督戦する必要が有るからな』

「―――督戦!?」

どう言う事だ!? 今更、督戦などと!? それにこの旅団の政治将校は全て丸め込まれている、今更督戦隊だなどと!
そこまで考えて、判った。 違う、政治将校じゃ無い、中佐だ。 カキエフ中佐が私を督戦せよと、政治将校に『命令』したのだ。
この旅団の政治将校は、夫を戦死で喪ったロシア女だ。 要路への手蔓を持たない、哀れなロシア女―――そして中佐の愛人だ。 中佐が庇護している女だ。

『―――どうして、あれほど多くの地中前節センサーが、偶然にも一緒に働かなかったのだろうな・・・? KGBが嗅ぎまわっているぜ?』

(―――くそ! どうしろと言うのだ!? ここで奮戦して、身の潔白を立てろと? まさか! この男がそんな生温い事を!)

そして唐突に判った、あの男は自分を始末する気だ。 BETAへの攻撃に紛れて、大隊ごと私を・・・! 
どう言う理由でかは判らない、だけど確実に始末する気だ。 『友軍誤射』など、乱戦では幾らでも言い訳ができる! 
この基地の将兵には、カキエフ中佐に飼い慣らされている連中が多い! それに政治将校までもが!

―――背中から嫌な汗が、滝の様に流れ落ちてきた。





(―――あのスーカめ、気付きやがったな・・・)

カキエフ中佐は前方のMig-27を見ながら、直観的にそう感じた。 その獣じみた直観力こそが、彼を今まで生き抜いてこさせた武器だった。
武器・装備の横領、それによる副収入、いずれもカキエフ中佐はそれを咎める気は、毛頭無い。 中佐自身が、その代表選手の様なものだからだ。
普段なら、彼の縄張りを大きく犯さなければ、その程度のお目溢しはしてやった。 だがタイミングが悪かった。 中佐の愛人のロシア女―――政治将校からの情報だった。
アラスカのKGBが、近々に大きな手入れをするという情報。 それは前々から掴んでいた。 だが思いもよらぬ情報が、それも極めつけの悪報が、政治将校経由でもたらされたのだ。

―――そのタイミングでの、今回のBETA襲撃。

連中は当然、疑問に思う。 どうしてこれほど大量の穴が有ったのか。 隠蔽は不可能だ、今回は国連軍やヤポンスキー達も居る、連中も証人だ。
流石に拙い。 アラスカに引き籠ったとは言え、特にKGBの連中は拙い。 それにペトロパヴロフスク・カムチャツキー兵器廠のアンドレーエフ少将は、逮捕されたらしい。

―――あの欲ボケ少将め、派手に痕跡残しやがって。 あのスーカが取引出来たのも、あの欲ボケ少将の紹介だ。 金の他に一晩や二晩は、自分を差し出したに違いない。

欲ボケ少将と、あのスーカがKGBにとっ捕まるのは知った事じゃない。 だがそこからこちらまで芋づる式、ってのは頂けない。
ならば手っ取り早く、始末すべきだ。 アンドレーエフ少将の方は、ペトロパヴロフスク・カムチャツキー兵器廠の『協力者』に仕事を出した。
あとは、あのスーカを戦闘のドサクサで始末すればいい。 丁度連絡が有った、あと20分少々でヤポンスキーとキタイスキーの3個大隊が増援にやって来る。
その直前だ、その直前に、BETAへ逆襲を仕掛ける―――あの女の大隊を先頭に立てて。 自分は後ろから、あの女ごとBETAを吹き飛ばせばいい。 逃がしゃしないぞ。

「―――いいか? 『同志』フュセイノヴァ? ここは踏ん張りどころだ、だから先程の様な言を弄して、お前が回避しないよう督戦する必要が有る、そう言う事だ」








2000年1月27日 1150 Ц-04前進補給基地付近 合同増強旅団・戦術機甲戦闘団 第1部隊


『・・・何だ? おい、基地から逆撃をしかけているぞ?』

『そんな馬鹿な事・・・もう殆ど、まともな戦力は残っていない筈よ!?』

「おい、そんな暇は無さそうだ! BETA群に突入した部隊が既に包囲された!」

第1部隊がЦ-04前進補給基地防衛の増援に駆けつけた時、既にその部隊はBETAの重包囲化に取り残されていた。 元は大隊だったが、今は中隊以下の戦力に落ち込んでいる。

『―――『ユルドゥス』より『リュザール』! 大隊長は!? 大隊長は何処なの!?』

『―――『ギュン』より『リュザール』! もう無理だ! こんな数、支えきれない! 大隊長は!? まさか殺られたのか!?』

『―――『リュザール』より『ユルドゥス』! 『ギュン』! 各中隊、落ちつけ! 円周陣を組め! 大隊長は・・・大隊長は私達を見捨てない! 必ず戻ってくる!』

―――大隊長機が離脱? 部隊コードでは『ユーク』大隊の各中隊が孤立している。 ソ連軍からの要請はどうなっている?

『―――『ザーパド』大隊指揮官より、ヤポンスキー部隊・・・おっと、国連のキタイスキーも一緒だな。 基地の南と北を押さえてくれ。
西の方向に峡谷が有る、その戦術機の数なら、そこに誘導して殲滅出来る。 こっちも砲兵に協力させる』

サイード・マゴメド・カキエフ中佐の声が、通信回線に入って来た。 IFFには『ユーク』大隊長機と、『ヴォストーク』大隊の反応が無い。

『―――合同増強旅団、戦術機甲戦闘団第1部隊長、趙美鳳少佐です。 カキエフ中佐、南北からの挟撃、了解です。 で、他の2大隊は・・・?』

『―――おう、あの美人さんかい。 『ヴォストーク』は全滅した、スリムも戦死だ。 『ユーク』は大隊長が乱戦で行方不明だ、死んだか脱走か、判らん』

聞いていて、頭の痛くなる状況だ。 とにかく確定した事は、Ц-04前進補給基地のソ連軍は当てにならない、それだけだった。

『―――判りました。 では貴軍は基地防衛に専念を。 砲兵部隊の支援砲撃は、有り難くお願いします。 第101独戦、北。 第102独戦、第3は南―――かかれ!』









2000年1月27日 1215 ペトロパヴロフスク・カムチャツキー航空基地


『上げろ! 上げろ! 準備の整った機体から、直ぐに上げるのだ!』

『BETA群、依然80km/hの速度で突進中! 推定個体数、約2000! 当基地北方90km地点!』

『Ц-04前進補給基地の日本軍・国連軍より入電! 『BETA殲滅はあと10分かかる見込み』―――10分ありゃ、10km以上近づいて来るぞ!?』

『ホーカム部隊、準備完了! ハインド部隊、10分で離陸開始!』

『―――機数は?』

『―――ホーカム16機、ハインド20機!』

『―――全然、足りない!』

『―――何でもいい、出撃させろ! 天候がようやく収まったんだ、重爆部隊も準備を始めた! 時間を稼げ!』









2000年1月27日 1220 カムチャツカ半島沖 


帝国海軍の戦闘艦艇、その一群が出し得る最大戦速で荒波を切り裂き、突き進んでいた。 艦内でブザーが鳴った。 要員達が一斉に準備に取り掛かった。









2000年1月27日 1245 カムチャツカ半島南部


『大隊、巡航速度制限解除! 最大速度で高速NOE開始!』

『天候がまだ少し安定しない! 気流の変化に気を付けろ!』

『第1部隊全機、南へ急ぐわよ!』

100機前後の全術機が、一斉に飛び去った。 周りはBETAの残骸ばかり―――いや、戦術機や戦車、自走砲に様々な車輌と兵器の残骸。 そして・・・

(―――人も死ねば、戦場じゃ残骸だ)

基地周辺に群がっていたBETA群を殲滅した『友軍』を、今度は更に南の戦域に急転進してゆく『友軍』の姿を見送りながら、カキエフ中佐は戦場を見回していた。
無数の、喰い殺された将兵の戦場遺棄死体に埋め尽くされていた。 ふと見ると、Mig-27の残骸が片手を天に突き伸ばしたまま、撃破されていた。

(―――アレは確か・・・あの女の副官だった小娘の機体か。 哀れだぜ・・・)









2000年1月27日 1305 カムチャツカ半島南部 ペトロパヴロフスク・カムチャツキー北方25km地点


戦場の上空に、戦闘ヘリが乱舞していた。 光線属種が存在しない戦場で、思う存分殺戮の場を楽しんでいる―――パイロットやガナー達は、そんな余裕は無かった。

『―――戦術機部隊! 西の一群だ、止めてくれ!』

『―――東から新たな群れ、突進始めた!』

『―――デビルズ、止めろ!』

『―――アレイオン、そっちに2群!』

『―――何て事! こうも広範囲に・・・!』

とにかく、広範囲にバラけてしまったのが痛かった。 大隊単位ではなく中隊単位で対応しても間に合っていない。 戦闘ヘリ部隊も数が足りない。

『―――重爆部隊が来ても、これじゃあ・・・!』

『―――無駄に原野の穴を掘るだけだぞ!?』

『―――せめて、海軍の様な大規模誘導弾攻撃を出来れば・・・!』

陸軍機では誘導弾は、制圧支援機しか搭載していない。 海軍の母艦戦術機は、全機が搭載している。
もうこれ以上は駄目だ、こうなったら中隊編成を解いて、小隊毎の対応をするしか方法が無い!―――第1部隊長の趙少佐がそう決心しかけた時、通信回線に新たな声が入った。

『―――呼んだかい? じゃ、デリバリーだよ、受け取りな、陸軍さん!』

咄嗟に3人の戦術機甲指揮官が海上方向を振り返る―――居た、案の定だ。

『―――第6航戦だ、取りあえず第1派40機参上だよ! プレゼントだ、受け取りな!』

日本帝国海軍の主力戦術機、96式『流星』の一群が低空突撃で迫って来る。 艦載機型だ、両肩と背部兵装担架に誘導弾発射システムを装備している。

『―――ヤバい、背中の95式自律誘導弾システムが、既に倒立している!? 全機、ここから離れろ! 巻き添えを喰らうぞ!』

『―――早いトコ離れな、陸軍!』

『―――そう言う事は、攻撃態勢に入る前に言いなさい! 第1部隊全機、緊急離脱!』

極北の冬空―――天候が回復し、晴れ間の出た空が一瞬、また曇ったと思った。 攻撃隊全機で1400発を越す95式誘導弾が、一斉に発射されたのだ。
瞬く間に大量の誘導弾が着弾し、炸裂する。 BETA群は広く分散していたが、如何せん誘導弾の数も多かった。 そして誘導弾発射後は、低空をフライパスしながら地上に向けて、装備したM-88支援速射砲の57mm砲弾をばら撒く。
あっという間に、数百体のBETA群が消滅した。 密集していたら、その数は1000のオーダーに乗っていただろう。

『―――ちっ、分散している目標は、叩き難いね。 ま、残りは第2派に任せるよ・・・』

『―――支援、感謝する。 合同増強旅団戦術機甲戦闘団、第1部隊長の趙少佐です』

『―――あれ? なに? 国連軍と一緒にやっていたんだね。 私は日本帝国海軍第2艦隊、第6航戦『飛鷹』攻撃隊長、長嶺中佐だ。 ・・・見知った顔が居るねぇ?』

『―――兄の葬儀以来、ご無沙汰しております、長嶺中佐。 支援、感謝します』

スクリーン越しに、丁重な挨拶を言われた長嶺中佐は、『戦場で言う挨拶じゃないね』と、苦笑しただけだった。

『―――あと10分で第2派、『準鷹』の攻撃隊が出張って来るよ。 それで何とかなるだろう? 趙少佐?』

『―――ええ、こちらはそれで。 ところでJIN(日本帝国海軍)はもっと北方海域だったのでは?』

元々、第4聯合陸戦師団の支援が主任務の筈だ。 その第4聯合陸戦師団は、カムチャツカ半島付け根の防衛戦を戦っている、ここよりずっと北だ。

『―――アメちゃんの第3艦隊が南下して来たのさ、アナディリ沖からね。 向うは『ハリー・S・トルーマン』と『ニミッツ』に任せたよ。
それにウチの第8航戦も残っているしね、戦艦部隊もそう。 6航戦だけ、急派されたって訳さ。 気にする事無いよ、趙少佐。 向うは大丈夫、殲滅できそうだってさ』

ようやく、お役に立てたよ。 我慢した甲斐が有ったね―――そう笑って、長嶺中佐は部隊を反転させ、母艦へと戻って行った。
周囲に退避した各戦術機甲大隊が、再集結して来た。 撃破された機体は極少ない、3個大隊で100機の数を未だ保っている。
趙少佐が上空を確認した、戦闘ヘリ部隊も再び戦場に舞い戻って来た。 上空から獲物を狙う猛禽の様に、じっくり品定めして旋回している。

『―――よし、海軍部隊の手を煩わせる事は無いわよ! 全機、掃討にかかれ!』

100機の戦術機と、30機以上の攻撃ヘリが一斉に残ったBETA群に対し、攻撃を再開した。









2000年1月28日 1340 カムチャツカ半島北部 コリャーク山脈


「―――着弾確認、全弾遠。 下げ5、左右良し」

「着弾、全弾遠、下げ5、左右良し、了解」

弾着観測班が小高い山頂から、低地を見下ろし艦砲射撃の弾着を確認している。 BETA群は北へ向かっているが、その行く手を洋上からの巨弾と誘導弾の嵐が襲っていた。
左手を見ると、聯合陸戦第4師団と国連軍師団が追撃戦を行っている。 砲兵が面制圧を仕掛け、戦車部隊が戦車砲を浴びせかけ、戦術機部隊が止めの一撃を仕掛けている。
艦隊はそのBETA群の戦闘集団に対し、猛烈な艦砲射撃を加えているのだ。 第2艦隊だけでなく、米第3艦隊、ソ連太平洋艦隊もまた、戦艦を前に出して猛烈に撃っている。

「弾着、遠、近、命中、近、命中、遠、―――目標集団を完全に挟叉(きょうさ)!」

2発が目標集団のど真ん中に命中し、2発が遠、2発が近―――目標集団を完全に挟叉した。 あとはこの射撃データ通りに全力砲撃を行うだけだ。
弾着観測班の指揮官―――綾森喬海軍少尉は、後ろの通信士に向かって怒鳴った。 歓喜の大声だ。 何せ隣の米海軍も、ソ連海軍も未だ挟叉を出していないのだから!

「―――やりましたなぁ、砲術士」

傍らで補佐役の、本艦では掌砲長を務める兵曹長も、厳つい顔を緩めて笑っている。 それはそうだろう、言わば各国代表で、日本海軍が一番槍をつけたのだ。

「うん、皆も良くやってくれた。 この極寒の中で弾着観測はきつかっただろう・・・おい、通信? ・・・通信士!」

「・・・は、はい!」

「貴様、弾着結果報告は?」

「え? あ、はい! 直ぐに!」

「ぼさっとするな! 1分砲撃が遅れた為に、何百人もの将兵が命を落とすかもしれんのだぞ!? 貴様、弛んどる!」

上官から叱責され、通信士―――予備将校、いや、予備少尉候補生の女性通信士が、慌てて部下へ命令を下す。 
そんな情景を見ながら、古参の兵曹長が意外な表情で綾森少尉に問いかけた。 この若い少尉、結構腹が据わっているな、と。

「砲術士、弾着観測任務は経験が?」

「・・・ふた月前かな、まだ『熊野』に乗り組んでいた頃だよ。 台湾対岸の福建橋頭堡支援の時にやらされた。 もう、目前までBETAが迫ってね、ダメかと思ったな」

「はは、福建ですか。 あそこは地獄だと言いますからね、そこで弾着観測任務・・・ご愁傷様ですわ」

ようやく本艦への通信を終えた通信士が戻って来た。 綾森少尉の隣に立って、眼下を見下ろし、息を飲む。

「・・・凄い光景ですね」

確かに言う通りだ、山頂から見下ろす大パノラマがそこに有った。 地上を埋める様な程、BETA群が蠢いている。 左手―――南から地上部隊が総攻撃を仕掛けている。
その最中、大音声と共に大気を震わせ、洋上からの巨弾が降り注ぎ、凍土に特大の火柱を上げて炸裂する。 その度に数百のBETAが木っ端微塵に吹き飛んでいた。

―――冷たく澄んだ極北の蒼天に、殷々と砲声が木霊し続けていた。









2000年1月29日 1200 ムチャツカ半島 ペトロパヴロフスク・カムチャツキー


「・・・釈然としないな」

「・・・言っても仕方ないだろう? 直接指揮出来る訳じゃ、あるまいし」

埠頭で2人の日本帝国陸軍将校―――周防直衛大尉と、長門圭介大尉が海原を見ながら話し合っていた。

昨日ようやく終結を見た、シベリア・カムチャツカ防衛戦。 結果は来襲したBETA群約4万以上を殲滅し、北東ユーラシア防衛ラインの(一時的な)安定をもぎ取った。
局地戦略的には大勝利、戦術的にも損害は極めて少なく、これも大勝利だった。 彼らの大隊は40機中、周防大尉の隊は完全損失2機、長門大尉の隊は3機で済んだ。
それでも2人、乃至、3人の部下を失った。 しかし大隊指揮官としては、この数字は許容すべき数字だった。 充分納得できる損失だった、為し得た戦果と比較して。
初の大隊指揮官として挑んだ大規模作戦。 その結果は十分に出した。 それに中隊長時代にも、何名もの部下を失った。 今更動揺する訳ではないが・・・

「昔な、広江中佐が言っていたよ。 階級が上がれば上がるほど、部下の命が生身の人間としてではなく、戦術の駒の様に感じられてくるってさ」

「確か・・・大隊長になった頃だよな? 直衛、お前が馬鹿やって怒られた時だ。 俺も巻き添えを食った―――そんな事、言っていたっけな」

「あの時、俺らは少尉の2年目か。 まだ国連軍に飛ばされる前だ、実感湧かなかったけどな・・・」

今回の作戦で、その言葉の意味が少しは判った気がした。 かと言って、部下を粗略にするつもりはない。
不意に曇天の空に、寒風が吹き付けた。 2人の大尉は思わず、私物の外套の襟を立てて震えるような仕草をする。

「釈然としないと言えば・・・ソ連軍もだ。 どうしてあの時、逆襲をかけていたのかな・・・?」

長門大尉が漏らした言葉に、周防大尉も同意する。 あの時どうして、ソ連軍は無謀とも言える逆襲を仕掛けていたのか? 造園の連絡はいっていた筈なのに。

「美鳳も疑問に感じたらしい。 俺達、増援部隊を待ってからにしていれば、損害はもっと少なく済んだ筈だ。 カキエフ中佐もそれぐらいは頭が回るだろうに・・・」

「ヤマダエフ少佐の『ヴォストーク』、フュセイノヴァ少佐の『ユーク』、2個大隊が文字通り全滅だ。 解せない」

極東ソ連軍の戦力は、第42軍に限ってはかなりの戦力が低下したのだ。 1個戦術機甲旅団がほぼ壊滅した他、狙撃兵部隊、戦車部隊までも。
それ以外に、周防大尉にとっては個人的な引っかかりがある。 あの少佐は本当にあんな事をしたのか? そう言う人には見えなかったが・・・

「解せないと言えば、フュセイノヴァ少佐だ。 戦死か、はたまた噂の通り脱走なのか・・・」

長門大尉のその言葉に、内心の思考を刺激された周防大尉は、益々胸中にわだかまりが湧き上がるのを感じた。

「だとしたら、動機が判らない。 ソ連側は何か掴んでいるかもしれないけどな。 言ってみれば『ユーク』大隊は全滅せずに済んだのに、勝手に全滅した」

「ああ・・・解せないな。 解せないけど、首は突っ込まない方がいいかもな。 きな臭い感じがするぞ?」

「ああ・・・特に他国軍に対してはな」


暫くまた無言が続いた。 どちらが話す事も無く、お互い隣合わせで沈考している。 古い付き合いの2人だからか、気にする事も無い様だ。
二人とも煙草に火を付け、吸い始めた。 スモーカーな所も似た2人だった。 やがて、長門大尉がポツリと言った。

「・・・本土に帰ったら・・・5ヶ月後くらいか? とうとう親父だもんな、俺達も・・・」

「ん? ああ、そうだな、人の親か・・・」

考えさせられる。 樺太での1件、そして今回の派兵で見聞きした、様々な出来事。

「正直、重いぜ。 ビビっているよ、俺は・・・」

「情けねえな、圭介。 ま、俺も実は同じさ。 嬉しい半面、怖いよな、なんかさ・・・」

―――とても嫁にゃ、言えないセリフだな。

そう言いあっていた。


日本帝国陸海軍遣蘇部隊は、翌1月30日を以って、その任務を完了した。










2000年2月3日 1100 カムチャツカ半島南端部 オジョールナヤ


昔の漁業基地、海軍に接収されて以降も殆ど変わらない。 大型漁船が簡単な探知装置を組み込んで、対BETA海中探査部隊に衣を変えただけだ。
所謂『副業』も盛んな場所だった。 元々、そっちが生業だったのだから、無理は無いかもしれない。 食べていく為には何でもする。
その日、1隻の漁船が港を出港した。 変哲のない外洋漁船だ、恐らくベーリング海にでも『副業』をしに行くのだろう。
船室から1人の女が、荒れる外洋を眺めていた。 戦場からの無断離脱、任務放棄、脱走。 見つかれば問答無用で銃殺刑―――いや、その前に取調と言う名の拷問が有る。
粗末な土地の住民が着る、継ぎはぎだらけの服を着ている。 髪は後ろで束ねているだけだ。 表情は暗い、と言うより表情が無い。

(『―――大隊長! 大隊長、どこですか!? 大隊長! ・・・リューバ叔母さん!』)

部下であり、可愛がって育てた姪でも有る娘の、断末魔の絶叫。 あの娘は最後まで私を信じて、探し続けていた。
それを裏切った。 最後の最後で、私は裏切ったのだ。 許しは乞わない、事実だから。 私は生きたいのよ、生き残りたいのよ―――例えサフラ、あなたを裏切ってでも。

曇天に変わり始めた洋上が、少し荒れてきた。 でも何とか持ちそうだ、ランデブーポイントまでは何とか・・・

そう、生き残りたかった。 夫を失い、幼い子供達を失った。 結婚する時に親族から猛反対され、絶縁となった。 その後、軍の記録で両親や兄弟が死んだ事が判った。
もう、何も残されていなかった。 そして芽生えた、純粋な生への渇望。 どうして自分が『それ』を望んではいけないのか? この国の軍人として、それに縛られる事以外を?

必死に金を溜めた、逃亡資金だ。 それを調達する為に、虫酸が走るほど嫌いだった兵器廠の将軍に抱かれた、何度も、何度も。
部隊への食料調達は、その副産物。 有体に言えばカモフラージュだった。 万が一を考え、幾重にも逃走ルートを確保した、計画も練りに練った。
それが意外な様相で実現したのが、数日前の、あの戦闘だった。 突撃を隠れ蓑にBETA群に突っ込み、単機戦線を突破した。
光線属種が居ない戦場では、容易かった。 伊達に10年以上戦術機に乗り組んでいないのだ。 基地は途中で私の機体をロストした筈―――BETA群の中で。 戦死認定だ。

(『―――サフラ・・・』)

出来れば連れて行きたかった、連れ出してやりたかった。 まだ16歳、これから向かおうとする米国では、まだ親がかりの学生の年齢だと聞く。

これから漁船は北上し、アリューシャン列島に一旦入る。 そこからあの国のアンダーな連中の船で(話と金は渡してある)アラスカへ、そして米国本土へ。
ロシア系を始めとする、スラブ系移民のマフィア組織が、偽造した市民権の各種証明書を作ってくれる手筈だ。 あの国で私は、別人になって生きていく。
ソ連邦陸軍少佐、リューバ・ミハイロヴナ・フュセイノヴァは死んだ。 これからは別人だ、スラブ系米国人になり変わるのだ。

そんな暗い思考をしていた時、船室のドアが開いた。 外から船長が入って来たのだ。 クリル人の出身だと聞いた。

「・・・どんな塩梅だね?」

既に60代に入っているだろう、その船長は、年に似合わぬ危なげない足取りで揺れる船内を歩いている。

「・・・別に。 もうあの大地を見る事が無いと思うと、ホッとするわ」

「・・・そうかい。 ならいい、俺も気兼ねせずに済む」

「・・・え?」

不審なその言葉に振り向いたフュセイノヴァ少佐の眼前に、船長が構えた銃口が突きつけられていた。
思わず目を見張る。 どうして? 金額が少なかった? いいえ、そんな筈は無いわ! なら、どうして? 何が、一体何が!?

「悪いな、お前さんは立派にお客だったが・・・ 儂もお得意様に捻じ込まれてな。 あの人の依頼を拒んでおっては、こっちが生きていけんのでな・・・」

響き渡る数発の銃声。 かつてのソ連軍制式拳銃、トカレフTT-33自動拳銃の7.62mm銃弾が、フュセイノヴァ少佐の体を撃ち抜いた。
船室内に飛び散る血、崩れ落ちる様に床に転がるフュセイノヴァ少佐の体。 一瞬で終わった、あとは手筈通り処分するだけだ。

「・・・船長、終わったか?」

船室の外から、船員の(公式には『軍の部下の』)イヴァンが顔を覗かせた。

「・・・終わった。 あとは適当に死体に切り傷を入れておけ、予備のアンカー(錨)に括りつけて、海に捨てろ」

そうすれば、死体は浮かびあがってこない。 海の中で魚共が綺麗に平らげてくれる事だろう。
ふと、船長は死体に目が行った。 恐怖でも苦痛でも無く、訳が判らず茫然としている、そんな表情だった。

「・・・この国の闇はな、アンタが知っている以上に、根深くて、広いんじゃよ・・・」


―――船はそのまま、沖合に出て行った。






『―――おう、そうだ兄弟。 依頼はちゃんと果たしたぜ』

「―――そうか。 モラード、今度上等の酒を送るぞ。 こっちに来い、一杯飲ろう」

『―――そうだな、楽しみにしておくよ、兄弟。 しかし、殺すには惜しい女だったぜ?』

「変な気を起こすな、兄弟。 俺はお前を始末したくねえ」

『判っている、判っているさ、兄弟。 じゃあな、この辺で。 阿呆共に盗聴されないとも限らねえからな』

「ああ、またな」

受話器を置いて、依頼の成果を確認できてホッとした。 兵器廠の欲ボケ将軍は、一昨日に『事故』で殉職した。 あの女も死んだ。 これで『死人に口無し』だ。
それにしても、この数日は生きた心地がしなかった。 何せ完全にあの女の機体をロストしたのだから。 戦死したか、脱走したか、全く判断出来なかった。
そんな折、特大のネタを持ちこんできたのは、昔からの『取引仲間』だった。 ソ連軍の女性将校、それも衛士が不法亡命を依頼して来た、そう言った。
全く大した女だった。 戦術機は途中で廃棄されていた。 強化外骨格で南部までの行程を踏破して、密かに手配した隠れ家で変装までしてやがった。
間一髪だった。 最後はこの国の闇、それにどれだけ精通していたか、その点が勝敗を分けた―――勝者は俺だ。

「―――おや? ご機嫌ですね?」

不意に1人の男が家に入って来た。 どこの血が混じったとも判らない、ユーラシアンな顔立ちの男だった。

「ああ? ああ、お前さんか。 何だ? 今日はRLF(難民解放戦線)か? この前はキリスト教恭順派だった。 忙しいヤツだ」

「―――仕事柄、主義や思想は、夏冬の服と同じですよ」

「・・・違いねえな。 おい、“指導者”と“執事”に宜しくな」

「ええ、承知しておりますよ、“パシャ”サイード―――第967戦術機甲師団参謀長閣下」





―――パストラル・ノマドとは古来、定点を自己の中に持たぬ、『点』でなく『面』で暮らす者たち。
現代では特定の定点―――己が属する国家、宗教、思想の枠外で活動する者達である。




前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.035671949386597