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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 北嶺編 2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/11/06 12:18
1999年12月10日 0250 南樺太 敷香市上敷香 日ソ国境線付近 北緯50度


―――只ならぬ空気だ。

日ソ両軍が粉雪の舞う酷寒の深夜、国境線を挟んで睨み合っている。 国境線の向こう側にソ連国境軍(KGB所属)の戦術機、Mig-23 MLD『チボラシュカ』が8機。
国境線のこちらに側には、92式『疾風』弐型乙が1個中隊、12機。 お互い、突撃砲の銃口が相手に合わない様に、しかし即応できるように、身構えている。
そして国境から日本帝国領に10km程入った敷香基地では、複数の日ソの軍人(ソ連側は、軍とKGB)が向かい合っていた。

「・・・ですので、ガスパージン・スオウ。 貴国の領域を犯した、不届きな我が軍の者達を、至急、お引き渡し頂きたい」

―――領域侵犯者を、ソ連側が処分してやるのだから、さっさと引き渡せ、か? 随分と、舐めてくれるものだ。

「・・・我が国は、人道上の見解により、国際難民を拒否する所ではありません、ガスパージン・フョードロフ。 彼等は『保護』を求めてきた。
そう、保護だ。 『BETAの脅威からの保護』、この要請に対し、我が国は国連決議に従い、まずは当人達への事情の確認を行う義務が有る」

さて、どう出る? あの越境者達は、軍服はおろか、軍属を示す何物も所持していなかったぞ?

「おお、それは・・・ 悪辣な裏切り者、党と祖国と人民への裏切り者、ひいては人類の崇高な戦いに対する叛意者達が使う、悪質な手口なのです。
ガスパージン・スオウ、貴方はあの悪辣な裏切り者の手口をご存じない。 あの者達は、裏切りの為ならば、人類の尊厳さえ、利用して恥じない変節漢なのですよ」

ふん、『裏切り者』か。 当の『人民』に聞きたいものだな、一体、誰が、誰を裏切っているのかを、その本音を。
が、ここでそんな事を、言うものじゃない。 思慮の足りないガキじゃあるまいし。 それより、随分と多弁になって来たな?

「貴国の主張は、承った。 しかし小官には、それに応じる権限は与えられていない。 彼等は一度、豊原(第55師団司令部)に移送される」

「おお! ガスパージン・スオウ! 貴官はよもや、我が国と貴国との間の取り決め、それをお忘れになったのでは、無いでしょうな?」

BETA大戦勃発後、日ソ不可侵条約から発展した、日ソ協力協定。 あれには難民の受け入れ条項も有ったな。 その条件も。
それによれば、脱走兵や故なく相互の国家を捨て、相手国に不法侵入した者は、可及的速やかに相手国に引き渡すべし、そう明記されていたな。

「あの者達は、我がソ連邦への、恥じるべき裏切り者なのです。 そして我がソ連邦は貴国を友好国として、同盟国として長年に渡り尊重してきました。
そう、長い間です。 確かに不幸な時期は有りました、それは認めましょう。 しかしBETA大戦下に有って、両国は手を携え、この極東の防衛に協力して来ました」

―――やはりな、随分と口数が多くなった。

「極東の防衛は、両国の存亡をかける崇高な戦いであり、人類社会の存亡をかける、これも崇高な戦いです。 あの者達は、それを裏切ったのですぞ?
あの者達が、貴国体制下で新たな軍務にでも就くと? ニェット! ニェット! あの恥ずべき裏切り者達は、己の安寧しか考えないのです!
このサハリンで、ソ連邦の同胞が死戦を繰り広げている事実! その援軍として、貴国軍隊もまた、戦場に命を散らしながら共に戦っている事実!
ガスパージン・スオウ、あの裏切り者達は、それすら理解しない! いいや、そんな事は無意味だと、己さえ安寧であればそれで良いと!
繰り返しますぞ、ガスパージン・スオウ。 あの者達は、我が国のみならず、血と命で購ってまで示してくれた、貴国の同盟国たる我が国への尊重、それさえも汚す者だ!」

―――血圧、上がるぞ? チェーカー?

「・・・越境して来た者達は、身分を証明するものは何一つ、持ち合わせていない男女が6人と、10歳前後の幼少の者が5人。
人種の特定はまだだが、東欧スラブ系、そう見受けられる。 つまり―――貴国の『国民』なのか、他国出身者なのか、今ここでの判別は不可能。
よって、我が国は国際条約に従い、まず当人達からの事情を聴取する。 それとも―――彼等の身分を示す、明確な根拠がお有りか? 
ならば、提示願いたい。 小官はその職務を持って、上級司令部に責任を持って知らせる事だろう」

―――KGBが、わざわざ出張ってくる越境者だ。 それは、それは、『訳有り』なのだろう? そしてそんな連中の裏事情を示す事など、できやしないだろう?

暫く睨みつけていたが、やがてここで押し問答は無意味、そう悟ったか、KGBの担当官は『正式ルートで、申し入れる!』と言って出て行った。
はん、『正式ルート』? それこそ有り得ない。 こうして捻じ込んできた段階で、正式ルートが使えない『代物』が含まれていたのだろう、あの越境者達の中に。

残されたソ連軍の代表者―――アナスタシア・アレクサンドロヴナ・ダーシュコヴァ少佐が、苦笑しながらその後ろ姿を見ていた。
彼女はやがて振り返り、小さな声で謝罪と、密かな注意を喚起してくれた。 その内容は、あまり嬉しいものではなかったが。

「・・・気を付けて。 先日来、チェーカーが動き回っているわ。 それもアラスカから来た連中よ」

「・・・わざわざ、ここまで?」

「ええ、何か有る。 私はこれ以上言えない」

「ああ、有難う。 それだけで十分だ、気を付けてくれ、サーシャ」

事務的な遣り取りを装って、小さく、短い会話で済ませる。 国家間や組織間は兎も角、現場の人間同士の協力関係は、決して悪くないのだ。
が、あからさまにそれを表立たせるのは危険だ、特にソ連側は。 サーシャに限って言えば、彼女の世代が問題だと言う。
ソ連が全ての国民に、洗脳に似た教育を施し始めたのは随分と昔だが、サーシャはその過渡期、洗脳『では無い』、最後の教育を受けた年代だと聞いた。

(『・・・お陰さまで、私は随分と政治的信頼性、って言うのが低くって。 私はロシア人だけれど、部下達は数少ない、ウクライナやベラルーシの出身よ』)

そう言って、少し寂しく笑っていた。


サーシャも建物を出て行った後、国境警備隊分所指揮官の中尉が、確認しに来た。

「・・・大尉殿、ソ連の『第989師団』からの件は・・・」

「・・・それは俺の管轄じゃない。 俺は何も見ていないし、報告は受けていない。 この辺の受け渡し担当は、第210旅団だろう? あちらさんの良しなに、だな?」

「はっ!」

ソ連軍第989師団―――ソ連軍極東軍管区の編制表には、存在しない部隊。 恐らく極東軍管区司令部も、KGB極東管区本部も、把握していないだろう部隊。
我が軍でも、第11軍団司令部でさえ、知っているのは少数だろう。 第210旅団や他の国境警備旅団辺りは当事者だから、当然関係者は居るが。

有体に言えばソ連の、いや、『ロシアの闇』だ。 反政府組織、民族主義者、地域マフィアにソ連軍内の非主流派が合流した、『もう一つのロシア社会』と言えるか。
社会軍事学的に言えば、何と言うのか・・・習った筈だが、咄嗟に出てこない。 彼等は『ロシアの闇』に生息する。 当然、普段は別の顔を持つ。
政治的、思想的な結社では無い、そう思う。 抑圧され、BETAの恐怖がスパイスされた、『ロシアの狂気』、その暴力的な『闇』だ。

現実的な話をすると、この樺太では『南北密輸』を行っている。 向うは『第989師団』、こっちは『第11軍団国境警備隊』、第208、第209、第210旅団が手引きしている。
北樺太は、慢性的に物資不足だ。 南の日本との闇市場経済が機能しなければ、その市場に流れる各種物資が無くなれば、たちまちの内に、混乱と飢餓の内に崩壊するだろう。
そうなれば?―――数十万の飢えた難民と化した連中が、南樺太に押し寄せるだろう。 命の危険を顧みず、生きる為に。 そうなれば南樺太は大混乱となる。
日本に関して言えば、安価な原材料の入手。 特に良好な漁場でも有るオホーツク海南部海域(オホーツク海北部は戦場だ)や、ベーリング海での水産資源の大量入手。
南樺太や北海道に次々と建設されつつある、各種生産工場への『非合法』な労働力の供出。 それでも確実にBETAとの戦いの矢面に立たされるより、遥かにマシ、と言う事か。

実の所、国境警備の軍は黙認している。 軍の委託を受けた商社の人間が、国境を越えて北樺太(北サハリン)へ向かう姿さえ、見た事もある。
正直言って、今の樺太の内政は『伏魔殿』だ。 自治体、政府の出張先、軍、治安当局、そして民間企業に、地下組織。 何がどう、どこで繋がっているのやら・・・
何はともあれ、『保護』した連中の事情聴取を始めない事には。 全く付いていない、よりによって『当番』の時に、それも基地の当直司令の時に、越境者だなんて。

場所を移動して、基地本部棟の奥、普段は会議室として使われている部屋に、数名の『越境者』が収容されていた。
明らかに、スラブ系と思しき男女が4人に、アジア系と思しき男女が2人。 これもスラブ系と見える幼子が5人。
顔立ちと様子から察するに、親子連れが3組の様だ。 酷く怯えている、まあ無理もない。 場合によってはこのまま強制送還、と言う事も有り得るのだから。
当番兵に命じて、暖かい飲料を持って来させた。 まずは一息入れて貰って、出来れば大事にならない様に願うばかり。
事情聴取の『尋問官』は、当直司令の俺と、副指令の砲兵科の中尉。 それに当番下士官の(ロシア語と英語が判る)曹長の3人。

『・・・英語を解する者は、居るか?』

これでロシア語しかダメだったら、目も当てられない。 俺はロシア語は、判らないんだから。 幾ら通訳が居るとは言えな。

『ああ・・・私と、そっちのワロージャ・・・ウラジミールは、英語を話せる』

助かった、これで仕事を始める事が出来る。 

『OK。 では・・・まず、私は日本帝国陸軍大尉、周防直衛。 この敷香基地の当直司令だ、今夜のな。 それでは、君達の名前、及び所属・階級を』

今のソ連に、軍人・軍属以外の人間が居たら、教えて欲しいものだ。 なのでまず、所属と官姓名を聞いてみる事にする。
だが、それっきり黙りこくってしまった。 おいおい、頼むよ。 ここで何も言わなければ、俺は上級司令部に報告できないし、アンタらは『不審侵犯者』として強制送還だぞ?

『・・・もう一度聞く。 名前、そして所属と階級を。 黙秘はプラスにはならない、判るな?』

暗に脅しをかけてみる―――どうやら、揺さぶりにはなった様だ、向うでお互い、目を合せている。
そうするうちに、最初に『英語が判る』と言った男が、ポツリ、ポツリ、と話し始めた。

『私は・・・ニコライ・バラノフ。 ソ連邦少佐。 彼女は妻のエレーネ、それに娘のナターシャに、息子のセルゲイ・・・』

目前の越境者達は、ニコライとエレーネのバラノフ夫妻に、娘のナターシャと息子のセルゲイ。
他にウラジミール・イエルショコフ大尉と妻のアグニア、息子のミハイルに娘のアントニーナ。
ボリス・ヴァシリコフ中尉と妻のヴェラ、娘のカテリーナ。 皆、夫婦は揃ってソ連邦の軍人だった。
それも驚いた事に、バラノフ少佐の所属は極東軍管区保安部、つまり、『KGB』だ。 驚いた、噂に聞くKBG要員と、しかも脱走者と会うのは―――7年振りか。
イエルショコフ大尉は、参謀本部第4総局(軍事技術)所属の技術将校。 ヴァシリコフ中尉は、ソ連内務省組織犯罪・テロ対策部の所属だと言う。

『・・・では、諸君らはソ連邦国家からの脱走者である、そう認識して良いのだな?』

『違う! 私達は自分の信条によって、亡命を希望する亡命者だ!』

いきなりワロージャ―――ウラジミール・イエルショコフ大尉が叫んだ。 その眼には何か、そう、何かとてつもない哀しみと、遣り切れない怒りが籠っている、そう見えた。
見れば、ニコライ・バラノフ少佐も、ボリス・ヴァシリコフ中尉も、同じような眼をしていた―――見た事が有る、記憶に有る、この眼は。

『・・・貴官等の官姓名は、判った。 では次の質問だ、彼等が・・・そちらの女性達と、子供達が貴官等の家族だと言う、証拠は有るか?』

今も昔も変わらない。 このBETA大戦下においてさえ、国家間同士の謀略工作は行われている。 そしてこういう場合、大抵は『監視役』としての家族が付く。
そう―――『偽装家族』と言う奴だ。 工作員の本当の家族は、当局が押さえている。 そして『裏切り防止』の為に、監視役が家族を偽装してついて来る。
今度は俺に質問に、皆が黙りこくった。 これまで話していた男達のみならず、女達も不安そうな表情でこちらを見ている―――本当の表情か?

『・・・証拠は・・・無い』

『無い?』

バラノフ少佐の、息苦しそうな答えに、如何にも官僚的(に聞こえる努力をした)な声で返す。 俺はこちら方面の専門教育は受けていない、ややもすると、同情しそうだ!

『では、君達を豊原に送るまでも無い。 このまま報告して、指示を待つ。 恐らくは強制送還になる・・・』

『待ってくれッ!』

バラノフ少佐が、懸命の表情で立ち上がり、懇願するようにしゃべり始めた。

『本当は、国境の向こう側で、ピックアップして貰う手筈だったのだ! それが手違いで・・・仕方なく、権限を利用して越境を!
頼む、確認してくれ! お国の会社だ、『ENEI』! この会社の者が、亡命の手筈を整えてくれた! ポロナイスク(敷香のロシア名)に居る筈なのだ!』

『出鱈目を言うな! ただの民間会社の者が、貴様らKGBの亡命の手筈など、整えられる訳が無かろう! 貴様ら、侵入工作員だろう!?』

いきなり横から、当直副司令の中尉ががなりたてた。 この男、歴とした士官学校出なのだが、それなりに優秀なのだが、どうにも硬い。
その怒号に、幼子達が驚き、火が付いた様に泣き始めた。 こうなったらもう、いけない。 件の中尉は益々逆上してしまい、更に大声を出しかけた。

『判っとるぞ! ソ連は我が帝国と共闘する振りをして、対日工作員を盛んに侵入させようとしている事ぐらい! 貴様ら、強制送還でなく、このまま国家憲兵隊に・・・!』

『・・・中尉』

余り大きな声じゃ無かったが、どうやら俺の『怒気』は籠ってくれたようだ。 更に喚こうとした中尉の、機制を削ぐタイミングも、外さずに済んだ。

『私は、大尉の会話を、中尉が遮る事を好まない。 君はどうか?』

芝居っ気も、やってみるモノだな。 BETAと対峙する時をイメージして、極力動じずに声を出してみた―――うん、どうやら『迫力』の欠片位は、出せた様だ。

『・・・今は、大尉の私が尋問している。 君は中尉だ、私の確認が有る時以外、会話の主導権を握る事は能わない』

思わず毒気を抜かれた様な表情で、当直副司令の中尉が押し黙った。 ついで、顔を紅潮させて目礼し、下がる。 
ちょっとした隙に、悔しそうな、陰湿な感じのする怒気を滲ませていた―――『訓練校上がりの、ノンキャリア将校風情が』、そんな所だろう。
陸士出身将校と、各科の訓練校出身将校との階層対立。 帝国陸軍にはびこる、取り除けない病巣のひとつだ。 まあいい、それよりさっきの話だ。

『・・・『ENEI』、そう言ったか? その会社の者が、手引きをしたと?』

『そうだ』

『では、そちらの手土産は何だ?』

『・・・何と?』

―――その会社名、聞き覚えが有る。

記憶を手繰り、更に質問をしようとした、その時。 扉が開き、当直の当番下士官(軍曹だった)が入室して来た。 黙って俺に近づき、耳元で囁く。

「・・・判った。 別室で」

「はっ!」

畜生、嫌だ、嫌だ。 厄介事なんか、大嫌いだ―――大抵、向うが勝手に好いて来るのだ、畜生!

『少々、席を外させて貰う。 中尉、君は当直業務に復帰しろ。 曹長、暫く頼む。 何か温食でも出してやれ』

『はッ!』

不信がられない様に、ここはわざと英語で。 部屋を出て、忌々しい思いと共に、足早で廊下を歩く。 同時に先程の軍曹が、命令文を手渡してきた。
確認する―――『帝国北洋興発の者が来訪予定。 最大限の便宜を図られたし。 第11軍団参謀長』

―――『ENEI』、正式には『Empire North-seas encouragement of new industry Co,Ltd』 日本語での社名は、『帝国北洋興発株式会社』
帝国が樺太・千島を含む陸海域の開発に設立した、完全な『国策会社』だ。 そして軍情報本部が隠れ蓑に使う、とも聞いた事が有る。

(―――畜生! 厄介事は、大嫌いなんだよ!)






「―――お待たせしました」

別室に入ると、三つ揃えの背広を着込んだ中年の紳士―――の割には、目に隙が無い―――がソファから立ち上がった。

「いえ、こちらこそこの様な時間に。 申し訳ありませんな、大尉殿」

恰幅の良い、どこぞの偉いさんかと思う様な中年の男だった。 脇に同じく社員だろうか、妙齢の女性が並んで座っていた。

「まずは、私、この様な者でして」

差し出された名刺を見る―――『帝国北洋興発株式会社 札幌支店 支店長 安原道造』 ふん、いかにも、な肩書だな。
そして俺が座るやいなや、隣の女性がバックの中から一通の書類を取り出す。 見ると、先程受け取った命令書と同じ―――その写しだった。

「参謀長閣下とは、懇意にさせて頂いておりまして・・・ 今回のロシアの方々、あの方々は、まあ、ビジネスパートナーと申しましょうか。
私どもも、今までのお付き合い上、早々邪険には出来ない程には、恩義も有りましてな。 何とか日本に、家族揃って・・・こう申されますと、いや、立場も顧みず、つい・・・」

―――良く回る舌だ。 あの世界の連中ってのは、これも主導権争いのひとつと認識しているのか?

「本来なら、我が社とも懇意の水産会社の漁船で・・・その筈だったのですが。 不幸にもソ連当局の臨検をうけまして。
いや、その会社さん自体は、まっとうな、至極まっとうな会社さんでして。 今も当局に、ご説明に上がっている次第で」

―――もう、良いよ。

「・・・で? 軍情報本部としては、あの連中に何らかの利用価値が有る、だからこのまま豊原に移送しろ、そう言う事ですね?」

「はい? 情報本部? いえいえ、私どもは・・・」

「―――私事ですが、身内にそちらと、似た世界の人間が居ます」

みなまで言うな、もう良いよ、猿芝居は。

「その人間から聞いた事が有ります、『帝国北洋興発』―――国策企業にして、情報本部がアンダーカヴァー用に使う会社のひとつだと。 どうでしょう?」

そこまで俺が言った、次の瞬間。 それまで如何にもひと誑しの、営業畑の会社員です、と言うオーラを出していた『支店長』と、『女性社員』の雰囲気が、ガラリと変わった。
人から、余計な『情』と言う甘えの一切を削ぎ落し、その上で『演技用』の感情を張り付けたら、こんな印象になるのだろうか?―――右近充の叔父貴も、時々こんな感じになる。

「・・・流石は、泣く子も黙る国家憲兵隊の大物、特殊作戦局長・右近充憲兵中将の甥御さんだ。 おっと、そう身構えんでいい。 
『我が社』は国家憲兵隊と、事を構える気は無いし、実働部隊との軋轢を作る気もない。  大尉自身にどうこうなど・・・」

―――疲れるな、全く。

「まあ、今は『仕事中』でな。 我々の階級は、勘弁してくれ。 それよりも君がソ連側に要求を突っぱねてくれた事は、助かった。
なにせ、あの3人をソ連当局に押さえられると、何かと困る事があるのでね。 それも多方面に渡って―――気になるかね?」

「・・・いえ、なりません。 小官の任務とは、関わりが有りませんので」

―――これでも俺は、野戦の指揮官だ。 諜報・防諜の世界とは、無縁だし、無縁でいたい。

「結構、大変に結構―――彼等は『お友達』を多く持つ、『資産』でな。 あの3人が拘束されると、色々と遣り難くなるのでな」

―――聞いた事は有る。 諜報の末端、つまり『お友達』は、自分が『裏切っている』という認識は無い。 その疑問を持たせずに情報を吸い上げるのが、『資産』
これは実に様々なケースを用いて、こちら側に『包括』した『現地のコントローラー』なのだと。 故にこの『資産』が拘束されると、『お友達』が芋づる式に検挙されてしまう。

(・・・つまりは、不調を来たした『部品』のメンテナンス、か・・・)

極東軍管区保安部、参謀本部第4総局、内務省組織犯罪・テロ対策部。 想像するのも嫌な程、それは、それは、有用な情報を得て来たのだろう。

「・・・第11軍団司令部よりの命令も、受領しております。 彼等は至急に、お引き取り願いたい」

「話が早いね、大尉。 そうさせて貰う。 彼等は何処に?」

「別室です。 裏から出させますので、そちらでお待ち下さい」

「了解したよ」






嫌な気分をたっぷり味わって、当直通信士に国境線の戦術機部隊へ引き揚げ命令を伝え、元の越境者達が収容されている会議室に戻ったのは、時間にして10分も経っていなかった。
俺が戻った事で、彼等はまた不安感をかき立てられたようだ。 受け入れられるのか、それとも強制送還―――拷問による尋問の後、確実な処刑が待つ『祖国』へ戻るか。
そんな表情を見ていたら、知らず問いかけてみたくなった。 根本的な疑問だ、どうしてここまでの危険を犯して。 母国ではそう悪い立場でも無かったろうに。

『・・・ひとつだけ聞く。 何故、亡命を? 諸君らは、ソ連邦でもノーメンクラツーラとまではいかずとも、それなりの『特権』を有する階層の筈だ』

それが他国に、しかも今BETA大戦では確実な安全が保障されるとは言い難い、日本帝国に。 それに共産主義と、立憲君主・資本主義の差は、言葉以上に大きな壁だと思う。
俺の真意を測りかねた表情の彼らだったが、やがてニコライ・バラノフ少佐が、絞り出す様な声で話し始めた。 後悔と切迫、郷愁と幻想、愛憎入り混じった声で。

『・・・君には判らない。 我が国は、最早、『人』が希望を持てる国では無くなった。 いや、違う。 絶望の中にでも、一縷の望みをかけて戦える、そんな国では無くなった』

―――どう言う事だ?

『娘は、ナターシャは、年が明ければ6歳になる。 『オクチャブリャータ』に入らねばならない・・・』

―――『オクチャブリャータ』 ・・・確か、ソ連の少年団、『ピオネール』の下部組織だったか?

『そこに入れば・・・もう完全に、親元から引き離される。 徹底的な洗脳教育を受け、やがて『ピオネール』に、軍の幼年学校化した組織に進み、10代半ばには戦場だ。
私も元は陸軍だ。 そこで保安要員として、KGBの教育機関で学び、保安部に配属された。 そしてそれまでの、部隊の部下達は・・・ まだ少年少女の部下達は・・・』

いつの間にか、バラノフ少佐の声は、恐怖が入り混じる声に変わっていた。

『あれは・・・『怪物』だ。 そうとしか、表現のしようが無い。 極限まで純化され、徹底的に方向性を刷り込まれた、人に非らざる者達だ。
私とて、元は野戦の軍人だった。 祖国と、人民と・・・人類の生存、その一端としてBETAと戦う、この事に疑問を抱いた事は無い。
恐怖は抱いた、だがそれは誰もがそうだろう? 仲間の為? そうだ、だがそれは自然に、己の自発的な想いの筈だ、そうだったのだ・・・』

―――何を言いたい?

『私は、BETAと戦うのが怖い、死ぬのが怖い。 だが、私の戦いが、私の死が、愛する妻や子供達の生きる時間を少しでも延ばせれば・・・戦える、戦えた。
そして、たとえ子供達が将来、戦場に立つとしても。 時代が求めるのならば、致し方ない。 私はその為に、少しでも優位な状況を、子供達に与える為なら、戦える・・・』

―――バラノフ少佐の目の色が、狂おしい。

『子供達が将来、父親のそんな思いの一端でも感じてくれるならば、私は喜んで戦場に立つ。 その為には・・・その為には、大尉、親子の情や絆は・・・』

―――だが、今のソ連では、ソ連の洗脳教育は、そんな『個人的』な情緒など、幼い時分に徹底的に排除されてしまう、バラノフ少佐はそう言った。
自分の妻や子供、家族への情愛、それもまた、人が戦う原動力のひとつ。 ああ、それは理解する。 実感する。

『亡命後に、安穏な暮らしが有るとは、私達は思っていない。 困難の連続かもしれない。 だが少なくとも、子供に親の愛情を注いでやる事は出来る。
適うなら、傭兵部隊でも何でもいい、最前線で戦う。 そして彼らに、私が何故戦うのか・・・それを判って欲しい、受け継いで欲しい・・・』

―――今の時代、それも生まれた国によって選択出来る、ギリギリの愛情。

『大尉・・・君は、結婚は? お子さんは?』

『・・・妻は、最初の子供を、身籠っている』

『・・・ならば、判るだろう?』










1999年12月23日 2030 日本帝国樺太県 豊原市


メインストリートの大通りから1本横筋に入った場所、中流の飲食店や、なにやと立ち並ぶ一角。 その中の小料理屋で、軽く飲みながら晩飯を食べていた。
丁度、祥子は仙台に出張中。 帰るのは今夜遅くだ。 なので久々の、侘しい食事・・・と思いきや、迷惑な同伴者達が居た。

「何だよ、迷惑って? 周防、貴様が嫁さんに逃げられたって言うから、こうやって付き合ってやっているんだぞ?」

「そうそう、折角、同期達がこうやって、慰めてやっているってのに・・・」

「昔から素直じゃないんだ、コイツは。 伊庭、棚倉、貴様らも良く知っているだろうが?」

―――くそ、好き勝手に言いやがる。

「・・・なら、たかるな、妻帯者に。 貴様はまだ独身だろうが、伊庭。 それに逃げられてなんかいねえ! 出張で本州だ!
嫁さんはどうした、ほっといて良いのか、棚倉。 それと圭介、貴様にだけは言われたくない。 愛姫はどうした、愛姫は。 貴様も嫁さん、ほったらかしやがって」

未だ独り身の伊庭は兎も角、妻帯者の棚倉と圭介にまで、言われたくない。

「ああ、嫁さんは今夜、国防婦人会の集まりだ」

「愛姫は広報班の仕事で、今夜は遅くなる。 何でも、報道カメラマンと打ち合わせだとさ」

「だからな、独り家に帰っても侘しい貴様の為に、こうやって付き合ってやっているんだ、周防。 なあ? 長門? 棚倉?」

「・・・伊庭、貴様が奢れ、絶対奢れ―――おおい! 親爺さん! 酒追加! じゃんじゃん持ってきてくれ! コイツのツケで!」

「何ぃ!?」

カウンターの向こうで、親爺さんが呆れた顔をしている。 普段から軍人の利用が多いこの店だから、結構慣れている。 直ぐに熱燗が3、4本、出て来た。
あ―――向うの卓の若い連中(少尉達だ)が、少し怯えた様にこっちを盗み見している。 ま、気持ちは判る、大尉連中が気炎を上げている場に、少尉風情は身が狭いだろうな。
それにしても、我ながらさっきからピッチが速い。 それにコイツらも普段以上に飲むぞ、全く。 まるで緋色とタメを張るペースじゃないか?

「お? それ、喰わんのなら、貰うぞ、周防」

「阿呆! 誰がやるか!」 

「伊庭、『居候、3杯目には、そっと出し』って言葉、知らんのか?」

「そして少しは『遠慮』って言葉を思い出せ、長門! それは俺の刺身だ! 折角の天然モノを・・・!」

「せこいぞ、棚倉」

偶々、月後半が『駐留当番』だった伊庭と棚倉が、所用で豊原に来ていた。 同期4人揃うのは久々だし、折角だから同期会をしよう、そうなった訳だ。
訓練校卒業後は、せめて同じ連隊に所属しない限り、こうやって同期同士で飲みに行くなんて機会は、ほぼ無い。 卒業後、一度も会っていない同期生も居る。
そして、一度も再会出来ずに、死んで行った者も多かった。 だからこうやって、集まる機会が有れば必ず、同期会と言うものを開く。
お互いに訓練校を卒業して、7年半以上が経った。 地獄の様な戦場を這いずり回り、血と汗と、自分の汚物にまみれて戦い抜き、様々な死を見続け・・・
そして、その中で一片の何かを掴んで、生還し続けて来た者同士。 訓練校時代の馴染みの濃い薄いは、もはや関係無いし、遠慮もない。


「おう、そう言えば国境付近のソ連軍さん、ようやく引いたぞ。 周防、あれは貴様が関わったのだったな?」

伊庭がジャガイモの塊を頬ばりながら、不意に話を振って来た。 ったく、嫌な事を思い出させるなよ・・・

「ああ、丁度、当直司令の夜だった。 夜中に叩き起こされてな、何でも車輌の荷台に食料袋の隙間に潜り込ませて、隠れさせていたんだと」

「・・・よく凍死しなかったものだな」

「冬将軍、本場のお国柄だけどな。 全員、軽度の凍傷にかかっていた―――情報本部が、あっさり掻っ攫って行ったよ」

10日ほど前に発生した、俺自身も少しだけ関わった、ソ連側からの『亡命事件』 政府間調整は継続しているが、まあ送還は無いだろう。
多分、日ソ協定の物資援助枠を、少しだけ増やす方向で落し前を付けるのではないか? そう言う見解が、もっぱらその噂だ。
だがそれ以外に、様々な情報から、この樺太の防諜体制の見直し・強化がなされるようだ。 『ようだ』とは、俺程度の将校にはちゃんとした情報は入ってこない。
ただし、県内の特高(特別高等公安局)が増員されたみたいだし、軍の保安隊も人員が増強されていた。 保安本部の内調も、始まるとの噂だ。


「・・・そう言えば、神楽も結婚したのだってな?」

妙な雰囲気を、薄めたかったのだろうな。 棚倉が卒業以来、奴自身は一度も会っていない緋色の話題を振って来た。
少しホッとした。 内心は俺も話題を変えたかったし、それは圭介や伊庭も同じだったろう。 普通に近況報告してみる。

「ああ、11月にな。 仙台でだから、祝電しか打てなかったが。 しかしあいつ、本当にやりやがった・・・」

「ん? どう言う事だ?」

俺の一言に、棚倉が首を傾げる。 まあ、知らないのも無理は無い。 あの時は俺と、緋色の2人だけだったからな。

「いや、実は昨年の・・・7月か? そうだ、神戸が戦場になる直前だったから、7月の中頃か。 あいつから、ちょっとした相談じみた事をな・・・」

昨年の、阪神間での防衛戦の直前の事。 緋色が『カミングアウト』じみた事を言っていた。 その事を話したら、皆が驚いていた、圭介もだ。
まあ、無理もないか。 同期の中では、最もお固い部類に入る女だったからな、あいつは。 それがいきなり、実家を飛び出しての『押しかけ女房』とは。

「相手は中佐殿だって?」

「ああ、9期生だ、訓練校の。 『地獄の一桁』だぜ? お互い新米の頃は、本当に地獄の閻魔に見えたよな、あの年代の人達は・・・」

「9期生・・・って、俺らより9歳年上か!? 中佐だもんな、その位の年の差は有るか。 30代も半ばか・・・」

「腹上死させんように、気を付けろと言っておけよ」

「伊庭、貴様、自分で言ってみろ。 言う度胸が有るのなら」

「いや、無い」

馬鹿な話で盛り上がる。 これがまだ、少尉、中尉の頃なら、同期で集まれば死んだ連中の話とか、気負って(しかも、自分では気付いてない)そいつの分も、とか。
そんな話をしていた所だ。 階級が上がって、部下が増えて。 その分、死なせた部下も多くなって。 いつしか、自分の中でケリを付ける事を覚えた。 皆、そうだ。
だから生き残った者同士で集まる時は、今を、これからを、馬鹿話に紛れさせて語り合う。 これもまた、衛士のひとつの流儀。 指揮官の流儀ってやつか。

「あとは変わらず、だな・・・ この間、国枝から連絡が有った。 やつと大友、それに久賀の3人が揃って、年明けに第1師団へ転属だそうだ」

棚倉の一言に、思わず驚いた。 で、反射的に聞き返していた。

「第1師団? 第1連隊か?」

「いや、久賀は第3連隊だそうだ。 国枝と大友は、佐倉の第57連隊だ。 『明星作戦』でかなり消耗したからな、第1師団も。 ベテランをあちこちから、引き抜いているぞ」

「確か、第49連隊が北関東の第28師団に移ったのだったな、第1師団は。 にしても、目出度い事だよな、目出度い事だよ」

伊庭の言葉に、皆、頷く。 第1師団か、陸軍の頭号師団じゃないか。 名誉な事だ、実績・人格・評価、全て揃わないと、なかなか転属できる部隊じゃないからな、あそこは。
ああ、我が事の様に嬉しいものだな。 特に久賀は、満洲から始まって、欧州くんだりまで苦労を共にした戦友で、親しい友人だ。 見れば、圭介も凄く喜んでいる。

「ああ、そうだな。 それにほら、久賀の奴は嫁さんが九州の戦線で、ああなっちまったし・・・ これを機に、乗り越えて欲しいよな」

「ああ、そうだな・・・ そうなって欲しいな」

遠き地の友に、乾杯。 それからも、他愛ない話題を酒の肴に、飲んで、食って、笑って―――この気兼ね無さ、変わらないな。


かなり酒も入って、皆がペースダウンした頃、ふと箸を止めて窓から外を見ていた。 メインストリートではないモノの、それなりに、いや、結構栄えた街並み。
多くの人々が行き交い、本州とはちょっと違う感じがする活気が有る街並み。 それにちょっとした違和感、日本の様で、日本の様じゃない感じ。
そこまで何となく、ぼんやり思った所で、改めて気がついた、人だ。 数じゃ無くて、種類。 色んな人種が見られる。
明らかに日本人と判る人々。 言葉から中国系や、朝鮮系と判断できる人々。 他に理解出来ない言葉を話す人々。 白人も居る、ロシア語を話すのは、ロシア人か。

「ああ・・・そうだな、結構目立つな、この界隈は」

俺がそう言うと、パクついていた膳の端を止め、銚子を口飲みで日本酒を飲みながら、伊庭が頷いた。
棚倉が外を見ながら、多分赴任以降に仕入れただろう情報を開陳し始めた。 俺も赴任前に調べたが・・・だめだ、酒で頭が回らない。

「大陸が陥落する前からだそうだ。 主に満洲に居た漢族や満州族、シベリアツングース系の少数民族に、朝鮮系、モンゴル系も少し居るらしい。 逃げ込んできたんだ。
他にはソ連崩壊までの間に逃げ込んできた、ロシア系やウクライナ系、ベラルーシ何かのスラブ系。 ああ、中央アジア系も居るとか、もう民族の坩堝だな、ここは」

樺太県は、人口約88万人。 ただしそれは、日本人だけの人口だ。 棚倉が今言った国際難民(合法・非合法含む)を加えると、数は飛躍的に跳ね上がる。

「この豊原市だけでも、公表38万人が、70万人以上になるらしいな。 樺太県だけでも、公表人口88万人が、150万人を越すとか」

圭介が、記憶を手繰り寄せるような仕草で、思い出しながら言う。 樺太は人口増加率では、北海道に次ぎ、日本で2番目だ。 10年前は、人口40万人だったのだから。

「その半数は難民だ。 北海道でも500万人からの国内難民が居るが、それとほぼ同数の国際難民が居る。 治安当局にとっての悪夢だな・・・」

圭介のその言葉に、思わず頷いてしまう。 棚倉も、伊庭も同様だった。

だが同時に、それは北海道から樺太・千島の『再開発』事業での、非常に安価な労働力の供給源になっている面が有る、とも聞いた。
樺太(サハリン)・千島における油田、ガス田開発(サハリンプロジェクト)の日ソ共同事業進展により、日本の大手企業も開発に参加した。
中部から南部にかけて開発された油田から、採掘された最初の石油が本土に供給されたのは94年。 供給量は、日本の年間国内使用量の、約14%を賄う程の量だった。
それだけでは無く、日本政府とソ連政府、日本企業3者合同の合資企業『樺太開発投資会社』は、樺太・千島列島の周辺海域の豊富な水産資源を、独占的に開発した。
そしてベーリング海を挟んで隣接する、北米の冷凍食品市場をも席巻し、目覚ましい成長を示し、樺太・千島の経済基盤はかなり強固なものとなったと聞く。
また、樺太中南部山岳地帯は、希少金属(レアメタル)のレニウムを大量に含有していて、日本帝国がその採掘に力を入れている。 『帝国北洋興発』がそれを一手に握っている。

更に付け加えれば、以前の樺太は鉄道が主な交通手段となっていた事もあり、道路の舗装率はかなり低かった。 幹線道路は舗装されていたが、未舗装区間が多く存在した。
都市部以外の支道では大半が未舗装で、路面状態の悪い箇所も多数見られたと言う。 おまけに春と秋の泥濘時は、未舗装道路は使えなくなる場所が多かったそうだ。
それを解消する、南樺太全域の道路拡大・全面舗装工事と、経済が向上するにつれ、声の高まった鉄道網の拡充工事。 この2大工事にも、国際難民の労働力が投入されたと聞く。

「・・・確かに、それだけの需要が有れば、この数の難民数も頷けるか」

圭介の言葉に同意して、そして街並みを見ながら思う。 直接雇用だけじゃ無いよな。

「直接雇用だけじゃないからな、派生する各種業種・業界にも、景気は波及するか」

俺の言葉に、3人とも頷く。 それらのビッグプロジェクトと、その背景が要求する、大量の労働力。 多くは国際難民を、非常に安価な対価で雇い入れている。
環境は悪いし、危険も多い。 だが彼等はそれでも働かねば、いや、働けるだけ運が良い。 世界中の大半の難民は、キャンプで飼い殺しだから。

「けど、良い事尽くめじゃない」

伊庭が少し顔をしかめて、飲みながら言う。 ああ、同感だ。

そして、そんな劣悪な環境で働く難民達の間で、最初は地下互助ネットワークが出来上がるのは、自然の流れだ。 そしていつしか『それ』は変質する。
今ではこの樺太じゃ、北樺太の『ロシアの闇』と連携する、地下犯罪組織の側面を持つに至っていると言う。 何しろ巨大利権が動いているのだ、当然の流れか。
この前の亡命騒ぎ、彼等が脱出ルートに使おうと(正確には、軍情報部が使おうとした)ルートは、こうした地下組織の持つルートのひとつだったようだ。
軍や政府の情報組織と、イリーガルな地下組織。 一見対立する両者だが、利害が合えば今度は協力する。 集合離散は、あの世界の常だそうだからな。

なぜ、そこまで詳しいかって?―――親爺の受け売りだ。 親爺の会社は、特に『樺太開発投資会社』と、付き合いが深い。
それに国家憲兵隊の親玉の一人が叔父貴で、従妹が特高ときた。 俺が時々、軍の保安部から嫌な目で見られる理由だよ、全く・・・


「あのな、アメリカもそうだが、日本もな。 国際難民の間で、軍への志願者が多い理由、判るか?」

伊庭が聞いてきた。 何を今更―――そんな口調で、俺が答える。

「・・・規定された期間、軍務を務めあげれば米国では市民権、帝国の場合は特別永住権が付与される。 本人だけじゃなく、その家族にも。
米国だと立派に米国市民だし、帝国でも2世になれば帰化申請は受理され易くなる。 軍でも既に、1割はそう言った『権利取得希望者部隊』、つまり『傭兵部隊』だぞ」

特に98年のBETA本土侵攻以来、顕著になって来た。 この樺太駐留の3個独立旅団の将兵の4割が、そうした連中だという事実が示している。
100万人以上を数える帝国軍、その中の10万人ほどが、そうした『傭兵』連中だ。 最前線部隊だけじゃない、膨大な数を必要とする後方支援部隊にも、そう言った者は多い。
俺の回答に満足したのか、伊庭が妙に真面目な表情で頷いた。 こいつのこう言う表情、久しぶりだな。 普段は陽性で賑やかな男が。

「以前にな、聞いた事が有る。 そう言う『傭兵』ってのは共産圏、特に旧ソ連軍人の希望者が一番、比率が高いらしい。
どうしてか? って聞いたんだ。 理由はな、『家族でいたいから』だと。 判るか? この意味。 俺は最初、判らなかったよ・・・」

―――『家族といたい』、ではなく、『家族でいたい』か。 俺も、半月前までは判らなかったろうな。 あれか、バラノフ少佐の言っていた事か。 
かいつまんで、オブラートに包んで、その時の事を話した。 正解だった。 結局、ソ連軍人と言えど、人の子だ。 
家族の情愛、これを完全に切り捨てる事など、出来るモノじゃないって事か―――『家族でいたい』か。 人として、当然の情だよな。

(『私が何故戦うのか・・・それを判って欲しい、受け継いで欲しい・・・』)

親が子へ、伝えたい想い。 その情愛。 人ならば持って当然の感情。 ソ連と言う国は、それを排除した。 国民全てを、対BETA戦争遂行の『完全な部品』にした。
既にそんな洗脳教育を受けた世代は、年長で20代前半くらいになると言う。 そう、サーシャ・・・ダーシュコヴァ少佐がギリギリ、その直前の世代だそうだ。
対BETA戦争は、今の人類にとって滅亡するかどうかの、ギリギリ瀬戸際の問題だ。 色々な方法が取られている。 だが、『個人』としては・・・

(そう言う選択肢しか、もう残されていないのか・・・)

―――気が重くなった。






帰宅が少し遅くなった。 まったく間が悪い、今日は祥子が出張から戻って来る日だってのに―――まあ、久々に飲み過ぎたのが悪いのだが。
気温は氷点下20℃、肌を切る様な寒さだ。 厚手の冬季軍装に、毛皮の裏打ちの有る大外套を着込んでも、まだ寒い。
そして店の場所が悪かった。 そこから官舎に帰るには、ちょっとばかり治安の悪い難民街を突っ切る必要が有る。 
もっとも軍人に、ちょっかいを出す馬鹿は少ないが。 そんな連中は、裏の世界でも長生きは出来ないだろうな。

「・・・この辺も、随分治安が悪そうだ」

隣を歩く圭介が、ぼそっと呟いた。 こいつも俺同様、あちこちの場所を見て来た男だ。 その眼にも、治安の悪化は顕著に移る様だ。
棚倉と伊庭とは、さっき別れた。 棚倉は奥さんを迎えに。 伊庭はまあ、何だ、これから『馴染み』になった店に行くそうだ。

「特に、中華街とロシア人街の治安が、悪化しているらしい。 今朝の新聞に載っていた」

そしてその2つの街区は、難民街の犯罪組織の温床でもある。 近々、治安当局の一斉捜査も有る、そう軍内では噂されている。
道を歩くと、色んないかがわしい連中から声を掛けられる。 売春窟の客引きから、阿片宿の客引き。 他にも得体の知れない男女。 街娼はアジア系、白人系、様々だ。
色んな食材や油、脂粉や体臭、阿片。 それらが混じり合って、腐っていく過程が発酵する様な、そんな匂い。 国境の街、無秩序とアナーキーな虚脱感の匂い。

「・・・同じような場所は、ベルファストにも有ったな。 俺はN.Yでも見た。 綺麗事じゃない、これが世の現実だな」

白人系の、恐らくロシア系と思しき街娼が、しつこく言い寄ってくる。 面倒臭いので、ちょっと邪険に手で追い払う―――何か、文句を言っている。 圭介が『通訳』した。

「・・・『このインポ野郎! 家で独りでヤッてろ!』、だとよ?」

「・・・酷い言われ様だな」

そうか、確か圭介は、語学の第2専門がロシア語だったな。 俺はドイツ語が語学の第2専門だけど。
それにしてもさっきの街娼、化粧はしていたが、あれはどう見てもまだ10代半ばか、半ば過ぎだろう?

「もっと幼い連中も、居るらしい。 保安部の連中が嘆いていた、検挙するにも、どうにも抵抗が有るってな」

相変わらず、後ろで喚きたてている街娼をチラッと振り返り、圭介が溜息交じりに言う。 ホント、溜息が出る話題だ。

「・・・そんな幼かったらな。 乱暴にも扱えないだろう、心情的にも」

片や世界中で、10代半ばの兵士は珍しくない。 帝国でも徴兵年齢は大幅に引き下げられている。 そして片や、生きる糧を求めて、同世代の少女達が街に出る。
亡命した所で、不法越境した所で、行きつく先は大抵こんな場所だ。 余程、何か特殊な技能や学術知識を有さない限り、行きつく場所は皆、同じだ。

「・・・でもなあ、人の親になる、ってだけで、その心情は判る気がするよ」

「圭介?」

「お前も、そう思わないか? 嫁さんや、生まれて来る子供が・・・ その為に、一縷の望みにかけてみたくなる、その気持ちってやつさ。
後で後悔するかもしれない、でも、人間なんて後悔の連続だ。 だったら、同じ後悔するなら、何かした方がマシ・・・ ははっ! まさか直衛、お前とこんな話をするとはな!」

―――全くだ。 中等学校以来の付き合いの俺達だが、まさかお互い父親になるまでずっと、腐れ縁が続く事になるとはな。
だが、どうだろう? もし仮に、俺がそんな立場だとしたら? 命の危険を冒してまで、妻子を連れて、それこそ一か八かの脱出を・・・?

「・・・そうだな、判らんでもないかな・・・」






「あ、お帰りなさい」

「ただいま。 遅くなって、ごめん」

「良いのよ。 私も今、帰って来たばかりなの」

やはり先に祥子が帰っていたな。 少佐に進級して(祥子の17期Aは1999年12月1日、少佐に進級)、忙しい様だ。 でも体には気を付けて欲しいな。

「食事は?」

「済ませたわ、乗り換えの途中で」

軍服を脱いで、部屋着に着替える。 もう2人とも夕食は済ませているから、熱いお茶だけを貰う事にした。 茶葉は祥子の実家から、送って来たやつだ。
卓袱台に肘をついて、ボーっとしながら熱いお茶を飲む(官舎は、畳敷きの和室造りだった) アルコールが引いて、少し落ち着いてきた。
隣で祥子が、また編み物を始めている。 最近毎晩、時間が有ればそうしている。 その時の表情は実に優しい、母親の表情に見える。

「・・・また、子供の?」

「ええ。 予定日は来年の夏だけれど、直ぐに秋になって、冬になるから。 いまから編み始めれば、丁度いいし」

赤ん坊用の、小さな手袋や靴下。 それは嬉しそうに編んでいる。 そんな顔をされると、こっちまで嬉しくなって来るな。
ふと思った。 バラノフ少佐やイエルショコフ大尉、それにヴァシリコフ中尉。 彼等もかつて、こんなひと時を過ごしたのだろうか、と。

「きゃ! な、なに? 急に?」

「急に、膝枕で寝ころびたくなった、それだけ」

「もう。 子供みたいよ?」

「俺は、年下ですから」

「・・・悪うございました、年上で」

他愛ない会話。 ふと祥子のお腹が目に入った―――ああ、今ここに、居るんだなぁ・・・

「ん? どうしたの?」

「・・・何でもないよ」


家族か―――そうだな、判らないでもない。 いや、判る。 そしてやはり、受け継いで欲しいと思う。









1999年12月30日 シベリア ヴェルホヤンスク東方100km ソヴィエト連邦軍極東軍管区 第507戦術機甲中隊


『・・・確認した、BETAだ。 10km圏内に多数、レーダー/センサーの検知レンジ、オーバー。 まだ動きは無い』

≪了解、引き続き1600まで監視を続行せよ。 なお、エヴェンスクでも同様に、ハイヴからの飽和個体群が確認された≫

『了解。 ・・・くそ、とうとうここまで、BETAが・・・』


1999年末、ヴェルホヤンスクとエヴェンスクにて、新たな2箇所のハイヴでBETAの動きが確認された。



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