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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 明星作戦 最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/24 22:40
『いったい、何を投下してしまったのか。 100年生きても、この数分間を忘れられないだろう』(1999年8月6日 G弾を投下した合衆国宇宙軍HSST『スコット』航法士官の覚書)

『わが軍の右翼は押されている、中央は崩れかけている、撤退は不可能だ。 状況は最高、これより反撃する!』(1999年8月6日 日本帝国陸軍第13軍団長訓示)

『俗語を使いまして恐れ入りますが、ジリ貧を避けんとしてドカ貧にならぬよう、臣、愚考の次第でございます』(1999年8月6日 日本帝国首相・榊是親 宮中参内において)

『いつから将校が、兵士より先に逃げていいことになったのかね?』(1999年8月6日 BETA群前面にて 米第2師団のとある歩兵大隊)

『全滅? 全滅とは何だ! お前と俺が、生きているじゃないか!』(1999年8月6日 日本帝国陸軍第1師団。 BETAの攻勢に晒された機甲大隊で、大隊長が部下に対し)










1999年8月6日 1230 旧横浜港南部 製油所パース跡地付近


爆音が聞こえる。 戦術機のそれじゃ無い、航空機のモノとも違う。 短い連続した破裂音の様な―――あれは、ヘリの爆音だ。

「・・・南から聞こえます。 どうやら友軍です」

瓦礫の隙間から外を伺っていた歩兵中隊長の大尉が、耳を傍立てる仕草で言った。 枯れた声だ。

「・・・の、様だね。 米海軍や海兵隊なら、東か南東からだろうしな」

立ち込める埃を払いながら、自分の声色もまるで変わらないな、そう思った。 何だ、情けない。 戦場に身を置いて、もう何年が経ったと思っている。

「・・・ヘリを飛ばしているって事は、光線属種が居ないってこと・・・なんでしょうかね?」

「・・・流石に、連中が確認されている空域で、ヘリを飛ばすほど帝国軍は外道じゃないだろうさ。 さっきまでUAVがブンブン飛んでいた、ウラは取ったのだろう」

そうは言うものの、自信は無い。 何せ、4時間ほど前までは数万単位のBETA群と、ハイヴ内で、そして地上で、凄惨な殲滅戦が展開されていたのだから。
だがこの数時間が、奇妙な程の静けさだと言う事は判っている。 何しろ、未だにこうして生きている事自体、不思議で仕方が無いのだから。
改めて廃墟と化した、建物の周辺を見回してみる。 へし折れ、ひん曲がって倒壊した石油パイプライン、内部から破裂した様な損傷のタンク群。
様々な用途の建物が、倒壊し、亀裂を作り、中には基部からごっそり吹き飛んだ場所も有った。 飛び散って散乱したコンクリートの塊に、むき出しの鉄骨。
その中で、奇跡的に倒壊もせずに済んだ、防御拠点にしていた鉄筋コンクリートの建物の内部を見る―――外と、余り変わらない。

『・・・直衛、聞こえるか?』

ヘッドセットから、音声のみが流れた。 圭介だ。 倒壊した建物の残骸の直撃を脚部に受け、大破した戦術機―――『疾風』の管制ユニットからだ。

「聞こえる。 何か掴めたか?」

『ようやく、索敵システムが生き返った、一部だけどな。 活動中のBETAは、半径2km以内には居ない。 
吃驚だ、あれほど居やがったのにな・・・ それと、『イロコイ』が3機、こっちに向かっている。 救助隊の連中だ』

3機いた戦術機は、全て大破か中破だ。 『あの』衝撃が収まった後、圭介を含む3名の衛士達は、機体を捨ててこちらに合流した。
今は何とか、アビオニクスだけは大丈夫そうだった機体で、システムを辛うじて立ち上げ直し、周辺索敵をしていた所だった。
その報告に、歩兵中隊の大尉と顔を合せ、2人して銃を手に取る。 余り好きではない91式カービン(91式騎銃)だが、他に無いから仕方が無いか。
倒壊寸前、と言った感のある建物の壁からそっと外を伺う。 動くモノの気配は無し、背後の大尉に合図して、向うが寄ってくるまで警戒する。

「どうやら、本当に居ない様だな・・・」

「周防参謀、レーダーを過信しない方がいいです。 兵士級や闘士級なんかは、隠れていたら、レーダーなんて『ざる』には、引っ掛かりませんから」

「了解した」

ここはひとつ、歩兵戦闘のプロの言を守るとしよう。 所詮、俺の本職は戦術機乗りだ。 白兵戦のプロの経験と実績には、及ばない。
大尉が更に背後から部下を呼び寄せる。 1個小隊程の兵隊たちが、プロならではの動きで、隙無くにじり寄って来た。

「1班、北。 向うの倒壊した建物・・・あそこの北端のライン。 2班、東、破裂したタンクの奥。 3班、西、ひん曲ったパイプライン」

部下の各分隊に、警戒線の指示を与えている。 不敵な面構えの下士官に率いられた、地上戦闘のプロ達が、素早く移動して行く。

「4班、ここで確保とバックアップ。 伍長、3名連れて続け。 1名は参謀の護衛だ」

まだ若い伍長―――20歳を越したばかりだろう―――が、1人の若い兵隊を指名して、俺の『護衛』につけた。
内心で苦笑する。 戦場に出て、既に7年が経った。 今更、新兵の様に心配される事になろうとは。 だが、白兵戦では俺は、本職の2等兵より役立たずな事は確かだ。
もう一度、圭介が乗り込んだ機体を見る。 向うにも2個分隊程の兵隊たちが、機体に張り付く様にして周辺を警戒している―――あいつも、俺と同じだ。

「・・・そう言えば、改めて聞く事じゃ無かったかもしれないが・・・君の名前は?」

振りかえって、バツの悪い気分を覚えながら、歩兵中隊の大尉の名前を聞いてみた。 余り接する事のない相手だったから、顔を覚えていても、失礼ながら名を失念したのだ。
最初はキョトン、した様子だったが、やがて得心したのか大尉は、そんな俺の失礼にも、特に気を害した様子も無く、その大尉は僅かに笑って教えてくれた。

「佐嶋。 帝国陸軍大尉、佐嶋智彦です。 前橋陸軍予備士官学校、甲幹(甲種幹部候補生)67期です」

「そうか。 俺は・・・礼儀だな、名乗っておくよ。 帝国陸軍大尉、周防直衛。 各務原衛士訓練校18期だ」

甲幹の67期か、だったら大尉進級は確か今年の春だったな。 強いて言えば、衛士訓練校の20期B卒と同時期か。 かつての部下、摂津大尉の半年後任になるのか。

「訓練校の18期ですか。 来年の今頃は、少佐殿ですかね?」

「まだ、早いよ、それは―――おい、どうだろう?」

「・・・行けます。 付いて来て下さい、周防参謀。 よし、行くぞ!」

先頭に大尉、その後に伍長。 1人置いて俺で、後ろを若い兵長に守られながら、姿勢を低くして、銃を構えて機体近くまで走りよる。
周囲は瓦礫の山に覆い尽されている。 かろうじて、破損した3機の戦術機が有る場所だけが、30m四方ほどの広がりを持っているに過ぎない。
皆が自動小銃、違う、カービンを前方に向けながら、警戒姿勢で周囲に銃口を向けている。 佐嶋大尉の言う通り、戦術機のレーダーでは瓦礫の中の小型種までは探知できないだろう。

先程居た瓦礫を南端とし、北・東・西に警戒線を作る。 真ん中に広さを持つスペース、1人の下士官―――軍曹だ―――が、中央で発煙筒を焚いた。
赤い煙が勢いよく立ち上る、そして時間にしてほんの10数秒後だが、ようやくヘリ隊との交信が出来るようになった。 戦術機経由でだが。

≪こちら、百里救難隊。 発煙信号を認む―――所属、官姓名を≫

ようやく、4時間孤立した後でようやく、救難隊が来てくれた。

「第18師団第181戦術機甲連隊、連隊長他、連隊付き中隊、師団参謀1名。 他に第14師団第141戦術機甲連隊が3名。 連隊付き、佐嶋大尉だ」

隣で佐嶋大尉が、レスキューと交信を始めた。 百里の救難隊か、連中、こっちに引っ張られていたのか。
やがて爆音が大きくなってきた、その方向を見てみた―――見えた、『ヒューイ』だ。 陸軍でも使用している、UH-1J『イロコイ』が3機。
低空侵入してくる、高度は100と言った所か。 どうやら本当に、光線属種は近辺に居ない様だな、救難ヘリを飛ばしていると言う事は。

「岸壁から奥に、30m四方をLZ(ランディング・ゾーン)で確保している。 現在、対小型種BETA警戒中。 重傷者7名、軽傷者6名、他14名、これが全てだ」

連隊付き中隊は、総数250名余。 BETAとの交戦で200名以上が戦死し、『あの』衝撃波の余波で瓦礫の下敷きとなり、20数名が圧死した。
連隊長の名倉大佐は、負傷した。 崩れてきた壁が直撃したのだ。 運が良いのか、悪いのか、俺は大佐の下になって直撃を免れた―――運だ、後ろめたいとは、思わない。

≪ラジャ。 ただし、その場所じゃ、1度には降りられない。 まずは重傷者を運び出す≫

UH-1Jは全長17.44mに、回転翼直径が14.69mだったか。 諸々考慮すれば、一度に1機のランディングが精々か。
やがて1機のUH-1Jが、我々の頭上に侵入して来た。 バランスを取りホバリングしつつ、徐々に高度を下げて、ランディングする。
ヘリの扉が開かれ、担架を担いだメディック(救難隊員)が2名、飛び出してきた。 佐嶋大尉がゼスチャーで南の廃墟を指さす、爆音でまともに声が聞こえない。
その間にも、警戒分隊は周囲に厳しい視線を送り、小型種を警戒していた。 やがて廃墟から、重傷者の最初の要救(要救助者)が運び出される。
それに続いて、4班の連中の肩を借りて、何とか歩ける連中が廃墟から出てきた。 皆、重傷者だ。 軽傷者は全員、警戒任務に付いている。
すれ違いざま、担架をチラッと見た。 名倉大佐だ、まだ意識が戻らない。 衛生兵の応急処置だけで4時間強、駄目かもしれないな・・・

重傷者を全て乗せた最初のヘリが、LZから離陸した。 入れ違いざまにもう1機が、LZ向かって着陸して来た。
中隊の中で、佐嶋大尉以外で、唯一生き残った将校である若い歩兵少尉が、3班・12名を率いてヘリに乗り込んだ。 離陸して行く。

「・・・やれやれ、生き残った事が信じられないな」

戦術機から降りてきた圭介が、近づいて来てこぼす。 その言葉には、多いに賛同したい。 全くもって奇跡か何かだろうか? 戦死を覚悟したのだから、あの時は。
周囲を見渡す。 衝撃波や突風であちこちが倒壊し、破損してはいるが、火災も起こらなければ、爆発も無かった。 ただ、瓦礫の山なだけだ。 ここに4時間、閉じ込められた。

「ガイガー・カウンターが有りませんから、放射能云々は判りませんが・・・ 少なくとも、屋上で部下に周囲を確認させた所では、熱線被害は認められませんでした。
それに伴う火災も無し、2酸化炭素中毒に陥った者も居ない。 ただし、1km程先は何も無くなっていた様ですが。 それこそ、消滅したかの様に」

佐嶋大尉が寄って来て、観測結果を教えてくれる。 同時に探る様な視線を感じた。

「・・・本当に、俺が知っている情報は断片的なんだよ。 G弾の仕組みや効果なんてのも、聞かなかったしな」

「ま、良いんじゃないか? 俺達は生き残った、そして脱出する。 これ以上、何を望めと?」

圭介が横から口を挟む。 そうだな、そうだ、生き残ったのだ、俺達は。 これ以上、何を望むと言うのだ?
思い出す、あの瞬間を。 まるで質量を持ったかのような突風、呼吸も満足に出来なかった。 息を止め、体を丸くし、通り過ぎるのを待った。
色んな大音声、頭上に倒れ込んできた名倉大佐、舞い上がる粉塵。 30秒程も息を止め、目を瞑っていただろうか?
ようやく『圧力』を感じなくなり、目を開け、両手を併せた奥の口を開いて、呼吸が出来るようになった。 
瓦礫の隙間から這い出した場所で、周囲を見回した。 崩れた天井や壁、あちこちから苦悶の声が聞こえた・・・

軍服はボロボロ、あちこちが破け、裂けている。 顔や手には、小さな幾つもの裂傷。 大丈夫、大した傷じゃ無い。 顔は粉塵に煤けている。
そして、最後のヘリがランディングしてきた。 佐嶋大尉が残った全員に、ヘリへの搭乗を命じる。 兵が乗り、下士官が乗り、最後に佐嶋大尉と圭介、そして俺が搭乗した。
ふわっとした浮遊感、ヘリが離陸したのだ。 そして低空を急速に、岸壁から離れて行く。 もう、下は海面だ。 あの廃墟が遠ざかって行く。
少し高度が上がった様だ、旧横浜市内中心部が見えた―――何も、何もかも、無くなっていた。 廃墟も、そして畏怖さえ感じた、あの『モニュメント』さえもが。

胸中が晴れない。 先程、機長から簡単な状況説明が有ったが、どうやら勝てるかもしれない。 だが、胸中が晴れなかった。 横に座る圭介も、似た様な表情だ。
92年の初陣以来、一体どれだけの戦場を往来しただろう。 一体どれだけの戦友を、失っただろう。 一体どれ程、己の死を覚悟して来ただろう。
昔、北満州で微かに見えたモニュメントを見て、闘志をかき立てた事が有った。 そして今回、畏怖さえ感じた『それ』が、すっぽり無くなっている―――胸中は晴れなかった。


―――横浜ハイヴが、遠ざかって行った。










1999年8月6日 2050 日本帝国軍『奪回総軍』司令部 神奈川県三浦半島 旧三浦市内


『BETA群、約1万4200 松本盆地を旧松本市から大町に抜け、北上中』

『佐久から小諸方面に向け、BETA群1万1800が北上中。 山形の第6軍団(3個師団基幹)が、新潟との県境を越しました』

『東海軍管区の第15軍団より入電。 『天竜川防衛線東岸の阻止、成功セリ。 撃破したるBETA、約3800』、以上です』

『西関東防衛線の第4軍団、第17軍団より入電。 『横浜ハイヴ周辺にて活動停止のBETA個体数、約2万2000。 念の為、全て撃破済み』、以上!』

『最後尾のBETA群、約1万8000、諏訪に達しました。 予想進路、松本から大町、糸魚川に抜けると想定されます』

『第8、第16、第18軍団、国連軍のインドネシア第3軍団、韓国第2軍団、追撃戦続行中。 北部軍管区、中部軍管区、臨戦態勢に入りました』

『海軍第1艦隊、遠州灘を高速航行中。 西に向け、突進しています』

『統帥幕僚本部より連絡です、7時間前に大湊を出港した海軍第2艦隊は、日本海を高速南下中』

次々に報告が入る。 あれからかれこれ12時間、戦況は一時の奇妙な停滞を脱し、明らかに優位に推移していた。 だが、司令部内の空気は重い。
ひとつは、奪回総軍司令官・大山大将がまったくの無言を貫き通している為だ。 無論、必要な指示は出す、承認の為に頷く事も有る。
だがそれ以外、目を瞑り、厳しい表情で口をつぐんだままなのだ。 先程、『祝辞』を述べに来た国連軍の某高級将校が、その威圧感に、ほうほうの態で逃げ出していった。

「・・・北部、南部防衛線の各部隊損失は、概ね想定内に収まりました。 現在、大半が追撃戦に移っておりますが、追撃戦での損失は僅少であると」

参謀長が、敢えて抑揚のない声で報告する。 それがまた、場の雰囲気を固まらせるのだ。

「西関東防衛線、各部隊の損失僅少。 海軍の損失は、第2次報告では本作戦以降の沈没艦無し。 
レーザー照射を受けた大型巡洋艦『三隅』が中破した以外、目立った損害は無いとの事です」

その報告に、大山大将が変わらず無言で、目を瞑りながら頷く。 だが次の報告で、様相が変わった。

「・・・ハイヴ突入部隊の損失状況ですが。 軌道降下兵団6個大隊、損失171機、残存45機、損耗率79.2%・・・」

―――その言葉で、一瞬で、場が凍った。 参謀長の報告が続く。

「突入機動大隊群17個大隊、残存168機、損失444機、損耗率72.5%・・・」

軌道降下兵団と、ハイヴ突入機動大隊群で、定数828機の内、損失615機。 損耗率は74.3%に達した。

「戦域確保任務の第1軍団、第13軍団、そして日中台連合軍団の我が軍第7師団、損失は15%から18%・・・ 戦闘部隊の50%から60%を失いました、『全滅』です」

師団戦力の中で、戦闘部隊の比率は現在では概ね30%程になっている(他は各種支援部隊が大きな比率を占める) 
師団損失15%と言うのは、戦闘部隊の50%を失った事になる。 こうなれば戦闘継続は不可能だ、師団は『全滅』判定を受ける。

「・・・G弾による損害は、第13軍団では、戦術機部隊は数機で済みましたが、機甲・自走砲・機械化歩兵部隊の損害は、全体の12%に達します。
第1軍団(3個師団・9個戦術機甲連隊)、第7師団と中国第110、台湾第3師団、突入機動大隊併せ、戦術機のG弾による損害は、119機。
他に海軍が戦術機21機、横浜港に接岸していた揚陸艇4隻。 車輌は陸海軍併せて戦車64輌、自走砲48輌、他102輌。 砲は71門、兵員は帝国軍だけでも約8960名余・・・」

とんでもない数だ、G弾による巻き添え、それだけで戦術機甲師団1個分を越す兵力が、無為に消えた。
腹立たしい気分は、当然ある。 それも濃厚に。 だが大山大将は内心で問うている、誰に対して、何に対して、腹立たしいのか?
G弾を投下した米軍に対してか? 連中とて軍人だ、上級命令に反する事は出来ない。 米軍上層部と米国政府? あの戦況では、やはり決定するだろう。
帝国政府と帝国軍指導部? 事前情報が直前に、総軍司令官宛に入った、本当に直前だが。 恐らく政府は有る程度、情報を掴んでいたのだろうな。
だが、それを以って事前に撤退命令を出す事など、無理な話だ、『戦争』が崩壊する。 やはり正式通告あって初めて、正式命令を下すしかないか。

「・・・ここまで、拙い戦さをした、自分自身に対しても、か・・・」

その言葉は小さく、周囲には聞き取れなかった。 参謀長が訝しげな表情をするが、改めて聞かすセリフでも無かろう。
総計で30個師団前後もの大兵力を与えられ、海軍主力の支援を受け、大東亜連合や国連軍、それに米軍の指揮権をも一時的に与えられ・・・

(―――それが、あの土壇場まで、失敗の瀬戸際に有ったのだからな)

ハイヴ突入部隊は、崩壊の直前に有った。 反応炉突入どころか、第2層から第3層での阻止戦闘に、躍起にならねばならぬ程に。
事前の予想が甘かった、そう言う事か? ハイヴから地上に湧き出てきたBETAの数と、ハイヴ内で新たに現れたBETAの数は、総数で10万余を越した。
5万は地上部隊で、対応できる計算は立てていた。 だからこそ、17個師団もの大兵力を攻略戦外周部に配備したのだ。
だが、ハイヴ内の5万以上は、完全に予想外だった。 フェイズ2ハイヴで、これ程の・・・ 突入部隊の連中は、精々が戦術機8個連隊。 後続を入れても合計17個連隊。
それが各個撃破された、そして戦力の逐次投入と言う最悪の愚を、犯さざるを得なくなった。 これは誰の責任でも無い、総司令官たる己の負うべき責任だ。

「・・・『飛び道具を使っても、相手が死ねば死だ。 鉄砲で撃っても、小太刀で斬っても、敵を討った事には変わりはない』、か・・・ふむ」

「閣下?」

「その昔、『軍神』と称された戦国武将の言じゃよ。 そう言い切れる覚悟が有る事は、見習わねばのう・・・ よし、参謀長、予備戦力全て、ハイヴ周辺の掃討に投入しろ。
逃げ出したBETAの追撃戦は、基本的に奪回総軍部隊で行う。 各軍管区には支援要請のみだ、防衛線を消耗させたくは無いのでな」

「はっ!」

「皆、喜べ、祝え! ハイヴが陥落するわ! 本土に築かれた、忌まわしきハイヴがな!」

まだまだ、到底、許容できる話では無かろう。 だが、このままの空気でいて良い筈も無し。 ならば司令官たる者、底無しの楽天主義もまた、求められる仕事のひとつだ。










1999年8月7日 0730 神奈川県旧横須賀市 第13軍団


「周防! 貴様、あれはどう言うつもりだったのだ!?」

再会していきなり、緋色に絡まれた。 と言うより、いきなり胸倉を掴まれ、詰問された。 彼女は俺より背は低い、170cm有るか無いか。
なのであの、意志の強そうな瞳が、下から強烈に問いかけて来る。 悔しさが表情全体に滲みでている、どうして、何故だ、そう言っていた。

「ハイヴ内でいきなりの情報限定だぞ!? 地下茎のどこに、どれだけの数のBETAが居るのか、他部隊の情報さえ掴めない!
そんな盲目状態で、ハイヴ内で目隠し状態で、行き当たりばったりの戦闘などと! 貴様、参謀として、部隊を壊滅させたかったのか!?」

「それは、俺達も聞きたいですね」

「独断なんかじゃないって事は、聞いていますけれど・・・」

「せめて、師団司令部に反対意見具申は、出来なかったのですか?」

「死んだ者が、浮かばれませんよ」

緋色に続いて、そう不満と鬱憤、そして不信感を表してきたのは、14師団の葛城誠吾大尉と間宮怜大尉、18師団の佐野慎吾大尉と有馬奈緒大尉の4人。
他は遠回しに、こちらを見ている。 源さん、三瀬さんに和泉さんは1期先任。 流石に後任の俺に、ここで突っかかる事は憚られる、と言う事か。
他の中隊長達は全て、1期以上後任だ、遠慮も有る。 だからか、同期生の緋色に、同じ18期の後期組、半年後任の18期B(同期の様なものだ)の4人が詰め寄って来たのは。

「・・・師団決定だ」

「師団決定!? その前に貴様、何か具申でもしたのか!?」

「・・・それ以前に、軍団司令部決定で有り、軍司令部決定でも有る。 大元は、総軍司令部決定だ」

「なっ・・・!」

「そこまで、上が絡んで?」

俺の説明に緋色が絶句し、間宮が驚きの表情を見せた。 葛城君に佐野君、有馬の表情も似た様なものだ。

「意見具申は行った、師団としてもだ。 だが決定は覆らなかった。 ならばその命令の範疇で、出来得る事を策定した、そして実施した。
時間が有れば、他に方策が有ったかもしれない。 が、あの時に取り得る方策は、あの方法しか無かった、そう判断した。 なので上申した」

連隊本部―――CPには情報は集まっていた。 なので、動きが鈍重になるのを承知で、本部からの集中指揮管制に切り替えさせた。
当然ながら、CP将校は管制将校で有って、部隊指揮官では無い。 連隊本部でも、実際に戦術機部隊の指揮を経験していたのは、第5科長の祥子1人だけだった。
なので、師団本部から俺が急きょ派遣された。 連隊長・名倉大佐の補佐として。 実質的に、ハイヴ内の各部隊をどう動かすかは、俺の判断だったのだ。

「では・・・貴様は・・・あの時の、あの指示、あれが全て最良の判断だったと・・・!?」

「最良では無いかもしれない。 だけど、最悪の中の最善で有った、それだけは言っておく」

本当にそうか? そうなのか? 俺の指揮能力を、そこまで信じて良いのか? 過信では無いのか? だが、敢えてそう言おう。 でなくば、死んだ者達に礼を失する事になる。
周りの空気が悪い。 まあ、覚悟はしていた。 大打撃を被った前線部隊に、後方司令部の参謀が姿を見せれば、大抵はこうなる事ぐらい、想像出来た事だ。
半期後任の4人が、何か言いたそうな表情を見せた。 その後ろで、それより後任の中隊長達も同様だ。 緋色がまた何か言いそうな表情で、一歩間合いを詰めてきた、その時・・・

「―――神楽大尉、そこまでにしたまえ。 周防大尉とて、結局は師団本部作戦課の1課員だ、全てを立案し、決定する権限など持っていない。 判っているだろう?」

疲れは有るが、相変わらず穏やかな声で源さん―――源雅人大尉が、後任の緋色を押さえる様に、静かに歩み寄って来た。 背後に三瀬さんと和泉さんが居る。

「周防大尉は、与えられた情報と状況の中で、彼が言った様に『最悪の中の最善』を模索し、立案する。 我々は前線で、それを掴む為に死闘する。
目的は同じだ、そしてその状況は、我々が選べるものではない、そうだね? 判る筈だ、神楽大尉。 皆もそうだろう? 僕は先任少尉の頃から、中尉の頃から、そう教えた」

流石は、大尉の最古参。 源さんも内心では忸怩たるものが有るだろうが、戦場の激情に任せる愚を、静かに諭していた。
緋色とて、そして目前の中隊長達だとて、もう最低でも5年以上、長ければ7年以上、戦場に身を置いてきた連中だ。 当然それ位は身に沁みている。
が、いかんせん、今回の作戦は損害が多過ぎた。 あの京都防衛戦を上回る損失を出した。 内心で荒れ狂う『何か』を、あの激情家の面が有る緋色は抑え切れなかった。
他の後任連中も同じだろう、特に中隊長歴の浅い連中は、これだけの部下を失う事は初めての筈だ。 俺だって、これ程の損害を出した戦闘で、部隊を指揮した経験は無い。

「指揮官がそんな調子では、部下が更に不安に陥るわよ?」

「そうそう、それにさ、周防が師団や連隊の指揮を、執っていた訳じゃ無いじゃん。 たかが大尉でさ」

源さんの後ろから、先任の三瀬さんと和泉さんが付け加えて言ってくれた。 三瀬さんは疲労の色の中に窘める表情で、和泉さんは『仕方ない』と言った表情で。
同期の源さんが、ああした態度である以上、彼女達も腹の中に飲み込むしかないのだろう、有り難い事だが―――そっと目礼で謝意を伝えた。

「まだ、師団本部からは作戦完了の命は下っていない。 それにまだ、第1種警戒態勢だ。 やるべき事は山ほどある筈だよ、まずは己の職務を完遂する事だ」

―――死んで行った、死なせた部下へのけじめは、それからで良いだろう。 まだ生きている部下達を、最後まで生き残らせる為にもね。

そう言って、先任の3人はそれぞれの中隊に戻って行った。 残された者達は、一様にバツの悪い、或いは少し自己嫌悪の表情で押し黙っている。

「・・・正式には、師団長より通達が有るが。 181連隊は以降、宇賀神中佐が指揮を執る。 連隊長・名倉大佐は重体だ、一命は取り留めたが。
残存戦力の再編成は、宇賀神中佐より発せられるだろう。 141は連隊長・藤田大佐の無事が確認されたと連絡が有った、大佐より命令が有る筈だ」

敢えて事務的に言う。 まだ作戦は継続している、そして俺は、俺達は仲良しクラブでも何でもない、最前線の指揮官で有り、参謀なのだ。

「各指揮官は、上級司令部の命令を待ち、待機の事。 情報、及び補給・整備など、必要とされる事項は最大限、確保する―――以上、師団通達だ」

作戦が終わらない以上、例え私的に仲の良いもの同士だとしても、それは一切の考慮に値しない。 我々は帝国軍人なのだ、それ以外の何者でもない。
そう、あのハイヴ内での阻止戦闘の指揮(の、サポートだが)中、それを強く思った。 例え同期生を、友人を、還らぬ死地に送り込む事になろうとも、だ。


皆に背を向け、テントを出た。 歩き始め、内心に問うた―――本当に、最悪を選択しなかったか?
不意に、前方に人影を認めた、祥子だった。 彼女は無言で近づき、そしてそっと俺の両頬を手に包み、言った。

「―――直衛、あなた。 前を見据えて、お願い」










1999年8月7日 1900 神奈川県旧横須賀市内 第18師団 第181戦術機甲連隊


「周防、貴様、良いご身分だな。 こんな時間から、もう一杯引っ掛けているのかよ?」

下級将校用のテントの入口から、不意にかかった声に周防直秋中尉が振り返った。 そしてその声の主を見た途端、『貴様が言うか?』と内心で突っ込んだ。
テントに入って来たのは、同じ連隊の第3大隊に所属する同期生だった。 向うもどこから仕入れたか、ウィスキーのボトル(どうせ、合成酒だ)を手にしていた。

「そう言う貴様は、何なんだよ、その手にしたのは? ええ? 蒲生」

向うのも顔がほんのりと赤い、どこかで引っ掛けてきた証拠だ。 蒲生史郎中尉が、テントの真ん中に置かれた折椅子に座る。
その後はお互い、無言で自分のボトルを飲んでいた。 グラスなんかない、ストレートのラッパ飲みだった。 流石に、一気にとは行かないが。

「・・・中隊長(第33中隊長・摂津大尉)から聞いた。 松任谷な、頭蓋骨骨折に、肋骨も数本折れていた。 それと両足はダメだ、切断だと」

周防中尉の顔をチラッと見た蒲生中尉が、少し言いにくそうにしながらも、同期生が一番知りたいだろう情報を明かす。

「・・・推進剤切れで、東京湾に高速で突っ込んだんだ。 助かっただけ、見っけもんさ・・・」

直ぐにでも飛び出したい衝動と、それを押さえる理性のせめぎ合いの葛藤を押さえつつ、周防中尉が答える。
実際には、横浜から対岸の房総半島へ脱出する際、松任谷佳奈美中尉機を含む3機が、推進剤切れで東京湾に突っ込んだ。
付近を航行していた海軍の駆逐艦と、大東亜連合艦隊のフリゲート艦に救出されたのは、松任谷中尉と他に1名。 最後の1名は海に沈んだ。
他に跳躍ユニットが損傷しており、途中でユニットが爆発、機体諸共に海に沈んだ機体が2機あった。

「俺の従兄も、嫁さんは関西の戦場で重傷を負って、片腕・片脚は疑似生体移植だしな。 生きていてくれれば、それで良いさ・・・」

「・・・じゃあ、何で貴様、そこまで荒れてんだよ?」

「・・・貴様もだろうが」

お互いに目が据わっている。 酔っ払いにその自覚は無いが、実際は2人とも結構酔いが回っている様だった。
蒲生中尉が合成ウィスキーを一口飲み、大きく、熱い息を吐く。 同時にのぞける様にしてテントの天井を見つめ、ポツリと呟いた。

「俺は・・・2人も一気に部下を失ったのは、初めてだよ・・・」

「初めてって・・・そもそも、俺らは去年の10月じゃねえか、中尉になって、小隊を任されたのは。 それ以来、大規模な作戦に参加してねえよ。 
それに俺だって同じだ。 宮内と真部、先任と次席の少尉を2人、死なせちまった。 生き残ったのは俺と、新入りの美濃だけだ。 判っちゃいるけどよ・・・」

18師団は再編成後、主に練成を中心に行ってきた。 昨夏の京都を巡る一連の戦闘で、大きな損害を受け、その回復が急務とされたからだ。
実戦は主に、新潟方面で行われた一連の佐渡島ハイヴに対する間引き攻撃、そして新潟に侵攻してくる中小規模のBETA群に対する、阻止殲滅戦闘に参加した。
それでも戦死者は出た、新潟方面の間引き攻撃でも、上陸阻止殲滅戦闘支援でも、実戦に変わりなかった。 彼等は主にそこで、指揮官としての『修行』を積んだ。

あの時、ああしておけば良かったのか? あの判断は、本当に良かったのか? 別の方法でアプローチすべきでなかったか?―――様々に、押し寄せて来る。
少尉の頃は、良かった。 生き残り、純粋にそれを喜べば良かった。 死んで行った仲間たちを追悼し、その生きた航跡を言い伝えれば、それで良かった。
今は?―――死んで行った部下の顔が、脳裏から離れない。 色んな事を話した、相談も受けた。 訓練では厳しくしたが、反面、余暇には小隊で繰り出し、馬鹿もやった。

―――その連中は、もう還ってこない。

彼ら、若年の指揮官達にとって、恐らく初めての経験だろう。 後から後から押し寄せて来る、本当に自分は十全に指揮を行えたのか? あの時の判断は?

「・・・『もしも、他の奴だったら、もっと上手く出来たかも』、思わずそう口走ってさ。 そしたら偶々、傍に居た中隊長・・・神楽大尉に聞かれてさ」

周防中尉が、ポツリと言った。 同時に蒲生中尉がおどける様に首を竦め、ボトルからまた一口飲む。

「・・・怖えなぁ、それって。 で、どうなった?」

「思いっきり、ぶん殴られた。 『貴様、それは死んで行った者への冒涜だ! 貴様は部下の死を、冒涜したいのか!』ってさ」

周防中尉が、自嘲気味にそう答える。 言われて初めて、殴られて初めて、その事に思い至った。 情けない話だ、そんな事にも気付かなかったなんて。
それを聞いた蒲生中尉も、似た様な表情だった。 新米指揮官同志、至らぬ事ばかりが目につき、目前に突き付けられている、そんな気がするのだ。

「こっちも似たようなもんさ、俺は八神さんと一緒だったけど。 似た様な事言って、向うの美園大尉に殴られた。 美園大尉、後でウチの中隊長に、謝っていたらしいけど」

「勝手に人の部下を、殴ったって?」

「そゆこと。 まあ、八神さんも凹んでいる筈なんだけどな、四宮さんが死んじまって・・・」

「・・・確か、31中隊は全滅だっけか?」

「ああ、31中隊長の恵那大尉も死んだ、第3層の脱出の時だ。 なんか、掛ける言葉が見つからねえ・・・」

全滅した中隊は、181では31中隊。 中隊長の恵那瑞穂大尉以下、12名全員が戦死した。 四宮杏子中尉は、その31中隊の第3小隊長を務めていた。
周防中尉、蒲生中尉と仲の良い先任の八神中尉が、1期後任の四宮中尉を好いていた事は、『悪さ仲間』の間では、周知だったのだ。

「・・・瀬間中尉は、無事なんだろ?」

「ん? ああ。 でもなあ、あそこはなぁ・・・ 折角、損害なしで最後の脱出まで行ったのに。 洋上で4番機の和田(和田操少尉)の機体が、跳躍ユニット爆発してさ。
あっという間だった、連鎖でもう片方も爆発しちまって、空中で木っ端微塵に砕けちまった。 瀬間さん、ちょっとショックでさぁ・・・」

―――こいつ、それで余計に気を遣っていやがったのか。 似合わない事、しやがって・・・

周防中尉は、内心でそう思う。 蒲生中尉の『想い人』の瀬間薫中尉は、無事だった。 周防中尉の『友人以上、恋人未満』の松任谷佳奈美中尉は、重傷で意識不明だ。
『悪友』達が、部下を失い(蒲生中尉もだが)、そして想い人達も戦死か、復帰出来るか判らない重傷を負った。 自分の想い人は無事で嬉しい、それが内心でわだかまる。

「行けよ、蒲生。 ノロノロしてっと、他の誰かに掻っ攫われるぜ。 瀬間さん、佳い女だし」

「お前に言われんでも、判っている! ・・・おい、周防」

「何だ?」

ちょっとだけ間が空く。 言葉を選んでいるような仕草の蒲生中尉が、やがてはっきりと、周防中尉に向かって言った。

「・・・死んだ奴ら、精一杯戦ったよな? 俺達、最悪だけは、選択しなかったよな?」

「・・・ったりめぇだ、だから生き残ったんだ」

その言葉を聞いた蒲生中尉が、フラフラと立ち上がり、テントを出て行った。

「・・・まさかあいつ、あの勢いで瀬間中尉、押し倒しに行くんじゃ、ねえだろうなぁ・・・?」

そこまで呟いて、流石にそれは無いか、そう考えなおした。 同じテントには他にも同宿人が居る事だし、と。
一口、アルコールを補充して、改めてテントの中を見る。 4人用の予定だった、今は自分1人しか居ない。

(『―――いずれ、お前も実感する時が来るさ、階級ってやつの意味と重みをな。 最初は苦しむ、だけどそれじゃ、前に進めない。 それが判る時も、いずれな』)

そう自分に言ったのは、従兄だったか。 前にサシで飲んだ時だ、確か。

「・・・階級の、重み。 部下の命を預かる、重み、か・・・」

最悪だけは選択しなかった、そう信じたかった。










1999年8月8日 0150 日本帝国 『帝都』仙台 帝国軍統帥幕僚本部


「横浜ハイヴ周辺の索敵は、本日早朝には終了の予定です。 現在の所、6日の午前以降、活動を確認したBETAはおりません」

「北部軍管区、東海軍管区よりの索敵情報ですが、BETA群は北陸・中越に到達後、進路を南西に取っております。 一部が佐渡島へ渡る動きを見せましたが、殲滅しました」

「中部軍管区より、迎撃方針の確認です。 BETA群が湖北(滋賀県北部)より南下の動きを見せない限り、中部軍集団は手出しをしない、追撃部隊に任せる、です」

「九州の西部軍管区は、九州北部での迎撃戦は行わない旨、確認しました。 防衛線の南に侵入しない限り、現状を維持。 海軍第1、第2艦隊より艦砲射撃のみとします」

「了解した。 奪回総軍は? 大山さんは、何と言って来ている?」

「ハイヴへの再突入許可を。 この一点張りです」

「流石に拙いだろう、それは。 まだG弾の影響が検証しきれていないし、政府の方針は『G弾による、被害国』のスタンスだ」

「しかし、現場は納得せんだろう、それでは。 散々苦戦して、多くの血を流したのは我が国だ。 それで最後の『ご褒美』は米国と国連・・・あの小娘とで山分けか?」

「虚仮にされていると、そう感じて当然だろうな。 我々とて、分け前を頂く権利は十分にある」

「・・・しかし、恐らく政府は許可しないでしょう。 米国も横槍を入れるでしょうし、国連からも何かと妨害してくるでしょう」

「米軍のドクトリンを推し進めるには、必要不可欠のお宝が眠っています。 それを他国に与える程、連中はお人好ではないでしょう」

「第4計画からも、やはり事前に釘を刺してきております。 『計画完遂に必要である』とか何とか。 本当かどうかは不明ですが」

「そこは情報本部に探らせろ。 あの計画には我が軍も、多数のスリーパーや『お友達』を、潜ませているのだろう?」

「その件につきましては、情報本部から中央特務情報隊が動いております。 ただし、例によって情報省と、国家憲兵隊特務公安情報隊にも、動きが」

「構わん、今は好きにさせておけ。 それより、ハイヴ再突入か。 G元素が絡むとなると、厄介な話になるぞ?」









1999年8月8日 1350 日本帝国軍『奪回総軍』司令部 神奈川県三浦半島 旧三浦市内


「我が軍は、連中に虚仮にされたのです!」

1人の参謀中佐が、顔を真っ赤にして総司令官・大山大将に詰め寄る。 周囲には中佐・少佐級の中堅参謀団が、ズラリと顔を並べている。
横浜ハイヴ再突入を巡る、帝国軍・国連軍・米軍での調整会議の席上、国連と米軍は明らかに共同歩調を取り、帝国軍のハイヴ突入を阻止する動きを示した。
理由は明白だ、ハイヴ攻略最大の成果物―――G元素を専有する為だ。 確かにバンクーバー条約では、ハイヴ攻略は国連軍の専管事項に位置づけられる。
しかしその戦力と言えば、当事国や周辺各国軍が主力を占める。 大量の血だけ流させて、美味しい所は独り占めか、そんな弊害が予想されていたが、その通りとなって来たのだ。

「米軍は最後の局面だけ出て来て、有ろう事かBETA群が反転した矢先に、さっさと撤退しました! 国連の例の部隊は、何しに来たのか判らない様な動きだけです!」

「遺憾ながら、G弾がハイヴから溢れだした10万近いBETA群に与えた影響は、否定できません。 しかし、だからと言って、我が軍の死戦を無意味だなどと、言わせませぬ!」

「米軍の、あの技術大佐の言い様! 『我が国には、ロスアラモス研究所が有る。 失礼だが、日本には何も無い』とは! 故に、米国がG元素を独占して然るべきとは!」

「我が国にも、帝大には仁藤博士の研究グループが有ります! G元素研究を怠っている訳ではありません! 閣下、是非、再突入のご命令を!」

部下参謀達の勢いを、黙って聞いていた大山大将だったが、徐に重々しく口を開いた。

「・・・貴官等は、何を以ってハイヴ再突入を具申するのか? 反応炉到達と言う、軍事的名誉か? G元素奪取と言う、欲か?」

一瞬、並み居る参謀団が言葉に詰まる。 が、数人が気を持ち直して、大将の問いかけに答えた。

「無論、反応炉到達と言う偉業を為し得れば、軍の士気は高揚します。 それにこれまで、余りに損害が大きすぎました。
士気は低下しております。 しかし! その損害に見合った戦果を為し得たのだと、将兵はその答えを望んでおるはずです!」

「G元素につきましても、敢えて保有する事で、米国の世界展開戦略に抗する事が出来る、そう判断いたします」

「―――馬鹿者ッ!」

その言葉を聞いた瞬間、大山大将の怒声が鳴り響いた。 その迫力に、並み居る歴々の将軍達さえ、首を竦める。

「我が軍の誉れは、最後まで諦めず、崩壊もせず、ハイヴを前に奮戦敢闘した事だ! その事を儂は誇りに思う! 部下将兵を誇りに思う!」

流石は陸軍の最長老、そう思わせる威厳と圧力だ。

「譲って、反応炉到達の栄は良しとしてもだ! G元素はならん! 統帥本部、国防省、政府からも指示は出ておらぬ!
我が陸軍はかつて、本末転倒の愚を犯した! G元素を持てば、それだけ米国との関係が危うくなろう。 我等は帝国の『醜の御盾』ぞ!」

米国に隙を与えるな。 国家と国民、そして国体の護持。 それを危うくするような独断専行は、決して許さぬ。
同盟国とでさえ、右手と左手は異なる行動をするのが、国家間の関係での常識であり、国際社会の常であった。
ましてや、今次BETA大戦における最重要のファクター、そのひとつとも言えるG元素。 それを只の軍人の独断専行で、入手などして良いものではない。

大山大将は、その事を強く言い聞かせた。






「どうするのだ? 閣下からあれほど釘を刺されては、行動のしようが無い」

「閣下は、『反応炉到達の栄は良し』と、仰られた・・・」

それが言葉遊び、或いは詭弁と判っていて、敢えてその言葉尻を捉えようとした。

「・・・ならば、その栄誉、我が軍が貰う。 その『ついで』に、何を持ってこようが、それはついでの話になる。 報告の要も無い」

参謀将校達は、無言で頷いた。 彼等は別段、派閥では無い。 統帥派も居れば、国粋派も国連派も居る。 国粋派でも、皇道派も居れば、勤将派も居た。
誰もが血に酔っていた、流された夥しい血に。 そして何より、本土に築かれた忌まわしき象徴―――横浜ハイヴが陥落すると言う事実に。
何よりも彼等は、大山大将の言う事を理解していた。 その事が、真に悲劇だった。 彼等は理解した上で、それでも行わねばならぬ、そう考えた。

「行うも亡国、行わざるも亡国。 行わずして足下に跪くは、民族の魂まで失う真の亡国」










1999年8月9日 1025 横浜ハイヴ 第35層(F-35-layer) 深度1160m


―――まるで、N.Yで見た事の有る、前衛芸術とやらに通じる感が有る様な・・・

思わず、そんな印象を抱いてしまった。 軍人を志願して10年余り。 少尉に任官し、初陣を経験して以来、7年数か月。 人生で初めて、ハイヴ内に侵入した瞬間の印象だった。
もっと醜悪なものだと、想像していた。 何と言うか、もっと有機的で軟質な様子を想像していたのだが、そこは俺の想像を斜め上に突き抜けて違った場所だった。
硬質で、複雑な幾何学的で、そしてやはり、異質な意志でなくば為し得ない、この星では有り得ない場所。 恐らく種の理解が有り得ない、畏怖的な美だと感じた。

『各隊、全周警戒。 これよりS-35-14広間に入る。 BETAの検知は無いが、気を抜くな』

臨時指揮下の3個中隊に命じる。 とは言っても各々1個小隊を欠いている、実質は2個中隊だ。 『疾風』が12機に、『撃震』が12機の24機。

『了解、指揮官殿。 しかしまあ、多分、面子や何やとは思うけどね、こんなに早々に再突入とは、思わなかったな』

『だからって、どうして私らが潜んなきゃ、なんないのよ!? ねえ、説明しなさいよ、直衛!』

秘匿回線をわざわざ使って、愚痴を言ってくるのは同期生の伊達愛姫大尉。 あれや、これやで、かき集めた混成中隊(1個小隊欠の8機編成)を、臨時に指揮している。
もう何度、聞かされただろう、このセリフ? ハイヴに再突入してから1時間、既に5、6回は聞いた筈だ。 いい加減、飽きないのだろうか?

『14師団も、18師団も、戦術機甲部隊は疲弊し過ぎている。 衛士達の消耗も激しい。 機体と頭数が有っても、総合的な戦闘力が落ちている、って・・・何度目だ? 愛姫?』

同じく、3方向通信の為に割り込んできたもう1人の同期生、長門圭介大尉が答えた―――そして圭介に、愛姫が噛みついている。 いや、甘えているのだ、あれは。
場所を考えろよ、ハイヴ内までイチャつくな―――そう言いたいが、放っておく。 そうでもしないとこの雰囲気、耐えられそうにないと思う。

―――現在位置、横浜ハイヴ最下層付近。 F-35層の奥だ、深度1161m。

2時間ほど前、いきなり上級司令部の命令で、3個中隊のハイヴ内への索敵突入が決まった。 第13軍団だけでは無い、第1軍団からも4個中隊が投入されると聞いた。
それに先立ち、米軍からは6個中隊―――陸軍3個、海兵隊3個―――が既に投入されたとの報告が入った。 例の曰く付きの国連軍部隊からも、3個中隊が。
そして帝国軍も、突入部隊を決定した。 何やら上層部では、熾烈で陰険な遣り取りの応酬が為されたとか、何とか。 下っ端の師団参謀には、判らない。
最初は別の師団(軍団)から抽出を、と考えたそうなのだが、生憎と大半の部隊がBETA群を追いかけて、今頃は関西から九州にかけて展開中だった。

残った部隊も横浜外縁部に再配置されて、即応できる部隊が無かった。 更に言えば、最後まで『虚仮にされっぱなし』では気が済まない、第1、第13軍団の意見も強かった。
しかし、各軍団の戦術機甲部隊は疲弊し、生き残った衛士達は消耗の度合いが激しい。 再度のハイヴ突入は、心身両面から危惧された。
そんな中で第13軍団では、俺達3人にお鉢が回って来たのだ。 元々戦術機乗り、現役の衛士で経験も豊富。 それでいて現在、戦術機部隊指揮官の配置に無い、3人の大尉に。

機体は生き残った連中の機体だったり、数少ない予備機だったり(それも、軍団直轄部隊の!)で、何とか24機を揃えた―――『疾風』と『撃震』の混成だった。
衛士は、軍団予備で出番の殆ど無かった予備隊(9個小隊)から、比較的実戦経験の多い連中を引っこ抜いた。 
各中隊、8機編制。 心もとない数だったが、ここまで『全く』BETAと出くわさなかったのは、僥倖と言う範疇を越していると思う。

「生き残った連中は、精根尽きている。 休ませてやろう。 愛姫、お前、緋色を無理やり引っ張ってくる様な真似、出来るか?」

敢えて、あざといが情に訴えかける。 ハイヴで死闘を展開し、命からがら生き残った同期生で、親友の名を出されて、愛姫も不承不承、押し黙った。
気に入らないと言えば、命令を達しに来た上級司令部―――総軍司令部の参謀中佐も、気に入らなかった。 何やら歯切れの悪い口ぶりで。
その癖、こちらに口を挟む事を許さない、高圧的な調子で―――『反応炉の偵察と、可能ならばそれに付随する、戦略的要素の確保』 ・・・見え透いている。

『・・・第1軍団の連中は、勇んで突っ込んで行ったな』

圭介がポツリと漏らす。 第1軍団の索敵突入4個中隊は、仇打ちとばかりに、勇んで再突入して行ったらしい。 我々とは大違いだ。

『指揮官、間もなく最下層分岐点です。 どちらの方向へ?』

臨時に部下になった予備隊の中尉(名前を覚える暇が無かった、失敬!)が、オープン回線で聞いて来る。 慌てて秘匿回線を切り、レーダーMAPを呼び出した。
網膜スクリーン上に、横浜ハイヴ地下茎情報が呼び出され、目前に展開される。 ここからS-35-16広間へ行けば、予想では反応炉方面へ到達する筈だ。

『・・・何か、揉めているよ? 第1軍団の連中みたい。 通信相手は・・・国連軍? 米軍? ・・・米軍みたい、位置はS-35-18広間から、最下層へ降りる縦坑付近』

愛姫からまた、秘匿回線が入った。 部下の中尉に待機を命じ、MAPを再確認する。 S-35-18から最下層へ降りる・・・ 想定場所は・・・

『・・・アトリエ、か・・・』

『連中、『あの物質』を、本当に確保する気なのか?』

途切れがちな指揮官レベルの通信チャンネルからは、『等分』、『バンクーバー条約』、『安保』、はたまた、『戦闘』などと、物騒なセリフが聞こえた。
そしてどうやら、米軍側は2個中隊で、第1軍団は4個中隊だと判明した―――連中、こぞって向うに向かいやがった。

『・・・条約違反じゃないの?』

『明確に、そうは言えない。 だとしたら、米国がG元素を保有する事自体、国際条約に抵触する』

『一応、米国の大学で、お勉強して来た奴の言う言葉だ、そうなんだろうな』

『喧嘩売っているのか? 圭介?』

やがて、『搬出』、『急げ』、『コンテナ』の単語が聞き取れた。 本当に、G元素を運び出そうと言うのか? これは、本当に正式な命令での行為なのか?
俺と圭介、そして愛姫がスクリーン越しに顔を見合わせ、お互いに頷いた。 これはとんでもない、独断専行なのではないか? 現場の確認が必要なのでは?
お互い無言のうちに同意して、『アトリエ』へ向かう指示を出そうとした矢先、今度は『国連が』の言葉と同時に、第1軍団の連中が上層へ向け、移動を始めたのがレーダーから判った。

時間にして僅かな時間だったし、本当に連中が『あの』物質を運び出したのか、確認出来ていない。 
後で師団、軍団へ報告する必要が有るか、そう考えた。 第1軍団は第8軍、我々第13軍団は第9軍。 総軍司令部に、判断を委ねる事になるのか。

『・・・後で、報告すればいいよ。 さて、じゃあ本来の任務続行だね・・・』

『待て! 通信が・・・米軍?』

偶々、チャンネルを弄くっていたらしい圭介が、米軍の伝播を捉えた。 そして相次いで、同様の報告が入る。

『大尉殿! こちらにも入っています!』

『どうやら有線が不調の様ですね、無線で飛ばしています、混線でしょうか?』

混線? 普通、余りない状況だな。 だがここは、『普通』の場所じゃないよな。

「ハイヴ内だからな、どんな伝播状況になるか、判らない・・・何!?」

米軍と思しき通信を聞いている内に、向うの事態が只ならぬ雰囲気になっている事に気付いた。


≪・・・Bravo-Leader,This is CP.Report a state! Repeat! Report a state!≫

≪・・・Fuck! What a hell is this!≫

≪Bravo-Leader,This is CP.Did you see in!? What’s going you now! Report a state!≫

≪Oh・・・ No・・・ It’s human・・・≫

≪Human what!? What did you say!? This is CP. Bravo-Leader! Survivor!? Come in!≫

≪・・・It’s human・・・brain!≫


―――『It’s human brain』 ・・・『人の、脳髄』だと・・・!?





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