1999年8月5日 1508 横浜ハイヴ内 第6層・S-06-08広間
10数機の戦術機―――F-15C、いや、日本帝国陸軍の89式『陽炎』(F-15J)だ―――が、主脚歩行で移動していた。
周囲はまるで前衛芸術の限りを尽くしたかのような、奇妙な、それでいてどこか底しれぬ畏れを含んだかのような、異形の光景。
およそこの星の高等知的生命体―――人類の感性に合致するものではない、どこか異なる『存在』の意志を具現化した様な造作。
そこは第6層のスタブ(横坑)、紛れも無く横浜ハイヴの内部だった。
『ブラヴォー・リーダー(帝国軍軌道降下兵団第2大隊長機)よりCP。 現在第6層・S-06-08広間、制圧は完了した。 BETA群は小型種が100体程、殲滅済みだ』
≪CPよりブラヴォー・リーダー、第6層・S-06-08広間の制圧完了を確認。 現在、デルタ(国連軍軌道降下兵団第4大隊(豪州))がS-06-09広間に到達した。
S-06-09からS-SEドリフトを進軍予定、ブラヴォーの東隣だ。 兵站は第5層、S-05-02広間まで確立済み。 有線は第6層、S-06-11広間まで確立≫
突入開始から60分が経過した。 現在は軌道降下兵団の6個大隊が第6層に到達、続く地上軍の突入機動大隊17個大隊が、相次いでハイヴ内に突入。
現在は第4層から、先頭集団は第5層に到達していた。 それに追従する様に工兵隊が大挙、護衛付きで突入。 兵站デポとJTTC-T1(移動通信基地局装置)を設置している。
更にはJVCT-T1(移動通信端末装置)と、そこから有線で繋がれたリモート通信ユニットを各所にばら撒き、無線通信網を確保している最中だ。
『了解した。 まだ補給を受けるまではいかないな、他の連中も同様だろう?』
≪第1層から第6層までで接敵したBETA群は、戦車級主体の小型種BETAが総数で600前後。 本番はこれからだ、ブラヴォー。 引き続きハイヴ内情報、送れ≫
一瞬、網膜スクリーンの移る周囲の情景を眺めたブラヴォー大隊長は、この映像を送ってやった方が手っ取り早いのにな、そう思った。
だが残念ながら、戦術機には映像転送機能は無い。 機体間の映像会話通信機能は有るが、それまでだ。 『余計な』機能は、特に画像転送機能はCPUの負荷を増大させる。
『ブラヴォー・リーダーだ。 現在ブラヴォー02(第22中隊)がS-06-07広間への先行偵察中。 ブラヴォー01(第21中隊)は途中のドリフト(横坑)の確認中。
今の所、BETAの出現情報、及びスリーパー・ドリフト(偽装横坑)の発見は無し。 ブラヴォー03(第23中隊)と指揮小隊は、S-06-06広間へ向かう』
≪CP了解。 途中でショートカットするドリフトを発見した場合、即時報告を≫
『承知した。 ブラヴォー・リーダー、アウト―――シックスよりブラヴォー04(大隊副官機)、03と我々はS-06へ向かう。 01、02との回線は?』
『04よりシックス、無線の伝播状況はやはり悪いですね。 JVCT-T1(移動通信端末装置)のリモート通信ユニットから800m、それ以上だとノイズだらけです。
現在、01からの距離は420、02が380ですので、今の倍離れたら厳しいです。 手っ取り早く施設工兵隊が仕事を片付けて貰わない事には・・・』
大隊副官のぼやき交じりの報告は、概ね予想の範疇から出ていなかった。 やはりネックはハイヴ内通信の成否だ。 これが途絶えれば、各部隊は孤立する。
どうやらミンスク、ボパール、そしてリヨンでの戦訓の通り、ハイヴ内は無線の伝播が極端に悪いようだ。 JTTC-T1からJVCT-T1、そしてリモート通信ユニット。
この有線接続通信網の端末から、直線距離で800m前後離れたら、途端に通信回線はノイズだらけとなる。 作戦の遂行は、工兵隊の作業速度との相談でもあった。
『連中は兵站デポの設置やら何やら、目の回る忙しさだ。 よし、まずはS-06-06、S-06-07広間への中間地点まで索敵をかける。 そこまでなら800は離れん』
『その場で確保と周辺索敵、工兵隊の設置を待って前進開始、で宜しいですか?』
副官の問いかけに、大隊長は視線を奥に―――ハイヴの主坑、そして最深部の大広間へと続くであろう、横坑(スタブ)の先を真っすぐ見据えながら、言った。
『一歩、一歩な。 牛歩でも確実に、だ。 ボパールでは大東亜連合の連中、兵站もそうだが、通信確保が追い付かない様なハイヴ内進撃を仕掛けたらしい』
『で、結局各部隊間の通信が途絶して・・・ 湧き出てきたBETA共と各個戦闘を余儀なくされて、殲滅された、と。
判りました、01、02にはポイントS-06-55まで前進、以降は命令有るまで周辺索敵と確保を、と通達します』
1999年8月5日 1530 旧横浜市 横浜港南部 第18師団司令部作戦課
「では周防大尉、現時点での戦術機甲連隊の最終損失は被撃破16機、中小破6機。 修理後復帰が8機。 衛士は戦死16名、負傷6名の戦死傷者22名だな?」
「はい。 強襲の割には低い損失だったと、181の名倉大佐も言われております」
もっとも、BETA相手に完全な奇襲なんて有り得ないが。 殆どの場合で、強行の程度こそあれ、強襲になってしまう。 連中の探知能力は長年戦っても尚、脅威としか思えない。
目前のホワイトボードに、補佐の宮元少佐が確認しながら損害状況を書い込んでいた。 戦域確保が一応の完成を見、チキンズに続いて地上の突入部隊もハイヴに突っ込んだ。
その時点で戦術機甲連隊に『出向いていた』俺の仕事もひと段落、と言う事で状況報告に戻って来た矢先の、作戦課内会議―――作戦の実態確認と修正作業が待っていた。
課長の広江中佐に、補佐が2人―――宮元少佐と、九重少佐。 大尉が榊原大尉、佐久間大尉、田宮大尉と仙波大尉。 そして俺と新井大尉の6名。
「戦術機部隊は損失18.3%、現有戦力は81.7%と言う事だな。 ならばまだ、行ける」
「機甲部隊は損失13.4%、機械化歩兵部隊は11.6% 正直これ以上の損失は増やしたくないが・・・ 作戦遂行上、まあ、30%までは許容範囲だ」
宮元少佐と九重少佐が、ボードの数字を見つつ話している。 その周りに集まった、俺を含めた6人の大尉参謀達も同様に頷く―――僅かな、一抹の違和感を覚えながら。
と、それまで部下達の報告を黙って聞いていた課長の広江中佐が、机上に広げた作戦地図の駒を手に弄びながら、視線を外さずに聞いてきた。
「師団の戦闘力は、未だ85%を維持していると言う事だな。 14師団はどうだ?」
「はっ、14師団もほぼ同じです、84.5%を維持との事。 戦術機部隊の損失は17.5%、現有戦力は82.5%」
「兵站も、軍団兵站補給所から、師団兵站交付所までのラインが確立されました。 各連隊の補給段列へも、補給は順調です。 現在、燃料弾薬の補充は95%」
戦域確保第1派として、派手に強襲攻撃をかけた割には、第13軍団の損失は意外な程少なかった。 俺の予想では、最悪緒戦で3割前後の損失を出すかも、そう考えていたのだ。
現在ハイヴ周辺の戦域確保は、南の根岸から本牧にかけて、第13軍団と聯合陸戦第3師団で押え込んでいる。 西の保土ヶ谷付近は第1軍団(第1、第3、禁衛師団)が。
そして軌道降下兵団の到着の直前、北側の戦域確保もようやくの事で為し得た。 第2派の援軍に来てくれた当一中華2個師団と、第14軍団の第7師団。
この3個師団で天王町から西横浜、旧横浜駅までの戦域を確保した。 これで東の横浜港を除く陸地は全て、ハイヴを囲う様に9個師団での包囲が完成した。
「・・・師団長とも話すが、戦況の推移如何によってはハイヴ内の兵站線維持、通信網維持の為に警戒突入を下すかもしれん。
現在先行で23個大隊が突入しているが、送られてくるハイヴ内情報がどうにも変だ、『広間』の数が想定よりも多い」
課長の言葉に、戦術情報分析担当の佐久間基大尉が我が意を得たり、とばかりに頷くのが見えた。 彼はハイヴ突入以降、送られてくる情報に頭を悩まし続けている。
「突入前に、地上に湧きだしたBETAの個体数が、総数で5万を越していましたし。 これまで小規模での戦闘ではありますが、それでも4000を越すBETAと接触しております」
「現在、第7層に突入。 S-07-09広間まで進出しております、到達深度は284m。 想定最深度は350m前後、第9層程度になります」
佐久間大尉の言葉を、田宮里香大尉が補足した。 彼女は陸士102期出身の才媛、戦場での部隊指揮経験も有るが、どちらかと言うと帷幕で策を練るタイプの軍人だ。
後ろで髪をアップに纏め、フレームレスのバイオレット・カラーの眼鏡(なんと、輸入物だ!)をかけた姿は、軍人と言うより有能な秘書、と言った感だ。
実の所、彼女とは相性が良くない。 全てを、計数を根拠に、論理的に系統立てて話を展開してくる彼女と、俺の様な実戦経験での『勘』を、有る程度前面に出すタイプ。
会議では良く衝突する。 彼女の言う事も判らないではないが、それでも『数字で全て割り切れるなら、今の世界の戦況はどうなのだ!?』と言いたい。
「・・・単純計算で、総計5000から5500体のBETAと、ハイヴ内で出くわす計算か。 23個大隊・・・2400機近い戦術機を送り込んでいる、まず殲滅は可能だろうが・・・」
少し不安げに、九重清源少佐が呟く。 名前から想像出来るように、元は武家の出だ。 もっとも白の家系の分家のまた分家、と言う家柄だそうで、斯衛ではなく陸軍に入った人だ。
元々は兵站屋だ、それ故に今回の作戦では、最も重要な決定を下す機会の多くなる人でも有る―――師団兵站部との調整、そしてハイヴ内の兵站確保計画を立案した一人だ。
「先程送られてきた、音響探査情報ですな。 J(ジュリエット)大隊(帝国陸軍機動第14大隊)、R(ロメオ)大隊(国連軍第104突入大隊)からの聴音索敵情報。
30分前に送られてきたL(リマ)大隊(帝国海軍第2戦術陸戦隊=大隊)の聴音情報結果を併せた三角点測定の結果、主坑の想定直径が190mから200m・・・」
その九重少佐の不安の原因を、今度は佐久間大尉が言い当てた。 シャープな印象を与える若手将校だ―――大尉の中では、もう古参の部類だったが。
陸士101期生、少尉任官は俺より1年後の93年3月だが、大尉進級は俺より半年早い96年4月。 恩賜組だ、いずれ陸大に進むのだろう。
「それではフェイズ4ハイヴになる、どう考えてもおかしい。 横浜はフェイズ2ハイヴだぞ!? 地表構造物高度も53mから55m、地下茎半径も2.2kmだった。
いずれもフェイズ2ハイヴの範囲を越していない。 主坑の太さだけフェイズ4ハイヴ並みだなどと・・・意味が有るのか!?」
今度は榊原慎之介大尉が、佐久間大尉に異論を挟む。 榊原大尉は92年卒の陸士100期生、佐久間大尉の1期先任だ。 先任だが、卒業成績はドン尻から数えた方が早いらしい。
彼もまた、俺と同様に参謀勤務は今回が初めて。 陸士卒業後は一貫して、大陸派遣軍で機甲部隊に居たそうだ。 半島撤退戦の光州で、最後まで戦車砲を撃っていたと言う。
そんな彼だから、1期後輩、しかも恩賜組、いずれは陸大を出て将官に、と言われる佐久間大尉とは、ちょっとソリが合わない。
「BETAのやる事に、いちいち意味を考えておれますか? 重要なのは事実だ、憶測じゃない―――最悪、最深度もフェイズ4並み、と想定してみては?」
「それでは作戦が根底から崩壊する。 深度がフェイズ4想定とすれば、内包するBETAの個体数も飛躍的に増加する、少なくともあと数万はハイヴ内に居るぞ!?」
佐久間大尉と榊原大尉のやり取りに、頭の中でハイヴ内の戦況を想定してみた―――フェイズ4、駄目だ。 知らず、言葉が出てしまう。
「・・・突入部隊だけでは大広間まで突破出来ない、いや、反対に殲滅されてしまう。 戦域包囲の我々、9個師団が突入しても怪しい。 過去の戦訓、そのキルレシオから考えると」
「では周防大尉、貴官はどうお考えなのです?」
田宮大尉の声が、やや突っかかって来るように感じたのは、気のせいか?
「フェイズ2ハイヴなのなら、作戦計画の予定通り進めるべきだ。 もし、フェイズ4に匹敵する深度と広間の数が有るのなら・・・」
「・・・有るのなら?」
「有るのなら、力押しでは9個師団では足りないと考える。 その倍、或いは少なくとも5割増しの13個から14個師団分の戦力、それを投入しての力押し」
―――我ながら、無茶を言っている、そう思う。 そんな兵力、一体どこにある? 戦域確保の9個師団以外は、外縁部で5万からのBETA群を迎え撃っている最中だ。
西関東防衛戦の戦力でも、引き抜くのか?―――『奪回総軍』と関東軍管区、指揮系統が異なる、早々引き抜けるものか。
大体、西関東の第4軍団には3個師団しか―――ああ、後詰の第17軍団の3個師団が東京に入ったか、合計6個師団。 でも当てに出来る部隊は第4軍団だけ。
「9個師団、或いは13師団。 それだけの部隊がハイヴに突入したとします、その兵站確保は?―――無理です、出来ません、想定していません。
第1軍団、第13軍団、双方の軍団兵站機能を大幅に超過します。 第8軍、第9軍も外縁部部隊への兵站線確保も必要です―――結局はハイヴ内で立ち往生して、殲滅されます」
「・・・判っているよ、前線で補給が途切れた時の、その恐怖はね、実感している」
兵站線確保の困難、或いは不可能―――もしも、横浜がフェイズ4相当なら、この作戦はその点で崩壊する。
総軍の兵站機能は巨大の一言だが、それでも外の外縁部防衛・阻止殲滅戦部隊と、内の戦域確保部隊、そして最内のハイヴ突入部隊、3系統の兵站線を確保せねばならない。
秀才幕僚たちが何十人も、頭を捻って苦心惨憺の末に立案した今回の『兵站作戦』、その根底を覆しかねない問題を、いち師団司令部で解決出来るものではない。
知らずに背中に、冷汗が流れている事に気がついた。 我ながら小心な事だ。 思い切って課長―――広江中佐に進言する事にした。
「課長、仮に横浜がフェイズ4相当だと仮定した場合。 想定される攻勢限界点、及び損失限界点を算出の上、師団より軍団司令部に上申すべき、と判断します」
「・・・逃げ出す算段か?」
「用心に越した事は無い―――散々、味わいました」
俺の言葉に反応した周囲の反応は、様々。 以外にも佐久間大尉と田宮大尉は賛同。 榊原大尉は不承不承(血の熱い人だ、全く)
九重少佐は作戦の修正を、そして宮元少佐は最大限動員可能な援軍(すなわち米軍と、残った国連軍)を加えた場合の限界点算出を、と主張した。
「・・・新井君、君は?」
それまで一言も発言していなかった最後の1人、新井大尉参謀に聞いてみた。 彼は少し不自由な左手を(戦傷で、疑似生体移植の具合が余り良くない)口にあてて言った。
「・・・核、或いは最大威力の移動設置型S-11弾頭は、有りますね?」
「おい、君・・・核を使うと言うのか!?」
新井君の言葉に、宮元少佐が驚いて声を上げる。 他の連中も同じだった。
「恐らく、米海軍はオハイオ級原潜を近海に展開させているでしょう。 トライデントⅡ、核搭載型の潜水艦発射弾道ミサイルを満載した艦を。
或いは浦賀水道南海面に展開した米艦隊の戦艦や巡洋艦にも、熱核弾頭を搭載した巡航ミサイル―――トマホークが搭載されているでしょう」
新井君の言葉に、一同が静まる。 それは誰もが一度は考え、そして考えたく無くなった方策だ。
「仮にフェイズ4だとした場合、突入部隊全軍を囮にして地上へと誘導する。 その後は核の一斉攻撃を実施。 まあ、半径20km圏は死の土地となるでしょうが・・・」
北は多摩川を越して品川辺り、南は鎌倉、西は綾瀬、東は東京湾を挟んで木更津辺りまで。 東京の他の地域も、居住禁止となるだろう。
横浜は?―――ハイヴ攻略の為には、一切考慮に値しない、そう言う事になる。
「或いは、戦艦搭載型の大型S-11弾頭砲弾を、全力で叩き込むか、です。 ハイヴ突入戦術機に搭載される最も小型のS-11の威力が、爆発出力で5kt相当。
これが大型の戦艦主砲弾搭載型だと、おおよそ20kt相当となります。 半世紀前、44年のベルリンに落された核と、ほぼ同等の威力です」
20kt相当の威力―――爆発点気圧は約50万気圧を越える、爆心地瞬間風速は500m/s程、爆風圧は500万Paを越えるだろう。
爆心地での瞬間温度は9000℃を越し、半径1kmでも6000℃に達する。 地上に湧き出たBETA群を瞬殺するのに、全く問題は無い、まともに起爆すれば。
「光線属種に迎撃される可能性を考え、事前に艦隊の全力で面制圧砲撃をかけます。 陸軍の長射程砲も、全力で。 迎撃の隙を狙い、S-11砲弾を全力で叩き込みます」
聞いている内に、昔の戦場の光景が蘇った。 大陸派遣軍時代の93年1月、『双極作戦』での光景、まだ少尉の1年目だった。
あの時、中国軍はS-11弾頭搭載の重砲弾を全力で叩き込み、片を付けた。 広大な地平線の各所に立ち上るキノコ雲、通信回線に流れる、巻き込まれた友軍部隊の悲鳴。
あの時、S-11の集中使用で巻き込まれた損失は、戦死傷者約28万人の18%近くに達した。 そして当時の日中韓統一軍事機構の『満洲方面軍』は、作戦成功を高らかに謳ったものだ。
「・・・ハイヴ内のBETA群を、地上に誘引させるとしてだ、損失想定は?」
「半数近く、40%は失うでしょう。 突入部隊は現在で、約80%弱の戦力を維持しています、最大であと40%程は、潰せる戦力が残っています」
広江中佐と新井大尉の会話に、少しだけ違和感を感じた。 先程も感じた、一体何だ?
「本格的に地上誘導するのなら、40%で済むか? 最悪、戦闘力の完全喪失―――60%は見込まんと」
「九州や京都の戦訓を見てもな、確かにそれ位はいくか。 大陸の状況では?」
「想定ですが、50%以上は必要かと」
「外縁部の各部隊が、どれだけの戦力を残して仕事を終えるかだな。 連中に戻って来て貰わないと、最後の突入―――反応炉の破壊―――が出来ない、戦力が無くなる」
いつの間にか、大規模破壊兵器の使用許容に傾いている。 判っている、判っているよ、俺も特に反論しない理由は。
それだけ恐ろしかった、全く悪夢だ、横浜がフェイズ4相当だと仮定する事は。 現有戦力で、通常戦力での攻略作戦が破たんする。
「よし、諸君、現実逃避はそこまでだ。 現行作戦継続時での、横浜ハイヴフェイズ4想定時の攻勢限界点、損失限界点の算出を至急、弾き出せ。
そしてフェイズ4『だった』と想定した場合の、師団の上申案を纏めろ、師団長に話す。 ああ、その場合の師団が被ると予想される、損失予測も忘れるな」
広江中佐の指示に従い、各々が割り振られた仕事に取り掛かった。 俺も戦術機甲部隊の損失状況を再確認し、各想定状況での予測損失の割り出しにかかる―――気が滅入る。
その間にも、突入部隊からの情報がネットワーク経由で入ってくる。 どうやら他の突入部隊でも、ハイヴ内状況に疑問を持ち出したようだ。
未だ主坑に到達した部隊はいないが、それでも音響を主に、ハイヴ内状況を確認する動きが多くなっている。
その情報を基に想定され、弾き出された数字―――主坑の想定直径、約205m。 一体何の冗談だ? 揃ってセンサーの誤作動か!?
「突入部隊の先頭、間もなく第8層に到達します。 予定最大到達深度まで、あと45m!」
オペレーターの声が虚しく聞こえる。 そうであって欲しい、そうあるべきだ―――間違えているのか、俺は? 俺達は?
1999年8月5日 1605 横浜ハイヴ内 第9層・S-09-02広間
『・・・ブラヴォー・リーダーよりCP、第9層のS-09-02広間を制圧した。 現在到達深度、348m・・・!』
苛立ったブラヴォー・リーダーの声に、通信回線の向こう側のCPも、戸惑いを隠せないでいた。
≪CPよりブラヴォー・リーダー、兎に角、周辺索敵を厳に! 予想ではそろそろ大広間に到達する筈・・・≫
『・・・348mだぞ!? フェイズ2ハイヴでの、最大深度とされる深さだぞ!? それが一向に、このクソッたれな地下茎が終わらんとは、どう言う事だ!?
音響、震動、各種センサーでの索敵でも、まだまだ先が有る! 大体、大広間がこの深度にあれば、当の昔に到達している筈だろう!?』
≪CPよりブラヴォー・リーダー! とにかく周辺索敵を! 司令部からの命令です!≫
『クソっ! 了解した! ちったあ、自分の頭で考えた言葉を吐きやがれ!―――シックスよりブラヴォー全機! 全周警戒!
02(22中隊)は西の横坑に入れ、03(23中隊)は東の横坑を警戒! 01(21中隊)、俺と一緒に真正面だ。 とにかく、そろそろ主坑にブチ当たる筈だ、警戒しろ!』
とにかくも02広間まで到達したのだ、もう直ぐ主坑に突き当る筈。 直ぐ上の第8層までは、主坑に接続しているスタブ(横坑)は無かった、今度こそ、だ。
『04よりシックス、ハイヴ内情報更新されました―――D(デルタ)大隊(国連軍軌道降下第4大隊(豪州))がポイントSW-09-38で、1000体のBETA群と交戦中。
H(ホテル)大隊(帝国陸軍機動第12大隊)が増援に急行中。 SE-09-42ポイントでA(アルファ)大隊(帝国軍軌道降下第1大隊)が音響・震動計測を実施。
主坑までの距離、約69m。 主坑の音響センサーでの測定直径、約209m なお、地下茎は現地点より、更に150m深深度まで計測』
主坑まで70m弱、それまでにそこに接続しているスタブ(横坑)に出る事が出来るか? 本当ならとうに突き当っていてもおかしくない筈。
だが、そんな希望をあざ笑うかのような計測結果だ。 もしかするともう数層は下に潜らないと、主坑に突き当らないかも。 大広間は、まだその先かもしれない。
『クソッたれな情報、アリガトさんだ。 クソっ! こいつはおかしい、このハイヴはおかしいぞ、畜生・・・』
『陽炎』で構成された帝国軍軌道降下第2大隊、33機が更に主脚歩行でハイヴ内を進み始めた。 閉鎖空間であるハイヴ内に、震動と音が響き渡る。
軌道降下途中で4機を失い、突入後の連続した小戦闘の最中に3機を失いはしたが、まだまだ戦闘力は維持している。 まだまだ戦える。
それは突入部隊の先頭を行くA(アルファ)、C(チャーリー)、D(デルタ)、E(エコー)の各大隊も同様だ。 後ろの地上から突入した部隊はもっと被害が少ない。
だと言うのに何だ? この底知れない不安感は? 恐怖感?―――そんなもの、とうに承知だ、俺は怖い、誰もが怖い。
だから恐怖感じゃない、恐怖はハイヴ突入部隊にとって、生を感じさせる相棒だ。 だからそうじゃない、不安だ、不安感だ。 この足元が妙に頼りない不安感。
『・・・シックスより各中隊、とにかく用心して進め! スリーパー・ドラフト(偽装横坑)は、絶対に見落とすなよ!?』
1999年8月5日 1630 浦賀水道南方洋上 帝国海軍作戦指揮艦『仁淀』
『エクスレイ・グループ、各中隊、第8層Sエリア『観測地点』に到達。 『観測』開始します』
『ヤンキー・グループ、第8層Wエリア到達。 各中隊は『観測地点』を確保』
『ズール・グループ、第7層に進出。 各中隊、エクスレイ・グループ、ヤンキー・グループのバックアップ、開始します』
『ズール・グループ各中隊、デリング、トール、ヴァルキリーズよりのデータリンク、確立確認しました』
『これより『観測任務』、全隊開始します』
「・・・まったく、得体の知れない連中ですよ」
「ぼやくな、航海士。 上も認めた『お客さん』だ、精々丁重に扱ってやれ。 難癖付けられても適わん」
航海艦橋で副直士官当直に当っている航海士のぼやきに、当直士官である砲術長が肩を竦め、諭すように言う。
「しかしですね、砲術長。 さっきも管制長がこぼしていましたよ、艦の通信管制機能、殆ど全て占有して我が物顔だと」
航海士はその職務の関係上、通信・電測・管制部署とも密に関係している。 その際に管制長からこぼされたのだろう。
砲術長も、管制長の苦り切った表情を思い出し、苦笑する。 彼自身は直接の被害を被っている訳ではないが、通信・管制・電測各部署の苦労は推して知るべし。
「まあな、苦労は判らんでも無いがな。 今回の旗艦は『大淀』がご指名だ、俺達は本来なら余所の艦隊の旗艦任務の筈だったのを、こうして『安全な』後方から観戦できる。
精々、その幸運を噛みしめようぜ。 例え20代も半ば程度の若い小娘に、顎でコキ使われようともな・・・っと、君よりは年上か?」
「年上でも願い下げですな、あんな『魔女』! 艦側には一切の秘密主義で、艦長でさえ何をしているのか、全く知らないときた。
何が哀しくて、帝国海軍の正規軍艦が国連軍の、それも研究開発団なんぞと言う、学者連中に、乗っ取られなきゃならんのですか・・・」
今回の『仁淀』に対する命令も、随分と複雑な経路で来たと聞く。 本来ならば国連軍太平洋方面総軍経由、国防省、そして統帥幕僚本部から海軍軍令部、最後はGF司令部。
これが正規の命令の流れの筈だ、少なくとも『軍令』の原則で言えばその筈だった。 だが今回は帝国情報省が絡んでいたり、頭越しにGF司令部に政府官房から直接命令が出たり。
とにもかくにも、全てが異例中の異例だった。 お陰で国防省や統帥幕僚本部、本土防衛軍総司令部や海軍軍令部などでは、頭から湯気を立てている高官が多いと噂される。
「だから、上の上が認めた、と言っているだろう? GF(連合艦隊)司令部じゃない、軍令部より上級の命令だ、断れんよ」
「まったく・・・ 『観測任務』だか何だか知りませんが、入渠中の『飛龍』、『蒼龍』、『雲龍』まで引っ張り出して、連中の戦術機部隊の運搬艦扱いですよ!?
そのくせ、戦域制圧任務にすら出ようとしない。 ようやく出たのはチキンズが突入して、陸軍がハイヴ内の兵站と通信を確保した後で、ようやくおっとり刀で、と来た」
まだ若い航海士の『義憤』に苦笑しながらも、砲術長は古参士官が持ち得る『裏の』情報網で引っかかったネタを思い出す。
もっともこれは、彼の補佐役である掌砲術長(准士官の補佐役)の兵曹長、海軍生活20ン年の苔生した古強者が持つ、古参准士官同士の情報ネットワークで、裏も取ってはいるが。
「・・・確かに、何をしたいのか判らんな。 しかも突入部隊の内、3個大隊が連中の『直接護衛』に回されたと言う話だ」
「本当ですか・・・!? じゃあ、実質のハイヴ攻略戦力は20個大隊・・・」
「ああ、まったく、良いご身分だよ。 一度でいいから、そんな恵まれたご身分で戦争してみたいね! さぞ高尚なご感想を、抱けるのだろうな」
1999年8月5日 帝国海軍作戦指揮艦『仁淀』は、比較的平穏な『明星作戦』を迎えていた。
1999年8月5日 1658 横浜ハイヴ内 第12層・S-12-01広間
『・・・冗談じゃない・・・!』
突入部隊の最先頭を行くアルファ大隊(帝国軍軌道降下第1大隊)、その大隊長の口から、茫然とした声が漏れた。
現在地点、第12層。 その最奥である01広間、真正面の横坑の直ぐ先に、目指す重要目標である『主坑』を、ようやくの事で発見した。
流石にここでのBETA群は、今までで一番多かった。 凡そ2000体近いBETA群―――大型種の突撃級、要撃級も居た―――を何とか殲滅したのが、約15分前。
大隊はこの戦闘で6機を失った。 光線級のレーザー照射が『無い』筈のハイヴ内、比較的空間が取れる広間内での戦闘、それでも6機を失った。
軌道降下中に4機を失い、これまでの連続した中小戦闘で5機を失い、今また6機を失い、大隊戦力は15機減の25機になっていた。
『シックスより04、ブラヴォー(帝国軍軌道降下第2大隊)とチャーリー(帝国軍軌道降下第3大隊)は? 今どの辺に居る?』
『04よりシックス。 ブラヴォーはSW-12-02広間からSW-12-01広間へ進撃中、あと2分です。 チャーリーはSE-12-01広間に到達。 『観測』開始しています』
僚隊である2個大隊も、それぞれがまもなく東西隣接する、各々の01広間に到達する。 デルタ、エコー、フォックストロットの国連軍3個大隊も、直ぐ後ろまで来ている。
どうするべきか? 網膜スクリーンに映し出された『観測結果』の数字を見つつ、大隊長―――帝国陸軍中佐で、航空宇宙軍に『出向中』―――は考えた。
先行6個大隊の指揮官中、最先任者は彼だ。 中佐は彼一人、残る大隊長は5人すべて少佐だ。 つまり先行部隊の総指揮官は、彼なのだった。
『・・・ブラヴォー、チャーリーの『観測』データは、即刻転送してくれ。 同時にアルファのデータも両大隊に送れ。
デルタ、エコー、フォックストロット各大隊も到着次第、『観測』させる。 6個大隊の観測結果が、全て同じだとしたら・・・
もう、誤魔化しようも無いぞ、これは・・・! 到達深度、『408m』だと!? 冗談もいい加減にしろ! 悪魔のジョークか!? これは!』
15分後、6個戦術機甲大隊がS-12-01広間、SW-12-01広間、SE-12-01広間の3箇所で、各々2個大隊ずつ、精測したデータを共有して確認し合った。
各大隊長達の額には、汗が噴き出している。 嫌な冷汗だ。 最初に口火を切ったのは、豪州軍から国連に出向していた豪州陸軍少佐だった。
『・・・この数字は、現実だろうか? 私は無論、ハイヴ突入は今回が初めてだ。 だがリヨンやボパール、それにミンスクのデータは頭に叩き込んでいる』
『エコーよりデルタ、それは僕も同じだ。 君と僕は同じデータを共有しているのだから』
もう一人の豪州軍出身指揮官、エコー大隊長の豪州陸軍少佐が、戦慄く声で答える。 その声に応じたのはやはり国連軍―――インド陸軍から出向中の、インド陸軍少佐だった。
『フォックストロットだ、私はボパールハイヴ攻略戦・・・『スワラージ作戦』にも参加した。 第5層までしか、私の部隊は潜らなかった、情報伝達任務だったのだ。
しかし私の拙い経験でさえ、この横浜ハイヴがフェイズ2として如何に異常であるかは、良く判る。 ボパールでは最深で511mまで潜った、『フェイズ4』だったからだ!』
再び皆が押し黙る。 現在到達深度、408m。 フェイズ2ハイヴの想定最深度を、約50mも上回る深さだ。
更には先程、6個大隊で主坑の直径を、レーザー測距儀で精測した。 光線属種は認識していただろうが、撃ってこなかった。
精測結果は、横浜ハイヴの主坑の東西203.8m、南北208.8mの、僅かに楕円を描く形状になっていた。
更には観測地点からマニピュレーターで、レーザー測距儀を下に向かって計測を行った。 結果は『大広間』の天蓋部分と思われる構造物まで、約800m。 全体で1200mの深度。
そう、測定結果はこの横浜ハイヴが単なるフェイズ2ハイヴでは無く、主坑の直径、そしてその深さがフェイズ4ハイヴに匹敵する、『異様な』ハイヴである事を示していた。
『・・・1個大隊の計測だけなら、誤計測だと、悪い冗談だと笑い飛ばしたくなる。 だが6個大隊全ての計測結果が、全く同じ数値を示した。 これは悪夢だ』
チャーリー大隊長、日本帝国陸軍少佐が、妙に感情の籠らない、平坦な口調で呟く。 人間、余りに大きな衝撃を受けると、感情が追いつかないのであろうか。
『悪夢でもいい、夢ならばな。 だがこれは現実だ、我々の目前に付きつけられた、まごう事無き現実なのだ!』
ブラヴォー大隊長、今一人の日本帝国陸軍少佐が、急に激昂する様に叫ぶ。 今や衝撃の呪縛は放たれ、空恐ろしい真実に向き合わねばならない。
5人の『部下』達の声を聞きつつ、先行部隊総指揮官であるアルファ大隊長―――日本帝国陸軍中佐が、行動を決定した。
『チャーリーはひとまず、第10層まで後退しろ。 有線基地局まで戻れ、そこから『奪回総軍』司令部へ直通で至急の報告を。
デルタは第11層の確保、及びスリーパー・ドラフト(偽装横坑)の再確認を徹底してくれ。 アルファ、ブラヴォー、エコー、フォックストロットは第12層の確保!』
『・・・第13層への進撃は、中止ですな?』
『これ以上は、今は無理だ。 兵站も通信も、これ以上の深深度への対応は、全く想定していない筈だ。 ハイヴ内で迷子の末に補給も無し、は勘弁したい』
『了解。 チャーリー、第10層まで後退します』
『デルタ、第11層での全周警戒に当ります』
日本帝国軍の89式『陽炎』(F-15J)と、豪州軍のF-18E/F『スーパーホーネット』、2個大隊が、跳躍ユニットを吹かして上層へ戻って行く。
残るのは日本帝国の『陽炎』(F-15J)2個大隊、豪州軍と、豪州から機体供与を受けるインド軍のF-18E/F『スーパーホーネット』2個大隊の、合計4個大隊。
『ブラヴォーはSW-12-01広間を、エコーはSE-12-01広間を、それぞれ確保。 アルファとフォックストロットは、S-12-01広間。
各隊に厳命しておく、1000体までなら迎撃・殲滅しろ。 1500体になったら、隣接部隊に応援要請を出せ。 2000体を越したら・・・』
『・・・2000を越したら?』
『第11層まで後退しろ、後続が出て来る可能性が高い。 無理に遣り合っても、下手すりゃ逆に殲滅されかねない』
各大隊とも、残存機数は30機を割っていた。 軌道降下中、そして今までの連続した中小戦闘、そして第12層の制圧。 特に第12層に入ってから、BETA群が急に増えた。
『場合によっては、後続部隊の17個大隊も巻き込んでの阻止戦闘も、想定しなきゃならんかもしれん』
この時、先任指揮官の中佐は後続17個大隊の内、3個大隊が国連軍特殊部隊の任務に『直接護衛』として引き抜かれていた事を、全く知らなかった。
1999年8月5日
1705 『緊急信 発:第18師団司令部 宛:第13軍団司令部 本文:最重要ハイヴ内情報。 至急、対応の指示を乞う』
1710 『緊急信 発:第13軍団司令部 宛:第9軍司令部 本文:先行突入部隊情報。 横浜ハイヴは『主坑直径200m』、『主坑深度1200m』を有するとの報告有り』
1715 『軍極秘 緊急信 発:第9軍司令部 宛:奪回総軍司令部 本文:現地部隊情報。 横浜ハイヴ内情報は、添付暗号化データを参照されたし。 事後の対応を問う』
1720 『発:日本帝国軍本土奪回総軍司令部 宛:国連軍太平洋方面総軍司令部 本文:横浜ハイヴ攻略作戦に付き、至急かつ最重要の協議を要請す』
1730 『発:USPACOM 宛:合衆国大統領、合衆国国防長官 本文:緊急の議題に付き、本職権限の拡大付与を要請す』
1732 『発:本土奪回総軍司令部 発:統合幕僚本部、本土防衛軍総司令部 本文:関東軍管区指揮権の、緊急追加付与を要請す』
1745 『発:内閣官房 宛:各国務大臣 本文:至急、首相官邸まで参集されたし』
1750 『発信不明 宛先不明 本文:日米間の指揮権不明瞭なる事、老公のご助力を頂戴致したく』
1755 『発:合衆国大統領 宛:USPACOM 本文:貴官に付与せしめたる権限に、変更無し。 職務を十全に遂行せよ。 尚、ケース・イエローの際の秘匿命令に、変更無し』
1800 『発:国連軍第11軍(米2個師団、比2個師団)司令部 宛:日本帝国『奪回』総軍司令部 本文:我ら、突入すべきや?』
1805 『発:帝国軍本土奪回総軍司令部 宛:国連軍第11軍司令部 本文:待たれたし』
1999年8月5日 1815 横浜ハイヴ内 第12層 S-12-01広間
『ッ! 振動検知! 振動検知! 多い、多いです!』
『音響検知! 推定位置、第14層!』
『BETA個体数、想定結果が出ました! 個体数・・・3万6000!?』
『14層から13層に、直上に上がって来ます! おかしい! このルートに地下茎は無い筈・・・!』
『現に上がって来ているではないか!』
『音響、震動共に事前検知では、このルートは有りませんでした! ・・・連中、もしかして掘り進めながら、上がって来ている・・・!?』
『後退だ! 全部隊、第11層まで後退しろ!』
『ま、間に合いません! 13層から真っすぐ上がって来ます! 予想出現位置・・・S-12-06広間! 後ろです! 退路を断たれる!』
『クソッ! 全部隊、大隊戦闘! 中隊毎に孤立したら一気に殲滅されるぞ! 第11層まで突っ切れ!』
『12中隊より大隊長! BETA、出現!―――畜生! なんて多さだ!』
『メーデー! メーデー! アルファよりCP! 大規模BETA群出現! 推定個体数、3万6000! ・・・くそ!? 有線が切れたのか!?』
『うっ、うわあああ! くそう、退路が・・・!』
『ッ!? 3中隊! 何とか突っ切れ!』
『む、無理です! 前が完全に壁になって・・・ぎゃあああ!』
『・・・悪夢だ、ボパールと同じ悪夢だ・・・』
『夢を見るなら、脱出してからにしろ、スニル・ガウリ少佐! 前島少佐、クリフォード少佐! 脱出経路はS-12-02経由で、真っすぐ南の坑道から上にあがれ!』
『了解、リュテナント・カーネル・ササキ! まだ少ないうちに、突破するに限りますな!』
『ブラヴォーが先頭を切ります、佐々木中佐!―――大隊陣形、アローヘッド・ワン! 喰い破れ!』
ハイヴ突入より約4時間、完全にハイヴ内のイニシアティヴは、BETAに取って代わられてしまった。 突入部隊の選択肢は只一つ、『後退』しか無かった。
今や僅か48機に減じた89式『陽炎』(F-15J)と、49機のF-18E/F『スーパーホーネット』は、目前に出現した1万体以上のBETA群に向かって、突進して行った。