<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20952] 明星作戦前哨戦 2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/27 06:53
1999年7月20日 北マリアナ諸島・サイパン島(国連信託統治領、施政権者:日本帝国)サイパン市ガラパン 国連太平洋方面総軍第11軍司令部


旧『太平洋諸島信託統治領』―――ドイツから日本帝国、そして半世紀前の大戦では南半分が合衆国の占領下におかれた、中部太平洋の広大な海域にまたがる諸島群。
歴史を少し遡れば、1944年の日本帝国の条件付き降伏時、南半分が合衆国の軍政下、北マリアナ諸島が日本の信託統治領として残った。
1951年4月のサンフランシスコ条約により、日本は南洋諸島(マリアナ、ミクロネシア、パラオ、マーシャル)の権利、権原及び請求権を放棄した。
しかし北マリアナ諸島は千島列島、南樺太と共に、日本帝国の主権下に引き続き置かれる事となった(第2条(c)、(d)、(e)、(f))
現在でも『南洋庁』から発展した地方自治体である『南洋道』が存在し、道庁所在地は彩帆(サイパン)島彩帆(サイパン)市として人口8万8000人を数える。 
その内の4万8000人が日本国籍で、残る4万人は国連関係者とその家族、そして極東地域からの難民労働者だ。
ここにBETAの日本本土侵攻以降、国連軍第11軍司令部が移転していた。 当初は三沢(青森県)へ移転の予定だったが、米国の日米安保破棄の余波を受け、サイパンに移ったのだ。

そのサイパン市の中心区、ガラパン町(南北ガラパン区)のなかの、行政府が集中する北ガラパン区の外れに、国連軍第11軍司令部ビルが存在する。
元は南洋庁の時代から続く行政関係の建物で、3階建ての古色蒼然とした建物だ。 帝国内での国連軍に対する扱いが、如実に出ている気もする。
しかし外見とは裏腹に、中身は大幅に改装されて、東太平洋の指揮管理センターとしての機能を持つに至っている。 その一室で、非常に重要な会議が行われていた。

「では貴国は、あくまで『バンクーバー条約』には従えない、そう仰るのか!?」

顔面を朱色に染め、語気荒く詰問するのは国連第11軍参謀長のヴィスワナサン・シング中将だった。 その横で第11軍副司令官・白慶燁中将が渋い顔をしている。

「従わない、何もそう言っておる訳ではない。 現状の指揮系統の見直しを、そう申し入れておるだけだ」

超然とした姿勢でそう言い切るのは、小笠原・南洋道全域の軍政・軍令を統括し、国連第11軍、及び国連太平洋総軍との折衝に当たる『小笠原兵団』兵団長の栗林義孝中将だった。
国連側は第11軍司令官のアルフォンス・パトリック・ライス大将(米国)、副司令官の白慶燁中将(韓国)、参謀長のヴィスワナサン・シング中将(インド)
これに国連軍事参謀委員会から派遣されたアルセーヌ・ヴェンゲル中将(フランス)、その他は主に第11軍司令部の参謀達(少将から中佐まで)、総数13名。
日本帝国側は小笠原兵団長・栗林中将以下、参謀長、各主任参謀を含む11名。 双方が平行線のまま、にらみ合いが続く、そんな会議だった。

「・・・栗林閣下、バンクーバー条約によれば、ハイヴ攻略は国連軍の専管事項である、そう明記されております。 各国軍は自衛・集団的自衛による交戦権のみ。
今回の『オペレーション・ルシファー』は紛れも無くハイヴ攻略作戦、H22・ヨコハマハイヴ攻略戦です、国連軍が優先指揮を執る作戦です」

相手を刺激しないよう、なるべく穏やかな口調でそう言うのは、国連第11軍副司令官の白慶燁中将。 韓国出身の彼は、日本軍に知己が多い。 何より一定の敬意を抱いている。
彼の母国が陥落して行く戦いの中で、いや、その遥か前から日本陸軍大陸派遣軍と共闘して来た経験が有る。 共に戦い、窮地を助け、助けられて戦ってきた間柄だ。
それに母国が陥落する寸前の戦いで、何より彼の同胞を助けるべく戦い、その後に国際社会のしがらみの中で処刑されたのは、日本帝国陸軍の故・彩峰萩閣元中将だ。
そんな白中将を、栗林大将も流石に穏やかに見返し、言う。 この若年の中将は、故人となった先輩が評価していた人物だった。

「それはよく了解しております、白中将。 我が日本帝国軍は今回のハイヴ攻略作戦、『明星作戦』に於いての総指揮権を要求するものでは無い」

「では、一体・・・」

栗林中将の言葉に、白中将が戸惑い、シング中将やヴェンゲル中将も首を傾げる。 その様子を横目に、栗林中将は司令官のライス大将に向き直り、言った。

「我が軍が・・・ 日本帝国軍が指摘しておるのは、失礼ながらライス閣下、閣下ご自身に関してであります」

「・・・私の指揮では不安で従えない、そう言う事かな? 栗林中将?」

やや表情を険しくしたライス大将に対し、静かに首を振った栗林中将は、やがて本土からの要求事項を具体的に伝え始めた。

「帝国は、本作戦の『現地』総指揮を、国連軍太平洋方面総軍司令部が執る事であれば、合意する所で有ります。
しかしながらそれが、国連第11軍司令部に帰するのであれば、その指揮下には属さない旨、お伝えします。 要旨は以下の通り」

栗林中将が1枚の紙を、ライス大将に手渡す。 帝国側の要旨が記されていた。 読む内にライス大将の表情は怒りから苦渋へと、劇的に変化して行った。

「・・・お判りでしょうか、閣下。 軍と言う組織に有りがちな・・・ではありますが。しかしながら戦場では、非常に重要な事柄ではあります」

ようは指揮命令権をどうするか、であった。 本筋は国連軍太平洋方面総軍が頭になり、日本帝国軍や大東亜連合軍の命令系統の上位に位置する事になる。
『オペレーション・ルシファー』は国連軍太平洋方面総軍傘下の、国連軍第11軍が担当する事になっていた。 極東アジア全域を担当する第11軍であるから、妥当ではある。
しかしながら、『バンクーバー条約』で決められたその決議が、いつの場合でも有効に機能する訳ではない。 今回は第11軍司令官のライス大将が、それであった。

「・・・『明星作戦』参加兵力は、我が陸軍だけをとっても攻勢戦力が12個師団、戦略予備を入れれば17個師団となります、7個軍団、2個軍の戦力です。
他に戦線形成の西関東防衛線―――第4、第14軍団から成る第1軍。 それにハイヴ突入用の独立機動大隊が多数・・・ 総数で3個軍、1個軍集団に匹敵する」

栗林中将は、一旦そこで言葉を切る。 ライス大将の表情は、更に苦渋に染まっていた。

「これに、海軍の聯合陸戦師団が2個師団と、海兵隊の強襲上陸1個連隊(3個大隊で構成)。 他に大東亜連合軍から8個師団(7個師団と2個旅団)、それにハイヴ突入大隊・・・」

インドネシア軍が3個師団、今回は極東軍事機構枠内で派兵した韓国軍2個師団、統一中華連合が2個師団に、南ベトナムとタイ王国は各1個旅団。 
合計で7個師団に2個旅団、南ベトナムとタイの旅団は大型旅団であり、師団の半分程度の戦闘力を有するから、都合8個師団相当。 これだけで2個軍団相当の戦力となる。
日本帝国軍と併せれば、その総兵力は攻勢部隊だけで27個師団相当、9個軍団、3個軍から4個軍の戦力となる。 
地上軍の総兵力は支援部隊も含めれば、約100万人を軽く超す。 これに海軍(艦隊と支援船団)に航空宇宙軍を含めれば120万人に達する。

―――この大軍を指揮するには、最低でも軍集団司令部が必要だ。

「対して、今回の国連軍第11軍の戦力は、米国陸軍第2師団と第3海兵師団。 それにフィリピン軍の2個師団、合計4個師団に各種支援部隊。
2個軍団、確かに軍規模とは言えましょうが、27個師団もの部隊を統一指揮する程の規模ではありません。 それに失礼ですが、閣下の大将進級時期は・・・」

「・・・98年の、5月だ」

「我が軍も、把握しております。 そして今回の作戦に参加する我が軍上級指揮官のうち、閣下と同じ階級―――大将は3名、おられます。
第8軍(新設)司令官の岡村直次郎大将閣下は97年6月に、第9軍(新設)司令官の嶋田豊作大将閣下は98年3月に、それぞれ大将に任じられております」

階級が同じであっても、任官時期が早い者が先任であり、戦場での上級指揮権を有する。 これは世界共通の『決まり事』だった。
この場合、後任のライス大将は先任である岡村・嶋田両大将の指揮を受ける事になる。 先任・後任の順、指揮する部隊の規模、どちらも日本の両将軍の方が『格上』なのだ。
その上で、全軍を統一指揮するには国連軍第11軍の司令部機能では、余りに『貧弱』と言えた。 それなりの規模の組織を動かすには、それなりの規模の司令部機能が求められる。

更に言えば、この2個軍を統一指揮する立場の『本土奪回総軍』司令官・大山允大将は、陸軍の中での長老だった(93年大将進級)
長く大陸派遣軍の指揮を執り、京都防衛戦では中部軍集団の総指揮を執った。 陥落こそしたが、京都を使っての『遅滞防衛戦闘』は、概ね成功したと言われている。
そしてその『手腕』を買われて今回の大反攻作戦においては、帝国軍側総指揮官に任じられた練達の老将。 大人然と構え、部下の手腕を縦横に発揮させるタイプだ。
この作戦が成功すれば元帥府に列せられて、元帥陸軍大将として『現場を』勇退する事になるだろう、そう噂されている(現役引退では無い、『元帥』は終身現役だ)

「・・・確かに、その3名の先達の勇名、尊名は良く聞いている。 私も敬意を表しておる。 しかし、かと言って・・・」

「問題はもう1点、あります。 今回の『国連軍艦隊』、指揮官はロジャー・アームストロング海軍少将。 しかるに我が海軍部隊の総指揮官は・・・」

「・・・アドミラル・ヤマグチ」

「はい、山口右近海軍大将(98年3月進級)―――我が帝国海軍、そのGF(連合艦隊)主力である、第1艦隊司令長官です。
バンクーバー条約に従えばアームストロング少将は、山口大将閣下を『部下』として従える事になります」

悪夢だ―――シング中将が漏らした呟きに、白中将とヴェンゲル中将も呻き声を洩らす。 大将同士の話は、強引にでも『国連統合軍』枠で何とか出来なくも無い。
だが海軍部隊は・・・ 悪夢だ、少将が大将を指揮する? たかが10数隻の戦闘艦艇を指揮する提督が、世界第2位の戦闘力を有する大艦隊を率いる提督を?―――無理だ。
本来ならば、小澤治郎GF長官(海軍大将)自身が出陣してもおかしくない大作戦だが、小澤大将は未だ療養中である。
昨年の佐渡島防衛戦の折、『年甲斐も無く(山口大将談)』前線に出て、乗艦が重光線級のレーザ照射を被弾。 その際に巻き込まれて負傷・療養中だった。

押し黙るライス大将に、栗林中将はたたみかける様に言った。

「太平洋総軍司令官のウィラード大将閣下(アレクサンダー・F・ウィラード海軍大将)であれば、岡村閣下、嶋田閣下、山口閣下より先任です。
大山閣下との調整も付きましょう。 しかし―――しかし残念ながらライス閣下、閣下では我々を指揮する事能ず、そう申し上げる」

「むっ・・・」

返す言葉が無い。 『国連統合軍』枠に日本帝国軍が入っていれば、何ら問題が無かった話だ。 恐らく日本陸軍の大山大将が統合指揮を執る。
地上戦は次席の岡村大将が指揮をとり、上陸作戦・洋上支援作戦全般を山口大将が指揮を執る。 それで何ら問題が生じなかった筈だった。
国連軍―――内実は合衆国軍―――にとって、痛い所を突かれた、そんな感じだった。 総軍司令官のウィラード大将を『持ってくる』事は出来ない。
アレクサンダー・F・ウィラード海軍大将は同時に、アメリカ合衆国統合軍のひとつ、US・PACOM(合衆国太平洋軍)司令官だ、ハワイから動かせない。
それに日本軍の国連統合軍枠入りに消極的だったのは、他ならぬ国連―――合衆国だ。 ハイヴ制圧後の獲得G元素は『国連』が主導して確保する、その条文故に。

(ワシントンの政治屋・・・いや、欲の皮が突っ張った軍産官複合体の横槍のお陰で、このザマだ! 特にネオコンの連中が!)

極秘でウィラード大将から耳打ちされた情報―――合衆国は既に、2発のG弾を衛星軌道上に上げていると言う話。
まさにマッチポンプ方式、いや、それ自体は米国の戦略ドクトリンに合致する。 ライス大将は否定などしない、そんな気は毛頭ない。

(しかしその前段階で要する調整と、その労力たるや!)


既に数カ月も前から、日本帝国と国連(実質は米国)との間で、延々調整が続けられてきた問題だが、とうとうこの時期に至るまで、解決の目処が立たずに来てしまった。
結局、最終決定は持ち越される事になった。 しかし少なくとも2、3日中、最悪、双方の部隊が合流する8月の前、7月末までには決定を下さねばならない。
作戦の骨子は既に確立している、詳細も詰めた、最後は―――『誰が、主導権を握るか』だ、G元素確保に向けての、主導権を。

(・・・ここまでくれば、これはもう国際外交の範疇だ。 私の掌握する範囲を越している)

問題は―――1999年7月20日、この時点になってもなお、未だ解決していないという点だ。 
ライス大将は頭痛が酷くなっている事に気付いた、駄目だ、これは。 この作戦は、恐らく駄目だ。


『オペレーション・ルシファー』、または『明星作戦』の本作戦発動まで、12日後に迫った悲劇(または喜劇)のひとコマだった。










1999年7月28日 1230 日本帝国 『帝都』仙台。 松島湾 仙台軍港


「これで、あとは明後日の積み込みと乗艦だけか、残す所は」

並んで歩く上官―――作戦課長の広江中佐が、軽く息を吐きながら、そう言った。 気分は判る、その後の大作戦の様相がどうであれ、ひとまずは大きな仕事の調整が付いたのだ。

「貴様も、ウチの課に移って来て早々、ご苦労だったな、周防」

振り返り、笑うその表情は相変わらず昔ながらの凄味を醸し出しているが、反面、昔には無かった丸身と言うか、そう言うものを感じるのは、気のせいじゃあるまい。
初めてこの人と会ったのはもう7年前、あの頃はまだ中佐は古参の大尉で、歴戦の衛士で、そして凄腕の戦術機甲指揮官だった。
今は戦術機を降りたとは言え、あの当時の凄味は些かも衰えてはいない。 だが結婚して、子供を産んだ『母親』という要素は、この人に昔は余り見えなかった柔軟さを与えたのか。

「正直、自分の身の変遷に戸惑いましたが。 しかし海軍側に見知った顔が居て良かった、死んだ兄の同期生が居ましたので」

「・・・確か昨年、横浜港沖で戦死されたのだったな。 今更ながらだが、お悔やみ申し上げる」

改まった口調の中佐に、ちょっとだけ苦笑する。 兄貴が戦死したのは、もう1年ほど前になる。 俺も、実家の家族も、その死を受け入れ、随分心の整理は出来ているのだから。
中佐もその事で今更どうこうと、それ以上言うつもりは無かったようだ。 艦隊司令部の入ったビルから、軍港出口へと続く道路を2人してゆっくりと歩いている。
夏の日差しが強い、そこに松島湾から吹きつける潮風。 飛んでいるのは海鳥か? 昔、それこそ子供時分に連れられて遊んだ、幼い日の夏の海を思い出す。

俺が今日こうやって広江中佐と並んで、軍港に出張って来ているのは、海軍側との打ち合わせの最後の詰めの為だった。
8月初旬に発動する、横浜ハイヴ奪回作戦、『明星作戦』には我が13軍団―――第14、第18師団も参加する。 予定では上陸第2派別動隊として、横須賀に上陸を行う。
横須賀は先日行われた『曙光』作戦で、上陸第1派の第14軍団が確保していたから、強行上陸作戦にはならないだろう―――14軍団が押し返されない限り。
そこで海軍側の上陸支援艦隊、『大隅』級戦術機揚陸艦を多数抱える、第4上陸支援艦隊との実務打ち合わせに来ていた。
陸軍側からは141戦術機甲連隊長の藤田大佐、181戦術機甲連隊長の名倉大佐を始め、各大隊長と師団の作戦課・運用課の課長と課員(参謀)
打ち合わせは無事に終わり、藤田大佐、名倉大佐は海軍側から昼食に誘われ、残っている。 大隊長達も同様だ。 我々参謀は、今尚書類仕事が待っているので、丁重に辞退した。
14師団参謀団や、18師団の運用課(古巣だ)と別れ、『おい、気晴らしにちょっと歩くか』と上官に言われれば、断る訳にも行くまい?

「・・・まあ、なんだな、貴様を邑木さんの所から引き抜いたのは、正解だったかな」

広江中佐が眩しそうに海を眺めながら、不意に笑いを含んでそう言った。 もう3カ月近くになる、5月の上旬だった。 俺が運用課から作戦課に移ったのは。
作戦課でそれまで、戦術機甲部隊作戦を担当していた大尉参謀が、急遽実施部隊(戦術機甲中隊長)に転出した為だ。
余り良い評判の男ではなかった、俺より半期上になる17期B卒の古参大尉だったが、実戦経験は92年から93年にかけての、大陸派遣しか経験が無い筈だ。
それでいて、先任である17期Aの和泉さんや、実戦経験で遥かに上回る同期の緋色など、連隊の歴戦衛士達に対しても、鼻持ちならぬ態度を示していた。
『参謀』と言う言葉に悪酔いしていた、そう見えた。 お陰で作戦課と戦術機甲連隊との間が、妙にギクシャクしてしまったのだ。
課長の広江中佐が元戦術機乗りであり、連隊の指揮官衛士達とは古い戦友同士と有って、しきりに間を取り持ち、破局には至らなかったが。

そして5月、一連の人事異動が発令された。 俺の同期生で、昨年の京都防衛戦で負傷し、リハビリを続けていた永野(永野蓉子大尉)が復帰して来たのだ。
その永野が、俺の後釜に運用・訓練課に配されて、俺が不評の大尉参謀が抜けて空席になった、作戦課の戦術機甲部隊担当の課員に移ったのだった。
永野は運用・訓練計画立案なら、俺より余程上手くこなすだろう。 元々真面目な優等生タイプの女だ、昔から変わっていない。 
ああ、彼女も色々と経験して、引き出しの多さは期待出来る。 どっちかと言うと、教育者タイプの人間だと思っている。

「その分、運用課に居た頃より部隊の連中と、ぶつかる事も多くなりましたが」

「貴様だからさ、大隊長連中も貴様だからある意味、『愚痴』とも取れる言葉を吐ける。 本音を言える参謀は、正直貴重だ。
中隊長連中に至っては・・・ はは、死ぬ時は貴様も道連れにすればいい、そう思っているさ―――信頼の裏返しだよ、周防」

「信頼の裏返し―――にしては、物騒な例えで・・・」

実際の話、作戦課に移ってからと言うもの連日、戦術機甲連隊との作戦行動検討会とか、課内の調整会議とか、師団の諸兵科統合作戦研究会とか。
その度に司令部の課員(参謀)同士、或いは戦術機甲部隊の各級指揮官と、或いは機動歩兵や機甲科、砲兵科の将校と、散々議論し合った。 怒鳴り合ったりもした。
もう休む暇が無い程、忙しかった。 家に帰れず、何度司令部の仮眠室に寝泊まりした事か。 管制副主任の富永大尉から、嫌味も言われた、『最近、主任の機嫌が悪いんです』と。
仕方ないだろう? 仕事でなんだし。 それにこの大作戦を目前に控えて、師団司令部が暇なんて状況は、有り得ないと思うんだが・・・勘弁してくれ、奥さん。

「私としては、ようやく『まともに』部隊との意思疎通が図れるようになった、そう評価しているのだがな?」

「―――光栄であります、マム!」

「茶化すな、周防。 ・・・ん?」

苦笑した広江中佐が、不意に訝しげな声を上げた。 前方に一人の海軍将校が居て、我々に敬礼している―――別におかしくは無いが、わざわざ立ち止まってとなると・・・
その海軍将校、いや、まだ正式な『将校』ではない。 軍帽の徽章が違う、少尉候補生―――海兵(海軍兵学校)を卒業間も無い、『士官見習い』だ。

「・・・知り合いか?」

小声で広江中佐が聞いて来る。 その問いに答える間もなく、向うから声をかけて来た。

「お久しぶりです、義兄さん。 式には出席できず、失礼しました」

「久しぶりだな、喬君。 元気に勤務しているようで良かった、祥子も喜ぶ。 ・・・義弟です、中佐。 妻の弟です、綾森喬海軍少尉候補生」

「綾森喬、海軍少尉候補生です、中佐」

第3種軍装―――白い開襟半袖ワイシャツと、白のズボンと言った海軍の夏用軍装に身を固めた義弟、綾森喬(たかし)少尉候補生が、改めて中佐に敬礼をする。
答礼を返した広江中佐も、少しばかり感慨深そうだ。 俺の妻は―――祥子は、広江中佐が可愛がってきた元部下の一人だ、その実弟にこんな所で会うとは。

「そうか、綾森の・・・ うん、綾森候補生、君の姉上は実に優秀な衛士だった。 今も優秀な管制将校だ。
君も姉上に負けずに、頑張りなさい―――周防、私は先に行く。 帰隊は少し遅れても構わん、ではな」

そう言って、こっちの返事を待たずにさっさと歩き去る上官の後ろ姿を、苦笑気味に眺めるしかなかった。 そして改めて喬君に向き直り・・・

「実は、昼飯をまだ食べてないんだ。 どこか会食できる場所が有るかな?」

「私も半舷上陸中で・・・ 近くに水交社(海軍将校の互助・福利厚生組織)があります、そこの食堂でしたら」





正直、周り全て海軍将校の中に有って、一人ぽつんと陸軍将校の自分がいる、それは凄い違和感だと実感しているが、義弟の誘いを断るのも無粋だ。
それに実は、本音を言えば海軍の食事をもう一度食べてみたい、その誘惑も有った。 一昨年の暮れ、半島出兵の際に乗艦して以来、海軍の飯は食べていない。
昨年、京都防衛戦から脱出した際に乗り組んだ時は、侘しい非常食で済まされてしまったからなぁ・・・ 水交社ともなれば、昼食はフルコースだ。
何せ食材は陸軍と同じ合成食材とはいえ、艦隊やこう言った機関の食堂には、専門のコックが常駐しているのが、海軍の『食』にこだわる凄さだ。

「喬君、今はどの艦に乗っているんだ?」

フルコース(例え合成食材でも!)を楽しみながら、義弟に聞いてみる。 そう言えばもう何か月、会っていなかっただろうか?

「今は戦艦『信濃』で、航海士のダブル配置です。 第2戦隊です、兵学校卒業後、直ぐに配属になりました」

戦艦『信濃』―――第1艦隊の第2戦隊。 水上砲戦部隊の主力艦か。 ダブル配置と言う事は、少尉か中尉の正規航海士に付いて、実務を教わりながら修業中、と言う事か。
第2戦隊なら、近代化改修が全て終わった『信濃』なら、横浜沖で爆沈した重巡『青葉』程、被弾に弱くないだろう。 航海士なら分厚いアーマー(装甲)に囲まれた艦橋配備だ。

「そうか・・・ 『信濃』はGF主力艦の1隻だ、厳しいだろうが、頑張れよ」

その言葉に表情を強張らせつつも、少しだけ嬉しそうな、得意そうな顔色が出た事は、矢張りまだまだ若い候補生だな、微笑ましい。
戦艦の様な大艦で候補生生活を送ると言う事は、口煩い上官が多くて気が抜けないと同時に、矢張り憧れの大艦に最初から勤務できる嬉しさが有る、そう兄や従弟達は言っていた。

「ところで・・・ あの、義兄さん、姉は元気ですか?」

ちょっとだけ言い淀んで聞いて来る。 どうしてかな? 弟が姉の近況を聞くのに、何を遠慮しているのだろうな?

「ああ、元気だよ。 元も最近は俺の帰りが遅くてね、ちょっとだけ機嫌が悪い」

少し茶化し気味に言ってみる、けれどもまだ、少しだけぎこちない笑みだ。 さて、どうしよう?

「君の兵学校卒業式の時の写真、届いたよ。 お義父さん、お義母さんと一緒に撮ったのとかね。 祥子も喜んでいた、『あの子が無事に卒業できて、良かった』ってね」

「まったく・・・ 姉さんは何時までも、子供扱いするんだからなぁ・・・」

「そんなモノだよ、姉にとって弟と言うものは。 幾つになっても、自分では大人のつもりでも、姉にとって弟はそんなものさ」

我が実姉しかり、我が妻しかり。 ああ、義姉さんも、そんな感じだな。 従姉妹達もそうだった。
そうこうしている内に、喬君の口が少しだけ軽くなってきた。 何せ義兄弟とはいえ、そう何度も有った訳ではない。
彼は兵学校に在学中だったし(夏と冬の休暇以外、基本的に外出は無い)、俺も祥子も部隊配属だった。 彼女の実家で偶々、休暇中に2度ほど会っただけだ。
結婚式の時も、3月だったから兵学校の卒業直前で、彼は多忙を極めた兵学校生活の最後を過ごしていた。 外出や外泊など許可されない。
だから去年の年末に会ったきり、約8カ月振りに会う事になった。 印象は変わらないな、穏やかな感じの青年(少年期は過ぎている)だ。
ふと、戦死した従弟の史郎を思い出す。 アイツもこんな感じだったな、結構しっかり者だった省吾、ヤンチャ坊主だった直秋とは違う。

(・・・『弟』か)

けっこう新鮮な感覚だ、最も『義弟』だが。

まあ、そんなこんなで、喬君とは初めて色々と話をした。 もっぱら話していたのは彼の方だったが。
兵学校生活の事、将来の希望。 自分の昔の事、姉(祥子の事だ)や妹達の事、両親の事。 上も下も女兄弟なので、大人しいのかと思いきや、結構闊達な若者だと判った。
俺は余り話さなかったが、それでも話を聞くだけでも楽しかった。 いや、嬉しかった。 『僕は、姉と妹達しか居ないから・・・』そう言ってくれるのが、嬉しかった。


食事が終わり、食後のコーヒー(モドキ)を飲んでいたら、急に喬君が改まった真剣な表情で聞いてきた。

「・・・時に、義兄さん。 義兄さんは今度の作戦、参加するんですね?」

「ん? ・・・それは、軍機に抵触するぞ、『綾森候補生』?」

「あっ・・・ し、失礼しました、大尉」

途端に、『失敗した!』って表情になる。 その表情が可笑しくて、少しだけ笑みが出て来る。

「ま、いいさ。 今ここに居るって事が、動かぬ証拠だな?」

「はあ・・・」

現在、仙台軍港内には陸軍部隊を近日中に揚塔する輸送艦や揚陸艦が、所狭しと停泊している。 そこに足を運ぶ陸軍将校―――作戦に参加する以外、どう捉えようが有ろうか。

「以前の様に、部隊指揮官としてじゃないが・・・ それでも昨年の夏以来だな、こんな大作戦は」

「京都防衛戦?」

「うん。 それ以前だと・・・ ま、色々とね。 色々と参加したな。 まあ、今回も変わらないよ」

そんな俺の言葉に、喬君がちょっと目を丸くする。 それもそうか、参加兵力で100万を数える、と軍内で噂される大作戦を、『変わらない』などと。 我ながら・・・

「僕は・・・ 今回の作戦が、初陣です」

不意に喬君が、何か意志の籠った口調で話し始めた。 最初は初陣の緊張かと思ったのだが・・・

「まだ、右も左も判らない候補生ですが、でも、お国の為に立派に戦ってみせます。 例え戦死しても・・・覚悟は、しています、出来ていますッ」

手にしたコーヒーカップを握り締めたまま、うつむき加減に絞り出す様な声で、そう言っている。 俺と言えば、水の入ったグラスを何気に持ったままだ。

「親や妹達には・・・ 普通に手紙を書きました。 上官から『遺書を書いておけ』と言われましたが、書けなかったんです。
姉には・・・ 迷いました。 普通に書いても、絶対に見透かされる。 姉は実戦経験豊富な陸軍将校です、海軍の半人前の候補生の腹の中なんか、多分お見通しだろうし・・・」

だから、まだ書いてないんです、姉宛の手紙は―――そう言っていた。

「だから、その・・・姉には、姉さんには、義兄さんから、その、その時には・・・」

「嫌だよ」

えっ?―――そんな表情を一瞬見せた喬君の顔を見据えて、無意識に飛び出した言葉だった。

「嫌だね、そんな役回りは。 だいいち、それじゃ妻が悲しむ。 俺は、嫌だよ」

ああ、なんか駄々をこねているガキの様な言い方だな、これじゃ。 苦笑しか出やしない。

「自分で伝えるんだ、それが大切だよ。 本当に伝えたい事は、他人伝手じゃ、伝わらない。 自分の言葉で伝えなきゃな・・・
それにさっき、君は『遺書を書けなかった』そう言っていたな? それで良いんじゃないか? 無理に書く必要なんかない」

「え・・・?」

「無理に書く必要なんかない、俺も書かなかったよ、初陣の頃は。 いや、書けなかったな、どうしてだと思う?」

「・・・判りません。 どうしてですか?」

生真面目な表情で聞いて来る、その表情が内心で妙に微笑ましい。 そうか、俺も昔はこんな感じだったのかな?
それはそうとて、さてどうしよう? 素直に教えるべきかな? もう少し悩ますべきかな?―――止めておこう、趣味が悪い。

「怖かったんだよ」

「は・・・?」

いちいち、反応が面白い。 そう言えば、部下達とこんな話は、余りしてこなかったな。

「怖かったんだな、今にして思えば。 遺書を書いてしまえば、戦死してしまいそうな気がしたんだ。 そうしたら、2度と見れなくなるからな」

「・・・見れないって、何をです?」

「当時の先任少尉。 今の嫁さん、君の姉さん。 彼女の顔をね」

「え・・・?」

可笑しかった。 喬君が、それこそ鳩が豆鉄砲を喰った様な顔をしている。 
そりゃ、そうだろうな。 いきなり面前で、自分の姉との惚気を聞かされたら。

「本当さ、今にして思えばね。 あの頃は粋がって、強がって、別の屁理屈を捏ねていた気がするけどね。 本当の理由は、そんな所さ」

少し時が経って、そう言えば戦死した兄貴宛てに、遺書まがいの手紙を書いた事は有ったな。 確か『双極作戦』の後だったか。
初めて、同じ中隊の同期生―――美濃だ、美濃楓―――を、戦死で喪った時だ。 ちょっとナーバスになっていたな、自分でも。
そうか、確かあの時、初めて祥子と・・・止めておこう、これはちょっと、幾らなんでも恥ずかしい。 内緒だ、内緒。

「・・・そう言えば、結局遺書は書かずじまいだったな。 今まで書いた事が無いよ。 その代わりに色んな手紙を書いた、色んな事を言葉で伝えた。
別にいいんじゃないか? 特に肩肘張った事を書かずとも、自分の伝えたい事、言いたい事を書けば、それで良いと思うがね」

「はあ・・・」

うーん、まだ歯切れが悪いな。

「時に喬君、恋人は居るのか?」

「え? いえ、居ませんよ・・・」

だろうな。 兵学校生活、そんな相手を作っている暇は無いものな。 じゃあ・・・

「今、好きな相手は? 何か伝えたい相手は? それか前から好きだった人とか、例えば幼馴染とか、初恋の相手とか」

何て言ったら、急に顔を真っ赤にし始めた。 いや、何て言うか・・・初心な若者だね。

「はあ、あの・・・ 幼馴染では、特には・・・」

「居ないの? 初恋の相手とか?」

「いや、あの、僕は初等学校から逓信省の付属学校で、ずっと周りは男ばかりで。 中学修了後は(中学4年修了後)、兵学校で、その・・・」

むう、家庭以外は、見事に野郎ばかりの世界で育ったんだな・・・

「だから、その、異性って、初等学校以降は母とか姉とか、その・・・」

・・・ん? なんだ、急に俺の顔をまともに見なくなったぞ?

「あ、いやその、姉は、別に・・・違うんです、その、姉は・・・」

・・・あ~、そう言う事か。 確かに周りに異性が居なかったんじゃな。 『男の子』にとって、最初に異性を感じる相手って、結構限られるわな。
母親とか、学校の若い女の先生とか。 もしくは身近な姉とか従姉妹とか。 そうか、そう言う事か。 しかしな、う~ん・・・

「あ、でも最近気になる女性は、居ると言うか、その・・・」

「ああ、いいよ、無理に言わなくても。 それに、うん、君の姉さん・・・祥子の事は、うん、判っている、判っているから」

―――まあ、『姉』が初恋の相手だったとしても、この際何も言うまい。 幼い日の漠然とした憧憬、仕方が無いんじゃないか?

「姉さんに・・・俺の妻に伝えてやってくれよ、今の君の事を。 そのままの君の事を。 そして会いに来てくれよ、生き残ってな」

若者故の気負い、将来への興奮、初陣への緊張、未知への恐怖と戸惑い、諸々のモノが混じり合って本当は誰かに話したい、聞いて貰いたい筈なんだ。
親では気恥かしいし、ちょっと気遅れもする。 実戦経験を積んだ姉ならば、と思うが、同時に幼い少年の頃が思い出されて、違った意味で気遅れと言うか、恥ずかしさが立つ。

「ひとつアドバイスだ、恥ずかしがって、気後れして何もせずに後悔するより、恥ずかしくてもちゃんと伝えた方が良いよ。
俺も色々と気恥かしかったけどね、死んで何もできなかった、何てよりもね、生きている内にちゃんと伝えて、言えて良かったと思っている」

「義兄さん・・・」

「ま、当分は死ぬ予定は無いけどね。 ひとつ、姉さんを驚かせてやれよ。 もう子供じゃないぞって、好きな人くらい居るぞ、ってね。
で、将来そんな相手を連れて、我が家に来いよ。 あいつも喜ぶよ、きっとね。 ・・・そんな未来だって、きっとあるよ」

そう、きっと有る。 そんな『未来』も。 

「それに初陣は、陸軍と海軍、俺の様な戦術機乗りと君の様な艦隊乗り組みじゃ、様相は違うかも知れないが・・・ えてして、あっという間に終わるものさ。
陳腐かもしれないが、先任や上官の指示をとにかく守る事。 彼等はそうして生き残って来た、従って損は無いよ。 俺の実感でも有る・・・」

食後のコーヒー(モドキ)をお代わりしながら、暫くは初陣での心構えや、自分の実体験や、諸々の事を話した。 喬君は真剣に聞いていた。
ま、仕方が無い。 初陣前の不安の解消、いや、不安の聞き役は今回、俺が務めるとするか。 彼が『普通に』祥子へ手紙を書ける様にする為に。
遺書を書くなとは言わない、書いていてしぶとく生き残っている奴は、ゴマンと居る。 それでも個人的にはやはり、家族との絆になる様な手紙を書きたいじゃないか、そう思う。









1999年7月28日 1650 日本帝国 旧神奈川県川崎市 『西関東防衛線』


「―――次が来るぞ! 第6派! 中隊、フォーメーション・アローヘッド・ワン! 敵前衛を突破、後ろから叩く! 続け!」

―――『了解!』

突撃前衛小隊を矢じりの先として、中隊が突進する。 前方に突撃級が20体程、その後ろの要撃級にはまだ距離が有る。 まずは突撃級を仕留める。
跳躍ユニットが咆哮を上げ、中隊の9機が一斉に水平噴射跳躍に移る。 瞬く間に距離が詰まり、同時に照準レクチュアルに目標をロックオンした。
先頭を吶喊する突撃前衛小隊は1機を欠いた状態で、突撃級との接触の直前に小隊長機を頭に一直線の陣形にフォーメーションを変えた。
そのまま、サーフェイシングで突撃級の個体間をすり抜ける様な多角機動で、左右に砲撃を加えつつ、群れの中を突っ切る。

『サラマンダーB、後ろを確保!』

「そのまま攻撃を加えろ! サラマンダーA、C、続いて突入だ!」

主機出力を一気に上げ、残る2個小隊がサーフェイシングで突撃級の群れの中に飛び込む。 A小隊の先頭は中隊長が切っている。
A小隊が開けた突入路―――僅かに数体分の空間―――に機体を滑り込ませ、左右に咄嗟砲撃を撃ち込みながら一気に突っ切る。
直後に位置するC小隊が後方から、A小隊に向かってくるやや遠間の突撃級に対し、阻止砲撃を加える。 激しく動きながらの砲戦、120mmはまず当らない。
先頭のA小隊が36mmの集中射撃で節足部に砲弾を叩き込み、行動の自由を奪ってゆく。 その間にC小隊が、左右の突撃級を撃破して行った。
突破口を開いたA小隊は、旋回しようとしている突撃級の個体を見つけては、その背後から36mmと120mm砲弾を浴びせて始末して行く。

≪CP、サラマンダー・マムよりリーダー! 後続の要撃級個体群、約80! 戦車級を含む小型種、約300! 下末吉を鶴見川に向けて移動中、第2京浜跡です!≫

鶴見川を下末吉で。 そこから第2京浜―――戦術MAPで確認する。 中隊長は関東の地理感が無い、九州出身だ。
確認した―――今部隊は第1京浜の北、八丁畷駅跡地付近だ。  くそ、後続は生麦辺りで先頭とは違う針路を取ったらしい。 なら・・・ よし。‎

「リーダーより全機、突撃級はあと1分で仕留めろ! 120mmは使うな! 後ろを取っている、36mmで充分だ」

要撃級を含む主力集団の移動速度、位置関係。 このまま突撃級を殲滅し、国鉄南部線跡を北上すれば側面を突ける。
トリガーを引き、突撃級の柔らかい後部胴体に36mm砲弾を叩き込む。 2、3連射で動きが止まる、それ以上は無駄だ。
A小隊の目前には、旋回をかけつつある突撃級が4体。 部下に合図を送り、手近な2体を先に仕留めて行く。
水平噴射跳躍で機体をスライドさせ、旋回中の突撃級BETAの後方を占位する。 距離、25m―――ギリギリまで接近し、短い1連射を浴びせかける。 
狙いすまして撃ち込んだ箇所から、体液が噴出しBETAが止まった。 見ればB、C小隊も残こる突撃級を全て始末していた―――52秒が経過、よし。

≪CPよりサラマンダー・リーダー。 機甲1個中隊、機械化歩兵装甲2個中隊、140号線の尻手交差点付近に布陣完了。 サラマンダーは側面攻撃地点に移動!≫

―――尻手か、確かにそこで殲滅するしかないな。 後方の府中街道沿いに主力が布陣しているが、連中の手を煩わすまでも無いか。
度重なる攻防戦の結果、殆ど見晴らしの良い荒野と化したかつて賑わった街の跡。 その向うから砂塵を巻き上げ、数百体のBETA群が北進しているのが見えた。

「・・・よし、≪サラマンダー≫全機、俺に続け!」

中隊長機を中心に、9機になった戦術機甲中隊―――89式『陽炎』と77式『撃震』の混成部隊―――が、水平噴射跳躍でBETA群の側面に襲い掛かって行った。





辺り一面、BETAの残骸だらけだった。 赤黒い内臓物が所構わず散乱している、管制ユニットの外の空気は、さぞかし臭いものだろう。
機械化歩兵部隊が付近の残存BETAを確認している中、中隊を周辺確認の為に円周陣形で広く展開させながら、その光景を忌々しげに見つめていた。
もうずいぶん見慣れた光景だ。 92年の中国大陸、93年からの欧州・地中海方面戦線、そして98年の九州・・・ 
そこまで思考して、頭を振って中止する。 もう1年になる、無意識にそこで思考を止めるようになったのは。

『中隊長、中隊全機、異常無し。 損失無しです』

「・・・よし、どうやら付近に残存BETAは居ない様だ。 最終確認後、羽田(陸軍羽田基地)に戻る」

以前は空港だった羽田。 西関東防衛戦たけなわの現在、そこは陸軍と海軍基地戦術機甲部隊が共同で駐留する、横浜ハイヴに最も近い最前線基地と化していた。

『了解です。 ・・・後は、補充が来てくれれば助かりますが』

「無い物ねだりだ、今は『明星作戦』攻略部隊に全ての資源を集中させている。 俺達は今有る手持ちで、遣り繰りするしかない」

『・・・正直、愚痴のひとつも言いたいですよ。 実際に西関東防衛線を支えているのは、我々だと言うのに。
知っていますか? 新編の東北の13軍団など、攻略部隊だからと言って、全て『疾風』の弐型で固めたと言う話じゃないですか』

部下の愚痴を聞いている内に気がついた、第13軍団―――第14師団と第18師団だ、同期生や見知った顔が随分と居る部隊だ。 連中、ハイヴ攻略部隊になるのか。

「その代わり、地獄の巣穴へ直行だ。 92式が94式だって、慰めにもならん―――おい、部下の前では言うなよ、そんな事は」

『・・・はい』

不承不承、如何にもそんな口調の部下に苦笑しつつ、もう一度周辺警戒にレーダーと確認する。 やはり赤い輝点は確認されない。

『ジャッカル・リーダー(第13師団第36機械化歩兵連隊第3大隊第1中隊)だ、≪サラマンダー(第131戦術機甲連隊第21中隊)≫、どうやら片した様だ』

機械化歩兵装甲部隊の指揮官から、通信が入る。 見ると瓦礫の向うから強化外骨格を装着した一群が近づいて来る。

「サラマンダー、了解。 で? 俺達は晩飯食いに、お家に帰っていいのかな?」

『ああ、とっとと帰んな。 また出前を頼むから』

「人使いの荒い客だ―――気をつけろよ、ジャッカル」

『判っている、支援感謝する、サラマンダー』

戦術機甲中隊はその場を離れた。 一旦東進し、旧首都高横羽線を北上、環八で東に折れて羽田に帰還した。






「ご苦労だったな、久賀大尉。 連日の出撃で疲れているだろうに」

「いえ、1回の数自体は少ないですので。 それに支援砲撃が豊富なのは、正直助かります」

師団本部、そして連隊本部が入っている旧空港第1ビル。 旧国際線ビルや旧第2ビルは他の兵科連隊が入っている。
南部戦線防衛の要、第13師団の全てが、この羽田に陣取っている。 ここなら横浜ハイヴからの飽和個体群への迎撃には最適だ―――気の休まる暇も無いが。

出撃から帰還した久賀直人大尉を、大隊長が労っている。 もっとも久賀大尉にしてみれば、今日の程度の戦闘は九州や、それまで経験して来た戦場に比べれば、何でも無い。
それより問題なのは、人員や機材の補充だ。 最近は『明星作戦』発令の余波を受けて、西関東防衛線各部隊への補充が、確実に滞り始めている。

「・・・やはり、補充は来ませんか?」

「来ない、済まん」

大隊長のせいでは無い、誰も責めている訳ではない。 しかし現実問題として、大隊の3個中隊のうち、満足な戦闘力を保っているのは第1中隊だけだ。
第2中隊は残存6機、第3中隊は5機、指揮小隊が3機、併せて14機。 1個中隊分の戦力しか残らない、第1中隊と併せても23機、2個中隊に達しない。
おまけに第2、第3中隊は中隊長が戦死、或いは負傷後送されている。 今は先任の中尉が中隊長代理をしている状況だ、必然的に第1中隊―――久賀大尉への負担が増加する。

「・・・しかし正直言うとな、君が来てくれて助かった。 何しろ陸軍中、指折りの歴戦衛士だ。 九州での活躍も耳にしていた」

大隊長の素直な讃辞に、内心で苦笑する。 もし俺がそう言われているのだとしたら、それはかなり虚像が入っているな、と。
暫く今後の人員の再配置計画と、ローテーションに付いて話し合い、大隊長室を出た。 今や全く装飾の欠片も残っていない旧空港ビルの廊下を歩く。

(・・・俺は只、抜け殻の様に戦っていただけだ)

内心でそう呟く。 あの日、1年前のあの日以来、自分の世界は色彩を失ったモノクロームの世界になった。
命の貴重さも、生きる事の喜びも、何もかも感じられず、ただ、ただ機械の様に己が体が動くままに、戦っていただけだ。
そこには恐怖は無かった、生き残った喜びも無かった。 只々、無機質に体が動くまま、機体を操り、経験が反射的に指揮を執り、BETAを屠ってきただけだ。

部隊が再編成に為に東北―――青森まで移動した時、無性に己の中の空洞に耐え切れなくなってきた。 反射的に異動願いを出したのは、そのせいか。
お陰さまで今、この西関東防衛線で相変わらず生ける屍の如く、何も感じず、何も想い抱かず、ただ戦い続けている。

窓から夕焼けが見えた。 ああ、そうだ、あの日もこんな夕焼けだった―――もう随分昔の気がする、一世一代のつもりでプロポーズした、あの日もこんな綺麗な夕焼けだった。

(優香子・・・ 俺はまだ生きている。 どうしてだろうな? どうしてまだ生きているんだろうな? 優香子、お前はもう、この世には居ないって言うのに・・・)










1999年7月28日 2345 日本帝国 『帝都』仙台 市内(周防家)


もう既に両親も、義姉に甥・姪達も寝静まった様だ。 しんとした静けさが、家の中に漂っている。

「弟に会ったの? 喬に?」

鏡台の前で鏡に向かいながら、髪を透かしていた祥子が振り返って聞いてきた。 福島から移動して来た仙台駐屯地とも、もう直ぐお別れだ。

「ああ、偶然、軍港でね。 喬君、今は『信濃』乗り組みだそうだ」

「へえ・・・『信濃』? 第1艦隊よね? ふぅん、あの子がね・・・」

「・・・もう、立派に候補生だよ。 もう数カ月もしたら、立派に海軍少尉だ」

そう言った俺の言葉に、祥子がちょっと目を見張り、やがてクスクスと笑い始めた。

「なぁに? あの子に、何か言われたの?」

「どうして?」

「どうしてって・・・ やけに肩を持つじゃない? ダメダメ、背伸びしたって、まだまだ半人前、子供なんだから」

―――な? 判るだろう、喬君? 姉にとって、弟と言うのはこう言うものなんだよ。


明後日には乗艦が始まる。 明々後日には全ての器材・物資の揚塔が終了し、4日後の8月1日には、仙台軍港を出港する。 全艦隊終結は、8月3日。
その意味では、今夜は『最後の夜』だ。 今日の1700時から、明日の1900時まで、29時間の外泊外出が許可されていた。
夫婦一緒にそれぞれの実家に顔を出して、何も言わずに帰って来よう、そう言い合った。 残る家族に勘づかれる訳にも行かない。
今夜、俺の実家に顔を出した。 結婚以来4カ月ぶりに顔を出した息子夫婦に、両親はえらく喜んでくれた。
義姉さんも喜んでいた(祥子は完全に、妹扱いになっている)、チビ達も叔父さん、叔母さんに甘えようと群がって、はしゃいでいた。
明日は祥子の実家に、朝から顔を出す予定だ。 休みの日だし、お義父さん、お義母さんも喜ぶだろう。 笙子ちゃんも。

俺は師団参謀、祥子は管制の主任管制官。 共に戦術機甲指揮官としてでなく、作戦に参加する。 前線部隊指揮官に比べて、戦死の可能性は低くなるだろうが、程度の差だ。
師団は第2派で、ハイヴまでの最短攻略路を切り開く任を課せられた。 場合によっては師団司令部も直撃される事だって、可能性として十分ある。
正直に言うと、別の怖さが有る。 自分で戦術機に乗って戦っていないと言う、そんな恐怖。 そして自分の判断が、より多くの友軍に影響を及ぼすだろうと言う慄き。

そんな内心を隠して、それぞれの実家に顔を出す。 別れの為じゃない、またここに戻ってくる為に。

布団の上に胡坐をかいて、窓の外の夜空を見ていた。 客間の外から、夏の虫の音が聞こえる、命の音色だ。 
寝間に着替えて横に添い寄ってきた祥子を抱きしめ、そのまま倒れ込む。 その夜、激しく妻を貪った。










1999年8月1日 0700 日本帝国 仙台軍港


『抜錨ー!』

艦内スピーカーから号令が聞こえる。 岸壁で軍楽隊が演奏を開始している。

≪守るも攻めるも 黒鐡の 浮かべる城ぞ 頼みなる≫

勇壮なマーチに声援されながら、各艦が次々に錨を上げ、泊地から、岸壁から出撃して行く。

≪浮かべるその城 日の本の 皇国の四方を 守るべし≫

『―――手空き総員、上甲板。 手空き総員、上甲板』

上甲板と言わず、飛行甲板と言わず。 陸海軍の区別なく、皆が我先に出て来る。

≪眞鐡の その艦 日の本に 仇為す國を 攻めよかし≫

今の相手は国では無い、それどころかこの地球上の存在でさえ無い。

『―――総員、帽振れー!』

歓声が上がる。 皆が一斉に軍帽を振りかざし、岸壁に居る者達に声にならない叫び声で、何かを伝えようと声を張り上げている。

≪石炭(いわき)の煙は 大洋(わだつみ)の 龍(たつ)かとばかり 靡くなり≫

次第に岸壁が遠ざかる。 見送りの軍港要員の顔、顔、顔が次第に遠くなる。

≪弾撃つ響きは 雷の 聲(こえ)かとばかり 響(とど)むなり≫

皆が歓声を上げる。 岸壁の者達も歓声を上げている。 お互い、良い表し難い何かに、歓声を上げている。

≪萬里(ばんり)の波濤を 乗り越えて 皇国の光 輝かせ≫

艦はやがてウェーキを引きながら湾外へ出た。 皇国の山々が朝日に輝いていた。




1999年8月1日 日本帝国陸海軍、『明星作戦』参加全部隊が、出撃を開始した。




前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.039896965026855