<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20952] 明星作戦前夜 黎明 2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/09 00:41
1998年12月24日 1530 日本帝国 東京『都』 大田区六郷


冬の夕空に、殷々と砲声が木霊する。 昼過ぎより開始された間引き攻撃、その第5派がようやく終わろうとしている。
FH70・155mm榴弾砲、203 mm自走榴弾砲、最新の97式自走155mm榴弾砲やMLRSが155mm、203mm砲弾を吐き出し、MLRSからは誘導弾が射出される。
そして本来なら、とうの昔に退役していた筈のM59・155mmカノン砲、75式自走155mm榴弾砲、M115・203mm榴弾砲に75式130mm自走多連装ロケット弾発射機まで。
せめて祖国への最後のご奉公と言わんばかりに、砲身命数など無視したかのような猛射を、遥か彼方の目標に向け、砲弾を撃ち込み続けていた。

「・・・相変わらず、派手に撃ち込んでいるな、ウチの鉄砲屋どもは・・・」

「撃ち込まなきゃ、こっちが食い込まれてお終いですよ」

「そりゃ、そうだがよ。 補給廠の同年兵がよ、悲鳴上げてたぜ?」

「いつの間にか、どこぞから、補給は届くんでしょ?」

「ま、そうだがよ」

前進監視哨を兼ねた塹壕で、班長の下士官と古参の兵長が、互いに双眼鏡を見ながら話していた。 オリーブドライの旧型防寒戦闘外衣を着こみ、白色首巻で寒さに備えている。
ユーラシア大陸の地形変動―――主に、BETAによる浸食―――の結果、日本でも冬には関東でも雪が積もる日が、珍しく無くなった。
折しも曇天、しかも粉雪が舞う悪視界。 彼方では重金属雲が発生している。 着弾により地中震動波は乱れまくり、音響センサーも馬鹿になっている。
そうなるともう、目視しか索敵手段は無いのと同じだ。 死にたくないから、口は遊んでいても目はしっかりと働かせる。

「一昨日、突破されそうになった44師団の場所、どうなりました?」

「予備の第3大隊が入ったらしいぞ。 今頃は連中、ブルって塹壕の中で漏らしているだろうさ。 最も砲兵は増強されたそうだけどな」

六郷土手沿いにズラリと砲門を並べた、第1軍第4軍団の砲兵任務群。 第1軍の守備範囲は、多摩川沿いに川崎から八王子まで。 
第4軍団は南部戦線、川崎から調布までを担当している。 現在、帝国陸軍に残っている大口径火砲の半数弱、855門を有する第1軍の火砲の6割、510門が敷き詰められていた。
第1軍には他に、MLRSと75式ロケット弾発射機が合計137基配備されている。 
第4軍団にはその65%、89基が配備されていた。 更には河川敷対岸には幅3km、総延長30kmに渡る、対BETA地雷原。
川崎から調布まで、直線距離にして約38km。 1km当たりにして16門の各種大口径火砲、またはMLRSやロケット弾発射機が配備されている事になる。

因みにこれまで人類が、人類同士で経験した最も悲惨な地上戦、と言われた半世紀前のドイツとソ連との間の東部戦線ではどうだったか?
大口径砲より配備密度の高かった対戦車砲でさえ、モスクワ防衛戦当時で1kmあたり5門。 スターリングラード防衛戦で6門から8門。
最も大規模で、最も凄惨な地上戦が行われたクルスク戦においてさえ、戦闘正面1kmあたり12門から15門『しか』、対戦車砲は配備されていなかったのだ。 
155mm以上の大口径砲が、戦線1kmあたり16門配備と言う数字が、如何に異常な数字であるか。 帝国陸軍はこの異常なまでの努力で、最終防衛線を守ろうとしていた。
その他にも90式戦車や74式戦車、古参のM42“ダスター”自走40mm高射機関砲や、新型の87式35mm自走高射機関砲が近接火力として配備されている。

「大型種より、俺たちゃ、小型種の方が怖いッスけどね。 半島でもそうでした、いつの間にか忍び寄って来やがる・・・」

「山がちの半島の方が、確かに厄介だったな。 平坦な大陸戦じゃ、数km先から丸見えだったからなぁ・・・ おい、水くれ」

「もう無いッスよ。 ションベンパック、持ってないんスか?」

「ねぇよ、さっき飲んだ」

「んじゃ、あげません」

「ケチな野郎だ」

どうやら、大陸派遣軍上がりの古兵らしい2人には、戦闘経験の浅い将兵なら緊張しまくる前哨陣地での監視任務も、『何時もの日常』のひとつらしい。
陣地火力として、L90・35mm連装高射機関砲、M1・40mm“ボフォース”高射機関砲はおろか、車載から降ろしたM2・12.7mm重機関銃まで据え付けられていた。
だがそれだけでは、迫りくる小型種BETAの数の脅威に対して、心もとない歩兵は他にも色々と員数外の装備で固めている。
退役した61式戦車から降ろして倉庫に眠っていた、三脚架を装着したM1919A4・7.62mm重機関銃と、二脚架を装着した同A6・7.62mm軽機関銃。 
『62式言うこと聞かん銃』、『62式単発機関銃』、『キング・オブ・バカ銃』、『無い方がマシンガン』といった蔑称にめげず、最後の花道を飾ろうとする老兵・62式7.62mm機関銃。
流石に現役で、車載銃の主役である96式40mm自動擲弾銃、74式7.62mm機関銃までは、かすめ取ってこれなかった様だが。
それでも『5.56mmはションベン以下! 9mmパラは自決用!』だと、兎に角各部隊が必死になって、重火器で陣地を固めていた。

「・・・お? ありゃ、跳躍ユニットの排気音か?」

「ですね。 音がかなりぶっとい重低音だ。 ありゃ、94式じゃ無いっすか?」

部下の言葉に、ほんの一瞬耳を傍立てる仕草をした下士官が、納得したように口を開いた。

「ああ、ありゃ、94式だ。 大陸で聞き慣れた77式や92式の音じゃねえな」

「んじゃ、そろそろ横合いから殲滅戦ですかね?」

「交替の1600時には、後ろの洞穴(塹壕)で、ポンチョにくるまって眠れそうだぜ? 『ホテル・六郷土手』だな」

「廃墟でも良いから、屋根のある場所を使わせて欲しいですよ」

「そりゃ、住居不法侵入だ。 内務省がカンカンに怒るぞ?」

案外きわどい話題を、サラッと流しながら2人の古兵は、頭上を轟音を立ててNOEで飛び去る戦術機中隊を見上げ、任務が終わりに近づいた事を察した。









1998年12月26日 カリブ海 英領ヴァージン諸島トルトラ島 ロードタウン


島の南部、入りこんだ湾と言うか、入り江の突き当たり。 山から海に迫る小さな土地にこの島の首都であるロードタウンが有る。
平和な時代には、クルーザーやヨットなどの停泊地に使われた、小さいが瀟洒で小奇麗な町。 その光景は今では沖合の軍艦―――英軍艦艇が停泊している様が物語っている。

「・・・昔と違って、随分と保養客は増えたがね、でも殆どが英軍や国連軍の高官連中ばかりさ」

島全体の人口は9000人足らず。 そこに保養客はピーク時には5万人は来る。 明らかに英国系と思われる白人男性が、呆れたように呟く。

「日本の八丈島と同じくらいの大きさか、そこに5万人もねぇ・・・」

その横で、こちらは東洋系―――日本人と思しき民間人(だろう)が、『センス(扇子)』と呼ぶ日本の簡易型扇を取り出し、パタパタしている。
だが、元々高温多湿のこの地方だ、扇いでもねっとりした空気しか来ず、うんざりした表情で舌打ちしている。

余談だが、『扇』は日本で発明された涼風器だ。 奈良時代に作られた『檜扇』を原型とする。 
それが中国へ輸出され『唐扇』となり、大航海時代に中国から欧州へ輸出され『洋扇』となった。


―――閑話休題。

山の中腹に建つ瀟洒な建物から、町と港を見下ろしていた日本人が、白人を振り返って言った。

「どうも最近、気配を感じる。 悪意は感じられない、けれど明らかに付けられている、そんな気がする」

「何時頃から?」

「1週間程だ、クリスマス休暇のシーズンだし、軍の『観光客』も多くなってきたから気がつかなかったかもしれん、或いはもっと前からか」

「調べさせよう」

白人系の男は電話を取って、何箇所かへ指示を出した。 その間、尾行されていると話した日本人は、嫌な感じをぬぐえず窓から身を離す。
彼は政府関係者でも、軍や情報関係者でもなかった、ただの日本の商社員だ―――ただし日本の商社とは、時として政府機関以上に危ない橋を渡るし、謀略じみた企てもする。
今回、この日本人商社員が英領ヴァージン諸島に居るのは、なにも商事業務の買い付けの為ではない。 大体、観光以外に資源など無い場所だ。
ではなぜ、こんな所に居ると言うと・・・ カリブ海諸国全般に言えるが、ここ英領ヴァージン諸島もご多分に漏れず、『タックス・ヘイブン』―――租税回避地だからだ。

米国から密かに日本帝国に『輸出』される兵站物資は、最初は米国からこのカリブ海諸国を『書類上』経由する。
そこから東南アジアの『タックス・ヘイブン』地域であるインドネシア・ジャワ島のコタブミを経由して、そこでラベルを貼り替えて日本へ送られる。
代金決算など、現地で行う必要は無いのだが、一応はエージェントを送り込んでいる。 そしてその『仲買人』をしているのが英国SIS(旧MI6)だった。
この建物も、以前とは比較にならぬ程のハートランドと化した、カリブ海地域での情報活動の拠点の一つとして、SISが確保している『セイフハウス』のひとつだった。

そして、最近の『気配』 もしかするとどこかの国に目を付けられたか? 最も可能性が高いのは、米国だ。 ここの隣には米領ヴァージン諸島が有る。
最近では米国商務省傘下の産業安全保障局が、連邦法執行官である輸出管理官(ECO)を、カリブ海全域をカヴァーする為に増員している。
この英領ヴァージン諸島の隣にある、米領ヴァージン諸島にも常駐管理官を置く様になった。 最も疑わしいのは、それか?

米国に日米安保を破棄され、同時に貿易最恵国指定まで外されるに至り、日本帝国は決して得意とは言えないアンダーでの資源輸入に注力を始めている。
米国の保守・中道派(リアリスト達)に接触しての、抜け道を作っての兵站物資輸入。 アフリカ諸国への、議会に計らず内緒で行っている技術供与の見返りとしての資源輸入。
最近では南米諸国に対し同様の接触を経て、レアメタル、レアアースの確保が重要視されてきている。 
これは国民レベルで反米感情の高いカナダへも同様だ。 ジスプロシウムやテルビウムと言った重希土類は従来、中国南部でしか生産していなかった。
今や生産地域がBETAに飲み込まれた現在、カナダのトアレイク鉱床に日本は期待を寄せている、埋蔵量640万トン以上。
他には南アフリカに埋蔵量300万トン以上のレアアース鉱山が有り、英国も参入しての開発が進んでいる。 豪州のマウントウェルドも有力な鉱床だ。
目下最大の開発が進みつつあるのは、グリーンランドに有る埋蔵量2500万トン以上を誇る重希土類鉱床だ。 EUが全力で開発中だが、ウラン濃度も高く難航している。


「取りあえず、君の身柄の安全確保と、ネズミの調査の手配は打った。 どうすべきかは、双方とも上にご相談、だな?」

「ふん、『本社に確認します』―――ジャパニーズ・ジョークにもならんな。 だがそれしか、今はする事は無いか」

何はともあれ、周りを色々と探られるのは良い気がしない。 ましてや今の仕事は、はっきり言ってしまえばアンダーな限りの仕事だ。
日本人商社員は、暗号化を掛けたメールを使って今は仙台に避難している本社へ連絡を入れた。 当然ながら、用語も語彙もありきたりの商用語にして。
後は上がどう動くかは、自分の与り知らぬ所だ。 多分、もっとアンダーな連中が、アンダーな場所で動いて解決だろう。

もう一度、窓から外の景色を見る事にした。 輝く太陽、ヴィヴィッド・カラーそのものの自然、晴れ渡った蒼空、白壁が鮮やかなコテージ群、蒼い海。
まさにここは『ヘイブン』―――天国に近い場所だった。 見た目も、悪徳の天国と言う意味でも。










1999年1月12日 日本帝国 福島県福島市 第18師団


「駄目だ、駄目だ。 無い袖は振れんよ」

相手の素っ気ない即答に、流石にムッとする。

「しかしだな、ここ1カ月ばかりはどの部隊も、まともな実弾訓練さえ出来ていない。 シュミレーターだけでは、実戦の勘は戻せない。
それにだ、配属されたばかりの新米どもに、実戦に近い環境での訓練をさせる事が出来ない。 いざって時に役に立たなければ、話にならないんだ!」

「何と言おうと、無い袖は振れないんだよ。 いいか、訓練(訓練参謀)? 師団の弾薬備蓄は、まだ定数の65%を少し上回る程度だ。
訓練用の弱装薬弾でさえ、殆ど備蓄されていない状況なんだぞ? どうやって都合を付けろと言うんだ、アンタは!?」

「それを探し出して、引っ張ってくるのが兵站(兵站参謀)、アンタの仕事だろうが! こっちは予定の訓練計画、その半分もまともに組めない状況なんだ!
JAIVSを使用するにしても、最低でも訓練弾は必要だ。 師団にシュミレーターが一体、何基有ると思う!? 配備予定基数のうち、半数以上は国連軍に流れてしまった!
それに推進剤の割り当ても酷い。 これじゃ、戦闘訓練はおろか、慣熟機動訓練さえ制限せざるを得ない有様だぞ!?」

訓練計画全般を管轄する訓練参謀としては、今の制約だらけの現状に文句の一つ、二つは大いに言いたい。 が、それでも兵站参謀は素っ気ない。

「文句が有るなら、本防軍兵站本部か、国防省に捻じ込め! こっちだって余所の部隊との奪い合いに、毎日が戦争なんだよ!」

「こっちは本当の戦争に生き残る術を、毎日叩き込んでやらなきゃ、ならないんだよ! 衛士連中を無駄死にさせるつもりか!? アンタは!」

「なんだと!?」

「やめんか! 2人とも! 長岡、苦労は判るが、本当に訓練制限を掛けねばならん状況だ、察してくれ。 周防、貴様も熱くなるな。 長岡も最大限の努力をしている」

第3部(作戦部)の部内会議、オブザーバー参加の第4部(後方支援部)兵站課の長岡大尉と、第3部訓練課の周防大尉が掴み合うように、遣り合っていた。
原因は燃料(及び推進剤)不足と実弾(訓練弾)不足による訓練計画の未達と、衛士の練度向上の未達。 師団に回ってくる兵站物資は、予定量を下回っている。
見かねた第3部作戦課長の広江中佐が制止するが、周防、長岡両大尉は睨み合ったまま、不服そうに席に座り込んだだけだ。

「しかし、正直参ったな。 このままでは本当に、所定の訓練計画の半分も達せられんぞ。 広江さん、アンタの所が立案したヤツ、あれも出来そうにない」

第3部運用・訓練課長の邑木中佐が、苦虫を潰した表情で呟く。 その言葉に作戦立案を担当する第2部作戦課長の広江中佐も、苦虫を潰した様な表情になる。
燃料、推進剤、弾薬、どれもこれも、一向に備蓄が進まない。 これでは部隊訓練がどんどん遅れてしまう、結果は練度の低下とはいかぬモノの、向上とは言い難い。
現在、佐渡島ハイヴからの飽和BETA群と直接対峙している3方面―――北関東の第2軍団、福島西部の第16軍団、山形の第6軍団―――の支援攻撃が画策中なのだが。
報告される限りの技量では、限定的な支援戦闘しか出来ない。 本格的な大規模阻止戦闘では、損害は増えるばかりの練度だ。

「・・・佐渡島からのBETA群は、一旦新潟から三条辺りに上陸した後、信濃川沿いに南西に移動し、旧長野市に入る。
そこから南、更埴(こうしょく)を南東に上田・佐久まで抜けて、軽井沢から高崎まで突破してくるルートがひとつ。
更埴を穂高に山越えして旧松本市まで進み、諏訪から甲府まで南下して、大月から八王子に突進してくるルート。 この2つが関東軍管区の悩みの種だ・・・」

作戦地図を睨み、広江中佐が唸る。 その2方向からのBETA群侵攻が、西関東の24時間間引き攻撃に与える影響は非常に大きい。
ただでさえ、横浜にハイヴが出来ているのだ。 未だフェイズ2とは言え、24時間体制の間引き攻撃で何とか多摩川の渡河を阻止している状況だ。
そんな最中に、東部や北東部から別のBETA群を迎え撃つのは厳しい。 北関東の第2軍団は『利根川絶対防衛線』から動かせない。
そこで関東軍管区と、北部軍管区が協議して、旧新潟県内での上陸BETA群を可能な限り削る作戦が画策されている訳だ。
福島西部の第16軍団、山形の第6軍団が進出して、BETA群に横から打撃を加え続ける。 もしくは東と北に誘引する。 
東では福島との県境の鳥井峠の前、鹿瀬辺りで誘引殲滅する。 或いは村上辺りに引っ張り上げ、米沢と庄内から包囲殲滅する。
ここで必要になるのは、包囲戦線を形成して攻撃に移った後、こぼれ落ちたBETA群を余さず殲滅する、第2部隊が必要となる事だ。
部隊配置の関係上、その任は福島東部の第13軍団(第14師団、第18師団)しかない。 そこで北部軍管区を上げて、作戦立案を始めたのだが・・・

「しかし、『落ち葉拾い』役に必要とされるのは、中小規模の部隊に分散しての、広域索敵・殲滅戦闘だ。 これは案外難しい。
必要とされるのは、部隊の独立性、各人の咄嗟判断に高い遊撃性・・・ 駄目だな、そんな高度な作戦をやらせたら、迷子になる連中が続出する」

運用・訓練課長の邑木中佐が嘆息する。 部下の報告を見る限りでは、今の師団戦術機甲連隊に、大隊はともかく、中隊単位に分散しての遊撃戦闘は無理だ。
それは同時に、広江中佐が計画している広域探索・攻撃計画を放棄する事になる。 それはすなわち、軍団司令部からのオーダーを叶えられない事になる。

―――それは、流石に拙い。

広江中佐、邑木中佐、共に内心の焦りを隠しきれない。 上級司令部の命令を、『まだ練度が上がらないので、出来ません』とは、軍では決して言えない事だ。

「兎に角、今の現状を打破する以外に、次期大規模作戦を円滑に進める余裕は生じない。 私から3部長(作戦部長)を通じて、4部長(後方支援部長)に打診する。
軍団司令部とも協議が必要だ、邑木さん、部長を襲撃するぞ。 あと、各参謀は現オーダーに沿って、もう一度問題点と対策をブラッシュアップする事。 以上だ」





会議が終わり、各々が部署に戻ろうと会議室を出た時、周防大尉は背後から呼び止められた。 振りかえり相手を見ると、先程やり有った兵站参謀の長岡大尉だった。

「周防さんよ、ちょっと良いか?」

少し気拙い意識も有ったが、さりとて断る理由も無い。 それに多分、仕事絡みだろう、拒否する理由など、全く無いので応じる事にする。

「ん? ああ、少し位なら。 なんだ? 長岡さん」

「ここじゃ、ちょっとアレだ。 ・・・向うの小会議室が空いている、向うで話す」

上官の邑木中佐に断りを入れ、長岡大尉と共に端の使われていない小会議室に入る。 普段から余り整備されていないのか、電灯がふたつ点灯しない、寒々した感じの部屋だ。
ドアを閉め、小さな打ち合わせ机の対面同士で椅子に座る。 ポケットから煙草を取り出した長岡大尉が1本咥えた所に、周防大尉がライターに火を付けて差し出す。
ちょっと意外そうな表情だが、黙って火を貰った長岡大尉が煙草を1本、周防大尉に差し出す。 それを受け取って、黙って火をつける。 2人とも結構なスモーカーだった。
少しの間、黙って紫煙を楽しんでいた2人だが、長岡大尉が最初に口を開いた―――意外に、後腐れの無い口調で。

「なあ、周防さん。 訓練課としては、何基欲しいんだ? シュミレーター」

「・・・最低でもあと16基、欲を言えば30基」

「30基はちょっと無理だな・・・ 16基って、理由は?」

天井を向いて煙を吐き出しながら、長岡大尉が聞いて来る。 周防大尉も椅子の背もたれに身を投げ、力を抜いた姿勢で応じる。

「今現在、師団が保有するシュミレーターは24基、2個中隊分だ。 あと16基、合計で1個大隊分揃えば、訓練計画も立て易い」

「と言うと?」

「1個大隊がJAIVSを使った実機訓練、1個大隊はシュミレーター訓練、残る1個大隊は整備や座学、机上訓練。 無理なくローテーションを組める。
今は順番待ちで、各中隊長同士で取り合いなんだ。 俺の所に捻じ込んで来る奴も多い―――3日に1回は、遣り合っている」

「和泉大尉とか、神楽大尉とか、恵那大尉とか?」

少し可笑しそうに、長岡大尉が心当たりの有りそうな中隊長の名を上げる。 今の3人は、周防大尉の先任か、同期生達だ。 さぞ派手に言い争っている事だろう。

「その3人だけじゃないさ。 有馬大尉や佐野大尉は半期しか違わないから、これも遠慮ない。 美園大尉もな、あれは元々『遠慮』なんて言葉を知らん奴だし・・・」

他に最上大尉、摂津大尉も元部下だけあって、結構遠慮なくモノを言ってくる。 それなりに控えめに、先任者に対する言い方をして来るのは、羽田大尉だけだ。
嘆息する周防大尉の様子を、可笑しそうに見ながら笑っていた長岡大尉が、煙草を灰皿に押し付けて覗き込む様に聞いて来る。

「じゃあ、その16基、分捕りに行く気は有るか?」

「伝手が有るのか?」

「伝手と言うか・・・ メーカーに乗り込む。 今日、仙台の国連軍基地に納品される予定のシュミレーターが、20基有る。 その内16基は、元々ウチが受領する予定だった」

「・・・また、横槍か」

長岡大尉の言葉に、周防大尉が顔を顰める。 帝国軍中には最近、横浜から仙台に移転して来た国連軍基地に対する不満が高まっている。
三沢など他の国連軍基地と比べて、異常なまでに機密レベルが高く設定されているその基地は、同時に対外的に横柄極まるとも、散々言われている。
何しろ帝国軍部隊に配備予定、或いは受領予定の機体や車輌、兵站物資の少なからぬ量を、横から掻っ攫ってゆくのだ―――政府レベルの承認済みだと言って。

「この前も、14師団と18師団が受領予定だったシュミレーターを40基ばかり、横から掻っ攫って行っただろう、あの連中は!?
お陰でこっちは、大幅に定数割れだ。 それに第1期納入分も含めれば、あの基地は優に80基以上は保有している筈だ!
そこに更に20基もだと!? 衛士1人に専用のシュミレーターを1基、宛がうつもりなのか!?」

流石に周防大尉も憤慨する。 通常の戦術機甲連隊だと、保有するシュミレーターの定数は最大でも1個大隊分だ。

「シュミレーターだけじゃない・・・ 先月ロールアウト分の94式『不知火』な、北部軍管区に配備予定だった12機丸々、掻っ攫って行きやがった。
これで連中の『戦術機甲連隊』は、108機が丸々、94式で編成される。 今時の帝国軍部隊で、そんな贅沢な部隊は無いぞ。
第1師団や禁衛師団でさえ、94式と92式弐型の混成だ。 他は89式や77式を使用している部隊が多い」

それだけでは無い。 あの基地では連隊編成を取っていない他の部隊―――大隊編制の、数個部隊―――にしても、89式『陽炎』を使用している。
生産数が限られ、生産ラインも限られている機体をだ。 帝国の生産工場は、わざわざその為にラインを割いて生産・供給していると聞く。
おまけに、訓練用の機体はこれまた生産数の少ない、貴重な第3世代訓練機である97式『吹雪』を、優先配備されている。
帝国軍の中で、『吹雪』配備の訓練部隊など、殆ど無い。 士官学校の衛士訓練課程に少数が配備されているだけだ、各訓練校は未だ77式『撃震』の訓練機仕様を使っている。

「・・・それを、今度はこっちが横から掻っ攫う、か?」

「下手すりゃ、飛ばされて即、最前線だ。 覚悟が有るか?」

「はっ! 最前線? 俺にとっては故郷みたいなものだ、心安まる―――いいぞ、あの連中の鼻をへし折ってやるか」

「よし、なら話は早い。 14師団の大江(大江正孝大尉・14師団兵站参謀)にも声を掛けてある。 向うも訓練の長門大尉が一緒だそうだ、同期だろ?」

「ああ、随分昔から、一緒に馬鹿をやって来た―――いいぜ、長岡さん。 早速行くのか?」

「今からな」






「い、いきなり言われましても! この器材は国連軍に納品する様、変更指示が出たものでして・・・!」

メーカーの工場、その生産管理担当者が困惑した声を上げている。 その目前には、険しい表情の青年将校―――陸軍大尉が4人、彼を囲んでいる。
記章から兵站将校と判る1人の大尉が、今度は笑みを顔に張り付けてその担当者に歩み寄って言った。

「何、問題は無い。 この器材は元々、我が軍団向けに納品予定だった器材だ。 それを横から国連軍共が、難癖を付けて掻っ攫って行こうと言う訳でね。
なあ、君も日本人だろう? 我々、日本帝国陸軍の各部隊は、国連軍の横やりで非常に器材の調達が難しくなっている。 ここはひとつ、同じ日本人として判ってくれないかね?」

「そ、そうは申されましても・・・ 上司の確認と承認を得ませんと、私の判断では・・・ そんな権限は・・・」

そう言った瞬間、今度は別の兵站将校が血相を変えて、胸倉を掴み上げて恫喝する。

「貴様ぁ! それでも日本人か!? 同じく帝国臣民でもある、我が帝国軍が困難な状況下におかれている様を見捨て、みすみす国連の圧力に屈して、唯々諾々と従う気か!?」

「ひっ!?」

「我が軍は、日々前線でBETAの侵攻を食い止める死闘を繰り広げておる! 我が部隊も近々、前線に出る予定だ! 
それが満足に訓練も出来ぬ状況で前線に出てみろ! 一体どうなるか! 貴様、そうなった時には英霊に詫びて、靖国で腹を搔っ捌くのだろうな!?」

「あ・・・ あの・・・」

「はっきり返事をせんかぁ! どうなのだ!? 腹を切るのか!? 切らんのか!?」

「・・・切らんのなら、せめて後ろから撃ち抜いてやっても良いのだがな・・・」

今一人の兵站将校に恫喝され、その迫力に後ずさりするメーカーの担当者に、今度は参謀飾緒をぶら下げた、若い大尉参謀が物騒な事を口にする。
今にも泣き出しそうな表情の担当者に、更に4人目の大尉―――これも参謀飾緒を下げた、大尉参謀だ―――が、笑みを浮かべて言った。

「何、別段難しい事ではないでしょう? 元々、これらの器材は我が部隊へ納品予定だったものだ。 そして出荷変更指示は、本日の1500時に連絡が有った。
しかし、貴方はこれらの器材を1330時、午後の1番の出荷で送り出してしまった。 部隊の受領は1450時。 お判りかな? 出荷伝票は『そうなっている』のだから」

「あ、あの・・・ いえ、出荷伝票は、まだ作成は・・・」

「作成しているんですよ、貴方は。 そして配送所でも、出荷作業は終了していた。 納品書も、受領書も、それぞれ印を押して有る。
貴方はそうした、そして器材は既に我々が受領済み。 ああ、そうだ、ついでに几帳面な貴方は既に売り上げ処理も済ませ、本社へ既に請求処理も済んでいる―――そうですね?」

「ぶ、文書偽造・・・!」

「貴様! どうなのだ!? 出荷したのか!? したのだな!?」

「したのなら、規定通りに仕事を進めればいい・・・ していないのなら、靖国で腹を切るか、頭を撃ち抜かれるか・・・」

脅し役と宥め役、双方から精神的圧力を延々30分ばかり加えられ、脂汗を大量に流したメーカーの担当者が、ようやく折れた。
出荷指示書に納品書と受領書、売上処理に請求処理。 『偽造された正式文書』を作成し、10輌近い大型トレーラーに積み込まれた器材が出荷されたのは、それから1時間後。
それを見送った直後、1台の汎用軍用車が、けたたましいブレーキ音を出して工場前に停車した。 降りて来たのは如何にも官僚然とした、国連軍の大尉だった。

「おい! これはどうした事だ!? 我々の基地に搬入される筈の器材が、全く来ないじゃないか!」

メーカーの担当者に詰め追って詰問するが、その担当者はもう、精根疲れ果てた表情で、離れた場所に居る4人の帝国軍将校達を指さす。
その仕草に察したか、国連軍大尉―――兵站将校だろう―――は、顔を赤く染めて抗議を始めた。

「貴官ら、一体どう言うつもりだ!? あの器材は国連太平洋方面第11軍横浜基地・・・ あ、今は仙台基地だが、我々が受け取る筈の器材だぞ!?
それを横領するのか!? 日本帝国軍は、国連協定に反する気か!? この事は正式に抗議するぞ!?」

騒ぎ立てる国連軍大尉を見ながら、お互い苦笑し合っていた4人の帝国軍大尉のうち、1人が前に出てきた。 参謀将校だ、数枚の書類を手にしている。

「帝国陸軍第18師団の周防大尉だ。 貴官が何を言わんとしているのか、我々には判らない」

「しらばっくれるつもりか!?」

「何を? 我々は職務上、不足しがちな貴重な器材の出荷を、現地まで確認しに来ただけだが?」

「・・・本日、1500時にこの工場には、出荷変更指示が出とる! 我々が受領する様との指示がな! 貴官ら、それを奪い取ったのだぞ! これは国際問題だ!」

―――国際問題ねぇ・・・

見かけも中身も、まるきり日本人で有ろう、その国連軍大尉を見ながら、周防大尉も、他の3人の大尉も苦笑する。
そのうち、もう一人の大尉が更に歩み寄って、如何にも馬鹿にした様な表情で説明を始めた。

「と言うと、何か? 貴官は元々、我が部隊が受領する予定の機材一式、横から掻っ攫おうとしていた訳か?」

「何だと!? 貴官、一体何者だ!?」

「帝国陸軍第14師団、長門大尉。 我々がここで立会検査をしていたのは、本日の1130時から1230時まで。 出荷確認は1330時で、部隊から受領連絡が有ったのは1450時。
どうやら、貴官は仕事が遅い様だな。 貴官の言う『変更指示』が出た時にはもう、我々の部隊に納品された後だった」

一瞬、ポカンとした表情を見せる国連軍大尉に向かって、笑いながら先程の周防大尉が、書類片手に言い加えた。

「そして、納品されて納品書を渡し、受領書を受け取ったとも。 もう既にあれらの器材は、我が部隊の―――帝国陸軍の固定資産だ、日本帝国の国家資産になっている。
如何に国連軍との協定が有ろうと、一度は日本軍の固定資産となった器材を、難癖付けて横から掻っ攫うと言うのは、如何なモノだろうか?」


数分後、『抗議する! この事は正式に書面で抗議するぞ!』と言い残して去って行った国連軍大尉を見送った後、
4人の日本陸軍大尉達はぐったりした表情のメーカー担当者に慰労の言葉を掛け、軍用車両に乗り込んで去って行った。
遠ざかるその車を見送りながら、メーカーの担当者からは疲れた様な独り言が、思わずもれてしまった。

「俺の知った事か、後は本社が何とかしてくれ・・・ 何もかも、BETAが悪いんだ・・・」

自分も日本人だ、心情的には日本軍に味方したい。 でも、自分は一介の会社員でも有る。 軍人が命令に従う様に、社名に反する事は、明日からどうやって食って行けばいいのか。
不意に手に取った書類に気付いた。 そう言えば上司に変更指示確認の連絡は、まだしていなかった。 それに今日は出荷作業が多くて酷く忙しかった―――うん、そうだ。
彼は部署に急ぎ戻り、複数個所の担当者に口裏合わせを頼み、それから上司に報告した―――変更指示の確認と、既に事前通りに出荷済みだったと言う事を。
何しろ、変更指示前に出荷した『証拠書類』があるのだ、自分のミスでは無い。 上司は更にその上に、最終的には随分上の人間が、色々と言い訳するだろう、それで終わりだ。

そう内心で納得させると、通常の業務に戻って行った。









1999年1月25日 2320 インドネシア・ジャカルタ 大東亜連合本部ビル


深夜の街に、大東亜連合本部ビルから出てきた男達が数人。 玄関に停車していた高級社に乗り込むと同時に、車が発車した。

「大使、如何でしたか、首尾の程は?」

助手席に乗り込んだ秘書官が、前を向きながら問い掛ける。 その問いに在ジャカルタ・日本帝国全権大使の前塚一郎は、若々しい顔に疲労を滲ませて言った。

「・・・何とか、派兵協力は取り付けた。 今後は実務者レベルでの調整に任せる事になる」

「それは・・・ おめでとうございます。 これで我が帝国にも、少しは光が見えてきたというものです」

目出度い事かな? いや、目出度い事なのだろう―――前塚大使は内心で反芻した。 横浜ハイヴ攻略計画、その為に大東亜連合へ協力を打診し、派兵の確約を取り付けた。
昨年の末に現地入りして以来、1カ月に及ぶ交渉の末にもぎ取った成果だ。 お陰で随分とこちらもカードを切らざるを得なかった。
経済・技術協力と支援、特に軍事技術に関して。 日本と同じ最前線地域である大東亜連合にとっては、喉から手が出るほど欲しい技術であり、情報だ。
同じく同席していた統一中華戦線代表部、そして亡命韓国政府からの全権大使にも、色々と餌で釣った。 お陰でかなりの戦力、そして兵站物資が集まるだろう。

「・・・オーストラリアとインドが、横槍を入れてきたよ」

「やはり・・・ 地上戦力ですか?」

「インドは大規模派兵を行う余裕は無い、オーストラリアは遠い極東で兵員を死なせる義理も無い、軌道作戦戦力だよ。 
まあ、我が国だけでは不足しがちだからね、大東亜連合の軌道作戦戦力はスワラージ作戦で枯渇したから、出すなら根こそぎ引っ張ってやるさ」

「オーストラリアは宇宙戦力を有しておりません、インドですか?」

「船はインドが、要員はオーストラリアが。 オーストラリアは近年、急速に宇宙戦力の整備を始めている。 要はその予習をしよう、そう言う事だろう」

「・・・腹立たしい気もしますが、確かに出すなら根こそぎ、出させるべきですな。 指揮権の問題で、また揉めそうですが」

「両国ともに、軌道爆撃部隊の指揮権を取ろうと言うつもりらしい。 爆撃部隊と降下部隊の指揮権が別々では、軌道作戦に支障が出そうだ・・・」

やがて車は、ジャカルタ市街中心部に入った。 近年の急激な経済成長で、今や1000万人以上の人口を抱えるジャカルタ都市圏、その中心部。
社会インフラが人口の急増に間に合わず、慢性的な渋滞はもはや日常となっている。 速度を落とした車の車窓から、繁栄を続ける東南アジア最大の都市を眺めた。

眺めながら、大使は別の事を考えていた。 大東亜連合は、何とかなる。 元々軍事同盟も結んでおり、今年に入って広範囲な経済協定も結んだ。
連中にとって我が国は、今や無くてはならない『保険』であり、『宝の箱』だ。 まず協力すると見込んだが、それは正解だった。
統一中華戦線も、そして亡命韓国も同様だ。 日本が落ちない限り、祖国奪還の夢を見続ける事が出来るからだ。 米国の下僕に落ちれば、それは不可能だ。
オーストラリアとインドも、それぞれ事情が有る。 それ故に協力を申し出て来たのだが、些かやり方があざとい。 いずれ相応の見返りを要求した方がよさそうだ。

「・・・問題は、国連か」

大使の呟きに、秘書官が反応した。

「N.Y.での交渉は、難航しているようです。 米国は国連拠出金のカードを切って来ました。 万年金欠の国連は、米国の要求を飲む方向に傾いているとか」

「・・・国民世論も、なにより軍部が納得しないだろうな。 安保破棄は我が国の大多数にとって、晴天の霹靂だったからな。 恨みに思う連中は多い」

「無理な話です、京都に核を使用しろだの、西日本一帯に戦略核を集中使用しろだのと。 ドイツ人の中には、半世紀経っても米国不信の連中が多い。
それに如何に政府間協定での使用だったとはいえ、カナダ国民の半数以上は今や、反米意識が顕著です」

「米国のパワー理論には、相手の心情を推し量る、等と殊勝な心理条件は存在しないよ。 全ては米国の国益に適うかどうかだ、保守も革新も同じさ」

車窓の外で、遅くまで飲み歩いているビジネスマンの姿が見える。 屋台を開いているのは現地の人間か、それとも難民上がりか。
そこにあるのは、紛れもない日常だった。 帝国では失われつつある、人々の日常。 それを取り返す裏で行われる、様々な闇。

「N.Y.は、大変だな・・・」










1999年2月10日 2030 N.Y.ブルックリン区 港湾地区


人影のない港湾倉庫の一角。 そこに数人の人影があった。 手に武装―――自動拳銃を突きつけている男達は、ヒスパニック系か。 4、5人いる。
その視線の先、縛られ、猿轡をかまされて恐怖に滲んだ視線を投げつけているのは、白人系の30代くらいの男性。
傍らにはやはり白人系の同年代の女性と、まだ幼い少女が同様に拘束されていた。 やはり同様に恐怖で顔を強張らせている。

「なあ、ミスター。 俺はアンタに何度も警告した。 アンタの身の安全、そして家族の身の安全、何度も保障すると言った。
しかしアンタは、それを悉く拒否した。 これはその結果だよ、ミスター。 この国じゃ、自分の行動は自分で責任を負う。
アンタは自分の行動で責任を負う義務が有るんだ、判るよな? これは必然なんだ、アンタが負うべき、必然なんだよ」

リーダー格の男―――40代くらいの、恰幅の良いヒスパニック系の男が、以外に理性的な声でそう言う。
縛られた男は激しく身をよじり、何か言おうとするが、猿轡の下では全てくぐもった呻きにしかならない。

「可哀想に、奥さんも死ぬには早い年だよ。 お嬢さんに至っては・・・ まだ6歳かい? 残念だよ、ミスター」

その言葉に、縛られた夫妻の目が恐怖に見開かれる。 この男達は、本当に―――

「最後の祈りは済ませたかい? じゃあ―――主に会ったら伝えておいてくれ、俺は最後まで律儀に警告したとね」

部下に合図し、倉庫を出る。 続いて響く、くぐもった銃声が数発。 後の処分は『業者』に引き継いで、終わりだった。
離れた場所に止めてあった車に移動する。 近くに人影が2人、彼に『仕事』を依頼した人物達だった。

「やあ、ミスター。 仕事は片付いた、報酬は例の口座に入れておいてくれるかな?」

「判った。 それと、くどいようだが・・・」

「他言無用。 俺はアンタの素性を知らないし、知ろうとも思わない。 アンタは俺の仕事の目こぼしをする、ビジネスだろう? お互いに」

「ああ、ビジネスだ」

それだけ言うと、その依頼主は自身の車に乗り込み、走り去って行った。 
そのテールランプを見ながらふと、一緒に居た奴は誰だったのだろう? そうぼんやり考えていた。





それまで無言だった助手席の仕事相手が、静かに口を開いた。

「・・・これで少しは、時間を稼げたのかな?」

「少なくとも、抜け道を作ってお国に兵站物資を渡している証拠は、全て押さえた。 捜査官も今はニューヨーク湾の底だ、ネオコン連中が知る時期は、大幅にずれた」

先程『処分』された親子は、父親が合衆国商務省産業安全保障局の局員だった。 彼は合衆国から不自然な流通に乗って、膨大な軍需物資が外国に流れている事件を調査していた。
真っ先に勘づいたのは、調査対象の当事者である日本の国策企業の現地派遣社員。 そこから複雑な経路を通り、最終指示が出された。
駐米日本大使館の情報工作官―――特別高等公安警察派遣の2等書記官に命令が出され、彼は本国の指示を全うする為に『協力者』へ連絡を入れた。

そして合衆国の裏社会に仕事が『発注』され、いましがたその依頼は完遂されたのだった。

「助かる。 今あのルートが摘発される事は、我が国にとっては非常に問題になるからね」

「僕は報酬が入ればそれで良い。 ウチのボスも黙認している、彼は保守派だからな、ネオコンとは肌が合わない」

連邦捜査局国家保安部―――FBIの中の公安警察、FBI版CIA、その捜査員である『協力者』は、興味無さそうに言った。
そんな協力者の横顔を見ながら、書記官は内心で焦りを感じ始めていた。 どうもこれは、ネオコン連中はあのルートの存在を、薄々感づき始めたのか?
合衆国商務長官は、対外的タカ派と看做されていて、ネオコン勢力とも昵懇であると噂される。 商務省が動き出したと言う事は、ネオコン連中、薄々感づき始めたか?
だとすれば厄介だ、今年の夏に計画されていると言うあの作戦、それに合衆国が横槍を入れる材料にされかねない。

大使館内の武官室―――帝国軍人たちが詰める部署から漏れ聞こえる情報、それと今回の命令を突きつけ合わせれば、そんな気がする。
もっとも彼の様な一介の職員に、上層部の動きなど分かりはしない。 あくまで推測の域を出ない。 だが、最近は情報省の連中も、ちょこまか動いている。

(―――気持ち悪いな、得体が知れない)

そう思うが、取りあえず彼は与えられた任務をこなさねばならない立場であり、それ以上の情報を入手できる立場では無かった。


「今度の週末、ホームパーティを開くんだ。 君も奥さんを連れて来て呉れるかい?」

ハンドルを握りながら、『協力者』が話題を変えてきた。 明るい声、そうでもしないと自らの心の闇に飲まれそうだったからだ。
FBIの給料は、普通の市警の給料より高給だが、それでも分不相応の広い家に住む『協力者』 彼の財力のひとつは、同業者からの『副業収入』だ。

「ああ、良いな。 そう言えば娘さんの誕生日が近かったな、何かプレゼントを持って行くよ」

その言葉に笑う『協力者』の顔は、ごくごく普通のアメリカ市民の顔であり、父親の顔だった。










1999年2月20日 1500 日本帝国 仙台市 国防省軍務局 軍務局長室


「何とか形は整いそうだよ」

軍務局長の声に、部下である軍務課長がホッとした表情を見せる。 国防政策全般を担当する軍務課の責任者として、この数カ月は眠れぬ夜の連続だったのだ。

「国内配備戦力の再編成が完了した。 そこから軍管区防衛戦力を差し引いた12個師団、それにこれも再編成った海軍の連合陸戦2個師団。 都合14個師団を攻勢戦力とする」

「地上戦力はそれが全てでしょうか? 大東亜連合軍は?」

気にかかる事の一つ、ハイヴ攻略の為の地上戦力。 14個師団では試算の上では不足する、他に増援は見込めないのか?
軍務課長の不安顔に、軍務局長が笑って答える。 彼は子供の頃から、好物は最後に食べる癖が有った。

「安心したまえ、連中にとっては大判振る舞いだ」

大東亜連合軍からはインドネシア軍が3個師団、マレーシア軍が1個師団、タイ王国軍と南ベトナム軍が各1個旅団を派兵する。 
最前線国家のマレーシア軍部隊にとっては、貴重な戦略予備部隊だし、大東亜連合の数的主力のインドネシア軍にしても、国内戦略予備を吐き出すと言う。
他に統一中華戦線からは、台湾軍、中国軍共に各1個師団ずつを派兵する。 オセアニアに移転した亡命韓国政府も、大盤振る舞いで2個師団の派兵を決定した。

「これで9個師団相当の戦力だ、地上戦力だけで都合23個師団。 『パレオロゴス作戦』、『双極作戦』に次ぐ大作戦になる。
他に航空宇宙軍軌道降下兵団が4個大隊、これに『国連軍』枠でオーストラリア、インド軍の5個大隊も加わる、合計9個大隊」

「印豪の連中、やっと地上戦力を出しましたか。 あれこれと交渉の結果と聞き及びます」

「・・・向うにも難民崩れの衛士は多いしな、自分の懐が痛まんギリギリの数字だろうな」

「素性は問いません、戦力は戦力です。 しかし9個大隊、これではハイヴ突入部隊としては、些か心もとない気もします」

「軌道降下兵団ではないが、連中の後を追いかける突入部隊は有る。 我が軍では陸軍の独立機動大隊(戦術機甲)が6個と、海軍から戦術機甲戦闘団(大隊)が4個。
大東亜連合の他の国・・・ カンボジア、ラオス、ネパール、ブータン、そう言った連中からの人員で構成した部隊が4個大隊、合計14個大隊。
軌道降下兵団と合わせれば、ハイヴ突入部隊は23個大隊、8個連隊規模だ。 フェイズ2ハイヴに突入さすには、十分との試算が出ておる」

他に『戦線形成任務』部隊が10個師団、各軍管区に最低限度残す必要のある部隊が20個師団。 帝国陸軍は回復した戦力の25%以上を、今回の作戦に投入する予定だった。
海軍は主力の第1艦隊の全力を投入する。 ただし母艦戦術機甲部隊は今回参加しない、いや、出来ない。
京都防衛で被った損害と、連合陸戦師団へ移した要員と、双方の理由から『母艦はあるが、戦術機も衛士も居ない』のが、海軍母艦部隊の状況だ。
今回海軍は他に、強襲上陸専門の海軍海兵隊4個大隊―――保有する全『海神』部隊を投入する。

「海上戦力も増援は有るが・・・ 正直、期待するなと海軍から言ってきておる」

「大東亜連合も、統一中華も、元々大した海軍力は保有しておりませんからな」

韓国、中国、台湾、インドネシア、タイ、そしてインドから水上艦艇が参加するが、全て小型艦だ。 駆逐艦にフリゲート艦、それにミサイルコルベット艦が18隻。
第1艦隊が戦艦を含む大小45隻の陣容を誇るのに比べれば、精々が補助的な運用しか出来そうにない。

「それに第2艦隊(旧第3艦隊)は北方支援、第3艦隊(旧第4艦隊)は東シナ海・・・ 見返りにしては、厳しいですな」

「仕方有るまい、ソ連に大東亜連合、そして統一中華戦線。 連中を引きとめる為だ」

南の台湾海峡、北の間宮海峡(タタール海峡)は共に、常にBETA群の渡海の危険性を有している。 そして統一中華戦線もソ連軍も、お世辞にも海軍力は大したものではない。
今まではアジア・オセアニア地域最大の海軍である日本帝国海軍が、台湾・東南アジア、そして樺太方面の海上支援を担っていた。
日本本土へのBETA侵攻でパニックを起こしたのは、なにも当の日本だけでは無かった。 日本の海軍力を当てにしていた近隣諸国、特に台湾と樺太でパニックが広がっていた。

数か月に及ぶ交渉の結果、統一中華戦線からは2個師団の追加派兵と、大量の兵站物資の無償供出を。 
ソ連からはアラスカ租借時に権利を譲り受けた、北極海に面したプルドー・ベイ油田から産出される原油の、大量供給を(格安で)確約させた。
その引き換えに、第2艦隊は北方に張り付け、第3艦隊は東シナ海から南に張り付けとなっている。 今回の反攻作戦には参加できない。


暫くは反攻作戦の内容について話し合っていた両者だが、軍務課長が不意に思いだして有る報告を軍務局長にした。

「開発本部からの報告です、例の『壱型丙』ですが、当初予定の100機を変更して、160機の生産計画に変更したと。
首都防衛第1連隊に1個大隊、教導団に1個大隊を配備します。 残る80機は半数を関東軍管区に、半数を北部軍管区に送ります」

「関東は第1師団と第3師団か? 禁衛師団は定数充足させていたな。 北部は・・・13軍団か? 14師団と18師団へか?」

「はい。 この間も安達閣下(安達二十蔵中将、第13軍団司令官)から文句を言われていましたので。
精鋭だのなんだのと、持ち上げる割に器材の割り当てが酷いと。 2個師団定数、240機のうちの40機ですが、一応は『最新鋭』です」

「・・・色々と、問題のある気体なのだろう?」

「1個師団あたり20機です。 ベテラン連中を乗せれば、問題は無いと報告が有ります。 後は92式弐型の生産体制が整い始めましたので、幾分か割り振れます」

94式の生産分は、もっぱら関東軍管区各師団へ優先配備される。 残る機体は77式が大半で、一部は89式が配備されていた。
92式系列は北部軍管区が優先される予定だったが、海外に移転した生産工場の立ち上げが手間取り、ようやく軌道に乗った所だ。

「判った。 開発本部へは、了解したと伝えてくれたまえ」

「了解です」

本作戦発動まで、6カ月を切った。 それまでに作戦立案、動員、兵站物資備蓄、訓練、各国軍との調整、やるべき事は山ほどある。
正直6カ月弱で間に合うかどうか、疑わしい気もするが。 しかしそれ以上は帝国が保たないだろう。 現有戦力での防衛、その限界を逆算しての日程決定だった。

「・・・それまで、佐渡島と横浜のBETA共が大人しく、してくれる事を祈るしかないか」

軍務局長のセリフは他力本願の極致ではあったが、しかしそれは日本帝国の置かれている現状の要約でも有った。





『帝国軍大防令第十八号
 『明星作戦』予備令発動について
1.全部隊、全機関に達する。
1.帝国軍は本2月21日を以って作戦『明星』準備令を発動、作戦目的を完遂すべく準備を整えるべし。
1.なお、準備令終了後は本作戦戦闘序列に、可及的速やかに加わるべし。
1.総員、一層奮励努力せよ。
1.帝国は勝利を期待する。

発令者:帝国軍統帥権代理・政威大将軍・煌武院悠陽
発令代行者:帝国軍統帥幕僚本部総長・海軍大将・堀禎二』



前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.033912181854248