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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/24 23:16
1998年11月25日 宮城県仙台市 霞目駐屯地 第18師団第181戦術機甲連隊第3大隊


「・・・」

手にした1枚の紙切れ―――って、そんな粗略なものじゃないけれど。 何せこの紙切れ1枚で、天国にも地獄にも、行く先が変わってしまうから。
その名を、『辞令』と言う。 私達軍人にとっては、それはまさに命を左右する程に重要、且つ重大な関心事でも有るのよ。

「・・・」

何度読み返しても、辞令の文面は変わらなかった―――って、当たり前なんだけどね、普通は変わりませんよ、まったく。

「・・・信じらんない・・・」

ようやく出た声が、それ!? 自分で自分に呆れてしまう。 アタシは一体、何を考えてんのよ!?
でも仕方ないじゃない、正直言って辞令の文面が意味する事が、信じられなかったのだもん。 それは次の私の配置を知らせる命令だった。

『帝国陸軍大尉 伊達愛姫 第18師団第181戦術機甲連隊 第3大隊第2中隊長の任を解く』

まずこの一文。 これで私は今まで指揮して来た中隊を、取り上げられる事となった。 別に不思議じゃないけどね、今の中隊を指揮してかれこれ2年は過ぎたし。
そろそろ転属の時期じゃないかなぁー、とは思っていたんだ。 普通は1年から1年半でローテーションさせて行くしね、階級が上がれば上がる程。 で、次の文面。

『帝国陸軍大尉 伊達愛姫 第14師団司令部副官部付を命ずる』

(・・・副官部!? わ、私に、副官をやれって言うの!? 帝国陸軍は!?)

正直、腰を抜かしかけましたともさ。 何せ訓練校卒業以来、ずっと部隊指揮ばかりをしてきたのだもの。 自他共に前線の野戦指揮官よ、これでもね。
そんな私に、師団司令部の副官・・・ 何を考えてるのよ、軍中央の人事担当者は!? 副官なんて、普通は陸士(陸軍士官学校)出身の、将来性ある若手将校の仕事でしょう!?
今まで訓練校出身の、ノンキャリア将校が師団副官部に配属になったなんて、私は聞いた事無いぞ? 庶務を担当する副官部付の中少尉ならともかく・・・
大尉で副官部と言うなら、まず間違いなくそんな庶務的な仕事じゃない。 普通は少佐1名に大尉が1名だ。 そして少佐は師団長副官をする。
じゃ、私の場合は・・・? 大尉の副官は、『副師団長副官』だ。 副師団長たる、准将閣下の副官をしろと言っているのだ。

「中隊長、午後の訓練計画、出来上がりました」

中隊事務室で独り悶々としていたら、部下の小隊長の一人が訓練計画表を持って入って来た。 手渡されたその内容を確認し、可否を判断してハンコを押す。
私が計画表の内容を確認している間、部下は何やら興味深そうに私の執務机の上を見ていた―――あ、辞令、そのままだったわ。

「・・・司令部の副官部。 中隊長がですか? ・・・えらい度胸有るな、上層部も」

「・・・なんか言った!?」

「いいえ?」

わざと聞こえるように口に出して、それでいてシレっととぼけやがった。 ああ、腹の立つ。 こいつってば、段々と兄貴分に似て来たんじゃない!?

「ふう・・・ そ、転属よ、私は。 中隊も再編がなかなか進まないし。 第一、聞いた話じゃ14師団と18師団を混ぜこぜにするらしいしね。
直秋、アンタも転属は覚悟しておきなさいよ? まあ、14か18、どっちかの師団の戦術機甲連隊になるとは思うけれど」

「ああ、そいつは・・・ 前に一度、転属は経験してますからね、別に抵抗感は無いですが。 それより希望は通るんですかね?」

「さあ? 上か、上の上か、その辺りが決めると思うけれど? 推薦は私ら中隊長の意見を、ある程度聞いてくれるとは思うわね」

「あ~、だったら源大尉か、三瀬大尉辺りの中隊がいいな」

「なんで?」

「なんでって・・・ そりゃ、ごくごく常識的に、戦場以外じゃ平穏に勤務できそうだからですよ。 他の中隊長の下じゃ、結構波乱万丈っぽくありません?」

「・・・それは、私へのあてつけか?」

「自覚ないんすか?」

このヤロッ! 憎たらしい口を、一丁前に叩いて! 以前こいつを引き取った時は、まだまだ新米の少尉だったってのに。
同期の友人から頼まれて、こいつを私の中隊で預かって。 今まで散々面倒見て、育ててやったって言うのに!

「いやいや、それは感謝してますって。 中隊長の下で、色々と経験させて貰って、今まで生き残ってこれたんだし、うん。
でも人間、いつもいつも、波乱万丈じゃ身が保たないと言うか、平穏を求めると言うか。 判るでしょ?」

「それって、私がさぞトラブルメーカーだったと、暗に言っているの? 言っているんでしょ? 直秋!?」

目前の部下、周防直秋中尉(98年10月1日進級)が首をすくめてニヤニヤ笑ってる! 憎たらしい!
こいつを直衛の依頼で中隊に引き取った時は、まだまだ純真な?新米少尉だったのにな。 私が叱ったり、注意したりした事もあったけども。
それを真面目に言う事を聞いて、理解して、実践しようって態度は好ましかったけれど。 それがいつの間にか古参の少尉になって、そして中尉になって。
まるで手のかかる弟を育て上げた気分だったけど、それでも一端に生き残って、今では小隊長をするまでになった。 それは嬉しいんだけど・・・

「いや、『トラブルメーカー』だなんて、そんな。 訓練で斯衛と意地の張り合いをするとか。 14師団の某中隊長に素直じゃ無い態度取って、部下が裏でフォローするとか。
某作戦課長の夫婦問題に首突っ込みそうになって、慌てて押し止めるとか。 暴食が過ぎて俸給前に、真っ青な顔で通帳見ている隊長に気を使って、主計に捻じ込んで安い宴会で凌ぐとか。
いやいや、そんな苦労はこれっぽっちも感じちゃいませんから、うん。 命あっての苦労だし、生き残りの術を教えてくれたのは中隊長だし、うん」

「・・・やっぱりアンタ、従兄より性格悪いわよ」

「いやいや、『あれ』より達観した大人ですよ、俺は」

・・・ひ、否定はしないけど! 否定は出来ないけど! でもやっぱり―――やっぱり、性格悪いよ、コイツは!










1998年12月5日 0730 宮城県多賀城市 多賀城駐屯地 第14師団司令部


副官部の朝は結構速い、少なくとも他の幕僚より30分から1時間は前に登庁する。 他の部課と異なり、普通朝礼なんかはしないけれど、副官付との打ち合わせは必須。
師団長、副師団長のスケジュールの確認。 移動手段の確保と、その再確認。 訪問先への連絡、視察先部隊への通達。 上級司令部よりの命令受領、指揮下部隊への指示伝達。
やっている事は民間企業の秘書と、余り変わらないかもしれない。 違うとすれば企画立案にも携わると言う事と、サポートする対象へのアプローチの違いかな?
民間の秘書は、役職者『個人』をサポートする色が濃いのだけれど。 それに対して軍の副官は、『役職』の業務をサポートする。 『個人』のサポートの色が薄い事かな?

「それでは、本日のスケジュールと手筈は以上で良いな? 伊達大尉、他に有るか?」

主席副官―――師団長副官の信賀隆文少佐が聞いて来る。 陸士を優秀な成績で卒業した、恩賜の銀時計組(卒業成績、上位1割以内!)
機動歩兵科で大陸派遣での実戦経験も有り、次の『配置』は指揮幕僚課程(陸大!)だろうと言われるエリート将校。
でもそんなエリート臭は無く、けっこう気さくな人柄で、見た目は涼やかな感じの男前―――う~ん、早まったかしら、私?

「明後日の師団長のご予定、市庁舎訪問についてですが。 先方へは饗応(接待)不要の確認を、再度。 先だっても他の部隊で問題になりかけましたし」

「そうだな、このご時世だ。 先方の好意とは言え、難民でごった返すこの地方で軍の高官が饗応を受けていたなどと、新聞にでもすっぱ抜かれてはな。
判った。 遠藤中尉、多賀城市役所に再度、念押しの確認を。 他は? 副師団長は大和(大和駐屯地:宮城県黒川郡)の6機甲大隊視察だったな?」

「向うの本管(本部管理中隊)には、副師団長のバイオグラフィー(経歴)と趣向(飲物の好みや喫煙の有無など)について、連絡を入れております。
ですが、念には念を。 大野少尉、大和に再度確認を入れなさい。 向うの指揮官が恥をかかない様にする為よ」

「はい、判りました、伊達大尉」

「了解です」

副官付きの遠藤通輝中尉、大野美春少尉が、それぞれチェックボードに指示を書き込んでいる。 遠藤中尉は主計下士官上がりのベテラン、この辺は任せて心配無い。
大野少尉は高等女学校を卒業後、仙台陸軍予備士官学校を卒業した予備少尉だ。 まだまだ女学生風が抜けない娘だけど、経理などの事務処理は私以上にこなす。
普段は遠藤中尉が、信賀少佐付き。 大野少尉は私の補佐。 厳密にじゃないけれど、大隊そんな感じで分担している。

「よし。 ではそろそろ時間だな、私は師団長を迎えに行く。 伊達大尉、副師団長を」

「了解です」

師団長、副師団長となれば大抵は専属の下士官運転手が、官舎に迎えに行く。 副官はそれに同乗して上官を迎えに行くのだ。 車中で簡単なブリーフィングをする事も有る。
副官室を出て、本部管理棟の玄関へと向かう。 そろそろ他の部課の幕僚たちが出勤し始めていた、上級者に対して敬礼を行いながら玄関へ。
もう送迎の車は2台とも、運転手がスタンバイしていた。 この辺はちゃんと心得たベテラン下士官だ。
車に乗り込む直前、見知った顔が登庁して来た。 我が第14師団の運用・訓練計画参謀。 同期生で戦友、そして実は今朝、私はこの男のベッドから出勤した。

「おう、運用参謀、長門大尉。 オハヤス(おはようございます、の軍隊略語)」

信賀少佐の声がした。 

「おはようございます、信賀少佐。 ・・・オハヤス、伊達大尉」

「・・・おはよう、長門大尉」

見れば口元に微かにパンくずが付いている。 ・・・こいつってば、私が朝食作っておいたのに、あれから30分は二度寝してた訳ね? ふうん、良いご身分ね。
シレっとした顔で挨拶して、さっさと本部棟の中に入ってゆくその後ろ姿を見て、本当に思った―――私、本当に早まったかも? 私が作ったのは、和食だったのだから。










1998年12月12日 1530 宮城県 仙台市北部難民キャンプ群


酷い―――大陸でも散々見て来たけれど、祖国でこの風景を見る事になるとは。 前を歩く副師団長も、案内役の第405連隊(仙台)の少佐も、全く無言だった。
高森山を南端に、かつては『県民の森』が有ったちょっとした緑の多い場所。 今は木々が伐採され、代わりに粗末なプレハブ小屋が立錐する難民キャンプ群になった。
今日、私は上官のお供で、難民キャンプの『実情視察』に赴いている。 基本は政府(内務省)の管轄だけれど、それだけでは追いつかない。
キャンプとその周辺の治安維持は仙台師管区の任務の一つで、今は14師団と18師団が仙台市を境に南北を分担している。 14師団は北の担当だった。
そして副師団長は『基地・駐屯地司令官』を兼務する。 駐屯地内の軍政全般と、師管区北部管区の軍政は、副師団長の管轄事項だ(南部管区は18師団副師団長管轄)

キャンプの内情は、酷かった。 一応は雨風をしのぐ屋根は有るけれど、暖房は全く不十分。 難民達は何処からか手に入れた毛布を幾重にも被って、寒気を凌いでいる。
それ以上に心配なのが、衛生状態か。 キャンプのプレハブ小屋には、上下水道が全くない。 昔の公園の名残の公衆トイレが数か所あるだけ。
1日1回、給水車が回っているけれど、それも1家族4人計算で1日10L(リットル)だけ。 これはBETA本土来襲前の生活レベルの、100分の1に過ぎない。
トイレは穴を掘って、その上に掘立小屋を作っただけ。 週に1回、市の衛生局が回収に回っているけれど、十分とは言えない状況だ。

「・・・食糧事情は、どうなのかね?」

副師団長が、沈痛な声で確認していた。 それに応える405連隊の少佐の声も沈んでいる。

「はっ、一応は仙台に移転した食品加工会社、数社からこちらにある工場の完成品の一部を、無償で提供して貰っております。
しかし全て合成食材で、インスタント食品です。 栄養も偏りがちになります。 実際の所、高齢者や幼児を中心に、体調を崩す者が続出している有様で・・・」

「それに、衛生状態も悪い様だ。 伝染病は?」

「深刻です。 県や市の衛生局では手が足りず、師管区の防疫給水部も協力して事に当っておりますが、何分と難民キャンプはここだけではありませんので・・・」

難民キャンプはここ以外にも、仙台都市圏―――仙台市、多賀城市、塩竈市、名取市、岩沼市、宮城郡、黒川郡、亘理群だけで13キャンプ群の65箇所で約178万人。
宮城県全域で約395万人の難民が、劣悪な環境下での避難生活を余儀なくされていた。 東北6県―――宮城、青森、秋田、岩手、山形、福島で合計1600万人以上だ。
他には北海道に約1050万人、南樺太に約90万人。 択捉、国後、色丹、歯舞の千島列島諸島に4万人以上。 総数で2750万人を超す国内難民が居る。

かつて日本帝国の人口は、約1億2000万人を数えた。 しかしBETAの本土侵攻以降、国内の推定死者総数は約4390万人。
本土侵攻以前に海外へ避難した『指定避難者』の総数は、約1940万人。 その内各種産業・研究に携わる『政府指定避難者』の総数は約675万人。 
不法海外避難者数(海外難民化総数)は、1260万人を超す。 大半がフィリピンとインドネシアに、2割程がオーストラリア、ニュージーランドなどで難民と化している。

残った国内人口は、約5830万人。 その内の約半数近くが、難民と化していた。

近畿や東海、そして関東。 残った貴重な工業地帯を維持する為に必要な最低人口を残し、根こそぎ避難させていた。 受け入れ先は悲鳴を上げ続けている。
軍部・国防省が主導して新たに形成されつつある、新工業地帯。 それに従来は4大工業地帯の次、2番手グループだった工業地帯が、難民の受け皿にはなっている。
松島、大湊、石狩、北海道(石狩除く)、常盤、鹿島臨海の各工業地帯は、日々膨張を続けている。 これに生き残った阪神、中京、東海、京浜工業地帯(の、ごく一部)。
避難者が多く発生し、しかも最前線からの距離が比較的近い為に、生産量がかなり激減した関東内陸、京葉工業地帯。
日本海側も男鹿半島から津軽半島にかけて、新たな工場群が建設されつつある。 それでもBETA侵攻前の工業生産力の、50%前後を維持するのがやっとだ。


歩いている内に、違和感を感じる。 いえ、違和感じゃない、明らかに敵意に近い―――一人の難民と、目が有った。 まだ10代前半の少年と、5、6歳の女の子だった。
プレハブ小屋の前にトタンの屋根を付けて、毛布を幾重にも被って凍えている。 女の子(多分、少年の妹だろう)は疲労の為か、ぐったりしていた。 多分、孤児達だろう。
そして敵意はその兄―――少年が、私を睨みつけていたのだ。 彼にとって、自分の与り知らぬ事情故の、この惨状と困苦。 
飢えと寒さへの恐怖、親を失った悲哀と庇護を受けられない絶望、何をどうする事も出来ない苛立ちと、幼い妹を守らねばならぬ兄の責任感。
何処にぶつければいいのか判らない、その諸々の負の感情。 周りの大人たちの無気力感と貧困、多分彼らには辛く当たる大人も居るのか。
その捌け口を、私に見出したと言う訳か―――いや、私の着る『軍服』にだ。 少年は理解していないかもしれないが、それは国民を守れなかった軍に対する反感か。

「・・・少佐、随分と幼い孤児たちが多いようです。 彼らへの対応は?」

後ろめたさだけでは無い、そう思いたい―――自分にそう言い聞かせて、406連隊の少佐に聞いてみた。 副師団長も私の視線の先を追って、沈痛な表情を険しくしている。

「今、内務省と国防省が協議の上で、国営の孤児院を大増設する計画は有るが・・・ それも春先の話だ。 いま直ぐには無理だ。
当面は地域のコミュニティー、県営や市営の孤児院、少数ある軍の遺族孤児院で引き取る位しかないな。 予算も果たして確保出来るのか、どうか・・・」

相変わらず私を見据える少年の視線が痛い。 なぜなら彼の境遇、その原因のほんの一端かも知れないが、それは間違いなく私の背負う事でも有るから。
彼の視線が痛い、そう感じるのは私個人『伊達愛姫』としてではなく、帝国陸軍軍人である伊達愛姫『大尉』としての部分が、そう感じているからだろうか。
406連隊の少佐が、傍らの部下に命じて難民キャンプを管理する軍の管理本部へと走らせた。 まだ残っている親を亡くした難民の子供達を、軍の孤児施設に収容させる為に。

(・・・偽善だ、偽善だ、偽善だ、これは・・・ッ!)

内心、激しく動揺してしまう。 

「・・・銃後の国民を守れず、孤児を守る振りをしてその実、将来の兵役に直結させる、か。 これを偽善と言わずして、何と言うのか・・・」

副師団長の言葉は、私が内心で激しく動揺していた事と同じだった。

「だが、やらねばなるまいよ。 誰かが偽善を為さねば、最早この国は生き抜く事も出来ん」

「閣下・・・」

「副官、伊達大尉、我々は行わねばならんのだよ。 そして我々にも救いは有る、そう思うぞ」

「救い、でしょうか・・・?」

「そうだ、救いだ。 我々は『偽善』を為す。 それを自覚している、自己の善性に疑いを持てるのだ。
それは自己への思索に裏打ちされ、自己の行為の及ぼす影響に留意して為す行為だ。 それは単なる主観的な善悪を超越したものになり得る、私はそう考える」

詰まる所、私達は忘れてはならない、そう言う事なのだ。


「閣下、ここで予定の視察箇所は終了です。 これより師管区司令部に、お戻りになりますか?」

「うん、副官?」

上官の問いかけに、頭の中をフル回転させる。 ええと、現在時刻にこの後のスケジュール、要する移動時間は・・・

「司令部までお戻りになられ、そこから次の訪問先へ。 送迎の車は既にご用意しております、閣下」

「判った、では司令部へ戻ろう。 少佐、キャンプの実情は把握した。 師管区としては、国防省へ早速改善要求を出す」

「はっ!」

第406連隊は、郷土部隊であると同時に地域の治安維持部隊でも有る。 彼らにしてみれば、故郷に溢れかえる避難民に何とかしてやりたい、そう願うのは人情だろう。
同時に仙台市北部難民キャンプ群を含め、複数の難民キャンプ群の管理を行っている406連隊としては、日々の困難と歯痒さを少しでも上層部に判って欲しい、そう願っている。

司令部への帰途、もう一度あの少年と出会った。 彼の視線は、変わらず私には痛かった。









1999年1月15日 2210 福島県福島市 第13軍団官舎群 士官官舎


『・・・だからね、今は断ろうと思っているの』

電話機の向こうから聞こえる声に、正直私はちょっとばかり苛ついていた。 相手と会わないと言うのではないわよ? 電話の相手は祥子さんなのだし。

だけど今はちょっと・・・ね。 

「でも、そんな事言っていたらさ、誰もがいつまでも自粛、自粛になっちゃいません? 今のご時世、戦死者は良くある話だし。
私の同期生でも、お兄さんが戦死したから家を継ぐ為にって、弟が1カ月もしない内に結婚して家を継いだって、良くある話ですよ?」

『家』を継ぐ―――日本では、いえ、東アジアでは良く聞く話ね。 先祖代々の家系を失わない為に。 これって確か、先祖の祭祀を絶やさない為、だったかしら?
あ、でも圭介が言っていたっけ。 日本だけは娘が家を継ぐ、つまり婿養子や、親族から養子を貰って家を継ぐってのが有るのは。
中国や韓国みたいに、儒教道徳の権化のような国じゃ、直系の男子だけが家を継げる資格が有るとか無いとか。 ま、いいや。 そんな事より・・・

「今回ばかりは、私は賛成できないなぁ・・・ 確かにさ、祥子さんも言っているように、あいつはお兄さんが横浜で戦死したし、従弟達も佐渡島で戦死したよ?
だけどさ、今はたまたま参謀職に就いているけどさ、あいつだって本来は前線の部隊指揮官が本職だし。 そうなったら本当に、戦死しないなんて保証は無いよ」

だから、あのトウヘンボクがやっと言い出した今回の事、やっぱり受け入れた方が良いと思うんだよね、ワタシ的には。
勿論、『籍だけ』だなんて言わせないよ? どうせだったら式もちゃんと挙げないと。 こんなご時世だからこそ、だよ。

『それは・・・ そうなのだけれど・・・ でもやっぱり、ね・・・?』

ああ、もう! じれったいなぁ!

「とにかくさ! おめでたいお話なんだから! OKしちゃいなよ? 祥子さんだって、ずっと待ってたんでしょ!?
それこそ19の年から今まで6年も! その間に私が何度、『家から見合いの話が来て困る』って話、聞かされたと思う!?」

『そっ、それは・・・! そうなんだけど・・・』

くわあぁぁぁ! じれったい! あの朴念仁のトウヘンボクもさることながら、この人も本当にじれったいったら! 
それこそ有無を言わさず、押しかけ女房にでもなりゃ良いのに! 変な所で古風過ぎるのよ、この人は!

「と・に・か・く! OKしちゃいなよ! 6年越しのゴールインなんだからさ? この機会を逸したら、それこそ三十路なんてあっという間よ!?」

『ちょ、ちょっと、愛姫ちゃん!? 失礼なこと言わないで! まだまだ先よ!?』

「あー、あー、聞かないー、聞こえないー! じゃ、そう言う事で、OKしちゃいなさいね? 良いですね!?」

そう言って受話器を置く―――ちょっと勢い良過ぎて、叩きつけるようになっちゃったよ。 最後の方、電話口の向こうで何か喚いていたけど気にしない、うん。
はあ、何だか力が抜けた感じ。 本当なら嬉しいんだけどなぁ、結構仲の良い年上の友人と、これも仲の良い同期生が結婚する。
2人とも私が新任少尉の頃からの付き合いだし、良く知っている2人だし。 男の方が昔バカやって、欧州に飛ばされた時の事も知っているし。
その間、相手の女性がどんな思いで待ち続け、戦い続けてきたのかも良く知っているし。 本当なら、もう諸手を上げて祝福したい所なんだけどね・・・

「目出度い話の割には、随分と凹んでいるじゃないか?」

後ろから声を掛けられた。 って言うか、私のベッドに腰掛けて本を読んでいる圭介が話しかけてきた。

「べっ、別に! 凹んでなんかいやしないわよ! おめでたい話なんだし・・・」

「じゃ、どうしてそこで、語尾が尻すぼみになるんだ? 何時ものお前なら鬱陶しい程、上機嫌で喋りまくるってのに」

む? 鬱陶しいって、どう言う事よ?―――って、普通ならここで言い合いの一つも出るんだけれど、今は何だかそんな気になれない。
そんな私を見てた圭介が、少しだけ苦笑して『こっちに来い』って手招きしてる。 だもんで、傍によって、横に座った。

「・・・今日はえらく素直だな?」

「・・・悪い?」

「いいや? 嬉しいけどね。 つまりなんだ、お前は実は先月の事を今も引きずっている、そう言う事なんだな、これが」

「勝手に私のセラピー、しないで頂戴」

先月の事―――副師団長のお供で難民キャンプを視察した時の事。 確かにあれはまだ心の中にしこりとして残っている、それは認めるわ。
でも多分、それだけじゃない。 駐屯地基地司令を兼務する副師団長は、特に地域とのゴタゴタが有った場合、その対処責任者となる。
今までも難民と基地要員とのトラブルがあったり、地元住民と難民とのトラブル、それに師団要員と地元自治体とのトラブル。 色々と有った。
中には一向に改善されない劣悪な状況に不満が爆発した難民が、人数を集めて抗議の集会を開いて、無届デモをやらかそうとして、それを軍が抑え込んだり。
難民同士の間でも、格差が生じている。 日本人の国内難民と、東アジア―――中国や韓国から流れてきた、海外難民とでは、これまた生活面で格差が付いている。
お陰で難民キャンプ同士のいざこざも、日頃からた言えないのが頭の痛い所。 そう言った行政トラブルを、行政と一緒になって対処する軍側の責任者が、副師団長。

「・・・確かにさ、少し凹んでいるかも。 だってさ、しょうがないじゃん、こう言うのって」

そんなトラブル処理ばかりしている将官なんて、それこそ軍服のシミを付けまくっている様なもの。 軍歴にだって影響するわ。
だからか、副師団長ポストは別名、『お疲れ様ポスト』とも言われる。 旅団長から師団長への出世レースに取りこぼされて、万年旅団長の准将が定年間際に任されるポストだ。
師団長は大抵が、副師団長より陸士の後輩と言うケースが殆ど。 将来のある優秀な師団長―――次の軍団長や、軍司令官候補に、世俗の泥を啜らせる訳にはいかないと言う事。
だから副師団長が、そう言う面倒な雑事を一切ひっかぶる。 実際の所、軍事行動面では作戦は参謀長が、部隊指揮は各連隊長が行うし。
師団長も師団の方針―――攻撃か、後退か。 前進か、転進か―――と、各連隊への指示位なら、別に副師団長に任せなくとも十分だし。
副師団長も、実際は前線に出る事はほぼ無い。 普通は出撃した後の留守部隊を纏めて、補充の供給に専念するからだ。
そして定年退官5秒前に念願の少将昇進、即日予備役編入。 そして即予備役招集で、どこかの辺鄙な基地司令官か、補給処の駐屯地司令官と言う場合が殆ど。

で、そんなこんなで、今の帝国内の実情をこれでもかって言うほど見せつけられて、確かに私は凹んでいます。 ええ、そうよ、凹んでいるわよ。
自分がしている事への影響、それは全くの善性からじゃ無い事も、良く判っているわ。 例えば孤児院に引き取られた子供達。
彼等の将来は、軍人か軍属以外に選択肢は無い。 軍は衣食住を与え、保護する事で彼等の将来を買い取っているのだから。
これってある意味、古い古い時代の奴隷制度みたいなものじゃない? そしてその片棒の一端を、私は担いでいる。

「つまりな、お前が綾森さんに腹を立てているのは、そこが原因なんだよな」

「別に、腹なんか立てていないわよ・・・」

「いいや、立てているね。 つまりお前は、自分の偽善を自覚した。 でもそれは望んで行っている事じゃない、だから余計に苦しい。
で、綾森さんに対して『何を言っている! 自分がこんなに悩んでいるのに!』って。 そう無意識に八つ当たりしたいんだよな、これが」

「お・・・ 怒るわよ、圭介!」

な、何て事を言うのよ!? よりによって、私が八つ当たりですってぇ!?
余りの怒りに、声が出ない。 息が荒くて、息苦しい。 振り上げた手が、いつの間にか震えてる。
そんな私をじっと見ていた圭介が、急に私の手を握るや、力一杯抱き寄せた。 抵抗しようとしたのもつかの間、思いっきり力強く抱きしめられて身動きできない。

「おい、愛姫。 偽善って言うならな、俺はお前の何万倍も偽善者だぞ?」

「・・・圭介?」

「お前は、何百、何千の難民を撃ち殺した事は有るか? それ以外の何万の難民を守る為、って言うお題目をこじつけて。
BETAを殲滅する為に、難民キャンプの守備をわざと手薄にして、彼らを恐怖のどん底に落とした事は有るか?
故郷に留まりたいって言う人々を、保護の名の元にあれこれ理由をこじつけて、難民キャンプへ放り込んだ事は有るか?
薄汚れたスラムの不法難民街で、奴隷労働に等しい事が為されている事を承知で、それでも戦力維持の為だって、無理やり内心に飲み込んだ事は有るか?」

「け、圭介・・・」

「・・・俺は、有る。 俺と直衛は、有る。 それをやった、それの全てを経験した。 久賀もその半分はやった」

・・・そうだった。 圭介は、圭介と直衛、それに久賀の3人は、その為に国連軍へ飛ばされたんだっけ。
多分、向うの戦場でも色んな事が有ったのでしょうね。 私も色々と経験はしたけれど、難民を撃ち殺す経験はした事が無いわ。

「それでも俺は、俺の偽善を許容するぞ。 こんな世界だ、誰かがそんな偽善をやらなきゃ、その役を演じなきゃならない、そう言い聞かせてな。
世の中、偽善だらけさ。 善性だけの行為なんて、今の世に存在するものか。 そんな余裕は、人類には無いんだから」

「そう・・・かな? じゃ、私が圭介を好きなのも、圭介が私を好いてくれているのも、偽善・・・?」

「馬鹿・・・ 一緒くたにするな。 俺が言っているのは、集団としての行為だ。 集団としての意思の事だ。 
個人で偽善を為す奴は居るさ、主に利益が絡むと特にな。 でもそれと、人が人を求める欲求は、別だろう?
俺は別に、お前の実家が地主だからって好きになった訳じゃねぇ、大体が好きになったのはずっと昔だ、お前の実家の事なんか知らなかった頃だ」

「・・・それって、国連に飛ばされる前の話? 確か、圭介達が国に戻って来て直ぐ位の頃に、私の実家の事、話したわ」

「・・・うるさい。 お前は昔、俺が女にしたんだからな」

・・・うっわ~、すっごい男尊女卑的発言! って思いきや、照れなのかそっぽを向いているし。
カチッ、カチッ、って音がするけど。 ああ、煙草に火を付けているのかぁ・・・ って、私の部屋は禁煙!
圭介の背中に飛びついて、口元から煙草を取り上げる。 で、そのままの体勢で聞いてみた。

「やっぱりさ、私ってさ、八つ当たりしてたのかな?」

「してたね」

圭介が私の手を取って、私を引きよせてもう一度抱きしめる。 あ、何だか心地良いわね。

「謝った方が良いかな?」

「謝ると言うよりな、もっと親身に喜んでやりな。 綾森さんもあんな性格だ、本心じゃ、後押しして欲しいんだろうよ」

お互いの顔が凄く近い。 額がくっついた所に、こっちからキスしてやったわ。

「案外、厄介な性格だね」

「お前もね」

そう言った途端、ベッドの上に放り投げられた。 圭介が上に覆いかぶさって来た。










1999年2月22日 1350 宮城県仙台市郊外 伊達家


「と言う訳なの。 お祖父ちゃん、1日だけで良いんだけど、この家を使わせてくれない?」

精々可愛らしく、とは言えもうこんな年だし、無理はせず。 大丈夫、祖父の落し方は子供の頃から、心得ているつもりよ。
市の郊外に有る、かなり広い豪壮な『お屋敷』 実際に昔は上級武士だったと言うご先祖が、この辺の領主をしていた時に住んでいた武家屋敷。
3000坪は優に有るその敷地は、我が家がその昔は大名家に匹敵する領地を有する、主家の一族に繋がる有力な家臣だった証だ。
今は周りの地所は田畑に変わって、祖父が畑仕事をしている。 農繁期には父も市内から畑仕事を手伝いに来る。
今は冬、一面の雪景色。 これが春になると一斉に緑が芽吹き、花が咲き乱れてそれは見事な景色に変わるのだ。

「そりゃ、儂は構わんがの。 しかし愛姫よ、向うさん方は了解しとるのかの? お前の事じゃ、独りで突っ走ってはおらんのか?」

む、流石は祖父。 孫娘の事は良く判っていらっしゃる。 ・・・じゃなくて。

「それはこれから。 とにかく、友人や上官、使える人脈は総動員して事に当たるつもりよ。 大丈夫、こればかりは皆が賛同してくれるわ」

「だと良いがの。 まあ、この家は何時でも使うがええ、どうせ儂独りじゃ。 日取りが決まったら、数日前には掃除せねばならんがの」

「・・・何とか時間を工面するから、人数も・・・って、そっちは厳しいか」

お互い中堅処の指揮官や管理職だし。 かと言ってかつての部下の伝手は使えないし、ちょっと厳しいかも。

「心配するな、孫の手を借りねばならんほど、耄碌しておらんわい。 それより愛姫よ、お前はこのご時世に、どうして敢えてこんな事をする気になったのじゃ?
隣近所を見てみい、戦地に息子・娘を送った親御さんはたんと居る。 戦死者を出した家なんぞ、もう珍しくも無いわ。 皆が悲しいのを堪えて暮らしておる」

「だからこそ、よ・・・」

私の呟きに似た声に、お祖父ちゃんが珍しいものを見る様な眼で、見返してきた。

「こんなご時世だからこそ、よ。 恰好つけと言いたければ、言えばいい。 偽善と笑わば、笑え。 私は日常を取り戻したい。
万人に施しなんかしないし、出来ない。 私がするのは、私の周りの身近な人達だけ。 立場やコネを利用している? 利用出来るものを利用して、何が悪いの?
私は日常を取り戻したい、周りの笑顔を取り戻したい。 それで私が出来る事は、周りの人達にお節介を焼く事だけよ。 それって、悪い事?」

何だか物凄く手前勝手な事を言っているって事は、良く判っているわよ。 でも私は、私の周りに対してしか、出来ないのも事実だもの。
国民が大変? ああ、政府には頑張って貰いましょう。 民の塗炭の苦しみへの慈悲? 精々、お心を痛めて下さい、ご勝手に。 庶民はそんなの、お腹の足しにもなりません。
私達が欲しいのは、かつての平和な日常。 私はその為に戦っているし、戦いの最中でもその一端が得られるのならば、どんな手でももぎ取るわよ。
そして多くの国民は、自分の周りにしか手が回らないもの。 私に出来る事は、周りの身近な人達へのお節介だけ。 
あとは出来ないし、求められても無理、出来ない。 だってそうでしょ? みんな、そんな小さな事が集まって、世界は作られるんだから。
だったら私のする事も、そんなかつての平和な世界の一端を取り戻す事よ―――なんて屁理屈を、夕べ必死になって考えていたわね。

一気に言い切った私の顔を、祖父はまじまじと見ていて・・・ そして穏やかに笑ってこう言った。

「・・・そうじゃ、それでいいんじゃよ、愛姫。 我が家のご先祖も含めての、この地方の昔の武家はの、時代の流れに逆ろうてまで、最後まで領地在所を手放さなんだ。
なぜか? ま、色々有るがの、一番は民を守る為じゃ。 武士が己の食い扶持を得る為にはの、百姓が田畑を育てねばならんて。 武士はその百姓を守らねばならんて。
国への奉公はの、民百姓を守る事じゃというてな、己の領地在所を最後まで主家には預けなんだ、それがこの地方の武家じゃよ」

む・・・? 急にお祖父ちゃんの昔語りが始まった。 長いのよね、こうなると・・・

「我が家がの、1世紀以上前に爵位はおろか、士族の籍すら放棄して帰農したのはの、新政府の方針が気に食わなんだからよ。
あれらはの、『摂家』などと言いつつ、実の所は頭がすり変わっただけの事じゃ。 誰も民百姓の事なんぞ、考えてはおらなんだわ。
それが理由に、新政府に変わってから税は重くなるわ、それまで村落での自由な自治は無視されるわ、生活苦は知らぬ振りだわ。
どだい雄藩連合なんぞと言っても、下の事など見えてはせなんだからの。 酒田の本間の家も、そうして新政府を嫌った口よ、我が家もだわ」

それとこれと、どう繋がりが有るのだろう・・・?

「我が家はの、幸いにも広い地所を持っておった。 だもので、手を尽くせる村は多かったがの。 ま、それも時代と共に苦しくなってきて、今は只の農家じゃがの。
それでものぉ、家族への奉仕はまだまだ出来るもんじゃて。 人はの、端から公に奉仕するもんじゃないわ、まずは家族への奉仕じゃよ。
それが出来んで、なんぞ公への奉仕じゃ、笑わせるな。 女房子供を食わせ、一族を食わせ、それが出来て始めて公に口を出すものじゃ。
摂家はの、かつて失敗しよったわ。 先の戦争へと進む時代の舵取りを間違えよった、『国家』と言う家の女房子供―――国民を食わせる事に、失敗しよった。
それ故に、今更に復権を唱える昨今の大馬鹿者どもの戯言には、失笑するしかないがの―――おっと、話が逸れたの。 年寄りの愚痴じゃ、許せよ?」

つまり、式を挙げる事も、そのお節介を焼く事も、長い長い流れの果てには、公に繋がっていくと言う事?

「家族への奉仕、友人の世話、身近な事しか出来んしの。 皆がそうやって、小さな事でも積み重ねていけばいいんじゃ、儂ら庶民はの」










1999年2月25日 1930 福島県福島市 福島第1駐屯地 第14師団


全ての課業が終了した時間、こっそり隣接する18師団に連絡を入れて親友を呼び出し、裏工作を進める事にした。

「・・・と言う訳よ。 だから緋色、アンタも是非、協力して」

『うむ、委細承知した。 愛姫、貴様の言う通り、これは聞き捨てならん事だ。 こんな前例を作られては、後々でこちらが困る』

お? 流石は遅咲きで目覚めた恋する女、話が早いわ。

「んじゃ、麻衣子さん(三瀬麻衣子大尉、14師団)には、私から言っておくね」

『うむ、沙雪さん(和泉沙雪大尉、18師団)には、私から話そう。 それと念の為だ、美園(美園杏大尉、18師団)にも話しておこう。
仁科(仁科葉月大尉、14師団)には、愛姫から話を通しておいてくれぬか? あの二人も浅からぬ仲だ』

「判ったわ。 他には?」

『広江中佐は、外せぬだろう。 それに開発本部も仙台に移転しておる、河惣中佐へも連絡を』

「上と下、両方からの包囲殲滅戦ね、判った。 広江中佐には私から連絡するけれど、河惣中佐は実はあまり接点無いのよ」

『そちらは任せろ。 実は実家の伝手で、中佐のご実家とは接点が有るのだ。 河惣中佐には、私から連絡を入れる』

「ん、お願い。 何としてもこの作戦、完遂するわよ?」

『当然だ、私の未来にも関係する、何としても成功裏に終わらせるぞ』

電話を切った所で、大きく息を入れる。 ここで自粛して式を挙げないなんて、そんな前例を作られて堪るモノですか。
緋色も予想通り乗り気になっている、あの女、この調子じゃその内、強引に押しかけ女房の座に収まりかねないわね。
あとは祥子さんとあのトウヘンボクに、妙に情の有る広江中佐と、昔その手の傷持ちで賛成してくれるであろう河惣中佐の2人の上官。
それに麻衣子さんと沙雪さん、この祥子さんの2人の同期生も他人事じゃない筈。 それに美園と仁科、この2人も祥子さんとは仲が宜しい、こっちに引き込めると踏んだ。

こんなご時世だからこそ、ささやかな幸せは大切にしたい。 それが人生で最大級の慶事なら尚の事。 こんな時に変な前例は作らないで欲しいモノよね。
それに祥子さんも内心じゃ、未練たらたらの筈。 彼女の性格上、あの馬鹿には隠し通すだろうけれど、女同士の感を舐めて貰っては困るわ。

ようやく、あの馬鹿で朴念仁なトウヘンボク―――私の同期生で、別名を周防直衛と言う男―――が、祥子さんにプロポーズした。
6年越しのゴールインだ、本当に長かったわ。 どれ程やきもきした事か。 そんな感慨もつかの間、ついこの間出張先の仙台で、圭介がこう言ったのだ。

『―――聞けよ、愛姫。 直衛のヤツ、コイツとんでもない奴だ。 式は挙げないんだと。 綾森さん、花嫁衣装を着れずじまいだぜ?』

一瞬にして、キレたわね、我ながら。
目前の阿呆に腹が立ち事もさることながら、祥子さんの結婚前からの夫唱婦随っ振りにもね。
人がいろんな事で悶々と悩んで、彼女のお惚気?に苛立って。 それでも何とか内心で折り合いを見つけて(圭介に刷り込まれた所は、否定しない)
ようやく祝福した途端、その『自粛』はないでしょう!? そんな前例作られちゃったら、あとに続く予定の私達の立場はどうなるの!? と言いたい、声を大にして。

ま、いいわ。 これだけの戦力で包囲すれば、さしもの祥子さんも降参するわよ。 あの馬鹿への攻撃は、ちょっと考えないといけないけれど・・・










1999年3月1日 1850 宮城県仙台市 第4軍司令部ビル前


師団長と副師団長の車を見送り、ホッと息を吐く。 今日はこれで仕事はお終い、後は電車で福島まで帰るか。 それとも久々に市内で食事をしてからにするか。

「伊達大尉、私はこれから同期会の集まりが有る。 君はどうする?」

信賀少佐が聞いて来る。 最近知った事だけど、この人は既に婚約者がいるとか。 まあ、私には縁のない人だったと言う事よね。

「・・・市内で食事でもしてから、帰ります。 ここは私の故郷ですし、知った店も有りますので」

「そうか、ではここで失礼するよ。 明日、また」

そう言って私の敬礼に答礼を返して、外套の裾を翻して颯爽と―――何だか、キザに見えるなぁ・・・ 思わず苦笑してしまうじゃない。

暫く駅前通りへの道を歩いていた。 街並みは昔と変わらない、いや、少し変わったかな? 前より栄えている気がする。
でも余り雑多な街になって欲しくないなぁ、昔のこの街が、私は大好きだったから。 そんな事を考えながら、ブラブラと歩いていると声を掛けられた。

「あら? 伊達大尉?」

「あ、本当。 愛姫じゃない」

どことなくイントネーションのおかしい日本語。 振り返ればそこには・・・

「・・・美鳳、文怜。 どうして貴女達がここに? 国連軍は三沢(青森県三沢基地)じゃなかったっけ?」

中国軍―――今は国連軍の軍服に身を包んだ趙美鳳大尉と、朱文怜大尉だった。 彼女達は圭介や直衛の伝手で、何度も有った事が有るし一緒に戦った事も有る。
去年の10月に、日米安保を放り出して在日米軍が逃げ出した跡地には、国連太平洋方面総軍第11軍がその後釜に座っている。
美鳳たち、統一中華戦線から国連軍へ抽出された部隊も、三沢基地と一部は海軍の八戸基地に分駐していた筈。

「上官のお供で、仙台までね。 でも遅くなってしまって、もう帰りの列車が無いの」

美鳳が困惑気にそう言う。 ああ、軍用機を使用してこなかった訳か。 仙台ならまだ、関東や佐渡島の光線属種の射程圏外なんだけどね。
でもだとしたら、確かに仙台から三沢じゃ、まず一ノ関まで1時間半かけて行き、そこから盛岡行きに乗り換えてまた1時間半。 盛岡から三沢まで2時間強。
乗り換えの待ち時間も入れれば、優に5時間半はかかる。 今は夜の1900時過ぎ、三沢到着は深夜0030過ぎ。 駄目だ、もうダイヤが無いわ。

「ホテルは一杯だし、日本軍の宿泊施設(陸軍の偕行社、海軍の水交社)に泊まる手も有るのだけれど・・・ 最近は国連軍への風当たりもね」

そう言って、文怜も困惑気味だ。 確かに帝国軍内では国連軍への不満は高まっている、だけどその原因は主に米軍に対してだったけど?
アジア諸国軍の友軍には概ね友好的で、国連軍とは言え美鳳や文怜は、元は統一中華戦線―――中国軍で、大陸で共に戦った友軍だ。 申請すれば、歓迎してくれると思うけれど?

「ええ、そうなのでしょうけれど・・・ こう、ピリピリした雰囲気がね。 判っているわ、私達の祖国も大陸防衛戦の末期はそうだったし」

「だから何と言うか、息が抜けないの。 せめてゆっくり出来る空間は欲しいわ・・・」

なるほど。 確かにそう言うものかもしれない。 そうよね、私自身、大陸戦の末期はそう感じたものね。

「判ったわ。 じゃあ、三沢に帰るのは明日の早朝ね?」

「ええ」

「そうなるわね」

じゃ、決定ね。 余分に1時間程かかるけれど、そこは勘弁して貰いましょう。

「福島まで行けば、私が部屋を貸してあげるわ。 官舎がそこなの、見知った顔が多いわよ?」





2130 福島県福島市 第13軍団官舎群 士官官舎


「ええ!? 式を挙げないの!?」

「祥子、可哀そう・・・」

「あ、いやね、だからそうならない様に、色々と手を尽くしている最中で・・・」

「直衛、酷い! 翠華の事は我慢する事にしたけれど、それは酷いわ!」

「・・・祥子、可哀そう・・・」

「あ、だからね、あのね、話を聞いて・・・ お願い・・・」

怒り上戸(文怜)に泣き上戸(美鳳)なの!? 勘弁してよ!
傍らの緋色に視線で助けを求める―――そっぽを向きやがったわ、この女!

官舎に就いて、私の部屋に案内して。 それじゃ手狭だから緋色を呼び出して、美鳳を緋色の部屋に泊めて貰うように頼んで。
そこから将集の酒保で食事をしてから、流れで飲み会になっていた。 そこで祥子さんと直衛の話が出た途端、この有様だ。
ああ、この2人は余りお酒が強くないのかしらね? 私も余り強い方じゃないけれど、それでも彼女達よりは強いわね。 緋色? あの酒豪女はどうでも良いわ。

「うむ、そうなのだ。 周防は実にけしからぬ酷い男でな。 それに祥子さんも可哀そうな女性だ、人生の晴れの舞台を祝えぬとは。
ご両人とも同じく女であれば、この義憤は良く判ってくれような? いや、判る筈だ、判ってくれる筈だ、どうかな?」

「判るわ! よーっく、判るわ! 大体が直衛ってば、女関係に優柔不断過ぎるのよ! 直ぐに雰囲気に流されて!」

「昔、私の戦死した友人も嘆いていたわ、誠実じゃないって・・・ これはもう、お仕置きモノよ?」

「うんうん、そうであろう、そうであろう。 ではご両人に賛同頂いた所で、ひとつお願いが有るのだが・・・」

「ん? なに、緋色?」

「神楽大尉、私に出来る事なら聞きますわよ?」

私はその時のこの女―――緋色の表情を忘れない。 策士とはこういう顔なのだろうと思った。 しかしこの女、変わったわ、ホントに・・・

「是非、貴女方の上官・・・ 周蘇紅少佐へ、ご注進を願いたい。 少佐はあの男が頭の上がらぬ女性の一人だ。
それに祥子さんとも浅からぬ間柄故な、随分と外堀は埋めたが、ここはひとつ念を押しておきたいのでな」

「判ったわ、早速報告する」

「少佐もさぞ、義憤に萌えて下さいますよ」

「いや、美鳳、そこは『義憤に燃えて』じゃないの?」

「義憤は少佐の趣味です」

・・・あ、そう。 もう勝手にして・・・










1999年3月10日 福島県福島市 第13軍団司令部


軍団司令部の会議の後、師団本部へと戻る副師団長を待っていると、向うから見知った顔が歩いてきた。
一丁前に参謀飾緒なんか、ぶら下げてまァ・・・ 最も私も、副官飾緒を付けている訳だけれど。
そして私の顔を見るなり、苦虫を潰した顔しちゃって。 歩み寄ってくるなり、小声で苦情を言いやがるの。

「・・・愛姫、お前どう言う魂胆だよ!?」

「何が?」

「とうとう、周少佐にまで脅しを掛けられたぞ? 広江中佐や河惣中佐にもだ、昨夜は藤田大佐から電話が有った。 どこまで根回ししやがるんだ、まったく・・・」

ほほう? 藤田大佐とは。 広江中佐、旦那様を動員した様ね、結構、結構。

「いいじゃない、皆が祝福してあげる、そう言ってくれているのだから。 あ、そうそう、式の場所は確保したわ。
今日中にアンタと祥子さんに連絡するから、ご親族へはちゃんと伝えてね? 仙台の郊外だけど、ちゃんと交通の便は有るから」

「おい、それより答えろ! 何処まで根回しを・・・」

「・・・男がこの期に及んで、たらたら文句を言うんじゃないよ。 ドーンと構えな? んん?」

直衛が思わず面食らった好きに、その場をさっさと離脱する事にした。 全くあの男は、自分の甲斐性の無さを少しは自覚しろ!










1999年3月23日 2330 福島県福島市 第13軍団官舎群 士官官舎


「今頃、祥子さんと直衛は作並温泉?」

「日帰りで行けるからな、あそこは。 明日、福島に戻ってくる予定だってさ」

ベッドの中で、隣の圭介が天井を見上げながらそう言う。 ここは私の部屋。 週末は大抵泊まりに来るのが習慣になっている。
今日、無事に式が終わって、新郎新婦はその足で一泊二日の温泉旅行に。 慎ましいけれど、今の時代じゃ破格の贅沢だ。
それでもいいと思う。 あの2人はもうずっと、ずっと長い間戦ってきたのだもの。 この国を、国に住む国民を、そして人類社会を守る戦いを。

・・・ま、そんなこんなで、少し位のご褒美があっても、良いと思うのよね。

「はあ、やっと片付いたかぁ・・・ 長かったわぁ・・・」

「お前も、お節介のし甲斐が無くなって寂しいとか?」

「他にまだまだ、居ますから」

緋色とか、麻衣子さんとか、緋色とか・・・
そう言って笑うと、圭介が大きな手で私の顔を自分の顔の方に向けて言った。

「おい、俺はそんなに辛抱強い方じゃないぞ?」

「・・・へぇ~? じゃ、期待しても良いんだ? プロポーズの言葉。 勿論、然るべき時に、然るべき雰囲気で言ってくれるのよね?」

「・・・ああ、そうだ」

「楽しみ~、で? いつ? 期待しちゃうなぁ~?」

「その内だ、その内! 俺は直衛と違って、考えなしに言わないから!」

「え~? 聞きたいな~、早く聞きたいな~!」

「ああ、うるさい、うるさい! 俺はもう寝る、おやすみ!」

そう言って、布団を頭からかぶっちゃった。 私はその中に潜り込んで、体を合わせる。 お互い裸だから、体温を直接感じられて心地良い。
こんな時代だけれど、いいえ、こんな時代だからこそ、人との繋がりは大切にしたい。 お節介焼きと言われても良い、私は人との繋がりを大切にしたい。

それが―――それが、私の出来る『身近な、好きな人達への奉仕』なのだから。









1999年4月某日 士官官舎


「・・・やはり、押しかけ女房と言う手は、有りだろうか・・・」

「私もね、祥子どころの話じゃないのよ。 実際こっちも6年以上待っているのよね・・・」

「アンタは相手がいるだけマシ。 あたしは相手を見つける所から始めないと・・・」

「それは、私も同じですわ・・・ しかも日本は私にとっては異国ですし・・・」

「はあ・・・ 翠華はある意味、正解を取った訳ね。 ドイツ人とは言え、称号持ちの貴族で有能な指揮官、それにかなりの男前・・・」

ううむ・・・ ちょっと凄い事になっているわ。 先日来、冷やかし半分で新婚家庭に波状攻撃で押しかけたのだけれども、皆してあの雰囲気に撃破された訳よ。
圭介はさっさと逃げた。 美園と仁科も近づかない。 間宮なんて怖がって、顔が引きつっていたわね。 さて、どうしよう・・・?

「ちわーっす、伊達大尉、ウチの中隊長、居ますか?」

部屋の外から、何とも呑気な声が。 ドアを開けてみると以前の部下、今は緋色の部下の周防直秋中尉が書類を抱えて突っ立っていた。
緋色がどんよりした顔を上げて、部下を見る。 そしてその手に持つ書類のを見て、あっ、と声を上げた。

「中隊長、お願いしましたよね? この書類に判子を押して下さいと、それも昨日中までに」

「う、うむ、済まん、忘れておった・・・」

「今日の昼前までに提出しないと、また訓練参謀が煩いんですよ。 まあ、最近は新婚だからか、余り煩くないですけどね?」

その『新婚』の一言に、また場が固まった―――この馬鹿! 空気読め!

「にしても、良い年した妙齢の女性が、休日の昼前に集まって、まあ・・・ 他に何かやる事無いんですか?」

うわっ! 今、殺気が立ち上ったわよ! 殺気よ、殺気!

「くっ・・・ そ、そう言う周防、貴様とて独り者ではないか。 少しは従兄殿を見習えばどうなのだ? ん?」

緋色がダメージに屈せず、何とか言い返す。 だけどその必死の反撃も、直秋の次の一言で粉砕された。

「あ、俺、この書類を提出したらその足で、松任谷と外出しますんで」

「な、なに!?」

・・・へぇ~、知らなかった。 直秋ってば、松任谷(松任谷佳奈美中尉、18師団)とデキてたんだ?
ああ、そう言えば同期生同士だっけ、2人とも。 最初は直秋も直衛の中隊に居たし、松任谷も直衛の中隊だったし。 そう言う事。

「んじゃ、俺はこれから青春を満喫してきますんで! 中隊長、ぐずぐずしてっと、今年はもう25歳でしょ? 四捨五入したら30代ですぜ?」

「ッ! ・・・ッ!! ・・・ッ!!!」

―――あ、馬鹿・・・

緋色と麻衣子さんと沙雪さんと、それに美鳳と文怜が、一斉に殺気のヴォルテージを上げた。 それに勘づいた直秋が、『やべ!』と言い残して走り去ってゆく。

(・・・どうでも良いけれど、この事態の収拾、私がするの・・・?)

いくらお節介焼きが性分の私でも、それは勘弁して欲しかった。
溜息が出る。 見上げた空は憎たらしい程、良く晴れた小春日和の青空だった。





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