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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] それぞれの冬 ~直衛と祥子~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/18 21:49
1998年12月10日 2200 仙台第2帝都 国防省軍務局長室


「再編成はどんな塩梅だね? ようやく完了したと、報告を受けたが」

「ええ、ようやくです。 何せ帝国全土に配備された部隊を、これをあっち、これを向こうと・・・ 詳細はこちらの書類です。 上に纏めを添付しております」

受け取った書類の一番上の纏めの部分を見ながら、知らずに唸ってしまう。 無理もない、BETA侵攻前には55個師団を誇った本土防衛軍―――帝国陸軍なのだが。

「・・・補充や何やで、充足出来ているのは35個師団。 他に13個師団が再編成中、か。 結局7個師団が、編成表から姿を消したか」

「侵攻して来たBETAの規模、防衛戦力、その他諸々、全てを計算に入れますと大陸や欧州での、過去の消耗率とほぼ合致します。
問題はどこまで戦力を素早く再編できるか、です。 手間取れば大陸の二の舞になります、それに兵站の不安も・・・」

「大陸云々は、ここだけの話にしたまえ。 統一中華からも『国連軍』の枠内で増援戦力が来ておる、余計な感情を損ねる真似はしたくない。
兵站については・・・ 表向きはまあ、なんだ、アレな状況だがな。 値は少々張ったらしいが、少なくとも腹が減って戦が出来ぬ、と言う事態にはならんそうだ」

「・・・情報省に借りを作る事は、余り気に入りませんが。 致し方ありませんな、背に腹は代えられない、と言う事で」

「うん、まあそうだ。 ところで随分とはずんだものだな、関東軍管区に14個師団か・・・」

「最重要防衛管区ですので。 同様に北部軍管区には7個師団、前線張り付きはその内4個師団ですが」

「あそこは北海道や南樺太の危険性もある、全部隊を南下させられんよ。 ふむ、南関東に9個師団、北関東は5個師団か・・・」

帝国軍内の再編成がようやく整い、今や『帝都』を含む最重要防衛軍管区となった関東軍管区には、合計2個軍が編入された。 
中部軍集団(現・近畿軍管区)での戦訓から最低でも2個軍、10~15個師団は必要と判断された為だ。
新編第1軍には、『多摩川絶対防衛線』の南部戦線を守る第4軍団(第13、第44、第46師団)と、北部戦線の第14軍団(第7、第47、第49師団)、
予備として帝都守備の第1軍団(禁衛、第1、第3師団)の9個師団。
もう一方の第5軍は、北関東の防衛を担当する。 第2軍団(第12、第40、第50師団)は埼玉県北部で『利根川絶対防衛線』を死守。
もう一方の第8軍団(第28、第43師団)はその東側面、栃木県側を固めて、併せて仙台方面への突破を阻止する任を持っている。

関東軍管区と連携し、主に佐渡島ハイヴ―――甲21号目標からの飽和BETA群に対し、東北方面を防衛するのが北部軍管区の第7軍だった。 
直接関東軍管区と連携するのは、福島県の第16軍団(第19、第23師団)である。 会津盆地に第19師団、郡山盆地に第23師団が布陣した。 
その北方、山形県には第6軍団の第38師団が米沢盆地に、第54師団が庄内平野に展開していた。 ただ新潟の直ぐ隣の戦力が4個師団のみ、と言う状況は不安視されている。
第6軍団の残る第58師団は、緊急即応予備戦力として仙台郊外に展開している。 この師団は実質上の『首都防衛師団』でも有る為、そうそう動かせない。
残る第11軍団(第53、第55師団)は甲19号目標、ブラゴエスチェンスク・ハイヴからの脅威を排除出来ない為、北海道と南樺太に配備されたままだ。

「これでも、九州や近畿、東海から戦力を毟り取って増強したのだがな・・・ 向うの連中には、酷な事をした」

「ですが、現在甲20号目標―――鉄原ハイヴは小康状態に在ります。 直ぐにでも防衛戦力の増強を、と言う局面は当分無いと言うのが、参謀本部の検討結果ですが・・・」

言ってみたものの、自信は無い。 どう計算しようが、BETAの実情など探り得る手段は無いし、それを知り得る存在は人類には居ない。
要は運任せの部分は多分に在る、と言う事だ。 しかも、もし今度また鉄原ハイヴから大規模侵攻が発生すれば―――九州は完全放棄だ、戦力を近畿に集中しなければならない。
現在、九州軍管区(以前の西部軍集団)は第3軍の2個軍団(4個師団)しか戦力が無い。 第3軍団(第22、第26師団)と、第10軍団(第8、第42師団)だ。
関東や東北に兵力を引き抜き、歯の抜けた状態になった戦力は沖縄駐留の第8軍団(第22、第26、第28師団)を、一旦解体して充当させた。 
第22と第26師団を第3軍団に編入し、第28師団を北関東に移動させた(第43師団とで、新編第8軍団を再編成)

本来第8軍団は、台湾の統一中華戦線支援の為の部隊だったが、敢えてそれを本土防衛に引き抜いた。 
当然、台湾島からは要請(懇願に近い)が矢の様に入ったが、軒を貸して母屋を取られては意味が無い。
結局沖縄には、予備役招集兵が主体の2個警備大隊と、1個砲兵大隊、1個戦術機甲中隊に海軍の根拠地隊しか残らなかった。
県民の不安はいや増し、県庁や県知事から国防省・内務省・帝国政府へ陳情が殺到した。  が、どうしようもなかった。

近畿軍管区も同様の憂き目を見た。 京都防衛戦の最盛期には、国内最大の17個師団を数えた中部軍集団。
それが相次ぐ戦力の引き抜き、後方での再編成で師団数を激減させ、現在では第2軍の3個軍団合計で6個師団しかない。
しかもその内の第50師団(第12軍団)は四国全域の防衛任務を帯びており、純粋に近畿圏、琵琶湖運河以南の防衛戦力は5個師団に減少していた。 
第7軍団(第5、第27師団)、第9軍団(第31、第51師団)、第12軍団(第43師団)である。
軍上層部は今後、もし鉄原ハイヴから万単位以上のBETA侵攻が有れば、戦況次第で九州を即時放棄し、その4個師団を近畿軍管区へ吸収させる方針だ。 
場合によっては四国全域の放棄も有り得る、近畿に再び10個師団を集中配備させる。 これ以上BETAの東進を、座視しては堪えようが無いからだ。

同様に薄氷を踏む思いなのが、東海地方を防衛する東海軍管区だった。 京都防衛戦後、BETA群が北陸に雪崩れ込んだ時には、軍管区司令部は最悪の状況を想定した。 
が、幸い峻険な山脈が周囲を取り囲む地形が幸いし、BETAの侵入は殆ど無かった。 しかしだからと言って、安心は出来ない。
元々この軍管区は第6軍の2個軍団しか配備されていない。 第5軍団(第30師団:愛知、第52師団:岐阜)と、第15軍団(第37、第41師団:静岡)である。 
特に『天竜川絶対防衛線』は戦力が不足していた。 幸いにもBETA群が東進してくれたお陰で、防衛戦の崩壊は免れた。 しかし小競り合いは続いている。

京都に戦艦主砲弾型のS-11砲弾を叩き込み、千年の都を灰燼に帰してまで、ようやく万単位のBETA群をようやく葬った。
そう思いきや、結局はまた遠路、重慶ハイヴから遠征して来たBETA群と鉄原ハイヴの連中に、再上陸を許してしまった。
直近のハイヴから侵攻して来た個体群を殲滅しても、隣接ハイヴからの『増援』がやってくるこの現象に、帝国軍上層部は顔色を無くした。 
前例が無い訳では無かったが、数万単位でのこの様な現象は世界的に見ても、今回初めて確認されたのだから。


「・・・ま、なんだ、無いものを強請っても、出てきはせんか。 所で再編成の状況は・・・ これかね、この項目か?」

「はい、そうであります」

「ふむ・・・ 『ニコイチ』か、やったか・・・」

「他に方法は有りません」

最初の『やったか』は、『それをやってしまったか』であり、それに対し早期の追加兵力投入の為には、『それしか手段は無い』と言っている。
つまり、大損害を受けて再編成中の部隊全てを、満遍なく再編成していたのでは、一体何時になったら終了するか判らない、と言う事情が反映されている。
大体50%前後の損害を受けた部隊ばかりだ、その中で優先順位を付け、不足する頭数を他の再編成中部隊から根こそぎ引き抜く。 これで『充足』させる。

「頭数は何とか揃えましたが練度、連携など、最前線に出すには、あと6カ月は必要です」

「暇は無いな、3ヵ月だ」

「了解しました、では戦略予備の扱いで警戒部隊兼、練成部隊と言う事で」

「再編成が完了したのは・・・ 第2師団、第9師団、第14師団、第18師団、第21師団の5個師団か。 
第21は兎も角、他の4個師団は元々、帝国陸軍で精鋭の誉れ高い部隊だ、期待出来るか?」

「一部の上級、中堅指揮官を失っておりますが、基幹要員は概して健在です。 何とかするでしょう」

広島防衛で多大な損害を受けながら、最後まで戦線を支え殿軍をも務めた第2師団。 九州防衛戦の『主役』を演じ、勇猛果敢の名を轟かせた第9師団。
大陸派遣軍時代から、大陸・半島の戦場を歴戦し続けた要員を多く抱え、帝国陸軍中最も戦歴の長い、歴戦の第14師団と第18師団。

「ん、そうだな。 連中は精鋭であると同時に、負け戦のなかでも打たれ強い。 真の強さは負け戦の中に在る、連中はそれを証明した。
よし、では編入先だが、第12軍団(第2師団、第9師団、第21師団)、第13軍団(第14師団、第18師団)共に、北部軍管区に編入予定の第4軍(新編)だ。
第二帝都への移転が進む今となっては、事実上の帝都防衛部隊だ。 第4軍にはよくよく言っておいてくれ、再編なった貴重な戦略予備戦力だ。
早々無駄にすり潰すなと。 当分は前に出ず、支援に徹するのだ。 幾ら連中でも、まだ前線に出すには時期が早すぎる」

「はあ、『畳の上の水練』ですか」

「練成部隊、そう言ったのは君だぞ。 例のな、来年の大反攻作戦の事も有る、戦力は出来るだけ温存したい」

「判りました、第4軍へは小官から直接」










1998年12月22日 1730 宮城県柴田郡柴田町 国鉄東北本線、船岡駅前


「じゃあ、もう部隊は福島に移ったのね?」

代用コーヒーのカップを傾けながら、祥子が真っすぐこっちを向きながら言う。 今日は課業が休みだから、彼女も私服で外出していた。
喫茶店の中は案外空いていた、俺達の他には軍服姿が2、3人。 徽章からして多分、船岡(船岡駐屯地)の第2工兵団か、北部軍管区後方支援隊だろう。
かく言う俺も、今日は軍服姿―――濃緑色(サージ織)の冬季常装に外套。 今日は寒い、流石に東北の冬だ。

「ああ、全く急な話さ。 10日前、師団長から命令が下された。 俺達、第13軍団が福島に入って、郡山の23師団が若松(会津若松)に進出して第16軍団が揃う。
同時に仙台の58師団と、米沢の38師団が庄内に移って第6軍団が勢ぞろい。 米沢には第12軍団(第2師団、第9師団、第21師団)が入る。
これで第7軍の、北海道と南樺太の第11軍団を除いても、2個軍4個軍団で10個師団。 関東軍管区に次ぐ大兵力、って訳だ」

「・・・それにしては、浮かない顔よ?」

「判っている癖に、言うなよ。 事実上の練成部隊だ、半数近くが直ぐに戦場に出せる状態じゃ、無いんだから」

「苦労しているようね?」

まったく、人事みたいに。 隣でクスクス笑う祥子が、ちょっとだけ憎たらしく思えてきた。 
人が苦労しているのに、少しくらい労わってくれても良いじゃないか、ぶつぶつぶつ・・・
苦労している―――ああ、苦労しているよ。 別に『練成部隊』だからって、ウチの師団に新米が多い、って訳じゃ無い。 
いいや、寧ろ実戦を経験して生き残った連中が大半を占める、殆どそんな連中ばかりだ。
なにしろ旧第35師団―――新潟防衛戦を上越市から新潟市、そして阿賀野川防衛戦まで戦い抜いた部隊、その生き残りを編入したのだ。 
京都を戦い抜いた第18師団と合せ、今や最も歴戦の連中が勢揃い、そう言っても過言じゃ無い。 再編成中の師団から見れば、まさに垂涎の的だろう。

じゃあ、何をそんなに苦労しているか?―――俺も大陸派遣軍時代に経験したが、戦場疲労症、その軽度な段階ってやつだ。
凄惨な戦場、それも全く異質な現代のBETA大戦、その実戦体験は言後に絶する。 戦いを切りぬけた将兵の精神状態は、普通とは言い難い。
つまり、荒み切っている訳だ。 昔から言われるように『ゆっくりと、戦場から遠ざける』事が出来ればいいのだが、そんな余裕は無い。
後方に下げたものの、戦場での精神状態が抜けきらないままだから、そのギャップに精神が付いて行かないのだ。 で、ちょっとした事で荒れる。
士気の問題も有る、あの生死を分ける戦いを経験した直後は、良く言っても士気は弛緩状態になる。 何をやらせても上の空、そんな状態だ。

「流石に指揮官クラスは、少ないのでしょう? 14師団も18師団も、戦死傷者は出たけれど・・・ それでも半数以上は残ったのでしょう?」

小首を傾げながら、カップを指先でチン、と鳴らして祥子が言う。 改めて思ったが、最近めっきり女らしい仕草が増えた気がする―――元々、そう言う女性だったが。

「ん、ああ。 なんとか両師団とも、戦術機甲部隊はそれぞれ2個大隊を指揮する位はね。 でもな、残る1個大隊分がね・・・」

「35師団からの移籍組? ああ・・・ 彼らは事実上の初陣だったのですものね、仕方が無いと言えば、仕方が無いのかもしれないわね・・・」

第35師団にも歴戦の連中は、少数ながら居た。 しかしその連中は、歴戦故に撤退戦の殿軍を務め、部隊を守りながら多くが散っていったという。
今は生き残った極少数の歴戦の者と、何とか凄惨な初陣を切りぬけたその他、と言う者達が第14と第18師団に吸収されていた。

「まあ、愚痴を言っても始まらないしね。 何とかするさ。 それに後、30分位しか時間が無い、味気ない話ばかりじゃさ・・・」

「ホント、吃驚したわ。 いきなり下宿に電話してきて、『今から駅前に来い!』なんて言うんだもの」

祥子が呆れた様な、それでいて嬉しそうな顔で言う。 いや、俺だって急過ぎるかな、とは思ったんだ。 でも折角の機会だし・・・
週末、祥子の休日に合わせて約束を取り、こうして短い逢瀬を過ごしている。 祥子は『管制官短期専修課程』に入っていた、CP将校になる為だ。
結局、術後の神経接続状態が良くなかった様だ。 衛士復帰を目指す再訓練課程で、周りがエリミネートに次ぐエリミネートで脱落していく中、最後まで頑張ったのだが・・・
最後の応用実戦戦技過程チェックで、とうとうイエローラベルからレッドラベル(イエロー3枚でレッドに変わる)を張られてしまったらしい。 
で、エリミネーション・チェックボード(衛士操縦適正審査会)にかけられて、『衛士復帰不可』を言い渡されてしまった。 

その夜、祥子は俺の部屋に来て泣きじゃくっていた、悔し涙だ。

「仙台に出張していたからさ、船岡は丁度途中駅だし、1時間位は時間が取れるし」

「コホン、公務中ですわよ? 周防大尉?」

「・・・ダメでしょうか?」

「ふふ・・・ 今回は大目に見ましょう。 次はお互い予定を合わせられたら、良いわね」

祥子が入校している陸軍管制官学校は、BETA来襲の為に神奈川県横須賀市からここ、宮城県柴田郡の船岡駐屯地に移転していた。 仙台市のちょっと南だ。
国鉄東北本線の船岡駅が最寄り駅になる。 俺の部隊―――第18師団―――が駐留する福島第2駐屯地の最寄り駅、国鉄福島駅から50分程だ。
だから非番の日などは、祥子に会いに行ける。 実は今日は公務出張だったのだが、仙台から福島に帰る途中で下車して、祥子を呼び出した訳だ。

「まだ冬だけれど、春になると桜が綺麗だそうよ。 『一目千本桜(白石川堤防沿いの桜並木)』と、船岡城跡公園の桜が一緒になって、それは美しい桜の景観なのですって」

「・・・桜か、観に行きたいな」

「ええ、観に行きましょう」

―――春か。 春を迎えられれば、な・・・

窓の外は冬景色、日も落ちて暗くなってきた。 でもいずれ春は来る、そう―――戦争の季節が。

「・・・そろそろ行くよ、列車が来るし」

「ホームまで送るわ」


それから駅の構内で列車待ちをする事、5分程で福島行きの列車が入って来た。

「じゃあ、また連絡入れてね、『周防参謀』?」

呼ばれ慣れないその呼び名に、ちょっと苦笑する。 何せまだ2週間も経っていないのだ。
改札に向かい、ホームに入る直前。 思い切って祥子を振り返り、抱きしめてキスをして―――周りは吃驚していた―――耳元で囁いた。

「なあ、祥子。 籍だけでも、入れないか・・・?」










1998年12月26日 2315 福島県 福島第2駐屯地 第18師団司令部第3部


軍団司令部より達せられた年度統合演習。 演習の目的、主要演練事項、時期に参加範囲。 
それを反映させた師団の作戦別統合訓練。 作戦別統合訓練の名称、訓練の目的、訓練の大要。 
統合訓練成果報告要領。 全般報告、訓練の概要、成果及び改善・検討を要する事項に所見。 
報告は当該訓練の実施(事後研究会を含む)後、2か月以内に師団本部経由で軍団司令部へ報告。

もう中隊長職の事務量など、遥かに超えている。 これ程の事務仕事をこなしているのは、任官以来初ての経験だ。
今日も夜遅くまで、各種報告書の作成や運用・訓練計画の企画草案、各部隊の訓練状況の確認と整理。 やる事は幾らでも有る。
現在、夜の11時過ぎ。 師団自体はとうに消灯時間を過ぎたが、司令部第3部運用・訓練計画課の課員は、誰ひとり帰っていない。

「おい、周防君。 先日の181連隊の訓練報告書、これで良いのか? 良いのだったら承認印を押して回すぞ?」

「はい、181連隊長の確認は得ております。 それと第5次統合訓練報告書、明日中には廻しますので確認願います、課長、補佐も」

課長の邑木(むらき)昇中佐、課長補佐の柴野季孝(すえたか)少佐が頷く。 俺の机の向かいでは、同僚の篠原恭輔大尉がパソコンに向かって報告書を作っている。
打ち合わせスペースを占拠して、データを睨んでいるのはやはり同僚の二階堂衛大尉と、真木泉大尉だ。

『―――第18師団司令部第3部勤務を命ずる』

2週間前、いきなり渡された辞令。 内示連絡も何も無かった、その1枚の辞令書で俺は181連隊第22戦術機甲中隊長の任を解かれた。
新しい任務は、第18師団司令部参謀部第3部(作戦部)の運用・訓練計画課勤務。 言うなれば運用・訓練参謀と言う所か。
もっとも師団の参謀会議で発言できるのは、課長の邑木中佐と補佐の柴野少佐。 俺の様な大尉の担当主務は、部内会議位しか出る事は無い。

自分でも驚いた、まさか師団参謀に任ぜられるとは。 自分では全くの、前線の野戦将校だと任じていたし、周囲もそう思っていた。
しかしあれだ、仮にも幹部上級課程修了者だからか。 普通は連隊本部付幕僚から始めるのだろうが、そっちは1期か1期半下の大尉が充てられている。

「周防大尉、連隊の整備データが纏まりました。 こっちに置いておきます」

要務士の大森匡准尉が、分厚い書類の束を置いて行く。 元々は兵から叩き上げの整備の古参准士官で、今回ウチの課の要務士―――参謀の補助役になった、50代前半の古強者だ。

「ご苦労さん。 これで必要な分は揃ったから・・・ 今日はもう上がりなさいよ、大森さん」

「はあ、じゃ、これで失礼します」

所帯持ちの大森准尉は、駐屯地近くに家族と住んでいる。 他の要務士達―――巨勢(こせ)尚道准尉、宮原五郎准尉、河田俊介准尉もそれぞれ帰宅の途についた。
後に残ったのは、課長と課長補佐、それに4人の担当主務だけ。 ページをめくる音、キーボードを叩く音、筆を走らせる音、それに壁にかけた時計の音が妙に響く。

「・・・キリが無いな、今日はここまでにしようか」

課長の一声に、皆がホッと息をつく。 正直、まともに取り組めば徹夜をどれだけやればいいのか、さっぱり見当がつかない程だ。
書類を整理し、周りを片付けて部屋を出る。 管理棟を出ると、所帯持ちの邑木中佐に柴野少佐、それに篠原大尉は駐車場へ。
独り者の俺と二階堂大尉、真木大尉の3名は幹部用宿舎へと別れた。 途中で女性幹部用宿舎へと戻る真木大尉と別れる。
北国の冬の夜、除雪されているとは言え、刺す様な寒気に思わず襟元を立てながら歩く。 暫くして二階堂大尉がぼそっと呟いた。

「・・・周防さん、やっぱり77式か?」

「ああ・・・ 94式や92式は、関東が最優先だ。 精々、7軍に余りが回ってくる程度だな。 4軍は77式だ」

「機甲も、90式なんぞ1輌も無いしな、全部74式だ。 後方の予備隊じゃ、少数残っている61式を装備している所さえある」

2人並んで、溜息をつく。 判っていた事だが、実際の話となると厳しいものだ。 今現在、24時間体制の間引き攻撃が続く西関東防衛線。 
佐渡島から五月雨式に来襲するBETA群を相手取る、北関東と南東北。 この2箇所に最新型が優先配備される事は、道理なのだ。
しかし、折角充当できた師団が、戦術機は全て77式『撃震』、機甲連隊の戦車は74式戦車とあっては・・・

「89式さえ見かけない・・・ 聞いた話じゃ、仙台に移転した極東国連軍に94式が1個大隊分、追加配備されたらしいな。
年頭の1個連隊分の配備に続いて、これで140機を越す。 只飯食いの連中に、それだけの器材を供給する必要が、果たして有るのか?」

極東国連軍には、機甲科も90式を多数供与している。 それだけでは無い、自走砲、自走高射砲、戦闘ヘリ。 今現在、帝国軍が喉から手が出るほど欲しい、最新の装備をだ。
お陰で実戦部隊、特に九州や京都の防衛戦を戦い、大きな損害を受けて再編成中の部隊からは、不満の声が積もり始めている。
師団の兵站や計画参謀達は、日々部隊からの突き上げを喰らっている有様だ。 かく言う俺も、仕事上そう言う声を良く掛けられる。

「・・・上の上の、そのまた上の判断だろう。 師団参謀の、それも大尉如きが言っても変わらんよ。 
現に4軍の第3部長(兵站主任参謀・少将)が掛け合ったが、剣もホロロだったらしい。 憤慨していたそうだが」

「2師団、9師団、14師団に18師団、21師団も77式『撃震』に、戦車は74式だしな・・・ 一体、いつの時代だと言いたいよ」

結局は愚痴の言い合いになってしまった。 宿舎等に入った所で、二階堂大尉と別れる。 彼の部屋は西棟で、俺の部屋は東棟だ。
そのまま部屋に戻ろうとした所に、背後から声を掛けられた。 見ると将集(将校集会所)から、摂津が顔を出している。

「お? 今帰りですか? ご苦労さんです、どうです? 一杯?」

「お前さん、独り酒か?」

「みんな、寝ちまいまして」

そりゃ、この時間じゃな。 苦笑しつつ、将集に入る。 見るとウィスキーのボトルが半分ほど残っている、つまみは・・・ スルメか、侘しいな。
もっとも昨今の食糧事情じゃ、こんな物でも有るだけマシだ。 難民キャンプは幾つかの場所で、この冬の食糧配給が困難になりつつあると聞く。
外套を脱いで、上衣も脱いでネクタイを緩めて・・・ 摂津が注いでくれるウィスキーを少しずつ、味わうように飲んだ―――旨いな。

「どうだ、もうそろそろ中隊長も慣れてきたか?」

「目の前の人が、さんざん苦労しているのを見てきましたんでね。 ま、ボチボチ、ってトコですよ」

摂津大介大尉(98年12月1日進級)が、肩をすくめて言う。 俺が師団参謀への転属辞令を受け取ったその同じ日、摂津が俺の後任中隊長となった。
同時に師団は大幅な編制変えを行い、何人かは転属した。 とは言え、14師団と18師団、その生き残りを万遍なく偏りが出ない様にしただけだ。
同時に、新潟で奮戦して壊滅状態に陥った、第35師団の生き残りを吸収した。 これにこの10月に訓練校を卒業した新米を含め、14師団と18師団は頭数だけは揃えた。

第14師団第141戦術機甲連隊長に、以前は第9軍団参謀をしていた藤田伊予造大佐が着任。 第18師団第181連隊は曽我部大佐が転任し、後任に名倉幸助大佐が着任した。
大隊長も幾らか入れ替えが有った。 14師団は第1大隊長を岩橋譲二中佐(98年12月1日進級)、第2大隊長・森宮左近少佐、第3大隊長・加納貞次郎少佐(35師団より編入)
18師団は第1大隊長・宇賀神勇吾中佐(98年12月1日進級)、第2大隊長は負傷の癒えた荒蒔芳次少佐、第3大隊長・木伏一平少佐(98年12月1日進級)

「まあ、新大隊長は良く知っている木伏少佐ですから、特にやり難いとかないです。 2中隊長の有馬さんも、俺が新米少尉の頃は一緒だったし」

中隊長の入れ替え、進級に伴う昇格も有った。 摂津もそうだし、第1大隊第3中隊長の羽田大尉も昇格組だ。 この2人は同期生同士だった。
バランスを取る為に、結構入れ替えが有った。 第1大隊は先任中隊長が緋色(18期A)、他は佐野君(18期B)と先述の羽田大尉(20期A)
第2大隊は和泉さん(17期A)と美園(19期A)、それに以前の部下で、新潟を生き残った最上(19期B)が戻って来た。
第3大隊は先任が俺とは同期の恵那瑞穂大尉(18期A)、彼女は新潟が初陣だった。 同期でも大陸派遣軍以外は、今回が初陣と言う奴は多かった。
他には訓練校教官から転出して来た、有馬奈緒大尉(18期B) 93年当時、同じ大隊の半期後任の少尉として一緒だった。 そして摂津大介大尉(20期A)

「強いて言えば、先任の恵那さんでしょうかね。 彼女、新潟が初陣だったらしいっすね。 まだちょっと、神経質になっていると言うか・・・」

出来れば先任中隊長には、早く立ち直って欲しいモンです。 でもまあ、気楽な下っ端で初陣を経験するのと、責任ある中隊長で経験するのとではね・・・
摂津も気にしている様だが、こればかりは本人次第だ。 確かに言う通り、俺達の様に下っ端の新米少尉時代に初陣するのと、大尉の中隊長になってからとでは、色々と違う。

「14師団は・・・ 仁科さんや天羽さんから聞いた話じゃ、やっぱり第3大隊の練成が一番遅れているようですね。
あそこは旧35師団が固まっている。 ウチ見たくバラけてないし、最上さんは元々同じ中隊だし、同期の羽田も大陸での実戦経験が有りましたしね」

14師団では第1大隊に三瀬大尉(17期A)、葛城大尉(18期B)、仁科大尉(19期A)が入った。 祥子の同期で有る17期Aは、今や最古参の大尉の期のひとつだ。
第2大隊は源大尉(17期A)が先任となり、間宮大尉(18期B)、天羽大尉(19期A)が居る。 天羽も新任当時は同じ大隊に居た、美園達の同期生だ。
第3大隊は全員が35師団からの転任組。 本間右近大尉(17期B)、向井忠彦大尉(18期B)、原田泰恵大尉(19期B)

「まあ、じきに戻るさ。 でも時間は余りないからな、訓練は徹底的にやる。 進級したてで大変だろうが、宜しく頼むよ」

「了解っす」

訓練校出身将校では、木伏さんの同期生―――2期上の16期A卒―――が、最若年の少佐に進級した。
最古参大尉はその半期下の16期B、次が祥子達の期である17期A。 それから17期B、そして俺の期である18期Aと続く。
大尉は16期Bから、摂津の期である20期Aまで。 いつの間にか、下に4期も大尉が居る事になっていた。 逆に上は3期しか大尉が居ない。
中尉は20期B(四宮中尉の期だ)から、22期Bまで。 摂津の中隊では先任小隊長が瀬間中尉、第2小隊長は蒲生中尉(98年10月1日進級)で中隊副官は松任谷中尉(98年10月1日進級)
以前に俺の副官をして、その後は第3小隊長をしていた四宮杏子中尉は、181連隊の第31中隊に転属した。 同期の恵那大尉の中隊だ。
他に森上允中尉(98年10月1日進級)が美薗の中隊に、そして従弟の直秋(周防直秋中尉、98年10月1日進級)は、緋色の中隊で突撃前衛長―――第2小隊長をしている。


「・・・何かなぁ、急に年を食った気分だよ。 欧州から帝国に戻って来て、中隊を任された当時に新米少尉だった連中が、もう中尉だしな。 摂津、お前さんも大尉になったし」

「はあ・・・ そう言や、俺の中で『大尉』って言えば、木伏少佐のイメージなんスよ。 俺が新任少尉当時の、中隊長でしたからね」

「ああ、そう言えばそうか。 俺の場合は・・・ 広江中佐だな。 訓練校を卒業してすぐに大陸に派遣されて、1月ほどで最初の部隊が壊滅してな。
その次に配属になった中隊で、当時は大尉だった広江さんが中隊長だった。 ホント、『大尉』ってのは、おっかないものだ、そう思ったよ」

任官して最初に直面する『恐怖』は、BETAでは無い、直属の上官―――中隊長だ。 反面、怖かったが色々と面倒も見てくれた。
その意味で広江中佐は『厳母』だったが、『慈母』の面も持ち合わせていた指揮官だったと、今なら良く判る。

「いやいや、周防さん。 アンタも十分、怖がられていましたって。 松任谷や蒲生に聞いてみなさいよ、当時の俺達がどれ程、新米達を気にしていた事か・・・」

「・・・そんなに?」

「そんなに。 でもあいつらも、周防さんに叩き込まれて生き残って来たんだ、感謝もしていますって」

生き残れなかった部下も多かったが、流石にそこまで自分に自惚れていない。 遼東半島で死んだ松原と藤林。 阪神防衛戦で死んだ倉木、京都で戦死した河内。
ああ、そう言えば―――最初に死なせた部下、国連軍時代だ、リュシエンヌ・ベルクール。 フランス出身の、西洋人形みたいに綺麗な娘だった。

「あの当時から言えば、八神に相田、四宮に支倉。 瀬間に蒲生に松任谷、それに直秋。 宇佐美に浜崎、鳴海・・・ 皆、周防さんが鍛えて生き残った連中ですぜ?
みんな、今や中尉か古参の少尉だ。 他の中隊に移った連中も、未だに周防さんの事を聞いて来る。 アンタは『厳父』だったが、連中は慕っていましたよ」

「・・・まさか、お前さんにそう言われる日が来るとはなぁ。 ありがとよ、摂津」

「どう致しまして。 ま、俺も精々、真似させて貰いますよ。 慣れない参謀職で消耗している様ですが、周防さんだって俺にとっては『大尉』なんすよ」

「ふん、気張らせて貰うよ。 そう言われたら、気張るしか無いじゃないか、この策士め」










1999年1月17日 1615 福島県 水原演習場


元々は中小規模野演習場だった水原演習場。 だが数年前に付近の広大な土地を政府(軍部)が買い上げ、東北で1、2の大規模演習場に生まれ変わった。
帝国内では北海道の矢臼別演習場、宮城の王城寺原演習場、山梨の北富士演習場、静岡の東富士演習場、大分の日出生台演習場の5大演習場が有った。
その内、北富士、東富士、日出生台は今やBETAの腹の中。 5大演習場に次ぐ規模だった関西の滋賀・饗庭野、大阪と兵庫にまたがる北摂、この2演習場も既にない。
その為に帝国陸軍は、東北・北海道に点在する演習場の規模拡大を行った。 北海道の上富良野演習場、鬼志別演習場、浜大樹訓練場。
東北の六ヶ所演習場、岩手山中演習場、白河布引山演習場、そして水原演習場が大拡張されて、残る矢臼別演習場、王城寺原演習場とで9大演習場を形成している。

『戦術機甲第23中隊、機甲連隊第21中隊、及び第65機械化歩兵連隊第22中隊、畳石から箕輪へ。 181第11中隊、18機甲第11中隊大隊、65機械化第32中隊、薬師方面』

戦術機部隊と機甲部隊が、雪煙りを挙げて進撃を開始し始めた。 想定では安達太良山付近に陣取った光線級の排除。
砲兵部隊が支援の面制圧を開始し始めた。 その間を、77式『撃震』の数個中隊が各々山腹を隠れ蓑にして、縫うようにNOEを開始する。
訓練本部では随所に設けられた各種モニター、それに戦術リンクシステムにより、傘下各部隊の状況が手に取る様に判る。

『残余部隊は戦術機甲第23中隊を主力に、塩沢より圧力攻撃開始。 BETA群、安達太良山頂、及び船明神山頂。 5分後に全力攻撃を開始』

攻撃スケジュールは今の所、順調に進んでいる。 目標山頂に向けて3方から面制圧攻撃後、同時攻撃を仕掛ける。
これで光線級の目標認識はかなりバラける筈だ、損害は出るだろうが、比較的早くに制圧できるだろう。

「・・・スケジュール通り過ぎて、面白味が無いな。 おう、運用。 戦術機甲で弄るとしたら、どこだ?」

演習統制官の機械化歩兵連隊長が、モニターを見ながら声を掛けてきた。 どうやら、状況を混乱させたいようだ。
だったら、最も練度の高い部隊の指揮官と、最も練度の低い部隊の指揮官、双方を『戦死』させてやればいい。
となれば、11中隊の緋色―――神楽緋色大尉。 この中では最も戦歴が豊富な指揮官だ、彼女を失えば少なからず動揺は広がる。
そして31中隊の恵那瑞穂大尉。 俺や緋色の同期だが、ずっと本土防衛軍に居て実戦経験は浅い。 彼女が『戦死』した場合、中隊はどう動く?

「11中隊と31中隊、指揮官戦死」

「よし、それで行こう。 おい、状況変更、『戦術機甲第11、第31中隊長機、被撃破。 中隊長戦死』、それと・・・ 『薬師山頂に、新たな光線級。 他にBETA群2500』、これでどうだ?」

これでどうだ? も何も。 指揮官を失った2個中隊の統制が、にわかに崩れ始めた。 それに薬師山頂の光線級出現で、正面に張っていた部隊も大混乱だ―――最上、済まんな。
本部に流れる通信回線の内容は、贔屓目に考えても酷いものだった。 指揮権を引き継いだ者は、何とかして部隊を掌握しようと頑張っている。
だが追加された条件が足枷になって、もう部隊間の連携が取れていない。 酷い部隊になっては、各小隊がバラバラになりかけている。
損害想定を行う要員から、計算結果を受け取った。 それを見て思わず眩暈がする、予想していたが、これは酷い。

「統裁官、損失状況、戦術機甲31中隊全滅、同23中隊40%、同11中隊33%喪失。 機甲、機械化歩兵損失、45% 戦闘続行不可能」

「よぉし・・・ 状況止め! 状況止め!」

統裁官の指示が通信回線に飛び、混乱しまくっていた訓練部隊各隊が動きを止める。 その間に最終損害状況を纏めて、今夜にでも報告書に・・・
ああ、にしても酷い。 連中、これじゃこっ酷く絞られるな。 部隊指揮をしていた時は当事者だったが、こうして離れて客観的に見ると、色々と見えて来る。

そうこうしている内に、訓練終了の合図と共に各要員が片付け―――システムダウンや、器材の収納を始めた。
俺も各種データを纏めてクリアファイルに種別毎に仕舞い、提出すべき資料・データを統裁官に提出する。
ひと段落ついた所で、テントの外に出てみようとした。 なにしろ中はこの真冬だと言うのに人いきれで熱気が籠っている。 冷たい空気が吸いたかった。


「おい、周防! おるか!?」

いきなり本部テントに勢い良く入って来た人物がいる。 思わず全員がその人物と、そして俺を注視する。

「・・・周防君、何かやらかしたの?」

隣の真木さんが、小声で聞いて来る。 しかし失礼な、『何かやらかしたのか?』とは・・・

「いえ、特に心当たりは・・・」

実際無い、多分無い、いや、絶対無いと言いたい。 それ程、テントを蹴破って(本当にそんな勢いだ)入って来た人物を見れば、そう思いたくなる。

「・・・作戦課長、広江中佐。 ウチの周防が何か?」

副統裁官の邑木中佐も、補佐の柴野少佐も、怪訝そうに両方を見比べている。 何なんだ、一体? 
勢い良く入って来たのは、第18師団第3部(作戦部)の作戦課長・広江直美中佐だった。 今回統裁官ではないが、作戦課長の立場上、演習を視察していたのだ。

京都を巡る戦いの終盤で重傷を負った中佐は、入院・リハビリを続けていたが、祥子と同様に戦術機から降ろされた。
最も中佐の場合、別の意図も有った。 現在の所、陸軍士官学校卒業生の女性士官の中では、出世街道のトップグループを突っ走っている彼女だ。
軍上層部が夢見る『帝国陸軍初の、女性将軍』、その第1号の最有力候補でも有る広江中佐を、そうそう死なす訳にはいかない。
周囲の説得と圧力、揚げ句に懇願、最後は夫君である藤田大佐にまで出馬されて、泣く泣く戦術機から降りたらしい―――盛大に夫婦喧嘩をしたらしいが、なに、犬も食わないってヤツだ。

「・・・何でしょう? 作戦課長」

しかし、理由が思い浮かばない。 見れば中佐の顔は上気しているし、口元は笑みが有ったのだから。

「おお、居たか。 少しいいか? 済みません統裁官、運用参謀、少しお借りしますが?」

「・・・持って行け。 ただし、長くならんように」

統裁官も、急を要する事はもう余りない状況で、特に反対はしなかった―――俺としては、反対して欲しかったが。
テントを出て、少し離れた白樺の樹木が茂る辺りまで、雪道を歩いてゆく。 北国の冬の夕刻、陽は既にかなり落ちて晴れた空は夕焼けに染まっていた。

「聞いたぞ!? 周防、貴様、とうとう身を固めると! 本当だろうな!? 今更『あれはウソでした』などと、そんな戯言は聞かんぞ!?」

「・・・はあ!?」

いきなりの言葉に驚く。 どうして中佐の口からその事が!? 兎に角、ここでこんな注視の的になるのはゴメンだ。 
周りを見渡し、声が聞こえる範囲に人がいない事を素早く確認してから、自然と声を顰めて中佐に問いただしてみた。

「・・・で、どこでその話を? まさか俺に、羞恥プレイを仕掛けるつもりとか?」

「ん? なんだ、その『羞恥プレイ』とは?」

「・・・気にせんで下さい、米国時代に悪友から、教えられた事ですので」

「? まあ、いい。 いや、実は先日にな、綾森から電話で相談を受けた」

・・・やっぱり、祥子か。 彼女はあれで結構、広江中佐を慕っていたからな。 中佐も可愛がっていた。
と言う事は、全てこの人に筒抜けになっていると、そう覚悟した方が良い。 ここはひとつ、腹を据えて答えないと酷い事になる。

「はあ、実は昨年の末に公用で仙台に行った帰り、途中で船岡に立ち寄りました。 その時に、籍だけでも入れよう、そう言いました」

「ッ! このッ、馬鹿者!」

うっ、いきなりカミナリかよ!? 流石に声が大きい、向うに居る連中が何事かと、こっちを見ているって!
しかし頭に血が上った様子の中佐は、そんなことはお構いなしに大声で説教を始めた。

「この、大馬鹿者の朴念仁め! 貴様は幾つになっても、まるっきり判っておらん! 『籍だけでも』だと? 馬鹿者! どうして強引にでもプロポーズをせん!?
綾森は悩んでおるぞ? あいつは貴様の実家の事も、良く知っている! 貴様の兄上が戦死なさった事も、従弟殿達が佐渡島で戦死された事もな!」

―――ああ、そうだ。 祥子は知っている。 それで俺の実家が、今は喪に服している事も。

「絶対、遠慮するぞ!? 綾森の性格だ、絶対に遠慮して、首を縦に振らんぞ? あいつはそういう女だ!―――いったい、いったい何年、あいつが貴様を待ったと思っている!?」

広江中佐が、本気で怒っている。 思えば5年半前、93年の夏、あの時俺達―――俺と圭介と久賀―――を送り出してくれた時も、裏では祥子にも気を使ってくれていたのだろう。

「貴様が、実家の御両親や戦死された兄上の奥方の事を想っている事も、良く判る! 判るが・・・ すこしは、あいつも身にもなれ!
もう、6年越しだ。 貴様が欧州に立ってからでさえ、5年半だ! その間、あいつは・・・ 綾森はひたすら、貴様の事を待ち続けてきた!」

5年半、6年・・・ いや、本当に俺って、祥子に心配と不安だけを掛けさせてきたのだな。

「おらんぞ!? 普通はおらんぞ? そんな女は!? 貴様達、お互い想い有っておるのだろう? お互い、一緒になりたいのだろう?
だったら・・・ だったら、少しはあいつの気持ちを汲んでやってくれ。 頼む、周防。 頼むから、な・・・?」

中佐の声が、次第にトーンダウンして行く。

「・・・こんな世の中だ、貴様達がいつまでも2人無事という保証は、全く無い。 貴様にしても、いつまた前線指揮官に戻るか判らん。
綾森もCP将校になるだろう、そうすればまた前線だ。 衛士ほど戦死率は高くないとは言え、CPはBETAに接近されれば最早、後は無いのだ」

中佐自身の経験か。 それに多分、同期の河惣中佐の事も頭に過っているのだろう。

「・・・場合によっては、本当に僭越で失礼ながら、私が貴様と綾森のご実家にお願いに伺いたい程なのだ。
常識を外れるし、礼も失する事だが、どうか若い2人を一緒にさせてくれと。 貴様も知っているな、私の親友は苦しんだ。
正直に言おう、貴様達には苦労を掛けさせられた、本当に色々とな。 その分、情もある、 これは私の私情だ。 だがな、我儘を言う、頼む、周防・・・」










1999年1月26日 1530 宮城県仙台市内 周防家


非番の1日、実家に足を運んだ。 仏間の兄貴の遺影に手を合せたあと、両親と姉、それに義姉がいる居間に顔を出した。 出したは良いが、さて、どう切り出そうか?

「・・・直衛? 何か言いたい事でも有るの?」

お袋が、真っ先に気付いた。 流石。 いや、義姉さんも気づいていたかも、それでいて俺が口にするまで黙っていたとか。
多分、気付いていなかったのは親爺殿だけだったろう。 姉さんも多分気付いている筈だ。 女って、本当に不思議だよな。

「ん? どうした、直衛。 何かあるのか?」

「あるから、あんなにモジモジしているのじゃ無い、お父さんは少し黙っていて。 で、直ちゃん、何なの?」

―――親爺、肩身狭いな。

「あ、いや・・・ ええと、な。 兄貴の49日も過ぎてまだ、そう日も経っていないし。 こんな事言うのは義姉さんに失礼かとも思うし、常識に外れるし・・・」

ああ、もう。 何を言いたいんだ、はっきりしろ!

「向うの家にも、まだちゃんと話してないし。 でも正直、これ以上は待たせたくないし・・・」

お袋と姉さん、それに義姉さんは真剣な表情で聞いている。 親爺殿は、ポカンとした表情だ。

「ああ、何て言うか、その・・・ 俺―――俺、綾森祥子嬢と結婚する」

そう、言い切った。 
確かに兄貴の喪に服す実家で、まだ言う事じゃ無いかもしれない。 家族だってまだ悲しみから完全に立ち直っちゃいない。 それに右近充や藤崎の親戚も。
だけど、今じゃ無いと、そう思う。 確かに俺がこの先、くたばらない保証は無い。 死ぬ気は全くないけれど、その保証はどこにも無い。
なら―――なら、せめてこんな世の中、自分が愛する人と一緒になりたい、そう願う位は正直になっても良い筈だと、そう思った。
そう言って、固唾を飲んで待つ事、ほんの10数秒だったようだが、俺には何10分にも感じられた。 やがてお袋が素っ頓狂な声を上げる。

「えっと・・・ あらまあ、大変! 向うのご両親には!? まだ? 今から行きなさい! とにかく早く、直ぐにでも行って来なさい!」

「ちょっとまって、母さん。 直ちゃん、祥子さんは、今日は? 居る? ご実家に? ああ、志摩子さん、直ちゃんの軍服は?」

「お義姉さん、ちゃんと掛けてありますよ、そこに。 嬉しいわ、義妹が出来るのね。 あの人もきっと喜ぶわ、気に入っていたもの、祥子さんの事を」

・・・俺の決心も、実家の女達にとっては、微塵も重くなかった様だ。


「・・・息子をひとり失って、娘がひとり増える、か。 まあ、これも仏さまの思し召しと言うものか」

親爺がそう呟いた。 兄貴が死んで以来、覇気が無くなって来たと思っていた親爺だったが・・・ それは、嬉しそうに微笑んでいた。









1750 仙台市内 綾森家


「・・・お嬢さんを、私に下さい!」

居間に通された途端、俺が口にした言葉に、祥子のご両親が目を丸くしている。 祥子自身、今日がその日とは思っていなかったのか、吃驚した様子だった。

「私は、軍人です。 死なぬとは、決して口には出来ません。 しかし、しかし、お嬢さんを、祥子さんを愛しております。
私の生が有る限り、彼女を不幸せには決してしません! どうか、お願いします、お嬢さんを、私に下さい!」

土下座して、畳に頭を擦り付ける位に。 それでも腹の底から、正直な気持ちを声にして出したつもりだ。
生ある限り―――そう、生ある限り、不幸せにしない。 愛し続ける。 彼女と2人で、生き抜いて見せる。
どれだけ時間が経ったのだろう? 数分? 数10分?―――実際には、10秒も経っていない(後で、笙子ちゃんが言っていた)
やがて祥子のお父さんが、少し困惑気味に声を出した。 内容は、予想の通り―――俺の実家の事だった。

「・・・そう言って下さるのは、嬉しいですが。 しかし大尉、娘に聞く所によれば、大尉は兄上が戦死なさったばかりとか。 
喪に服されているご実家に娘を嫁がせて、そちらのご両親がお気を悪くなさらんか・・・?」

「実家へは、既に話しております。 両親も姉も、義姉―――兄嫁も、賛同してくれました。
私自身、このような実家の様子の時に、このようなお願い、誠に失礼とは重々承知しております。
しかし・・・ しかし、そこを曲げて。 お願い致します、お嬢さんを、私に下さい!」

暫く沈黙が続いた。 頭を下げる俺の横に座った祥子の体が、強張っている様な気がした。 やがて祥子のお父さんが、祥子に向かって言った。

「祥子、お前はどうなんだね? どう思っている?」

「え・・・ わ、わたし・・・ 私は・・・」

最初は突然振られて、一瞬口ごもった祥子だったが、次には意を決した口調で、はっきりと言った。

「私―――私、結婚します。 お父さん、お母さん、お願い。 最後の我儘です、お願いします!」

そう言って、祥子も俺と並んでご両親に頭を下げた。 暫く沈黙が有って、お父さんが大きく息を吐く音と共に、しみじみと言った。

「大尉・・・ 周防さん、私も人の親だ、娘の幸せを願わん事は無い。 君が娘を大切に思ってくれている事は、重々判っておるよ。
しかし同時に、やっぱり娘には幸せになって欲しい。 軍人の妻となれば、いつ何時、未亡人になるやもしれん。 
娘自身が軍人だが、親としては、こんなご時世で有っても、もっと安全な幸せを願うものだ・・・」

―――もう、ここまできたら、俎板の上に乗った様なものだ。 最後まで聞き届けてやる。

「だが同時にな、娘は君以外の男とは、一緒にはならん、そんな気がするよ。 親として、娘に女の幸せを掴んで欲しいと願うのも、また本心だ・・・」

―――どっちだ? どっちを言っている? ああ、くそっ! 緊張で考えられない。 戦場でだって、これ程緊張した事は記憶にない!

「だから・・・ 不束な所のある娘だが、親として頼む。 どうか、幸せにしてやって下さらんか・・・」

ふっと、力が抜けた気がした。 一気に体の力が抜けて、あやふやになった気がした。
それも一瞬の間。 体の奥底から、何かが爆発しそうにこみ上げて来る!

「は・・・ はい! 必ず! 必ず!」

「あ、ありがとう、お父さん・・・ お母さん・・・」

祥子が涙ぐんでいる。 見れば祥子のお母さんは・・・ 娘を優しく抱いて、俺の方を向いて微笑んでくれていた―――良かった・・・










1999年2月18日 1530 仙台市内 第4軍司令部ビル


「で、どうするんだ? 式は?」

「このご時世だ、難民だって溢れかえっている。 流石に出来んさ、お互いの家に報告して、役所に行って手続きして、終わり」

「国防省へは?」

「先月、祥子の家に行った翌日に、国防省に婚姻願いを出してきた」

仙台の第4軍司令部。 参謀会議が有り、師団からも課長が出席している。 俺はそのお供で来ているのだが、会議には出席できず(まだ大尉だ!)こうして控室で待機していた。
そうするとやはり14師団から、上官のお供で付いて来ていた圭介と会った。 何も不思議ではない、コイツも俺と同様、14師団司令部第3部の運用・訓練課員なのだから。

もう、両家へはお互いに挨拶を済ませた。 俺の両親も、喜んでくれていた。 長男を失ったが、次男が新しい家族を連れて来てくれた、そう言ってくれた。
そして先月末には、国防省へ俺も祥子も、お互い婚姻願いを提出している。 将校の人事監督権は、国防省人事局が持つ(准士官は軍管区の人事部、下士官兵は師団の人事部)
そして将校の結婚には、国防省人事局の許可が必要だった。 人事局が然るべき手順で調べ、結婚相手に問題ないと判断して初めて、婚姻の許可が下りる。
これは将校の場合、任務によっては外国の公館勤務で外交の舞台にも、伴侶を伴って出席する事も有るからだし、階級が上がれば(将官にでもなれば)宮中へ参内する事も有る。
だから将校の結婚相手は、軍が徹底的にその周辺を調べるのだ。 差別的と言われるかもしれないが、時には国家の面子も背負う事になるから、これは重要な事だ。

もっとも、俺達の場合はお互いが将校同士だから、ほぼ問題は無い。 祥子の父親は逓信省の上級官僚だし、親戚も官僚が多い。
俺の実家は、親爺殿は民間会社の役員だが、軍とは繋がりのある会社だ。 直邦叔父貴は海軍大佐。 母方の叔父2人は国家憲兵隊の将官と、外務省の上級官僚。

「ま、お前の場合、婚姻願いと言っても形式だけの事だしな。 もうそろそろ、許可が下りるんじゃないのか?」

「課長がな、同期生が人事局に居るとかで、調べたそうだ。 明後日には許可が出ると」

「決まりだな―――この野郎、一体何年待たせたんだ? 綾森さんには、頭が下がるぜ」

「お前が言うな、愛姫に言うぞ?」

「私が、なに?」

急に愛姫が目前に現れたものだから、俺も圭介も思わずのぞけった―――でも不思議じゃない、本当は心の底から不思議なのだが、制度上は不思議じゃない。

「お前、会議室に居なくてもいいのかよ?」

圭介が、若干焦りながらそう言う。 ふん、次はお前の番だ。 精々、焚きつけてやるからな、覚悟しておけ。

「あ、良いの、良いの。 向うは信賀少佐(第14師団長副官)が居るから。 私はここで待機なの。 ほら、相原だって居るじゃない?」

愛姫の指さす先に、第18師団副官部の相原優子大尉が座っていた。 半期下の彼女も、93年当時は同じ部隊で少しだけ一緒に戦った戦友だった。
今は18師団副官部で、副師団長副官をしている―――愛姫は、14師団副官部の所属で、やはり14師団副師団長副官をしていた。
副官部は少佐1名、大尉1名、中少尉2名で構成される。 少佐が師団長副官、大尉が副師団長副官を務め、中少尉が庶務を行う。

そう、俺と圭介は共に一時、戦術機を降りて参謀勤務。 同じく愛姫は副官勤務。 お互い、似合わない事をやっているものだ。

「で、何の話をしていたの?」

「ああ、それだけどな。 聞けよ、愛姫。 直衛のヤツ、コイツとんでもない奴だ。 式は挙げないんだと。 綾森さん、花嫁衣装を着れずじまいだぜ?」

圭介がそう言った瞬間の、愛姫の顔―――夜叉か、はたまた般若か。 兎に角恐ろしかった。

「・・・良い度胸してるじゃん、直衛? あんた、私ら同期の女、敵に回す気の様ね?」

「・・・ちょっと待て、どうしてそうなる!? 俺はこのご時世だから、お互い相談して自粛しようと・・・」

「自粛!? アンタ、祥子さんが本心でそう言ったとでも!?」

「い、いや、それは流石に思わないが・・・」

「着たいに決まっているでしょう!? 何年も待たせて! ようやく一緒になると思ったら、こんなオチ!? 
あのね、直衛。 式を挙げなかったら、少なくとも私と緋色、麻衣子さんに沙雪さんは絶対、敵に回すからね・・・ 場合によっては、広江中佐に河惣中佐も!」

―――ちょっと待て、勘弁してくれ、その面子!

「いいや、それだけじゃ済まないね・・・ 間宮に美薗、仁科も敵に回すわよ。 その度胸、あんの!?」

どうしろと言うんだ! 今から式場を探せと!? このご時世、仙台市内もホテルは全て難民に解放されていると言うのに! 式場だって大半が休業状態で避難所と化している!
それに普通、何か月前から予約を入れると思っているんだ!? 今からだと、春は優に超してしまう、下手すりゃ夏になるぞ!?―――その頃は、次の『大反攻作戦』だ!

「ふふん、その辺は私に任せてよ。 伊達に地元じゃないんだから、幾らでも融通つけてあげるわ」

それだけ言うと、愛姫はその場を去っていった―――丁度会議が終わったからだ、将官を含む高級将校達が、次々に会議室から出て来ていた。
慌てて立ち上がり、すれ違う高級将校に敬礼をする。 上官を見つけ、圭介と別れて歩み寄って行った。

―――圭介と別れ際、聞いてみた。

「・・・なあ、圭介。 お前、愛姫の実家って知っているのか?」

「挨拶には、行った事が有る。 ちょっと凄いぞ、地元の名士ってやつだ」

「・・・あいつ、お嬢様?」

「見えないがな、あれでいて、結構育ちは良いんだ」

信じられねえ―――軍での愛姫しか知らない俺としては、俄かに信じられなかった―――やがて、思い知らされたのだが。










1999年3月18日 2230 福島第2駐屯地 第18師団司令部第3部


「じゃあ、結局式は挙げる事になったのかい?」

夜食を食べながら、同僚の二階堂大尉が聞いてきた。

「ああ、来週に1日休みを貰った。 丁度、彼女も課程を卒業して、配属されるまでの待命時期だし」

俺も夜食のうどんを食べながら、この1か月の目まぐるしさにやや呆然としていた。 あの日、愛姫が『任せろ!』と言った日から、目まぐるしく状況が変わった。 
愛姫は実家の伝手を総動員して会場を押さえ、祥子に直談判して式を挙げる事を了解させ(広江中佐と河惣中佐を同行させてだ!)、俺と祥子の実家をも説得したのだ。
驚いたのは、話を聞いた緋色も愛姫に同調して、色々と協力した事。 あいつは愛姫と違って、こう言う事でお祭り騒ぎするタイプじゃないと思ったのだがね。

「来週か。 残念だが、その日は休めないな。 例の案件も佳境に入って来た事だ、師団はおろか、軍団や軍司令部からもせっつかれているし」

「ああ・・・ 済まない、こんな忙しい時に、休みを取って・・・」

思わず謝ってしまう。 実際、ここの所は戦場のような忙しさだ。 夏に向けて帝国中が巨大な歯車の様に動き出している。
俺の部署も、ささやかながらその一部として邁進しているのだ。 こんな時に、自分の仕事を同僚に押し付けるのは気が引ける。

「何を言っているの。 人生で大切な時じゃない、誰も文句は言わないわ。 その代わり、私の時は代役、お願いね?」

そう言って真木大尉が笑う。 士官学校卒業生で、少尉任官時期は俺より後だが、大尉進級は同時期な彼女。 恋人がいると言う。

「その時は、喜んで」

「・・・何だか、俺も結婚したくなってきたぞ」

課内で唯一の独り者である二階堂大尉が、ボソッと呟くと同時に、課内に笑いが広がった。課長の邑木中佐も、課長補佐の柴野少佐も、家族持ちの篠原大尉も笑っている。 
要務士の4人の准尉達も、楽しそうに笑っている―――久しぶりじゃないか、こう言う笑い声。 いや、初めてじゃないか? こういう雰囲気は。

「いやいや、目出度いですな。 やっぱりこう言う話は、どんな時でも良いモンですな」

大森准尉が、目を細めている。

「若い人たちのそう言う話、最近は余り聞かなくなりました。 やっぱり嬉しいモンですよ、周防大尉」

巨勢准尉は、確か娘さんが結婚直前に戦死したのだったな・・・

宮原准尉、河田准尉も喜んでくれている。 兵から叩き上げて准士官に。 
もう50代の大ベテランの4人。 その胸中は伺い知れないが、それでも素直に受け取っておこう。

「・・・有難うございます」










1999年3月23日 1300 仙台市内 某所


「結構、集まったな」

「非番の連中は全て。 他にも公務で理由を付けて、とにかく足を運んだ者も」

「ふむ、普段なら厳重注意モノだがな。 今日だけは大目に見よう」

広江中佐と緋色が話している。 俺は軍の礼装に身を包み、上座に座って流れる汗をさっきから吹きっぱなしだった。
目前には、両側に並んだ周防、綾森両家の親族たち。 生憎と都合がつかず、出席出来なかった人たちも居るが、後日必ず挨拶に行こう。
その先には、ズラッと並んだ軍服姿の一団が居る。 課を代表して来てくれた、柴野少佐。 多分部下に留守を押し付けた、広江中佐。 
開発本部からすっ飛んできた、河惣中佐。 第4軍司令部への公務出張から駆けつけてくれた、藤田大佐。 少し遅れて、奥様に睨まれていたな。
融通を付けてくれて出席してくれた木伏少佐、緋色、美園、最上。 14師団からは三瀬さんと仁科。 それに徹夜を連続して仕事の都合を付けた圭介。

「にしても、豪壮なお屋敷よねぇ・・・ ここって、愛姫さんのご実家の?」

「らしいよ? あの人、見かけによらずお嬢様だったんだね。 緋色さんは知っていたけど」

うん、俺も美園と仁科の言葉に同意する。

優に50畳は有るんじゃないか? この座敷は・・・ 障子を取りはらって、何間か続けているけど、それでも広い。
愛姫が『任せろ』と言った言葉に、嘘は無かった。 どうしたかと言えば、彼女のおじいさんに甘えた様なのだ。 孫娘のお願いを、孫に甘い祖父が聞き入れてくれた訳だ。
この豪壮な屋敷、実は愛姫の実家が持つ家だと言う。 普段は市内の家に暮らしているそうだが、維持も兼ねて年に何日かは暮らすと言う。

『ああ、あの家? 私のお祖父ちゃんの持ち家よ。 ウチはこれでも、昔は結構な武家でね。 お殿様の一族で、家老もしていたのよ。
もっともね、1世紀以上前のあの政変でね、当時の新政府が気に入らなくって、時のご先祖様は武家の身分を捨てて、帰農したのよ。 だから今は農家ね。
でもね、そのままだったら、斯衛で最低でも白、場合によっては山吹位、貰える家格だったらしいわね。 私は興味無いけれど?』

世が世なら、お姫様かよ、愛姫・・・

そして列の端っこの座っている愛姫と目が合う。 途端にニカって笑いやがった―――良い奴だよ、お前は。 有難う。
こうして何とか、式を挙げる事が出来た。 ウチの親も、祥子の両親も、最初はそれは恐縮していた。 当然だろう、人さまのお宅を借りてだなんて。
しかし、愛姫の祖父―――孫娘に甘いお祖父ちゃん―――が言ったのだ。 『なに、目出度い事に、遠慮はいりませんぞ。 儂も孫の恩人たちに、恩返ししたいのですじゃよ』

俺は、お前に恩を受けてばかりの気がするよ、愛姫。 いつか返せるかな?

やがて三三九度の杯を交わす。 打掛―――白無垢姿の祥子の横顔は隠れて見えない、だけど盃を持つ手が少し震えている。 泣いているのか。
神前式でも、仏前式でも無い。 大体が両家共に避難先だ、そんな余裕は無いし、都合も付けられなかった。
だから完全に『人前式』だったが、それでも嬉しかった。 見ると、祥子のご両親が涙ぐんでいる―――幸せにしますから、生ある限り、必ず。
祥子の打掛は、東京の家から持ち出せた、数少ないお母さんの私物だったそうだ。 お母さんが嫁入りの時に着ていたそうだ、それを娘が着て結婚する。
今日、師団本部からすっ飛んできた時には、両家の親は勢揃いしていた(祥子も居た) その時もそうだった、そして俺のお袋が、そんなお母さんの肩を抱いて言っていたな。

―――『娘さんを、お預かりしますね。 私達、2人の娘ですよ』

やがて、仲人を買って出てくれた愛姫の祖父が、朗々とした良い声で『高砂』を詠い始めた。

“高砂や、この浦舟に帆を上げて、月もろともに入り汐の”

初めて出会ったのは、93年の4月。 俺はまだ訓練校を卒業したての、新米少尉だった。 そして同じ中隊、同じ小隊に祥子が居た。

“波の淡路の島蔭や近く鳴尾の沖過ぎて、はや住の江に着きにけり”

木伏さんと目が会った。 笑っていた、嬉しそうに笑ってくれていた。 同じ小隊に、当時の木伏先任少尉が居た。 中隊には、故・水嶋少佐(戦死後1階級特進)も居た。
笑ってくれていた、木伏さんが。 多分、水嶋さんも笑ってくれていると思う―――有難うございます。

“はや住の江に着きにけり~・・・”

愛姫、緋色、骨を折ってくれて、有難う。 美園、仁科、最上、祝ってくれて、有難う。 柴野少佐、お忙しい中、都合を付けて頂いて、恐縮です。
藤田大佐、広江中佐、河惣中佐、お世話になりました。 ご迷惑おかけしてきました、有難うございます。

“・・・はや住の江に着きにけり~・・・”

圭介―――有難う、今度はお前の番だ、絶対だからな。 中等学校以来、ずっと一緒に痩せ我慢し続けてきた間柄だ、お前とは。 だから、絶対だぞ? 有難う。


「・・・嬉しい・・・」

祥子が、小さな声でそう言った。 そう聞こえた。










1999年4月 福島市内 周防家


『・・・なお、政府に近い筋の情報では、『近いうちに必ず大反攻作戦を企図する』、と言われております。
これに対して軍部は明言を避けては居ますが、最近の大東亜連合軍との協調を観察するに・・・』

朝の国営放送、正直言ってその取材力は大したものだと思う。 軍内部でも極秘なのに・・・家で出勤前の朝食時、TVを見ながら思う。
戦況は一進一退を続けている。 西関東防衛戦は、甲22号――――横浜ハイヴから溢れて来るBETA群を、24時間体制の間引き攻撃で何とか押さえこんでいる。
軍は来るべき時に向けて、その巨大な歯車を恐ろしい勢いで廻しだしていた。 多分俺も、近々には新しい辞令が下りる事だろう。

「あなた、まだ時間は良いの? もうこんな時間よ?」

妻が台所から顔を出して言う。 そう言えばもうこんな時間か、そろそろ基地に出勤しなければな。
TVを消して、軍服のネクタイを結び直し―――彼女の手が、先にネクタイを手に取っていた。

「今日は遅いの?」

「多分、遅くなる。 祥子は?」

「私も、ちょっと遅いかもしれないわ。 新任達の教育係になったから」

妻は師団司令部の主任管制官になっている。 そしてこの春に管制官学校を卒業した新任少尉達の教育係にも、任じられていたのだ。
俺のネクタイを締め直し、見上げた妻の顔は笑顔だった。 世の中は益々重苦しい空気に包まれ始めている。 BETA上陸から8カ月余りが過ぎた、未だ駆逐出来ていない。
それでも笑顔が有る。 人は笑顔を見せる事が出来る。 だったら―――だったら、いつの日か必ず、本当に笑顔で暮らせる時が来る筈だ。

「さて、じゃ、出勤するか。 今日は俺が運転するよ」

「いいの? じゃあ、お願いしようかしら」

妻と連れだって、家を出る。 随分と暖かい、もう春だ。 そう、冬は越した、春なのだ。
通勤用に購入した、軍払下げの(公用に使っていた中古車だ)自家用車に乗り込む。 ゆっくりと車道に出て、基地へと続く道を走りだす。
この辺りは緑が多い。 良い天気だ、小春日和になりそうな―――美しい祖国の風景。 守るべき風景。 そして横には、守るべき愛する人がいる。

「・・・望むのは問答無用のハッピーエンド、失われた日々を上回る愛と幸福。 ア・モーレ、それと幸福。 これに尽きるさ・・・」

「え? 何か言った?」

「・・・いいや、独り言。 さて、そろそろ着くか。 今日、俺の方が遅かったら連絡入れるよ。 車のキー、第3部まで取りに来てくれ」

「判ったわ。 じゃ、頑張ってね」

駐車場で車を降りた妻とキスをしてから、別れる。 基地ゲートの衛兵はもう見慣れたものか、苦笑しか返してこない。

「・・・さて、誰が言った言葉だったか・・・?」

確か、だれか知り合いが言った言葉だと記憶しているが・・・ 帝国軍じゃないな、あんなセリフを吐ける人間は居ない。
本部棟へと歩く道すがら、ぼんやりとそんな事を考えていた。 じゃあ、国連軍時代? それしかないな・・・ ああ、思い出した、あいつだ。

『俺は、俺の大切な人の為に、人達の為に、この地で戦っている。 それを誇りにしている。 だからこそ、戦える!
だからお前達も、お前達の大切な人の為に、大切な事の為に、極東で戦え! 俺はそれが嬉しいんだよ!―――おれもこっちで戦うからよ!』

あいつは、そう言っていた―――ファビオ・レッジェーリ。

「・・・よう、まだ生きているか? 元気にしているか? まだ戦っているか? 俺は大切な人を、大切な存在を手に入れたよ。 お前はどうだ?―――なあ、戦友」



―――見上げた空は、青かった。




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