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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/30 01:29
1997年7月27日 0750 大阪府豊中市 豊中駐屯地 第18師団


意外と近くで砲声が聞こえる。 ああ、今日も間引き砲撃が続いているのか。 連隊本部棟に入って聞こえてきた砲声に気付いた。
神戸を巡る一連の戦闘の後、何故か一時的に前進を停止したBETA群。 それを幸いと、防衛線の再構築(早い話が、負け戦で撤退した)を行っている。
師団は最前線の張り付きから、一時的に後方へ回されて、補給と整備を超特急で行っている最中だった。
お陰でホームグラウンドに戻る事が出来たが、今は他に14師団と29師団も同居している、狭苦しいこと甚だしい。

中隊事務室で、永遠に終らない雑務処理に追われていたら、連隊長から呼び出しを喰らった―――正式には出頭命令だが。

―――コン、コン

『はい』

連隊長室のドアをノックすると、中から野太い声が帰って来た。 間違いなく、連隊長の声だ。

「周防です」

『おう、入れ』

一呼吸置いてから、徐にドアノブを回す。 ドアを開ける前に一言。

「周防大尉、入ります」

室内に入って、ドアを閉めると同時に中を見渡す。
正面の執務卓の椅子に座っているのは、連隊長の曽我部啓三大佐。 一見強面の豪傑肌だがその実、細かい所まで気を配っている人だ。
―――死んでも、そんな素振りを見せようとしないが。

傍らには、先任大隊長で副連隊長でも有る広江直美中佐。 この人には新人の頃から、散々扱かれてきた。 
但し俺の今は、この人に教えられて来たからこそ在る様なもので、頭の上がらない人の筆頭でも有る。
反対側には、直属上官である荒蒔芳次少佐。 少佐としてはまだ中堅直前の部類だが、指揮官としては視野の広い、確かな戦術眼を有する人物。

(―――で、どうしてここに広江中佐と、荒蒔少佐が居るのだ? 確か、連隊長に呼び出された筈なのだが・・・?)

そんな思いが顔に現れたのだろうか? 曽我部大佐がニヤリとした嫌な笑みを浮かべて、切り出した。

「何だ? 周防、その表情は?―――頭の上がらん夜叉姫がおると、居心地が悪いか?」

何て事を言い出しやがる、このおっさん。 見ろ、広江中佐の表情を。
餌を見つけた猛禽の・・・ もとい、格好のオモチャを見つけた、ガキ大将の笑みを浮かべている。

「・・・ほほう、周防。 貴様が私に対して、常日頃どう思っているか、よぉく判ったよ?」

悪乗りするなよ、おっさん&おばさん(失礼!) 内心で悪態をつきながら、表面は冷静に対応する―――しなきゃ、いいオモチャにされる。

「いえ、連隊長がお呼びとの事でしたので。 広江中佐と荒蒔少佐がいらっしゃるとは、存じませんでしたもので、失礼しました」

思いっきり澄ました顔で言ってやる。 連隊長は苦笑しつつ、広江中佐は面白くなさそうな顔だ(そうそう、オモチャにされてたまるか)
荒蒔少佐は笑いを堪えている―――普段の俺の苦労が良く判る縮図だ、全く。 そんな俺の顔を見て、広江中佐が少し表情を綻ばす。

「・・・ふん、あの新米坊主が、一端になったものだ。 で、連隊長?」

「うん、まあ、俺から言おう。 周防大尉、貴様、今から直ぐに大阪城まで行け」

・・・は? 俺の表情は、一瞬あっけに取られていた事だろう。 
今まさにBETAの大侵攻が再開されようかという状況だと言うのに、よりによって、最前線の戦術機甲部隊指揮官に後方へ、それも総司令部に行けとは?

「勘違いするな、周防。 何もお前を、後方に下げるとは言っておらんし、下げる余裕なんぞ有りはせんわ。
大阪城―――軍集団司令部まで行って、向うの戦略予備に編入されとる暇な衛士を数人、見繕って連れてこい、そう言っとる」

ああ、そう言う事か。 だったら最初から・・・ 何? 戦略予備から、衛士を引き抜いて来いだと!?

「し、失礼ですが、連隊長! 小官は大尉で有ります。 軍集団付きの戦略予備、それの戦術機甲部隊ならば、指揮官は大佐殿・・・ どうやって引き抜けと!?」

一介の大尉が軍集団司令部に行った所で、窓口の尉官に散々に規則尽くめで対応された揚げ句、精々が司令部の少佐辺りに叱られて、追い返されるのがオチだ。
大体が、戦略予備部隊の人員を、最前線部隊にそうそう回すものか。 いざという局面での保険―――それが戦略予備部隊だ。 いちいち引き抜かれては、頭数を保てない。

「なに、実は軍司令部からのお達しだ。 各師団―――戦術機甲連隊で、人員に穴が空いた部隊は、補充申請する様にとな」

それは喜ばしい。 実際問題、我が連隊も少なからぬ損害を被っている。 補充の衛士と予備の戦術機、喉から手が出るほど欲しい。
だが、それと戦術予備の部隊とどう繋がりが? と思っていたら、連隊長の言葉を、横の広江中佐が補足する。

「正規の戦略予備部隊では無いのだよ、周防。 
中国戦線や山陰方面で壊滅した第10、第15、第24師団の所属で、何とか生き残った連中でな、まだ戦える者が30名少々居る。
その連中は今現在、軍集団本部付きでプールされている訳だが、大隊を構成できる訳でも無いのだ。
そこで、『新しい群れ』を与えようと言う事でな。 はぐれた子犬は、新しい群れで新しい牙を与えられて、狼に変わる。 そう言う事だ」

頭の中でざっと計算する。 軍集団には今現在、戦術機甲連隊を有する師団は8個師団。 30数人を奪い合ったとして、平均で4名程度。
戦術機甲連隊は3個大隊編成だから・・・ 1個大隊当り1名から2名の補充。 実にささやかだが、無いより余程ましだ。

「で、だ、周防。 18師団・・・ 181連隊からは、貴様が『仲買人』として行ってこい」

広江中佐の言葉に、納得がいかない。 ・・・普通、大隊長クラスが行かないか? 
広江中佐は役目柄、抜け出せないとしても。 荒蒔少佐か、3大隊の森宮少佐か。

「こんな状況だ、各大隊長は場を外せん。 そこで、各部隊共に中隊長クラスを出す事になった。 
我が連隊からは周防大尉、貴様が適任と言う訳だ。 是非、余所の部隊を出し抜いて、優秀な奴を引き抜いて来い」

「・・・大尉は、他にも居ますが?」

無駄だとは判っていても、ささやかな抵抗はしてみたい。 が、返って来た連隊長の言葉は実に明快だった。

「木伏は、最先任中隊長と言う事でな、ここを外す訳にはいかん。 源は、あれは気が優しすぎる、厚かましさという点でな。
葛城は正直者と言う点で駄目だ、余所の部隊を出し抜いて、欲しい人材を掻っ攫ってこれん」

連隊長の後を継いで、広江中佐が続ける。

「美園と仁科では、まだまだ貫目が足りん。 大尉の中でも、まだ後任の部類だしな。 伊達は一見良さそうだが、あれでいて自分好みの衛士を選ぶ癖が有る。
神楽は・・・ 駄目だな、あの一本気の性格では。 余所様と喧嘩になりかねん―――判るか? 周防?」

―――あまりの言い様に、流石に腹が立つ。

「・・・つまり、自分が一番厚かましく、ねじくれた性格で、シレっと余所様を出し抜く適任者だと?」

「拗ねるな、周防。 つまり貴様が一番ニュートラルに選ぶ目を持っていて、交渉力が有って、大尉の中でも中堅としての貫目が有ると言う事だよ」

荒蒔少佐が苦笑しつつ、フォローを入れてくれる―――拗ねてなんか、いやしませんけどね。
広江中佐がニヤニヤしながら、『荒蒔君は、周防に甘い』なんて言っているが。 判っていますけどね、中佐が遊ぶ相手を選んでいること位は。

「第1大隊は欠員9名、第2大隊は10名、第3大隊8名、合計27名。 連隊の衛士定員120名で、現存93名。
4名程度の補充では、焼け石に水と思うか?―――違う、断じて違う。 今や『最後の大隊』では無い、『最後の小隊』が必要なのだ」

曽我部大佐が、今までの表情とは打って変わって、厳しい表情となってそう言った。 
確かにそうだ、『最後の小隊』―――この近畿を抜かれたら、後方の各軍集団では、大規模な防衛線を張る余裕はかなり少ない。

「・・・了解しました。 周防大尉、これより軍集団司令部へ赴き、補充要員の確保に参ります」

姿勢を正して敬礼する。 答礼を返してきた曽我部大佐、広江中佐、荒蒔少佐、皆一様に厳しい表情だった。





「―――周防」

連隊長室を辞し、連隊本管(本部管理中隊)の指揮官に車輌を出して貰うよう頼みに行く途中、後ろから広江中佐に呼び止められた。

「何でしょうか? 中佐?」

少し急ぎ足で歩み寄って来た中佐が、ちょっと周りを見渡して小声で言う。

「周防、人員は既に割り当てられている。 本来は本管から人を出せばいい筈だったのだ・・・ 判るな? 私の言っている事が?」

―――全く。 何が、『荒蒔君は、周防に甘い』だよ・・・? 甘やかされているよ、俺は。 
中佐の表情が真摯だったので、余計な事は言わないでおこう。 つまりだ・・・

「軍集団本部には、0900に行け、帰隊時刻は1200。 車輌は2台出してやる、本管から担当将校が1名と、下士官が1名出る」

補充の衛士4名を乗せても、本管の車輌―――『73式』1/2トラックは7人乗りだ。 本当は1台で済む。

「野戦病院は、そこから直ぐだ、車で10分程。 明日の朝には、東京に移送されると、連絡が有った」

確か、美園が様子を見に行ってくれたのだったな。

「荒蒔君から、相談を受けてな。 彼にとってはこの重要な時期に、先任中隊長が離脱した上に、次席中隊長まで平静な状態で無いのは厳しい。
まあ、その・・・ 貴様も何だ、その、命が助かったのだ、気落ちせずにいてくれれば、我々も助かる。
それに、もう意識も戻っているらしい。 せめて、顔だけでも見に行ってやれ―――いや、見に行った方が良い」

何時の間に、この人はこんなに『優しく』なったのだ?―――いや、元々こう言う人だったな。 部下達にも、それとなく気を回している人だった、不器用だが。
思えば、昔に俺と祥子が大連で謀略絡みの騒ぎに巻き込まれた後も、何かと気を使ってくれていた。 当時は気付かなかったが、今になってみればよく判る。

「・・・部下の中には、家族を喪った者も居ます。 それでも、それを表に出さずに戦っています。
中佐のご厚意は有り難いのですが、自分は彼等の『健気』を、指揮官自らが汚す事に耐えられません」

そう言った俺の言葉は、果たして本心か? それとも見栄か? 中佐が小さく、しかし声を荒げて、俺を見据えて言う。

「馬鹿者! 周防、酷な言い様だが、生者と死者には歴然な壁が有るのだ! 
死者には哀悼を表せ。 亡き戦友には、その足跡を語り継げ。 だがな、生者は違う、違うぞ、周防」

思いのほか真剣な表情だ、真っすぐ俺を見据えて来る。

「傷ついた者、それを案ずる者、いずれも心に傷を負う。 しかしな、生きている限り、その傷を癒せる機会は有るのだ。
死んだ訳ではない、一命は取り留めた、その次だ。 周防、気持ちに区切りを付けろ。 向うも同じだ、そうしないとな・・・」

中佐の言葉の最後、尻すぼみになった言葉の続きが、脳裏に響く。

(『そうしないとな、気持ちに区切りが付かないまま戦場に出るとな、貴様も、貴様の部下達も、碌な事にならん』)

―――甘やかされているよな、本当に。

「生者は前に進まねばならん、貴様も、綾森も。 その為だ、周防。 その為に、会って来い。 貴様と、綾森の為に」

―――生者と、死者と。 大切に思う心は同じだ、違うのは只一つ。 生きているか、死んでしまったか。
生きている限り、前に進まねばならない。 ああ、中佐の言う通りだ。 それは俺も祥子も、そして部下達も同じ事だ。

ならば、俺は・・・

「―――中佐は、本当に私に甘い」

「ふん、手のかかる子ほど可愛い、そう言うだろう。 貴様は本当に、手のかかる奴だった」

苦笑しつつ敬礼をする俺に、やはり苦笑いを浮かべた中佐が答礼を返す。 だがその笑いは、純粋な笑みだと思えた。
踵を返して、出口に向かう。 歩きながら思った、指揮官の見栄?―――大いに結構! だが、時と場合による。
俺のその見栄が、俺自身のコンディションを狂わせたとしたら。 それは部下達に対する責任放棄なのか?
いい訳に聞こえるかもしれない、そう言う人はいるだろう、そうかもしれない。 だが俺は今回、その見栄を放棄する。


時間は少ない。 それにいつ、BETAの再侵攻が生起するか。 本管に急ぐ事にした。










1998年7月27日 1030 大阪府 大阪城内 元第6師団司令部ビル 本土防衛軍 中部軍集団司令部


怒声と混乱が支配する作戦司令部とは打って変わって、司令官室内は静寂が、いや沈黙が支配していた。
砲撃の音が、遠くで雷鳴の様に響いている。 時折甲高く鳴り響くMLRSの飛翔音は、さながら大粒の雹でも大量に落ちて来るかのような。
曇天の空を見つめながら、中部軍集団司令官の大山允(まこと)陸軍大将は、ただ泰然と窓の外を眺め続けていた。

「閣下、防衛計画の変更は、只今ご説明した通りです。 現有兵力での防衛は、当初の計画を満足する事は最早不可能な状況にあり・・・」

司令官の背中を見ながら、報告を行う中部軍集団参謀長の田村守義中将は、その背中に何とも言えない分厚さを覚えていた。
当初は中部軍集団の総力と、海軍(聯合艦隊)の支援を受けての縦深防御計画を以って開始された、中部防衛戦。
しかし、やはりBETAの動向は当初の予想を大きく裏切った。 今やあちらこちらで、破綻の綻びは大きく開き、指揮下各部隊からは悲鳴のような戦況報告が舞い込んでいる。

「我々に与えられた戦力を以って、与えられた戦略目的を果たす為には、与えられなかった目標の放棄を行う以外、方法はございません。
すなわち、戦線を兵庫=大阪の境を南端とし、淀川を北の防波堤と化し、そのまま琵琶湖、敦賀湾に抜けるラインを死守します」

参謀長の言を聞いた者ならば、そしてこの帝国に生を受けた者ならば、誰しも気が付くであろう―――その防衛ラインの内側に、帝都『だった』京都が含まれない事を。

「転進司令部は、大阪府合同庁舎の一部接収を含め、移転は完了しました。 本日正午より、最終防衛線への兵力展開を開始致します。
なお、本1300時には、大東亜連合よりの増援2個師団が到着。 また、海軍聯合陸戦第1師団が堺臨海基地に揚陸を完了。
聯合陸戦第3師団と共に、淀川防衛線に展開を開始する予定で有ります。 完了予定、1630時」

大山大将は相変わらず、黙って窓の外を向いている。
報告を終えた参謀長は、そのまま口をつぐんで司令官の様子を凝視している。 背後に控える数人の高級参謀達も同様だった。
作戦計画を根本的に見直す、その結果は国内に大きな反響を与える事だろう。 特に政治的に。 参謀達が固唾を飲んで、司令官の言葉を待っているのも道理だ。

「・・・参謀長、どこかで砲撃の音が聞こえる。 兵達は、今も戦っておるな」

野太い、そして低く響く声がした。 大山大将が呟いたのだ。

「はい、閣下。 少しでも数を削る為の、間引き砲撃で有ります。 数か所で中規模なBETA群との衝突も発生しております」

また、無言になる。 参謀長や高級参謀達からは覗えぬが、その時大山大将の表情には、ある種の決断をした者の目の光が有った。

「・・・作戦を承認する。 宜しい、大いにやりたまえ。 責任は儂が持つ」

「はっ! では―――諸君、かかれ」

数人の高級参謀達が、一斉に敬礼してその場を出てゆく。 
軍集団司令部はこれから、蜂の巣を叩いたような騒ぎと、喧騒に見舞われる事だろう。

一人残った参謀長が、司令官の背中に問いかける。

「閣下・・・ 総司令部へは?」

「儂の受けた命令は、近畿以東へのBETA侵入の阻止だ。 在りのままを連絡する、政治は関知せん」

そう言った後で、少しだけ溜息を付いて、言葉を続ける。

「しかしまあ、お客さんを放ったらかしには出来んか。 これもまた、儂の仕事だ」

「・・・小官が対応致しますが?」

「参謀長は、スタッフを纏めろ、それが仕事だ。 これは、儂の仕事だよ」

そう言うと、視線だけで参謀長を促し退室させる。 大山大将は、ほんの少し窓の外を見ながら沈考する仕草を見せたが、短く瞬きしてその場を離れる。
司令官公室から横の扉を開けると、応接室となっている。 客人が先刻から、そこで待っているのだ。
ドアを開け、応接室内に入る。 通された時からずっとその様子だったのか、訪れた相手はソファに腰掛けたまま、姿勢を正して黙想しているように見える。

「・・・お待たせしましたな、官房局長」

「急な訪問、非礼をお詫び申し上げます、司令官閣下」

「いや、こちらこそ。 なかなか時間が空かず、お待たせしてしまった、申し訳ない」

立ち上がり、折り目正しく丁寧に頭を下げる相手に、仕草で据わる様に言う。 副官が茶を持って入室し、直ぐに副官室に戻ってゆく。
据わると同時に相対する客人の様子を、礼を失しない様に観察した。 年の頃、50歳前後と言う所か。 
白いものが目立ち始めた髪を丁寧に撫でつけ、恐らくはオーダーメイドの背広を隙無く着こなしている。
若い頃は斯衛軍に在籍していたと聞く、今でも身体つきは引き締まった印象を受けるのは、その頃からの習慣か。

「・・・今日も、砲声が鳴り止みませんな」

相手が窓の外をチラリと眺めながら、囁くように小さな声でそう言った。 その声色の中に、先程自分が感じたのと同種の印象を受けたのは、気のせいか。
ほんの半瞬、相手を探るような視線を向けた大山大将だったが、直ぐに何時もの泰然とした様子に戻り、相槌を打つ。

「はい、今日も何処かで、部下達は戦っております。 昨日も、今日も、そして明日も戦うで有りましょうな」

恰幅の良い大将が、重々しい声でそう言うと、妙に安心感の様なものを感じる。 最もそれは軍事の専門家以外の事だ。
専門家は逆に、この人がこう言った泰然とした態度を崩さないのは、逆に窮地か、それに近い状況に追い込まれつつある、と言う事を知っている。
大将がゆっくり湯呑を冷ましながら、少しだけ喉を湿らす様に茶を飲む。 その水面の文様を眺める様に暫く見つめていた視線を戻し、相手を見据えて言う。

「官房局長、軍集団は与えられた戦略目標を達成する為に、あらゆる手段を講じる所存ですぞ」

「成程、御国にとって、誠に喜ばしい事です」

お互いの牽制が始まったかのように見える。 が、それを直ぐに破ったのは大山大将の方だった。 
やや身を乗り出し、相手によっては重圧と感じるかもしれない威を発しながら、真っすぐに見据えて言う。

「儂は、只の軍人だ。 政事向きの事はよう判らんし、判りたくも無い。 統合幕僚総監部や本土防衛軍総司令部の、政治士官じみた連中の考える事は判りたく無い。
儂が判るのは、純粋に軍事面の事だけだ。 そして、その軍事がそう言っておるのだ、『京都を放棄せよ』とな。 それが理由じゃよ、神楽宗達(そうたつ)殿」

その大山大将を真っ正面に受け止めながら、顔色一つ変えず端然としつつ、その視線を見返すのは、城代省官房局長である神楽宗達。
山吹の色を許された武家の当主であり、若かりし頃は斯衛軍将校でも有った。 先代の父が没した後に軍から身を引き、城代省高級官僚の道を歩いている。

「・・・帝都市内には、未だ50万近い民衆が取り残されております。 摂政殿下(政威大将軍)は、その事に大変ご心痛なご様子。
皇帝陛下の殿軍を担う殿下にとって、無辜の民が易々とBETAの蹂躙にまかされるままと言う状況は、陛下への、己が不忠の極みであると」

―――そう言わせておるのは、己れらであろう?

内心で毒づきながら、大山大将は大きく頷いた。

「誠に。 摂政殿下の仰り様、誠に御覚悟天晴。 されば殿下に於かれては統帥府(元枢府が兼ねる)を御された後に、早々に東下を為されたく。
我等帝国軍は、陛下と帝国、そして帝国臣民の『醜の御盾』 京都の民間人には、早急に脱出の手筈を取りましょう」

「・・・流石は国軍。 東海道、名神、国道1号線、何れも国軍が占有した状況では、如何様にも出来得ると?」

「何、貴き方々の身辺警護には、念を入れねば、でしてな。 列車ダイヤには必ず、不測の事態を想定した運用を組みこまねばならず、道路が渋滞したままでは役に立たぬ。
兵站全般も、その事に遠慮せねばなりませぬわい。 運用できる兵力が限られる手前、間引き砲撃も弾薬の消耗が激しい。 補給も、なかなか追いつかぬ状況でしてな」

お互いが、皮肉と嫌味の応酬となった。 そしてお互いが沈黙し合い、視線をぶつけ合う。

城代省は、帝国軍がこれまで本土領域のかなりの部分を易々と手放し、その結果として膨大な数の民間人が犠牲になった事。
そして今まさに、『帝都』を独断で放棄する決定を為した事、その事で想定される『帝都』残留民間人の犠牲が、多数発生するであろう事。
その事を皮肉と嫌味で塗し、皇帝陛下の国事全権代理である摂政政威大将軍が、不快に思っていると言う意味で味付けし、差し出した。

それに対し、帝国軍側は『醜の御盾』―――皇帝陛下の承認を得た政府の決定した、大戦略方針に基づく防衛計画であると反論。
更には政威大将軍が、このまま京都に留まり続ける不明と不具合を指摘し、斯衛軍と言う固有武力を、城代省が手放さない事を非難した。

(それに、今回の差し金は将軍自らの指示では無かろう。 昔、彩峰から聞いた事が有るが、聡い娘と聞く。 民間人の犠牲に心を痛めているのは、間違いでは無かろうが)

だが、何と言っても代替わりしたとは言え、未だ15歳の娘だ。 そんな少女が、国事の何たるかを理解し、実践出来るには少なくともあと数年の時は必要だろう。
恐らく今回の件、元枢府が動いているな。 大山大将は無言の外見とは裏腹に、内心で忌々しく感じていた。 あの、老いぼれ共。
恐らくは、『内政の煌武院家』の一門衆筆頭―――聖護煌武院、青蓮煌武院、大覚煌武院の3分家。 
後は斯衛を掌握する斑鳩家(分家の当主が、現斯衛軍総司令官)、そして官界に強い崇宰家辺りか。

元枢府内で、軍部や政府との衝突が多い斑鳩家と崇宰家。 年少の、それも未成年の女性当主を戴くに至り、なにかと家内が騒がしい煌武院家。
表向きは最もな理由だ。 軍としても忸怩たる思い以上の、痛恨極まりない結果に内心、腸が千切れそうな想いだ。
その事を指摘されれば、何とも弁明のしようが無い。 陛下や国民に指弾されれば、軍は今後、身を以ってその存在意義を示さねばなるまい、全将兵の命で購ってでも。

(―――だが、軍部統制派と同類の、権力闘争にうつつを抜かす元枢府の老いぼれ共が、言うに事欠いて何を言わん哉)

腹立たしかった。 何より自分の様な単純な軍人にとって、出来れば近づきたくも無い国内権力闘争の一端に、己が責務を巻きこんで欲しくない。

「閣下、帝都は千年の都であります。 今は副帝都に―――東京の仮御所に陛下がおわすとは申せ、日本人の心には、都は京都。
その千年の都が、為す術も無く異形の輩の欲しい侭に蹂躙されるは、日本人の、民族の魂を蹂躙されるに等しい」

今度は感情論か。 内心で罵声を浴びせかけたくなってきた。 よりによって、感情論とは! 
お涙頂戴でBETAを撃退できるのなら、ユーラシアは陥落などしない!

「そうなれば、軍内部の士気にも問題が生じるのでは? 現実問題、西日本出身の将兵は多い。 
BETAに家族を殺された者、東日本に疎開した家族を待ち受ける受難を案ずる者・・・」

―――痛い所を突く。

思わず顔を顰めてしまう。 事実、軍内部にもかなり動揺が広がっているのだ。 

「・・・最早、手は無い。 無いのだよ、神楽官房局長」

軍の威信の為にも、何より実際的な防衛戦闘に於いても。 最早、京都を守り抜く事は不可能だと、全ての検討結果がそう言っている。
それに、これ以上軍内部の動揺を放置する訳にもいかない。 現場指揮官達から、部下の動揺を抑え、士気を上げる事の困難さが悲鳴の様な報告として上がっている。
特に、生まれ育った故郷を見捨てざるを得ないと言う経験をした将兵に、それが顕著に表れていた。

懐かしい家や街並み、慣れ親しんだ風景、家族、見知った親しい人々。 それらが阿鼻叫喚の中で業火に焼かれ、BETAに蹂躙される。
中には精神に失調をきたす者も、少なからず居るのだ。 当然ながら、軍はその様な実態は公表しない。 
公表出来ない、『強き帝国軍』で有らねばならないからだ。 その為には、例え京都を道連れにしようと、BETAへ大規模な打撃を与えた、その実績が必要だった。


そこまで考えて、舌打ちしたくなる。 
未だ党利党欲にしがみつく政党、紛糾と分裂を繰り返す議会。 営利の追求を止める術を、最早完全に失った企業群。
その存在意義を昨今、厳しい目で見られるようになった落日の藩塀たる武家。 軍内部の実権を握りつつある、軍上層部の統制派高級将校達。
その連中と手を結び、同調しつつある各省庁の実務官僚団。 軍部統制派と省庁の実務官僚団は、ここで一気に全土に戒厳令を敷くよう画策していると聞く。
―――そして、それらを統制する事が出来ぬ政府。

大山大将自身は、皇帝への尊崇の念が強い軍人だった。 その為か、皇道派寄りの軍人と看做されている。 皇道派の若手・中堅将校からの接触も多い。
しかし同時に、中堅将校時代は欧米への留学経験も有する、国際感覚の豊かな軍人でも有る。 祖国がまた、過去に遡って歪みつつある事に、危惧を抱いてもいる。

「・・・閣下、実際問題としまして、私は殿下の東下は半月以内に行わねばならぬ、そう考えております」

それまでの無言の応酬から一転して、現実的な実務官僚の顔に戻った神楽官房局長の顔を見返す―――少なくとも、そこには一切の希望的妄想は入っていない。

「京都市内に居残る民間人は、約50万人強。 他の市町村も合わせれば、約130万人。 軍の支援が有れば、1日に数万人は東に運び出せましょう。
その直後の殿下脱出に関しては、私が責任を持って承ります。 但し、やはり最後の壁として斯衛は、動かせません」

大山大将も現場の軍人の顔に戻り、頭の中で現状を整理する。
今日の時点で援軍が、2個師団相当が到着した。 大東亜連合から支援の1個師団、中韓両国から追加の2個旅団。
伊勢湾から琵琶湖運河の伊勢水道を通り、琵琶湖に入り上陸を開始している。 京都北部と西部への援軍は、当面何とかなる。
3日後には、国内6個師団の増援展開が完了する。 大阪方面に4個師団を割かねばならないとしても、京都方面に2個師団。 ああ、米軍も到着する予定だ。

「・・・宜しい、では京都防衛の最終日は、8月15日とする」

「互いに、有益な合意がなされた。 そう理解しますぞ、閣下」





客が退出した応接室内で、大山大将はふと或る事に思い至った。 あの男、京都に残る『全ての』民間人脱出に関しては、言及しなかったな、と。
約130万人が残っている。 確かに京都市内に残る50万ならば、半月も有れば全て脱出させる事は可能だ。 だが、他の80万人は?

(成程な、その辺が城代省内部を説得させる、妥協点と言う訳か)

あの男、武家の中でも現実的な人物と言われ、それ故に同じ武家の中にも、敵がいると聞く。
しかし、それでなくば官房局長などと言う、現実調整役の元締めなどは、到底務まらないか。
走り去る車―――城代省が使用する国産の高級車を見つつ、これから別種の戦いに赴くであろう『同志』を見送った。
立場も、恐らく考え方も違うであろう相手だが、今この瞬間に、この局面を現実問題として戦わねばならぬ、その意味では間違いなく『同志』だった。





車中から、流れ去る市内の情景を眺めつつ、城代省官房局長の神楽宗達は軍との一応の妥協が成った事に安堵しつつ、これから省内での説得に胃が痛くなる思いだった。
神楽局長自身は、どちらかと言えば現実派、或いは中道派と看做されている。 自身では単に調整役であると考える。
これから彼が城代省に戻り、『戦う』相手は何れも一筋縄ではいかない。 大山大将の予想とはやや異なり、五摂家の本家当主達は、それ程頑なでは無い。
寧ろ厄介なのは、それぞれの一門衆(分家筋)と、門流衆(旧家臣筋)の家々だった。 その家々はそのまま、城代省の高級官僚と、斯衛軍上層部でも有る。

今更、将軍家が現実政治に韜晦する必要は無い、寧ろ混乱する元だ。 
もう1世紀以上も昔、まだ近世と近代の端境期に咲いた徒花、それが政威大将軍で有り、元枢府だ。
過去を現代の尺度で見るのは誤りの元であるのと同様、現代を過去の尺度に戻そうと言うのは、無理な話なのだ。
あの連中も、そして最近軍部や民間に増え始めている『同調者』達も、その辺を全く理解していない。

自身、爵位を有する武家貴族で有りながら、その立ち位置を否定する。 それでいて必要性を認めれば、その立ち位置を強化する事も辞さない。
神楽宗達と言う人物が、『今様の表裏比興之者』と揶揄されるのは、そうした行動に起因する。 無論、否定的な意味でだ。

結局は、政治の世界における現実的機会主義者、そう言っても良いのだろう。 いや、より本能に忠実と言うべきか。
生き残るためには手段を選ばず、と言う生物の本能の意味に於いて、彼は実に忠実な男だった。 武家社会を今後、どの様にこの国に対応させてゆくべきか、という面で。
世界を見渡せば、完全な成功とは言えないが、見本は有る―――大英帝国。 しかし、この国の武家の意識を変えるには、まだ時間と相応の犠牲は必要だと考えている。

軍との合意。 城代省内部には反発も多かろう、彼等は現実を知らない。 軍が内心、どの様に思い、九州からこちら、撤退してきたのかを。
軍上層部の統制派高級官僚などは、或いはそんな思いなど関係無いのかもしれない。 だが、現場で戦う軍人達はどう思っている事か。
それを非難する事は、出来そうになかった。 現実的では無かった。 先刻、敢えて感情論を出したのは、言わばメッセージだ。
短兵急に用兵を変換する事への危険性を、あのような形で言ったつもりだった。 どうやら大山大将は、完全かは判らないが、掴んでくれた気がする。

何より先日、斉御司家の門流筋でも有り、外務省に籍を置く人物から耳打ちされた情報。  合衆国の『オレンジ・プラン』
既に素案は昨年の末には、練り上がっていたらしい。 全容は未だ見通せない状況らしいが、明らかに帝国内部への介入目的である筈だ。
ならば、この状況下で連中が打って来る次の一手は?―――憶測だ、憶測故に、下手には動けない。 今は兎に角、帝国内部を統制する事だ。
例えば京都。 この一件で政府・軍部と元枢府の間に隙間が出来てはならない。 それは政党、議会、官界に及ぶ。
その余波は真っ先に、経済界に波及するだろう。 そして今の経済界は、BETA大戦の副産物として、半ば以上にグローバルな存在になりおおせた。
連中の後ろ盾は、もはや日本帝国だけでは無い。 日本帝国だけでは、様々な海外拠点を有する複合企業群の統制は、出来なくなっている。
そして真っ先にその食指を動かす相手は、ウォール街。 その背後には・・・

そう考えて苦笑する、これではまるで、世に言う統制派と同じではないか。 
そうだな―――連中にも伝手を持っておくか、保険はかけた方が良い。 情報省・・・ は、今回止めておこう。 連中の制御は難しい。
外務省国際情報統括局―――うん、軍事ならばともかく、政治・経済動向ならば、向うの方が相手をし易いか。

脳裏でそれだけの事を、瞬く間に思い描く。 城代省官房局長―――実質的な参謀長として、省内情報部門を統括する人物だけは有った。


「・・・戻るのは、何時頃になるかね?」

助手席に座る部下に尋ねる。 BETAの再侵攻がいつ生起するか知れない状況では、一刻も早く次の手にかかりたい。

「はい、道路事情も有りますので、1時間半はかかるものかと」

正午か。 では、午後一番の省内会議には間に合うか。
そう考えていたその時、信号で車が止まった。 目前を戦場に向かうのか、戦術機甲部隊が通り過ぎる。 94式『不知火』の部隊。
唐突に、娘の事を思い出した。 親と一門の都合で、人生を振りまわせてしまった次女。  もう、あの娘との関係は修復出来ないのか?
斯衛を嫌い、陸軍に入隊した次女。 それも士官学校をわざと蹴って、衛士訓練校に入校した次女―――もう何年も、まともに話してくれない実の娘。

双子の姉である長女の話では、中部軍集団に所属していると聞く。 今も何処かで戦っているのだろうか?
指揮車両から身を乗り出した女性衛士の姿が、車中から見える。 まだ若い、娘と同年輩位か。 
今や帝国は、あのような若い女性―――いや、もっと若い10代の少年少女さえ、戦場に投入しているのだ。

(『父上、私に生を授けて下さった事、感謝致します』)

もう何年前になるか。 娘が大陸派遣軍の一員として大陸に渡るその直前の夜半、実家を訪れ、それだけ言い残して戦場へ向かった。
生を授けた―――それだけを、感謝すると。 言い換えれば、自分はそれ以外であの娘から、父親として思ってくれていなかったと言う事か。

(私は、お前を愛しているよ、緋色・・・)

最早、父娘の関係は修復できぬだろう。 だが、この内心だけは判って欲しかった。









1998年7月27日 1045 大阪府大阪市内 陸軍野戦病院


足の踏み場も無い―――それほど、あちらこちらに負傷兵が寝かされている。
軍集団司令部で、補充の衛士を5人(他の師団より多かった)引き継いだ後、本管の中尉に後を任せ、10分ほど走ったこの野戦病院に着いた。
普通の市内の病院だったのだろうが、今は待合ロビーは軽傷者の臨時収容スペースとなり、通路も臨時ベッドで埋まっている。
受付(軍病院でも、受付は受付だ)で、官姓名を名乗り、照会して貰う。 やがて1人の女性看護伍長が、器用に患者を避けながら走り寄って来た。

「お待たせしました、大尉殿。 照会終わりました、ご案内しますので、こちらへ」

そう言って、今度はゆっくりと歩き出す。 1階の奥から階段を上り(踊り場にまで、軽傷者が座り込んでいた)、2階奥の病室に案内される。
病室に辿り着くほんの少しの間、負傷者の様子をチラッと見ていた―――精神的なダメージを受けた者が、やはり何割か居る。
自身の経験上、その中の何割かは前線に復帰してくるだろうが、何割かは加療が必要だろう。 そして最後の何割かは、もう駄目だ。 日常にも支障が生じる。

やがて通された病室は、かつては小間を区切った診察エリアだったのだろうか。 今はブチ抜きの空間だった。
そこに何十人もの重傷者が収容されていた。 ただし、ここの重傷者は何れも一命を取り留めた者達ばかりだと言う。
そうなのだろうな、戦場での医療は助かる者から治療をして行く。 助かりそうにない重傷者は、ここでこうして術後に収容されていない―――モルグに居る。

その空間―――広い大部屋の隅の方。 壁に面した窓際のベッドで、上半身を起こして身動ぎしない女性将校が居た。
左の手足が無い。 頭部を包む包帯が痛々しい。 長かった黒髪は、手術の為か、ばっさりと肩口辺りで切り落とされている。

「あ・・・」

声をかけようとして、一瞬声が出なかった。 差し出しかけた手が止まる。 
次の言葉を、次の行動を、どうしたらいいのか、頭の中が真っ白になってしまった。
隣のベッドに同じ様に、上半身を起こしていた女性士官(肩にかけた軍服から、斯衛と知れた)が、こちらに気付いた。
肘を使って体を動かし、隣の女性に手で触れて合図している。 小声で何か言っている様だった。
彼女がこちらを向いた。 目は包帯で見えない、音で探っているのか、そんな仕草を見せる。

―――意を決して、声をかけた。

「・・・祥子」

一瞬、祥子の体が震えた様な気がした。

「・・・直衛?」

右手を差し伸べ、探るような仕草をしている。 その手を握りしめて、もう一度名を呼んだ。

「祥子、祥子・・・」

「直衛、貴方・・・ どうして、ここまで・・・?」

「甘やかす人が居るからな」

「・・・広江中佐ね? 昔から、貴方を可愛がってらした」

―――随分と、不器用なやり方だったけどね。

そこで困った。 言葉が出ない。 
言いたい事は山ほどある、伝いたい気持ちは張り裂けそうなほどだ―――言葉が出ない。

「私・・・ ドジ踏んじゃった。 情けないなぁ、もう」

「祥子・・・」

「駅舎が見えて、一瞬気が緩んじゃった・・・ もう、恥ずかしいやら、情けないやら」

「・・・」

「でもね、見てて。 疑似生体移植で、直ぐに戦線に復帰してやるんだから。 こんな怪我、どうって事無いわ!
中隊の部下達の事も心配だし、貴方と美園だけじゃね! 私は、先任なのだもの。 私が、私が居ないといけないのだもの」

「祥子、あのな、祥子・・・」

「だ、大体、こんな怪我で休んでいる状況じゃないのよ、今のこの国は! 
私が戦わないと! 私が戦わないと、両親や弟妹を誰が守るの!? 私が戦わないと・・・!」

俺の腕を掴む祥子の手に、力が入る。 その手は震えていた。

「わ、わたしが・・・ッ わたしが、たたかわないと・・・ッ」

「・・・祥子」

震える彼女の体を引き寄せ、頭を抱え込む。 声は慟哭になっていた。

「も、もう・・・ッ もう、左腕が無いのッ 直衛、貴方を触る事が出来ないのッ 左足が無いの! 貴方と一緒に歩く事だって・・・!」

言葉が出ない。 だた、抱きしめる力が増すばかりだ。

「しっ、知らなかった・・・! こ、こんなに辛いだなんて! こんなに、こんなに怖いだなんて! わたし、知らなかった・・・ッ」

嗚咽を漏らし続ける彼女を抱きしめながら、掛ける言葉を見出せない自分が、腹立たしかった。
俺自身も、負傷の経験は有る。 右のこめかみから右頬にかけて薄ら残る跡は、その名残だ。
それでも、俺は五体満足に生き抜く事が出来ている。 今の彼女の苦悩や言い知れぬ不安、それに恐怖―――掛ける言葉が見つからない。

怖い―――と思った。 戦場では感じる事の無い、異質の恐怖。
しかし―――そうだ、しかし、それでも、まだ・・・

「・・・それでも、生きている。 生きている。 そう、生きている。 祥子、生きているんだ、祥子」

喉がひり付いたようで、上手く声が出ない。 掠れた声。

「俺は、祥子。 俺は、君に生きてこうして会えた。 嬉しい。 悲しいけど、悔しいけど、でも嬉しい」

ああ、もう、何を言っているのか自分でも判らない。
相変わらず、言葉が詰まる。 何を言いたいのか、頭は相変わらず真っ白だ。

「君の左腕が無くなった―――悲しい。 君の左足が無い―――すごく、悔しい。 君が怖がっている、泣いている―――俺も怖い。
でも、それでも・・・ 君が生きている。 こうやって抱きしめて、温かさを感じる事が出来る、君の声を聞ける―――嬉しい、嬉しくて、泣きそうだ・・・」

腕の中で、祥子の嗚咽が少し大きくなった。
戦場での死は、もう見飽きるほど見てきた。 いつの間にか、死者を弔う流儀にも慣れてしまっていた。
朝、親しく話し込んでいた戦友が、夜、部屋に居なくなっている。 そんな情景は、日常だった。

「俺は、嬉しい。 生き残ってくれた事に。 今、生きてくれている事に」

戦場での生死とは違う。 例え結果が、その延長線上だとしても。
生きる事に、生きてくれている事に、これ程感謝した事は無い。 これほど嬉しいと思った事は無い。

「怖いのだろうか、不安なのだろうか・・・ 結局、俺は祥子、君の今の気持がどんなものか、最後まで判らないだろう。
でも、これだけは・・・ これだけは、言える。 嬉しい、嬉しい、と・・・」

祥子が、声を上げて泣き出した。 
その体を、今度はゆったりと抱きしめる。 祥子が生きていてくれて、嬉しい。 素直に、泣きだしたい程、嬉しい。

「・・・嬉しい・・・」

腕の中で、嗚咽と共に祥子が呟く。 そうだ、嬉しい。 誰だって、どんな人だって、嬉しい。 嬉しいと思う、そう思う。






結局、碌な事も言えないままに、面会時間が過ぎてしまった。
病院を出て、後ろを振り返る。 色々と話したかった。 色んな事を伝えたかった、もっともっと、励ましたかった。
祥子の左腕と左足が失われた―――俺が、その代わりに、なんてのは、結局は俺自身の自己満足だ、そう思う。

でも、別れ際に祥子が小声で言ってくれた。

『―――私、生きる。 不安で、怖いけれど。 でも、生きるわ。 だから約束。 直衛、貴方も生きて』

数年前、国連軍に派遣される直前に、彼女と交わした言葉。 今もあの気持ちは変わらないし、つまるところ意味は同じだ。
それでも・・・ それでも、あの頃より何か、明確な何かを掴めた気がする。

時間が無い―――名残惜しいが、それでも何か晴れた気分だ。 行こう。

踵を返して車輌へと向かう途中、ふと見知った姿が見えた。 思わず声をかける。

「神楽? 神楽斯衛大尉?」

「―――周防大尉、どうしてここに?」

祥子の横に居た斯衛士官が、以前に斯衛軍との合同演習で会った事が有ると思いだしたのは、その後だった。






―――直衛は戦場に戻って行った。 私は相変わらず不安で、まだ怖くて。 でも、それでも、心が少しずつ、和らいでいくのが判る。
嬉しい、そう言ってくれた。 さっきまで自責の念で、正直押し潰されそうになっていた。   これからが不安で堪らなかった。
今でも考えてしまう。 自分の事、部下達の事、そして彼の事。 でも、少しだけ、心が和らぐ。
嬉しい、そう言ってくれた。 そうね、私も嬉しかった。 本音を言えばホッとした。 何かから、救われた気がした。

窓の外を見た。 生憎の曇り空。 でも、ほら、少しだけ陽が差し込んでいるわ。

「・・・うれしい、ですか・・・?」

隣のベッドの斯衛士官が、小さく呟いた。
彼女の横顔を見ていたら、その向うに見知った姿が見えた。 鮮やかな山吹色。

「・・・ええ、私も、嬉しい。 貴女もきっと、そう思う日が来るわ」






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grenadier様 『等身大の戦場』



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