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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/30 01:29
1998年7月26日 1130 大阪府大阪市内 陸軍臨時野戦病院


「―――血圧低下!」

「強心剤投与だ、NA(ノルアドレナリン)を・・・ このクランケ、体重は!?」

「計測できていません。 しかし、標準的な女性衛士です」

「よし、じゃあNAを6Aで・・・ 5%ブドウ糖希釈を48mlだ、急げ!」

手術室―――いや、かつては待合室だったのだろうスペースに、無理やりオペ台を設置した臨時執刀エリアと言うべきか。
正規の手術室など、とうの昔に処理能力を飽和させていた。 余程、空気感染の危険が危ぶまれる場合だけ、使っている。
それでさえ、患者の数―――負傷兵の数が多すぎる。 『只の』外傷なら、こうした臨時手術台で、しかも恐ろしく大雑把な処置を施すのが精々だった。

「右脚、膝部から下部、壊疽を起こしています。 右胸部陥没、肋骨が4本」

「まずは脚だ、このままでは壊疽ガスの毒素が回ってしまう―――切り落とすぞ」

あちらこちらで、平時なら数時間から10数時間をかけて『治す』為に手術が行われたであろう重傷者達を、『生かす』為に必要な『パーツの除去』が行われている。
向うのオペ台では、朦朧としつつある意識を何とか保っている負傷した衛士が、しきりに何かを呻いている。

「脚を切らないで、だ? 馬鹿モン! 中尉、貴様、死にたいのか!? この脚を切り落とさなきゃな、貴様はあと数時間で、壊疽の毒が回って死ぬんだぞ!」

悲鳴が上がる、どうやら麻酔が余り効いていない為か。 看護兵が数人がかりで暴れる負傷兵に覆いかぶさり、その体を押さえつけていた。

「騒ぐな! 喚くな! 腕の1本や2本で助かるのだ、我慢しろ!」

「猿轡を噛ませろ! 舌を噛み切る恐れがある!」

「おい、余り麻酔が効いとらんぞ? ・・・酒飲みだぁ? ったく、しょうが無い。
おい軍曹、貴様、自業自得だ。 戦車級に集られて、両脚無くすだけで済むんだ、幸運だぞ、貴様は!」

廊下には前線で衛生兵による応急処置を、軽く施されたままの負傷兵たちが何十人と、呻きながら順番待ちをしている。
立っていられる者達は少ない。 殆どの負傷兵は、毛布が敷かれた廊下の床に並べられ、苦痛に耐えながら、遠ざかろうとする意識と必死になって戦っていた。

「これ、E(死亡)、モルグ(死体置き場)に。 こいつはB(生存可能負傷者)、向うへ連れて行け。 こいつはA(軽傷者)、至急処置・・・」

看護兵(予備役の看護婦)を引き連れながら、軍医(これも予備役の軍医将校)が、廊下に寝かされた負傷兵の様子を見て回っている。

「こいつはC(生存可能重傷者)、こいつは・・・ お、運が良いな、Bだ。 貴様、助かるぞ。 お次は・・・ D(生存困難重傷者)か?」

ペンライトの光を瞳孔に当てて、反応を見る。

「・・・いけねぇ、もうEだ。 運び出せ。 次は・・・」

軍医の『選別』が続く。 最前線後方の野戦病院に指定された、このかつての市民病院。 大阪や京都南部に病院の数は有れど、負傷者の数も恐ろしい数字に上っている。
そして残った医者や看護婦達は、即日予備役招集によって、予備軍医将校、予備看護下士官兵として、こうして野戦医療に従事していた。
そこには戦場並みに、いや、或いは戦場以上に冷酷な『現実』が存在していた。 軍医の数が足りない、看護兵の数が足りない。
それにベッドが足りないし、何より医療スペースが飽和状態だ。 医薬品も恐ろしい勢いで、消耗され続けている。

よって、『選抜』―――簡単な処置を施すだけで、戦場復帰できる『予定者』が最優先とされ、次に傷の程度の軽い順に治療を施される。
重傷者などは、軽傷者の処置が終わるまで、モルヒネと抗生物質投与だけで何時間も放置される。 当然、その間に命を落とす者も多い。
運良く治療の番が回ってきても、この不衛生な(医療現場と言う意味で)場所で長時間放置された結果、感染症になった者、壊疽を起こして四肢を切断される者が相次いだ。


そんな様相を片隅に見ながら、大尉の階級章を付けた女性衛士が溜息をつきながら、廊下を進んでいた。
ただでさえ、真っすぐに歩けない。 廊下は横たわった負傷兵で溢れかえっているし、彼等を脚にかけないよう、気を付けねばならない。
先導する看護伍長(多分、以前は市民病院の正看護婦だったのだろう)の女性伍長の後ろを、気を付けながら歩く。

「・・・伍長、酷いモノだね・・・」

周りを見ながらそう声をかけるが、当の看護伍長からは何の返事も無い。

「・・・伍長? おい、看護伍長!」

「えっ!? あ、はっ、はい! 私でしょうか!? 大尉殿!」

「・・・君以外に、誰が居るって言うのよ?」

呆れ顔で、その大尉が呟く。 大尉と言う階級で想像される年には見えない、精々20代半ばか、その少し前の若い女性士官だった。
しかし、その顔は20代半ば前の若い女性―――本来、その年ごろの女性にあって然るべき色は少ない。
疲労と、苦悩と、悲劇を知った者に刻まれる、そして決して目には見えない跡が刻まれた面立ち。

「も、申し訳ありません。 まだ、慣れていないもので・・・」

「・・・召集されて、どの位なの?」

「今日で、10日です・・・」

小さな声で、震える様に呟く目前の看護伍長。 10日―――10日前までは、普通の市民生活を送っていた若い女性。 多分、自分と同年代。
勿論、外科の看護婦として、様々な患者と接してきた事だろう。 中には虚しく死んで行った患者も居ただろう。
だが、それは『生きて、治そうと』、医療関係者が持てる知識と技能を、最大限に振るった結果だ。
今の様に戦場で戦う『駒』を、『修理』するが如き様相では無かっただろう。 そして、その落差に対して、目前の看護伍長が内心で衝撃を受けている事も判る。

「まさか、こんな・・・ 病院で、こんな・・・ 先生方も、何も感じない様な・・・ 信じられません・・・」

多分、この病院の医師団には、野戦従軍した経験者が比較的多かったのだろう。 
負傷兵にとっては、ある意味で幸運だ。 人道的見地に立てば―――冗談では無い。

「慣れろ、そうとしか言えないわね。 馴れてしまって、医療従事者の矜持まで失う事は恐ろしいわ。 だけど、慣れなさい。 戦争はまだまだ続くから・・・」

大尉自身、戦場では戦死者同様、多くの負傷者を見てきた。 人体とは、これほどまで破損するモノなのか。
そしてこれほど破損しても、人は生きていられるのか。 そう恐怖した経験も、何度も有った。
馴れてしまうのは、自分自身、怖いと思う。 しかし、慣れなければ戦えない。 これは彼女自身が、戦場の経験で得た教訓だ。

「・・・はい、大尉殿、はい。 あ、こちらです。 昨夜に手術も終わって、眠っておられます」

看護伍長の指さす先、広いホールに所狭しと並べられた簡易ベッドに、点滴のチューブを付けて横たわる女性の姿が有った。

「先生の・・・ いえ、外科部長の・・・ もとい! 軍医少佐殿の所見では、一命は取り留めたと。
しかし、ここでは感染症の恐れも有りますから、明日の病院船の便で、東京陸軍衛戍病院に搬送する予定です」

大阪湾は、既に戦の海と化している。 病院船はまだ『安全な』伊勢湾から、琵琶湖運河の伊勢水道を経由し、河川港の滋賀県甲賀港に停泊している筈だ。
主要幹線道路、それに名神高速道路は既に軍の移動・兵站路として占有されているから・・・ 久御山まで一般道で、そこから京滋バイパスを瀬田東まで。 そこから新名神か。

「・・・仮にも、大尉の階級にある人なのよ。 それなのに、こんな大部屋? いえ、もっと酷いか、仮スペースで簡易ベッドだけ?」

思わず、非難がましい声になってしまったか。 看護伍長が済まなさそうに、本当にすまなさそうな声で、弁明する。

「も、申し訳ありません・・・ ですが、大尉殿、本当にもう飽和状態なんです。 患者さんは次から次へと。
でも、病室もベッドも、全然足りなくって。 せめて他の病院に、ってお願いしているらしいんですけど、どこの病院もこんな状態で・・・」

―――彼女を責めても、どうしようもないのだ。 彼女の責任ではない。 それが証拠に、まだ若い女性が顔の水分がこそげ落ちた様な、カサカサの肌になっている。
恐らく、もう何日も不眠不休で、負傷兵の治療にあたって来たのだろう。 彼女を責めるのは、お門違いだ。
その時、入口の方からまた、大きな声が聞こえてきた。 同時に呻き声に悲鳴、哀願の声、そして怒声。

「27師団衛生隊だ! 負傷者が31名! 頼む!」

「31人!? 冗談じゃない! 既に朝方から、400名以上を受け入れているのだぞ!?」

「こっちはもう、5か所の野戦病院をたらい回しだ! これ以上、放っておく気か!」

「お、おい! 銃をしまえ!」

「警備兵! 警備兵!」

衛生隊の先任下士官と思しき男が、頭に血が上ったのか、所持していた拳銃を抜いて看護兵を脅し、治療を強要している。
軍医や看護兵の声を聞きつけ、慌てて駆けつけた警備隊に押さえつけられるが、それでも叫ぶ事は止めなかった。

「頼む! 本当に、頼む! 死にそうな連中ばかりなんだ! 簡易処置だけじゃ、どうしようもないんだ! 
俺たちじゃ、もう手の施しようが無い! 師団の衛生隊じゃ、もう手に負えないんだ! 本当に死んじまう、頼む!」

「・・・こっちも順番が有る、先着した負傷者を診た後になるが―――おい、何とかして、空きスペースを作るんだ。 全員を収容する!」

「あ・・・ ありがとう、ありがとう・・・」

警備兵に両脇を抱えられながら、野戦病院から引きずり出されていく衛生隊の下士官が、疲労と汚れが滲んだ顔に、安堵の色を滲ませながら涙ぐんでいた。
その様子を見ながら、大尉を先導していた看護伍長が、本当に遣り切れなさそうな声色で、ポツリと呟く。

「個室に3人も4人も詰め込んだり、4人部屋に8人も10人も・・・ どんどん、死んで行くし、私、もう・・・」

慰めるべきか、励ますべきか―――結局、どっちつかずになった自分に、舌打ちする。

「心を折るな、看護伍長! ここは君の戦場だ、ここで君が負けてどうなる!?―――できれば、気丈になってもらいたいわね。
そうすれば、私も安心して負傷できるしね。 美人の看護、なかなかいい感じじゃない?」

最後は、我ながら下手な冗談だな、そう思う。 どうも自分自身でも、普段の余裕が無さそうだ。
それでも、疲れきった顔に多少は安心感を与える『何か』を、出す事に成功した様だ。 
ふと、それまで余裕の無かった看護伍長が、キョトンとした後で、少しだけ笑った。

「大尉殿、私は女ですし、大尉殿も女性ですよ?」

「私もノーマルだよ。 だけど・・・ むさくるしい衛生兵が、付きっきりってのは余りゾッとしないなぁ。 やっぱり、美人の方が良いよ!」

そう言って、二カッと笑う女性大尉―――兵科章は衛士だ―――の笑顔につられて、看護伍長もやや余裕を取り戻した。


「こちらです。 一命は取り留められましたが、しかし外傷が酷くて・・・」

眠っているその女性―――大尉で、先任の衛士で、かつての上官―――には、手足が欠けていた。
正確には、左足が大腿部から下、そして左腕は肘下から先が無い。 頭部は包帯で巻かれていて、両眼も包帯に隠れて見えない。

「搬送された後、術式にかかれたのは5時間経過した後でした。 手術の時にはもう、右足と右腕は壊疽が進んでいました。 
傷口から腐っていたんです、切り落とすしか方法が・・・ それに、多分管制ユニットの内装材が飛び散って、それが刺さったのだと思います、両眼に細かい破片が。
全て除去はしましたが、網膜が剥離しかかっています。 このままでは失明の恐れが有ると、軍医殿は仰ってられます」

「・・・疑似生体を使っても?」

「疑似生体処置を受ければ、多分、失明は免れるだろうと。 ただ、背骨に多少の損傷が有りますので、精密検査が必要ですけれど、もしかしたら衛士資格は・・・」

「そう・・・ 判ったわ、有難う。 ここは良いから、職務に戻りなさい、伍長」

「はい! では、失礼します、大尉殿!」


急ぎ足で去る伍長の背中をチラリと見て、視線をベッドの上に戻す。 微かに唇が動いた気がする。 苦痛は無さそうな眠りだった。
眠っているその姿を見ながら、こんな姿を見たくはなかった、そう思う。 いつも自分の前の道を、微笑みながら歩いているような女性だった。
自分が新任少尉の頃の、直属小隊長。 中尉に進級し小隊長となった時には、直属の中隊長として、その指揮下で戦い続けてきた。
その後も、戦場を共にしてきた。 大尉に進級し、中隊を率いる様になってからは、先任中隊長として、様々な事を教えてくれた。

「本当に・・・ 見たくなかったですよ。 見たくないですよ、綾森さん」

ベッドの傍らで立ち尽す女性大尉―――美園 杏大尉が、ポツリとこぼす。 その声に応える筈の女性は、眠ったままだ。

前線の戦況が小康状態となり、部隊も補給・修理が必要だった。 それに戦術機甲連隊も、何機もの被撃破機を出してしまった。
一時的に前線後方(と言っても、20km程だが)に下がった際、最後任大尉と言う事で、連隊の負傷者の様子を確認しに派遣された訳だ。
同期の仁科大尉―――仁科葉月大尉は、こちらはこちらで、整備や補給の連中と遣り合っている事だろう。 少しでも早く、部隊のコンディションを回復さす為に。

自分が所属する第2大隊は、第21中隊が戦死3名、負傷2名(内、1名が中隊長の綾森大尉)で、5機損失。 残存7機。
自分の率いる第23中隊は、戦死2名、負傷1名の3機損失。 残存9機。 指揮小隊も1機を失い、現在は大隊長を含め3機。
第22中隊だけは、中隊長の図々しさが浸透しているのか、負傷は1名で、他に1名が無傷で脱出した。
結局第22中隊は機体損失2機、衛士の損失は1名で済んでいる。 予備機を使用して、残存11機。
大隊は、完全充足戦力40機の内、10機を喪い、現在の戦力は30機。 実に25%の戦力を、数日の戦闘で喪ったのだ。

特に須磨からこちら、単独阻止戦闘を担ってきた第21中隊の損失が大きい。 中隊長まで戦線離脱の重傷を負った。
綾森大尉は、あの怪我では恐らく今後の衛士復帰は、望めないだろう。 他の重傷者の様子も見たが、1人は多分復帰できそうだが、残り2人は無理だと思う。
隊に帰ってから、報告する事を思う時が重い。 将校として、その責務は果たさねばならない事は理解している。 が、頭と感情は往々にして合致しないものだ。
大隊長や連隊の幹部に対しては、務めて事務的な報告で済ませられるだろう。 他の部隊の負傷者に付いても同様だ。 だけど・・・

(だけど、何て切り出そうかなぁ・・・ 無理してるっぽいしなぁ・・・)

同じ大隊の先任中隊長。 綾森大尉が負傷後送された今、大隊長を補佐して大隊の中核を担う立場の、男性衛士。 そして後送された彼女の恋人。
今のところ、外目には変わらずに軍務に励んでいる。 もっとも、最前線の戦術機甲大隊の先任将校ともなると、体が幾つ有っても足りないほど忙しい。
意識してかどうかは判らないが、自分に負傷者の様子を見に行くよう指示を出した際にも、特別に綾森大尉の事は一言も口に出さなかった。

(多分、かなり無理しているよね・・・)

付き合いの長い相手だ、その位は判る。 だから、報告するのは気が重いと思うのだ。
しかし、そう言ってもいられない事も事実。 ベッドの上で眠るその姿に静かに敬礼をし、美園大尉は来た時とは少し異なる足の重さを引きずって、野戦病院を出た。









1998年7月26日 1850 兵庫県芦屋市 六甲山系


六甲の山頂付近から、眼下の市街地を見下ろせる。 
いや、『市街地だった』場所か。 今も続く砲撃と、BETAの悪食によって、かつての賑わい華やかだった街並みは、廃墟と化している。
それは、この六甲山系も同じだ。 緑の豊かな山系は、今も撃ち込まれ続けるクラスター砲弾や榴弾、ミサイルのお陰で、辺り一面禿山状態になっている。

≪CPより、フラガラッハ・リーダー。 哨区B3RからB4Eまで、現在の所はBETA発見の報告無し≫

『ろゆう』(芦有ドライブウェイ)の山頂付近で、75式指揮通信車でオペレートをしている渡会(渡会美紀少尉)の声が聞こえた。 
半瞬して網膜スクリーンに姿がポップアップ。 何か計器情報を確認しているのか、視線を落したまま、哨区情報を伝えて来る。

≪中隊はこのまま前進、六甲山トンネル直上付近まで戦闘哨戒。 六甲アイランドの海軍第133戦術機甲団(河内基地所属:大隊編成)から情報です。
BETA群は芦屋から神戸市灘区にかけて、主力集団が密集中。 光線属種は中央区付近です。 『ろっこうケーブル』入口付近から、少数の小型種が稜線に向け、移動中を確認≫

「・・・小型種の種類と数、判るか?」

≪照合中です・・・ 照合、出ました。 戦車級、約100。 他の小型種が約250、合計350体前後です≫

小型種ばかりが350体。 1個戦術機甲中隊であれば、殲滅は問題ない。 問題は、他の方向から登って来る連中がいるかどうか。

「三田方面からの情報は? それと、摩耶山方面は? どうなっている?」

≪現時点で、BETA発見、乃至、侵入の報告は有りません。 25分前に再度山の『アレイオン』(第14師団第12戦術機甲中隊)が、100体の小型種を殲滅しました。
それ以外は、『ウォードック』(第29師団第22戦術機甲中隊)からも、BETA発見の報告は有りません≫

西と北は、今のところ動きは無し。 東も俺の中隊が確認した。 だとすると、後は南だけか。
時々、渡会の表情がムッとした表情になる。 移動中だからだろうか。 73式装甲車と93式装輪装甲車の配備が進んだ為、退役寸前の60式装甲車。
その容量に余裕のある車体を再利用して、通信機材を詰め込んででっち上げた75式指揮通信車の内部は、実は恐ろしく狭く乗り心地が悪い。
大陸派遣軍からの編入組である第9軍団各部隊には、82式(指揮通信車)なんて贅沢な装備を与えられていない。
でっち上げでも何でもいいから、十二分な指揮通信性能を有した75式は重宝されている。 乗車するCP将校達には、酷く不評だったが。

「フラガラッハ・リーダーよりCP。 稜線の北側を通って、六甲山牧場付近まで進出する。
地形から判断して、小型種は頂上には来ないだろう。 平坦な牧場に集まって来る、そこを叩く」

≪CP了解。 『アレイオン』、『ウォードック』へ連絡します。 変化が有れば即時管制連絡を入れますので、中隊通信系はオープンでお願いします≫

「リーダー、了解」

渡会の姿が、スクリーンの片隅に小さく収まる。 初陣の頃は全く子供っぽい、少し慌て者のCPだったが。
遼東半島と光州、そしてこの本土での戦い。 いつの間にか落ち着いて戦闘管制をするようになった。
考えてみれば渡会も、そして同期生に相当する衛士連中も、無事生き残れれば、この10月には中尉に進級する。
ヒヨコだった連中が、いつの間にか、しっかり飛べるようになったものだな・・・

「リーダーより02、03。 NOE開始。 N-30-38から稜線沿いを迂回して、北からN-32-43へ。 六甲山トンネル直上で待機。 制限高度、650」

『02、了解』

『03、了解です』

B小隊の摂津、C小隊の四宮から応答が帰って来た。 続いて瀬間から報告が上がる。

『04です、中隊各機の推進剤残量、88%  弾薬は完全充足』

補給コンテナは、山系の各所に分散設置されている。 連隊が全力戦闘を数時間は行える数が。

「了解した。 リーダーより全機、NOE開始」

11機になった中隊の94式『不知火』のFE108-FHI-220が一斉に咆哮を上げ、噴射跳躍からNOEへと移る。
高度を気にしつつ、地形をなぞるように飛行する。 間違っても稜線より上に頭を出すのは拙い。

左手に山の斜面が近付き、視界の片隅を猛烈な勢いで流れ去って行く。 スロットルをやや開けて、推力を少し増す。
そのまま稜線の北側、やや下方沿いに複雑な曲線飛行を行う。 西の空は、既に夜の闇が迫りつつある。 夕日の残滓が、山麓を照らし出す。
海岸部に蠢いているであろう光線級に、捕捉されるリスクを低減させる為とは言え、山腹に激突しそうなスレスレの飛行だ、神経を擦り減らす。

上昇に移ったと同時に機体を左に傾けながら、スラスターノズルの角度を微妙に変えて揚力を増し、左前方の稜線鞍部をフライパスする。
越したと同時に推力を抑え、機体姿勢を元に戻しながら機首を針路上に戻す。 跳躍ユニットの噴射制御パドルを全閉塞、同時に逆噴射制御パドルを一気に全開。
接地する直前に再度噴射制御パドルを全開にし、緩降下からゆっくりと目標地点に降下。 後続する部下達も危なげなく着地する。

「リーダーより各機、LANTIRN(夜間低高度赤外線航法・目標指示システム)セットアップ」

1850時―――そろそろ、目視での機動が心許ない時間帯になってきた。 早いうちに『LANTIRN』を使う事にし、部下へ指示を出す。
網膜スクリーンに薄暮の薄闇の世界が映し出される。 薄暗闇や完全な夜間の作戦行動には欠かせない装備だ。 
だが、それが映し出す世界の色調は、好きな世界では無い―――ああ、そう言えば前に文怜、今は国連軍派遣で、少し離れた場所で戦っている朱文怜も、同じ事を言っていたな。

「リーダーよりB小隊、谷の向こう側、摩耶山の方に陣取れ。 C小隊は現地点を確保。 A小隊は俺が直率して、牧場の奥で底に蓋をする」

―――『了解』

「いいか、摂津、四宮。 突っかかるな、近接戦闘は許可しない。 下から上がって来る連中を、撃ち下ろしで上から片付けろ。
それと判っているだろうが、稜線の向こう側―――海岸線を視認できる場所には、位置取るな。 光線属種は中央区付近だ、こっちが頭さえ上げなければ、連中は認識できない」

小型種が這い上がってこようとしている場所は、丁度光線級が集まっている場所からは、山腹が邪魔をして直接視認できない地形だ。

≪CPよりフラガラッハ! 小型種約350、来ます!≫

渡会の声に、戦術レーダーを確認する。 ケーブル乗り口から、丁度B、C小隊の間の谷筋が赤く染まっている。

「リーダーよりB、C小隊、まだ撃つな。 まだだ、連中が全て、完全にこちらの懐に収まるまで、撃つな」

一気に片付ける。 それこそ、下のBETA群が認識できる暇を与えない程、ごく短時間で。戦闘集団の戦車級が、ズームで視認出来た。 薄暗闇の中、禍々しい赤い死神の姿が。
群れの長さは、約400m 先頭集団は距離1000を切った。 まだだ、群れの後方はケーブルの入口付近―――BETA群の主力集団から、それ程距離は離れていない筈だ。

『03よりリーダー。 後方集団、山腹の陰に入りました・・・』

四宮からの接敵情報が入る、レーダーでも確認した。

「・・・リーダーより02、03 先頭集団が牧場入口付近に達したら、射撃開始」

あと、500m、450m、400m・・・

『02よりリーダー、南の主力集団に動きなし。 小型種先頭集団、射撃開始地点まであと200m・・・』

「リーダーより全機。 弾種、キャニスター。 1斉射後は36mmで掃討する」

あと、100m、50m・・・

「目標、視認! 中隊、射撃開始!」

突撃砲から120mmキャニスター砲弾が、一斉に発射される。 
瞬く間に狭い地形で密集していた先頭集団―――戦車級の群れの前と左右上方で炸裂した。
高速で飛び散る細かい子弾と破片によって、BETAをズタズタに引き裂き、吹き飛ばす。

「続けて撃て! 距離は50を維持! C小隊、集団のケツを削れ! B小隊、中ほどを殺れ! A小隊、退くなよ!?」

谷筋の下から、BETA―――戦車級に闘士級、兵士級が湧きあがって来る。 感覚的にそう感じるが、実際の数はずっと少ない。
既にB、C小隊がかなりの数を削っている、A小隊の前面まで這い上がって来た数は・・・ 精々、100体を少し越す程度か。
レクチュアルがロックオンしたターゲットに対し、機械的にトリガーを引く。 高速で射出される36mm砲弾が数体纏めて切り裂いてゆく。

(・・・ッ!)

無意識にトリガーを引く指に、力が入っていた。 もう残骸と化しているBETAに、尚も砲弾を撃ち込んでいる自分がいる。
そう、どこか離れた場所から、自分を見ている感じだ。 多分、無意識に頭に血が上っているのだろう。 ここ数年、記憶にない自分の姿。

『中隊長! BETAは全て殲滅しました! 中隊長!』

不意に瀬間の声が耳を打ち、我に返った。 反射的にトリガーから指を離す。 ようやくの事で、山中に殷々と響いていた射撃音が鳴りやむ。
酷いものだ、36mmを散々撃ち込まれた山肌が、随分と削れている。 BETAなど、もうどこにも居ない。 赤黒い染みとなって、地面に撒き散っている。

「・・・中隊、射撃止め。 戦闘止め。 各小隊、ダメージ・レポート」

『・・・B小隊、損失無し。 推進剤残量、80%』

『C小隊、損失無し。 推進剤、79%』

『A小隊、損失無し。 推進剤残量、平均80%です』

部下の損失無し、推進剤残量・弾薬残量共に充分、BETAは殲滅。 上々だ、上々の戦果だ、喜ぶべきだ―――喜ぶべき・・・

(・・・ふう・・・)

大きく息を吐いて、腹の底に溜まった何かを吐き出そうとした―――上手くいかなかった。
判っている、判っているのだ、今の自分のコンディションくらいは。 そして、なかなかそれを上手くコントロール出来ていない事も。

「中隊、集合。 陣形・サークル・ワン。 CP、他の哨戒中隊の状況は?」

≪CPより、フラガラッハ・リーダー。 『アレイオン』、『ウォードック』、共に哨区警戒を完了。
現在、次直の『ガンスリンガー』、『アレクトー』、『タイタン』が発進。 10分で交替します≫

稜線の陰から、摂津のB小隊と四宮のC小隊が噴射跳躍で姿を見せた。 A小隊の周りに―――俺の機体を取り囲む形で、円形に布陣する。

「了解だ、CP。 ランデブー・ポイントは?」

普段なら、任務完了の時には軽口の一つも飛ばしてくる摂津が、妙に大人しい。 その摂津へ、結構容赦ない突っ込みを入れる四宮も無言だ。
連中、どこか遠慮しているのか。 しているのだろうな、やっぱり。 自分でも、自覚はしているのだけれどな・・・

≪エリアB5D、ポイント・デルタ01です。 それと大尉、先程、美園大尉が帰隊されたと、連絡が・・・≫

「エリアB5D、D01でランデブー。 哨戒任務交替、了解。 渡会、任務以外の報告は止せ」

≪もっ、申し訳ありません・・・ッ≫

誰かが溜息をついたのが聞こえる。 蔑視や嘲笑の類では無く、どことなく息苦しさを感じる溜息。
中隊通信系は、中隊長には全機の様子が判る―――いかんな、いかん。 これじゃあ、いけない。
網膜スクリーンに映る渡会の表情。 それに小さく映っている他の部下達の顔。 通信系をそのままに、CPに対してのみ、通信を行う。

「・・・が、個人としては、心遣い感謝する、渡会」

≪はっ? は、はい!≫

シュンとした表情が、瞬く間にホッとした表情に切り替わる。 こう言う素直な点は、彼女の伸び代だろう。
実際、CPとしてもなかなか的確な、落ち着いたオペレートをするようになった。 初陣の頃からの頑張り屋は変わらず。 良い傾向だ。
通話は出来ずとも、音声は聞こえる。 中隊員の表情が、少しホッとしたような、和らいだような気がしたのは、気のせいじゃないだろう。

周囲を音紋・震動センサーで探索しながら、主脚歩行でゆっくりとランデブー・ポイントまで移動する。
取りこぼしたBETAの個体が居ないか、再侵入してくる集団の兆候は無いか、ゆっくり、確実に探索している内に、他の2個中隊と合流した。

西の方向からサーフェイシングで、高速移動してくる94式『不知火』が10機。 圭介―――長門圭介大尉指揮の、第141戦術機機甲連隊第12中隊、『アレイオン』
北から主脚歩行で移動してくる、89式『陽炎』が9機。 29師団第291戦術機甲連隊第32中隊、『ウォードック』 同期の国枝宇一大尉の指揮中隊。

『どうやら、ちょっと大きな戦闘が有ったのは、周防大尉の所だけらしいな。 美味しい所を持って行かれた』

国枝が開口一番、軽口を叩く。

『なに、一番怠けている奴の所に、神様が仕事を押し付けたんだろうさ』

圭介もそれに乗る。

『何処の神様だ? 長門大尉?』

『さあてな、何せ『八百萬の神』だからな。 中には仕事の割り振りを仕切る神様も、いるんじゃないか? どう思う? 国枝大尉』

『同意する、長門大尉』

「・・・いてたまるか、そんな神さんなんぞ。 もしいたら、真っ先にやり玉に挙げられるのは貴様だ、長門大尉。 それと、国枝大尉、下手な与太を飛ばす奴の所にもな!」

通信回線上に、悪意の無い失笑が駆け巡る。 どうやら指揮官達の下手な(そして故意の)与太の意味を理解しての、同調の意味での失笑の様だ。
網膜スクリーン上に映った圭介と国枝と。 視線を交わして、暗黙で了解する。 それぞれ、各小隊長と中隊副官に指示を与え、警戒を続行させた。

不意に秘匿通信が入った、圭介からだ。 受信先指定は俺と国枝の2機。 2人の姿が視界にポップアップする。

『どうやらBETA共は、一息入れている様だな。 助かるが、動き出した後が怖いな・・・』

『いや、どうせこっちも時間が欲しい所だった。 後方の備蓄弾薬量は、危機的なレベルにまで落ち込んでいたし、部隊も補給と修理が必要だった』

これでようやく、『同期生同士』の会話が出来る。 オープンチャンネルでは、例え周知でも体裁は必要だからな。

2人が言うのも当然だ、ここ数日の、BETAの猛攻。 正直あと数日も、あの調子で力押しされると防衛線は瓦解していただろう。
昨夜、25日の夜遅くに聯合艦隊―――海軍の主力である第1艦隊が、紀伊水道に突入した。  別動隊の第4戦隊(大和、武蔵)も、伊勢水道から琵琶湖に入った。
同時に大湊の第3艦隊も日本海を南下し続け、今日の未明に若狭湾一帯に到着し、支援攻撃を開始し始めている。

そして明日には、地上部隊の援軍が到着する。 大東亜連合軍の1個師団と、統一中華戦線、そして東南アジア派遣韓国軍から、各1個旅団。
4日後には国内6個師団の増援も到着するし、国連軍―――米太平洋軍主力も、直に到着する。 米第7艦隊と、米海兵隊第3遠征軍。
4日以内に10個師団相当の増援が到着する、それまで何とか戦線を維持しなくてはならない。 先に戦線が瓦解すれば、戦力の逐次投入と言う愚を犯す事になる。

『あと2日・・・ いや、1日大人しくしていてくれればな。 戦線が後退したお陰か、皮肉な事に今は、兵力の集中度は以前より大きい』

『・・・兵庫で400万、京都で100万の民間人を、見捨てて死なせた結果だがな』

民間人の犠牲者数は1800万人を突破し、1900万人に迫ろうとしている。 俺自身の戦歴でも、ここまで短期間にこれ程の民間人犠牲者を出した経験は無い。
大陸での経験で、大量の民間人犠牲者を出した作戦が取られた事は有った。 それを経験した事も有った。 
93年の『九-六作戦』当時。 あの時に中国軍は、BETAの猛攻から『極東絶対防衛線』を守る為に、自国民1000万人を見殺しにした。
当時、賛否両論を呼んだあの事態でさえ、今の帝国本土の状況に比べると、犠牲者の規模は半分だ。
欧州各国の犠牲者数も、時間規模で見れば今回より少ない(相対的な総数では多い) 如何に異常事態か、判ろうと言うものだ。

気が滅入る。 只でさえ、自分のコンディションが不調だと、自覚しているのに。
不意に、その『不調』の元凶に関して国枝が、ためらいがちに話しかけてきた。

『なあ、周防、その、な・・・ 余所の部隊の俺が言うのもなんだが・・・ 帰還したら、上官に頼んで少し時間を貰ったらどうだ?』

ためらいがちに、気拙い様な表情で、それでも言わずにはおけない、そんな感じだ。

『まあ、その、こんな状況下だからな。 許可が下りるかどうか、だが。 その、な。 お前の所の先任中隊長の事な、伊達や神楽から聞いてな・・・』

愛姫と緋色の、口の軽い事!―――いや、彼女達にも、心配かけていると言う事か。
祥子と国枝は、同じ第9軍団だから合同演習なんかで顔は合わすが、特に親しく口を聞く間柄じゃ無かった筈だ。
純粋に、同期生として気遣ってくれている、そう言う事か・・・

「ん・・・ 有難う、国枝、心遣いだけで。 今はこんなんだしな。 それに、部下の中には家族を喪った者も居る。 流石に、それは出来ん」

『そうか・・・ そうだな、済まん、由も無い事を言った。 許せよ、周防』

不器用に、それでいて実直に謝る国枝を見ながら苦笑する。 謝るのは、俺の方だと言うのに。
部下の事や、自分の家族の事、或いは密かな想い人の事。 自分の抱える事でも大変だと言うのに、俺は同期に余計な負担をかけさせてしまって・・・

『・・・修理と補給と、それに多少は休養も必要だ。 流石に連日、不眠不休の出撃だったからな。
直衛、お前、睡眠時間を削る覚悟が有るのなら、行ってこい。 部隊から戦死確認の報告は、入っていないのだろう?』

圭介がスクリーンの向うから、真っすぐに視線を向けて話しかけて来る。
見透かされている気がするが―――実際、見透かされているのだろうが、しようがない。

「・・・後方に下がっても、やる事は山盛りだ、時間は割けない。 部下の容体を、と言うのなら、それも考えるが。 今回は完全に私事だ」

本音を言えば、ここから直ぐに飛んでいきたい。 今すぐ確認したい―――無事だと信じ込もうとしている感情を、納得させたい。

だが、駄目だ、出来ない―――行きたい、確認したい―――駄目だ、駄目だ。

もう、考えるのも嫌になる程の、この感情と自制のループ。 正直言って、堪らない。

「判るだろう? 圭介、国枝・・・ 判るだろう? 判ってくれるだろう・・・?」

2人とも無言だった。 国枝は無言で天を仰ぎ、圭介は表情を顰めたまま。

「今まで、大陸から半島の戦線を生き抜いてきた衛士だ。 そうなんだ、そうなんだよ・・・」

何の根拠も無い思い込み。 しかし、今はそれを無理にでも、自分に言い聞かせる以外の方法を知らない。

「大丈夫だ、大丈夫だよ・・・」


東の方角から、サーフェイシングで接近しつつある戦術機部隊を確認した。 交替の3個中隊だ。
今から基地に戻る、ここより彼女に近い場所へ。 それでも、彼女から遠い場所へ。

「気を遣わせたな、済まん。 ・・・リーダーよりCP、交替部隊とランデブーが完了した、これよりRTB!」

≪CP了解。 『フラガラッハ』、RTB、了解!≫






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