1998年7月24日 0955 兵庫県神戸市須磨区名谷 第18師団第181戦術機甲連隊第2大隊
「フラガラッハ・リーダーより、フラガBリード! 摂津、BETAの突破を許すな! 機甲部隊の側面がガラ空きになる!」
『Bリードよりリーダー、了解! B小隊! お仕事だぜ、ついて来い!』
―――『了解!』
廃墟と化した住宅街、その彼方から押し寄せて来る禍々しい色彩の悪夢―――数千のBETA群を視認する。
B小隊長の摂津が水平噴射跳躍をかけると同時に、続く3機の94式『不知火』が追随する様に噴射跳躍をかけ、BETA群の頭上を押さえつつ背後に飛び込む。
『Cリードより中隊長、左翼10時方向より戦車級! 約150! 制圧します!』
左翼を守るC小隊長の四宮からの通信で、左翼から廃墟に紛れて戦車級が接近しつつある事、そしてC小隊が阻止戦闘を開始した事を確認する。
同時に右翼で、大隊規模のBETA群を相手取っている第21中隊『セラフィム』をちらりと見る。 想定以上のBETA群に対し、苦戦している。
しかし、仲間の苦戦よりも今は正面から突破を図る、連隊規模のBETA群への対応が急務だった。 こちらも楽な戦いでは無い、いや、正直苦戦中だ。
このまま突破されれば、妙法寺から高尾山と高取山の間を南下され、BETA群主力への集中斉射を加え続けている師団機甲部隊の背中に突っ込まれる。
幸いと言うべきか、大型種の中に装甲殻の固い突撃級はいない。 厄介な光線級も、この方面には出張っていなかった。
しかし要撃級が都合400体強、他に小型種が2500体以上。 今回、中隊各機は制圧支援機以外、強襲前衛装備にさせた。
兎にも角にも、火力、火力、火力。 1個大隊で連隊規模を上回るBETA群相手に、近接戦闘をしかける気は大隊長も、俺達各中隊長にも無い。
『Bリードより各機! 目標、目の前の要撃級、距離100! まだA小隊の陽動にかかっているぜ! こっちを向いてねぇ! 120mmをぶっ放せ! 以後、兵器使用自由!』
―――『了解!』
B小隊の4機が、要撃級の背後から120mm砲弾の雨を浴びせかける。 柔らかい胴体部分をミンチの様に切り裂かれた要撃級が10数体、瞬く間に倒れ込んだ。
ようやく後方から攻撃してくる『障害』に気づいた要撃級が、素早く高速接地旋回をかける。 群れの両端は急激な弧を描いての接地回頭をかけ、B小隊を包囲する動きを見せた。
「フラガA、ヘッドオン!」
同時に俺が直率するA小隊が、水平噴射跳躍をかけながらBETA群―――要撃級の一団の全面まで接近し、再度の陽動正面攻撃をかけた。
兵装選択―――右・突撃砲、120mm 弾種・APCBCHE弾 左・突撃砲、36mmHVAP
目標選択―――右・1時方向、距離450の要撃級 左・2時方向、距離570の小型種多数
目標補足―――左右同時、マルチロックオン、ファイア!
『A02、FOX01!』 『A03、FOX01!』 『A04、FOX03!』
部下の3機の『不知火』からも、120mmと36mm砲弾が一斉に吐き出され、誘導弾が発射される。
旋回しつつあった要撃級、その横腹を120mm APCBCHE弾が貫く。 10体以上の要撃級が、体液を吐き散らしながら倒れた。
4機の戦術機はフォーメーションを保ったまま、BETA群の右翼方向へ瓦礫を交しつつ、高速機動旋回をかける。
目前の倒壊したビルの陰から小型種が数10体、唐突に飛び出してきた。 咄嗟に狙いを付けずに36mmを左右にばら撒く。
部下達も俺の背後から36mmと120mmキャニスターで周囲の小型種を一掃しつつ、左側面に見える要撃級の『横腹』へ36mmを近距離より叩き込む。
更に20体以上を無力化しつつ、瓦礫やビルの陰に隠れた小型種、更に視界の向うに居る大型種をレーダーで確認しつつ、攻撃ポイントを指示する。
同時にそれまでA小隊が占めていた攻撃ポイントには、C小隊が素早く詰めていた。 包囲されまいとB小隊は左翼方向―――A小隊の前方に高速移動しつつあった。
『ステンノ・リーダーより、フラガラッハ! お客さん、ケツ向けましたよ! これから全火力を叩きこみます! 陽動、頼みますよ!』
『彰義隊(第18師団第18機甲連隊第4機甲中隊)よりフラガラッハ! 中隊効力射、開始する! 流れ弾に当るな!?』
右翼方向に向けて、旋回を終えた要撃級の群れ。
その左側面後方から、第23中隊『ステンノ』の94式が12機と、機甲連隊から分派された第4機甲中隊『彰義隊』の74式戦車14輌が、砲口をBETA群に向けていた。
「フラガラッハ・リーダーより、ステンノ、了解した! 彰義隊、下手な射撃はするなよ!?』
『下手糞が避け損なう責任までは、とれねぇな!』
「走行間命中率98%以上は所詮、訓練上だってか?」
『ほざけ、周防! よぉし! 長車よりカク・カク! 目標! 前方800! 要撃級! 斉射3連!
フラガのボケ共に、戦車兵の意地を見せてやれ!――――――――射ぇ!!』
『ちょ、彰義隊! 近いって、危ないって、当っちゃうって!―――ステンノ全機、馬鹿の戦車屋がぶっ放し終わったら、突っ込むよ!』
協働部隊である74式戦車の、105mm滑空砲が咆哮を挙げる。
3個中隊・14輌の戦車から吐き出された高速105mm砲弾は、戦術機の突撃砲を上回る高初速で要撃級の後ろや横腹に殺到する。
そして3連射全てが、その『柔らかい胴体』を抉り、射貫し、炸裂した。 40体以上の要撃級が骸を晒す。
同時に俺のA小隊、摂津のB小隊は群れの側面から右前方に攻撃を仕掛けていた。 四宮のC小隊は、『彰義隊』の射撃に連動して、120mm砲弾を撃ち込む。
「よし! 良い腕だな、彰義隊! あの数字は伊達じゃないか!』
右前方から群がり始めた小型種に、36mmで掃射を浴びせてから高速水平面機動でかわしつつ、戦車隊の戦果を確認する。
『へっ、任せな!―――っとぉ! やばい! こっち向き始めやがった! 一旦ずらかる! 『ステンノ』、お後は宜しく!』
『さっさと逃げた方が良いですよ! リーダーより『ステンノ』全機、今だ、突っ込め!』
『・・・フラガC、『ステンノ』中隊の接触と同時に、残りの120mmを全弾、撃ち込みなさい!』
戦車隊が後進全速で道路上に入り、そのまま路上移動して行く。 同時に美園の指揮する『ステンノ』中隊の不知火12機が一直線に、後ろを向ける要撃級へ突進する。
同時にタイミングを見計らって、四宮のC小隊が『ステンノ』に接触直前の要撃級の一群に向け、120mmキャニスター砲弾を残り全弾、浴びせかけた。
『ステンノ・リーダーより、フラガC! 四宮、サンキュ!』
『どういたしまして・・・ Cリードよりリーダー、バックス、入ります!』
『ステンノ』中隊が左後方よりヘッドオンで攻撃を仕掛け、そのまま右翼後方へと高速で抜ける。 四宮のC小隊が俺の直率小隊の後ろに陣取った。
A小隊の摂津も要撃級の群の右前方へ急速移動している。 BETA群の右翼を『フラガラッハ』の12機、後方を『ステンノ』の12機で半包囲した。 距離300。
「A小隊、B小隊は要撃級に対応しろ! C小隊、小型種の接近を阻止!」
『フラガとの間隙、抜かれるんじゃないよ! B小隊、引っ掻き廻せ! A、C小隊は小型種の突破阻止!』
2個中隊での『薄い』半包囲に感づいたBETAが、再び高速旋回をかける。 摂津のB小隊と美園の所のB小隊、2個突撃前衛小隊が群れの隙間を狙って、高機動でかき混ぜる。
1個エレメントが突進していた機動を、急激に右水平噴射跳躍で方向転換。 そのままBETA群の旋回方向と逆回りの高速旋回機動を行う。
そして同時に2機4門の突撃砲から、36mmの斉射を浴びせかける。 同時にバックステップで反撃を交わし、即座に後方へ退避。
次の瞬間、もう1個エレメントがヘッドオンで突進。 距離100で噴射跳躍。 BETAを飛び越しざまに、120mmキャニスターを連射。
要撃級3体を仕留めて着地。 そのまま水平跳躍噴射をかけ急速旋回機動で危険なBETAの群れの中から脱出する。
その機動につられて旋回したBETAの裏腹を、他の4機が36mmで掃射。 そして一気に水平噴射跳躍でBETAの外側をすり抜けながら、短刀で切りつけ、抜き去る。
一連の『不知火』8機の異なる機動に翻弄され、要撃級を主としたBETA群は動きの統一を失った。
「美園、お前さんの所の突撃前衛も、なかなか良い動きをする!」
『仕込みましたからね!』
「お前さんを仕込んだのは、俺だからな! って事は、俺のお手柄か!」
『早々に、地球の裏側にトンずらした人に、偉そうに言われたくないですよ!』
一瞬、密集して本来の動きが止まった要撃級に、『フラガラッハ』、『ステンノ』、両中隊の残る4個小隊が右側面と後方から砲撃を加えつつ襲いかかる。
戦術機の装甲をさえ軽く打ち破る、その前腕で防御する要撃級。 だが2個中隊の戦術機は、その前に短距離噴射跳躍で頭上に飛び上がり、上から砲弾を叩き込む。
そして、そのまま更に急速旋回・水平噴射。 その動きに追従して、横腹や裏腹を曝した5体に、2個小隊の突撃前衛部隊が、120mmと36mmを浴びせかける。
「要撃級、残り200強! 美園、残弾数は!?」
『1/3を切りましたよ! 120mmは予備弾倉無し! 36mmは2本! 中隊の部下達も似たようなモノです!』
「こっちも同様だ。 このままじゃ、弾切れの揚げ句に、短刀で斬り合いだな。 今回は長刀さえ持ってこなかったしな」
『ゾッとしませんよ、まだ小型種がごまんといます―――リーダーよりCリード! 左前方550、小型種多数! 阻止しろ』
「フラガラッハ・リーダーよりユニコーン・リーダー! 大隊長、師団の阻止攻撃はまだ終わりませんか!?」
海岸線を須磨から長田に向け、突進してくるBETA群が約3万。 そしてその少し北、六甲山地の裏を抜けて宝塚・三田方面へ突進しようとするBETA群が4000。
第18師団と第14師団、そして第29師団の第9軍団は、この3万4000ものBETAの大群の矢面に立たされ、徐々に後退しつつあった。
『ユニコーン・リーダーだ。 周防、美園、海岸線は既に国鉄新長田駅付近まで後退した。 河崎と、和田岬の光菱の工場群はS-11の設置を完了させた!』
指揮小隊を伴い機甲中隊に随伴し、大隊指揮と、師団主力の間隙を埋める戦闘に忙殺されている荒蒔少佐の声が響いた。 かなり焦った声色だった、珍しい。
連隊本部、そして師団司令部との(限定的にだが)連絡も取れる大隊長には、絶望感が募る戦況が刻々と入って来ていたのだろう。
そしてその戦況は―――阪神工業地帯で最も有力な生産拠点群が、今まさに壊滅しようとしている。 このままでは、神戸市中央部に突入されるのは時間の問題だ。
「こちらも、戦術機2個中隊と戦車1個中隊では、連隊規模のBETA群を押し返せません! 既に名谷まで押されています! 『セラフィム』は―――」
戦術MAPで戦況を確認する。 俺と美園の中隊は2時間前布陣していた、学園都市防衛線―――県立大、外語大、看護大、私大が集まっていた場所から、3km後方まで押されていた。
そこから北、白川台方面は祥子の『セラフィム』が約1000のBETA群を阻止すべく、単独で阻止戦闘を展開中だった。
だった筈だが・・・
『ッ! フラガ! 周防さん! BETA群が分派した!』
美園の声が悲鳴じみていた。 前面の約3000のBETA群の内、最後方に居たおよそ1000体前後が北に向かって突進を始めた。
俺の顔色も一瞬変わっただろう、拙い、あの方向には1個戦術機甲中隊しか―――『セラフィム』しかいない!
「くっ! フラガラッハより『セラフィム』! そっちに新手のBETA群、約1000!」
冷や汗が止まらない。 背筋に嫌な悪寒が走る。 今でさえ、『セラフィム』は1個中隊で1000体以上のBETA群を相手に、後退しつつ阻止戦闘を続けていた。
これに更に1000体もの新手―――1個中隊で2000体ものBETA群の相手など、まともにやり合えば全滅は必至だ!
『セラフィム・リーダーよりフラガラッハ・リーダー! こちらは何とかするわ、それよりもそちらの状況、知らせ!』
「突破阻止に手が一杯だ! 済まない、当分そちらへ援軍には駆けつけられない!」
『・・・了解、セラフィム・リーダー、了解しました。 なんとか時間を稼いでみせるわ、大丈夫、何とかする・・・』
くそっ! 何とかするって! こちらでさえ、何とも出来なさそうな状況なのに!
それに廃墟の住宅街と、倒壊した建物が邪魔で迅速な移動が出来ない。 完全な野戦なら、余り気にならない事が、市街戦では徹底的に邪魔になる。
光線級が確認されていないからと言って、安心は出来ない。 もし、数体でも北上していたら・・・ 高度を取り過ぎた途端、丸焼けになる。
しかし補給がしたい。 本当にこのままでは弾薬が尽きる、短刀だけで小型種の殲滅と言うのは、ゾッとしない。 あれは大型種相手の方が扱い易い。
突撃砲のトリガーを引く度に、網膜スクリーンに映る兵装状態表示の残弾数カウンターが、目に見えて減ってゆく。
残す所、36mm弾倉はあと2本だけ。 装填済みの弾倉には、残弾は36mmが右で620発、左が590発。 120mmは左にキャニスターが1発のみ。
「リーダーよりフラガラッハ全機! BとCはこのまま側面突破阻止! A小隊は正面! 美園! 『ステンノ』は、先に補給を済ませてこい!」
『無茶だ、周防さん! ただでさえ苦しいのに! 1個中隊で2000のBETA群の突破阻止戦闘なんて!』
「さっさと補給を済ませて、戻って来い! こっちを片付けない限り、北の『セラフィム』は孤立して全滅する!」
ああ、何て言うか・・・ 私情を挟んでいる気がして、ちょっと気が引けるセリフだな・・・
本音を言えば、今すぐこの場を投げ出して北へ増援に行きたい。 弧軍で必死の防戦をしているだろう、祥子の窮地を救いたい。
だが無理だ。 今この場所を離れたら師団主力の、それも近接戦に無力な機甲部隊や砲兵部隊の側面に、数千体のBETA群が殺到する。
軍団の他の戦術機甲部隊は、正面の3万に達するBETA群の猛攻に抵抗するのに必死だ。 通信回線が何処かで混線しているのか、余所の部隊の通信も聞こえた。
第1大隊の広江中佐や、第3大隊の森宮少佐の、切羽詰まった声も聞こえる。 それだけじゃない、第14師団や、第29師団も悲鳴を上げていた。
「さっさと行けって! お前さんが戻るまで、なんとしても持ち堪えてやる! その代わり、次に俺の中隊が補給を済ませるまで、きっちり持ち堪えろよ!?」
『言われなくとも! 私が戻るまで、死んだら承知しませんよ、『先任』!―――あんだけの数、いっぺんに通したら流石にヤバいですしね!』
そう言って、美園が部下を率いて後方へと急速後退して行く。
その姿を後方視界用スクリーンの中に見ながら、思わず苦笑がこみ上げてきた。
「・・・ったく、よりによって『先任』ときたか。 そう言われちゃ、下手を打てないじゃないか」
93年の夏。 俺はとある事情で下手を打って、新任少尉だった美園―――当時、同じ小隊の後任少尉だった―――の初陣に、一緒に居てやれなかった。
薄暗い独房の中で幾度、後悔した事か。 宜しい、あの時の借りは返してやる。 盛大に熨斗を付けて、利息もたっぷりとな。
一瞬、祥子の姿が脳裏をよぎる。 大丈夫だ、心配無い、大丈夫だ。 彼女は俺より実戦経験が長い。 無理な戦況でも、部隊を纏めて何とかする方法を知っている。
それに、間違っても悲壮感と共に、全滅覚悟の突撃をかます様な指揮官じゃない。 引くべき時と状況は心得ている筈だ―――無理やり、自分にそう言い聞かせる。
1個中隊で2000体ものBETA群―――軍が、中級指揮官に求める戦術指揮の範疇を越えている。
最悪の場合は、突破されても文句は言えない。 その先に三田・篠山方面守備の第7軍団と、国連軍―――米第2師団が陣取っている。
問題は俺の方だ、どうやっても目前の2000体、突破さす訳にはいかない。 しかし―――その方法が、どうしても思い浮かばない。
「・・・あと、1個大隊。 1個大隊、居ればな・・・」
目前に迫った要撃級に砲弾を撃ち込み、倒れたその姿を見つめながら、出て来るのはそんな愚痴だとは、自分でも思わなかった。
『しゃあないぜ、周防さんよ。 こうなりゃ、諸共だ。 こっちも腹を括った、付き合うぜ』
網膜スクリーンに現れた戦車中隊の指揮官―――宮里大尉だったな、名前は。 彼の表情も俺と同じか、シニカルな笑みを浮かべている。
有り難い、少しでも有効な戦力が欲しい所だ。 しかしまず、戦車隊を前面には出せないな。 そんなことすりゃ、数分で全滅だ。
「宮里さん、BETA共はユニバー競技場からくるぞ、線路の北側だ。 アンタの戦車隊、南側の高校の校庭に陣取ってくれ」
『線路越しに、側面砲撃か? お前さんの隊はどうする?』
「こっちは北向かいの団地群の北側、小学校の校庭に陣取る。 悪いが、『ステンノ』が戻って来るまで後退は不可にさせてくれ」
『判っているよ。 いま此処から引いたら、北の『セラフィム』は袋叩きだしな』
網膜スクリーンの先に映る宮里大尉が、男らしい精悍な顔にぎこちなく、しかし好意的な笑みを浮かべ、そう言ってくれた。
内心で申し訳ないと、そう思う。 彼の中隊は、大隊との合流命令が出ていたのだから。 そう思いながら、急速陣地変更を行っている戦車隊を見つめた。
『周防大尉、こっちは何時でも良いぜ。 そろそろ始めるか?』
「ああ、距離500で開始しよう。 意外と高台が残っている、視界が悪い。 それと―――感謝する、宮里大尉」
『遠慮するな。 俺の婚約者は助からなかった、お前さんは・・・ 助けてやれよ。 じゃないと、俺も目覚めが悪いし、彼女に怒られる』
それだけ言うと、彼は通信を切った。
同時に、前方の高台―――競技場の向うからBETA群が移動を開始した、真っすぐこっちに向かっている。
距離、1500、1000、500―――
「射撃開始!」
『撃てぇ!』
7月24日 1025 兵庫県神戸市中央区 ハーバーランド跡地 第9軍団司令部
「第18師団、戦術機甲部隊消耗率、16%!」
「海岸線の第14師団、2km後退します!」
「第29師団、戦術機甲部隊2個中隊全滅!」
「機甲部隊全般損耗率、21%に増加!」
「阪神高速、3号神戸線、湊川大橋の橋脚破壊を確認! 現在、二葉町、庄田町から駒栄町前面で、14師団機械化歩兵が小型種の浸透阻止戦闘中!」
「18師団防衛線、板宿から下がります!」
次々に入る芳しくない戦況報告。 その度に軍団司令部スタッフの怒声が上がり、前線部隊への指示と上級司令部への打診が飛び交う。
「14師団、後退は1kmまでに押し止める様に伝えろ! 2kmも下がれば、左右の18師団と29師団の側面が、がら空きになる!」
「軍団予備の戦術機部隊! 残り3個中隊? よし、1個中隊を29師団に差し向けるんだ!」
「面制圧! 砲兵部隊に伝達、全力面制圧砲撃を続行!」
「残弾が足りなくなるぞ!?」
「河崎の工場が、ハーバーランドの南にあるだろう! 搬出出来なかった弾薬が、まだ残っていた筈だ。 おい、補給(補給参謀)! 人数連れて、分捕ってこれんか!?」
「国防省への言い訳は、そちらで考えておけよ!? 司令部中隊、完全武装で付いて来い!」
「18師団、下がるな!―――無理? 何が無理だ! 支えろ! 西代まで下がったら、22号線が無防備になるだろうが! そっちの1個大隊が孤立するぞ!」
司令部スタッフの狂騒を眺めながら、戦況表示スクリーンを凝視している軍団長に、傍らの参謀長が小さく話しかける。
「閣下、1個軍団では到底、この数のBETA群を押し止める事は不可能です」
「・・・」
「せめて、第7軍団からの増援を。 第2軍司令部に要請されては如何でしょうか・・・?」
無言だった。 軍団長とて、今の戦況の困難さは理解している。
3万4000ものBETA群、それをたった1個軍団―――3個師団で抑えこもうなどと。
それが出来るのであれば、人類はここまで窮地に立たされていない。 ユーラシアを失ったりはしない。
この状況を打開するのであれば、何より増援が必要だった。 それも最低でも1個軍団、出来ればその倍は欲しい。
だが第2軍司令部とて、無い袖は振れないだろう。 第2軍を構成するもう一つの軍団司令部―――三田方面の第7軍団も、約2万のBETA群と激戦を展開中なのだ。
戦況は7月18日の夜を境に、激変した。
あの夜、兵庫県北部から京都北部の丹後半島に、それぞれ2万6000と、2万4000ものBETA群が上陸した。
ピケットラインからの情報を受け、舞鶴より出撃していた海軍第2艦隊主力は、上陸直後の海岸線でのBETA群殲滅を企図し、夜間出撃を敢行した。
しかし結局、BETAの殲滅は適わなかった。 九州で被害を受けた母艦戦術機甲部隊の補充を受けた母艦部隊は、夜間洋上攻撃を敢行したが、『全滅』に等しい被害を受けた。
なによりも、その補充は未だ練成中の未熟練者が多かったことが、災いしたと言う。 夜間低空突撃時に、バーディゴ(空間識失調)を起こし、海面に激突する戦術機が多数あったと。
生き残った中堅・ベテラン衛士が操る戦術機甲攻撃隊も、まさに上陸した直後の光線属種に近距離で捕捉され、殆ど戦果を上げる事無く全滅した。
舞鶴の海軍連合陸戦旅団、宮津の斯衛第3聯隊戦闘団は奮戦したが、しかし多勢に無勢。 一晩で多大な犠牲を出して撤退した。 海軍陸戦隊は敦賀方面へ、斯衛は福知山方面へ。
その撤退支援の為に、第2艦隊は海岸線付近まで接近し、光線級との打撃戦を展開しなければならなかった。
そして相次ぐレーザー照射に耐え続け、砲撃戦を展開した結果、戦艦『穂高』、『高千穂』、巡洋艦『足利』、『羽黒』、『能代』、『名取』が沈んだ。
根拠地隊要員の脱出支援の為に、舞鶴軍港に強行突入した戦術機母艦『天龍』、『仙龍』が港湾内で沈み、『神龍』、『瑞龍』は中破し、よろめきながらも脱出に成功した。
他に4隻の母艦の盾となった戦艦『出雲』が中破、巡洋艦『三隈』、『阿賀野』の2隻が大破し、駆逐艦8隻もレーザーの直撃を受け沈んだ。
収容できた舞鶴軍港の要員は、全部で1055名。 聯合陸戦旅団の生き残りは986名。 沈没艦の戦死者数、1万4000余名。 旅団・軍港要員の戦死者数は1万8000余名。
帝国海軍第2艦隊は、事実上消滅した。
これを受け、大湊の第3艦隊が日本海を急遽南下中だった。
その後、戦況は混迷の一途を辿った。
7月19日に山陽道・姫路に集まっていたBETA群4万4000が侵攻を開始。 同時に兵庫北部の2万6000、京都北部の2万4000も動き出した。
翌7月20日には、山陽道の4万4000の内、1万4000が分離、やや北上しつつ山岳部を抜け三田方面へ侵攻を開始。 3万は姫路から加古川、明石を蹂躙して神戸市西部に迫った。
北部は舞鶴の2万4000の内、4000が分派行動を起こし、兵庫北部から南下する2万6000と豊岡で合流した後、1万が更に分派して兵庫南部に南下を開始。
豊岡の残るBETA群、2万は現在福知山に迫りつつあった。 更に舞鶴を蹂躙し尽した2万のBETA群は7月22日になって丹波高地をゆっくりと南下、現在は亀岡の北で防戦中だった。
そして昨日、7月23日になって、兵庫北部より南下して来たBETA群1万が南部に到達した。 約4000が海岸線に到達し、6000は東に進路を変え、三田方面に合流する。
現在の戦況は、福知山盆地防衛線にBETA群約2万、東の丹波高地防衛戦にも同じく約2万。
三田・篠山方面防衛線にBETA群2万と、兵庫南部海岸線にBETA群3万4000。 総計9万4000の猛攻に晒されていた。
これに対する防衛戦力は、甚だ心もとない。
福知山方面は第2、第6師団と斯衛第3聯隊戦闘団の残存戦力。 丹波高地には第1、第3師団と、御所警護の任を一時的に解かれた禁衛師団が。
三田・篠山方面は第7軍団の第5、第20、第27師団と米第2師団。 兵庫南部は第9軍団の第14、第18、第29師団、後詰に国連軍派遣の米第25師団。
兵力が手薄な兵庫北部・京都北部のテコ入れに、国連軍の米第6空中騎兵旅団が丹波高地に、中韓2個旅団戦闘団が福知山に、それぞれ急派されていた。
「ここで第7軍団から戦力を引き抜いたら最後、篠山から亀岡に侵入を許す。 もしくは三田から川西、池田を突破されて、茨木、高槻・・・ 帝都の下腹を突かれる。
無理だな、大阪府北部に緊急展開出来る戦略予備は、海軍の第2聯合陸戦師団しか無い。 第3は佐世保で防衛中だし、第1はまだ横須賀だ」
「せめて、海軍第5艦隊(基地戦術機甲部隊)を・・・」
海軍第5艦隊は、『艦隊』と名が付いてはいるが、完全な陸上部隊だった。
主に拠点防衛を主任務とし、上陸作戦後の聯合陸戦師団への戦術機補充も行う。
「第12戦術機甲戦隊は、四国の防衛に手が一杯、第72戦術機甲戦隊は、既に長崎の大村に1個大隊だけだと言う事は、承知しております。
しかし、最も有力な第13戦術機甲戦隊が残っております。 鈴鹿、河内、大和、宝塚、大津の5か所の基地に、各1個大隊。 せめてそれを・・・」
参謀長の進言、いや、願望に、軍団長が首をゆっくりと横に振る。
「海軍大津基地の1個大隊は急遽、小浜に移動したよ。 海軍第4連合陸戦旅団と合流して、BETA群の北陸への移動を阻止する為にな。
鈴鹿の大隊は、比良山地に籠った。 あそこを失陥すれば、琵琶湖全体が光線級の的になる。 大和の1個大隊もおっつけ合流する」
残るは、大阪府北東部の河内基地、そして兵庫県南東部の宝塚基地、それぞれの戦術機甲大隊のみ。
「・・・5艦隊の宇佐中将から、何とか2個大隊を出して貰う事になった。 これで5艦隊は戦力全てを吐き出したよ。 残るは大阪警備府の根拠地隊だけだ」
「堺の工業地帯の空き地に展開している、第2聯合陸戦師団は・・・?」
「あれは、本土防衛軍の指揮下に無い。 海軍軍令部が手放さないだろう、他の聯合陸戦師団もな」
海軍と陸軍の確執。 本土防衛軍の主導権はその性質上、陸軍がかなりの比率を握っていた。
これに海軍が強く反発した結果、海軍側は第5艦隊などの基地隊、陸上部隊、鎮守府・警備府警護艦隊の本土防衛軍編入は認めた。
しかし、聯合艦隊主力と強襲上陸専門の海兵隊、緊急展開部隊である聯合陸戦師団は手放さなかった。
「今も統合軍令本部と、本土防衛軍総司令部との間で、大喧嘩中だよ」
逆に、統合軍令本部は海軍が主流を占める。 陸軍は傍流だったし、航空宇宙軍は我が道を行く、である。
諦観にも似た表情を浮かべる(いや、呆れ顔か?)軍団長と異なり、参謀長の表情は怒りがありありと見える。
当然だろう、本土にBETAの上陸を許し、今まさに帝都の前面にまでその侵攻を許している状況下で、軍官僚たちは相変わらずの縄張り争いと来た。
「それに本来なら、あと1個師団相当の戦力を使えた筈なのだ、京都の北部でな・・・」
「・・・斯衛、ですか?」
参謀長の問いかけに、軍団長が無言で頷く。
帝都には、斯衛第1、第2聯隊戦闘団が存在する。 いずれも増強戦力で構成され、2個戦闘団を合わせると、陸軍の1個師団戦力を優に上回る、有力な部隊だった。
その部隊が、現在は帝都に逼塞して出てこない。 表向きは帝都城(二条城)警護が主任務だから、と言うが。
しかし、斯衛第3聯隊戦闘団は宮津に投入されたし(半数近い戦力を失った)、九州と山陰では、第4と第5聯隊戦闘団が、全滅するまで戦っている。
副帝都・東京に駐留する第6聯隊戦闘団は、今更間に合わないとはいえ、斯衛の主流である第1、第2聯隊戦闘団が逼塞している様は、何とも歯がゆい。
「禁衛師団が、丹波高地に出撃しただろう?」
軍団長が、苦虫を潰した表情で話を続ける。
「あれはな、政府の奏上をお受けなされた陛下が、既に東京に遷御(せんぎょ:御座所の場所を移動する事)為された為だ。
既に遷幸(せんこう:都を他の場所に移す事)は為されたのだよ。 京都は最早、帝都では無い・・・」
皇帝陛下の警護の任は、禁衛師団第1聯隊第1大隊が担って、既に4日前に京都を脱出したと言う。
そして残る禁衛師団主力は、純粋に野戦部隊として、本土防衛の任に当っているのだ。
「城代省が、横槍を入れてきた・・・ らしい。 政威大将軍は、未だ京都に残っておるそうだよ」
「・・・何故です? 摂政(政威大将軍)が陛下の元を離れて、どうすると? 政府も大半は、疎開が完了しておりますぞ?」
「知らんよ、出来者の聡い娘と聞くが・・・ 今更、京都に残って戦意を鼓舞されてもな。 将兵の中には、純粋に感動する者も居るかもしれん。
しかし、政府内や軍部には、非常に不評だ。 さっさと東京に避難して欲しい、それが本音だよ」
当然だ。 軍の最終方針の中には、三方を山に囲まれた盆地である京都にBETAの大群を誘導し、S-11の一斉飽和砲撃で殲滅する、と言った作戦案も有るのだ。
それだけでは無い、政威大将軍が京都に留まり続ける限り、一定の防衛戦力を京都に張り付ける必要がある。
例え他の戦区が酷い状況となったとしても、政威大将軍をBETAに喰い殺させる訳にはいかないのだ。 民族性が、それを許さない。
「斯衛が使えればな・・・ 海軍の5個戦術機甲大隊、全て西に回せたものをな」
最後には、愚痴になっていた。
「しかし、そうも言ってはおれん。 我々軍人は、政治に関与すべからず―――統制派の軍官僚が、どう考えていようとな。
それに、あと6日だ。 6日すれば、東海・東部・北部の各軍管区から6個師団の増援が到着する」
部隊移動だけなら、2日も有れば済む。 しかし6個師団を賄う兵站全般がそれでは整わない。 どうしてもあと数日が必要だった。
「はい、国連軍も中韓が各1個師団の増援と、大東亜連合軍から2個師団。 既に中継集結点の台北を出港しました、到着予定は3日後です。
それと、米海兵隊の第3海兵遠征軍と第7艦隊は、既にグアムを出撃しました」
「海軍も、第1艦隊が水師準備(出撃準備)を完了させたと言う、明日の夜には紀伊水道に突入してくる。
絶望だけじゃないよ、参謀長。 士気を維持する範囲で、情報は部下達にも教えておこう」
「先に少しでも光が見える方が、戦う気力も違うでしょう。 判りました」
7月24日 1520 兵庫県神戸市北区鈴蘭台 第18師団第181戦術機甲連隊第2大隊
『B小隊4番機、レーザー直撃!』
『島崎! 島崎! 脱出しろ!―――脱出してぇ!』
『だ、ダメです! 芳川少尉! 管制ユニットが変形して・・・ エジェクト出来ない! うわあああ!』
3時間前、白川台を突破された。 第9軍団は全面的に後退し、今は神戸市内―――中央区のど真ん中で、市街戦を展開している。
そして第18師団戦術機甲連隊の第2大隊は、単独で北へ抜けるBETA群の突破阻止を担っていた―――担っていた筈だった。
『中隊長! 残存8機です!』
中隊副官の支倉志乃中尉が、悲鳴のような声で報告する。
鈴蘭台に後退した時点で、中隊は中破した1機を除き、11機の戦力を保っていた。 それが続く2時間の間に3機を失い、残弾数は限りなく乏しい。
第21中隊『セラフィム』、中隊長の綾森祥子大尉は、充血した目を血走らせながら、各種情報を確認し、BETA群の動きを確認し、部下のバイタルデータを確認する。
結論は―――このままでは、あと1時間も持たずに中隊は全滅する。 自分も此処で死ぬだろう。
「編成を変える! 高橋、後衛小隊を指揮! 宮城と諏訪は、高橋の指揮下に入れ!」
―――『了解!』
第3小隊長の高橋智中尉、宮城直子少尉、諏訪義彦少尉が、トライアングルを組んで後衛に位置した。
「支倉、Bエレメントの指揮を取れ! 芳川は私のAエレメント、伊庭は支倉と組め!―――芳川、まだ行けるわね!?」
『だ・・・ 大丈夫です、中隊長!』
芳川慶子少尉のバイタルデータが、酷く乱れている。 つい先ほど、エレメントを組んでいた後任少尉を、戦車級に喰い殺されたばかりなのだ。
最後に残った新任少尉である、伊庭秀直少尉は大丈夫そうだ。 これが初陣だと言うのに、随分と落ち着いている。
『死の8分』も無事に越した、案外図太い神経を持っている様だ。 そろそろベテランの部類に入って来た支倉と組ませれば、大丈夫だろう・・・
苦戦の理由、それは光線級に頭上を押さえられつつある事だった。
西の小高い山地部、標高にして200mから300mしかないその場所に、数10体の光線級に陣取られつつあった。
「くっ! 中隊、フォーメーション・アローヘッド・ツー! 北に向けて突破する! 箕谷駅まで突っ切るぞ!」
最早南側は、BETAで埋まっている。 そして箕谷から東、そして北東に伸びる有馬街道を維持しなくては、三田と篠山方面は南からBETAの奇襲を喰らう事になる。
『ユニコーン・リーダーだ、『セラフィム』! 箕谷まで突破出来るか!?』
大隊長の荒蒔少佐の声も、苦しそうだった。 今は第23中隊、『ステンノ』と共に、西の光線級を何とか排除しようとしている。
レーザー照射の直撃を避ける為に、稜線を見え隠れしながら、アクロバットもどきの高速機動中だ。
『ステンノも、3機を失った! 南の、BETAの津波の前で阻止戦闘中の『フラガラッハ』は2機損失!
何としても箕谷を確保してくれ! 最早あそこからしか、本隊との合流は不可能だ!』
『ステンノ・リーダーより、セラフィム・リーダー! 箕谷の確保、お願いします! こっちは、正直ヤバいです! 光線級の排除は、無理かも・・・!』
「残存、8機です、大隊長。 やってみせます! 美園! もう少し頑張って、お願い!―――中隊、突撃!」
8機に減った94式『不知火』が、フォーメーションを維持しつつ、水平噴射跳躍で突進する。
少しでも高度を取れば、あっという間に光線級の認識空間に身を晒す事になる。
要撃級の前腕をギリギリで回避し、集る戦車級にキャニスター砲弾を撃ち込み、ひたすら前進する。
綾森大尉が先頭を切っていた。 本来この役目をする筈の、突撃前衛小隊長は既に戦死している。
それに、顔に似合わず大尉も、元々は突撃前衛上がりなのである―――そう言うと、10人中10人とも、耳を疑うが。
「高橋! 両翼の支援砲撃! 支倉、伊庭! 喰い残しに構うな! 芳川! 私に付いて来い!」
後衛小隊の3機が、両翼から迫りくる小型種―――主に戦車級に狙いを定めて、36mmで掃射する。
前衛のBエレメントの2機が、Aエレメントが仕留めそこなった針路上の大型種に、止めの砲弾を叩き込む。
その時、酷く懐かしく感じられる―――実際はそうではないのだが―――声が綾森大尉の耳朶を打った。 今、一番傍に居て欲しい人の声が。
『・・・フラガラッハ・リーダーよりユニコーン・リーダー! 正直、タイムリミットは後10分と考えて下さい!』
『周防、BETA群は!?』
『益々、意気盛ん・・・ どうしようもない位に! 摂津! 四宮! 各小隊、抜刀! かかれ!』
信じられない。 あの、普段から近接格闘戦を、『最後の手段』と言っている第22中隊長が―――綾森大尉の恋人が、戦場で中隊に抜刀を、近接格闘戦を命令するなど。
心臓が飛び跳ねる気がする。 近接砲戦でこそ、その力を出し切るスタイルの衛士が、近接格闘戦と言う事は―――最早、予備弾倉の最後の1本まで、撃ち尽したと言うのだ。
『ぜっ! はっ!』
エレメントを組む芳川少尉の声が、次第に荒くなってきていた。
チラリと見たバイタルデータは、かなり乱れた波形を示している。
(・・・拙い・・・)
このままでは、ちょっとした操縦のミスを引き起こしかねない。 この場では、それは即、死を意味する。
『中隊長! 前方に箕谷駅を視認!』
支倉中尉の声が聞こえた。 咄嗟に顔を向ける、有った。
あそこまで行けば取りあえず、西の光線級から身を隠せる起伏が有る。 何としても、1秒でも早くあそこへ。
『ッ! 中隊長! 左! 左前方!』
その声は支倉中尉だったか。 或いはエレメントを組む芳川少尉だったかも知れない。
視界の片隅に捉えた光景。 要撃級が2体、今まさに自分の機体の直ぐ前で、その強固な前腕を振り上げているその姿を。
『ちゅ、中隊長!!』
―――意識が、暗転した。