2001年12月29日 2335 日本帝国 神奈川県旧横浜市 国連軍横浜基地 第2滑走路
『ジューファ・マムよりジューファ・ワン! 搬入ゲート隔壁損傷を確認! 更に要塞級8体、ゲートに融解液を噴出! 隔壁が一部融解しているとの事!』
「・・・ジューファ・ワン、ラジャ。 横浜からの支援要請は!?」
『第2滑走路防衛支援依頼を受託! 団司令(周蘇紅国連軍中佐)より、メインゲート、及びCゲートを守り抜け、との命令です!』
「ラジャ。 要塞級の対応は!?」
『横浜基地TSFにて行います! ジューファ・ワン、趙少佐! 団司令より『様子がこれまでと違う、連中、学習している』との事です! お気をつけて!』
「判ったわ。 C4Iシステムには気を遣うが・・・リアルタイムの情報更新は、最優先で行って頂戴!」
『ジューファ・マム、ラジャ! アウト!』
国連軍太平洋方面総軍第11軍、横須賀基地戦術機甲団第206戦術機甲大隊長の趙美鳳少佐は、整った美貌を曇らせながら管制との通信を切った。
周囲を見渡すと、かなりの数の大型種BETAの死骸の山が目に付く。 そのお陰で小型種の発見に齟齬をきたすケーズも増えており、部下も数機が取りつかれて損傷している。
正直、今の戦況は芳しくない。 BETA群の3重地中侵攻は、横浜基地北西エリアの野外演習場に出現し、ここを守っていた横浜基地第7戦術機甲大隊が大損害を受けた。
だがその時点では光線族種は確認されず、航空支援が有効に行われた結果、何とか防衛できそうだ・・・との空気もあったのだが・・・3重侵攻第2波がやってきた。
それも最悪の場所、第1滑走路付近へ。 更には要塞級BETAまで出現した、8体だ。 推定で50体前後の光線族種が地表に現れたと推測される。 完全に裏をかかれた。
第1と第2防衛ラインに張り付き、戦力を半減させた横浜基地TSF3個大隊(臨時集成大隊)のうち、1個大隊が第2滑走路付近に防衛線を張った。
横須賀基地のTSF6個大隊の増援も、現在は第2滑走路に布陣している。 南東端、第1滑走路との交差付近に3個大隊。 演習場側、北西部に2個大隊。
趙少佐の指揮する1個大隊は、メインゲートとCゲート付近に布陣し、メインとC、2か所のゲートの『ゴールキーパー』を命じられていた。
先ほど通信を交わした横浜基地TSF大隊の指揮官たちの顔が浮かぶ。
『頼む! 何とかして、少しでも流入を減少させてくれ!』
『我々は、中央集積場を死守する』
祖国をBETAに滅ぼされ、流れ流れて、この横浜の地に着任しただろう衛士たち。 1人は南欧系の顔立ち、1人は中央アジア系の顔立ちの男たちだった。
『ここは・・・ここは、守る』
『祖国を守れなかった我々だが・・・ここは『死守』してみせる』
気負うこともなく、しかし確実に死を覚悟した歴戦のベテラン戦術機甲指揮官たち。 その前に、横須賀基地所属部隊にも、脅威が差し迫っているが・・・
『ムーランよりジューファ! 美鳳! 日本軍の支援砲撃が薄くなった! 町田と東戸塚への砲撃支援に振り替えたわ! 第2層までの硬化剤注入作業は!?』
「ジューファよりムーラン、文怜、まだ少し時間がかかる状況よ・・・でもその前に、C4Iシステムを確認して」
『・・・? っ!? 搬入ゲートが・・・! くっそう! 要塞級が発情していた(TSF乗りの隠語で、触覚攻撃のこと)のは、これか!』
「横浜基地TSFは3隊が、中央集積場に降りたわ。 第5と第7、それにさっき第3大隊も。 ここは実質的に私たち、横須賀だけで『死守』よ、文怜・・・」
第1滑走路、そして北西の演習場から流入してくるBETA群は、何としても防がねばならない。 多少の流入は許されても、残るメインとCゲートの突破は許されない。
そしてそのミッションは、横須賀基地所属の6個TSF大隊・・・先任大隊長の趙少佐の指揮にかかっているのだ。 我知らず、汗がじっとりと美貌を濡らした。
改めて管制ユニットから見える外界を見る。 地獄だ。 しかし、見慣れてしまった風景だ。 これが彼女の常の風景になってしまっていた。
「・・・ジューファより各TSFに次ぐ。 AゲートとBゲートの奪回は不可能、流入を少しでも減少させる。 同時にメインとCゲートは死守」
誰かがゴクリ、と喉を鳴らした音が聞こえた。 部下の誰かだろう。 指揮官クラスは歴戦だが、新米連中も多い。
『Aゲート、充填剤投入は完了しているが・・・完全硬化まで少し時間がかかる。 光線級に照射されたら最後、保たないか・・・』
『第1滑走路に面したBゲートは、だめだ。 あそこからの流入が多い。 先任、重点攻撃目標に?』
第203戦術機甲大隊長の韓炳德少佐(亡命韓国軍)、第204戦術機甲大隊長の郭鳳基少佐(統一中華・台湾軍)がC4I情報を確認しながら、趙少佐に確認するように言う。
おおよその腹は決まっているが、そして先任指揮官ではあるが、ここは同僚たちの意見も確認すべき・・・趙少佐はそう判断した。
「・・・郭少佐の言う通り、Bゲートはもう救いようがないわ。 Aゲートも演習場側のために、北西方面からの圧力次第ね・・・当面は第2滑走路の死守。
そして北西と南東からの圧力を弾き返すこと。 中の横浜基地部隊がどれだけ踏ん張るか・・・どういう作戦を最終的に実行するかによるけれど、当面はそれで行く。 どう?」
郭少佐と韓少佐は、すぐに頷いた。 というより当面はそれ以外、取れる手はない。
『・・・それで良いと・・・というより他に手はありませんな』
第205戦術機甲大隊長の曹徳豊少佐(統一中華・台湾軍)が、おそらく網膜投影モニターを凝視しながらだろう、視線を動かしながら言う。
『了解、美鳳・・・というより、貴女の口から『死守』なんて言葉、出たことに驚きよね』
第208戦術機甲大隊長の李珠蘭少佐(亡命韓国軍)が、からかうような口調でいる。 この場では2番目に付き合いが長い相手に、趙少佐が苦笑する。
「人間・・・切羽詰まれば、誰もが同じになる様ね。 昔はさんざん、侮蔑したものだけれど・・・ね・・・」
部隊長になり、指揮の権限と裁量は増えたが、現場で出来る事は、選択肢は、それほど増えないようだ。 そんな苦笑する姿を通信で見ながら、最も古い戦友が声をかけてきた。
『・・・ムーランよりジューファ。 ダメもとで町田方面か東戸塚方面か、どちらかから少しでも援軍要請できないかしら?』
「無理よ、ムーラン・・・文怜。 『国連』は、ここに『帝国』を入れる事を良しとしないでしょう」
政治的に、だ。 戦場にとって、それは常に上位に位置し、そして常に歯がゆく、恨みがましい事である。
『横浜基地施設内への突入は、そうでしょうとも。 私たち、横須賀基地部隊でさえ、ですものね。 同じ『国連軍』なのに。 でも、ゲートへの流入阻止任務、としては?』
「・・・どんな指揮官が来るかによる。 でも、打てる手はすべて打ちましょうか」
指揮官たちが『作戦会議』を行っている最中でも、戦闘は継続されている。 南東方面、第1滑走路に溢れるBETA群に対し、3個TSF大隊がヒット・アンド・アウェイを仕掛ける。
北西方向の演習場に隣接したエリアでは、撃破された大型種の死骸を盾にしながら、2個TSF大隊が巧みに壮語できるゾーンを形成しつつ、BETAの数を減らし続けている。
すでにかなりの数のBETA群を、横浜基地施設内に侵入させてしまっている。 これ以上の侵入は、確実に横浜の失陥に直結する。 とは言え・・・
(せめて・・・せめて、あと3個大隊。 贅沢を言えば4から5個大隊の増援・・・)
日本軍とて、これ以上の横浜への流入を防ぐべく、町田と東戸塚の出現地点を猛攻撃している最中だ。 果たして増援が来るのかどうか、まったく心もとないが・・・
(ここには反応炉があると聞く・・・佐渡島は消滅した、そしてこのBETA群は恐らく佐渡島の個体群・・・とすれば、活動時間か限られているかもしれない)
最低でも部隊長、少佐以上の階級の者に対する開示情報。 それから想像するしかなかったが、そう考えるのが最も自然だとも思える。
部隊長の自分は、開示情報を閲覧できるが、部下たちはそうもいかない。 全体の戦況は? 増援は? 友軍は? そしてBETAは? どう取捨選択して伝えるか。
趙少佐は、回線をオープンに切り替えた。
「先任指揮官、趙少佐だ! BETAは佐渡島からの『大遠足』で腹ペコだ! ここで何としても時間を稼ぎ、時間切れさせる! 増援を要請した。 各員、意地を見せろ!」
回線に乗って、各大隊の衛士たちの雄たけびが聞こえた。 同時に親友の『無理しちゃって・・・』と言う呟きも。
2001年12月29日 2355 日本帝国 神奈川県旧横浜市 東戸塚付近
「ゲートから出てくる連中を集中的に叩け! 摂津、右翼! 八神、左翼! 中央は1中(第1中隊・大隊長直率)! 漏れた個体群は後ろの『フリッカ』に任せろ!」
周防少佐指揮の第15師団第151戦術機甲大隊の後ろには、第39師団第396戦術機甲大隊『フリッカ』(真咲少佐指揮)が布陣している。
「突撃級と要撃級を狩れ! 小型は『フリッカ』と支援砲撃で仕留める! 前に出るな、距離を保て! 弾切れの者は即時後方へ! 補給は十分にある!」
上大岡~弘明寺~井土ヶ谷で戦線ラインを形成、そのまま押し上げる形となった『第2ラウンド』は、目標の東戸塚出現地から東へ1㎞ほどの、六ツ川付近まで押し上げている。
もうすでに出現地の『地獄への門』は目視できる。 そこから未だにBETA群が出現している様子も、確認できている。 ここを叩かねば、際限なく横浜に流入する。
中隊を指揮しながら、自機の脚部のスラスター各部から、青白い焔に似た排気炎を出しつつ、地表すれすれをサーフェイシングしてゆく。
すれ違いざまに01式近接制圧砲の56mmリヴォルヴァーカノンが唸り、要撃級BETAの側面から赤黒い体液が飛び散り、その巨体が倒れた。
部下たちも、指揮難の指示を守り小隊単位での集団機動戦闘を崩していない。 まだまだ新米の連中は、上官が撃てば自分もトリガー引く、というレベルだが。
これまで経験した大規模戦闘より、まだ数は少ないほうだ・・・周防直衛少佐は、そう感じている。 甲21号では、もっと多くのBETA群とやりあった。
1999年の明星作戦時は、この辺り一帯がBETAで埋まったほどだ。 京都防衛戦、それに先立つ西日本防衛戦、半島や満州、東南アジアに欧州各地・・・
「摂津! 右翼、突撃級10体、仕留めろ! 側面は1中が支援する! 八神、左翼を迂回して機動砲戦! 小型種を側面から削れ、正面には立つなよ!?」
『フラガラッハ、ラジャ』
『ハリーホーク、了』
2人の部下中隊長たちが、鮮やかな部隊運用で中隊を動かし、周防少佐の意図したとおりの攻撃を仕掛けている。 少佐自身は中央で両翼を支援すべく、中隊を動かす。
摂津大尉も八神大尉も、上官の意図を間違いなく汲み取り、指揮する中隊を動かすのに問題ないレベルの指揮官になっている。 そして2人とも周防少佐の子飼いだ。
「改めて言うが・・・全部を殲滅しようとして、接近される愚は犯すな。 後ろには『フリッカ』が控えている、取りこぼしは後ろに任せろ」
大隊を指揮しながら、同時に直率中隊の指揮も行う。 更には個人戦闘も・・・目前に迫った戦車級の群れ。 01式近接制圧砲の56㎜砲弾をばらけさせながら始末する。
制圧支援機に命じて誘導弾を前方へ。 突撃前衛の第2小隊を前に出し、突出してきた群れの一部を左右から包み込ませて殲滅させる。
戦場での戦術機甲大隊指揮官は、とにかく忙しい。 そんな中、脳裏では戦場の状況を確認し続ける事も止めていない。 今の戦況は?
出現ゲートから這い出てくるBETAの数は、当初より勢いが減じている。 C4I経由の情報でも、自分の感覚でも、双方ともそう言っている。
出現したBETAの数は、今ではかなり数を減じている。 東戸塚だけで残りは総数が1万強、2万に達しないだろう。
町田と合わせて3万前後・・・3万5000に達しない。 しかも大型種の数は少ない傾向だ、小型種の比率が大きい。 今までとは少し傾向が異なる。
(・・・面倒だが、殲滅できない数じゃない。 索敵を密にし、取り零しに注意さえすれば、この戦力ならば確実に殲滅できる・・・今までの大規模作戦に比べれば)
だが、そんな大規模作戦を経験してきた周防少佐が、今回はそれ以上の焦燥感を抱いているのも事実だ。 後方・・・横浜の様子が、リアルタイムで、C4I経由で伝わっている。
横浜基地はすでに『メインシャフト』(周防少佐はその基地構造は知らなかったが)の隔壁が破損。 中央集積場にBETA群が流入し、防衛のTSF2個大隊が全滅。 残り1個大隊。
地上に残った唯一の横浜基地所属TSF大隊が1個大隊、先ほど第2滑走路防衛線から、中央集積場に投入された。 地上戦力はこれで、横須賀基地所属の6個TSF大隊だけだ。
『メインシャフト』では、機械化歩兵中隊が小型種BETAとの『肉弾戦』の真っ最中だと言う。 そしてたった今、旅団本部から、飛び切りの凶報が飛び込んできた。
「要塞級!? 別の場所に、ですか!?」
『第2滑走路付近に出現、との事だ。 やってくれる、4重侵攻だ・・・横須賀の周中佐(国連軍横須賀基地・戦術機甲団司令)から、悲鳴の報告が入った・・・』
俄かに信じられなかった。 周蘇紅中佐。 周防少佐とも古馴染の、中国軍出身の歴戦の衛士で、戦術機甲指揮官・・・あの古強者が、悲鳴のような支援要請をするとは!
それに横須賀の部隊は、指揮官連中は自分もよく知る指揮官たちだ。 歴戦で、部隊指揮の実力は、帝国軍内であっても精強と称されるほどの筈・・・
『横須賀の部隊は、光線級の照射を背後から浴びせられて・・・11機が直撃・爆散。 16機が中大破。 残存200機以上だが、衝撃から立て直せていない』
「・・・旅団長、で・・・?」
『荒蒔(荒蒔芳次中佐、第153戦術機甲大隊長、先任指揮官)は動かせん。 長門(長門圭介少佐、第152戦術機甲大隊長)も、荒蒔の補佐に残したい。
周防、貴様、自分の大隊と、他に2個大隊連れて、横浜へ突入しろ。 基地施設内への侵入は不許可。 向こうの先任指揮官は横須賀の趙少佐だ、指揮下に入れ』
上級指揮官はえてして、こういう状況では、力量も、気心も知れた自分の『子飼い』の部下を使いたがる。 その意味で周防少佐は、軍内部で藤田准将の子飼いと認識されていた。
或いは、藤田准将の細君の藤田直美大佐(統帥幕僚本部第1局(作戦局)第2部国防計画課長)の子飼いか。 いずれにせよ、実戦派(現場派)だ。
「は・・・哀れな子羊は、小官の他には、誰と誰が?」
『子羊・・・などという柄か? 貴様が。 39師団の真咲少佐と、あと14師団が、かなり無理をして増援を送ってきた。 貴様の馴染みだ、美園少佐の大隊だ』
「あの2人は同期で・・・下剋上されかねませんね・・・」
真咲少佐もそうだが、14師団の美園少佐も周防少佐とは馴染みが深い。 18期A卒の周防少佐の1期下の19期A卒。 新任少尉時代に同じ小隊の古参少尉だったのが、当時の周防少尉。
『手綱を引け、慣れた相手だろう。 貴様と真咲少佐が抜けた穴は、14師団からの増援で塞ぐ。 葛城少佐の143大隊と、仁科少佐の149大隊だ』
これも馴染みの深い指揮官たちだ。 葛城少佐は、周防少佐の半期下の18期B卒で、仁科少佐は、真咲少佐や美園少佐と同期の19期A卒。 やはり『周防少尉』時代を知る人物。
14師団は3個戦術機甲連隊・9個戦術機甲大隊を有する、所謂『重戦術機甲師団』だが、先般の佐渡島の激戦で消耗している。 戦力回復を図っていたが・・・
『師団長の独断だそうだ。 とりあえず動ける機体と、動かせる衛士を集めて、『行き足』のある若手の少佐3人に付けて送り出した。 お陰で今、ようやく補給が終わった』
なんとも、哀れな後任たちだった。
『時間が惜しい。 一刻も早く第2滑走路付近の要塞級と、腹に抱いている光線級を排除せねばならん・・・周防、このコードを打ち込め』
旅団長・藤田准将より転送されてきた秘匿コード。 訝しげな表情の周防少佐に、藤田准将が秘匿回線に切り替え、伝えた。
『コード999・・・G弾投下事前連絡コードだ。 脱出する時間が与えられる・・・こちらからの自動送信で、周知される。 コードは今すぐ入力しておけ』
「准将・・・っ!」
『軍司令部より、師団へ秘匿緊急信だったそうだ。 大本は防衛軍総司令部あたりだろう・・・横須賀を巻き込むな、脱出させろ。 それが貴様のもう一つの任務だ、周防』
自国内で再び。 それも本土で。 しかも自軍が。 まだ血気盛んな下級将校ならば、もしや食って掛かったかもしれない。 周防少佐とて、腸が煮えくり返りそうだ。
だが、戦況は、情勢はそんな贅沢を許さない。 少なくともC4I経由で伝えられる情報は、それも雄弁に物語っている。 そして自分はその情報を知る『権限』を与えられている。
「・・・了」
もしここで、BETA群の阻止に失敗すれば・・・もしここで、再び横浜が『ハイヴ』と化せば。
(日本は・・・祖国は、亡国となる)
それだけではない。 米国が主導する環太平洋防衛圏構想、その最重要の要石の日本が脱落すれば、それはもはや画餅に過ぎない。
『国連軍第11軍へも、極秘伝達が済んでいると報告を受けた。 使用判断は防衛軍総司令部。 そして第1軍司令部。 いいな、周防。 従え』
「了・・・小官もまた、部隊指揮官です」
『よし・・・行け』
「ゲイヴォルグ、ラジャ、アウト」
2001年12月30日 0018 日本帝国 神奈川県旧横浜市 国連軍横浜基地 第2滑走路
「大型種の死骸を盾にしろ! 連中、停止した『同類』だと、照射はしない!」
『タオファ・リーダーよりジューファ・ワン! 南東からの圧力増大! 保ちません!』
網膜スクリーンに部下の姿・・・第2中隊を率いる王雪蘭大尉の姿がポップアップした。 まだ23歳の若い大尉。 だが16歳から7年を生き抜いてきた歴戦の衛士。
その彼女が、絶望的な表情を浮かべながらも、必死で中隊をまとめようと奮闘している事は、CI4情報からもよくわかっている。 彼女の中隊が、残存7機に減じていることも。
「保たせろ、雪蘭! 引く場所は無い!」
何と無慈悲な命令か。 部下に対して『そこで死ね』と言っている。
目前に突撃級の小規模な群れが迫った。 6体。 光線級からは大型種の残骸がスクリーンとなっている。 咄嗟に跳躍ユニットの噴射ペダルを全開に、サーフェイシング。
飛び出しながら接地高機動戦闘、120㎜砲弾をすれ違いざま、次々に叩き込む。 後続する列機の楊義延中尉も同様の機動で3体を仕留めた。 すぐに『塹壕』に戻る。
『大隊長、お出ましの時は、ご一報を』
「楊中尉、貴様が私の機動を読めないほど、耄碌したと?」
『いえいえ、木伏大人(ターレン)の元に、お嬢をご無事に、お返ししなければね・・・』
「ちゅ、中尉!」
柄にもなく、戦場で思わず赤面してしまう。 楊中尉は年齢的には30代半ば。 元々、衛士で本当ならば中佐程度の階級になっていなければならない筈の、歴戦のベテラン。
しかしながら、どこの軍でも、組織でも、こういう男はいるようだ。 楊中尉は政治部とは、とことん相性が悪い。 というより政治将校をからかう趣味がある。
なので・・・すでに10年以上、『万年中尉』だった。 今では、横須賀では裏でこっそり『美鳳お嬢様と、お付きの爺や』などと笑い話のネタにされている。
『まあ、戯言は置いておいて・・・そろそろ、拙いですな。 戦力半減、向こうさんは・・・幾分か、数も減っては来ていますが、光線級が面倒くさい。 照射されると・・・』
すでにAゲートは陥落した。 そこからのBETA流入も続いている、横浜基地内は阿鼻叫喚の様相の様子だった。 横浜の中央指令センターからの通信では。
今は何とか、第2滑走路を死守し、メインゲートとCゲートを守っているところだ。 味方は戦力半減、すでに100機以上が撃破、あるいは中大破して戦線離脱している。
大隊指揮官に戦死者はいまだいないが、中隊長以下の指揮官で戦死者が出始めた。 趙少佐の大隊も、第3中隊長の夏林杏大尉の機体が先ほど、光線級の照射直撃で爆散した。
少数民族であるイ族(彝族)の出身で、普段は明るい笑顔を振りまく陽性な性格で、大隊のムードメーカーだった。 趙少佐にとっては、可愛い部下で、妹のようなところもあった。
そんな部下を戦死させた。 悔悟の念は後から幾らでも甘んじて受けよう。 でも今は残った部下たちを掌握し続け、この場を指揮し続けねばならない。
(2時間は保つと踏んでいたけれど・・・このままでは1時間も無理ね。 読みを外したわ・・・)
何よりも、これまでの戦歴でも経験がないほど、今回のBETA群はある種の『意思統一』がなされているのでは、と思えるほど、組織だった行動をしている。
本能のままに突き進む、これまでの力押しではない。 確かに地中侵攻など、裏をかかれた経験も多分にあったが、今回のBETAの行動はそれを大きく裏切る。
(・・・ここが、私の死に場所なのかしら・・・せめて、もう一度会いたかったわ・・・)
共に人生を歩きたいと思った、そうしようと約束した、日本人の将校。 古馴染だった。 もう会えないのかと、心の片隅が凍る。
そんな刹那の思いを振りほどいて、網膜スクリーンに投影された統合戦域情報を確認する。 現状はとてつもなく厳しい。
既に横浜基地内では『メインシャフト』の第1、第2隔壁が破られた、との報告が入っている。 これ以上のBETA個体群の流入は許容されない。
とは言え、第2滑走路上に陣取られた要塞級と、数10体の光線級、アレをどうにかしなければ、流入阻止の戦闘行動もままならない。
(北西、演習場方面は・・・郭少佐と曹少佐が踏ん張っている。 南東の第1滑走路からの圧は、韓少佐と殊蘭(李殊蘭少佐)が引き受けてくれている。 問題は・・・)
第2滑走路南東端付近から出現した、予想外の要塞級BETA6体と、光線級30体以上。 それと付属する大小1000体を超すBETA個体群。
これに当たるのは、朱少佐の大隊と、趙少佐の大隊、2個TSF大隊だけだった。 戦力が足りない、せめて正面(趙少佐と朱少佐)に2個大隊、圧の厳しい南東に1個大隊欲しい。
(ない物ねだり・・・は判っている! でも・・・くそっ!)
突撃級BETAの残骸を盾に、光線級の照射を避けた。 そしてわずかなインターバルを縫って突撃。 数体を始末して、また残骸の陰に隠れる。 この繰り返し。
お陰で、小型種BETAの横浜基地施設内流入を阻止できていない。 自分が周中佐から受けた命令を果たせていない。 そんな焦燥感が、趙少佐の脳裏を焦がす。
(くそっ・・・何か・・・何か手を・・・っ)
目前に迫った要撃級の小さな群れを目視し、焦燥感に苛まれたその瞬間・・・要撃級の群れが爆ぜた。
『横須賀部隊! 遅れてすまない、日本帝国軍だ。 コールは『ゲイヴォルグ』、『フリッカ』、『ステンノ』 3個大隊だけで悪いが、こちらはこれで抽出戦力はカンバンだ』
迂回機動でやってきたのか。 北西方向、第2滑走路出現デートの斜め後方から、日本帝国陸軍の94式『不知火』壱型丙Ⅲ(壱型23型)が100機以上、急接近する。
『ゲイヴォルグ・ワンだ。 こちらの戦況は把握出来ていない。 ジューファ・ワン、指示を!』
待ちに待った増援。 もう来ないと諦めかけていた増援。 そして聞き慣れた日本の僚友の声。 見れば他にも、懐かしい顔ぶれもいる。
「っ! ジューファ・ワンより増援部隊へ! 大歓迎よ、地獄へようこそ! ゲイヴォルグとステンノは、このまま中央へ! フリッカは南西の援護を! 助かったわ、直衛・・・真咲、美園!」