2001年12月29日 2100 日本帝国 国連軍太平洋方面第11軍 横浜基地 外周南西部
『HQより、ジューファ、ムーラン、ファラン、ホンライ、パイフー、チンロン、各隊。 我々の座席が決まった』
国連軍横須賀基地戦術機甲隊司令・周蘇紅中佐の声が通信に乗って聞こえた。 付き合いが長ければ判る、はっきり言ってご機嫌斜めだ。
「ジューファ・ワンよりHQ、中佐、どの辺りの指定席です?」
そしてこの場合、最初に話すのは、最先任大隊長で有る自分だ。 昔からとは言え、これが結構面倒臭い・・・内心でそう思いつつも、趙美鳳少佐は口調を普段と変えずに問うた。
『どの辺り? クソッたれだ、美鳳! 全くクソッたれだ! 横浜の連中、どこまで後方ボケしているんだか・・・!』
周中佐からのデータリンク、表示される防衛計画の布陣・・・皆が呆れる溜息が、微かに通信に乗って聞こえてくる。
『・・・3万以上のBETA群を正面切って、3段の防衛線ってのは、まあ及第点だが・・・』
ホンライ・ワン。 第203戦術機甲大隊長の韓炳德少佐(亡命自由韓国軍)の落胆の声。
『最も分厚い第1防衛ラインでさえ、TSFが2個大隊に、機甲2個大隊か・・・』
チンロン・ワン。 第204戦術機甲大隊長、郭鳳基少佐(台湾軍)がスクリーン上で天を仰いでいる。
『・・・第2、第3・・・最終ライン、それぞれ2個TSFに1個機甲大隊・・・?』
パイフー・ワン。 第205戦術機甲大隊長、曹徳豊少佐(台湾軍)が呆れている。
『何よ? 基地内に1個TSFを? ここまで来られたら、意味無いじゃ無い・・・』
ファラン・ワン。 第208戦術機甲大隊長、李珠蘭少佐(亡命自由韓国軍)が、珍獣を見たような表情で呟く。
『HQ、司令、こちらから配置についての打診は・・・?』
ムーラン・ワン。 第207戦術機甲大隊長、朱文怜少佐(中国軍)が、恐る恐る聞く。 付き合いが長い分、活火山の噴火予知には優れている・・・と思いたかった。
『・・・ダメだったのですね? 司令?』
ジューファ・ワン。 第206戦術機甲大隊長にして、横須賀基地の最先任戦術機甲大隊長、趙美鳳少佐が、乾いた苦笑と共に聞いた―――上官が爆発した。
『ダメだ! ダメだった! まさか連中、ここまで後方ボケしているとは思わなかった! ウチの司令官からの『提案』も、全くな!
この程度の防衛ラインで、3万以上のBETA群を殲滅できるのなら・・・我々は祖国を失っていない! 日本はここまで叩かれていない!
世界は・・・人類は、ここまで落ちぶれちゃいないんだ! それを・・・っ! あのっ・・・後方ボケのっ・・・ええいっ!』
横須賀基地からの防衛プランの提示は、徹底した火力集中。 横浜、横須賀、両防衛戦力が保有する全機甲戦力と全砲兵火力戦力を全面に張り付け、全域に面制圧を実施。
それを左右両翼から、TSFが全力機動防御での・・・攻勢防御で側面から削り続ける。 今回、日本軍からの増援が得られる手筈なのだ。 およそ3個師団強。
ならば戦線左翼・・・南西側を国連軍TSFの全力、13個大隊で叩き続け、戦線右翼を日本軍に叩いて貰う。 最悪、戦線正面にTSFを1個大隊、配してもいい。
TSFが12個大隊、つまり連隊結束で4個連隊。 昔の重戦術機甲師団(最近は流行らない編制だが)で、2個師団分の攻撃力なのだ。
『予定では、日本軍は虎の子の第1師団と、ロイヤル・ガード(禁衛師団)を出してくる! TSFを9個大隊保有する、世界最強級の重戦術機甲師団だ! 2個師団で18個大隊!
それ以外にもTSFを2個連隊(6個大隊)保有する師団が1個! それと・・・佐渡島の戦友達が3個大隊参戦する!
全部で27個大隊だ! TSFが27個大隊だぞ!? 右翼からの圧力で、かなりの数を仕留めきれる可能性が大きい!
よしんば、日本軍に頼んで5個か6個大隊ほど、こちら側に回して貰っても良いのだ! そしてその間、少しの間、正面を保持すれば良いのだ!』
仮に日本側に頼み込み、戦術機甲6個大隊を戦線左翼に回して貰ったとして、左翼で19個大隊、右翼で21個大隊。 しかも数時間後には更に数個師団の増援も確約済み。
だが、横須賀基地所属部隊の配置は、『横浜基地南外周部からの、BETA群の侵入阻止』だ。 確かに今回、日本軍は『側面からの増援』を出してくれるが、正面防衛は拒否してきた。
佐渡島で被った多大な損害、各地に再配備すべき予備戦力、そして首都防衛にも戦力を残さねばならない。 その中で側面援護の3個師団というのが、出しうるギリギリの限界だ。
その貴重な戦力を、正面防衛線で磨り潰したくない、と言うのが本音だろう。 それはそれで良い。 日本には日本の事情がある。
であればこそ、左右両翼の戦力差を、攻撃の圧を、もっと近づけねば。 東側からの圧だけが強ければ、BETAは正面と西側に突出する。
それぞれ、戦術機甲7個大隊(正面)と6個大隊(西側)では、あまりに攻撃の圧が弱すぎる。 BETAの圧力は、ますます正面と西側に増すばかりになってしまう。
だから、横須賀は提案したのだ。 2つの基地防衛戦力の総力を合せ、機甲・砲兵・自走高射・機械化装甲歩兵・更に時間限定で攻撃ヘリまで。
兎に角、機動性は劣れども、正面に分厚い防衛線を敷く。 そして2基地の戦術機甲戦力を統合して、一翼を構成する。
12から13個大隊、480機から520機の戦術機、これはかなりの圧力になるのだ。
馬鹿げている。 確かに、横須賀より、横浜の司令官の方が先任だ。 この場合、決定権は横浜にある。 しかし・・・
「・・・こんなに薄い防衛線では、如何に右翼から日本軍が圧力を掛けても、殲滅させる前に抜かれてしまいますわね・・・」
『教本に載るくらい、格好の各個撃破の的だな。 趙少佐、賭けても良いです。 連中、ダブル(2重地中侵攻)で来ますぜ』
『オッズが低すぎて、賭けにならないわよ、郭少佐』
『李少佐、漢人ってのは、どんな時にも賭けは必要です』
『喧嘩売ってんの? 韓少佐?』
『おいおい、怖い次席を怒らせるなよ? まあまあ、朱少佐・・・』
どこまでも危機感を感じない、後任指揮官達にして僚友達の無駄話を通信越しに聞きながら、趙少佐は最も重要なことを確認するために、周中佐に問うた。
「司令。 もし、横浜の防衛線が全て破られ・・・基地内への侵入を許した場合について。 我々の進出限界は? その場合の『国連軍』の対応は如何でしょう?」
暫く、周中佐の無言が続く。 そして、明確な声で答えが返ってきた。
『我々の進出限界は、基地外周部まで。 内周への侵入は許されない。 そして基地内部へのBETA群の侵入を許した場合・・・『国連軍』が取る対応は2つ有る』
ひとつは、横浜基地自身が、『最深部』に位置する『あの存在』を、S-11を起爆させ、消滅させる。 BETAの目的は確実に『あの存在』だ。 佐渡島を潰され、食事が出来ないから。
ふたつめは、日本軍が『公然の秘密』である、『所持していない筈の、特殊な重力系兵器』にて、横浜基地を消滅させる―――基地要員の脱出時間は、一切考慮しない。
いずれにせよ、国連は今後、日本に対して大いに譲歩せざるを得ないだろう。
(もしかして・・・日本は、横浜基地の壊滅を期待している・・・?)
趙少佐は、まさか、と思う。 流石に自国領土内で、国連軍基地を、最終的にではあれど、故意に壊滅させようなどと・・・
(まさか・・・ね?)
疑惑だけが膨らんでいった。
2001年12月29日 2125 日本帝国 帝都・東京 某所
かつてこの国の近代化を成し遂げる原動力となった財閥が、その当主家が保有していた広大な屋敷。 現在は敷地面積が3分の1ほどに減少しているが、それでも5000坪はある。
その中の主要建物である洋館、その一室に2人の壮年から老年の男達が『密会』していた。 そう、『密会』だ。 東京の東部から横浜に掛けての騒動の最中に、だ。
「夜分、お呼びだてしまして、大変失礼を。 閣下」
「いえ、会長。 あなた方からのお話、無碍にする者は、この国にはおりますまい」
初老の(そう言っていい年だ)軍服姿の男は、左近允陸軍大将。 国家憲兵隊長官である。 もう一方の三つ揃いを着込んだ老人は、時の経団連会長、『経済界の総理大臣』だった。
暫くの間、2人の男達は他愛ない無い世間話に興じていた。 今この瞬間にも、横浜の前面では数万人の男達と女達が、BETAを相手に死闘を演じている。
しかしこの場では、そのようなことは一切語られない。 世の苦悩も困難も、全ては己が掌中である、とでも言うように。 それが彼らのスタンス。
「ところで・・・今夜は閣下に、ひとつお話を」
経団連の会長が、それこそ天気の話をするような気楽さで切り出した。 ただし、内容は気楽さからはほど遠い。
「・・・『我々』は、来年度に、新たに東京湾、伊勢湾、大阪湾の3カ所に、農業用プラント、工業用プラント、その他・・・各種合計、20基の建造を決定致しました」
瞬間、右近允大将の目の奥に、抜き身の日本刀のような輝きが宿った。 ただし、人が知覚できないほどの一瞬だったが・・・
「ゆくゆくは・・・そう、10年後には、駿河湾、三河湾、播磨灘、備後灘、安芸灘、有明海、鹿児島湾、仙台湾、陸奥湾、内浦湾・・・できれば日本海側にも」
何気無しの口調で話すその内容は、聞く耳を持つ者が聞けば、卒倒しかねない内容だった。 右近允大将は内心は計り知れないが、表面上は筋ひとつ動かさずに聞いていた。
「無論、複合メガフロートにて・・・資金は『我々』が、お出ししましょう」
それだけの投資。 果たしてどれ程の・・・天文学的数字に登るのか。 とても現在の日本帝国の国家予算では、10年掛かっても実現できないだろう。
だが『彼ら』にはその力がある。 今までためこんできた海外資産、その一部を割り振れば良いだけなのだろう。 戦費獲得に汲々としている国軍からすれば、羨望の限りだ。
経団連会長の言葉が終わると、右近允大将は静かに、語りかけるような口調で話し始めた。
「・・・基礎技術、原理、原則、その膨大な記録データ・・・どれも、いかなる時代でも、最強の盾と矛になり得る。 そう言う訳ですな?」
何気ない声で、かましてみる。 ここまで露骨な餌をぶら下げてきた試しは、ここ数年なかったことだ。 右近允大将の言葉に、経団連会長ははっきり言った。
「はい。 『我々』が欲して止まぬは、それであります」
経団連会長は、ぼそぼそとした口調で話し始めた。
結局、日本には基礎技術、その大元たる原理、原則に基づく膨大な基礎データ。 それが哀しいほど不足していると。 それを狂おしいほど欲していると。
先の大戦後、経済的に米国の傘下に組み込まれ、暫くは下請の立場を余儀なくされた。 その後の東西冷戦の特需で、1950年から72年まで、年率10%を超す経済成長を遂げた。
しかしながら、1973年の『喀什(カシュガル)』事件以降、日本は『経済発展から、科学技術立国への移行』の機会を逸した、経済界はそう見ていた。
BETAの脅威に対応するため、全ては軍需最優先となった。 そしてその分野においては、ほぼアメリカの技術・・・ブラックボックス化の多い技術を使わざるを得なかった。
日本は基礎技術を長い時間掛けてじっくり研究・熟成させ、それを民需に展開してフィードバックを得た上で改良し、その技術を軍需に転用し・・・その機会を失った。
「戦術機ひとつ取ってしても、『我々』のルーツは所詮、米国の下請です。 リバースエンジニアリングを用いて、形だけでも独自開発・生産は可能で、実際に行っておりますが・・・」
「ふむ・・・我が国の機体は、米国のそれに比べて改修頻度が高い・・・か」
「同じ原型機を使ってさえ、です。 如何に無理をしても、米国製に比べれば汎用性に劣る上に、発展余剰に乏しいのが現実です。
根っ子が無いのです、その上に大樹は育ちません。 鉢植えの盆栽と、自然の大樹を比べて・・・とは、全くもって愚かしいほどに」
「それに見合う投資であると?」
右近允大将が確認するように言うと、経団連会長は枯れた笑いを漏らしながら答えた。
「所詮、出来合いのブロック組み立てでしか有りませんからな。 原材料は札束で叩けば宜しい。 現状でも『我々』は世界各地に、それだけの根を持っておりますれば」
そうかも知れない。 彼らは謂わば『経済生命体』と言って過言では無かろう。 世界中、姿を変え、名を変え、しかし生き続ける。
成程な。 しかしながら、彼らも欠片ほどの愛国心とやらは感じていると言うことか? いやいや、そんな、あやふやで根拠の無い代物では無かろう。
(だいいち、この俺様がして、そんなモノは笑い飛ばしたくなるのだから)
己の心の奥底の、薄暗い部分を見せられる気がして右近允大将は、内心で罵倒の言葉を吐き出す―――誰に対してかは知らない。
右近允大将は愛国者である―――時と場合によっては、売国的手段さえ厭わないほどの。 そしてその言葉の空虚さを熟知している男だった。
「・・・あなた方のご要望は、良く承った。 断じて横浜は『潰す』・・・」
「回収のほど、よろしくお願いいたします」
「あそこは・・・国連軍のビッグデータ、その『花園』へのアクセスが可能。 よしんば、それを無しとしてもだ・・・」
「我が国が・・・『我々』が投資し続けた『横浜』の研究成果、そのデータは、全てにおいて活用が出来ます。 正直、軍需産業などは、『我々』にとって余技なのですから」
「でしょうな・・・あれは、あなた方の利益を生み出すための、『営業ツール』に過ぎない。 軍需とは即ち『広告』だ」
「はい。 実際の話、民需の方が数万倍、数十万倍、数百万倍、『我々』に利益をもたらします。 ゆくゆくは、フィリピン、インドネシア、ニューギニアにANZAC、ですが・・・」
確かにその通りだ。 激減したとは言え、10億人が使う民生品の方が、数万人が使う高価な兵器よりも余程、利益を生み出す。 簡単な話だ。 何しろ原価が全く違う。
それに、確かにそれらの国々に投資が進めば、国連内の日本の発言力もより高まる。 少なくとも東アジアから東南アジア方面での対BETA大戦略は、日本が絵図を描ける・・・
「そう。 ですが、『遊び場』が無くなれば・・・我々も、あなた方も、随分と心胆寒からぬ心地になろう」
「では、よしなに・・・」
「承った」
初老の軍人が帰った後、経団連会長の老人は一人、ソファに深く腰掛けながら独り言のように呟いていた。
「・・・生き残るため。 東海岸の、あの者達の支配を覆すため。 ふん、それまではどうしても、この島国から出るわけには行かぬか」
拠点は世界中に分散させている。 しかしそれは、あくまでも『現地拠点』に過ぎない。 いみじくも本人が話したように、『根っ子』は根付かなければならない。
「儂とて、この国を愛しておる・・・しかし、だ・・・」
右近允大将が感じたように、『我々』とは生き物だ。 経済活動を、呼吸するが如くに、絶対に必要とする『生命体』なのだった。
「脳と神経、筋肉に骨格・・・別々では生きられないのだ」
昏い目をした老人は、独り呟き続けていた。
『仕事場』へ戻る車中、右近允大将は『先方』の意図を把握した、と思っている。 連中は一枚岩では決して無い。 むしろ、無数の頭を持つヒュドラだ。
(が・・・胴体はひとつ。 今回はどの頭が動いたか・・・)
まあ良い。 いずれにせよ、横浜は潰す・・・いや、分捕る。 日本帝国がその手に。 連中の無数の頭、その大半にとっても、それは喜ばしいことだろう。
(ただし・・・現地軍が崩壊しなければ、の話だが)
即応3個師団半に数個旅団。 即時に動かせる最大兵力を出させた。 よりによって、禁衛師団までも。 投資に対する手数料だ。 安くは無いが、決して高すぎはしない。
(死ねば・・・それまでだったと言うことか。 許せよ、義兄殿、義弟殿よ)
現地軍・・・横浜に即応で出撃させた部隊の中には、彼の甥子―――妻の兄と弟の息子達が2人、居るのだった。
2001年12月29日 2145 日本帝国 神奈川県旧横浜市上永谷 横浜横須賀道路跡付近
かつて、繁華な賑わいを見せていた場所、横浜。 僅かな時間、BETAによって食い荒らされた結果、今では無人の荒野といった趣が広がる土地。
本来、戦域右翼に布陣する予定だった筈が、国連軍の緊急要請で、戦線左翼に引抜かれた第15師団所属の3個戦術機甲大隊と、第39師団。
その穴埋めに本来、総予備だったはずの4個独混旅団が、旧横浜駅付近に配置されている。 BETA群出現予測地点から、真っ直ぐ先のルート、そのすぐ脇と言って良い場所に。
(―――『本来ならば、我々は総予備として、六郷土手の対岸配置だったのだが・・・代わりにと言ってはだが、39師団の6個大隊が一緒だ。 気心知れた連中だ、上手くやろう』)
流石に藤田准将も、腹立ちを隠せない声色だったが、第39師団長から戦術機甲部隊の総指揮を一任されては、何時までも勝手な感情任せにも行かない。
第39師団の戦術機甲部隊指揮官は大佐で、全6個大隊を指揮していた。 それまで第39師団は3個大隊編制だったのを、佐渡島参戦直前に6個大隊編制に変えている。
本来なら3個戦術機甲大隊に、他の部隊を併せた旅団編制を2個・・・が、間に合わなかったからだ。 旅団長は准将以上を持って充てる、と言うのは世界的にも順当な話だ。
今回、先任指揮官となる藤田准将が臨時に編入という形を取り、一気に9個戦術機甲大隊を纏めて指揮を執る。 第39師団の指揮官である大佐はその副司令役だ。
増強旅団戦闘団、とでも言うべきか。 戦術機甲9個大隊の他、15師団から引っ張ってきた機械化装甲歩兵1個大隊、機甲1個大隊、自走砲1個大隊に自走高射1個大隊。
これらが『槍の穂先』となり、背後に第39師団本隊が控える。 旧柏尾町から旧東永谷。 彼らが第1防衛線の左翼側面を担当する。
因みに第2防衛線の左翼側面は横須賀の防衛戦力が、旧上大岡から旧磯子付近に布陣。 各々の後方を、各師団の支援部隊が埋めた。
戦線左翼は、戦術機甲15個大隊。 日本軍と国連軍の混成集団。 右翼の日本軍18個大隊(独混を含めれば22個)に比して、やや攻撃力に劣る。 が、左翼は今回、『助攻』だ。
『―――旅団本部より各部隊。 地中震動波を探知!』
『―――推定数、およそ3万・・・4万に近い。 当初予測に変わりなし』
『―――位置、当初予測に変わりなし』
『―――全部隊! コード991! 繰り返す! コード991! 来ますっ!』
いつ見ても、嫌な光景だ―――周防直衛少佐は内心でぼやきながら、命令を下す。
「ゲイヴォルグ・ワンよりフラガラッハ、ハリーホーク、保土ケ谷より向こう側は立ち入り禁止だ。 それよりこちら側は―――全て叩け!」
―――大地が、爆ぜた。
2001年12月29日 2148 川崎沖 帝国海軍第5戦隊 戦艦『出雲』
夜の東京湾上を巨艦が波を引き裂いて進んでいる。 後方に僚艦が後続する。 主砲塔がゆっくりと旋回し、巨大な砲身が緩やかに上下している。
12月の東京湾上には、粉雪が舞っていた。 世界的な寒冷化に伴い、東京でも冬には普通に積雪があるのだ。 すでに関東は雪の季節だった。
『―――射撃諸元、よぉし!』
「目標座標、変わらず!」
高解像度モニターに映し出された、奇妙に明るい『夜の戦場』 目視できる距離では無い、衛星情報と無人機からの情報画像だ。
距離にして約2万4000m・・・『出雲』の主砲では、十分射程距離だ。 いや、これが艦と艦との『砲撃戦』であれば、既に交戦距離に入っている。
『―――ホチ(砲術長)より各砲、交互撃ち方! 撃て!』
ズッ・・・ズズンッ・・・発令所まで、微かに響く。 『出雲』の各砲塔が、左右砲、そして中砲を交互に砲撃を開始したのだ。
「・・・着弾! 目標を狭差!」
狭差しただけでは無い。 地表に這い出てきた先陣の突撃級BETAの数体を、50口径18インチ砲弾が直撃して霧消させ、周辺の10数体を爆散させた。 僚艦『加賀』も同様だ。
『ホチ(砲術長)よりカク(各主砲塔)、別途指示有るまで、交互撃ち方!』
暫くは主砲の砲撃に留めるのか。 VLSは光線級が確認されるまで、取っておくつもりだな・・・戦艦『出雲』砲術士の綾森喬海軍中尉はそう思った。
そして、隣席で目標諸元を確認し、調整しているダブル配置の候補生・・・周防直純海軍少尉候補生をチラリと見た。 真剣な表情でモニターを凝視している。
佐渡島が初陣だったこの候補生も、戦場の海を乗り切ったことで、随分と違う印象を与えるようになった。 まだまだヒヨコだが、使えるヒヨコになった。
「候補生、この騒ぎが終わったら・・・年が明けたら、君らは少尉任官だ。 ガンルーム(第1士官次室)総出で、任官祝いをしてやる」
「・・・楽しみにしています、サブガン(第1士官次室次長) 実は・・・ケプガン(第1士官次室長)からもさっき、同じ事を言われました」
「あいつめ・・・」
ケプガン(キャプテン・オブ・ガンルームの略)は、海兵同期の電測士だ。 まあ、考えることは同じか。 因みにサブガンは『サブキャプテン・オブ・ガンルーム』の略だ。
ガンルーム・・・『第1士官次室』は英国海軍の伝統を引き継ぐ、『候補生以上、中尉(分隊長職に就く中尉を除く)以下の若手士官の食堂兼居室』のことだ。
ケプガンはその中で、『兵科将校中の最先任』であり、サブガンは『兵科将校中の次席』である。 つまり、艦の若手士官達のまとめ役だった。
「まあ、君はその内、兄上(周防直秋陸軍大尉)や義兄(周防直衛陸軍少佐)から、連れて行かれるかもな?」
「兄は兎も角・・・従兄(周防直衛陸軍少佐)は、どうでしょう? それに兄も、年が明けたら結婚しますし」
兄弟で、随分と性格が違うな、やはり。 兄貴(周防直秋陸軍大尉)はかなり砕けた人柄だったが、弟は正反対の真面目な人柄のようだ。 義兄(周防直衛陸軍少佐)とも違う。
まあ、それが人間ってもんだよな。 それぞれの個性、それぞれの性格、それぞれの好み・・・でもって俺は、姉さん(周防(綾森)祥子陸軍少佐)の様な『重い』女性は、ちょっと勘弁だな!
「ははっ! そりゃ、ちょっと無理か! 義兄も、俺が言うのも何だけどな、姉貴の尻に敷かれているぞ・・・っと、そろそろお出ましかもしれん、警戒に集中!」
「了!」
再び発令所に震動。 砲撃戦は継続し、巨艦はその巨砲を地上に向けて吐き出し続けていた。
2001年12月29日 2155 日本帝国 神奈川県旧横浜市大岡 旧鎌倉街道付近
「ジューファ・ワンよりランファ、タオファ、ロンダン! 前に出すぎるな! 旧弘明寺公園跡から、旧大岡公園、旧岡村公園跡のラインが我々の『指定席』最前線だ!」
『ランファ、知道了!』
『タオファ、ラジャ』
『ロンダン、コピー』
第1中隊(ランファ)の陳桂英大尉、第2中隊(タオファ)の王雪蘭大尉、第3中隊(ロンダン)の夏林杏大尉、それぞれ3者3様で返してくる。
趙美鳳少佐は網膜スクリーンに映った部下の中隊長達を頼もしそうに眺め、そしていくばかの喪失感と罪悪感、そしてやるせなさも感じていた。
陳桂英大尉、王雪蘭大尉、夏林杏大尉の3人は、趙少佐が国連軍から復帰して、大尉で中隊長になった頃からの部下達だ。 当時はまだ少尉達だった。
漢族風の名を名乗っているが、陳桂英大尉はミャオ族(モン族)、王雪蘭大尉はチワン族、夏林杏大尉はイ族(彝族)の出身。 中国における少数民族の出自だ。
BETAの脅威、少数民族故の様々な迫害と差別、そして難民化。 それらを撥ね除けるには、少数民族出身の少女達には、軍に入隊するしか方法が無い。
彼女たちは必死に努力し、懸命になって戦い続けた。 自分のために、家族のために。 趙少佐はその姿を見守り続けてきた。
「11時、距離3000! 突撃級30! ランファ、側面を叩け! タオファは後続の要撃級! 気をつけろ、50体! ロンダン、私と指揮小隊に続け! 戦車級を排除する!」
3人の部下達も、面倒見の良い上官を敬愛してくれるようになった。 立場的に危ういところのある趙少佐だったが、自分たちはそれ以上だ。
それに趙少佐の戦歴に、素直に賞賛の念を抱いている。 これは周中佐や朱少佐に対しても同様だが・・・彼女たちは上官を敬愛し、プライベートでは姉のように慕っていた。
その彼女たちを、自分は見捨てることになる。 この戦いに生き残る事が出来て、年が明ければ・・・自分は日本人の軍人と結婚し、祖国の国籍を剥奪される。
恐らく、日本帝国軍が採用している『外国籍軍人』・・・『外人部隊』に配属されるのだろうか? 婚約者は除隊しろと行っているけれど、上手くいくかどうか・・・
いずれにせよ、生き残ればもう、彼女たちを指揮することは出来ない。 彼女たちを見捨てることになる。 それが、心苦しくて堪らない。
「まだ光線級は出てきていない! 攻撃ヘリの航空支援がある、それに連動して動け! 戦車級以下の小型種だ! ヘリの攻撃エリアまで誘導するぞ!」
だめだ、そんな雑念は。 今は戦いに集中するべき。 彼女たちを、部下達を・・・そして、何よりも自分が生き残るためにも。