2001年12月25日 1330 佐渡島 甲21号第4層
「っ!?」
突然、網膜スクリーンの映像が乱れた。 通信系にはノイズばかり。 レーダーはホワイトアウト。 一瞬にして全ての情報が途絶した。
「くっ・・・! ゲイヴォルグ・ワンよりカク! 状況知らせ、オーバー!」
しかし帰ってくるのは雑音混じりの聞取り難い通信と、乱れて画像を成さないスクリーンだけ。
『ザッ・・・ザザッ・・・明、ふ・・・ザッ・・・』
『判・・・ザザッ・・・回・・・せず・・・ザザ』
『ザザッ・・・警・・・ザッ・・・確認・・・きず・・・ザッ』
指揮下の各中隊との通信が回復しない。 スクリーン上でも、直ぐ側に位置しているはずの指揮小隊の機体さえ、網膜スクリーンが砂嵐に遭ったかのように画像を結ばない。
『・・・長、大隊長! 聞こえ・・・すか!?』
比較的明瞭な音声、接触通信だ。 とすれば、直近にいた指揮小隊の誰か。
『大隊長! 北里です! 聞こえますか!?』
指揮小隊長の北里中尉だった。 彼女の機体は、周防少佐の機体の直ぐ右斜め後方に位置していたはず。 ならば即座に接触通信・・・機体の振動を利用した緊急通信に切り替えたか。
「聞こえる。 北里、指揮小隊は?」
『萱場とは取れました。 宇嶋は萱場が確認しています。 通信系、画像情報系がかなり影響を受けています。 他部隊間の連絡も、未だ回復しません!』
「判った。 北里、貴様は各中隊との通信を続行しろ。 他部隊との通信は俺の方で行う」
『了解しました、アウト』
全く―――接触通信か。 酷く原始的だが、確かにこのような場合には有効だ。 そして腹立たしいのは、部隊長の自分が、それに気付かなかったと言うことだ・・・
(いや、そこは部下が、機転が利く、と判ったことを良しとすべきか)
苦笑するしか無い。 次第に明瞭になってきた網膜スクリーンの画像情報と同時に、通信系も回復し始めた。 他の大隊との通信も回復する。
『アレイオン・ワンよりゲイヴォルグ・ワン。 これは、アレか・・・?』
「ゲイヴォルグ・ワンよりアレイオン・ワン。 俺は物理の素養は、士官の標準しか持ち合わせないが・・・事前のレクチャーの内容からだと・・・だろうな」
『ああ。 特大のオーブンレンジか・・・それも指向性を持つ。 厄介だな、第4層でこれだけの影響か・・・!』
ようやく明瞭になってきた網膜スクリーンにポップアップした僚隊指揮官の長門少佐の顔が、厳しく歪む。 これが度々では、部隊指揮もままならない。
周囲を見回せば、『広間』には第15師団戦術機甲大隊の全てと、兵站支援部隊の一部が退避してきている。 スタブを挟んで隣り合わせに10師団と14師団、そして支援部隊。
第6層での防衛を放棄して、急遽第5層を経て第4層まで『退避』してきた3個戦術機甲師団の各部隊。 そしてハイヴ突入支援の兵站部隊の残余。
地上で何が生起したのか、部隊長級の指揮官達には概要ながら伝えられている。 しかし概要だ。 それが一体どの様な結果をもたらすのか、知っている者はこの場に居ない。
やがて各中隊からの報告が入ってきた。
『ドラゴンリーダーよりシックス。 被撃破1機、戦死1名。 通信系は回復、但し地上との交信は不通』
『ハリーホークです。 すいません、ドジりました。 被撃破1機、小破1機。 戦死1名。 小破機は戦闘続行可能』
『・・・クリスタル、被撃破2機、戦死2名。 各小隊をトライアングル(3機編制)に再編しています』
大隊全体で被撃破4機、小破1機。 戦死4名。 ハイヴ突入時点で大隊戦力は37機、現在は33機。 定数40機の80%に減じている。
上陸開始時点から言えば、佐渡島に上陸後、定数の40機で突破戦闘を続けた結果、国府川ラインに至った時点で7機を失って33機になっていた。
そこから、軍団予備の補充を受けて一時は37機にまで回復した。 そこからハイヴに突入し・・・現在は再び33機に減じた。 上陸開始以降、大隊で11機を失った計算だ。
我ながら下手な戦をしている・・・周防少佐は内心で苦り切った。 同時にハイヴ攻略戦の難しさを嫌と言うほど痛感している。
過去数度の大規模作戦の指揮を経験してきたが、この短時間でこれだけの損害を被った経験は無い。 数字では11機の損失。 そして11人の部下の命を失った・・・
「ゲイヴォルグ・ワンよりクリスタル。 宇嶋を3中隊に編入する。 中隊を10機編制に再編しろ・・・北里、指揮小隊はトライアングルを組め。
各中隊、暫くはこの第4層を固守だ。 最上、下を警戒。 八神と遠野は側面を―――いいか、戦場では必ず、誰かが死ぬ」
歴戦の中隊指揮官達に対して、今更だが言っておく。 特に自分たちは戦術機甲部隊だ、中少尉は使い捨て、大尉でさえ殆ど生還を望めない、少佐・中佐でさえも・・・そんな部隊だ。
全ての戦場でそうだと言うわけでは無いが、激戦では・・・特にハイヴ突入戦では、戦術機甲部隊の損耗率は、異常なまでに跳ね上がる。 階級を問わずに。
そんな異常な戦場に身を置く限り、最早部下の死は『予定調和』に限りなく近づく。 己の死さえも、そうなのだから―――狂気の中の冷静さを持て、周防少佐はそう言っていた。
やがて全ての部隊との通信が回復した。 コペルニクスC4Iネットワークも同様だ、これで各部隊が把握する情報を、統合して確認できる・・・
「・・・なに?」
思わず、網膜スクリーンに浮かび上がったネットワーク情報を凝視し、周防少佐が呟いた。 同時に通信系に同様の声が聞こえる。 他の部隊長達も同様だった。
『なんだ・・?』
『まさか・・・素通りだと?』
『何が起こった・・・地上で?』
各大隊長の声が通信系に流れてくる。 戸惑い、困惑した声色だ。 周防少佐も困惑していた。 少なからず混乱している今の状況で突っ込まれたら・・・そう思っていた。
ネットワーク情報が記したそれは、ハイヴ内のBETAの動向―――彼らが最も神経を尖らせている情報―――だった。 BETAは一斉に地上を目指している。
『こちらに来る個体群は・・・居るな』
『約・・・3000から3500か。 対処は十分可能な数だが・・・』
『その直ぐ側を、群の本隊の約4万が・・・『穴を掘りながら』上がって行っている・・・?』
既に存在するスタブ内には、意外とBETAの確認数は少ない。 意外なのは、今まで確認できていなかった場所から、振動と音紋が無数に確認されているのだ。 速度は遅い。
『予定出現地点は・・・くそ、まだ誤差範囲が大きいか・・・』
『それでも、大まかには算出できます』
同僚達の声に、周防少佐も同意する。 このまま(恐らく)BETAが地中を掘り進んで地表に出たとすれば、その出現予定地点は・・・
「小佐渡山地・・・国仲平野東部、上新穂付近・・・半径2km圏内。 拙いですね、こいつは拙い・・・」
非常に拙かった。 現在の地上の戦況が確認できないので、正確にはなんとも言えないが・・・その場所はウイスキー、エコー、両上陸地点のほぼ中間。
しかも両津湾、真野湾に居たる間で、防御地形がほぼ存在しない平野部。 そして兵站部隊がその周辺に展開しており、火力支援の砲兵部隊も小佐渡山地に展開中だった。
地上では、この情報を察知しているだろうか? コード991―――BETAの地中侵攻は、今まで、それこそ何十年も戦場で出くわしている。
日本帝国軍にも、特に大陸派兵の時代から、その情報の蓄積は十分の筈だ。 きっと・・・きっと、気付いている・・・筈だ。
「くっ!? またかっ・・・!?」
『くそっ!』
『何回やるんだ、総司令部は!?』
再び激しい振動がハイヴ内を襲う。 同時にアビオニクス系全てが不調に陥り・・・今度は回復に少し時間を有した。
「ゲイヴォルグより各部隊! このままではアビオニクス系がクラッシュします! 地表に強硬脱出すべき!」
アビオニクスと通信系が回復した直後の周防少佐の進言に、まず長門少佐が、そして15師団の各少佐達と、第10師団の棚倉、伊庭の両少佐(周防、長門両少佐の同期生だ)が賛同する。
『ガンスリンガーは、ゲイヴォルグの言に賛同ですわ』
第15師団の木伏少佐も賛同を示した。 古参の4年目少佐。 生きていれば来春辺りで中佐進級目前の古参少佐の言葉は、流石に中佐達も無視できない。
『かなりアビオニクス系にストレスが溜まってますわ。 このままやったら、BETAにいてこまされる前に、戦術機自身がへたってもうて、ワヤでっせ?』
のんびりした関西弁の越とは裏腹に、網膜スクリーンに映し出される木伏少佐の表情は・・・目の色が危険な光をたたえている。 彼独特の緊張感の表現だ。
1991年の大陸派兵から戦い続け、BETAとの戦場で10年間を生き抜いてきた歴戦の猛者の言葉だ。 そしてその言葉は、全ての部隊長達も理解した。
『そろそろ・・・潮時ですかね』
東日本の第15師団と並び、本来は西日本の緊急即応部隊である第10師団の、第102戦術機甲大隊長である棚倉少佐が、ゆっくりした口調で言う。
『オービット・ダイバーズが壊滅した時点で、ハイヴ突入作戦は破綻した・・・んじゃねぇですか? ここで籠って死ぬのは、いただけねぇかな・・・と』
同じく第10師団第103戦術機甲大隊の伊庭少佐も同意する。 この2人、同期の間では『東の周防と長門、西の棚倉と伊庭』と呼ばれる歴戦の戦術機甲指揮官だった。
各部隊長の視線が、網膜スクリーン上の岩橋中佐―――この場の最先任戦術機甲部隊指揮官―――に集中する。 彼らの外側では、部下達がBETAの阻止戦闘を展開中だった。
短い間、沈考するかのように目を閉じていた岩橋中佐が、目を開いた。
『―――脱出しよう』
その時再び、3度目の激しい振動がハイヴ内を襲った。 もう躊躇している暇は無い。
『15師団! 先鋒を! 10師団は側面警戒! 14師団、殿を! 各部隊長へ! 急がれよ!』
岩橋中佐の決定と同時に、第15師団最先任指揮官の荒蒔中佐から指示が飛んだ。
『周防! 長門! 先鋒任す! ルートは周防の判断で! 他の大隊は先鋒のバックアップ! 側面の注意を怠るなよ!?』
「ゲイヴォルグ、ラジャ」
『アレイオン、了解。 任されました』
2個大隊、60数機の戦術機・・・94式『不知火』壱型丙Ⅲ(壱型23型)が噴射パドルを全開にして地表面滑空に入る。 先頭を行く戦術機は・・・大隊長機だった。
「ルート検索・・・ハイヴ内スタブ情報・・・振動、音紋データ・・・」
左右で大隊指揮小隊の2機が、突撃砲の36mm砲弾をまき散らす。 横のスタブから目前に出てきた小型種の群、およそ50体を瞬く間に霧散させる。
第5層から第4層へ。 そこから表層と呼ばれる第3層、第2層、そして第1層から地表へ。 如何に無駄なく、危険度の少ないルートを辿れるか。
目の前に出現した大型種・・・要撃級の群、およそ10体の横腹に、大隊長機が01式近接制圧砲の、62口径57mm高初速砲弾を叩き込む。 同時に噴射パドルを逆噴射。
要撃級の急旋回打撃の脅威圏ギリギリのところで一瞬停止し、即座に噴射パドルを片側だけ全力噴射する。 機体が急激なターンを描いて要撃級の前腕の打撃を回避する。
「左右から挟み込め!」
指揮小隊に命じると同時に、再び57mm砲弾を連射して叩き込む。 赤黒い体液を拭きだして倒れ込む3体の要撃級。 その両側面から指揮小隊の2機が120mm砲弾を放つ。
『大隊長! 後続の群は、自分と八神で引き受けます!』
『遠野! 大隊長を護れ!』
『了解! 北里! 私の中隊の側面に付け!』
全く・・・階級が上がれば上がるほど、上級指揮官ってのは、最前線の戦闘じゃ半ばお荷物だな・・・思わず苦笑する。
自分とて、新任の少尉時代から9年以上、激戦を戦い続けてきたのだ。 今でも戦術機戦闘で部下達に負けるとは思っていない。
(だが・・・まあ、頭が潰されたら、それで終わりだしな・・・)
過去、自分が部下として仕えた大隊指揮官達は皆、個々の戦闘は部下達に任せていた。 大隊指揮官は如何に、部下の各中隊を効率良く動かし、最低限の損害で最大限の戦果を得るか。
それが部隊長だ。 個々の戦闘は、それが部下達の役目だ。 そして自分は、部下の士気を維持しつつ、如何に最大限の成果を部下達に出させるか・・・
網膜スクリーンに投影されるコペルニクスC4Iネットワークの情報を確認しながら、最適なルートを求め、小刻みに機体を動かしつつ全速で前進する。
僚友の長門少佐も、周防少佐の大隊と絶妙の連携を取りつつ(別に通信し合っている訳では無いが)、突破速度の維持に努めている。
「第4層突破・・・第3層突入!」
目前の広間に数百体のBETA群。 大型種も居る。 機体をショートジャンプさせて、頭上から57mm砲弾をフルオートで見舞う。 マガジンが空になった。
着地した瞬間、噴射パドルを片側だけ急速逆噴射。 スピンターンでBETAの一撃を交わしつつマガジンを再装填。 そのまま回転の勢いを殺さずに一斉射。
腹の中が震える。 なんだ、これは?―――判っている、恐怖だ。 初陣以来、もう何百回感じたか覚えていない、懐かしささえ感ずる感情だ。
そう、恐怖だ。 自分は今、恐怖に身を震わせている。 行動が著しく制限されるハイヴ内、後から後から湧き出てくるBETAども。 そして―――死。
「北里、萱場、追随が難しければ、エレメントで後を追ってこい!」
妙な笑みに表情を歪ませながら、周防少佐は網膜スクリーンのレーダーを確認する。 最早、指揮小隊の2機は大隊長機に追随できない。 大隊長を護るはずの第3中隊も遅れがちだ。
『大隊長! 突出しないで下さい! 鳴海! 突撃前衛は正面の群を突破! 楠城! 左右で挟み込むぞ!』
『了解! って・・・ったく、あの大隊長は!』
『ああ・・・また離されて・・・北里さんが涙目ですよ・・・』
9機の戦術機が後ろから突入し、同時に遅れた指揮小隊の2機エレメントも、広間に突入した。 それを待って、大隊長機が単機で突撃級BETA、6体の間に突入する。
突撃級BETAの僅かな合間を縫うように、噴射パドルを正噴射・逆噴射と絶妙に切り替えながら突破してゆく。 突破した後には、突撃級が側面から赤黒い体液を流して停止する。
「俺の突撃路の後をトレースしろ。 最上と八神にもだ」
『大隊長! 突撃はもう、控えて下さい! 私が先頭に立ちます!』
遠野大尉の悲鳴のような声が聞こえた。 実際、彼女の表情は真っ青だろう。 もし大隊長機が撃破されるようなことがあれば、直援指揮官の彼女の面子は丸潰れだ。
だがそんな遠野大尉の焦燥を余所に、周防少佐の機体は少し離れた先頭で、相変わらず『ダンス』を舞っては、次々と大型種を屠ってゆく。
やがて最上、八神の両大尉が率いる2個中隊が広間に達したとき、別のスタブから突入戦闘を行っていたアレイオン・・・第152戦術機甲大隊が参戦した。
正確には、大隊の先陣を切って突破戦闘を行っていた長門少佐の機体が。 目前に迫った要撃級数体の前腕攻撃を、見事なスピンターンで躱しざまに砲弾を叩き込んだ。
そして151と152戦術機甲大隊、それぞれの大隊長機がエレメントを組んで、BETA群の真只中を突破する。 片方が仕掛け、片方が援護する。 そしてまた入れ替わる。
特別に通信を行う訳では無い。 事前に取り決めていた訳でも無い。 しかし両機は互いの動きを完全に理解し合っているかのように、完璧に連携し合っている。
『アレイオンよりゲイヴォルグへ。 おいおい、部下の胃に穴が空くぞ? 指揮官先頭も、ほどほどにな?』
「・・・ゲイヴォルグよりアレイオン。 貴様にだけは、言われたくない。 それに今までの大隊長に比べれば、随分と大人しいモノだ」
過去に部下として仕えた大隊長達。 大陸派遣軍時代の藤田少佐(当時、現准将)、国連軍時代のユーティライネン少佐(当時、現大佐)、そして広江(藤田)少佐(当時、現大佐)
随分と猛々しい面を持った上官達だったと思う。 藤田准将やユーティライネン大佐などは、普段は物静かな紳士だが・・・戦場では猛将だ。 藤田大佐に至っては・・・
『比較対象が極端に過ぎる、再考を要求する―――152大隊! ここを突破する! 続け!』
「ふん・・・151大隊、トレイル陣形。 先鋒は八神が張れ。 指揮小隊はその後、次が遠野。 最上は殿軍! 行くぞ!」
目前には未だ、数千体のBETA群が迫る。 そして相変わらず、腹がよじれそうなほどの恐怖感。 だがそれがどうした?―――それこそ、自分たちが生きてきた世界なのだから。
2機の戦術機が、BETA群の真只中に突進していった。
2001年12月25日 1337 佐渡島・小佐渡山地南部上空150m 日本帝国軍航空機動要塞『義烈』
「艦長、変更座標確定、照準完了、第2斉射準備完了―――国連軍さんは、ダウンしたままです。 機体の浮上は確認されず」
「ふむ・・・軸線上に友軍はおらんな?」
「はい、確認しました。 発射後、機体を固定の上で軸線を少しずらします。 スイープで」
「うん、良かろう・・・第2斉射、撃て!」
日本帝国軍航空機動要塞『義烈』から、2回目の荷電粒子砲による砲撃が成された。 目標は甲21号、およびその周辺。 地表に湧きだしてきた数万のBETA群を蒸発させながら。
小佐渡山地全面に地中侵攻で湧きだしてきた約3万のBETA群(恐らく後、1~2万は地表近くに居るだろう)は、その殆どが荷電粒子砲の掃射を受けて蒸発した。
その戦果は絶大だった。 国連軍と日本帝国軍、2機の『航空機動要塞』から放たれた合計4回の荷電粒子砲による斉射は、既に6万近くのBETA群を蒸発させている。
(もっとも、代償も大きいか・・・)
原因不明だが、国連軍の航空機動要塞が突如、制御を失い地表に擱座した。 国仲平野東部、旧上新穂ダム跡地付近だ。 そして擱座したまま、再浮遊する気配も無い。
国連軍の直援部隊、1個中隊の戦術機甲部隊も奮戦してBETA郡から擱座機体を護っていたが、ウイスキー上陸3派から戦略予備2個師団も急遽、増援に出された。
阻止部隊は懸命に防戦した。 その働きは見事だ。 しかし、増援の2個師団は旧式の『撃震』装備の丙師団だし、国連軍は最新型と言えど、たかだか1個戦術機甲中隊。
いずれBETA群に、数の暴力で押し切られるのは目に見えていた。 『義烈』に上陸作戦総司令部よりダイレクトーダーで、第2斉射の座標変更命令が届いたのは、そう言う事だ。
『義烈』艦長の日本帝国海軍大佐がそんな思考に耽っているとき、主任機関士から報告が入った。
「艦長、拙い状況です。 冷却系に一部損傷発生、量子演算機の冷却が不調。 射撃管制と機体制御が不安定です」
「・・・主砲発射は可能か?」
戦場で思惑通りに行くことは何一つとして存在しない、正にその実例のような状況だ―――国連軍も、我々も。
「撃てるかもしれませんが、出力制御にエラーが発生しかねません。 許容範囲を上回る出力が成されれば、最悪は・・・」
「機体が爆破・・・その前にML機関の暴走で、最悪佐渡島が吹き飛ぶな。 よし、主任機関士、回復の目処を至急調べろ。 通信、総司令部宛『我、ML機関不調、主砲砲撃不可』だ」
冷却系統か、意外に厄介だな―――『艦長』の大佐は、機械の冷却系統の故障という事態が、どれ程厄介事を引き起こすか、今までの経験上、実に良く思い知らされていた。
2001年12月25日 日本海 佐渡島西方海上 作戦総旗艦・強襲上陸作戦指揮艦『千代田』
「小澤提督よりの報告では、A-02の復旧は極めて困難であると・・・」
「義烈の方は?」
「はい、量子演算機を冷却するための空調冷却システム、その大元の冷却水ポンプの制御基板がどうも・・・一部で焼損した様子。 現在、復旧作業中ですが・・・」
「予備のパッケージシステムでは、対処できないか?」
「緊急用の、あくまで温度上昇を抑えるための装備ですので・・・量子演算機がフル稼働するときの発熱量の全てを、取り除くことは無理です」
「結局は、冷却システムの復旧待ちか・・・時間は?」
「およそ2時間。 基板の交換作業、システムの再立ち上げと調整確認に、最低でもそれだけかかります」
「ふむ・・・」
A-02は擱座したままだ。 詳細な報告待ちだが、どうも『中枢部』に深刻なトラブルが発生したらしい。 既に国連軍側からは、『中枢部』の搬出を実行する連絡があった。
「・・・A-02は、あれか・・・」
「はい。 あれ、です・・・」
嶋田大将も、参謀長も、その職務上、A-02の最高機密情報は知っている。 そして現在の状況に陥った場合の、その後の結果についてもレクチャーを受けている。
「残存戦力は? 特に地上戦力だ」
「ウイスキー損耗率は55%、エコー損耗率57%・・・第1次ではありません、全体損耗率です」
「むう・・・」
全体損耗率が、両戦線共に50%を超した。 つまり、両戦線において部隊の数が半減したのだ。 戦闘部隊に至っては損耗率が7割に達している。
「被撃破だけでは無く、要修理も含めてですが・・・予備を全て投入しても、戦闘部隊の回復は60%台前後かと」
「作戦開始から3時間半・・・戦例の通りか・・・忌々しいBETA共め、やはり学習しておるな・・・」
「ハイヴ攻略の1点でのみ共通とは言え、作戦内容は過去、それぞれでした。 結局の所、ハイヴ突入後に全て後手、後手に回ってしまいます」
「プランCの実施は、厳しいか・・・」
プランCは、日本側が独自に立案したケースだ。 今までのハイヴ突入作戦の困難さ、そして国連軍と日本軍の航空機動要塞の打撃力。
それらを勘案した結果、『穴熊猟と同じだよ』と嶋田大将が称したように、要するにハイヴ突入部隊は、BETA群を地表に誘導するための罠。
BETA群を地表におびき出し、その後に荷電粒子砲の集中砲撃で掃討する。 当然、洋上の艦隊による艦砲射撃支援も同時に実施しながら・・・
「先ほど、ウイスキー2派突入部隊の生き残りが脱出してきました。 第10、第14、第15師団突入部隊です。 その報告の限りでは・・・」
未だハイヴ内には10数万の個体群が存在すると推定され、その内の数万はスタブを通らず、新たに『掘り進んで』地表へ向かっていたとの報告が入った。
タフな連中だった。 3個師団で21個戦術機甲大隊、20個機械化装甲歩兵大隊、他の部隊で突入していった連中だった。
あの荷電粒子砲の砲撃、その直撃を避けるために、敢えてハイヴ内で留まることを命じた部隊だった。 恐らく全滅するだろう、生き残っても僅かだろうと思えたのだが・・・
「這い出てきた者達の損耗率、およそ20%強。 戦力の8割前後を維持しておりました。 オービット・ダイバーズが、ほぼ壊滅した事と比べますと・・・」
「師団単位で突入した強みこそ有れ、大した連中だ・・・大した連中だからこそ、今一度、地獄に向かって貰わねばならん。 済まぬ事だがな・・・」
「では、閣下・・・?」
「事、ここに至っては、致し方なし。 あの者達の案に乗るのは、些か業腹ではあるが。 我々の使命は『人類の救済』だ。 その為には、父祖の地の島のひとつ、呉れてやろう」
「・・・全軍に撤退命令を発します」
「宜しい」
要するに、何時爆発するか判らない、敏感な爆発物を抱えながらの舞踏会など、危険極まりない。 総司令部としてはそんな作戦を指揮下部隊に強要することは出来ないのだった。
2001年12月25日 1345・・・作戦総旗艦『千代田』から、作戦全部隊に対して『総撤退』命令が発せられた。
だが、それを実現させるためには、一部の部隊は更に、再び地獄へ飛び込む事となるのだった。