2001年12月25日 1300 佐渡島 甲21号目標 第9層
少し前進すれば、横合いの横坑からBETAの群が飛び出してくる。 数は少なくとも、その都度、交戦して殲滅し、そして周辺の警戒を行いつつ前進を開始。
これを繰り返せば、衛士は心身共に疲労する。 衛士だけで無く、機械化装甲歩兵も同様だ。 ましてやハイヴ内でほぼ非武装に近い兵站部隊などの将兵は・・・
『ルートS-09-32、BETA群多数! 音紋推定数、約1600から1700!』
『出るな! 1個小隊じゃ、あっという間に飲み込まれて終わりだ、その数じゃ! 下がれ! 中隊集結地点まで下がれ!』
『ケルベロス・スリーよりシックス、アンド、オールズ! ルートS-09-32途絶! ケルベロス・スリーはルートS-07-31に転進!』
『ABCT(第1旅団戦闘団)HQよりオール・バタリオン! 14師より緊急信! S-10-31から大規模BETA群が上昇進撃中! ABCT全部隊は、S-09-28より北側から待避せよ!』
『ユニコーン・マムよりワン! BBCT(第2旅団戦闘団)は兵站部隊のダイレクト・エスコート(直援)! S-09-22から24の外周部、BETA群が希薄です! ルート設定済、転送します!』
『ゲイヴォルグ・マムよりワン! BBCT(第2旅団戦闘団)全TSFがS-09-22から24経由で、第8層に抜けます! S-09-25のBETA群、約500の掃討命令、出ました!』
『アレイオン・マムよりワン! アレイオンはゲイヴォルグの右翼、S-09-25Bのスタブ支路の掃討と確保命令です! BETA群、約300,小型種です!』
『セラフィムマムよりワン! セラフィムはゲイヴォルグの左翼・・・S-09-25A! BETA群、個体数推定250! 大型種は確認されていません!』
第10層から、まさに『尻に帆を掛けて』地表への脱出を急ぐ、第15師団突入部隊(第1、第2旅団戦闘団) 第10、第14師団も同様だ。
各師団の旅団戦闘団だけならば、もっと迅速に脱出できる。 しかし彼らは『ハイヴ内兵站部隊の護衛任務』をこなさねばならない。 戦友をここで見捨てるわけにいかない。
地上から通信管制を行うCP将校達の声も、焦燥感が感じられる。 特に彼女たちは、地上とハイヴ内、双方の戦況を把握できるために、また違った焦燥感を感じていた。
小型種の群に、やや距離をとった1個小隊の戦術機・・・94式『不知火』壱型丙Ⅲ(壱型23型)が、突撃砲の36mm砲弾をまき散らし、120mmキャニスター砲弾を見舞う。
小型種が相手ならば、戦車級にさえ気をつければ、兵士級、闘士級は戦術機の脅威ではない(全くそうでないとも言い切れないが・・・)
120mmキャニスター砲弾から、内蔵された1100発ものタングステン製子弾が小型種BETA群に降り注ぐ。 やがて小隊4機全てが120mmキャニスター砲弾を発射した。
威力は絶大だ、兵士級・闘士級ならば範囲内の個体は瞬く間に赤黒い霧となって霧散する。 従来の時限信管タイプでなく、新しい信管を日米欧が共同開発して搭載している。
これは、空中炸裂させる際の時限信管へのデータ入力を瞬時に行える砲弾で、まずレーザー測遠器のデータから目標との距離を瞬時に自動算出する。
そして、時限信管の起爆タイミングの数値を瞬時に計算し、砲弾の信管へ自動で入力を行う作業を完全オート・瞬時に行い、即応性を高めているのだ。
この砲弾は空中炸裂だけでなく、着発炸裂、遅延炸裂などの数種類の起爆モードを選べる、『多機能弾』として開発されている。
従って、今までのように早発、遅発による威力過小の現象が劇的に改善された。 時限起爆のタイミングを経験上、体で覚え、射撃タイミングを感覚で・・・
等という『職人芸』に頼ることなく、例え新米衛士でも、その起爆タイミングはシステムが自動で、瞬時に行ってくれる。 ロックオンさえすれば良いのだ。
やがて血路が切り拓かれた。 上出来だ。 ここまで損害無しで、退路の確保を行えたのだから。 ただし、上層がどうなっているかは、上がってみないと判らない。
『ハリーホーク03よりリーダー! SE-08-18へのルート、打通しました! 損害無し!』
『よぉし、よくやった! 半村! 第8層への一番乗りは貴様の小隊にやる! さっさと上に上がって掃除してこい! ハリーホークよりシックス・・・』
15師団ABCT(第1旅団戦闘団)の戦術機甲部隊3個大隊が、ルート上の外周部を確保して、第8層への『比較的安全な』内周部ルートを兵站部隊に与えた。
先頭を戦術機甲部隊が努め、上層への『威力偵察』を実施する。 BETAが居なければ良し、居れば撃退できなくとも、情報を持ち帰ることが出来る戦力で行うべし。
1個小隊の戦術機がハイヴ内をサーフェイシングしながら登ってゆく。 交戦は? BETAは居るのか?―――36mm砲弾の射撃音がその問いに答えた。
『SE-08-18に到達! 小型種、約40体! 掃討戦開始します!』
『半村! 突っ込みすぎるなよ! 香川! 後ろの部隊と連携とれ! 1小隊、俺に続け! 3小隊を支援する!』
中隊長の八神大尉直率の1個小隊も前へ出た。 小型種40体だけならば、半村中尉の第3小隊だけでも対処可能。 だがそれだけではないかも知れない。
やがてSE-08-18の『安全』が確保された。 八神大尉から大隊長の周防少佐へ報告が入り、周防少佐は護衛対象の兵站部隊へ前進を『提案』する。 元々命令系統が異なるのだ。
ハイヴ内輸送用に改造された全装軌、半装軌、特大型、大型、中型の各種トレーラーが、盛大に排煙を噴かして全速力でハイヴ内を『駆け上がって』ゆく。
周囲は87式機械化歩兵装甲『MBA-87C』装備の機械化装甲歩兵の2個大隊がダイレクト・エスコートを。 その前後をBBCT(第2旅団戦闘団)の3個戦術機甲部隊が固める。
当初、第8層での第10、第14師団との合流を企図していたが、やはり状況は流動的だ。 僅か5分後には、第6層での合流に変更を余儀なくされた。
それまでは、各師団の突入部隊は自力でBETA群を排除し、まずは第6層を目指す。 3個師団が合流しさえすれば、戦術機部隊だけで21個大隊。 地表への望みは、まだある。
「ゲイヴォルグ・ワンよりハリーホーク。 SE-08に上がった後は、クリスタルと交代しろ。 クリスタル、前へ。 ドラゴン、外周警戒!」
これまでずっと、大隊の『突撃力』を担ってきた第2中隊『ハリーホーク』 損失は未だ1機のみだが(補充された)、そろそろ疲労が溜まってきている。
疲労は心身に影響を及ぼす、特に戦場では。 一瞬の判断の遅れが命取りとなる。 周防少佐は、これまで後衛をさせてきた第3中隊『クリスタル』の前衛投入を決めた。
『クリスタルよりシックス、了! 八神さん、上がります!』
『ハリーホーク、了! クリスタル、頼む! SE-08-26から北側は、結構小型種が多そうだ、気をつけろよ!』
網膜投影システムの視界の片隅を、クリスタル(第3中隊)の94式『不知火』壱型丙Ⅲ(壱型23型)が10機駆け抜ける。
大隊は指揮小隊が4機(大隊長期含む)健在だが、第1中隊は11機、第2中隊も11機、第3中隊は10機に減じている。 総数36機。 突入時38機が2機喪失している。
『ドラゴンよりシックス。 外周部、SE-08-30辺りまで、哨戒の実施を行います』
第1中隊長の最上英二大尉が、周防少佐の命令を待つ間もなく、意見具申する。 こういう所は、流石、周防少佐の信頼する右腕的存在だ。
最上大尉は、生き残れば来春には少佐への進級が確実視されている、最古参の大尉だ。 周防少佐としては右腕を失うのは厳しいが・・・八神大尉も育っている。 遠野大尉も。
最上大尉の抜けた穴は、現在最古参中尉の鳴海大輔中尉(第3中隊)、香川由莉中尉(第2中隊)、三島晶子中尉(第1中隊)あたりが大尉に進級して埋めるだろう。
『・・・最上、面倒事は任せる。 進退判断は貴様の判断で行って良いぞ』
『持つべきは、話の判る上官ですな―――では』
話の判るどころか、重要な局面での判断が自身に委ねられると言うことは、かなりのプレッシャーだ。 最初から上官による決定が成されている方が、実はやり易い。
自分で状況を把握し、判断し、決断し、結果を求められる。 話が判るどころか、『丸投げするんじゃない!』と、内心で怒りたくなる状況だ。
だが、周防少佐は最上大尉に、その権限を委ねた。 最上大尉は周防少佐から委ねられた権限を了解した。 長年の上官と部下だ、そして最上大尉は少佐進級5分前なのだ。
本部指揮小隊から離れてゆく1個中隊を視界の隅に納めながら、周防少佐はコペルニクスC4I、その作戦指揮系共通戦術状況図(OPS-CTP)を操作し始める。
幾つかの情報、シミュレーション結果を入力する。 いくら有能で優秀で、経験豊富な右腕的指揮官と言えど、そうそう喪う気は毛頭無いのだから。
「・・・こんな気分か」
かつての上官達の顔が思い浮かぶ。 彼らも、今の自分と同じ様な心境を抱いたのだろう。 上官としての期待感と、同時に上官としての無慈悲。 両立は本当に難しい。
2001年12月25日 1307 佐渡島沖合 作戦総旗艦・強襲上陸作戦指揮艦『千代田』
『地表へ侵攻中のBETA群、音紋、振動データより、推定個体数4万を超しました!』
『出現予想地域、国仲平野中央部。 ウイスキー、エコー、各第2派支援部隊に、緊急退避命令発動しました!』
『ウイスキー、エコー、各第3派部隊は、上陸地点での支援部隊撤収の護衛にはいります!』
『ウイスキー第3派別動の第19軍団、小佐渡山地より上新穂前面に展開完了』
『ウイスキー戦略予備、第20軍団より第39師団、旧八幡新町橋頭堡防衛線に到着しました』
『ウイスキー第1派、損耗37%を越しました! 同じくエコー第1派、損耗35%! 聯合陸戦隊、および米海兵隊より『我、能う限り持久せんとす』です!』
作戦総旗艦『千代田』の作戦司令室。 今回の作戦総司令官・嶋田大将に並み居る幕僚達の視線が集中する。 引くのか、それとも押すのか、と・・・
「これまでの・・・」
嶋田大将はディスプレイ表示される戦況図を見ながら、傍らのG2(情報参謀)に問うた。
「これまでの、推定撃破数は?」
「は・・・ウイスキー、エコー、両戦線での地上撃破が約2万2000。 ハイヴ内戦闘での撃破数が約2000。 総数約2万4000です」
「ハイヴ内をせり上がってきている数は・・・約4万超か・・・残るは・・・」
「フェイズ4ハイヴでの、推定BETA個体数は約20万です。 地上とハイヴ内撃破、および現在地上に出てこようとしている数を差し引いて、残るは約14万前後・・・」
それだけの数のBETA群が、未だハイヴ内に留まっている。 第1派の損耗は35%から37%に達した。 第2派も20%を越し、25%に迫る勢いだ。
少なくとも第1派の各部隊は、早々に戦闘力を喪失する。 これ以上の継戦を命令することは、先の大戦での『玉砕命令』に匹敵する愚かしさだ。
目を瞑り、腕組みしながら、さながら静かに瞑想する僧のような嶋田大将が、うっすらと目を開いた。 但し強烈な光が宿っている。
「・・・全突入部隊を、地上へ引き上げさせろ。 但し、『特殊砲撃』の後だ。 それまでは・・・困難だが、ハイヴ内で持久させよ」
「は・・・はっ!」
作戦参謀と通信参謀が慌ただしくその場を離れる。 通信参謀は各軍への下達命令の起文に、作戦参謀は戦略予備部隊の状況確認のために。 他の幕僚も散っていった。
「参謀長。 中に潜った連中には、苦労を掛けるな・・・」
嶋田大将は、1人だけ残った参謀長を見やって話しかける。
「閣下・・・『義烈(YG-70b)』と『A-02』の主兵装は荷電粒子砲です。 砲撃時に下手に地表に出ていては・・・」
「加熱し、融解し、蒸発するか・・・」
「ウイスキー、エコーの両戦線は、砲撃の射線から大きく離れて要ります。 この二戦線は影響はありません。 が、現在『開いている』ゲートは・・・
それにハイヴ内でも、第1層や第2層当たりの上層では、電磁波の影響を受けかねません。 機体のアビオニクスが破壊される可能性も」
だから。 だから『義烈』と『A-02』の砲撃終了までは、ハイヴ突入部隊を地上に出すことは出来ない。 出せば彼らも巻き添えを喰らう。
「・・・10数万のBETAが未だ存在するハイヴ内に留まれとか・・・儂を恨んでくれれば、それで良いのだがな・・・」
「生憎と閣下、憎まれ役は参謀長の役回りですので・・・発信は参謀長名で出しました」
「おいおい・・・君、参謀はスタッフだぞ? ラインではない・・・」
「言いましたが? 憎まれ役は小官の役回りだと・・・閣下が部隊から憎まれれば最後、全軍の士気が崩壊します」
「まったく、君という奴は・・・」
荷電粒子砲は、簡単に言えば電荷を持つ物質を亜高速まで加速して撃ち出す。 大量の粒子が直撃する事による、物理的な消滅が起こる。
原子よりも小さい荷電粒子(原子核)が高速で目標の原子核に衝突すると、双方とも粉々に破壊され、命中部位は構成する原子そのものが消滅する。
そして磁場発生により様々な電磁波の発生。 電荷を持つ粒子が高速で移動すると磁場が発生し、様々な波長の電磁波を撒き散らす。
赤外線を撒き散らせば周囲の物体を瞬時に加熱し融解・蒸発させる。 赤外線に加え各種電波によって、周囲に存在する有機物は電子レンジ状態になり瞬時に沸騰・溶解する。
その他電波を撒き散らせば付近の電子機器を破壊し、摩擦熱の発生で大気や標的の物体との摩擦熱によりプラズマ化し、発光するとともに莫大な熱量を生み出す。
その範囲が、実際に検証されていない。 荷電粒子砲の発射テストは行われたが、その影響範囲がどこまで及ぼすのかまでは、未だ未検証なのだ。
「せめて、地表へ動いている4万のBETA群・・・これは全て殲滅させたいな」
「義烈とA-02の砲撃は、第1回目の砲撃で各々2回ずつを予定しております。 シミュレーションでは、掃討可能な数字です」
「余りは、各部隊で頑張って貰うことになるか・・・掃除が終わらねば、再突入は許可せぬ」
「地上作戦司令部、海上作戦司令部へは、小官から通達いたします」
総司令部で、いや、作戦総司令官である嶋田大将と参謀長の間で、作戦の根本方針の転換が決定した。
ハイヴ突入部隊によるBETA群の掃討後、最下層への突入・・・従来の戦術では、もはやフェイズ4ハイヴは攻略不可能。 嶋田大将と参謀長は、無言の内に共通の認識に至った。
ならばどうするか?―――穴に籠った獲物を狩るには、穴から追い出した後、射殺せば良い。 冬眠明けの熊を狩るのと同じだ。 撒き餌は突入部隊。
浅い層まで何度も突入させて、BETAの特性―――高度な電子機器を有する対象を攻撃する―――を利用して地表へ誘導する。 仕留め役は『義烈』と『A-01』
何度でも、何度でも、行うしかない。 戦術機を何百、何千機と突入させても、戦闘空間が限定されるハイヴ内では、光線属種の脅威が無い以外は、地表戦闘より圧倒的に不利。
「・・・『義烈』と『A-02』の、砲撃開始地点への到達時間は?」
「義烈は20分後。 A-02も小澤提督よりの連絡で、同時刻に到達予定と・・・1330の予定です」
ハイヴ突入部隊にとって、永遠に等しい20分の始まりだった。
2001年12月25日 1313 佐渡島 国仲平野北西部 第15師団第151戦術機甲大隊・通信管制中隊
「軍曹! 生きている通信インターフェースは!?」
「SE-15、ゲート303と305! 後はSE-13のゲート298と299です、マム!」
各戦術機甲部隊の管制、および本部機能は、ハイヴ内に突入していない。 師団司令部との連絡と、ハイヴ内本隊への通信、双方を行うために『門(ゲート)』付近に留まっていた。
82式指揮通信車の中で、大隊通信管制中隊長(ゲイヴォルグ・マム)を努める長瀬恵大尉が、端正な顔を強ばらせながら問いかける。 部下の通信下士官の声も悲鳴じみている。
『マム! ドラゴン、通信途絶!』
『ハリーホークもです!』
『ク・・・クリスタル、応答有りません!』
部下のCP将校達、1班長(ドラゴン・マム)三崎香苗中尉、2班長(ハリーホーク・マム)沢口智子少尉、3班長(クリスタル・マム)安斉美羽少尉も、声が強ばる。
82式指揮通信車は連隊以上の部隊本部で使用されるが、戦術機甲部隊に限り、各大隊に4輌(大隊通信管制中隊本部、各中隊通信管制小隊)が配備され、CP将校が指揮を執る。
その周囲を、各2輌の89式装甲戦闘車が護衛として付く。 CP車輌はかなりの確率で小型種BETAとの接触もあり、護衛無しでは地上行動は不可だ。
本来ならば、装備が更新された大隊管制中隊として、機体上部にレーダー・レドームを付けたティルトローター機『アグスタス・ウェスターランドAW702』を使う。
しかし佐渡島の特性から、ティルトローター機の使用が危険と判断された結果、今回の作戦では従来の指揮通信車輌が使用されていた。
『ゲイヴォルグ・マム! こちら本部! 長瀬! 大隊長との通信は!?』
沖合の戦術機揚陸艦に残り、大隊本部を率いる4名のスタッフの内、S2(情報)兼大隊副官の来生しのぶ大尉が、長瀬大尉に切迫した声で確認してくる。
『師団本部より通達よ! 『特殊砲撃』が開始されるわ、あと14分後! 第1層、第2層への進出は不可!』
その情報に、無意識に爪を噛む長瀬大尉。 現状は大混乱、そして複数箇所でハイヴ内通信インターフェースユニットが破壊されたのか、本隊との通信が途絶している。
何とかして迂回通信路を探しているが、どうしても途中で通信回線が途絶する。 今判明した、生きているルートは、BETAの出現確率が高くなっている。
「・・・ゲイヴォルグ・マムより本部。 これよりSE-13のゲート298と299、この2カ所に移動するわ」
『っ!? むっ・・・無理よ! 長瀬、そこは・・・っ!』
「来生! やらなきゃ、通信が回復しないわ! 何としても、ハイヴに潜っている大隊長に情報を伝えないと!」
焦燥感に満ちた長瀬大尉の声。 突然、横から通信に割り込んできた声があった。
『アレイオン・マムよりゲイヴォルグ・マム。 長瀬、同期に黙って1人で行くなんて、ちょっと薄情よね?』
『こちらユニコーン・マム。 師団最先任CP将校を差し置いての冒険は、許可できないわよ、長瀬大尉』
第152大隊の前川大尉、第153大隊の橋岡大尉。 各大隊の大隊通信管制中隊長達だ。 第153大隊通信管制中隊長の橋岡大尉は、師団最先任CP将校でもある。
「前川・・・橋岡さん・・・」
『私たちも、置いてけぼりは、無しですよ』
『こちらも、大隊長と繋がりません。 便乗しますよ、長瀬さん』
『ま、これだけいれば・・・誰かが通信に成功しますよ。 他の皆がBETAに喰われる時間があれば・・・ね?』
第154大隊の西島大尉、第155大隊の佐原大尉、物騒なこと言うのは第156大隊の由比大尉。 いずれも師団戦術機甲部隊の、各戦術機甲大隊先任CP将校達だ。
『・・・と、言うわけよ。 最先任CP将校より達する! 各大隊通信管制中隊長は、これよりSE-13ゲート298,299に向かう! 各大隊管制中隊、1班長は緊急待避の指揮を執れ!』
橋岡大尉の命令にCP将校の中尉達―――第1中隊担当CP将校だ―――が、声にならない息を漏らす。 上官達は確実にBETAと接触するだろう。 確実に喰われる。 しかし・・・
『っ・・・! ハリーホーク・マム、151大隊通信管制部隊の指揮、引き継ぎます! 2班、3班! 至急海岸線まで後退よ! ホバーに乗り組む!』
第151大隊の1班長(ドラゴン・マム)、三崎香苗中尉が怒ったような、甲高い声で後任CP将校2人に命令する。 他の大隊も同じだ。
『第152は、151に続行!』
『第153、西のルートで待避!』
護衛の89式装甲戦闘車を各1輌ずつ付ける。 本当は全て待避させようとしたが、『それは、あんまりですよ』と、指揮官の中尉に拒否された。
部下のCP将校達が、護衛車輌と共に海岸線へ向けて待避してゆく。 自分たちはこれから、逆方向の内陸へ向けて、あと10数分のタイムリミットのチキンレースだ。
『本部よりゲイヴォルグ・マム! 5駆戦(第5駆逐艦戦隊)の2小隊(イージス駆逐艦『霜月』、『冬月』)が、短時間だけれど対地攻撃支援をしてくれるわ!』
ウイスキー支援の第2艦隊。 その中の第5駆逐艦戦隊の2隻のイージス駆逐艦が、対地誘導弾攻撃で予め周囲を吹き飛ばしてくれるという。
『真野湾内に3駆戦(第3駆逐艦戦隊、第3艦隊)の2小隊(打撃駆逐艦『雪風』、『黒潮』、『舞風』)も急行中よ! 何とか・・・お願い!』
言われるまでもない。
普段、大隊副官として大隊長との接触が長い来生大尉。 しかし大隊先任CP将校として、長瀬大尉も大隊長との付き合いは長いのだ。 何としても通信を回復させる。
『ユニコーン・マムより、ゲイヴォルグ! アレイオン! セラフィム! ケルベロス! イシュタル! あと5分! 行くぞ!』
6輌の82式指揮通信車と、同数の89式装甲戦闘車が荒れ果てた佐渡島の大地を疾走する。 途端、彼方の洋上から数10発の対地誘導弾が発射された。
半数近くが光線級の迎撃レーザー照射で撃破されたが、それでも20発以上の艦対地大型誘導弾が着弾した。 思わず車輌が振動する。
「ふっ・・・ふっ・・・ふっ・・・」
知らず、長瀬大尉は目が血走り、呼吸も荒くなっている。 CP将校として初陣して以来5年以上。 しかしここまで『前線』に出た経験は殆ど無い。
「んっ・・・あと、すこし・・・!」
「見えました! 大尉殿!」
補佐役の通信下士官の声に、外部モニターに視線を移す。 あった。 SE-13ゲート298に299! BETAは・・・途端に鳴り響く90口径35mm機関砲KDE。
89式装甲戦闘車から、発射速度毎分1,000発、砲口初速1,385m/秒で、35mm砲弾が撃ち出される。 82式からもM2の12.7mm機銃弾が1,100発/分で発射された。
『ゲート298、クリア!』
『299、クリア! 続いて周辺警戒!』
6輌の89式装甲戦闘車が周囲に展開する。 82式指揮通信車がゲート内部に侵入し、生きている通信インターフェースの接続作業を開始する。
「大尉殿! 接続作業、3分!」
『護衛隊より管制隊! 北方よりBETA群接近! 小型種250! 戦車級含む! 迎撃する!』
悲鳴のような声。 兵士級や闘士級でさえ、たかられたら最後だ。 ましてや戦車級まで・・・! 侮悪な姿のBETAの群が姿を見せた。
数10体の戦車級BETAを先頭に、兵士級、闘士級BETAの数が多い。 そして小型種BETAの厄介な点は、非常に速度と機動性が高い点だ。
「護衛隊! お願い、あと5分保たせて!」
無謀、無茶、無理・・・それは長瀬大尉も判っている。 恐らく数10体の戦車級が居るだろう。 6輌の89式装甲戦闘車で防げるかどうか・・・
通信コンソールを操作する長瀬大尉の視線の先で、次々と通信ルートが回復してゆく。 あと2分・・・あと2分有れば、大隊本隊との通信が可能になる。
そして通信連絡に1分と離脱に2分。 合計5分の時間があれば・・・それだけの時間が許されるのであれば、任務を全うして生還する確率は飛躍的に跳ね上がる。 しかし・・・
『護衛隊より管制隊! CP! 大尉殿! あと1分でBETA群と接触する! 待避を!』
「1分では無理よ! 通信回復まであと2分! 通信完了まで3分かかる! 保たせて、中尉!」
『厄介なオーダーだ! 151ガードより各ガード! ここが死に場所だぜ!』
『了!』
『今まで楽させて貰ったからな!』
『来たぞ、インサイト! 距離800!』
再び90口径35mm機関砲KDEが唸りを上げる。 赤黒い霧となって爆散するBETA群・・・思ったより数が多く、早い。
『畜生・・・! 何とか・・・!』
6人のCP将校達は、覚悟を決めた。 最低でも半数は食い殺される。 それでも半数は通信に成功するだろう・・・先に逝った戦友達に会ったら、まずは胸を張れる・・・
『なにっ!?』
護衛隊指揮官の声にモニターを見る。 小型種BETAの群が大きく爆散した。 同時にかなりの重低音、これは120mm砲弾・・・キャニスター弾の集中砲撃!? 通信回線に新たな声。
『フルンティング・リーダーより15師団TSF管制! 済まん、手間取った!』
新たな戦術機の群。 12機の94式『不知火』壱型丙Ⅲ(壱型23型)が高速サーフェイシングで急接近しながら、突撃砲と誘導弾の雨をBETA群に降り注いでいた。
前衛小隊が突っ込み、BETA群を掻き回す。 その乱れに右翼の小隊が側面から攻撃を加えて、同時に左翼の小隊はやや離れた場所で砲撃支援に専念する。
チームワークのとれた中隊連携戦闘だ。 今度は中隊長直率の右翼の小隊がBETAの群に突っ込む。 前衛小隊は群を突き抜け、そこで急速反転。 砲撃戦を開始した。
「フルンティング・・・? 39師団!?」
モニターの識別コードで確認した長瀬大尉の口から、驚きと悦びに似た声色が飛び出した。 第39師団。 ウイスキー戦略予備の第20軍団の1部隊の筈・・・
『第39師団、第393戦術機甲大隊第1中隊、周防大尉だ。 お宅らの所の・・・まあ、従弟だよ、よろしく。 俺の中隊が直衛につく』
長瀬大尉が見つめるモニター越しに、若々しい、それでも精悍さを滲ませた指揮官の顔が映った。 確かに面影がある、自分たちの大隊長にどことなく・・・
1個中隊の戦術機が、小隊に分かれて小型種BETAと交戦を開始した。 36mm砲弾の雨で兵士級と闘士級を粉々にし、120mmキャニスター弾で戦車級を切り刻む。
モニターを見れば、ここから海岸線までの『撤退路』を1個戦術機甲大隊が固めてくれている。 第39師団第393戦術機甲大隊。 指揮官は・・・伊達愛姫少佐。
『キュベレイ・ワンより15師団TSF管制! タイムリミットはあと8分だよ! 2分で通信終わらせて! 6分で安全エリアまでエスコートする!』
伊達少佐の声が通信回線に流れる。 この大隊も、『特殊砲撃』に巻き込まれるか否か、ギリギリのところで護衛を果たしてくれたのだ。
大隊長機と大隊指揮小隊を中心に、1個中隊が15師団TSF管制を護衛し、1個中隊が海岸線までのルートを確保。 残る1個中隊は遊撃的に周囲の掃討を行っている。
吹き飛ぶBETA残骸をしばし呆然とみていた長瀬大尉だが、直ぐに気を取り直した。 ここは戦場だ、何を惚けているの! そう自分に言い聞かせた。
「第15師団、第151戦術機甲大隊管制中隊、長瀬大尉です! 39師団、伊達少佐、周防大尉、感謝します! 軍曹! 通信!?」
「回復しました! 通信、渡します!」
暫くして、モニターに大隊長の周防少佐の姿が現れた。
「少佐! 大隊長! 師団命令ですっ! 本隊は・・・」
ギリギリ6分後、15師団TSF管制各隊は、無事に真野湾岸の待避ポイントまで辿り着けた。