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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 其の間 3話
Name: samiurai◆b1983cf3 ID:0ffa22e1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/10/30 21:55
2001年12月14日 1650 日本帝国・沖大東島沖5海里 戦略航空機動要塞『YG-70b』 秘匿名称『義烈』


「G元素(グレイ11)、連鎖反応88%。 ラザフォード場、正常生成中」

「重力偏差制御、出力変動制御、偏差正常値内で偏移。 ML機関制御正常」

「電力値正常、荷電粒子砲、発射スタンバイOK」

高度100m付近の海面高度を、全長150mの『飛行艇』・・・戦略航空軌道要塞がホバリング状態で『浮いて』いた。

「照準、仰角、左右角度、良好」

「―――発射」

「荷電粒子砲、発射!」

一瞬、まばゆい程に周囲が白熱化した。 次の瞬間、目標の地表がごっそり削られていた。 亜光速まで加速して荷電粒子の束を撃ち出したのだ。

「ML機関、異常なし。 正常稼働中」

「重力偏差正常値、異常なし」

「出力変動異常なし、正常に制御中」

「荷電粒子砲、異常なし。 連続発射可能」

「艦長、各部異常なし―――これで、連続10回の荷電粒子砲発射の運用試験、すべてクリアしました」

「―――うむ」

艦長を兼ねる海軍大佐が、満足そうに頷いた。 これで戦略航空機動要塞『YG-70b(義烈)』が実戦投入可能になったのだ。

戦略航空機動要塞『YG-70b』 秘匿名称『義烈』は指揮官兼艦長に海軍大佐。 戦術作戦士官(Tactical Commanding Operater:TACO)兼副長に航空宇宙軍中佐。
そして正副操縦士に陸軍少佐と海軍大尉。 正副航空機関士に海軍の機関大尉と機関中尉。 正副制御士には航空宇宙軍大尉と陸軍中尉。
荷電粒子砲・電磁投射砲砲手には陸軍大尉、他兵装管制・射撃員に航空宇宙軍中尉。 航法士は海軍中尉、正副の通信管制士に陸軍大尉と海軍中尉。

都合13名の将校達でクルーを構成している。

『艦長』の呼称は当初、『機長』と呼ばれていたが・・・『全長150mもの『航空機動要塞』を、ただの航空機扱いにするのは如何なものか?』と、各所から異議が出てきた。
また指揮官に海軍『大佐』が任じられている関係上、一介の『機長』では余りに格下の配置になりかねない。 『機長』は尉官、最高位でも少佐のポジションだ(どれ程階級が高くとも)

逆に海軍『大佐』ともなれば、艦隊では大型艦の艦長、或は戦隊の先任参謀、GFの主任参謀を務め、陸上勤務でも官衙の課長級のポジションに任じられる階級だ。
陸軍では連隊長や師団主任参謀、軍団や軍の主任参謀、官衙の課長級。 航空宇宙軍では航空団司令、艦長、航空軍先任参謀や官衙の課長級。

軍とはある意味で、娑婆よりも面子を重視する。 戦略航空機動要塞『YG-70b』、秘匿名称『義烈』の指揮官呼称が『艦長』となったのは、この様な裏が有った。


そんな『YG-70b』は霞が関での噂で、『大蔵省主計局が、全員卒倒した』と言われた、『512qubit光量子コンピューター』を10台並列(5台ずつのA/B系2重化)搭載。
国連軍横浜基地の『準同型機』、XG-70b、XG-70bⅡ、XG-70dは『第4計画』の技術的成果で、もっと少数の(噂では3名程度の)運用が可能、或は計画だと言われる。

しかしながら帝国軍の『準同型機』、YG-70bは、『512qubit光量子コンピューター』を10台並列でも指揮官、操縦士、制御士、機関士、兵装管制、砲手が最低限必要だった。
尚且つ、安全性を見込んでの2重化対策も有り、各々正副の2名ずつ。 要員の負荷を考慮して砲手、通信、航法も分化させた。 結果、クルーは指揮官を含め13名になった。

「話しでは、横浜のXG-70bⅡも出撃するとか」

「どちらかと言えば、特殊任務の主役だよ。 あちらさんは」

「我々の主任務は、地上のBETA群の掃討任務ですからね・・・」

その大火力と、光線属種のレーザー照射に耐えるラザフォード場の生成。 そしてラザフォード場を生成しつつ、荷電粒子砲を始めとする大火力を運用可能・・・
日本帝国軍は、BETA群の地上出現が最大値となるであろう、上陸第2派に合わせて戦略航空機動要塞YG-70b、『義烈』の投入を決定していた。










2001年12月15日 日本帝国 帝都・東京 某寺


「・・・もし。 周防少佐殿ですかな?」

墓参に来ていて、墓前に手を合わせていた所に、背後から呼びかけられた。 周防直衛陸軍少佐は、ゆっくりと振り向き、少し訝しげな表情をした。

「はい。 陸軍少佐、周防直衛ですが・・・失礼ですが、御坊。 小官は御坊とは、面識は無かったと記憶するのですが・・・?」

背後から呼びかけたのは、どうやらこの寺の住職の様だった。 しかし周防少佐は今まで、この寺の誰とも全く面識が無い。

「故人の言付けでしてな・・・自分の死後、もしも墓参に来る軍人が居るとすれば、周防陸軍少佐、或は、長門陸軍少佐・・・お二方のお写真を、故人から拝見しておりましてな・・・
失礼。 拙僧、この寺の住職をしておる僧にて、故人とは生前、幾度か問答致しておりましてな。 そのご縁ですわ・・・」

禅問答か・・・久賀の奴、禅宗では無かったはずだが・・・?―――周防少佐の表情から見たのか、住職が先に話した。

「あの様な騒ぎでしたからな・・・どの寺も、二の足を踏みましてな。 とは申せ、無縁仏とは如何にも不憫・・・生前のご縁もあり、この寺で供養させて頂きましてな・・・」

「左様ですか・・・ご連絡を頂き、有難うございます。 また、ご挨拶が遅れ、失礼致しました」

律儀に頭を下げる面前の青年将校に、住職の禅僧は穏やかな笑みを浮かべながら、気にする事は有りません、そう言って笑った。

それから本堂脇の一室に通された周防少佐は、お茶(時勢柄、お寺でも合成茶だった)を出され・・・1通の手紙を手渡された。

「故人の遺言でしてな・・・己の死後、周防少佐か、長門少佐か、どちらかが訪れたら、渡して欲しい、と・・・」

「・・・拝見しても?」

「宜しゅう」

昔ながらの巻紙に認められた手紙。 それに目を通して読み続ける周防少佐の表情は、感情に乏しい平静とした表情であったが、時々に歪んだ表情が垣間見えた。
陸軍少佐として、軍の中堅幹部ではあるが、未だ30歳にならない、20代後半の青年のその表情を、住職の禅僧は内心で、無理からぬ・・・と感じていた。

「・・・理想でもなく、思想でもなく、憎悪でもなく・・・まして、有益にも成り難し。 ただ時流・・・時の流れの堰を除く・・・」

「はい。 故人は、『吾有事、得し』とのみ」

「・・・『吾有事』、得し・・・」

『吾有事』―――自分の『存在』と『時間』との一体感、自分の存在と時間が一体になるという、道元禅師(正治2年(1200年)-建長5年(1253年)、鎌倉初期の禅僧)の言葉だ。

「理想でも無く、思想でも無く、名誉でも無く、憎悪でも無し・・・ただ『吾有事』・・・それだけの事と、それだけであると。 そう、お伝え下され、そう申されておられました」

「それだけの事・・・」

手紙を手に、暫く無言で文面の一言をのみ、見つめていた周防少佐が、ポツリと呟くように住職に話しかけた。

「・・・什麼生(そもさん)」

「説破(せっぱ)」

『什麼生(そもさん)』は中国・宋代の語で、問題を問いかける言葉であり、『説破(せっぱ)』とは、それに対する回答の意を示す言葉である。 日本でも中世以降、用いられてきた。

「事は時流れ、その生は終えり、名は悪しく残る。 理想で無く、思想で無く、名誉で無く、憎悪でも無し・・・能うか否か」

周防少佐の内心で狂おしいほど、渦巻いている。 親友だったあの男が、如何な流れの末に至った境地なのか。 如何な境地で、死を迎えたのか・・・

「・・・有は存在也、存在は時也。 我が話す折、話す『時』が存在する。 其は『今』也、『今』は『時』也・・・少佐殿、例えばですがの、喉が飢えて仕方がない時が有る・・・」

そんな時に飲んだ清水の冷たい美味、今となっては清水は喉を過ぎ去った。 しかしその『体験』は決して消えず、その体験は水と己が『時』として合一した事である。

「世に時流の流れ在り。 その堰、取り外す時、後の世に然るべく体験と残れり。 其は己と時の合一なり。 そこに思想も、理想も、名誉も、憎悪も存在せず。 有るがまま」




禅寺を辞した後の道すがら、周防少佐は先ほどの言葉を反芻していた。 禅問答で、完全に理解し得たかと言えば・・・未だ若さがそれを阻む。
所詮、自分は当人では無い。 恐らく理解し得ぬだろう。 が、少なくとも、親友だったあの男は、己の中に納得を見出して死んで行った・・・そう思うしかなかった。
それが一体、何だったのか・・・故郷の壊滅(久賀元少佐は、博多出身だった)、親類縁者の死、そして愛した妻の死・・・祖国の状況、部下達の不安定な熱情、国家の策謀。

20代後半の青年将校が至った境地には、同年の自分は達し得ない、そう感じていた。


すこしボーっとしながら歩いていたので、自分を待つ人影に気付いたのは、随分近づいてからだった。 その人影は女性で、軍人で、側にいて欲しくで、今居て欲しくなかった人だ。

「祥子・・・?」

「お義母様がね、子供達を見ていて下さるから・・・少し、外出していらっしゃいって」

妻の祥子―――周防祥子、軍内では旧姓を名乗り、綾森祥子陸軍少佐だった。 今は私服を着ている。 1年前、夫がアメリカ駐在の土産に買い求めたファーコートを着込んでいた。

(参ったな・・・)

内心で嘆息しつつ、どうやら自分は、私生活ではとことん、この1歳年上の姉さん女房に甘える性質なのだろう・・・そう思い苦笑する。
暫くの間、夫婦揃って歩いた。 思えばこんなにゆっくりした時間を、2人で過ごしたのは何時振りだろうか。 結婚後も戦争だった。 

「緋色がね、来春の出産予定なの」

「ん?・・・うん」

「愛姫ちゃんのところの圭吾君と、うちの直嗣って、まだ1歳なのにケンカ友達みたいなのね・・・ふふふ・・・」

「そう言えば・・・そうかな・・・?」

「祥愛はね、パパに遊んでもらうと、ご機嫌なの」

「・・・娘は嫁にやらない」

「馬鹿・・・直久君(周防少佐の甥)、弓恵ちゃん(姪)もね、直嗣と祥愛には、良いお兄ちゃんと、お姉ちゃんなのよ」

「・・・死んだ兄貴の分も、あの2人は目にかけてやらんとなぁ・・・」

暫く、妻が話を振って、夫が相槌を打つ、そんな会話が続いた。

「知っているかしら? 木伏さんと美鳳がデートを繰り返している事・・・月に1回程度らしいけれど。 横須賀と宇都宮よ、遠距離恋愛ねぇ」

「はぁっ!? 聞いてないっ!?」

時に爆弾を落とす妻。 直撃される夫。

「イギリスから手紙が届いたわ。 大西洋を渡って、北米を東から西に、更に太平洋を渡って。 翠華からよ、子供・・・娘が生まれたって」

「いっ!? 子供っ!? 娘っ!?」

「ええ。 ニコル・アンゲリカ・伶華・フォン・アルトマイエル・・・ふふ、男爵家のお姫様ね、写真も送ってきたわ。 可愛らしい女の子の赤ちゃんよ」

「ニコル・・・」

ふと、昔に戦死したフランス系の女性衛士を思い出す。 そう言えば彼女は、彼ら夫婦と縁が深かった・・・

「ねえ? あなた?」

「うん?」

妻が立ち止まり、夫の前に立って見上げるように言う(夫婦の身長差は20センチほどある)

「時は流れるの。 昔も今も、そしてこれからも・・・流れていくのよ。 私達はその中で生きているのよ?」

妻が何を言わんとしているのか、それに気づかない程、朴念仁の夫ではない・・・そう『自認』している周防直衛少佐。
彼は、しばらく驚いた表情だったが・・・やがて苦笑しつつ、妻を抱き寄せた。 そして言った。

「うん・・・うん・・・そうだな・・・」

そして時は流れるが、過ぎ去った時の経験は・・・あの事は忘れ得ぬ。 そうか、これもそうか。 納得し得ない、理解し得ない、しかし経験は自分の中で忘れ得ぬ。

「あ・・・雪・・・」

妻の声に、空を見上げれば、曇り空は何時しか粉雪が舞う空に変わっていた。

「今年の初雪か・・・2人で見たのは・・・3年ぶりかな?」

「98年以来ね・・・そう言えば、春の桜も99年以来見ていないかしら? 2人揃ってって・・・?」

「・・・来年の春は、見れるさ。 春の桜も、夏の海も・・・秋の紅葉も、そして冬の雪も・・・祥子と2人で、見て、過ごす・・・」

ふと、妻が夫の頭に手を乗せて・・・『かがんで?』と。 その通りに少しかがんだ夫の頭を、妻が優しく抱きしめた。

「そうよ・・・春の桜も、夏の海も・・・秋の紅葉も、冬の雪も・・・これからもずっと、貴方と私と、2人で・・・ううん、直嗣と祥愛も、あの子たちも・・・親子4人で・・・」

妻が夫の頭を抱き抱え、夫は妻の胸に顔を埋め、抱き付いている。 そんな姿が、人通りの無い小道にあった。










2001年12月15日 日本帝国 帝都・東京 周防海軍『中将』邸


「・・・で? 直秋、お前はそちらのお嬢さん・・・失礼、相模・・・百合絵さんでしたな? 百合絵さんの親御さんには、きちんとご挨拶したのだろうな?」

「ああ、した。 親父に報告する前に」

「ふん・・・ならば良し。 百合絵さん、甚だ馬鹿な息子だが・・・宜しくお願いします」

「は、はい。 こちらこそ、不束者ですが、宜しくお願いします」

周防直邦海軍中将・・・海軍軍令部第2部長から、今回のクーデター騒ぎの余波で、統帥軍令本部第1局第1部長に『栄転させられた』人物だ。
陸・海・航宙の、帝国軍3軍の戦略作戦全般を統帥する『日本帝国軍作戦部長』である。 本来は数年先の話だったが、死亡・負傷者が多く、また序列に拘らずの方針で就任した。
また階級も、地位に追いかける様に中将昇進が決定した。 周防提督は同期生の間では、ハンモックナンバートップ組(卒業成績は2番)だが、本来ならあと1年は先だった。

「しかし直秋・・・お前が結婚か・・・」

「何だよ? 普段から『さっさと身を固めろ』って煩かった癖に」

周防少将の長男、周防直秋陸軍大尉が、恋人を実家に連れて来て『結婚する』と言ったのは、つい30分前の事だ。 激務の合間を家で休んでいた周防少将には、驚きの一撃だった。

「いや、そうじゃない。 直衛のところも子供が生まれたし、直武(戦死した周防少佐の兄)のところの直久と弓恵も育っている。 
右近充の家は拓郎(右近充卓郎海軍中佐、右近充陸軍大将の長男)のところに子供が3人か。 京香も来春結婚だ、直衛の同期生らしいが・・・藤崎の家はどうするのか・・・」

今出た名前は、全て親戚だ。

「京香姉の相手は、伊庭少佐(伊庭慎之助陸軍少佐)だろう? 俺は直接会った事は無いけどな。 大陸も半島も、京都も甲22号も経験した人だったか。
藤崎の家って、都子姉か? あそこはなぁ・・・省吾(故・藤崎省吾海軍大尉。 周防大尉の従兄)が死んだからな・・・残ったのは姉妹3人だしなぁ。
所で親爺、深雪(周防海軍少将の長女で、周防陸軍大尉の妹)は、見合いさせたんだろう? どうだったんだ?」

「ん? おお、そうだ。 返事は年明けになる様だがな。 上手く纏まれば、来夏にでも式を挙げるぞ。 深雪は女子師範大学を中退する事になるがな・・・」

「それでも、高等女子師範(短期大相当)卒の資格は有るんだから、小学校教員資格は得られるだろう? 良いんじゃないか? 
直純(周防少将の次男で、周防大尉の弟)は、海兵を繰り上げ卒業か・・・あいつが海軍士官様ねぇ・・・? おっと、まだか」

「うむ、11月の末でな。 今は『出雲』乗組みの少尉候補生だ。 少なくとも直秋、お前より余程士官らしくなるだろうな、直純の方が」

「悪かったな。 にしても・・・へぇ・・・『出雲』ねぇ? ああ・・・そうか、直衛兄貴のところの・・・祥子姉さんの弟さんの喬君(綾森喬海軍中尉)が、『出雲』乗組みだったな」

「ん? おお、そうだったな。 あの元気な航海士か」

暫く、父と息子の会話が続く。 婚約者となった恋人は、母と末妹に捕まって・・・楽しげに談笑していた。 元を言えば、上の妹の学校の先輩で、実家とは面識が有った彼女だ。

「ま・・・やるしか無かろうよ」

何を? とは言わない。 お互いに、片や帝国軍の戦略作戦全般を統括する立場であり、片やそれを現場で実行する立場だ。 年末はもうすぐそこだ。

「だよな・・・どう? 一杯?」

「お前な、婚約者を置いて・・・まぁ、良かろう」

息子とこうして、差しで酒を飲むのは、何時振りか・・・周防中将は内心で少し照れくさい部分を認めながらも、嬉しさも感じていた。
父親に反発して、海軍兵学校受験を棒に振り、わざわざ陸軍衛士訓練校に入校した長男。 卒業後は一貫して前線の戦術機甲部隊で戦い続けている長男。

思えば自分も同じだったか。 既に他界した父―――息子にとっては祖父―――の進める帝大進学を嫌って、わざと海軍兵学校を受験した。 そして海軍士官となった。
父の希望は、兄(周防直衛少佐の父親)が叶えた。 兄は帝大から大企業へ就職し、技術者として勤め、結婚して子供をもうけ、いつしか経営層にまで出世した。

出世と言う意味では、自分もそうだろうが・・・選んだ職業は、BETAと戦う事が商売の軍人だが。 その意味では自分の2人の息子たちは、揃って親不孝者か・・・?
頑固で父に反発した長男と比べ、素直で優しい性格の次男は、父親の期待通りに海軍兵学校へと進学し、先月卒業して今は海軍少尉候補生だった。

「いずれにせよ、やるしかないな」

「でなきゃ、俺も結婚できないし」









2001年12月15日 日本帝国 帝都・東京


「圭介! お皿取って、受け皿」

「はいよ」

「味見する?」

「する」

夕食時に夫婦揃って・・・は、最近珍しい。 そこに1歳になり、よちよち歩きを始めた長男が家の中をあちこち『探索する』ので、親として目を離せない。

「こら圭吾。 そこはダメだぞ」

「圭介、圭吾の腰に巻いた紐! そこの柱に括りつけておいて」

「了解・・・噂に聞く北米のフェミニスト団体が聞いたら、卒倒しかねないだろうな」

「ここは日本です。 私だって、圭介だって、小さい頃はそうされていたでしょ? 私、そう聞いたけれど?」

「まぁな・・・ウチは圭吾1人だけだけれど、お隣は2人居て大変だろうな」

「そうでもないよ? 祥っちゃんは大人しい子だそうだし。 直嗣はやんちゃみたいだけれど?」

「まぁ、やんちゃでも、真っ直ぐ育ってくれりゃ、親として文句はないよ」

クーデター騒ぎ、そして年末の大作戦への出撃準備と。 長門夫妻も僅かな暇も惜しい位だった。 だがそこは歴戦の指揮官、人情も大切と割り切って、外出許可を出していた。
やがて夕食。 幼い息子は離乳食。 母親の膝の上で文句も言わず食べている、好き嫌いの傾向は今のところ無さそうだった。

「そう言えばね、祥子さんから聞いたけれど、翠華のところ女の子だって」

「そっか・・・ファビオって奴からも、便りが来た。 直衛が読んだか知らないけど、アイツのところは男の子だとか」

「おめでたラッシュ? 緋色も来春出産予定だし」

「そんな年代になったか、俺らも」

思えば20代後半、30歳の声もすぐそこだ。

「木伏さんと美鳳がデートしているし」

「売れ残っているのは、あとは文怜か」

「そう伝えてあげよう」

「よせ!」

他愛無い夕食時の夫婦の会話。 やがて息子が母親の膝上から、よちよちと父親のところへ歩み寄る。 抱き抱えて膝の上に乗せてやると、嬉しいのかキャッ、キャッと笑う。
昔の様に、戦いに赴くのに、内心をこじつける事はもう無い。 何の為に戦い、何を守り、何を待ち続けるのか。 既に10年弱の実戦歴を有する佐官で、そして人の親だった。

「ねえ、圭介」

「ん~?」

「来年の春にね、人事異動で教官配置に移るわ・・・戦術機、降りるから」

「そっか・・・」

夫が内心で願っていた事。 妻が夫の内心を判っていた事。

「もう私も年よねぇ・・・だんだんと、若い子達の反応に付いていけなくてさぁ・・・」

それは嘘だろう。 彼女の基礎能力は、同期生中でもかなり良い方だったから。

「27・・・来年で28歳かぁ・・・そろそろ現場から後方のポストにって、国防省からやんわりと言われていたのよねぇ・・・」

将校の人事権は、国防省人事局が握っている。 人事局としては、前線部隊の指揮官のポストもさながら、後方の支援各部署の佐官級ポストの空きが気になる。
衛士訓練校、他の軍専科学校、ROTC出身将校の戦死率の高さは周知の事実だが、実はそれ以上に深刻なのが、士官学校/兵学校出身将校の戦死率の高さだった。
陸軍・航空宇宙軍、海軍と、帝国軍3軍の正規将校(この場合、士官学校/兵学校卒業生)の割合が、今や2割前後まで落ち込んでいる。

前線部隊配属将校の場合、少佐以上、大佐以下では4割ほどだが、尉官級でだと2割にまで下がる。 陸軍では中隊長の10人に8人は、士官学校/兵学校以外の出身だ。
佐官クラスも深刻の度合いを深め始めている。 例えば陸軍は、これまで士官学校卒業生にのみ対象だった指揮幕僚課程受験資格を、ROTC、衛士訓練校卒業生にまで拡大した。
この動きは海軍、航空宇宙軍も同様で、陸軍は昨年から、海軍と航空宇宙軍は今年から、受験資格の改正を行っていた。 それ程までに『正規』将校の消耗は深刻だった。

『―――5年分の士官学校卒業生が、98年のBETA上陸と99年の横浜ハイヴ攻略戦で喪われてしまった』

国防省人事局の悲鳴であった。

「そうか・・・うん」

妻の―――伊達愛姫(旧姓)少佐の言葉に、夫の長門少佐が言葉少なげに呟いた。 せめて妻だけでも―――私人としての、切実な思いでは有った。

「お隣も、奥さんは戦術機降りているからなぁ・・・それもアリかもな・・・」

不意にその隣家から、元気な子供の泣き声が聞こえた。 お隣の男の子と女の子、双子の幼児たちだろう。 長門家の1人息子とは同じ年の、仲の良い?幼子たちだ。
父親の叱る声が聞こえる、幼い男の子の泣き声も。 多分、幼い息子が悪戯でもしたのだろう。 と思ったら、女の子の泣き声も。 双子の兄に泣かされたか?

「・・・お隣は、相変わらずの戦場だなぁ・・・」

「ウチは圭吾だけでも結構大変だけど。 お隣は直嗣ちゃんに祥愛ちゃん、2人居るしねぇ・・・」

等と言いながら食事をする。 普段と変わらない、でも最近は余り得られなかった日常。 しかし宝石に等しいほど貴重な日常。 必ず取り返す。







2001年12月15日 日本帝国 神奈川・川崎


「穴場って奴やな・・・」

「横浜はあの通りでしょ? 東京は・・・正に一極集中の様子よね。 ここは最前線に近いし、普通の人は余り来ないし。 一平を案内してなかったわ、って思い出して」

「軍人か、それとも軍属(軍で仕事をする民間人出身者)程度やろな、川崎でうろついてんのは・・・」

2人の男女が、目立たない喫茶店での逢瀬を楽しんでいた。

そこは市内の中心から、北に外れた旧宮前区の一角にある。 地名で言えば鷺沼、であろうか。 平和な時代に私鉄沿線の開発が有って、比較的高級な住宅街として知られた沿線だ。
旧横浜市青葉区との境にあって、周囲は軍の駐屯地や、軍の関係機関などが多く存在する。 横浜から12~15km程の距離で、どちらかと言うと西関東防衛線の後方支援地域だった。

「しかし・・・今時、天然ものの珈琲やなんて、とてつもない贅沢品やな・・・」

静かな一角に佇む喫茶店、そこで今までに何回も飲んだ例の無い、天然ものの珈琲豆で淹れた珈琲を飲みながら、木伏一平陸軍少佐は感嘆していた。
その様子を見乍ら、趙美鳳国連軍少佐が、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。 普段生真面目で優等生的な彼女にしては珍しい。

「タネを明かせばね・・・国連軍軍需物資、その中に、南米諸国の『お友達』にね、ちょっとだけ『お願い』するのよ。 うふふ・・・」

「おい・・・美鳳、堪忍してや? 物資横領で後ろ手に手錠や何て、冗談やで?」

「そんな御大層な事じゃないわ。 戦術機の機動データをね、一部だけ、同業者に『プレゼント』 するとあら不思議! 向こうから私宛に『お返し』が! って。 ふふふ・・・」

「あんなぁ・・・はぁ・・・」

最前線から離れた後方国家では、戦場での運用データは得難い。 派遣軍も早々編成できないし、国連軍への派兵枠にも限度がある。
故に、特に中南米の軍内での戦術機甲部隊は、欧州やアジア諸国の『同業者』に、該当する機体のデータを『何とかならないか?』と無心する。
当然それは、普段は機密扱いだが、同じ機種を運用する国家群へは、情報共有として普通に渡される。 が、そこは流石にラテンのお国柄か、中々、末端までは届きにくい様だった。

「コロンビア軍とブラジル軍のね、技術将校が半年前まで横須賀に派遣されていたの。 で、帰国して2カ月くらいしてからかしら? 『助けて!』って連絡が有ったのは」

情報共有の筈が、中々データベースが更新されない。 されても古いデータとか、別機種(それはそれで問題だ)の情報とか。

「共有情報規定に抵触しないレベルで、向こうに送ってあげたの。 『お礼は1件につき、1袋で良いわ』って。 そしたら律儀にね・・・で、余った分をマスターにおすそ分け」

日本では目の玉が飛び出るほどの超高級品でも、産地の中南米諸国では街中で気安く買える程度の代物だ。 価値観の相違、であろう。

「ま、それやったら文句はあらへんわな。 こうやって美味い珈琲飲めるんやし」

木伏少佐もご機嫌だった。 そんな『恋人』の表情を見て、趙少佐の表情も緩む。

そんな2人は彼らの友人、知人たちから見れば、驚きの組み合わせだ。 しかし何も知らない他の人間から見れば、おかしいとは思えない情景だった。

木伏少佐は、軍人らしからぬ程、公私ともに関西弁を愛する男だ。 軍内での『デスマス調』の話し方は、余程公式な場で無ければしない程だ。
それを除けば、やや苦み走った感じの、陰影のある『チョイ悪』な感じの容貌のハンサムである。 身長も180ほど有るし、独身で、見た目は渋いハンサムだ。
黙っていれば、これでも後方勤務の女性将兵に人気の佐官だ。 普段の言動が、まるきり『浪速のおっさん』であって、それ故に台無しにしているが・・・

趙美鳳国連軍少佐は中国本土出身の、人民解放軍が原隊の、現在は国連軍に属する少佐である。 木伏少佐同様、戦術機甲部隊指揮官で、共通の友人が多い。
と言うより、その友人たちの紹介で知り合った。 98年のBETAの日本本土上陸当時より日本に駐留していて、既に3年が経つ。 故郷はBETAの腹の中だった。
170cm程の長身、贅肉の無いスラリとしたプロポーション。 上半身の一部分は、衛士強化装備装着中は特に自己主張が激しい。 本人の性格は控えめなのだが・・・瓜実顔の美人である。

木伏少佐と知り合ってから、そして度々の合同演習で顔を合わすようになってから、彼が『演じる』姿に内心の悲鳴を聞くようになったのは、何時頃からだったろうか。
98年の京都防衛戦で、木伏少佐は当時の『恋人らしき女性』を喪っている。 同じ師団で戦術機甲部隊の中隊長をしていた女性だったそうだ。

趙少佐自身、その様な例は身近で幾らも見てきていた。 彼女の友人の韓国軍出身の女性衛士は夫と息子を喪い、故に光州の撤退戦で『必死』の任務を行い戦死した。
そんな危うさが、知り合った当時の木伏少佐に感じられた。 勿論彼の精神は、死んでしまった韓国軍女性衛士の女性より、余程図太かった。 それこそワイヤーロープ並みに。

しかしそれでも、人の精神は消耗するのだ。 趙少佐の目から見た当時の木伏少佐は、経年劣化を起こしつつ、徐々にワイヤーの細い鉄線が細切れに切れかけている、そんな感じだった。
そして普段のやや軽薄な印象と違い、実際にはその洞察や思考、そして思慮の深さなど、1個の自立した男性として、十分に魅力を感じる相手だった。
その後は、やや記憶が混乱している。 と言うより思い出したくない、恥かしいから。 上官や同僚達が目を見張るほどのアタックをかけて、陥落させたのは春が終わる頃。
最初は面食らっていた木伏少佐も、次第に思う所が有ったのか、徐々に受け入れて行って・・・この数カ月は、北関東と横須賀の間での遠距離恋愛中だった。

「年明けにね・・・帰化申請を出すわ」

「台北がよう、許したな?」

「ふふ・・・当然、散々言われたわ。 裏切者、漢奸(売国奴の意味)、日帝のスパイ、エトセトラ・・・周中佐は少し寂しそうだったわ。 文怜は何も言わなかったけれど・・・
翠華の場合もね、あの子、向こう(欧州)で結婚して、相手の籍に入ってから、西独軍に軍籍を移したの。 彼女も散々罵倒されていたわ・・・でも一平、あなたは良いの? 私で」

元中国人民解放軍出身で、現国連軍出向将校と結婚する。 当然、日本帝国国防省人事局は良い顔をしない筈だ。 今後の昇進も見送られる可能性がある。
表向きは『同盟軍』であるが、裏では互いに腹の中の探り合いは日常茶飯事。 互いに『お友達』を潜入させたりなどは、この世界では常識だから。

「まあ・・・出世の方は、諦めついとるよ。 去年から訓練校上がりにも、指揮幕僚課程受験資格与えられたけどな。 上官から『貴様、受験資格を失効するぞ』って言われたわ」

「っ! 一平、あなた・・・!」

「ええんや、美鳳。 多分、今度の作戦が最後や。 成功したらかなり盛り返せる。 失敗したらこの国は終わりや。 今更出世もクソもあらへん。
でもな、成功したら、次の鉄源(H20)攻略の目が出て来る。 そしたら今度はブラゴエスチェンスク(H19)とウランバートル(H18)に重慶(H16)や・・・」

そこまでやれば、国への義理は果たせる。 いや、佐渡島でも十分だろう。 死んでいった連中へも、何十年後かに顔向けできる・・・死んだあの女性にも・・・

「実はな、石河嶋(石河嶋重工、日本の戦術機メーカーのひとつ)から、テストパイロットの誘いが来とる・・・義理果したら、退役してそっちに移るつもりや。
民間企業やったら、嫁さんが大陸出身や、どうやこうや、問題あらへん。 人間ちゅうンは、何千年も戦争してきた。 で、その間にも何十年かの平和も有った・・・」

BETA相手に、つかの間の平和もクソも無いかもしれないが、それでも一息つけるだろう。

「それまでは、軍人やっとるよ。 すまんなぁ、直ぐや無うて・・・」

「いい・・・いいの、それでも、いいの・・・」

このまま軍に居れば、退役時には大佐くらいまで出世できただろう。 指揮幕僚課程を修了すれば、運が良ければ将官への昇進も、夢ではないかもしれなかった。
その道を捨てて自分を選んでくれた、日本陸軍の青年少佐の姿を、趙美鳳少佐はなぜか霞行く視界の中で、ずっと見続けていた。 ほほが熱く濡れている理由は、思い浮かばなかった。








2001年12月15日 日本帝国 新潟県湯沢 帝国陸軍東部管区第221観測所


「この振動波か?」

「はい。 最初は火山活動による微震の振動波か、とも思ったのですが・・・」

最初は気象庁の地震観測所、今現在は陸軍深深度振動観測所。 BETAによる地中侵攻を、事前に探知するために日本全国に設置されている観測所のひとつだ。
その中の東部管区第221観測所。 湯沢に設置され、佐渡島から関東に至るラインの深深度の地中振動波を観測する任務の場所、その1つだった。

「火山性微震と言われれば、そうとも見える。 糞BETAの活動振動波と言われれば、これまたそうとも見える・・・はっきりせんな・・・」

「場所的にも、丁度、火山帯の場所ですので・・・」

観測班長の陸軍少佐に、観測員の少尉が自信無さ気に応える。

「うん・・・佐渡島はまだ、日本海を渡るほどのフェイズじゃない筈だけどな・・・」

そうなったら最後、日本帝国の防衛ラインは中部日本で寸断されてしまう。 祖国滅亡の第一歩だ、まさに悪夢以外の何物でもない。
観測班長の少佐はしばらく考え込むように、プリントアウトされたチャートを見つめていたが、やがて決心したように一つの命令を下した。

「過去半年間の観測データを洗い出せ。 それと南魚沼、苗場、水上、吾妻、沼田、渋川の観測所にも連絡しろ。 各観測所のデータベース、洗うぞ」

「支局へ連絡せずとも?」

「要らん。 支局の先任(先任参謀)はバッタ(歩兵の蔑称)から左遷された馬鹿だ。 話しても通じない・・・万が一もあってはならないからな。 
徹底的にやるぞ。 ところでどのくらいかかると思う? 観測所7か所の、半年分のデータの洗い出し作業だ。 明日、明後日じゃすまない」

「はっ、恐らく10日ほどはかかるモノかと」

「だよな・・・10徹は厳しいから、3直でな・・・」

最後の方は、少佐の声も窄み気味だった。 新婚家庭に10日も帰れなくなることが、確定したのだから。








2001年12月16日深夜 日本帝国 帝都・東京 統帥幕僚本部


クーデター騒ぎの後始末も未だ終わっていない本庁舎で、数名の高給参謀たちが疲れた表情で集まっていた。 陸軍、海軍、航空宇宙軍・・・

「やっと・・・割り振りが調整できたか・・・」

「各国軍、国連軍・・・同盟軍とは名ばかり、実は利害獲得組だからな・・・」

「我が国もシベリアやマレー半島では、随分やった。 ソ連やガルーダスへの影響力強化の為にな」

各国の連絡将校、参謀連中との『戦闘終了後の分捕り割り振り調整』を終えたばかりの参謀連は、心底疲れた表情だ。
未だ戦闘さえ始まっていない、ましてやハイヴ攻略戦だ。 成功する保証すら少ない。 そんな中での『戦闘後の権益分捕り調整』とは・・・

「つくづく、人類ってのは・・・」

「今更言う年か? お互いに。 人類ってのは数千年来、この調子なのだからな」

「この星が誕生して以来、無数の絶滅生命体が有ったが・・・レアケースだろうな、人類と言う種は・・・絶滅すればの話だが」

自嘲の声もやや弱々しい。 彼らも判っているのだ、画餅になる可能性の方が遥かに高い事は。 それでもしないよりマシだ。

「・・・甲21号の『埋蔵金』の分配は、日本4、アメリカ2.5、国連2、ガルーダス1、オセアニア0.5・・・ふっふふ・・・いっその事、G弾で吹き飛ばした方があと腐れないか」

「それは最終オプション。 そのレアケースだ。 その場合の最後は、横浜がやるそうだが・・・佐渡島が消滅するだろうな・・・」


あと8日と数時間。 日本帝国の存亡がかかった作戦が開始される。




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