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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] クーデター編 騒擾 5話
Name: samiurai◆b1983cf3 ID:6aaeacb9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/06/15 22:17
2001年12月5日 1035 日本帝国 帝都・東京 某所


「・・・随分と、素敵な場所ね?」

見た目、ラテン系の肉感的な美女が、完璧な北米東部英語で皮肉交じりに言う。

「生憎、帝国ホテルのバー・ラウンジは、予約できなかった」

こちらは誰が見ても『日本人だ』と言うだろう男。 四角いフレームの眼鏡をかけ、やや神経質そうな表情の顔は、髪の毛は七・三分けの『公務員でございます』

「なに、スモーキーバレー(煙の谷と呼ばれる、アジア最大・最悪のスラム街)のVIP席より、マシなだけ上等さ」

浅黒い肌の東南アジア系と思しき、小柄で細身の男が、肩を竦めて言う。

「人生は、ケチな心配事ばかりしているのには、短すぎる―――C・キングスリーか。 我々の立場も、似たようなモノじゃないかね?」

嫌味なオックス・ブリッジ(オックスフォード・ケンブリッジ・イングリッシュ)を話す紳士が、まるで『リッツ・ロンドン』のドレスコードに忠実な装いで腰かける。

場所は―――帝都内某所。 とある難民キャンプ内の、倉庫を改造した違法食堂の一角。 集まった男女は難民キャンプには不似合いな、しかしその存在すら見逃しそうな気配の薄さ。
彼らは『とある事案』の最終的解決、その数段階前の下交渉の為に集っている。 そして現在の帝都は、彼らの様な人間が如何わしげな場所に入り浸るに、うってつけの情勢だった。

「まずは紳士淑女の皆さん、お集まりいただき恐悦至極・・・とりあえず腹を膨らませる、胃腸に自信ある人向けの食い物もあれば、失明を恐れなければ酔える飲み物もある」

「素敵だわ。 素敵すぎて、貴方のその額を穴だらけにしたいぐらい」

「くっくっく・・・セニョリータ、君がチワワ生まれのメス犬だとしてもだ。 ここは君の巣穴に比べれば、ソドムとパライソ程は差があると思うよ?」

中南米で現在、最悪の犯罪多発地帯は、アメリカ=メキシコ国境地帯であり、チワワはメキシコ北部の州の名と共にその州都、そして麻薬犯罪組織が跋扈する犯罪都市だ。
更に言えば、アメリカへの不法入国者のかなりの数が、メキシコとの国境を越えてくる。 そして東部英語を話す美女は、ラテン系だ。

「・・・黙れ、ジャングル・チンク。 貴様の糞を垂れ流しているその口に、産業廃棄物の汚物を突っ込んでファックしていろ、このド貧民め・・・ッ!」

そして『スモーキーバレー』―――フィリピン・マニラ市北部、ケソン市にある巨大な『ゴミ捨て場』は同時に、アジア中の不法難民が暮らす『世界の糞溜め』だ。

「やれやれ・・・新大陸もアジアも、遂に教化し得なかったか・・・主よ、われらの無力をお許し給う」

ラテン系の美女が、ゾッとする冷たい視線で紳士を睨みつけ、東南アジア系の小柄な男が残忍そうな視線で薄気味悪く微笑む。 そして日本人は、ひたすら無関心なポーカーフェイス。

「・・・さて、皆さん。 我々がここに集った目的―――『最終合意』の下準備での摺合わせですが・・・」

ラテン系の美女が、白けたような視線を日本人に向ける―――本当にこいつらは、仕事の下僕・・・エコノミック・アニマルで無く、ワーキング・スレイヴだと言う様に。

「・・・ガルーダスは、合意だよ。 軍内部には、跳ね返っている連中に、好意的な者も居るけれどね。 政治とは常に冷酷に、冷淡であらねばならない・・・筈さ」

大東亜連合軍部内には、日本帝国の皇道派に対して同情的な者が多い。 対してその政治指導部は、かなりの強かさで知られる、国際外交上の寝業師的な性格を持っている。

「少し、信じ難い気もするがね。 半世紀前、君たちの祖父母を困難のどん底に附き合わせたのは、誰だと問いたい気分だね―――我々は、東洋の権益に関しては、関知せぬよ」

「それはね・・・1世紀以上前の、白い旦那のご先祖達さ。 日本人はただ、ぶち壊しに来ただけ―――自分自身もね? 旦那方は半世紀前に、斜陽の帝国となったのさ」

東南アジア系の男は、まるで自分のホームのような様子で。 ヨーロッパ系の紳士は、メンバーズ・クラブのカード室に居るかの様に、葉巻など吸って寛いでいる。

「どいつも、こいつも、糞垂れね・・・アンクル・サムはこれ以上、財布を強請られることに我慢できないの。 お判りかしら?」

「その割には、あちらこちらで、騒動の種を蒔くね、君たちは・・・」

「くっく・・・あの国が、紳士と淑女であった例はないさ。 干渉せずにはいられない、カルヴァン主義的な衝動は最早、本能だね。 くっく・・・」

「ふん・・・変態と貧乏人は黙っていな―――ま、つまりは『私たち』は、これ以上この地域の不安定化を『望んではいない』 そしてそれは・・・」

「それは『ヒュドラの、幾つかの頭の総意』―――そう受け取って間違いないですかな? ミス?」

「―――あら? 意外と、一番紳士ね、貴方って。 少なくとも、ラングレーの中の種馬みたく盛っている連中を、月面まで蹴り飛ばしたい。 そう思っている面子はね?」

「ふむ・・・私の知人の紳士と淑女の方々の中にも、再び一部のユダヤ系は中世期のゲットーに入れた方が良いのではなかろうか、と心を痛める方々も居るよ」

「アンクル・サムの『自由』には、『貶められる自由』、『選別される自由』もあるからなぁ、くっく・・・死に方すら選べない『不幸になる自由』もね。 くっく・・・」

「ふん。 特別、珍しい話でもないわ―――その『自由』さえない国よりもね?」

「ふむ・・・『自由に気がついていない時こそ、人間は一番自由なのだ』―――ローレンス。 我々は精々、この狂った世界に生きる者達に、それを気付かせぬ事だね。
欧州連合と『会議』は、この国の主導権を『統帥派』が握る事に合意するだろう。 麗しき姫君は、愛でるのが最上だよ。 世俗の垢に塗れさせるべきではないね」

「ガルーダスも賛成だね。 我々と日本はもう、既にお互い深くコミットし合っている。 相手の不安定と、夢見る理想主義は御免蒙るよ」

「あのユダヤの老人には、少しばかり黙っていてもらうわ―――場合によっては、永久に。 来週あたり、ウォール・ストリートで変化が見られる・・・かも、しれないわね」

「結構です。 大変に結構です。 では我々としては、ホストの役目を演じねばなりますまい―――将軍家と五摂家、それにかこつける国粋派・・・過去の遺物と相成りましょう」

コーヒータイムは終わった。





「急な依頼で、申し訳ありませんでしたな。 シスター」

「いいえ。 私どもは『互いの利益が侵されない限りの共存』が、信条ですもの」

「ほほう・・・? ヴァチカンの教えで?」

「どちらかと申しますと、経験則ですわ、ミスター」

難民キャンプの違法食堂。 その実質的な『オーナー』である修道女会のシスターが、全くの聖女顔で、そう、のたまう。

「申し訳ないが、他言は貴女の範囲で・・・」

「他言無用、とは、仰りませんのね?」

「どこの愚か者ですか? それは? 我々は『互いの利益が侵されない限りの共存』を旨としております。 こちらに影響のない限り、そちらの利益に手を出しませんよ」





「シスター! こっちのお皿、片しちゃってもいいの?」

「・・・ええ、ニェット、ヤサ、お願いしますね」

「「は~いっ!」」

酒場で下働きとして働いている、カンボジア難民の幼い姉妹(姉は12歳で、妹は9歳だが、難民キャンプに労働基準法など、全く適用されない)が、元気に答える。

そんな様子をチラッと見て、しかし気にすることもなく、そのシスターは近くの修道会に戻って行った。





「・・・ヤサ、ヤサ! ユルール兄ちゃんに伝えてきな。 多分アメリカ人の女の人と、多分ヨーロッパのどこかの小父さん。 それにあれ、フィリピン人だよ。
それから、どこから見ても日本人! たぶん、お役人! 4人で内緒話していたって! 『欧州連合』に『会議』、『アンクル・サム』、『ラングレー』 
あと『ユダヤの老人』、『将軍』、『五摂家』に『国粋派』だよ・・・ね? うん! 覚えた? 覚えたね!?メモはダメだからね!」

「うん! まかせて、お姉ちゃん! あ、でも・・・ユルール兄ちゃん、どこにいるか、わかんない・・・」

「馬っ鹿ね! そんな時はウィソお姉ちゃんか、ナランお姉ちゃんに、伝えればいいのよ!」

「うん! わかった!」

難民には難民の、日本人には把握出来ていないネットワークと言うものが、確かに存在した。





「・・・ま、多少のイレギュラーは、存在しても問題は無いわ・・・」

修道会の教会、その窓から、走り去って行く幼い少女の後姿を見つめて、そのシスターは、こっそりと呟いた。








2001年12月5日 1055 日本帝国 丹沢山系


『ロータス、ポイント03へ移動せよ・・・』

『ロータス、コピー』

『カーム、対処08 02時より03時、ヘクターが移動中。 注意』

状況は帝国陸軍特殊作戦群に有利―――と言うより、一方的な虐殺の場と化しつつあった。 数の問題では無かった。 相手にはこちらが見えず、こちらからは相手が丸見え。
相手は既に自分たちの位置が暴露されている事に気付かず、無造作に行動した結果、次々と『無力化』されていっている。

『ロメオよりマム、ポイント06に占位』

『マムよりロメオ、11時の沢より対象・ブラボー01~08が移動中。 殲滅せよ』

『ロメオ、コピー』

相手の要員の中に、恐怖に囚われた者が出始める。 闇雲に弾幕射撃を張り出したのだ。 場所が不明、だったらとりあえず制圧して・・・とんでもなく悪手だ。

『へクターよりマム、ポイント05 これより制圧開始』

『マムよりへクター、ラジャ』

『カーム、対処06 ポイント12のアルファ05~09を制圧。 へクターの側面を確保せよ』

『カーム、コピー』

上空には、静かに滞空し続けるUVA。 ただし戦場に投入される大型の『Tactical UAV(戦術無人機)』ではなかった。
実の所、民間での無人機(無人ヘリ含む)利用で、世界最大の普及国である日本(その大半は、農業での農薬散布利用だ) そこに軍が目を付けた。
個人携帯型飛行体(全幅約60cm、質量約400g、電動プロペラ推進)は、国防省が軍需企業と共に開発した、機動歩兵・機械化装甲歩兵の近距離偵察用無人機(UAV)だ。
この他に、異業種の中小企業が『クラスター』と呼ばれる集合体(コンソーシアム)を作り、大学や各地の技術センターなどの研究機関と密接に連携して幾つかの機種を開発した。

その中から、旧新潟県と旧神奈川県の中小企業が参画し、地元の大学や県の技術センターと連携して開発され、軍に制式採用されたUAV『天鷹』
全長2000mm、翼長3200mm、全高640mm。 飛行速度は最大140km/h、巡航速度85km/h 最大飛行高度4000m、航続距離400km(巡航で約4時間40分)
地上から手動または自動離陸。 機体内コンピューターと、地上管制コンピューターをデータリンクし、全自動プリプログラム飛行(自律飛行)を行う。
ペイロード(搭載物重量)は約8.5kg 搭載カメラにより、毎秒約3枚で画像を撮影が可能。 これを管制側で高速画像処理を行い、不正規戦管制を行う。

帝国陸軍特殊作戦群が採用しているのは、このタイプの国産小型UAVだった。

「―――デルタ(デルタフォース:第1特殊作戦部隊デルタ分遣隊)か、デブグル(海軍特殊戦開発グループ)か・・・いずれにせよ、土壇場でチャージをかます癖は相変わらずか」

「お蔭様で、大変、殺り易いですよ、連中は・・・これがSAS(第22SAS連隊)やSBS(英海兵隊特殊部隊)だと、ネチネチ、ネチネチと・・・嫌ですがね」

「KSK(Kommando Spezialkräfte:西独連邦陸軍特殊作戦師団・特殊戦団(旅団級))も、嫌な相手だぜ?」

「アメちゃんのドクトリンは単純明快です。 『敵の6倍の戦力を、1点に集中せよ』ですから。 三つ子の魂、百まで・・・ってわけじゃないでしょうが」

後方の管制車両の中で、指揮官とその副官の間では、そんな会話が交わされていた。





『ガッデム! サノバビッチ!』

『無暗に撃つな、ローダン!―――シット! ライル! ローダンが殺られた! イマイとワンはっ!?』

『さっき、くたばった! ダブルタップで、ヘッドショットだ! 連中、ジャップの“S”―――スペシャル・フォースだ! 動くな、ロジャー!
シックス! こちらエコー! 作戦失敗! 作戦失敗! アンブッシュを受けている! 被害は50%を越した! 作戦続行は不可能!』

『糞ったれ! だからCIAのエージェントとなんかと、一緒の作戦は嫌だったんだ! いくら極東の作戦だからって、グーク(東洋系の蔑称)なんざ、足手纏いで・・・ゴッ!?』

『ローダン!? ガッデム! ジャップめ!』





「―――対象、A群は全て無力化されました」

「おう、ご苦労さん。 しかしまあ、連中も今回は災難だったな」

災難、その一言で片づけるには、当事者たちには『ふざけるな!』と言いたくなるだろうが・・・

「そうですな。 同盟国内での『アンタッチャブル』な不正規作戦行動です。 その上、与り知らぬ所から情報が筒抜けでは・・・」

重装備をガチャガチャと鳴らして、アンタッチャブルな不正規戦を行う馬鹿は居ない。 だから連中も、装備はブラックファティーグにボディアーマー程度。
火力も本来の物とは大幅に減じて、精々がMP5・SD3程度。 これで想定外の精鋭特殊部隊の相手をしろと言うのは、些か以上に酷な話だ。
おまけにこちらは、UAVで連中の動きを完全に把握し、かつ、地形を味方とし、待ち伏せして多方向から攻撃していた。

「A群の30名は、全て無力化しました。 エリア02、03も順調に推移、予定では10分以内に」

「はいよ」

恐らくは、帝都での市街戦が生起した状況で何らかの要人暗殺、もしくは誘拐任務。 或は臨時政府の始末、用を為した後の『不要部品』のメンテナンス任務を負っていた連中。

「・・・ま、軍の方は粗方、始末できたとして、だ・・・」

残りは、憲兵隊と特高警察。 それぞれの特殊介入部隊と、特務公安部隊。 連中が残りの『影』の部分を排除しない事には、片手落ちとなる。

(・・・ま、それは専門家に任せるさ)

軍の特殊部隊と、憲兵隊の特殊介入部隊や、特高警察の特務公安部隊とでは、商売範囲が異なる。 餅は餅屋、任せるに限る。

「・・・よし、残るB、C群の『無力化』完了後、速やかに撤収する」

「了解です」

無論、『無力化』とは、この場合は身元不明の死体の量産に他ならない。










2001年12月5日 1125 日本帝国 帝都・東京 高田馬場付近


「・・・でさ、ウチの連中が言うには、同席していたのは男が3人に、女が1人。 男は1人が日本人だったって。 髪を7:3分けにした、公務員以外になり様のない男だってさ」

「ふ・・・ん。 他は?」

「男の1人は、明らかに東南アジア系。 『ガルーダス』って単語も聞き取れた。 残る1人はヨーロッパ系だね、白人。 『欧州連合』に『会議』、この2つの単語だね。
女はラテン系っぽかったけれど、『アンクル・サム』、『ラングレー』の単語から、多分アメリカ人さ。 あ、あと『ユダヤの老人』、『将軍』、『五摂家』に『国粋派』だよ」

早稲田の警戒線から少し離れた、とある廃ビルの中。 2人の軍人と2人の少年が話し込んでいた。 他に誰もいない。 少年が時折、外を覗き見るのは警戒のためだ。

「あとね・・・1年前からちょくちょく、摂家の斑鳩家・・・あそこに軍のお偉いさんが、お忍びで来ていたよ。 ここ2、3ケ月は頻繁に」

「・・・よく、摂家の周辺を調べられたな?」

「簡単さ。 あそこはどういう訳か、昔っからの井戸をまだ使っているのさ。 なんでも、お茶の水に良いとか・・・で、その井戸も底攫いしなきゃ、詰まるよね?
人が2人、ようやく動ける狭さで、胸の辺りまで水が来るようになるまで、延々と井戸の底で、溜った砂や土を攫うのさ。 日本人なんか、難民でもそんな事、しやしない」

「手配師がさ、国際難民区に仕事を振り分けるのさ。 他にも汚くて、危険で、きつい仕事は国際難民区の住民の仕事さ。 日本の難民はさ、仕事を選り好みし過ぎだよ。
で、丁度、僕の会社が斑鳩家から・・・元請の下の下請けの、そのまた下の、また下の、3次下請けで受注してさ。 2回ほど仕事しに行った事が有る。 その時、ちらっと見えたよ」

少年たちは17、18歳ほどだろうか。 子供ではないが、まだ大人になり切っていない年頃。 だが社会の表から裏まで、幼い頃より見尽くしてきた少年たち。

「他にもね、近所の下水道工事の下請けの下請け会社に、雇われた時に見たんだけどね。 車の前に三角の小旗(将官旗)と、フロントガラスに赤字の帯に4つの桜・・・大将だった」

「あそこの家の使用人の車は、僕の所の修理工場で整備しているんだけどさ。 運転手で仲の良い人からさ、『最近、やけに軍の偉いさんが来る』ってさ。 名前も聞いたよ」

「その後もさ、他の仲間がゴミ清掃や廃品回収の仕事中に、中将や少将の標識や、佐官の乗った車も見かけているよ。 以前、新聞記事で見た顔だったよ」

「・・・誰と誰だ?」

「軍事参議官の間崎大将に、第1軍司令官の寺倉大将、それと東部軍参謀長の田中中将。 佐官クラスは判らない、流石に。 でも参謀飾緒を吊るしていた、陸軍と航空宇宙軍」

「海軍は? 居たか?」

「少なくとも、僕らの仲間は見ていないよ。 あの辺はベトナム人の縄張りだから、ゴー・ジェムに探りを入れるけれど?」

「あ、それとさ。 佐官で思い出したよ、直衛兄さん。 前に兄さんと一緒にいた人が居たよ」

「・・・誰だ?」

「ええと・・・確か、そう、久賀さんっていう人だ。 うん、間違いないよ。 陸軍の間崎大将と一緒だった。 一人だけ、参謀飾緒を吊るしていなかったから、覚えていたよ」

「そうか・・・」

「・・・久賀め、どこまで食い込んでいやがる?」

軍人の2人は、日本帝国陸軍の周防直衛少佐と、長門圭介少佐。 2人の少年はユルールとオユントゥルフール。 4人は9年前からの旧知だった。
待機状態が続く中、軍上層部からは『警戒を厳にせよ』とだけ、一方的に言ってくるのみ。 彼らも軍人、それも職業軍人だ。 その辺の無茶振りは、軍の常套として理解している。

だが、何も情報が無いのでは、緊急時の対応に差が出る。 かと言って、例え師団経由で確認したとしても、形通りの返答しか返ってこない事は判り切っている。
そこで2人の少佐は、あらゆる手立てで、情報をかき集め始めた。 ひとつは軍内部の『裏のネットワーク』だ。 これは主に、古参下士官や准士官連中のネットワークである。

軍は士官だけで成立しない。 士官が頭脳なら、兵は筋肉や皮膚や脂肪、その他。 そして下士官と准士官こそが、骨格と神経、そして臓器と血液である。
正規の情報ルート以外に、この『古参の同期ネットワーク』は、どこの国の軍でも存在する。 そして日本帝国3軍でも存在する。 古くからの軍歌『同期の桜』に象徴される様に。

大隊の整備・主計・通信・支援を行う部隊が、大隊には附属している。 そこには必ず1人か2人は、苔むした古参下士官や、それ以上の古強者の准士官がいる。
彼らは扱うには、骨が折れるほど気難しい所がある。 が、2人の少佐は何とか、そのネットワークに流れる情報を集めるよう、『お願い』する事に成功した。

もうひとつは、周防少佐、長門少佐自身のネットワークだった。 主に同期生のネットワークだ。 任官後9年、数少なくなった同期生たちは、中には前線を退いた者も居る。
後方の教育部隊の教官、国防省や統帥幕僚本部、参謀本部の部員。 中には誰も初めて聞く様な、地味な閑職に就いている者も居る。 
そうした連中の大半が、戦場での負傷が原因で、衛士資格を失いリタイアした者達だ。 だがそれ故に、現役の同期生の頼みは快く引き受けてくれる。

何より、皆が少佐だった―――ある程度の情報に通じ、そして責任部署での無理が利くポジションに居る、小山の大将たちだった。

そして現在は、軍以外の『情報網』を使って調べている。 ユルールとオユントゥルフールの2人の難民上がりの少年達は、難民間の情報ネットワークに食い込んでいる。
中華系の幣(パン)や、他の民族系マフィアとは直接繋がりは無いが、年少の頃にはそう言った連中の手足として、盗み聞きや盗み見で、小銭を稼いでいた頃もあった。
今では、そうした『下働き』をしている少年少女たちの兄貴分として、『正式な裏ルート』以外のネットワークを持っている。 なかなか強かな少年達だ。

「他にさ、帝都城の秘密脱出用の地下通路が、最近になって稼働確認されたって、噂もあるよ。 裏ルートで半月ほど前から流れ始めたよ」

「ユルール・・・お前、流石にそれは首を突っ込み過ぎだぞ? 下手すれば、特高か憲兵隊特務辺りに、消される」

周防少佐が顔を顰めるも、ユルールはあっけらかんとしたモノだった。

「大丈夫さ。 そんなネタ、裏じゃ、結構知れ渡っているよ」

「・・・ネタ元は、どこだ?」

今度は長門少佐が、可笑しそうに横でクック・・・と笑っているオユントゥルフールを軽く睨みながら、呆れた口調で見ながら聞く。
ユルールは周防少佐に、オユントゥルフールは長門少佐に、それぞれ懐いていて、兄貴分として慕って何かとくっついている少年達だ。

「流石にさ、僕らじゃそんな、秘密の通路に足を踏み入れるなんて、出来ないって。 でもね、通路には通風路もあれば、排水路もあるんだよ?」

「設備の点検作業・・・か」

「はっ・・・盲点だな」

兄のように慕う2人の少佐達の顔を、可笑しそうに眺めながら難民出身の少年たちは話を続けた。

「通風路も排水路も、ずっと続いている訳じゃないけどさ。 でもね、帝都城の近くの地下現場から、転々とかなりの数が断続して繋がっているんだ。
仲間のひとりは、伊豆で作業したって言っていたよ。 ルートは所々で切れているけれど・・・繋ぎ合わせれば、こんな感じかな?」

それは帝都・千代田の帝都城から、世田谷で多摩川を渡り、旧川崎市・旧横浜市北部から、町田、綾瀬、海老名、伊勢原、秦野を通り、小田原市北部を経由して南足柄へ。
そこから芦ノ湖方面へ南下し、最後は塔ヶ城方向へ・・・甲22号作戦前まで、斯衛第2連隊を支え続けた秘密の地下兵站線、そのものだった。

「すると、何だ? 城代省もこの件、事前に察知していたってことか?」

「にしては、未だ将軍は帝都城の中だ。 表向きはそうだ。 そして今回は『裏向き』は出来ないからな」

「クーデターを起こした連中は、将軍を錦の御旗に仕立て上げようとしている。 それを説得なり、鎮圧なりせず脱出すれば、その事がリークされたら、最後だな。 政治生命的に」

周防少佐と長門少佐が、得手では無い政治問題(能力でなく、性格的に)の不整合さを訝しんでいると、ユルールとオユンの2人の難民出身少年たちが、顔を見合わせながら言った。

「でもね・・・その発注元って言うのかな? 元請の建設会社の現場監督が、薄気味悪そうに言っていたらしいんだ。 『城代省の発注じゃない』って・・・」

「・・・城代省じゃない?」

「斯衛軍が、独自予算で発注したのか?」

「いや、有り得んだろう? 斯衛の予算権限は、城代省軍警部(軍事警備部)が握っている。 あそこも、同じ武家連中の城代省だぞ?」

「・・・ユルール、オユン、他に何か言っていなかったか? その『現場監督』ってのは?」

「僕らの仲間が聞いたのは、それだけさ。 でもね、シャン族(ミャンマーの少数民族)の連中がね・・・見つけたんだよ」

「何を・・・?」

「・・・現場監督の、水死体を。 1週間前に、平和島の辺りで」

「シャン族の連中はね、元軍人上りが多いのさ。 今はあちこちの組織に、金で雇われるフリーの『調査屋』が多いんだ。 その中に、昔、世話になった人がいてさ・・・
泥酔して、誤って海に落ちて溺死。 そうなっている様だけどさ。 その人曰く、『プロの仕業だ』ってさ・・・」

「中華系の連中は、豚の餌にするし。 東南アジアの連中は、顔と指紋を潰すんだって。 で、日本人は・・・」

「自然死、もしくは『自然な事故死』に見せかける。 徹底的に―――そのシャン族の男は、情報部崩れか何かだろうな。 ユルール、オユン、済まなかった・・・」

「直衛兄さん?」

「どうしたのさ?」

「お前たちは、裏の人間じゃない。 難民区のガキたちの兄貴分だが、裏の人間じゃない。 正業に就いている堅気だ。 それを・・・本当に、済まなかった」

「後々を考えれば、師団の警務に身辺警護を頼む訳にもいかない。 今度こそ、お前らの生き抜いて来た勘に頼るしかない・・・情けないが、俺たちはこんなもんだ。 済まない」

2人の少佐が、頭を下げた。 裏社会に、この事がバレたとして、消されるかどうかと言えば、消されない可能性が高い。 その事はユルールもオユンも、しっかり把握している。
が、問題はこの国の情報機関・・・情報省、特高、国家憲兵隊に軍情報本部、この当りの出方だ。 一般にこれらの組織は、対立組織の人間には手を出さない。
報復の連鎖を恐れるが故だ。 逆に、その手先となった自国民や、自国居住者の民間人には容赦しない。 一切の形跡を消し去る様に、確実に裏で消す。

無論、周防少佐も長門少佐も、情報ネタを口外する気は全くない。 そしてそれを匂わせる動きも極力しないし、しても影響を消すように動くつもりではある。
だが世の中に完璧は無いし、情報機関がどう判断するのかなど、前線部隊勤務の野戦将校である2人の少佐には、判断しようが無いのも事実だった。

「大丈夫だよ、直衛兄さん、圭介兄さん。 俺たちのネタは、難民区の裏じゃ、誰でも聞きかじっている情報さ。 情報部や、そんな連中も、その辺は判っていると思うよ」

「本当にヤバいネタなんかは、僕らみたいな使い走りじゃなくって、本職の『情報屋』から買うしかないしね。 この辺じゃ『千里眼』のチャウ・ミンとか、『百耳』の安大弦とか」

いずれも、裏では有名な情報屋だ。 情報省や特高、憲兵隊や軍情報本部さえ、時として『情報を買う』事もある、大物たちだ。

「・・・それでも、随分と助かったよ。 ユルール、オユン。 これで、チビ達に何か食わせてやってくれ」

そう言って周防少佐が無造作に渡した札束を見て、ユルールは吃驚したように叫んだ。 オユンも一瞬、目を剥いていた。

「兄さん・・・多い、多いよ! こんな大金・・・!」

「気にするな、ユルール。 俺のトコも、圭介のトコも、『夫婦共働き』だからな。 少しは余裕がある・・・受け取れ、正当な報酬だ」

その額は、小学校教師の初任給分ほどの額のお金だった。 確かにユルールとオユンには大金だ、自分たちの給料よりも多い。
だが周防家も長門家も、『夫婦共働き』―――両家とも、夫婦そろって陸軍少佐。 高等官奏任五等の『高等官僚』でもある。 それなりの収入は得ていた。

「助かるよ・・・最近は、仕事はあるけれど、安い仕事ばかりでさ。 給料も少し下がったし」

「オユン!」

「ユルール、俺たちの稼ぎは、妹たちの食い扶持と学費稼ぎだけじゃないだろ? 他のチビ達も、食わせなきゃ」

「そりゃ、そうだけどな・・・」

国際難民区には、親を亡くした幼い孤児たちが多くいる。 宗教団体や、この国の特権階層・・・貴族社会の一部からの、『善意の支援』も有るには有るが、全てを賄いきれない。
ユルールもオユンも、自分たちの妹―――ウィソとナランツェツェグ―――以外にも、10人ほどの幼い難民孤児たちの『兄貴分』として、彼らを食べさせている。

「じゃあ、遠慮なく貰うよ・・・兄さん、また何か、役に立てる事が有ったら、連絡してくれよ」

「いや、連絡はしない・・・もう、これ以上足を突っ込ませる訳には、行かないからな」

「お前らに何かあれば、ウィソやナラン、それにチビ達が路頭に迷うからな」

周防少佐と長門少佐が、やんちゃな弟を見る様な目で申し出を否定するが、難民出身の少年達―――誇り高い遊牧の民の血を引く少年たちは、真剣な目で言い返した。

「・・・俺たちは、兄さんたちに命を救われた。 俺たちだけじゃない、一族がだ」

「俺たちの一族は、兄さんたちに命に代えても、返さなきゃならない恩が有るんだ。 判るかい? 命の恩だ。 命には、命を以って返す―――遊牧の民の掟だよ」

確かに9年前、彼ら一族を北満州で救った。 だがそれは、周防少佐も長門少佐も、軍命の一環としてだ・・・

「関係ないね。 俺たちは幼かったけれど、兄さんたちが真剣だったことは、死んだ親父や叔父貴達がよく言っていた」

「親父も、叔父貴達も、横浜で死んじまったけれど・・・代わりに今は、俺とユルールが一族の長なんだ。 だから、一族の恩は、必ず返す」

全く引く気の無い少年達に、周防少佐と長門少佐は、場所柄と時期柄を忘れて、思わず嘆息するしかなかった。








2001年12月5日 1245 日本帝国 帝都・東京 戸山陸軍軍医学校 第15師団A戦闘旅団臨時本部


「師団からの情報では、相変わらず皇城と帝都城、その中間を占拠したうえで、皇城の禁衛師団、帝都城の斯衛第2聯隊と睨み合いが続いておる」

旅団本部―――戸山の陸軍軍医学校、その中の講堂の一部を間借りした臨時の旅団本部に、幹部将校団が揃っていた。 今は旅団長・藤田准将の話を傾聴している。

「クーデター部隊が行動を開始したのが、本未明、0200頃。 0230から0240の間に、首相をはじめ複数の閣僚を殺害。 0300には帝都中心部で行動を起こした」

0305、国会議事堂、国営放送局占拠。 警視庁・特別高等公安警察局を急襲、交戦となる。
0312、本土防衛軍司令部、相馬原基地の第7軍第18軍団第14師団、江戸川基地の第1軍第1軍団第3師団へ『有事緊急出撃』下命。
0315、江戸川の第3師団、全部隊緊急呼集開始。
0318、陸軍参謀本部、航空宇宙軍作戦本部襲撃。 海軍軍令部は目標外とされた。
0320、国家憲兵隊襲撃、交戦となる。
0333、国防省、統帥幕僚本部、本土防衛軍司令部襲撃。 交戦となる。
0355、横須賀の海軍第3陸戦旅団、緊急出動命令。 第1艦隊、浦賀水道へ。
0402、陸軍参謀本部、航空宇宙軍作戦本部が占拠される。
0418、国家憲兵隊本部が占拠される。 長官、副長官は既に脱出後だった。
0435、国防省、統帥幕僚本部が占拠される。
0445、警視庁、特高警察、包囲網下に置かれる。
0500、沙霧尚哉陸軍大尉による、声明放送。
0515、クーデター部隊、帝都城を包囲。
0525、皇城の禁衛師団、出師準備完了。
0545、第3師団、帝都東部の治安回復。 品川付近でクーデター部隊(独立混成第102、第105旅団)と睨み合いが続く。
0605、第15師団A戦闘旅団、独立混成第101旅団、同第103旅団、帝都西北部に進出(高田馬場~早稲田封鎖線を構築) 第1師団と対峙する。
0615、海軍第3陸戦旅団、旧川崎市に上陸・展開完了。 多摩川を挟み、クーデター部隊(独立混成第108旅団)と睨み合いが続く。
0625、仙台臨時政府樹立。 皇城『以北』の地域を掌握する。
0636、第15師団本隊(B戦闘旅団主力)、府中基地制圧。 第3戦術機甲連隊(第1師団)支援部隊、制圧される。
0645、『緊急勅令』により、関東全域、及び東海・甲信越・東北地方に『行政戒厳』が宣告される。
0700、横浜基地、米軍受け入れ ⇒ 横須賀基地に変更。
0715、第14師団主力、相馬原基地より、松戸基地へ移動完了。
0730、戒厳総司令部、横浜基地包囲を下命。
0823、横浜基地を帝国軍が包囲。 帝都周辺の部隊、クーデター部隊を包囲開始。 第7軍(第2軍団、第18軍団)、第56師団、第40師団を帝都へ派遣。
0943、第4軍団(第13師団=旧八王子市、第44師団=旧大和市、第46師団=旧藤沢市)、帝都西方を封鎖。 帝都の東西南北、4方向全てが戒厳司令部指揮下部隊に封鎖される。


「・・・連中がこの馬鹿騒ぎを起こして、約11時間近くなる。 その間に連中が為した事は・・・」

「行政府と通信、警察、軍政・軍令、その制圧」

「確かに。 しかし、制圧のみだ。 確か、沙霧と言ったか? 1師団の大尉・・・あの男の声明放送以外、政治的な動きは何もしていないのじゃないか?」

A戦闘旅団G1(人事・訓練主任参謀)の富樫直久中佐、G3(作戦参謀)の加賀平四朗中佐、自走砲大隊長の大野大輔中佐らが、首を傾げる。

「確かに、妙です。 千代田一帯を封鎖後は、特に表立っての行動を起こしていません」

旅団G2(情報参謀)の三輪聡子少佐も、訝しげな表情で思案している。

「おい、通信(本部通信中隊長) 何か新しいネタはあるのか?」

機械化装甲歩兵大隊長の皆本忠晴少佐が振ると、旅団本部通信中隊長の信賀朋恵大尉が、短めの髪を軽く振って答える。

「何も―――だんまり、です」

皆が黙り込む―――連中、一体何を考えている?

「―――クーデター、その要訣は?」

不意に、旅団長の藤田准将が問いかけた。 幹部将校たちは一瞬、互いに目を配らせ・・・

「支配層内部での権力移動を目的とした、既存支配勢力の一部が非合法的な武力行使によって、政権を奪う行為。
行為主体である軍事組織により、臨時政府の樹立と直接的な統治が意図された活動・・・合致しません」

第151戦術機甲大隊長の、周防直衛少佐が答える。

「そのストラテジーとタクティクスは? 周防?」

「奇襲の成功と資源の確保―――ただし、既存統治機構からの権力奪取後、臨時政府を樹立する事が目標となる為、通常の軍事作戦とは異なる側面も」

幹部将校団の中では、周防少佐は数少ない例外と言ってよい、外部の(それも海外の)高等教育機関―――大学で、短期留学とは言え、社会軍事学系の学問を学んだ人物だった。
故に、この手の話は彼に喋らせるに限る―――他の幹部将校たちは皆、藤田准将と周防少佐の問答に聞き入っていた。 ひとり、長門少佐だけは面白そうな表情だったが。

「ストラテジー・・・戦略面での非合致とは? クーデターの達成を確実なものにする為には?」

「第三勢力による対抗クーデター、及び政治的介入阻止の為の物資・人員の喪失回避。 これは連中の行動と合致します。 
しかし、速やかに民意の支持を獲得し、既存の政府に対する支持を無力化する必要がある・・・軍事組織それ自体は、政治的な正当性を備えた組織ではありません」

「・・・迅速に国家の首都を部隊で占拠し、権力中枢に関与している指導的政治勢力を排除、もしくは従属させる事を画策・実行せねばならない―――非合致だな」

「はい。 戦術面で申せば、ほぼ合致しておりますが・・・解せない点が、ひとつ」

「何だ? 言ってみろ」

「・・・防諜の観点からですが、実行部隊の人員は技能だけでなく、信頼可能かどうかを判断し、秘密裏に選抜しなければなりません。
本来、クーデターとは比較的少数の規模で起こすのが最上の手。 しかしながら今回、これだけの規模で係わっていながら・・・」

「―――恐らく、政治だな」

それまで、ひとりだけ面白そうな表情だった、第152戦術機甲大隊長の長門圭介少佐が口を挟んだ。 上官である藤田准将と、同僚の周防少佐を交互に見て言う。

「恐らくは、政治。 誰かが、誰かのケツを蹴り上げるために・・・或は、お互いが蹴り上げようとしている為に、連中を『利用し、黙認した』・・・歴史上、腐るほど前例が」

長門少佐は国連軍在籍中の初級将校補習教育を、周防少佐がNYU(ニューヨーク大学)で学んだのと同様、彼は北アイルランドのQUB(クィーンズ大学ベルファスト)で学んだ。
専攻したのは『歴史学』と『文化人類学(社会人類学とも)』 周防少佐が『比較歴史社会学』と、『軍事社会学』を専攻しており、この2人、似通った所がある。

「長門、さっきのネタか? 周防も言っていた、あの?」

自走高射砲大隊長・谷元広明少佐が問いかける。 彼は陸軍将校中の少数勢力である、大学卒の学士将校で、専攻も周防少佐や長門少佐と同じ、人文学系だった。

「裏は取れていないけどね。 それでも統制派と国粋派の抗争は、臨界点間近だった事は、周知の事実だ。 そしてこの国は残念ながら、早々余裕は無い・・・」

長門少佐は周囲を見渡し、話を続けた。

「クーデターを起こした連中は、通常の『クーデター』として見れば、宝石より貴重な数時間を無為に潰している。 
早急に権力を奪取し、自分の正当性(偽善性か?)を確立すべきだった。 しかし連中は、帝都中心部を管制下に置いたのちは、目立った動きを見せていない」

仙台の臨時政府に対抗する組織を、早急に成立させるべきなのに―――長門少佐はそう付け加えたのち、同僚で、親友で、自分と同じ視点を持つ周防少佐に視線を向けた。

その視線を受けた周防少佐が、一言口にする。

「・・・それに連中は、大きな間違いを犯した」

「うん?」

周防少佐の一言に、藤田准将が続きを促した。

「玉―――己の正当性の担保です。 連中はそれを、政威大将軍に求めました。 愚か、としか言い様が無い。 五摂家は『藩屏』であっても、『君主』では無いのですから」

確かに、日本帝国に於いて政威大将軍は、『国事全権代理』任者である。 しかしながら『代理』なのだ。 いわば国権の行使、その権を皇帝より『委任』された者だ。

「それだけです。 クーデターでの正当性を担保するのに、選ぶべき相手では有りません。 本来であれば、握るべき玉は皇帝陛下・・・帝国の国家元首にして、国権を統べる方です」

その言葉に、周りの中佐・少佐達が暗澹とした口調で呟いた。

「・・・誰かが、誰かを・・・或は双方が、お互いのケツを蹴り上げるために・・・」

「純粋な愚者を利用した・・・か。 付き合わされる下士官兵たちが、不憫だな・・・」




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