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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 序章 1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/08 00:17
1998年3月30日 日本帝国 帝都・京都 陸軍京都衛戍刑務所内


一人の囚人が連れ出されてきた、初老の男だった。
これから銃殺刑に処せられるものとは思えない程に、穏やかで落ち着いて表情をしている。
要員の傍らの従軍僧が読経を上げている。 その声さえも楽しんでいるかのような様子だった。
やがて1本の太い木製の拘束具に両腕を拘束され、頭にフードを被される段になって、不意に読経が止む。

「・・・閣下、最後に残されたお言葉、どなたかにお伝えしたい御言葉がござれば、拙僧が代わってお伝えいたしまするが・・・」

「・・・私は義務を果たさんが為に、死に逝くのです。 何の言葉が有りましょうか」

その言葉に、そうは思わず絶句する。
その表情を見て、やや困った笑いを浮かべ、その死刑囚はこう言った。

「導師、今まで大変お世話になりました。 平安の心境にて逝ける幸、感謝致します。 
もし宜しければ、私の遺品の中に手紙が2通。 私の娘と、息子とも思う青年に対して・・・」

「確かに、承りました」

その言葉にニコリと頷いたその男は、脇に控える要員達に向かいこう言った。

「―――今まで、大変にお世話になりました。 おさらばです」










1998年2月26日 帝都 首相官邸


「国連は? 米国は何と?」

「国連軍事法廷への出頭を要求していります」

「駄目だな、そんな事になれば軍部が、確実に国粋派軍人が暴発する」

「世論でも、特に右派言論が騒ぎ出すでしょうな。 国民を騒擾させかねない」

「議会は?」

「賛否両論、日和見も有り。 四分五裂、と言った所ですか」

「如何します? 総理?」

背後の声を聞きながら、榊是親首相は窓の外に映る官邸の中庭を、無言で見つめていた。










―――2028年 情報公開制限切れ 帝国軍公文書資料より

≪宛:陸軍参謀本部第3部  発:統合幕僚総監部第3部≫
国防省内部監察局より先だっての通達事項に関し、部内統制を厳に心得されたし。

≪宛:統合幕僚総監部第3部  発:陸軍参謀本部第3部≫
貴信につき、部内統制の結果もその効果捗々しく無し。

≪宛:国防省軍政局  発:国家憲兵隊内事本部≫
先だっての貴信内容に対する部内検討の結果、相互協力関係は現時点で限定されるべしと心得置かれたし≫

≪宛:国家憲兵隊内事本部  発:国防省軍政局≫
貴返信内容に付き、当方遺憾の意をもって返信と為したる処、ご承知置かれたし。 政府内示事項を確認されたし。

≪宛:各管区国家憲兵隊司令部  発:国家憲兵隊中央作戦司令本部≫
中本令第35号に基づく予備調査を、可及的速やかに実施されたし。









―――1998年3月2日 帝国衆議院での演説

『この国家危急の時局に於いて、有為の将才をみすみす米国の魔手に委ねる事が、果たして国家存続の道に繋がるでありましょうや!?
大陸は蹂躙され、半島も陥落した今! 正に決戦の時はこの本土! 我らが揺籃の地であります事は明らかであります!
一兵、一門の砲が何よりも必要とされる今この時に! 幾万もの兵を導き、来襲せるBETA共を殲滅させ得る将星を、何故政府は処断すると言うのか!
本職は帝国議会の末席を汚す身として、声を大にして申し上げたい! 国連の、米国の要求は不当であると!
数多の最前線国家の声を聞くべきであると! 人類は今、1人でも多くの生存を必要としていると言う事を、議員諸兄はご理解頂けるものと確信する次第であります!』









1998年3月6日 2030 日本帝国 大阪 陸軍軍人会館『大阪僭行社』


「米国と言う外圧に負け、みすみす我が軍の将星を刑場の露と消すなどと! 政府の弱腰! 軍上層部の欺瞞! 正に極まる!」

「そうだ! 政府・外務省は元より、統制派が占める軍上層部は、中将閣下の両手両足を縛ったままに、BETAの前に贄として放り出した!
その閣下のギリギリの選択を! 盟邦への信義を貫いた行為を! それをなんだ、抗命だと!? ふざけるな!」

「これでは、死んでいった数多の戦友も浮かばれまい! 一体どれ程の戦友達が鬼籍に入ったと思っている!」

「上層部は即刻九段へ行け! 靖国で亡き英霊に土下座して来いっ!」


向うでえらく気焔をあげている連中が居る。
見ればまだ若い中尉、少尉連中だ。 記章を見れば第3師団、大陸で壊滅した第4師団に変わり、この商都を守る『お城の軍隊』だ。

「・・・ケツの青いヒヨコ共が。 酒の勢いで随分と威勢のいい事を放言しているな」

「戦場を知らん、生粋の本土防衛軍の連中だ。 威勢のいい筈だな」

「ま、ガス抜きだ、言わせておけ」

在京阪神の6個師団(禁衛、第1、第3、第6、第14、第18師団)に在籍する者が集まっての同期会を、僭行社で開いていたのだが。
途中から聞こえてくるのは、『あの事件』に対する憤りの罵声ばかりになっている。
周りにはベタ金の将官や、金線2本の佐官級の高級将校も卓を囲んで酒宴を開いているのだが、一向に気にした様子も無い。

ここでは基本的に軍の階級は関係しない。 陸軍将校の互助組織である僭行社では、会員である全ての将校は平等に扱われる。

「でも、聞いてて美味しくない」

「・・・お前は、結局そこに行きつく訳なのだな・・・」

「折角の御馳走だよ? 美味しく食べたいじゃない?」

「真理だ。 ついでに酒も美味く飲みたい」

―――同期の連中も、いい加減うんざりし始めている。
端から見ていて、滑稽にも見える。 顔を真っ赤にして、口角泡を飛ばして、目を血走らせて。

「・・・陸士の連中か?」

「訓練校も居るかもよ? あの世代は結構問題になったよな、皇道派思想教育で」

「ウチの連中は、その傾向は殆どないぞ?」

「個人差もあるでしょ、それに訓練校に違いも」


そうこうしている内に、更に激発の度合いがヒートアップしたようだ。 これには流石に他の客も渋い表情になってきている。 
居合わせたお偉いさん方も、若かりし頃の青年将校時代はここで随分と気炎を上げたものだ。 
時代が変わっても、これは変わらない。 かく言う俺達も訓練校卒業直後や、大陸に出張開所していた僭行社の分会館で盛んにやったものだ。

だけど程度ってものが有る。 自分達だけの宴席ならともかく、ここには他にも宴席を張っている者達が居ること位、判りそうなものだ。
さてさて、どうしたものか・・・?

「・・・周りを見渡してみる。 尉官は私ら以外に居ない・・・」

「はあ、とんだ貧乏籤だ・・・」

「おい、3師団。 貴様等、行かんのか?」

「後々、しこりが残りかねんなぁ・・・」

「ここはひとつ、歴戦の14と18師団に」

「調子の良い事言うな。 ・・・ったく、しょうがない」

俺と圭介、緋色と愛姫、それに永野と古村。 14と18師団の同期生と言えば、この6人だが・・・

「愛姫、18師団の先任、行かんか?」

「直衛! アンタってば、私にばかり押し付けるなぁ!」

「14師団は永野だったな? 先任は」

「・・・神楽、道連れよ、一緒に来なさいな」

「先任命令! 14と18師団、全員出動!」

「・・・面倒くさい」

「勘弁してよ・・・」

「長門、古村、逃げられると思って?―――周防、何を他人事の様に笑っているの!?」

先任2人に引っ張られ、渋々従う後任の4人。 他の師団の連中はニヤニヤ笑ってやがる、くそ・・・

気炎を上げる連中の傍に近づいた時、その中の一人が俺達に気付いた。
中尉だった。 一瞬、大尉の階級章にたじろいた様だが、僭行社の趣旨を思い出したか全員が訝しげながらも見返してきた。

「・・・大尉殿、何か御用でも・・・?」

「御用って程じゃないんだけどね、もう少しボリューム落としてくれたら、有り難いのよ」

「ここは確かに、全ての将校は平等よ。 だから諸君の酒席にどうこう言う気は無いわ。
でも、他にも客がいる事を思い出してくれると嬉しいのだけれど?」

愛姫と永野が、先陣を切った。
言っている事は至極当然。 別に軍人では無くとも、世間一般の『大人』だったら普通に持ち合わせる『常識』だ。
が、どうも悪酔いしている目前の連中―――中尉が4人に、少尉が5人―――は、どうもそれを失念している様だ。

「端から見ていて気分が悪い。 上層部批判は他でやれ」

「別に上官風を吹かすつもりは無い。 戦場帰りを言いたてるつもりも無い。 だがな、貴官等に、あの時半島で戦った者達の心情を少しでも斟酌して貰いたいものだ。
どちらも真実だ、中将の心情も、戦死したバークス大将の状況判断も。 皆、ギリギリだった。 ギリギリの判断をして、ギリギリの戦いをしていた」

ややつっけんどんな物言いの圭介に苦笑しながら、少しおせっかいかと思ったが、それでも何とか平静な感情で目前の連中に話しかけた。
俺の軍服のサラダ・バーにやや気押されながらも―――色んな従軍記章や、戦勲略章が付いている―――酔いの勢いか、一人の少尉が問いかけてきた。

「では、大尉殿は・・・ あの判決は正当だと仰るのでしょうか!?」

「・・・帝国の内外情勢から判断すれば、あの判決は致し方無いのかもしれん」

「ッ! それはどう言う事ですか、大尉殿!?」

「米国の外圧に負けて、我が帝国軍の将星をむざむざと刑場の露と消す事が、致し方無いとは!」

「それが、歴戦の方々の所見ですか!? あの判決が当然だと!? 一体どう言う了見なのですか!」

―――ああ、しまった、失敗した。

この手の血の気の多い若い連中に、この言い方は逆効果だった・・・

「喚くな、馬鹿者共が! 誰が『当然』などと言った! 『帝国の内外情勢から判断すれば、あの判決は致し方無い』、そう言ったのだ!」

怒声にびっくりして振り返れば、背後に立っている緋色が顔を紅潮させて怒鳴っていた。
いや、普段から生真面目な女だが、ここで最初にキレるとは想像していなかった。

「お、同じ事です!」

「馬鹿者! 正解は無い! 間違いも無い! 在るのは結果だけだ! そしてそれが全てに優先する!―――それがBETAとの戦いだ!
米国の外圧!?―――ああ、そうだ、それこそが今の帝国をBETAの脅威から守り抜く為に、無くてはならない『必要悪』なのだ!
それこそが帝国の国益! ひいては民をBETAの暴虐から護る為の傘! 我々は御国の剣であり、盾だ。 そしてかの国は御国を覆う傘でも有る!
その傘が無くなろうと言うのだ、こればかりは如何ともし難い・・・!」

「それでは、帝国の自主防衛の権利が!」

「我が国は、米国の属国では有りません!」

緋色の言葉に気押されつつも、それでも連中が反論する。 ・・・実は薄々判っているのだろうな、この連中も。

「貴官等は判っているのか!? 米国の凄まじさを!? 貴様等は知っているのか!? 米国の冷徹さを!
散々見てきた、見せつけられてきた。 大陸で、そして半島で・・・ あの国の後ろ盾の無い戦場が、どれ程脆いかを!」

「むっ・・・」

「・・・」

「どれ程多くの戦友を失ってきたか! 上官を、同僚を、部下を・・・!」

―――駄目だ、緋色の奴、感情を抑えきれていない。 仕方が無い、ここは引き取るか。
他の同期生に目配りして、この場を俺が引き取る事にした。 何故って?―――何故だろうな?
愛姫と古村が、緋色を押さえて宥めている。 永野は周囲の高官(将官まで居る!)に、バツの悪そうな表情で頭を下げている。

「・・・貴官達が憤る感情は、自分も戦場で感じた。 頭では戦略的に間違っている、そう考えた。 だが感情は付いて行かなかった。
しかし我々は何者だ? 衛士である前に、士官だ。 ならば個の感情より、陛下と国家と―――国民に奉ずるべきじゃないのか? どうだろう?」

「それは・・・ 軍人の本分は、小官等も承知しております」

「うん、そうだ、そうだろうな。 なら、判るだろう?」

「・・・全ては、国益の為、ですか・・・?」

「そこまで言い切れば、身も蓋も無いが・・・ だが冷静になって考えて欲しい。 我々軍人は国家の番犬だ、そして陛下と国民の『醜の御盾』だ。
番犬が盛って、国家をどうこう言いだしてどうする? 道具が、持ち主をどうこうしてどうする?
忘れているのであれば、思い出して貰いたいものだな。 我々が士官学校や衛士訓練校に入校した時、営門で何を捨てたのかを」

だんだんと連中の表情から固さが取れてきた。 同時にバツの悪そうな表情になって来る。

「おい、もうよかろう、その辺にしたらどうだ? 端から見ていて気分の良いものではないし、酒も不味くなる。
この話はこの辺にしておいてだ。 どうだ? 景気直しに一杯、飲っていかんか?」

―――最近、圭介を見ていると欧州に居た頃のファビオを思い出す。
あいつはこんな場を和ませながら纏めるのが上手い奴だった。 圭介もだんだんそんな気がしてきた。 ・・・美味しい所をもって行きやがって。
最初は躊躇していた連中だが(当然だ、見知らぬ他部隊の上級士官といきなり飲んでも、気が張るだけだ)、第3師団の連中を見つけてホッとした表情になった。

「何、同期会だったんだがな。 君等のトコの師団の連中も居る、それに近々には我々も畿内防衛の部隊になる。
これから宜しく―――そう言う訳だ」

「飲み代は第3師団の連中にツケておくから、遠慮しないで飲みなよ?」

「お、おい! 伊達! 聞いとらんぞ!?」

「うっさい! ケツの穴の小さい事言うなぁ!」











1998年3月7日 深夜 帝都・京都 祇園


「政府は、どうするつもりかね?」

「・・・正直申し上げて、国連へ委ねる事は下策であると」

「しかし、半可な対応では国連も、ひいては米国も納得はしまい」

「はい」

「議会は・・・ ああ、左右に中道、咲き乱れておるね」

「それぞれ、背後の思惑も有りますれば・・・」

「うん。 ああ、そうだ。 この間、元老院に五摂家から内々に話があってな・・・」

「・・・」

「元枢府は米国の要請には応じる事は能ず、とな。 そう言ってきおった」

「・・・政威大将軍ですか?」

「傅役を始め、侍従武官や教育係をも務めた男だ。 思い入れは格別であろうよ」

「・・・子供の感情で言われても、苦慮致しますな」

「釘はさしておいたよ。 最悪、内府から奏上申し上げる」

「今はそこまでは。 御宸襟をお騒がせ奉る訳には、参りません」

「抑える肝は、間違えてはならんよ、いいね?」









―――旭日新聞 1998年3月8日付朝刊 社説より抜粋

『・・・そもそも、主権国家とは何か? 対外主権、対内主権、最高決定力、この3つを備えた国家である。
翻って今回の日米関係を顧みるに、対外主権は米国追従、対内主権に於いてその介入を許す事態であり、最高決定力を外圧に左右される。
朝鮮半島での事件を振り返るに、我が国にとって同じく対BETA戦争で共に手を携えて共闘するべき、大東亜連合、統一中華との信義は非常に重要である。
その意味では、光州残留民間人数十万人の命を救った今回の判断は妥当とも判断出来る。
我が国は91年以来、周辺諸国と共に対BETA戦争を戦い、正にその流した多くの若者の血で大東亜の信頼を回復してきたのだ。
(中略)
反面、対米同盟を疎かにする事は最早不可能である。 
環太平洋方面に展開するその巨大な兵力もさることながら、何より世界最高と言われるその支援能力無しには、帝国軍とて本土防衛を全うする事能ず、とさえ言われる。
補給、輸送、通信、情報、医療、建設と言った前線支援は元より、生産計画、汎世界規模の兵站作戦企画と実行、それを支える総合的な国力。
政府・議会は元より、軍内部でも混乱が生じていると言うのも無理からぬ事であろう。 BETAとの戦争がどの様なものなのか、最も知り尽しているのが軍部だ。
(中略)
願わくば、政府が国家の舵取りを違えぬよう、切に願う。 そして我が国民が、自ら選んだ選良を信じる事を切に願う』










1998年3月10日 帝都 首相官邸


「米国からの要求には、これ以上の引き延ばしは無理です。 先程、駐日米国大使が押し掛けてまいりました。 
ポトマック河畔の主人の意向を伝えに、です」

「米議会民主党の『お友達』からは?」

「抑えるのは無理だと。 米国内世論も、益々加熱しつつあると。 
これ以上、議会での対日擁護は次の選挙での議席を大幅に減らす事になる、そう言っております。
戦死した米軍将兵の遺族の中には当然ながら、共和党支持者だけでなく、民主党支持者層も居る訳ですし・・・」

「八方塞だな。 見たまえ諸君、案の定だ。 右派言論が盛んに煽っておる」

「―――『米国の横暴を許すな! 国際世論は米国世論だけでは無い!』か・・・ 確かにそうだが、だが最も気にかけるべきは、米国世論だ・・・」

「米国世論ばかりを気にかけていては、足元を掬われる。 まずは国内だよ」

「・・・本当に、八方塞だな」








≪宛先不明  発信者不明―――1998年≫

『米国との関係悪化は、我が国経済に甚大なる痛打を及ぼす結果と相なりましょう。 
大東亜との関係維持もさることながら、尚かの国の世界経済に占める存在は絶大なるものであります。
願わくば、先生のご尽力にて我々の憂慮が杞憂たらしめられん事を願います』








―――2028年 情報公開制限切れ 帝国軍公文書資料より

≪宛:国家憲兵隊中央作戦司令本部  発:内務省警保局公安本部
過日より検討致したる案件に付き、至急の協議を要すると判断致す次第。 ついては来るXX月XX日、XXXにて協議参集されたく。
(2050年まで一部情報公開制限中)

≪宛:内務省警保局公安本部  発:国家憲兵隊中央作戦司令本部≫
貴信、了解。

≪宛:各管区国家憲兵隊司令部  発:国家憲兵隊中央作戦司令本部≫
中本令第35号に基づく予備調査は、XX月まで継続せよ。

≪宛:国防省軍政局  発:国家憲兵隊内事本部≫
貴信内容に対する部内再検討の結果、新たな相互協力関係を構築する方法を確立した事をご連絡す。

≪宛:国家憲兵隊内事本部  発:国防省軍政局≫
貴信、了解。 当方、内務省より打診有り。

≪宛:統合幕僚総監部第3部  発:陸軍参謀本部第3部≫
要綱知らせ。

≪宛:国防省軍政局  発:統合幕僚総監部第3部≫
軍の大方針、如何にすべき哉。 全軍が知らんと欲す。









1998年3月12日 帝国国防省より、帝国全軍緊急布告


『ひとつ、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし。
忠節とは国に報ゆるの心也。 報国の心堅固にして国家を保護し国権を維持するは、是聖上の御恩に報い、民平成に安んじる為也。

ひとつ、軍人は礼儀を正しくすべし。
些かも軽侮驕傲の振舞い、有るべからず。 常、慈愛を専一と心掛け上下一致して大事に勤労せよ。
もし軍人たる者にして礼儀を乱り、上を敬わず、下を恵まずして一致の和諧を失いたらんには、只に軍の蠹毒なるのみかは、国家の為にも許し難き罪人なるべし。

ひとつ、軍人は信義を重んずべし
されば信義を尽くさんと思わば、始めより其事の成し得るべきか、得からざるかをつまびらかに思考すべし。
小節の信義を立てんとて大綱の順逆を誤り、或は公道の理非に践迷いて私情の信義を守り、あたら禍いに遭い身を滅ぼす。
屍の上の汚名を後の世まで残せる事、その例し、少なからぬものを深く戒め有るべき』










1998年3月14日 1330 大阪・帝国陸軍 豊中駐屯基地


「・・・最近、何やら監視されている気がするのだ」

将校集会所での昼食時、第1大隊の緋色―――神楽緋色大尉がぼそっと呟いた。

「監視? 誰に?」

「・・・心当たりは?」

同時に聞いたのは、第3大隊の伊達愛姫大尉と俺―――第2大隊の周防直衛大尉。

「判らんし、心当たりも無い。 だが、誰かに監視されている気がする・・・」

「・・・あれかな?」

「あれかもな・・・」

「迷惑な! 私は実家とは何ら関係は無い!」

2日前に出された全軍布告。 
同時に警務隊が周辺をうろうろとし始めたし、外出すればどうにも地方人(一般人の陸軍での隠語)とは違う雰囲気の連中を見かける。
どうやら、軍内部の締め付けを強化しようと言う方針らしいのだが・・・

「・・・漏れ聞こえてくる話じゃさ、将軍さんは処罰に反対らしいね? 緋色の実家ってさ、煌武院家の譜代筋じゃん?」

「実家は実家、私は私だ!」

「怒鳴んないでよ、それ位判ってるってばさ。 でもさ、『あの連中』は判んないじゃん? 緋色個人の事までなんてさ。
山吹の子爵家の武家で、煌武院家の譜代筋で、確かお母様は将軍家出仕だっけ? お父様が城内省の高官で、実のお姉さんと弟さんは斯衛の将校。
同期としての忠告だよ、緋色―――大人しくしなよ? 激発しちゃ、駄目だからね?」

憮然とした表情で、昼食をかき込みながら食べだす緋色。 育ちの良い彼女にしては、珍しい光景だ。
181戦術機甲連隊で、警務隊のマークが付いているのは今のところ緋色だけだ。 彼女の場合、実家の存在が立場を微妙にさせている。

国粋派の将校―――皇道派、勤将派問わず―――以外でも、それに近しい者や、緋色の様な武家出身者。
今回の騒ぎで騒いでいるのは主に前者なのだが、元枢府が内々に元老院に『協力不可』と伝えた―――その噂が広まって以来、後者も監視対象になった様だ。

―――いや、その前からか?
先日の僭行社でのあの珍しい緋色の激発。 あれはその前から『監視されているかもしれない』事への苛立ちだったか?
或いは、その監視しているかもしれない連中への、無意識の意思表示か。 いやいや、両方とも無意識に出たものか?

「お前自身が、そんな思想を持っている人間じゃ無いこと位は、部隊の者ならだれでも知っている。 普段通りにやれば良い。
貴重な歴戦の衛士指揮官に、見境なくちょっかいかけて来る程、連中も馬鹿じゃないだろうさ」

「そうそう、ここの準備ももうすぐ終わるし。 そしたら一旦向うに戻るし。 気晴らしにパーっと春モノでも買いに行こうよ!」

「・・・パーっと、食べに行くの間違いじゃないのか・・・?」

「直衛! アンタ、ケンカ売ってんのっ!?」

いい感じで喚く愛姫の横で、緋色が笑いを堪えている。 
良い傾向だ、実家の事は少し聞いているが、今思い悩んでも仕方が無い事だろう。

「それにしても、今度は中部軍管区かぁ・・・ 関西は初めてだよ。 緋色は地元だよね?」

「・・・京都だがな、生まれ育ちは。 まあ、この辺も馴染みが無い訳ではない」

「木伏さんとかは、喜びそうだねぇ・・・」

大陸と半島から叩き出されて以降、帝国軍はそれまでの外征専門即応集団である大陸派遣軍を解体した。
そしてその指揮下に有った各部隊を、本土防衛軍に組み入れ、大幅な再編成を開始しようとしていたのだ。
特筆すべきは、今やBETAの巣と化した半島―――鉄原ハイヴからの直接脅威を受ける九州の西部軍管区を最重点管区とした。
ここに5個軍団、18個師団を集中配備した。 その内の7個師団が戦術機甲師団だ。

そしてその後背地であり、帝都を含む帝国の中枢を守る中部軍管区には、2番目に多い部隊配置―――4個軍団、14個師団を配備している。
俺達の第18師団、その『兄弟師団』である第14師団は、中部軍管区の戦略即応予備として配備される事となった。
俺達はその移転受け入れ準備の先発隊、引越しの前準備の為に先月から関西に入っている。
準備自体はもうじき終わる。 その後、一度関東へ戻り、師団を上げてのお引越し、と言う訳。
移転場所は以前に廃棄されていた豊中分駐屯所、伊丹基地の分所だった所だ。


「・・・いよいよ本土で、か」

「英国の例も有る。 戦い抜き、守り抜くまでだ」

「あ、私はこの先数十年、死ぬ予定無いからね」

3者3様。 しかし俺達も昔の青道心では無い。 
先だって緋色が言ったな。 正解は無い、間違いも無い、全ては結果だけ―――受け入れよう、その通りだ。
猛りもせず、憶しもせず、受け入れるのは結果のみ。 求められる事は結果のみ。










1998年3月16日 2325 帝都 首相官邸


『では、遂に結論は出たと言う訳かね?』

「はい、その通りです、閣下。 政府は閣議一致で結論を出しました」

『彼の元へは?』

「私自らが参ります」

『・・・首相たる君がかね?』

「私は、国軍の統帥権代行を司っておる内閣総理大臣です。 せめて・・・ せめて、私自身の口から言い伝えたいのです」

『・・・君の判断を支持しよう。 元枢府は私が押さえる、貴族院も。 衆議院はどうかね?』

「・・・右派議員からの攻撃は、承知の上」

『宜しかろう。 軍内部には私もまだ頼るべき人脈も有る、何とか抑え込んで貰おう』

「有難うございます」

『・・・榊君』

「は・・・?」

『それが、国を指導する者の判断であると、私は理解する』

―――唐突に電話が切れた。

受話器を握りしめたまま、榊是親首相は暫く無言で首相執務室内を見つめていた。








『判決
 元所属 陸軍第8軍団司令部
   元陸軍中将 彩峰萩閣
右の者に対する反乱被告事件に付き、当軍法会議は帝国陸軍法務官・柳沢重太郎関与審理を逐て、判決する事左の如し

主文
被告人・彩峰萩閣を死刑に処す。

理由
被告人・彩峰萩閣は夙に陸軍士官学校・陸軍大学校に学び、爾来深く尽忠報国の志を固むる処有り。
翻って四囲の情勢を顧み、痛く世界の頽廃、人心の動揺、内外の情勢緊迫し有るを痛感す。
然るに皇紀二六五八年、盟邦・友軍、窮地打破に克己すべし半島撤退戦闘指揮下、被告は私心私情抗い難く其の軍命に相反す。
然れば盟邦・友軍危地に直面す事、損失甚大、有為の材、数多幽冥に没す事、幾万余とせし也。

被告の犯したる罪状
一 利敵
率いたる軍を無断にて配置から逃避させたる罪。
一 檀權
率いたる軍を私令移動させたる罪。
一 辱職
率いたる軍を無断にて配置から離脱させたる罪。
率いたる軍を無断にて敵前から離脱させたる罪。
一 抗命
敵前にて上級司令部軍命に抗じたる罪。

被告人国家非常の時局に当面し、憂国の至情と其の進退を決するに至れる諸般の事情については、是を諒とすべきもの有りと云えども、其の行為行動、聖諭に惇る也。
理非順逆の道を誤り、国際信義を無視し、国憲国法を蔑とし、建軍の本義を妄り、いやしくも大命無くして動かすべからざる帝国軍を私用す。
あまつさえ率下将兵を率いて反対行為に出でしが如きは、赫々たる国史に一大汚点を印せるものにして、其の罪実に重且つ大也と云うべし。

よって主文の如く判決す

皇紀二六五八年三月二〇日 帝国陸軍帝都軍法会議
裁判長判事 陸軍大将 斎条英徳
             他裁判官六名』









1998年3月22日 日本帝国 帝都・京都 陸軍京都衛戍刑務所内


死刑囚独房の一室で、その男は手紙を認めていた。
1通は愛娘に、1通は息子とも思える青年に対して。

何時の日か、我が心境を理解して貰いたいが為に。 
決して俯く事無く、世を拗ねる事無く娘には育って欲しいが為に。
決してその誓約を違う事無く、国と民の為にその剣を青年に振るって欲しいが為に。

まだ冷え込む京の夜、十分な暖房設備など無きに等しい独房で、無心になって認め続ける・・・










1998年3月30日 1000 日本帝国 帝都・京都 陸軍京都衛戍刑務所内



「―――今まで、大変にお世話になりました。 おさらばです」

その言葉に、要員達は無意識に悔し涙さえ浮かべそうになっていた。
どうして、この人が―――皆が無言でそう言っている。

やがて、銃殺隊を率いる憲兵中尉に率いられ、6名で編成された銃殺隊が隊伍を組んでやってきた。
皆が緊張した表情だった。 脇に控える僧も、要員も。 銃殺隊の指揮官も、隊員達も。

最後に囚人の頭にフードが被せられ、首筋の部分で軽く結わいだ後、要員が下がる。
それを確認した指揮官が、緊張のせいでやや裏返った甲高い声で号令をかける。

「―――構え!」

6名の隊員が、射撃位置に立ち自動小銃の銃口を斜め上に保持しつつ、『目標』を凝視する。

「―――狙え!」

6丁の銃口が、一斉に狙いを付けた。

「―――撃てぇ!」

連続した銃声が響き渡る。

―――遠くから、春の歌声を奏でる鳥達のさえずりが聞こえてきた。




この日、従軍僧を務めた京の寺の住職は、数カ月後の京都防衛線の折に行方不明となっている。
恐らくは、仏法を記した経典を守り持ち出す為に独り寺の残ったと言うその僧は、BETAによって喰い殺されたものと思われる。
死刑囚の今際の願いは、遂に果たされる事は無かった。










1998年3月30日 1600 日本帝国 帝都・京都 下京


1人の老軍人がその夕刻、割腹自決を遂げた。

傍らの遺書には、昨年来から年初にかけての大任にて、その任を果たし得ず、己が不明により国際調整の不備に直結した事。
その結果もたらされた帝国の外交的立場の悪化の責、そして今上陛下及び当代摂政殿下に対する、己が不明の謝意。
何よりも、己に先立ち刑場の露と消えていった元部下に対しての謝罪が綴られていた。


『一死、不明を謝す。 一死、不忠を謝す。 一死、悔恨の許しを欲す』


作法通りの割腹を為した時、その老いた体から絞り出すように呟いた。

「これで、儂の仕事は終わったな・・・」

陸軍大将・梅津芳次郎。 享年61歳。









1998年4月2日 2010 石川県輪島市 帝国国家偵察局 衛星情報センター 中部受信管制局


「・・・おい、これは・・・!」

「当直管制統制官に連絡だ! 至急!」



1998年4月2日 2013 北海道苫小牧市 帝国国家偵察局 衛星情報センター 北部受信管制局


「なんてこった・・・」

「飽和個体数、10万以上だって・・・!?」



1998年4月2日 2015 鹿児島県阿久根市 帝国国家偵察局 衛星情報センター 南部受信管制局


「・・・重慶ハイヴが・・・」

「あ、溢れかえっている・・・?」



1998年4月3日 0330 東京府市ヶ谷 市ヶ谷衛星情報中央センター


「深夜だから!? ふざけるな! 四の五の言わずに統合幕僚総監部を呼び出せ! 国防省には送ったな!?」

「内務省!? 市ヶ谷だ! 重大情報を送る!」

「首相官邸! 内閣危機管理センター! 国家戦争指導委員会! 叩き起こせ! 首相でも構わん!」




その日、衛星情報がH16・重慶ハイヴ周辺の地表が、類を見ない数のBETA飽和個体群で埋まっている事を確認した。
そして数時間後、その個体群が北東方向―――東シナ海を指向している事が確認された。
その先は、H20・鉄原ハイヴ。 これほどの個体群をフェイズ2ハイヴが支えきれる道理は無い。 ならば、その次は・・・?


帝国の震撼は、まだ始まったばかりであった。




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