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No.20854の一覧
[0] 【短編】鴛鴦夫婦が産まれた日[しゃれこうべ](2010/08/06 19:32)
[1] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝 おとうさんといっしょ!![しゃれこうべ](2010/10/07 07:29)
[2] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝② いっしょにおふろ!![しゃれこうべ](2010/10/03 03:00)
[3] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝③ いっしょにおるすばん!![しゃれこうべ](2010/10/07 11:28)
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[20854] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝② いっしょにおふろ!!
Name: しゃれこうべ◆d75dae92 ID:d72ed1d6 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/03 03:00

「彼女出来ないのか?」

親父はそう聞いてきた。


「…いねぇよ」

俺はそう答えるしかなかった。
そして、あんたと一緒にするなと言いたかった。


聞くところによると、親父は18歳のある日を境にモテモテロードを歩み始めたのだという。
”モテモテ”というのは、異性に人気がある”モテる”が2つ重なって、
凄く異性に人気があるという意味だそうだ。

それは見てれば分かることだ。
今でこそ親父はオカン一択の道を歩んでいるが、二人の友人というおばさん連中……
元は全員、親父のことが好きだったんだと思われる。
まぁ無理の無い話だわな。
訓練学校に入りたての時点で正規兵以上の実力を持っていたなんて、超一流の証。
女性にとっちゃ魅力的に見えるだろう。
親父にしちゃ、選り取り緑だったはずだ。

将軍の妹。元首相の娘。将軍の娘。元国連事務官の娘。元帝国諜報員の娘。
若い頃の写真を見たが皆綺麗で、出自もすげぇのばかりだ。超豪華メンバーだ。
なんでこのメンバーの中で、親父がド庶民のオカンを選んだのかは、
正直俺の理解の範疇を超えるところである。白銀家永遠の謎である。
まぁ、それはさて置くとしよう。話に関係無いから。



「俺はまだ、ただの学生だぞ。親父みたいにモテる訳ないだろ」
「別に何人にもモテる必要はないだろう。本当に大事な人が一人いれば、
恋人は二人も三人もいらないさ」
「だーかーらー、その一人が見つからないって言ってんだよ!!」

親父とは裏腹に、俺、白銀まりもは彼女いない歴がそのまま実年齢に等しい。
普通彼女と言えば一人なんであって、それを探すのが難しいのに。
あっさり二人、三人と言ってしまう親父のセンスはやはり狂ってると
言わざるを得ない。


「作ろうとはしないのか?」
「俺は学校と修行で忙しいんだよ」
「けど衛士目指して勉強してる慎太郎君には、彼女がいるそうじゃないか」
「ああ…。あの裏切り者め……」


そうなのだ。
衛士を目指す為に勉強し、空いた時間はほぼ全て俺とのだべりに当てていて、
彼女作る時間なんて無いはずの親友、平慎太郎にはきっちり彼女がいる。

確か苗字は月詠。
真那さんの親戚筋の娘と聞いている。歳は慎太郎の1つ下。
なんでも、その娘が町で暴漢に襲われた際、慎太郎は助けに入ろうとしたが
逆にボコボコにされて、けど何度殴られても諦めなくて。
結局その月詠という娘が自力で暴漢五人をボコボコにして警察に突き出したのだが、
その後で「力及ばずとも立ち向かう姿勢は天晴れです」と褒めてくれたらしい。

慎太郎がお礼にと誘った喫茶店で、親父が横浜奪還戦に参加し、その跡を継ぎたいと
いう夢を話すと、それに共感してくれて。
「素晴らしいことです。殿方とはかくあるべきです」と言われて、
結局二人は交際を始めたとかなんとか。
向こうは帝都住まいだからあんまり会えてないっぽいけど、ずっと文通はしてるようだ。
俺はちょっと見ただけだが、真那さんを若くしたような感じの、緑色のサラリとした長髪が
素敵な凛々しいお嬢様である。いいなー。ちくしょう。


「世の中、何処に出会いの形が落ちてるのかは分からない。
だが気をつけていないと拾い損ねちまうぞ。
父さんも、母さんの気持ちに気付くことが出来ずにすげー大回りしちまったんだ。
あー、人生何回やり直したかなぁ…」

また遠い目をする親父。
だからその目で何を見てるんだよ。
っていうか、人生何回もやり直したって、比喩にしても大げさ過ぎだろ。
100年や200年、オカンの気持ちに気付かなかったとでも言うのか?
…まさかな。んなことある訳ないじゃん。

その時脳裏に、永久の時間を戦い続ける親父の姿が過ぎってしまった。
あと青白く光る変な脳髄。


(ダメだダメだ…。近頃親父との稽古で殴られ過ぎて頭おかしくなってんのかな。
 こんな幻想が見えるなんて)


頭を振って立ち上がる。

ざぱーっと、湯が音を立てた。


「さて、身体洗おっと。親父、背中流してやるよ」
「そうか。すまんな」


以上、銭湯『すさのゆ』における、湯船の中での会話でした。






マブラヴオルタネイティヴ短編SS 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝②
====いっしょにおふろ!!====





銭湯。

それは人類の生み出した文化の極みである。

気持ちの良いでかい湯船。

思わず吸い込まれそうになりそうな見事なペンキ絵。

お風呂から上がった後に買ってもらう、
フルーツ牛乳やラムネの美味さ。

ああ、銭湯は良い。

銭湯 for ever である。



昔、新柊町の上下水道が完備されていなかった頃は、
皆近所の銭湯に足を運んでいたものだ。
親父が普段家にいなかった俺は、オカンに手を引かれて、二人で
ゲタの音をかっぽかっぽと鳴らしながら、毎日湯と書かれたの暖簾をくぐった。


「おばあちゃーん。大人一人に子供一人ね!!」
「いらっしゃい、白銀の奥さん」


番台のおばあちゃんに入浴券を渡すと、
ゲタを預けてオカンは女湯へ入る。俺も当然、付いていく。
小学校低学年くらいまでは、俺も女湯に入っていた記憶がある。

正確には小学2年からは恥ずかしくて男湯に入りたいとせがんだのだが、
オカンが俺と一緒に入りたいと言って離してくれなかった。

「まりもちゃんはお母さんとお風呂に入るのと、一人で入るの、どっちが楽しいのさ!?」

…そんなこと大声で言わないで欲しい、とは言えなかった。
まぁ機嫌を損ねると湯上りのジュースを買ってもらえないし、
日頃世話になっている大切な母親なので、仕方が無く付き合ったのである。3年までは。
そっからは同級生の目も厳しくなるので、ちゃんと男湯に入ったよ。

壁の向こうから「まりもちゃーん、そろそろ上がるよ~?」と時間調整してくる
オカンの声が響いた時は、相変わらず恥ずかしかったけど。


で、俺が中学に入る頃から各民家に上下水道が完全に行き渡るようになって、
民家にも備え付けのお風呂が増えた。
ついでにトイレも、汲み取り型から水洗へと移行して行った。
こうなると一度の風呂代が高く見えてきて、町民の銭湯への足は遠のいた。
町に何軒もあった銭湯は急速に姿を消して行き、銭湯は庶民のお風呂から娯楽の対象へと移行した。
銭湯は、家のお風呂に窮屈間を感じた人がたま~に行く程度の頻度で、使われるだけになった。
もう、新柊町で営業している銭湯は2軒しか残っていない。


「今日の鍛錬は汗びっしょりだからな。たまには銭湯で汗を流そうか!!」

との親父の提案で、俺にとっては昔馴染みの銭湯『すさのゆ』に行くこととなった。


「純夏は行かないのか?」
「私はいいよ。行くなら二人で行っておいで」
「分かった」
「銭湯って、もうタケルちゃんやまりもちゃんとは入れないからねぇ…」
「そりゃ当たり前だ。何時か家族温泉行った時にしろよ」

うん、と頷くオカン。
その時横から声がかかった。

「純夏さん、お一人が寂しいというのでしたら、私も行きます」

さっきまでいなかったはずの人物が、ちゃっかり居間にいる。


「霞!?」
「霞ちゃん!!」

…霞姉、いつも突然だよな。
しかもその井出達は、オカンがプレゼントした兎模様の浴衣姿。
何時ものウサミミ髪もいいけど、飾りをはずしてロングにした姿も美しい。
手の桶には兎模様の手ぬぐいと、バスタオルと石鹸ケースとシャンプーとクシが見える。

「社少尉、銭湯(戦闘に非ず)準備完了です!!」って言いたそうな雰囲気だった。


(それにしても、何処で情報を聞きつけて、何時準備したのだろう?)

そんな俺達3人の疑問をスルーし、霞姉はオカンに詰め寄った。

「純夏さん」
「は、はい。なにかな霞ちゃん」
「銭湯、行きたいです」
「うーん。そう言えばここ数年行ってないなぁ」


霞姉はこう見えて銭湯好き。
最初は人前で裸を晒すことに躊躇してたっぽいけど、
でかい風呂からラムネのコンボにやられたらしい。
暇があれば全国の有名銭湯を行脚したいと言っている。

昔はたまに、俺とオカンと一緒に三人で銭湯に通ってたっけ。


(………って、待て。何を考えてる、俺)

ダメだ。
ふと思い出してしまった。
小学2年の頃、霞姉と一緒に銭湯に行った時のことを。

思えば、霞姉のあのすらりとしたボディラインを、何の妨害も受けることなく
間近で見ることが出来たのは、あれが最初ではないだろうか。
ギリシャ像もかくやというような美しさは芸術級で…幼心ながらに、見とれてしまった。
当然、それは抱きたいとかそういう俗な欲求を持つ前の話。
ただ単純に、あの彫像のような霞姉の裸体のところどころが
湯煙に隠れている絶妙な光景が、とても美しいと……感じてしまった。
そして、間違いなくその時、俺は初めて霞姉に恋心を抱いたのではなかったか。


(ああ~、何を考えてるんだ俺は!こんな時にこんな事を考えるなんて!!)

頭を振って妄想…というか、邪な思い出を消す。消す。消す…!!
早く消さないとバレてしまう…!!


「……ふふ。まりもさんはえっちですね」
「もう~。幾ら霞ちゃんが美人さんでもそれはダメだよ~。
叔母さんとは結婚できないんだからね」


ああっ…!!
遅かった!!
この二人の勘は超能力級!!まるでエスパー!!
俺の考えてることなんて丸分かりなのだ!!


「お、親父……」

どうなるものでも無いと思うが、なんとなく親父に救いの目を向けてみる。
すると、ぽん、と肩に優しく手を置かれた。


「まりも、男はな。
子供の頃から慣れ親しんだ女性とお風呂に入るといろいろ意識しちゃうんだ。
しょうがない。父さんにだって、同じような経験はあるさ…」
「親父ッ…!!」

理解のある親父で助かったぜ。
親父も若い頃オカンとお風呂に入って興奮したことがあるんだな。


「父さんと違うところは、お前には霞を口説くことが許されない事だが」
「うごぉっ…!!」

現実は非情である。
結局、自分が霞姉に抱いていた恋心を悪い形で暴露した上に
トドメを刺されただけだった。
俺は、死んだ。


「さ、何時までもおバカな話してないで、行くなら行こう!!」

オカンも準備が早い。
服装はそのままだが、既にお風呂セット一式を人数分、風呂敷に包み終えている。

「よし、行くか」
「行きましょう」
「………そうだな」


40代、30代の中に一人に混じる10代の自分は、
大人たちのペースに巻き込まれっぱなしだった。





「それじゃあ後でね」
「行ってきます」

オカンと霞姉は女風呂へ。

「ああ。それじゃあまたな」
「後でな」

俺と親父は男風呂へ。

ああ……。この壁の向こうじゃ霞姉が服脱いでるんだな…。
もう一度、あの楽園を見たい見たい見たい見たい見た――


「馬鹿なこと考えてないで早く来い」
「お、親父まで心が読めるのか!?」
「何考えてるか顔見れば分かるっての」

服を脱がされロッカーに鍵をかけ、いざ浴場へ。

かけ湯をし、湯船に入った直後の親父の質問が、冒頭のアレだった。
俺がいつまでも歳の離れた叔母に執着していることが、
親父なりに心配らしかった。

歳相応の健全な恋をして欲しいというのが、親父の願いなんだな、多分。



湯から上がって、椅子を用意。
洗面台の前に座った親父の背中を流す。


「相変わらずでけぇな…」


何が…と言えばナニではなく、勿論背中の話である。
ガキの頃に何度か親父と風呂に入ったが、その時も背中はでかかった。
今日は前よりも一層強く、親父の背中の大きさを感じる。

適当に石鹸をつけて手ぬぐいでこする。


「どうよ、親父」
「おう、もっと気入れて擦ってくれよ」
「人遣い荒いなッ!!」
「お前がやるって言ったんだろ」


ごっしごっしごっしごっし。


「ところで、まりも」


親父が口を開く。
手ぬぐいを動かしながら俺は聞く。


話題は、さっきの続きだった。

「まりも。恋はいいぞ。こいつの為なら俺は命を捨てられるって、
本気で思えてくる。いや、実際に行動出来るんだ。
乗り越えられない壁も乗り越えて、自分を更に高めてくれる」


彼女がいないことを突かれるのにウンザリしてきていたので
いい加減話題を変えて欲しかったが、
この話を聞いた時、俺は自分で目の色が変わったと思った。


「お前は自分に出来ることをやってる。
けどもし自分に足りないものがあるとすれば、それかもしれない。
俺を超えるという目標があるのは良い。
お前の信念の強さはよく分かってる。
けど、そこに恋人って事情を絡めると、更に強くなれるんだ。
俺も、愛しい恋人の為だったから強くなれた」


親父にとっての大切な人。
親父が最強の衛士に成長するきっかけを作った、親父の恋人。
信念の源。
それって。
決まってるけど…。


「本当に好きなんだな、オカンの事」
「ああ。父さんは母さんを愛してる。因果率を捻じ曲げて、運命に抗って、
次元の壁を貫いて、世界の理さえぶっ壊せる程に、俺は純夏を愛してるさ。
俺は今でも、あいつに恋をしてるんだぞ」

そう言って振り返った親父の顔はとてもキラキラ輝いていた。

――恋、か。

思わずそんな親父に見とれてしまった。
恋をしている人の顔って、こんなに綺麗なんだ。


…けど、俺もすぐに冷静に戻る。
よく考えると、今かなりぶっ飛んだこと言ったぞ、この男。


「素面でよく、そんなこっ恥ずかしい台詞吐けるな…」
「本当の事なんだからしょうがない。
父さんと母さんの愛は世界を救うレベルだからな!!」

ははははは、と恥ずかしげもなく親父は笑った。
常識で考えれば親父の言は比喩というか冗談というか、誇張なのは明らかなんだが、
俺の勘では、それが真実に感じられてならなかった。
親父はありのままを伝えているようにしか思えなかった。

…俺の勘、鈍ってるのかな。
最近、親父やオカンのあり得ない話が本当のように感じる。
因果とか。タイムスリップとか。愛の力とか。





真っ赤になっていた。
食べ物に例えるなら茹蛸状態。
ただしお風呂だからといって、逆上せた訳ではない。


「タ…タケルちゃん……」


白銀純夏の全身は上から下まで真っ赤に染まっている。
一緒に入っている客はご近所の人が2、3人くらいだが、
それでもギャラリーはギャラリー。
その観衆の前で、あんな惚気台詞を吐かれたら、純夏と言えども
恥ずかしくなってしまう。

直接言われる分には良いのだ。
何時ものように、武が直接純夏に言う分なら、どんな大声でも、
どれだけの人数の人に聞かれても全然オーケー。
かの大晦日のプロポーズ作戦に比べれば大したことはない。

しかし、それが息子とは言え、愛する人間が他の人に、
自分への気持ちを語っているというのは、とてもむずむずする。



――ああ。父さんは母さんを愛してる。

――因果率を捻じ曲げて、運命に抗って。

――次元の壁を貫いて、世界の理さえぶっ壊せる程に。

――俺は、純夏を愛しているさ。

――俺は今でも、あいつに恋をしてるんだぞ。


これが、浴場の床に反響して、コーラス会場のように響き渡っている。
もう爆発ものである。
もしかして、武は自分のいない時、他の誰かにこんなことを
触れ回っているのかと思うと恥ずかしくて死にそう。


「タ、タケルちゃん!嘘は言ってないけど絶対変な人に思われるよ~!!」
「今更という気もしますけど」

純夏の背中を手ぬぐいで擦りながら霞は冷静に零した。
霞にしてみれば普段の二人のイチャつきも、今の武の発言も、大した違いは無い。
第三者にしてみればちょっぴり微笑ましく、けっこう鬱陶しいことこの上無い惚気発言。
例外は霞だけで、彼女だけは100%の祝福を示してくれている…はずである。多分…。

「う~。こう、言われっぱなしっていうのはもやもやするよね」
「やめて下さい純夏さん。ここで対抗しても余計恥ずかしくなるだけです」
「だって…!!私だってタケルちゃんのこと好きなのに!!
言われっぱなしってのは嫌だよ! こうなったら私は歌っちゃうぞ!!」
「やめて下さい純夏さん…」


霞はぎりぎりまで止めようとしたのだ。
自分の為でもなく。純夏の為でもなく。武の為でもない。
この噂が広まれば、また恥ずかしい思いをするであろう、大事な甥っ子の為に。



―――1万回と2千回前から愛してる~ッ!!

テンションMAXで歌い始める純夏。
こちらも声がよく響いた。


ああ、始まってしまったと、霞は溜息をついた。
こうなってしまうと、手がつけられない。
武と純夏の愛を阻むものは、例え因果の壁であろうとブチ抜かれる。
なのにこの身に何が出来るであろうか。


「…ごめんなさい。まりもさん」

もう、霞は止めなかった。
どうにでもなーれ。
そう言いたげに、熱唱する姉の石鹸を洗い流すと、
霞は一人湯船へと戻っていった。





――8千回過ぎた頃から…


オカンの意味不明な歌声が聞こえてきた。
とりあえず親父への想いを込めて歌っているようだが…。
オカンは歌は下手ではないが、この歌は歌詞がよく分からんぞ…?
そもそも回って何だよ、回って。
何が八千回過ぎたんだよ。


「何の回数だってんだよ、なぁ?親父」


そう思って親父に同意を求めると、親父は…

…泣いている!?


「うう、純夏……。分かるぞ、お前が毎周、どんな気持ちで俺を
待ち続けてきたかがありありと分かるぞ…。
本当に待たせたんだなぁ…。
ああ、もう20年も昔のことなのになぁ…。
あの時の事はまだ、俺達の中から消えちゃいないんだなぁ……」


…もう付いていけない。
親父とオカンの絆の強さは分かってるけど、二人の絆が強過ぎる分、
他の人は置いてけぼり感が物凄いのだ。

それに歌とは、その時間を共有した人同士でなければ伝わらない部分もある。
俺に付いていけないこの歌に、親父とオカンを結ぶ何かがあるのだろう。
だが俺にそれが分かるはずも無い。

俺はこのおっさんとおばさんを放って、一人で上がる決意をした。
気が済むまでやってろよ。





「お待たせしました」
「いや、待たせてるのはあの二人だろう」

受付の前で合流した俺と霞姉は一緒にラムネを買って飲んだ。

ちらり、と霞姉の方を見る。

浴衣から露出した肌は、白の上にほのかに赤みがかかってて、
上がる湯気が色香を演出し、そこにカラリとビーダマの涼しい音が
被さると……もう、最高。と言うしかない。
エロい、エロいよ霞姉。


(…って、ダメだ!!あーもう、今日は本当に霞姉のことしか考えてねぇ…!!
どうしちまったんだよ、俺!!ただのスケベ野郎になっちまったのか!?)

頭をかきむしる俺。
そんな俺に霞姉は優しく言った。

「それは、まりもさんの年齢の男性の誰もが体験することです。
恥ずかしいことではありません。スケベな事を考えるようになっても、
ただのスケベ野郎になった訳ではありません。仕方が無いことなんです」
「ありがとう……けどなんか、霞姉にそういう言葉使われるのやだなぁ」

何かイメージに合わないというか。
霞姉にはもう少し上品な言葉遣いが似合うと思うんだけど。


「とりあえず、恥ずかしがる必要はないってこと?」
「恥ずかしいのはお風呂の中で叫んだり歌ったりしている方々かと」

それは同感。まぁ、こういう件で学校でいろいろ言われるのは俺なんだけど。

「気苦労お察しします」
「ありがとう、霞姉…」

優しい霞姉の気遣いに俺は頭を下げた。



「けどこんなんじゃ、今日の商売上がったりなんじゃないかなぁ」

お風呂場からあんな歌が聞こえてきたんじゃ、客も来ないんじゃないか?
店の人に悪いことしたなぁ、と思った。



その時である。

俺の予想に反してぞろぞろぞろと、暖簾を潜る数多のお客の姿が視界に入ったのは。
無言だが、霞姉も面食らっているようだった。

「え!?」

「おや、白銀の坊ちゃん。久しぶりだね」
「お、まりも君じゃないか。霞ちゃんも一緒かい」


皆俺達に挨拶をしては、戸を開けて中へと入っていくお客さん。
その数、二組や三組じゃない。
中には、俺達にもう一度入らないかと誘ってくる人もいる。


「…なぁ、何でオカンが歌い始めた途端お客の入りが増えだしたんだ?」
「分かりません。が、何やら様子がおかしいです」

耳を澄ませると、オカンだけじゃなくて、親父の歌声も聞こえてきた。
ついでに中に入ったお客さん達の声まで聞こえてきた。
歌も、恋愛とか関係無い、ちょいレトロな皆で盛り上がれる感じの
曲に変わって、大合唱が巻き起こってる。



「あっ!!」


俺は思い出した。
まだこの町が荒野に、粗末な家しか建ってなかった頃。
皆が必死で町を再興しようと歯を食いしばっていた10年前。

辛いことがある度に、大人達は皆で歌ってた。
何時かはこの町を人が安心して住める日にしようと、互いを励まし合って。
その音頭を取ってたのは、他ならぬオカンではなかったか。


そして、風呂。
銭湯がまだ庶民の風呂だった時、そこは何と呼ばれていたか。

――まりもちゃん知ってる? 銭湯はね、浮世の社交場っていうんだよっ!

辛いことがあった時は、誰でもいい。
隣にいる人と背中を流し合う。
同じ、町の復興に取り組んでいる仲間なんだから気兼ねする必要は無い。
そこは文字通り、裸のお付き合いで親睦を深める場だった。



「あの時代の再現なんだ!」


当時、銭湯で歌うことなんかなかったけど。
歌で自分達を元気付けた人々と、銭湯で汗を流した人々は、同じ。
それは10年経ってこの町がすっかり近代ナイズされた後も同じ。
新柊町に住んでる人は変わらないんだから。

今回はそれが融合したケース?
オカンの繕わない歌声が懐かしくなって、我も我もと集まってるんだな。
それは、何故か。
何故このタイミングでこんな現象が…。


「白銀さんが、帰ってきたから…?」
「それだ、霞姉!!」



新柊町の復興は一見とっくに終わってる。
しかし、まだ完全に完成しちゃいなかった。
数日前までは、親父が帰って来ていなかったのだ。

町は、人がいて初めて町たり得る。

故郷の英雄で、復興の音頭を取ってたオカンの夫である親父が帰って来ないことには、
町が本当に元に戻ったことにはならないと、町の人々は判断してたんじゃないか?
親父が火星を征服して帰って来るのを待ってたのは、この町でオカンだけじゃないはずだ。
火星のBETAを倒して、親父が帰って来て、
ようやくこの町の人々は呪縛から解き放たれたという実感を持ったのではないだろうか。

夫婦の景気の良い歌声が聞こえてきたし…。
こうなりゃ全員でお帰りパーティとかそういうノリかっ!!


その答えは、浴場の方から聞こえてきた誰かの声で明らかになった。



――それじゃあ、故郷の英雄、白銀武少将の凱旋を祝して、万歳三唱ーっ!!

――”バンザーイッ!!”


――いやあ、この感じ懐かしいなぁ

――祝いだ祝い、酒頼め、酒!!

――まさかBETAが駆逐される日が来るとはなぁ…!!

――いやあ、皆で頑張った甲斐あったねぇ


がやがやがやがやがやがやがや。


壁を挟んだ夫婦の場は、いつの間にかご町内の寄り合い所となっていた。
笑い声の耐えぬ場には、次から次へと町民が集まる。
手拍子と歌の止まぬ馬鹿騒ぎの中核には、親父とオカンの声がある。


「親父とオカンって、あれでけっこうカリスマ性あるんだよなぁ」

なんか、この銭湯から感じる気持ちの色?…すげー明るい。表現し辛いんだけど。
そう言うと霞姉も笑って頷いた。


「まりもさんも混ざりますか?」
「俺は明日学校あるんで、早めに帰って宿題して寝るよ。
ここにいたら何時間でも拘束されそうだし」
「分かりました。では先に行きましょうか」


番台のおばあちゃんに先に帰るという言伝を頼み、俺と霞姉は家路に着いた。
湯で火照っていた身体はすっかり冷めてしまったが、
春なんで風邪引くことはないだろう。





家と、横浜基地への分かれ道に出る。
霞姉とは今夜はここまでだ。

「…なあ、霞姉にちょっと聞きたいんだけど」
「何ですか?」

俺は霞姉に、今日風呂で親父に言われたことを言った。


「霞姉は…恋とかしないのか?した方がいいって、親父は言うんだけどさ」

親父みたく鈍感じゃない俺は、霞姉に既に想い人がいることを知っている。
けれどそれは絶対に手に入らないものだということも知っているから。
それは多分、初恋の人が手に入らない俺の心境と同じなはずだ。
俺が聞いたのは、そういうことだった。


「しますよ。今もしていますが…。新しい恋も、探しています」

霞姉はあっさりそう言った。


「マジで!?」
「お見合い写真、見ますか?基地の中にありますけど」
「いや、それはいいんだけど…」

意外だった。
世間知らずな霞姉だから、ずっと親父一托だと思ってた。
流石に若作りしてても、30云歳だとそろそろ危機感を抱いているのかな。
もう恋する乙女じゃいられないもんな。


「…今、とても失礼なことを考えましたね」
「げっ!か、考えてないよ!!」
「まりもさんはひどい上に嘘つきです」
「霞姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


ぷん、と拗ねる霞姉。
例えそれが俺をちょっとからかう為のお茶目だと分かっていても、
本気で狼狽してしまう。

「冗談です」

そんな俺にくるりともう一度向けられた表情は、いつもの優しい霞姉だった。
その表情を見て、俺は初めて安堵出来る。


「まりもさん、お互い頑張って、良い人を探しましょう」
「あ、ああ。そうだな」

俺は霞姉から卒業しなきゃなんないし。
霞姉だって、親父から卒業しなきゃなんないはずだ。
霞姉がこういうこというのは、自ら範を示して俺に言い聞かせる為なのかな。


「という訳で競争です」
「ああ…!!言っとくが負けねーぞ、霞姉!!」
「ええ。私も負けるつもりはありません」


交わす笑みは互いへの誓いであると同時に、自分への誓い。
「またね」と握手を交わすと、俺は霞姉と別れた。



今日は多分、親父とオカンは遅くなる。
ひょっとしたら銭湯での馬鹿騒ぎを切り上げた後、
どっかの飲み屋ででかい宴会になるかも知れない。
っていうか、絶対そうなる。

俺はスーパーで俺の食う分だけ買って、食って寝よう。


(彼女がいたら、こういう時ご飯作ってくれるのかな)


――まりも君っ、今日はまりも君の好きなものばかり作ったよっ♪
…なんて言ってくれる乙女を想像する。

うーん、いいかも。
美女なら尚いいかも。
鍛錬が終わった時にタオル持ってきてくれて

――まりも君、お疲れ様っ♪
…なんて言ってくれると最高かも。


「彼女か…。恋かぁ………。よし、作るぞ、彼女ッ!!
その娘を守るためなら、俺はもっと強くなれるんだろッ!!」


俺は握った拳を星空に掲げ、誓いを立てた。




まぁ、そんな簡単に理想の彼女が出来るはずもなく、
結局俺は2年後の18歳の春を待たねばならなかった訳だが。
それはまた別の話。








マブラヴオルタネイティヴ短編SS 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝②
====いっしょにおふろ!!====
~完~






あとがき

銭湯って狭い町内だと見知った顔ばかりで楽しいですよね。
近頃行ってませんが、行きたくなったのでネタにしてみました。
それでは。




登場人物



・白銀まりも(オリキャラ)

彼女いない暦=年齢な16歳。
父親の恋愛原子核は遺伝しなかったのか、それとも
まだ発動していないだけなのかは不明。
父親の覚醒は18歳の頃なので、彼もこれからの可能性がある。

思春期なので、親父超え以外にも色々抱え込みたい年頃。
特に異性に関しては。



・白銀武&純夏

まりもの両親。
鴛鴦夫婦で、町の人気者。
彼らのいる所に人は集まる。
二人ともカリスマ持ち。


・社霞

未婚という設定が出来たので苗字変わらず。

銭湯好きという設定も追加。
銭湯は誰もがリラックスしているので、
リーディング持ちの彼女にも優しい場所らしい。
もう基地のシャワーじゃ満足出来ない体になったとか。
文化としてのお風呂をこよなく愛するようになってしまった。



・平慎太郎(オリキャラ)

今回は名前だけ登場なまりもの親友。
彼女がいるという設定になった。

彼女の月詠さんは真那の親戚筋の娘(15歳)という設定。
本編の真那を、そのまま15歳に退行させた感じをイメージ。
名前は考えてない。


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