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No.20854の一覧
[0] 【短編】鴛鴦夫婦が産まれた日[しゃれこうべ](2010/08/06 19:32)
[1] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝 おとうさんといっしょ!![しゃれこうべ](2010/10/07 07:29)
[2] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝② いっしょにおふろ!![しゃれこうべ](2010/10/03 03:00)
[3] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝③ いっしょにおるすばん!![しゃれこうべ](2010/10/07 11:28)
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[20854] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝 おとうさんといっしょ!!
Name: しゃれこうべ◆d75dae92 ID:d72ed1d6 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/07 07:29
2024年4月1日月曜日。新横浜市、新柊町。


麗らかな春の日差しの中を、俺は空っぽの学生鞄を片手にぶらついていた。

目に映る風景は、見慣れた何時もの光景だ。
今日もこの町は平穏そのものと言って良い。


――踏みなれたアスファルトの道。

――公園から聞こえてくる子供達の声。

――閑静な住宅地。

――町中に植えられた桜の木。


何処の町にでもありそうな、一見何の変哲の無い町の風景。
しかしこうやって町を歩く度に、俺は人の想いの力というものを
実感せざるを得ない。

『人の精神力は無限である』…なんてことは流石に思っちゃいない。
囚われのお姫様が想いの力で白馬の王子様を呼び寄せて、
そのまま二人で世界を救っちゃう、なんてマジカルな奇跡は起こりえない。

けれど人の意思が世界に及ぼす影響というものは、
やはり大きいのではないだろうか。


何しろ、ここは俺が物心ついた頃には荒野だった。

旧横浜市がBETAとかいう宇宙人に占領された上に
アメリカの新兵器で焼かれたのは、親父とオカンがまだ中学生の時。
俺が生まれた頃にはもう地球はBETAの占領下ではなくなってたのに。
ほんの13年ほど前までこの土地はほったらかしにされて、
瓦礫の転がる茶色い大地がパノラマいっぱいに広がっていたのだ。
壊れた戦術機に潰された瓦礫が、オカンの実家と聞かされた時は驚いた。


――ここはお母さんとお父さんの故郷だからね。
 お父さんが帰ってこられるようににないといけないでしょ?

そう言ったオカン達は、徐々にここを町へと戻していった。
偉い学者先生や政治家の人と毎日遅くまで会議を重ねて頑張る姿は
未だ俺の心に焼きついて離れない。

少しずつ少しずつ頑張った皆のお陰で、最初はバラックしか無かった町には
徐々に人と物が集まり、10年かけて賑やかさを取り戻していった。

あの時頑張ったひとりひとりの想いの力が、今の俺達の生活を
支えてくれている。


――そうだね。でも、お母さん達だけの力じゃないんだよ。
 それを忘れて欲しくないから、皆でたくさん桜の木を植えたんだよ。

オカンはそう言った。
町中に植えられた桜の木は、町の大人たちにとって聖なる植物だ。

この町に昔住んでいた人。
この町をBETAから守ろうとした人。
この町を必死で取り戻そうとした人。

桜の木は、亡くなった人々の魂が宿る、この町の神様なのだという。

本当に大勢の人々の犠牲があって、その想いは受け継がれていく。
人の想いの力のなんと大きく、強いことだろうか。
そう解釈すると、『精神力は無限』というのは間違いでないかもしれない。



…さて、どうして俺が始業式を終えた後も家に真っ直ぐ帰らず、
こんなことをぶつくさ呟きながら町をぶらついているのかと言えば。



「今日帰ってくる親父さんに会いたくなくて現実逃避してるだけだろ。
いい加減現実受け入れろよ、まりもちゃん」
「うっせーよ、シンタロー」

隣を行く男の名は平慎太郎。
向かいの家に住んでいる、同い年の幼馴染だ。
長く付き合ってるだけあって、俺の考えていることをいちいち当ててくる。

――うんうん。それが幼馴染の楽しいところだよね!

なんてオカンはのたまってくれるが、あんたらみたいなバカップルと
一緒にしないで貰いたい。こっちは男友達なんですよ。



「なんで嫌がってんだよ。お前親父さんのこと好きだろ?」

いちいち図星を突いてくるのが鬱陶しい。

ああ、そうだよ。
俺は親父を誰よりも尊敬している。
俺の親父、白銀武は人類の英雄。
戦術機軌道の概念を覆したという天才。
地球と月面のハイヴを誰よりも多く攻略した最高の戦術機乗り。
衛士を引退してからは火星戦役に司令官として参加。
そしてつい数ヶ月前、火星を完全に征服してしまった。
昨日地球に戻ってきて、帝都で凱旋パレードに参加したはずだ。
男として、こんなすげー親父を、尊敬してないわけないだろが!

けど、俺は周囲から『英雄の息子』として扱われるのが嫌で、
人前では悪口を言ったりして仲悪い風を装っていたんだが…
やっぱこいつにはバレているのか。やりにくいことこの上無い。


「お前に俺の気持ちは分かんねえよ」
「なんだよ。まだ名前のことで恨んでるのか?まりもちゃん」

白銀まりも。自己紹介が遅れたが、これが俺の名前である。
確かに、どうしてこんな名前にしたのかと両親を恨んだこともある。
親父もオカンも本当に尊敬しているのだが、俺が学校でいじめられる
原因を作ってくれたのも、また両親なのだ。

家庭内でしか通用しない変な略語を刷り込まれたり、
合成シメジを天然マツタケと思い込まされたり、
こんな女みたいな名前をくれたり。

小学生ってのはしょうもないことで大騒ぎしてイジメの材料にしちまうので、
こういった細々したことで何度揶揄されたか。
まぁしかし、その都度フォローを入れてくれる友人に恵まれたのは幸いだろう。
「女の名前だと思ったら…なんだ男か」とからかってきたクラスメートの
山丘君と殴り合いになりかけた時、仲裁に入った慎太郎君は見事に仲を取り持ってくれた。
お陰で山丘君と仲良くなった俺は、彼の実家の高級料亭で
念願の天然マツタケをご馳走になれたのだ。…まぁこれは余談であるが。


「うちの親父も言ってたぞ?
お前の名前は優しさと厳しさを併せ持った良い名前だって」

慎太郎の親父さんも昔は衛士だったと聞いている。
慎太郎の親父さんと俺の親父が初めて会ったのはこの町のお向かいさんに
なってかららしいが、人の縁とは奇妙なもので、
実は同じ部隊の先輩後輩の関係だったりする。

慎太郎の親父さんは99年の横浜奪還戦に参加して負傷、引退したらしいが、
その2年後に同じ部隊に入ったのが、俺の親父なんだとか。
まりもというのはその部隊に関係する人間にとっては恩人の名前らしい。

だから親父の同期のおばさん連中にも、この名前は非常に受けが良い。
そう考えると、名前の件で両親を恨めない。
いろいろな人の願いが篭められて付けられた名前だろうから…。


「別に、名前のことで恨んでるとかそんなんじゃねーよ。
けど色々あるんだよ。お前には分からねぇ」
「ふーん」

その話題はそこで打ち切りとなり、桜吹雪の舞う町内を、
特に目的も無くぶらぶらぶらぶら。
しかし3時間ほど過ぎた頃、辛抱強く付き合ってくれた我が友は
とうとう痺れを切らした。

「さて。俺そろそろ行くわ」

そう言うと家と反対方向に歩き始めた。


「何処行くんだよ?」
「本屋。俺、高校出たら士官学校に入ろうと思ってるからさ」
「ええっ!?」

驚いた。
まだ2年生が始まったばかりだというのに、もう進路決めてるのか。


「俺の親父は、お前の親父さんみたいなすげぇ英雄じゃないけどさ。
それでもこの町を取り返す為に、頑張ったと思うんだよ…」

こいつの家に遊びに行った時に見た、古い写真を思い出す。
若い男女が四人写っている写真。
親父さんと、親父さんの親友だったという男と、女の人が二人。
時期の違いはあるが、親父さん以外の三人は全員横浜で死んでいるらしい。
慎太郎の親父さんは、戦えなくなった身体で、友人達が死んでいくのを
黙ってみているしか出来なかったことを悔しそうに語っていた。


「だったら、俺が親父達の分まで頑張らなきゃと思ってさ。
火星まではお前の親父さんがやっつけてくれたけど、まだまだ
宇宙はBETAで溢れてるって言うじゃないか。
この町が二度と焼かれないように頑張らなきゃ…って、
かっこつけ過ぎだな、こりゃ」

それまで真面目に喋っていた慎太郎の顔が少し緩むと、
「俺らしくもない」と溢し、足を向けた方向へと去っていく。

「じゃな」
「ああ」


短い挨拶を交わして別れる。

――かっこつけ過ぎなんじゃねぇ。お前はかっこいいよ。

去り行く幼馴染を心の中でだけそう褒めてやった。


(…そっか。あいつが分かってなかったんじゃない。
あいつが向き合えていたことに、俺が向き合えていなかっただけなんだ)

その時、将来あいつとは背中を預ける関係になるかもしれないと思った。


「さて、俺も帰るかな!」

長い寄り道を終え、俺も帰路についた。





マブラヴオルタネイティヴ短編SS 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝
===おとうさんといっしょ!!===





家の傍まで来た時、親父が帰っていることはすぐに分かった。
ガレージ車があったから…等というチャチな理由じゃない。
家が視界に入る遥か前より、俺にはそれが察知できた。


――タッケルちゃ~~ん!!トンカツ揚がったよぉ~~!!


能天気で馬鹿っぽい大声が、家の方角から聞こえてきたのである。



――おお、美味そうだな。今日は醤油にしようぜ!!

――えっ…?順番じゃ今日はソースだよ?

――いいじゃねぇか。主役は俺なんだろ?

――うーん…

――あんまり戦場帰りの俺をイライラさせない方がいいぜ?
 さもないと…

――さもないと?

――飯を食う前に純夏を喰っちまうぞ~~~~っ!!

――きゃはぁん♪ タケルちゃんのえっち~~!!




死 ね ! !

真昼間から何やってんだあの二人!!

ご近所さんに丸聞こえじゃねーかッ!!

あんたらが平気でも俺が困るんだよッ!!

分かるか!?

このクスクスクスって周囲から聞こえる声、全部俺に向けられてるんですよ!?

クラスでもなんやかんや言われるし!!

もう40超えてるって自覚、いい加減持ってよ!!



「あんのアホ親~~~~ッ!!」


アスファルトを蹴る。
Bダッシュという親父流の疾走法だ。

ダダダダダダダダッ。駆けて、駆けて、駆ける。

家の前に到着する。
 
門を通る。

勢い良くドアを開ける。



「親父ッ!!オカンッ!!」

靴を脱ぎ、鞄を放り投げ、声の方へ…台所へ急ぐ。


――ちょ、ちょっと!まだお日様も高いよぉ~!!

――飯の前にこんなメロンを2つも用意するお前が悪いッ!

――やだぁ…あっ、あっ、あんっ♪らめぇ~♪


「何やってんだッ!!」

がらがらがら。
俺は台所のドアを空け、勢い良く飛び込んだッ。


「あ、おかえりまりもちゃん」
「おう、おかえりまりも」

服を肌蹴させたまましれっと挨拶する鴛鴦夫婦。
こんな行為から生まれたと思うと自分の身が、少し恥ずかしい。
俺は二人に怒鳴り散らした。

「何してんだよ、こんな昼間っから!!ご近所さんに丸聞こえじゃねーか!!」
「…」


オカンは神妙そうな顔をすると親父から距離を取って、俯いた。

「ごめんね、まりもちゃん…」
「オカン…」

その時俺は、少し言い過ぎたと思った。

そうだ。
オカンは俺を産んでからの10数年、ほとんど親父とは会ってない。
月や火星といった遠い場所に行った親父を、何時失うか分からない恐怖に
ずっと怯えていたんだ。
けれどその感情を必死に隠して、今日の日まで強い母として、
町の復興を頑張りながら、俺を育ててきてくれたんじゃないか。

漸く、大事な親父が火星の戦いを終えて帰ってきた。
それを喜ぶのに、喜びすぎるというものはない。
野暮なこと、しちまったな…。


「いや…。その、謝ることじゃねぇよ…。
オカンだって今日まで頑張ってきたんだしさ。喜ぶのは当然だよ。
けど、ちょっと昼間は自重して欲しいかな、なんて…」

少し気まずそうにそういう俺。
しかしその俺に返ってきたのは、予想外の言葉だった。


「ごめんね、まりもちゃん。
本当はまりもちゃんが一番最初に、お父さんに甘えたかったんだよね?」

……は?

「まりもちゃんはお父さんが大好きだもんね。
でもごめんね。お父さんはお母さんが大好きだから……。
お帰りって抱きしめて欲しいって言って、聞いてくれないの。
こんなお父さんでごめんね」

……はい?
何を言ってるんだ、この人は?

リアクションに困って親父を見ると、親父も神妙そうに謝った。

「すまん、まりも。お前は母さんっ子だから、母さんに甘えたかったんだろ?
けど母さんは父さんのことが大好きだからな……。
父さんにただいまのキスをしてくれしてくれって、聞いてくれなくてな。
こんな母さんでごめんな」

こっちも訳が分からない。
俺は無言で立ち尽くすしかなかった。
そんな俺を尻目に、二人は怒鳴りあいを始めやがった。


「なんだよ~!お帰りって抱きついて欲しいって言ったの、タケルちゃんじゃんかーっ!!」
「ただいまのキスが欲しいって言ったのは純夏だろ!!」
「えーっ!嘘だ嘘だ嘘だ!!何時、そんなこと言ったのさ!!」
「こうして欲しいって言っただろ!?」

ちゅっ、ちゅっ☆

「きゃはん♪やだぁ、いきなり2連発なんて反則だよぅ~」
「ははは、照れた純夏も可愛いなぁ♪」


「………」

殴っていいですか!?
人の話全然聞いてないよこの人たち!!
一人ずつだとけっこう落ち着いてるのに、なんで二人揃うとこうなんだよ!!
以前霞姉も「あのお二人なんで、しょうがないです」って呆れてたよ!!
それでいいのかよ!!
親だろうが英雄だろうが、殴る時は殴るぞ!!

俺が下で握った拳が、ふるふると震え始めた。


「…さて。冗談はさて置き、飯だ飯」
「そうだね。まりもちゃん、お手手洗っておいで」

そういうとあっさり距離を置き衣服を整え始める馬鹿夫婦。
親父は食卓へ。オカンは料理を並べ始めた。
お陰で俺は、振り上げた拳を何処へもやることが出来なくなってしまった。

俺の怒りが頂点に達しようとする時、あっさりそれを流してしまうのは
狙っているのだろうか?天然なのだろうか?

ともかく俺は水道の蛇口をひねって、怒りに燃える拳を水で冷やす他無かった。
とても尊敬しているはずなのに。
付き合っているととても疲れて思わず溜息が漏れるのが、うちの両親なのである…。





俺が始業式帰りに現実逃避をしたくなった理由。
それを思い出したのは、久々に一家揃って昼食を取り始めた時だった。

四角いテーブルに椅子4つ。
親父とオカンが並んで座り、親父の向かいに俺が座る。
霞姉が来た時は俺の隣の席も埋まるのだが、今日は空いている。
俺は向かいに座る親父を見て思った。


(……また、でかくなってやがる)


これだから会いたくなかった。
向かいでオカンに「はい、あーん♪」とご飯を食べさせてもらっている
間抜け面のおっさんの秘められた凄さが、俺には分かるのだ。
親父と最後に会ったのは親父が火星に出立する前だったが、
あの頃に比べて親父は格段に強くなっている。

体力は30代のピーク時に比べれば落ちているのに、その存在感と言うか、
人間の器……そう言った意味での大きさが、圧倒的なまでに大きくなっている。
また、相当の修羅場を潜ってきたに違いない。

産まれた時から感じていた強大な親父の存在感は、親父が家を空ける度に大きくなって、
とっくに俺の手が届きそうにないところにまで行ってしまっている。
はっきり言って、どれだけ年齢を重ねても親父に追いつける予感がしない。


オカン。霞姉。冥夜おばさん。千鶴おばさん。美琴おばさん。お慧おばさん。壬姫おばさん。
幼少の時から色々な人に聞かされた親父の武勇伝は、俺にとって最高の英雄譚だった。
親父はいつも俺にとってはヒーローであり、親父のようになりたいと思い続けた。

幼い頃から冥夜おばさんや真那おばさん、お慧おばさんに稽古をつけて貰って来たのは、
一刻も早く親父に追いつきたかったからだ。
親父は18歳で訓練学校に入った時点で、既に体力も知力も技術もズバ抜けていて、
XM3なんていう、戦術機戦闘の歴史を変える程のOSまで発案している。

俺はもう16歳だ。
昔から剣術を続けてるだけあって、体力と剣術と体術にはそこそこ自信が出てきたけど、
今から2年で狙撃や銃の勉強、果てはOSの研究なんて、出来る自信は無い。
俺だって、5歳の頃から、出来るだけのことはやってきたつもりなのに。

その親父への劣等感を、帰って来る親父と出会う度に、感じてしまう…。


「…くそっ!!」

「どうした、まりも?」
「まりもちゃん?」

不思議な物を見るような目で、毒づく俺を見る両親。
俺は一気に飯をかっこむと、立てかけてあった木刀二振りを取って、片方を親父に渡した。


「親父…!!」
「おっ、やるか。ちょっと待ってろよ」

親父も飯をさっさとたいらげると、そのままオカンにキスした。

「ちょっと、土手でまりもと遊んで来るな」
「いってらっしゃい。二人とも車に気をつけてね」
「遊びじゃねぇよ!!真剣勝負だよ!!」
「分かった分かった。じゃあ土手まで競争なっ!」
「待て、親父!!」




「いってらっしゃ~い」と手を振るオカンに見送られ、男二人は町はずれの土手まで走った。
そして到着するや否や、たちまち周囲にギャラリーが沸いた。

「おい、白銀少将だぞ…!!」
「閣下だ!!」
「お、白銀親子の決闘か!」
「まりも兄ちゃんだ、頑張れー!!」

親父が有名人なのは言わずもがな。
そして俺も一応、剣術の世界ではちょこっと名を知られ始めている。
不本意ではあるが、白銀少将の息子で、将軍家の縁者を師と仰ぐと来れば話題性もある。

俺は器用な人間じゃないから、一気に全ての面で親父を抜くことは出来ねぇ。
だからまずは、剣術で親父を抜く…!!
訓練学校に入った時点で冥夜おばさんを圧倒したというこの大物の剣を、まずは超える!!


「行くぜぇ、親父!!」
「よし、来い!!」

俺達は互いに木刀を中段に構えた。



「む…」

行くぜ、と威勢よく言った割にはなかなか踏み出せない俺。
じりじりとにじり寄る毎に、親父からかかる重圧は重くなる。
相手はただ中段に構えているだけなのに。
体力的にはピークを過ぎているおっさんなのに。

抗いようの無い遥か高みから見下ろされているようなプレッシャーに、脂汗が垂れた。


(く…くそっ、バケモンかよッ!!)


昼飯時に感じたのは所詮、平時のオーラ。
こうして真剣に相対した時、あの強大なオーラが全て、俺の心を抉る槍となって
突き刺さってくる。


(ぐっ…!!これ以上足が動かねぇ…!!)


強い剣士、と言う意味では冥夜おばさんや真那おばさんも最強クラスの使い手だ。
恐らく技量や才能では、親父はあの二人に及ばない。
けれど場を支配する存在感が、親父の場合圧倒的。
最強の剣士ですら放ち得無いこれほどの気迫…一体何年戦い続ければ体得できるのだろう?
親父は18の頃から戦い続けているから24年近くBETAと戦ってる計算になるけど、
たった24年でこれほどの気が纏えるものだろうか。

まるで100年か1000年か……そのくらい永く戦い続けているような貫禄を、
感じずにはいられない。


「どうした?まりも。震えてんぞ」
「う、うるさい。これは武者震いだ!!」
「おいおい、こんな遊びで震えてたら試合の時とかどうするんだよ」


(親父に比べたら同学年の対戦相手なんかヘでも無ぇよッ…!!くそっ!!)

そう心の中で叫びながら必死で振るえを押さえ込み…。


「くそっ、食らえ、親父ィィィィィィィィィ!!」


半ば冷静さを失ったままに大地を蹴って、大上段から振り上げた木刀を一気に降ろす。
これでも、親父を倒す為に11年間鍛錬を重ねてきた剣だ。
その切っ先は疾風の如く、親父の額に襲いかかって…!!

ひょい、と避けられた。


「えっ…?」

ふと、間抜けな声が漏れる。
親父は一歩として動いていない。半身になっただけである。
お前の剣は読みきっていると言わんばかりの行動だった。


「何ッ…!?」

標的を失った俺の剣は虚しく空を切り、
同時に横からは、親父の容赦ない一撃が降りかかっていた。

避ける?ご冗談を。そんなの無理だから。



――すみません冥夜おばさん。真那おばさん。俺の剣はまだ未熟なようです。
 
――すみませんお慧おばさん。体術、もっと鍛えます。未熟な俺を許してください。


心の中で師匠たちに詫びる俺。
その瞬間には俺は意識を失って、気がついたら土手に寝かされていた。
親父が川の水で冷やしてくれたタオルが、心地良い。


「親父…」
「すまんすまん。ちょっと強く叩き過ぎたかな」
「いいって。それよりもう一度だ」
「無理すんなよ」
「もう一度ッ!!」


その「もう一度」が何度繰り返されたかは自分でも定かではない。
分かっていることは、何度挑もうと白銀まりもは白銀武に及ばなかったということだ。
親父を超える為に5歳の頃から11年間磨き上げてきた剣は、
この英雄にまるで歯が立たなかったのだ。


夕日に影を落としながら、木刀担いで親子で歩く。

「それにしても強くなったなぁ。これならよっぽどの相手じゃない限り負けないだろう。
剣術の試合があったら見に行きたいな」

俺の肩を軽く叩き、頭をぐりぐりして、成長ぶりを褒めてくれる親父。
しかし親父は分かっていない。
俺は別に、試合の対戦相手に勝ちたい訳じゃない。
言っちゃなんだけど、師匠を超えたいとも思っていない。
俺は一人の男として、アンタを超えたいのだ……!!

恥ずかしくてそんな気持ちを吐露できるはずもなく、俺は無言で、
親父と肩を並べて歩いていた。





意外なことに、この夜親父とオカンが布団でハッスルすることはなかった。
やはり疲れが溜まっていたのか、11時前には親父は寝床に入った。
オカンは何時も通り、この時間は居間で繕い物をしている。
ちなみに、千鶴おばさんから繕い物用に貰ったというぐるぐる眼鏡は、
全然似合っていない。

「オカン、ちょっといいかな」

居間に入った俺を、オカンはきょとんとした目で見ている。


「どうしたの?改まって」
「いや…、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」

俺の気持ちが真剣なのを察してか、オカンは手に持っていた針を針山に差し、
眼鏡と待ち針の刺さった品物を脇に置いて、茶器を持って食卓のテーブルに着いた。
俺はその向かいに座る。
オカンは俺にお茶を淹れてくれた後、「どうしたの」と聞いてきた。


「あのさ。オカンって、親父とは幼馴染なんだよな?」
「そうだよ?」

これは親父とオカンを知ってる人間なら誰もが知ってる情報だ。
俺が住んでいるこの家は、元々隣り合わせに建っていた二人の実家の跡地を、
繋いで1つの家にしたものだ。
元々家が隣同士ということで、幼い頃からずっと一緒に育ったとも聞いている。


「じゃあ、教えてくれよ。16歳の頃、親父が何してたのか」
「えっ……?」

オカンの顔色が変わる。
実はこの質問、白銀武という人間を研究するに当たって非常に重要なテーマなのだ。
結論を言ってしまえば、後世の歴史家すら、その正確な実態に迫れなかった。

親父…白銀武が18歳になってからの証言は記述は、めちゃくちゃ多い。
訓練学校に入ったのが18歳の時で、その頃には既に正規兵並の技量と知識を持っており、
歴代最高の戦術機適正を有し、おまけにXM3を発案した。
衛士任官後は国連軍のエースとして前線で戦い続けた。
その華々しい活躍は、当時の国連軍横浜基地を知る誰もが、雄弁に語る。

では、今の俺と同じ歳の頃の……16歳の頃の親父は何をしていたのだろう?

こうなると、実は一切の証言、記述が存在しない。
俺にはじいさんもばあさんもいない。他の親類縁者も誰もいない。
17歳以下の親父の実像を知る者は、幼馴染であったオカンだけ。
それ以外に手掛かりは何も無く、親父の過去は謎のベールに包まれている。
そのオカンにしても天涯孤独の身で、18歳の頃には極秘作戦に関わっていたというのだから、
同様に全てが謎の人物ということになる。

そう。俺は超がつくほどの不審人物の子供なのだ。
尤も、俺は別に不審人物の謎解きに興味がある訳じゃない。オカンの過去にも興味は無い。


重要なのは、どうして、オヤジが、僅か18歳でそんなタマになれたのかってことである!


冥夜おばさんは、親父は独学で学んだと言っていたが、そんなん嘘に決まってる。
壬姫おばさんは、たけるさんは天才だからと言っていたが、それもない。

息子だから分かるのだが、親父は天才とか鬼才などの類ではない、紛れもない凡人だ。
たった1つの事を飽きるほどに繰り返す中で体得していく、俺と同じタイプの人間。
それには良い師匠と、長い時間が必要になる。

だから気になる。
剣術。狙撃。戦術機の技術と知識。どれをとっても付け焼刃では得られないものなのに、
親父は18歳の頃には全てを体得していた。
一体どのような人生を送ればそのようなことが出来るのか。
親父は18歳の誕生日を迎えるまで、どんな生活をしていたのか。
あの修羅のような覇気を体得していることも合わせて、めちゃくちゃ気になる。


俺は小さい時から、親父に憧れてた。
どうすれば親父のようになれるのかずっと考えて、聞けるだけの情報を集めて、
それを真似て来たつもりだ。おばさん達に弟子入りしたのもその一環だ。
なのに、俺は親父のようになれない。
あと2年で俺は18歳を迎える。
物心ついた時から、必死で親父みたいになれるよう頑張ってきたけど、それでも後2年で、
話に聞く18歳の親父に追いつける気がしない。

俺の人生と親父の人生、何が違うんだ…?
実戦なら、親父だって18歳になるまで経験しなかったのに。
一体、何が……。

その答えが、親父が16歳の時……今の俺と同い年の時に何をしていたのか、その問いの先に
あるような気がしたから。



「どうなんだよ、オカン…!!」
「どうって……聞いてなかった?お母さんは15歳の頃にはお父さんとは生き別れて…」
「嘘だな」
「!!」

オカンはこう見えて、めちゃくちゃ勘の良い人間だ。
超能力者なんじゃないかと疑いたくなる程に、俺の考えていることを当ててくる。

けど、その勘の良さが今回は裏目に出たな。
そのオカンの勘は俺にも少しは受け継がれてるんだよ。
だからなんとなく分かるんだわ、人が嘘ついてるかどうかくらいは。
会話してて分かるんだが、冥夜おばさん達が真実だと教え込まれてることと、
親父やオカンの知っている真実は、大きく違う。それは1つや2つじゃなかった。
何処の誰かさんの手によって、事実が大きく捻じ曲げられて伝えられているのだ。

誰か…と言えば検討はつく。大方、夕呼先生辺りなんだろうな。怖いからつつかないけど。



「…分かるんだね、まりもちゃん」
「まぁな」
「嘘…言ってる訳じゃないんだよ?」
「けど正確じゃない。生き別れたのは本当ぽいけど、何をしてたのか知らないってのは嘘だ」
「………」
「………」

暫く静寂の時が過ぎる。やがて観念したかのように溜息をついて、オカンは口を開いた。


「バルジャーノンだよ」
「はぁ!?」
「お父さんは16歳の頃平凡な学生で、勉強は適当でずっとバルジャーノンしてた。嘘じゃないよ」

確かに、嘘をついてる気配が無い。
しかし。しかしである。それはおかしい。


「ちょっと待てよ。変だろ。バルジャーノンが作られたのは20年前じゃないか!!」


バルジャーノンとは、親父が月面戦役後に結成したプロジェクトチームが開発した、
子供の衛士適正検査を気軽に行う為の簡易シミュレーターである。
全国に設けられた”げーせん”なる施設で、遊びながら適性値を計ることができる。

それが、親父が16歳の頃にあるはずないじゃないか!
そりゃあずっとバルジャーノンしてたんだとしたら、戦術機の名人になってもおかしくないけど、
それが事実ならタイムスリップとか、訳の分からん話に突入してしまう!!
そもそも15歳で生き別れたオカンが16歳の親父を知っているというのも、訳分からん!!
何より腹立たしいのは、俺自身、オカンが嘘を言っていないことを認めなきゃならないことだ!!
俺の勘は確かに、オカンの心の中に、”嘘の色”は無いと言っている…。


「くそーっ、全然分かんねぇ…!!」
「あのねまりもちゃん。その辺色々あったんだけど、とりあえずまりもちゃんが焦る必要は…」
「うっせー!!俺はオヤジを超えるんだ!!その為にはこのままじゃいけないんだよ!!」


くそっ、埒があかねぇ!!


「まりもちゃん、待って…!!」
「畜生ッ!!」

俺は高ぶる感情をどうにもできないまま立ち上がると、オカンの静止も振り切って、
そんまま家を飛び出した。





――うっ…、ううっ……


息子が去った居間に、純夏は一人泣き崩れた。


――あの子の悩みは、自分が一番よく分かっているのに。


けれどどうにも出来ない。
あの子が気付いている通り、武は凡人。
ただ武の場合、鍛錬に使われた時間が無尽蔵だった。
気が遠くなるほどの時間、訓練とBETAとの戦いを繰り返した、白銀武。
記憶を純夏が濾過したとしても、その戦歴は武の身体に本能として刻み込まれている。

同じ凡人で人並みの時間しか持ち得無いまりもが、その域に達するのは無理なのだ。
まりもが武道を習いたいと言い始めた時から、分かっていたことだ。

しかし、母として、「どうせお父さんは超えられないよ」などと言えるはずもない。
父の立つ高みを目指す愛息子にしてやれることは、黙ってその背中を押してやることだけ。
冥夜や真那、彩峰といった旧友達に、手ほどきを頼むくらいしか出来なかった。
絶対に届かないと分かっているのに…、その理由を知らされることを許されない身が恨めしい。

結果、息子は歳を重ねるに連れ、父との差にコンプレックスを抱き、悩むようになった。
それを払拭できないことに、純夏は己が無力さを痛感していた。


「どうしたらいいの、タケルちゃん……!!分からないよぅ……!!」


日頃、純夏は泣くことを許されない。
父のいない家庭を守る母として、強くあらねばならないと、
どのような時も涙を見せずに息子を育ててきた純夏。

しかし愛する夫が帰ってきた反動か。
それともさっきの会話でとうとう関を切ってしまったのか。
ともかく、純夏は泣いたのだ。


「バカ。一人で悩むなよ」
「え………?」

突然の声に振り返ると、そこに愛する夫がいた。


「タケルちゃん…!?」
「純夏…」

武はそのまま背後から優しく純夏を抱きしめる。
純夏は武の胸に顔を埋めると、涙で武のパジャマを濡らした。


「ごめんなさい…!!私、どうしたらいいか…!!親としてダメダメだよ、私…!!」
「純夏はよくやってくれてる。だから泣くな」
「でも…!!」
「こいつは難しい問題だ。まさかあいつにまで無限ループさせる訳にもいかんからなぁ」


武は純夏を離すと、玄関に向かった。
パジャマ姿のままサンダルを履く。

「タケルちゃん!?」
「探し出して、男同士で語り合ってくる。待っててくれ」

頷く純夏と軽い口付けを交わし、武は外へ。純夏は中で見送った。





「分かんねーよ…」
「………」

「俺だって5歳の頃から剣術を習ってたんだ。けど、剣術だけで終わるつもりじゃなかった。
壬姫おばさんに狙撃を習うつもりだったし、戦術機の勉強もするつもりだった。
けど16歳の今かろうじて覚えたのは剣だけで、他の事には手をつけてすらいない。
親父は、18歳の頃には全部マスターしてた…」
「………」

「俺は本当に、親父に及ばないんだな…。霞姉…」
「まりもさんはお父さんとは違います。けれど、まりもさんは頑張っています」


土手では俺が一人いじけてたはずなのに、気がつけば隣に銀色のウサギがいた。

――霞姉(かすみねぇ)。

オカンの義理の妹。
一応俺の叔母さんに当たるんだけど、俺にとっちゃ姉みたいな存在だ。
ぶっちゃけ、初恋の相手だった。小学生の頃だけど。
出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでる良い体つきに、
30代後半という実年齢を感じさせない、張りのある肌と幼い顔立ちは正直そそる。

けっこう神出鬼没な人で、基本的には基地の中で夕呼先生を手伝ってるはずなんだけど、
気がつけば無言で隣にいたりする。

オカン始め、俺の知り合いの大人達はぶっとんでる人たちばっかりだが、
霞姉だけは静かに包み込むような、月の光のような笑顔を向けてくれる貴重な存在。
霞姉がいてくれると、和む。俺のオアシスと言って良い。
霞姉の優しい笑顔を見ていると、愚痴を零している俺の顔が、少しほころんだ。


「ありがとう霞姉…。でも頑張ってるだけじゃ親父には勝てないよ…」
「18歳の時点で比べて勝たなくても良いと思います。
まりもさんは着実に強くなっていますから、このまま伸び続ければ、
いずれはお父さんを超えることは出来ると思います」
「霞姉…」

だから諦めないでください、と微笑む霞姉の顔つきが、とても穏やかで綺麗だ。
月明かりに照らされた銀髪が風に揺らいできらきら光って、女神様みたいだった。

その幻想的な女性に俺は見とれるしかなかった。
これが我が叔母でなければ、押し倒していたかもしれない。
歳の差なんて関係無い。
結ばれることはないけど、間違いなく霞姉は俺にとってサイコーの女だと思う。


「おい、霞に欲情してんじゃないぞ」


そんな野暮は声が投げかけられたのはその直後。


「ぶっ…! お、親父!?」
「な、何を言うんですか白銀さん」
「そいつ霞の事好きだからな。今も襲おうとしてなかったか?」
「襲ってたまるか!!」
「え………」
「何故そこで残念そうにする、霞」


霞姉、ひょっとして俺が小学生の頃言った、
「俺が大きくなったら霞姉と結婚する」って言葉を覚えてる…?
そして、けっこう本気にしてた…? まさかな。うん、あり得ん。



「んな事より親父は何しに来たんだよ!パジャマのままで!!」
「夜の散歩だなぁ。まりもに会えたらいいかな、とは思ってたけど」

嘘だ。
この目は最初から俺を探しに来たことを隠している目だ。
霞姉は何か察したのか、一礼するとそそくさと去ってしまった。
嗚呼、俺の癒しの女神様が…。


「さて、よっこらせ」

霞姉の座っていた俺の隣に親父は腰を下ろした。
昼間決闘した土手で、男二人並ぶ。
先ほどまでのおどけた雰囲気から一転し、シリアス全開な表情になって、
親父は口を開いた。


「まりも。お前が父さんに憧れてくれているのは知ってる。正直嬉しいよ」
「―――!!」

バレてる!?
本当のことだから嘘だとは言わないけど、面と向かって言われると恥ずかしいな!?


「けど、お前に、父さんが歩んだ人生をなぞる事は出来ない。
お前も気付いているだろうが、父さんと母さんの人生は軍事機密の塊だ。
言えない秘密はいっぱいあるし、辛いこともいっぱいあった。
父さんが柄にも合わない能力を、不相応の年齢で手に入れていたのもそのせいだ。
お前はそれをトレースする必要は無いんだよ。
あんな目にお前を遭わせる訳にはいかねぇし。
それに俺に言わせりゃ、5歳の頃から今まで、一本芯の通った生き方してるお前の方が
俺よりずっとすげぇよ。成り行きで生きてた父さんとは比べ物にならない」

さっきの霞姉の話と一緒だ。
俺と親父の人生は違うから、別の形で抜けというのだ。


「俺はMX3を作り、火星まで取り戻した。
けどBETAは太陽系だけでもまだ大勢いる。
俺には火星までしか届かなかった手を、お前は更に伸ばせるんじゃないのか?」

――なんだよ。結局、俺には親父は超えられないって言いたいのかよ。

「まだその時じゃないってことだ。
そりゃ、鍛錬を続けるに越したことはないさ。
けど人間ってのはどうしても、その状況に置かれて初めて得られる能力ってのがある。
俺の場合は、偶然それが18歳の時だった。
お前だってこれから一歩一歩歩んでいけば、相応の試練にぶつかる。
幾つもの試練を越えた先に、俺を超える物を得られるんじゃないか」

――根拠は、何だよ…?

「俺だ。俺だって、18歳の頃は逆上せ上がってた、ただのガキだった。
けど何人もの先輩達や仲間のお陰で、ここまで来れた。
凡人の俺がご大層に英雄なんて呼ばれるようになったんだ。お前だって出来るさ」

――親父

「焦るな。お前はお前に出来ることをやってる。今のまま、進めばいい」


少し考えてから「ああ」、と頷いて、俺達は帰路についた。


「なぁ。親父、何時まで家にいるんだ?」
「1ヶ月くらいはいられるかな。その後は講演やら何やらで世界中を飛び回ることになる」
「その間でいいからさ、学校終わったらまた相手してくれよ」
「いいぞ。剣術だけでいいのか?」
「バルジャーノンも」
「バルジャーノン。やってるのか?」

時々だけど、と頷く俺。
どういう訳か美琴おばさんがやたら上手くて、時間が空いてる時は相手してくれる。
鍛えられたお陰でご町内には敵無しという状況だが、美琴おばさんには一度も勝てない。


「へぇ~…。美琴がバルジャーノンなぁ…」

何かを懐かしむような遠い目で、彼方を眺める親父。
オカンも時々こんな顔をするんだが、こういう時の二人は何を見ているのだろうか?
ふと故郷を想う異邦人のような、そんな仕草に見える。
って、あんたらの故郷はここだろ。新柊町。そんな顔すんなや。


親父は暫く感慨に耽った後で気を取り直すと、
「よし!じゃあ明日の夕方はゲーセン行くか!!」と叫んだ。
「おう!!」と応じる俺。


正直、踏ん切りがついたと言えば嘘になる。
俺が18歳になるまでに18歳の親父を一刻も早く超えたいという野望は、本物だ。
こんな一晩の説得で「はい、そうですか」と言う訳にはいかねぇ。
幾ら親父やオカンや霞姉が無理と言っても、俺は目指したいものを目指すだけだ。

その為には当の親父だって積極的に利用してやるさ。
美琴おばさんに鍛えられたバルジャーノンの腕を、親父との戦いで更に高める…!
18歳になるまでに戦術機適正をぐんと上げてやる。
その後は狙撃と銃の勉強だ。

まだ2年。2年ある。
親父に言われた通り、今出来ることを出来るだけやる。その上で高みを目指す。

俺はまだ諦めねぇぞ…!!



今日まではコンプレックスから、
あえて親父とは仲悪いイメージを周囲に刷り込もうとしていた俺。
しかし次の日から、開き直ったように俺と親父は連日ゲーセンに通った。
負けても負けてもコンティニューし続けた。
日曜など朝から閉店までどっぷりだった。

ゲーセンだけじゃなく、その一ヶ月間、俺は何処に行くにも親父と一緒だった。
お陰で今までのイメージ付けが台無しだ。
カルガモの親子みたい、とはご町内で微笑ましく広がった比喩表現である。


「やっぱり仲いいじゃん」

道端ですれ違った慎太郎が親父に挨拶した後、笑って俺にそう言った。


「べ、別に仲良くねぇ…!!俺は親父を超える為に親父を利用してるだけだ…!!」
「はいはい」

信用してねぇなコイツ!!


…まぁいいさ。
親父と一緒にいられる時間は少ないんだ。
俺は時間の許す限り親父といるぞ。

親父から学び得るものを、全て学び切って、俺は親父を超えてやる…!!



そして意気込みあってか、18歳の衛士訓練学校入りまでには剣術、体術、戦術機運用、
狙撃を、一通りマスターするに至ったりするのだがそれは別の話である。



マブラヴオルタネイティヴ短編SS 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝
おとうさんといっしょ!!
~完~



あとがき

白銀武の娘さんが出てくるSSはちょこちょこ見かけるのに
息子さんが出てくる作品がないので、
息子がいたらどうなるのかと思って書いてみました。




登場人物まとめ


・白銀まりも(オリキャラ)

外伝主人公。16歳。女っぽい名前だが男。
父は白銀武。母は白銀純夏。
偉大な親父を超える為に幼少期から鍛錬を重ねる努力家。
挿しあたっての目標は、知り合いのおばさん達から聞かされている
18歳の頃の白銀武を超えること。
出来るだけのことはしてきたつもりなのに、
後2年で追いつける気がしなくて大いに悩んでいる。

母親譲りのリーディング、プロジェクション能力を持つが、
本人は勘が良い程度にしか考えていない。
任官後はESP能力が完全に覚醒。
鍛え上げた技量にニュー○イプ染みた最強の先読み能力が追加され、
誰も手がつけられない有様に。

異界の常識・非常識が両親によってところどころに刷り込まれており、
時折予期せぬトラブルを巻き起こす。

「シメジ!?これ、天然のマツタケじゃないのかよ!?」



・平慎太郎(オリキャラ)

まりもの幼馴染で親友。16歳。
人の良い男で、まりもが起こす数々のトラブルをフォロー、収拾してくれる。
また本当は親父のことが大好きなのに、素直になれないまりもの心境を常に案じている。
根っからの女房肌である。

99年の明星作戦に参加した元A-01部隊の衛士を父親に持つ。
横浜奪還は成功するも親友を失い、自らも負傷して引退したらしい。
衛士になって、町を取り返そうと頑張った親父の分も頑張ろうと意気込んでいる。

「おいまりも。普通、鍋にソースは入れねぇぞ。っていうか、鍋とコンロは普通、
弁当には持って来ない」



・白銀武

言わずと知れた元戦術機乗り。国連軍少将。42歳。
月面戦役までは戦術機で戦うが、火星戦役後は司令官として前線に赴く。
なかなか家族に会えない生活を送っていたが、火星を征服し終えたので帰ってきた。
『この世界』のバルジャーノンは、彼が月面戦役と火星戦役の間に作った品物。
英雄。救世主。愛妻家。親バカ。
まりもの持つ異界の常識・非常識の出典その1。

「純夏、ちょっとまりもとゲーセン行ってくるな」


・白銀純夏

元決戦兵器の主婦。国連軍退役時の階級は少佐。42歳。
人間に戻ってもリーディング、プロジェクション能力は健在。
月面オリジナルハイヴ戦での諜報活動を最後に前線を退く。
以後の月面戦役と火星戦役を見守りながら、地上でまりもを育てていた。
と同時に、故郷横浜の復興活動を行っていた。
まりもの持つ異界の常識・非常識の出典その2。

「二人とも、あんまり遅くなっちゃダメだよ。夕飯までには帰ってきてね」


・霞

純夏の義妹。まりもの叔母。30代後半。
外見年齢は20代半ばくらいに見えるらしい。
まりもは小学生の頃、霞姉に惚れてしまった。初恋だった。
(今でも惚れてることは惚れている)

普段は香月夕呼副司令の下で助手をしているはずだが、神出鬼没で
突然新柊町に現れることがある。
白銀家の食卓は椅子が4つあるが、まりもの隣は彼女の席である。

濃い知り合いが多い中、場を穏やかな雰囲気に変えてくれる彼女の存在は
まりもにとって貴重であり、まりもは密かに「癒しの女神様」と呼ぶ。

「まりもさん。焦らなくても、一生懸命頑張れば大丈夫ですよ」


・知り合いのおばさん達

武、純夏の古い友人達。
まりもが物心ついた頃には周囲にいた人々。
親父がいなくて寂しいまりもに少なからず元気をくれる素晴らしい人たち。

夕呼先生、冥夜おばさん、千鶴おばさん、壬姫おばさん、慧おばさん、
美琴おばさん、真那おばさんの7名。

霞も含め、誰が誰と結婚してるとか、どういう仕事をしているかは
まったく考え付いていないので苗字すら設定していない。
作者の計画性の低さを露呈していると言えよう。

冥夜おばさんと真那おばさんは、まりもに剣術を教えている。
お慧おばさんは、まりもに体術を教えている。
美琴おばさんは、まりもとバルジャーノンをしている。
壬姫おばさんは、今後まりもに狙撃を教える予定。
千鶴おばさんは、視力が悪くなった純夏に裁縫用のぐるぐる眼鏡をくれた。
夕呼先生は、まりもの名前がつけられた時とても嬉しそうだった。
…というぐらいしか決まっていない。


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