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No.20854の一覧
[0] 【短編】鴛鴦夫婦が産まれた日[しゃれこうべ](2010/08/06 19:32)
[1] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝 おとうさんといっしょ!![しゃれこうべ](2010/10/07 07:29)
[2] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝② いっしょにおふろ!![しゃれこうべ](2010/10/03 03:00)
[3] 『鴛鴦夫婦が産まれた日』外伝③ いっしょにおるすばん!![しゃれこうべ](2010/10/07 11:28)
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[20854] 【短編】鴛鴦夫婦が産まれた日
Name: しゃれこうべ◆d75dae92 ID:d72ed1d6 次を表示する
Date: 2010/08/06 19:32

「ふぁ~~~~~~……」

間抜けな大欠伸と共に彼女は目を覚ました。
手足をうーんと伸ばしながら上体を起こして、寝起きの顔をごしごしこする。


「あー、よく寝たな。っていうか凄い寝た気がするよ。今何時かなぁ」

丁度枕元に時計があったので目をやる。


「えーっと、なんだ、まだ6時じゃん。起床ラッパまでまだ時間があるよ」

よかったよかったと安堵するや、彼女…鑑純夏は、その時計に妙な違和感を覚えた。


「え?2004年2月3日?」

何度もチェックするが、時計は確かにその日付を告げている。


「やだなぁ。今年は2001年…いや、もう2002年になったんだったかな。
とにかく2年以上も狂ってるなんて」

と、正しい日付に戻そうとするが、今日が何月何日なのか把握できない。
ついでに、自分が何時眠りについたのかも思い出せない。

「あれ?」

そこでしばし思考。
こう見えても量子伝導脳は伊達じゃないのだ。
人類英知の粋を結集した、とてもすごいこんぴーたーで、今起こってる現象を
論理的に導き………出せない???


「あれれれ?なんだか考えが纏まらないよ?タケルちゃんが叩くからバカになったかな…」
「お前は元からバカだろ」
「なんだと~!!私に謝れ!!」

反射的なノリツッコミ。
彼が其処に居ることに気がついたのはその直後だった。

「え…!?」

ベッドの隣で、見慣れた、とても愛しい笑顔が純夏を見ていた。



「おはよう、純夏…」

彼は興奮を堪えながらそう言った。
目の中にありったけの涙を溜めながら、まるで純夏が起きたことが奇跡でもあるかのように、
純夏を…そして彼女と再会出来た自分を、祝福している。

「タ、タケルちゃん……!?」

純夏は目の前の事象に、困惑していた。

――何故、彼がここにいるのか。
――何故、私がここにいるのか。
――私は死んだはずではなかったか。
――彼は帰したはずではなかったか。

寝ぼけた頭の中を様々な疑問がぐるぐる回るが、それらは全部次の瞬間に押し流された。


「純夏あああああああああ!!」

純夏の考えが纏まらない内に、白銀武は純夏に飛び掛ると、めいっぱいの愛情を込めて
彼女を抱き締めた。

「え?ええ?えええええ?」

こうなると先ほどまでの疑問よりも、何故武がこんなことをしているのかに、頭が行く。
しかし考えて分かるものでもなく、純夏に出来ることは空気を読んで、
武の背中に黙って手を回すくらいである。

「うああああ……純夏ぁ、純夏ああああ………」

武から溢れ出る涙が純夏のパジャマを濡らして行く。
純夏は黙って、武の想いを受け止めた。


そして数分経過。
ようやく落ち着いた武は純夏を離した。

「ごめんな純夏。お前には何がなんだかよく分からないよな。あんまり嬉しかったからさ…」
「う、うん。タケルちゃんが嬉しいのは私も嬉しいからいいんだけど。一体どういう…」


ロック解除の音がしてドアが開いたのはその時。

今度は、見慣れたドレスっぽい改造軍服を着た一匹のウサギが勢い良く飛び込んできた。
よっぽど急いで来たのか、ひどく息を切らして、据わった目つきで純夏を方を凝視している。
そして目の前の人物が本当に起きていると認識するや、その表情は一気にひしゃげた。

「か、霞ちゃんっ!?」
「純夏さんッ!!」

ドレスの裾を持ち上げ、ダダダダダッと勢い良くダッシュした霞はそのままジャンプ。
靴も脱がずにそのまま純夏の胸元へと飛び込んだ!!
純夏が上体を起こした状態のまま彼女の華奢な身体を受け止めると、
二人はやはり武と同じように抱き合った。

「よかった…!!目が覚めたんですね!!」
「え?う、うん、おはよう霞ちゃん
「うわあああああああああん!!すみかさああああああん!!」

先程までの武同様泣きじゃくる霞。
純夏のパジャマはもうぐちゃぐちゃだ。本人は気にしてないけど。

「よ、よしよし。いい子だから泣かないでね。っていうか背伸びた?タケルちゃんは老けた?」
「老けたは余計だッ!!」
「ぶーっ、本当のことじゃん」
「何をっ!!」


―ぱんぱん。
ドアが開いた際入ってきたのは霞だけではなかった。


「はいはい、病室でそれ以上騒がない」
「香月先生ッ!?」
「おはよう鑑。随分お寝坊さんね」
「はぁ……す、すみません?」

未だ自分の立場が分からない純夏だったが、この雰囲気からなんとなく
自分は周りの人たちに心配かけたんだろうということは想像できたので、とりあえず謝った。
内容までははっきりしないので返事も曖昧ではあったが。

とりあえず落ち着いた霞を床に降ろして、夕呼に問う。

「あのー、先生?これはどういう…」
「おめでとう鑑。あんたはこの瞬間、BETAの捕虜になって生還した唯一の人間から、
BETAの捕虜になって五体満足で生還した唯一の人間になったわ」
「!!??」

それが何を意味するか。
それだけは現状が把握できない純夏にも理解出来た。

「まさかっ!?」

急いでパジャマを脱ぎ、自分の首元を見る。

「!!!」


道理で、一気に思考力が鈍ったはずだ。
無い。
00ユニットの外見上の象徴とも言える、首元のパテーションが無くなっている。


「香月先生!?」
「感謝しなさい。白銀にも。社にも。他の連中にもね」
「…!?」

そこでふと気配がしたのでドアの方を見ると、聞きなれた騒がしい声が廊下から漏れて来ていた。


――ちょっと、押さないでよ!!中じゃまだ白銀達が話している最中でしょう!?
――私は押してない。
――いやあ、純夏さんの手術が成功したって、良かったなあ。
――本当ですねー。
――まったくだ。鑑には桜花作戦での礼を述べさせて貰っておらぬからな。


「皆……!?」
「あいつら、お前が元に戻るのにめちゃくちゃ協力してくれたんだぜ」

この2年で何回ハイヴに突入したか、と言う武。
人類はこの2年で地球中のハイヴを攻略し、その技術をふんだくっていた。


「それじゃあ…!?」
「BETAに人体改造の技術があることは分かっていましたから、それの確保に尽力してくれました。
私と香月博士は、得られた技術から純夏さんの肉体を再現する作業を行いました」

続けざまに武が「そうだぞ。ちゃんと皆にお礼を言えよ」と言おうとした時。


「あ…ああああ………ッ!!」

純夏が急に頭を抱え、苦しみ始めた。


「純夏ッ!?」
「純夏さん!?」
「記憶が蘇ってきているのね」

夕呼の言う通り、2年間のこん睡状態からはっきりしなかった意識と記憶が、
元に戻ろうとしている。
純夏の脳裏に、かつての記憶が鮮明に蘇る。


―武と過ごした平和な十数年が。

―BETAへの恐怖心が。

―愛する者を失った悲しみが。

―ヒトとしての尊厳を失ったあの屈辱が。

―許されざる罪が。

―そして、贖罪の為の戦いが。


「あ、あああ、あああああ……!!」

ベッドの上で純夏は震える。
自分の身体を抱えて、何かに怯えるように小さくなって震える。
恐怖。
自分の罪を知って尚受け入れてもらえるのか分からぬ恐怖感。
拒絶されるのではないかと怯えた瞳で、武と霞と夕呼を見る純夏。

しかし、そんなものは無用だった。
誰よりも重い苦しみを背負って戦った純夏を責める者など、この基地にはいない。



「バカ…」

穏やかな口調で武はそう言うと、優しく純夏を抱きしめる。

「タケルちゃん…!?」
「気にすんなよ。お前は悪くなんかない。むしろお前が世界を救ったんだぞ?
胸張ってりゃいいんだよ。お前には元気な姿が一番似合うんだしさ」
「タケルちゃんッ……!!あ、ありがとおおおおおおお……!!」


その言葉で純夏はどれほど救われただろうか。
今度は純夏が大粒の涙を浮かべて武の胸に顔を埋めた。
そして霞と夕呼の方を見ると、二人にも頭を下げた。

「か、霞ちゃんも香月先生も、ありがとう……!!」


「純夏さんが喜んでくれれば私も嬉しいです」

霞はそう言うと、2年前からは想像もつかない、ニッコリとした笑顔を見せた。


「私は研究の合間の暇潰しで付き合っただけよ。感謝されることじゃないわ」

そう言う夕呼が誰よりも苦心したことは、目の下のクマが物語っていた。
脳髄状態の純夏に手を下したことを後悔してはいないが、
元に戻してあげなければという使命感は本物だった。本人は認めてないが。



「さて、そろそろ他の連中にも会ってあげなさい。面会はまだかまだかって煩くてね」

純夏に断る理由などない。喜んで、会わせて下さいと頭を下げた。

「ただし、連中には00ユニットとか因果の秘密はバラしちゃダメよ。
あの娘達にはあくまで、あんたの持病を治したとしか伝えてないからね」

夕呼が「社」と呼ぶと、霞はてくてくてくとドアまで歩いていって、ロックを解除した。
次の瞬間、霞を押しのけて雪崩れ込む5人の女性達。
すなわちオリジナルハイヴ突入組…旧207B分隊の面々である。

「鑑!!」
「鑑ッ!!」
「鑑…!!」
「鑑さん!!」
「純夏さん!!」

冥夜、千鶴、慧、壬姫、美琴。
『元の世界』でも大切な友人であった、『この世界』の戦友達。
純夏が自分の命と引き換えにしてでも守りたかった大事な人たちは、
全員無事に生還していた。その事実を直に目の当たりにして、純夏はまた涙を浮かべた。

そして真っ先に突っ込んできた冥夜と、熱い抱擁を交わす。

「冥夜ぁ…!!」

ついつい嬉しさの余りそう叫んでしまった純夏だが、言ってから気付いてしまった。
その呼称は『元の世界』のものだと。
『こっちの世界』では皆と知り合って日も浅いまま、桜花作戦を迎えてしまった。
なので向こうは武経由で純夏の人となりを知っているが、直接会話したことは少ない。

――ちょっと馴れ馴れしい奴だと思われちゃったかなぁ…?

不安げに冥夜を見ると、彼女もまた泣いていた。おもいっきりの笑みを浮かべて。


「…え?」
「そなたは……そなたは私を冥夜と呼んでくれるのか!?友として認めてくれるのだな!?」

そう叫ぶと冥夜は抱擁を解いて、今度は熱い握手を交わしてきた。

「いや、すまぬ!!このようなことを確認するまでもなく我らは戦友(とも)だったな!!
許すが良い、これからは私もそなたを純夏と呼ぶぞ!!」
「冥夜…!!」

すると他の4人も「千鶴でいいわ」とか「慧って呼びたい?」とか
「壬姫って呼んでください」とか「美琴って呼んでよー」とか言ってきた。
別に差をつけるつもりは無いのだが、純夏なりにしっくり来るのはやはり『元の世界』の
呼称だったので、千鶴は「榊さん」、慧は「彩峰さん」、壬姫は「壬姫ちゃん」、
美琴は「鎧衣さん」と呼ぶことに決めた。

若干の不満も出たが、最終的に「鑑が呼びやすいならそれで良いか」ということで
決着してくれる辺り、皆話の分かる良い人たちである。
純夏は5人に感謝の意を示し、5人も桜花作戦で純夏に守ってもらったことに感謝した。
そこから交わされる友情、盛り上がる談笑を純夏は心から楽しんでいた。


「よかったな、純夏…」
「よかったですね、純夏さん…」
同い年の女の子同士の会話を邪魔するような無粋な真似は、武も霞もしない。
二人は一歩退いたところで、楽しそうな純夏を見守っていた。





冥夜たち5人が去った後、残されたのは最初の4人。
つまり武、純夏、霞、夕呼。
本当は武だけが残りたかったのだが、他の二人も残ったのは、答え合わせの為である。

まず因果導体でなくなった武が消えていない理由。
次に『向こうの世界』の安否。

いずれも純夏の中に情報が流れ込んできており、それは夕呼の仮説とも一致した。

桜花作戦終了時、武の身体が青白く光った瞬間に並行世界は再構成され、
武を構成していた大勢の武達は元いた世界へと帰っていった。
この武は、武自身が「残りたい」と強く願ったがために、『この世界』の武の因子をベースに
再構成された存在。
記憶は一応引き継いで入るものの、因果量子論的には『この世界の武』で正解らしい。

答え合わせが終わると「それが分かればいいのよ」と夕呼はあっさり退散。
霞も空気を読んで、「ごゆっくり」と病室を出た。


「…意外でした」
「何がよ」
「香月博士は、火星攻略まで純夏さんを00ユニットから解放する気は無いと思っていました」


霞にとって、今回の夕呼の行動はトロピカルジュースに砂糖と蜂蜜を大量に
ぶち込んだものより甘い処置だった。
香月夕呼は必要とあれば親友の死さえ厭わず計画を練る女である。
よもや温い仲間意識に触発されることなどあり得ない。
00ユニットと凄乃皇があるのと無いのとでは今後の対BETA戦略が大きく変わるというのに。
この件に関しては、自分が物凄く甘い判断をしたことを夕呼は認めている。


何故そんなことになったかと言えば、やはりらしくないが「感謝」の気持ち故であった。
純夏が行った人類への貢献で主に記録に残るのは、桜花作戦と後の月面オリジナルハイヴ攻略戦の
2つくらいなのだが、水面下では多大な戦果を挙げている。
BETAの情報を得たこと。白銀武を召喚したこと。そして因果律を捻じ曲げたこと。


夕呼の因果量子論においては、意思の力が世界に及ぼす影響は大きいとされている。
では、この世で最も大きく強い意志と言えば、なんだろうか?

それはやはり世界の意思、大宇宙の摂理…言い換えれば歴史の力と言われるものであろう。
気の遠くなるくらいのサイクルで万物が死と転生を繰り返す大宇宙の歴史の中で、
太陽系の第三惑星なんてド田舎に住むたかが10億にも満たないちっぽけな生命体が
ある日突然息絶えようと、それは不思議でもなんでもない。
歴史上確かに人類は、200X年にBETAによって駆逐されると決まっていたのだ。

しかし純夏はそれを認めなかった。
動機はまったく違うところにあったものの、彼女は確かに宇宙の意思、歴史の力に抗った。
200X年に確かにBETAに滅ぼされた人類を、時間を戻すことで再生させた。
この時点で一度、人類は宇宙の意思から逃げ延びることに成功している。
しかし宇宙の意思は強大だ。
いくら時間を戻しても、正史…「正しい歴史の流れ」をなぞるように、死の運命を運んでくる。
だが彼女は、何度も何度も時間を巻き戻し人類を再生させ続けた。

大宇宙の意思と恋する乙女。2勢力による、時空を超えた綱引き合戦。

無限とも言える回数行われたその戦いは、とうとう大宇宙の意思を敗北せしめる。
武の言う『2度目の世界』において、人類は歴史の流れを屈服させたのだ。
それは人類全員で掴み取った尊い勝利なのだけれど、
その導き手となった勝利の女神が鑑純夏であることは疑いようのない事実である。

因果量子論の科学者として純夏の功績のスゴさを理解しているが故に。
また、純夏の回し続ける世界で人類に突破口を作り上げた白銀武に敬意を表し。
夕呼は純夏を人間に戻し、前線から身を引くことを許したのだ。


「まぁ、たまにはいいでしょ。その分白銀とあんたにはみっちり働いて貰うわよ」
「はい…!!」





夕呼と霞が退散した後、純夏の病室に残されたのは二人だけとなった。


「タケルちゃ…ああっ!?」
「純夏ッ!?」

今度は立って抱きつこうとベッドから起き上がろうとした純夏のバランスが崩れる。
ベッドから落っこちそうなところを武が「大丈夫か」と腕で支え、ベッドに戻す。


「純夏は新しい身体な上に2年間寝てたからな。まともに歩くにはリハビリが必要なんだ」
「そ、そうなんだ…」
「あと気付いてると思うけど」
「うん…」

少し複雑そうな面持ちで頷く純夏。
武の言いたいことは既に分かっている。
純夏は確かに生身の肉体を取り戻すことに成功したが、
00ユニット時代の特性が全て消滅した訳ではないということに。

ハッキング能力は流石に無いが、リーディングとプロジェクションのスキルは
量子伝導脳から生身の脳に意識が戻された際に、丸ごと移ってしまった。


「お前は自分の能力嫌ってたのにな…」

ごめんなと謝る武。
しかし純夏が武に向けたのは、笑顔だった。


「それって…私にはまだ出来ることが残されてるってことだよね!?」
「…!?」


00ユニットでなくなったとは言え、人類最高のESP能力者は言うまでもなく純夏だ。
彼女が月面の前線に出れば、再び人類の対BETA戦略に大いに貢献するだろう。
しかし武はあくまで反対だ。
せっかく生き返った純夏には、後方で自分達を支えて欲しいという思いがある。
しかしその感情を、次の純夏の言葉が吹き飛ばした。


「私も、まだ皆と…ヴァルキリーズとして戦えるんだよね!?」
「純夏……!!」

なんて強い奴なんだ、と武は自らの幼馴染に感銘を受けた。
純夏は忌むべきものと考えている自分の力を、皆の為に役立てようと…
それが大勢の人々の為になると信じて、恐れず使うことを決めたのだ。
その決意の瞳は強く輝いていて、覗き込んでいる武は吸い込まれそうになるくらい、
その光に焦がれていた。


「私頑張るよ。凄乃皇が操れなくてもちゃんと皆の役に立てるように、、
頑張ってリハビリと訓練を重ねるんだ!!」

後の話になるが、純夏は霞との猛特訓によりコンピューターを上手く扱えるようになり、
前線では武の機体の副座に座り、月のBETA情報を整理して夕呼に送り続けた。
子供ができた関係で、純夏の参加は月面オリジナルハイヴ攻略戦に留まったが、
そこで得た莫大なBETA情報は間違いなく人類のその後の戦略を左右したのだった。



「ね?タケルちゃん!!」
「おう、俺も頑張るぞ!一緒に頑張ろうな!!」

そうして3度目の抱擁と熱いキス。
その後武から純夏にプラチナの婚約指輪が手渡され、純夏は喜んでそれを受け取った。


この2004年2月3日。
白銀武と鑑純夏は晴れて婚約者となった。
以後二人は人生のパートナーとして、支えあって生きていく。



…と、ここで幕が降りれば、この物語は綺麗な恋愛談として終わるのだろう。
しかし彼らは、二人の人生のスタートラインに立ったばかりなのである。
まだまだ幕は降りはしない。
二人の人生にはこれからも様々なトラブルが待ち受けているはずなのである。

これは白銀武と鑑純夏という、世界を救った二人の救世主が、その生涯において
体験した大小様々なトラブル……その1つを、取り上げたものである。






マブラヴオルタネイティヴ短編SS
====鴛鴦夫婦が産まれた日====







「タケルちゃん…。さよなら、しよう」



2004年12月31日、横浜基地PX。
全員の注目を浴びる中、コート姿でスーツケースを持った純夏はそう切り出した。
武に手渡される、婚約指輪とサンタウサギ。



「えっ…?」

武の思考が一瞬停止する。


――何を言ってるんだお前は。

――お前は俺の恋人じゃないか。

――俺のこと、好きなんだろ?

――そのお前が俺を…振るっていうのか?

――そんなことが起こるのか?

――起こりえるのか…?

――お前は俺の半身だろ?

――なぁ、純夏……?


「すみ……か……?」

呆然となったまま、武は恋人の女性を見る。
いつも太陽のように笑っているその顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
それを見て、「ああ、本気なんだ」と思った。
しかし不思議と実感が沸かない。
自分が純夏に嫌われるということが実感できない。


――だって、あり得ないことだろ?

――鑑純夏が白銀武を本気で袖にするなんてある訳ない。

――ああ、きっといつかの演技なんだ。


必死でそう自分に言い聞かせる武。
しかし純夏はそんな武の脇を通り抜け、一人駆け出した。


「おい、純夏……」

武は唖然となって彼女の名を呼ぶが、純夏はそのまま走り去っていく。
そこへ来てようやく、武は、自分達が破局の危機を迎えていることを実感した。
急いで自分も踵を返し、必死で名を呼びながら追いかける。

「待てよ、純夏ッ、純夏ッ!!」
「ごめん…ッ!!私もう、タケルちゃんの彼女じゃいられないよッ!!」
「純夏ッ!!」


全力で走るまでも無く、武の体力なら純夏に追いつける。
しかしそれを許さない力が武の腕を掴み、後ろへと引き戻した。


「何するんだ、お前ら!!」

「追ってどうするつもりだ?」
「少しは鑑のこと考えたら?」

冥夜と千鶴は口々にそう言う。
彩峰は武が逃げないようにしっかりホールド。
壬姫と美琴はコメントし辛そうに後ろで見ている。


「どうするって…話をするに決まってるだろう!?いきなりあんな…!!」
「今のあなたに彼女を引き止められるだけのものがあるの?」

千鶴の武を見る目は白い。
いやよく見ると、PXにいる誰もがじと~~っと、武の方を見ていたのだ。


「な…なんだよ。純夏がいきなりあんな風になったのが俺のせいだっていうのかよ」
「心当たりが無いとは言わせん」
「”あれ”はもう、純夏との間で決着をつけて…!!あいつは許してくれた!!」
「………呆れた。これでは純夏が駆け出したくなるのも道理か」

冥夜に合わせて周囲もやれやれとリアクションを取る。
白銀武は完全に孤立していた。



「くそっ、お前らと話してても埒があかねぇッ…!!」

まだ間に合う。
彩峰を振り払い、冥夜と千鶴の追撃をかわして、廊下を疾走する。
小さくなっていた赤毛はみるみる大きくなっていく。
息を切らしたダッシュの甲斐あって、彼女が基地を出る前にその肩を捕まえる
ことができた。

「待てよ、純夏ッ!!お前どこ行くつもりだよ!?」
「どこでもいいでしょ…?」

純夏は顔を向けてくれない。
恐らくまだ泣いているらしく、声は震えていた。


「”あの事”でまだ俺を怒ってるのか!?
あれは俺が悪かった、本当だ!! 
信じられないかもしれないけど今度で最後だ!! 
信じてくれ、純夏!!」
「……分かってないよ」
「え?」
「だからタケルちゃんとは一緒になれないんだよッ!!」


途端に踵を返すと、その手を振り上げる純夏。

(どりるみるきぃぱんちッ!?)

武はとっさに身構えた。
しかしその手で拳が作られることはなく。
振り下ろされた彼女は、その手のひらで武の頬に軽く当たった。


―ぱちん。


どりるみるきぃに比べれば威力など皆無に等しい、弱弱しい一撃。
まったく痛くないはずなのに。
心へのダメージは、どりるみるきぃ100発と比しても、遥かに大きい。

少し赤くなった頬に無意識に手を当てる武。


(ビンタ…?あの、純夏が……?)


またも呆然。
純夏はまだ泣いている。涙を見せまいと顔を俯かせているけど、
泣き声が漏れてるし肩も震えている。
そしてビンタ。
それが何を意味しているのかくらい、武にも分かった。


「ごめんね……。さよならっ…!!」


だから去り行く純夏をそれ以上追うことなど出来なかった。
幼馴染に打つパンチなどとは格が違う…
一人の女性として、一人の男性を拒絶したのだという意思の表れ。


「…………」

武はすごすごと、来た道を戻り始めた。
こうなったらあの人に頼るしかない。

武は基地のエレベーターのボタンを押した。





「先生ッ!!」

”困った時の先生頼み”は最早白銀武の癖であった。
地下19階に降りた武は副司令執務室のドアを開け、夕呼に言い寄る。


「純夏が出て行きましたよ!?止めなくていいんですか!?」

純夏復活から1年弱。
まだ人類は月面オリジナルハイヴを叩く準備が出来ていない。
桜花作戦から2年かけて地球中のハイヴを潰したは良いものの、
人類は保有する戦力の大半を失った。
この1年は人類にとって、月を落とし得る兵力の増強に苦心した年だった。
この間武達は月攻略の戦略を練ったり、専用の訓練を重ねていた。

夕呼は元々純夏をそこに加えるつもりはなかったのだが、本人がやりたいと言うなら
止める理由は無い。
となると対BETA諜報員の彼女は非常に重要なポジションを担ってくるので、
易々と計画から降ろす訳にはいかないはずなのだが。


「いいわよ。私が許可したんだし」
「ええっ!?」
「勘違いしないで。1週間冬休みをあげたのよ。あの娘の仕事は神経使うから、
月の前線に行ったけど頭が疲れててリーディングできませんでしたじゃ済まないの。
誰かさんのせいで余計な負荷かかってるみたいだったし。
東北あたりでゆっくりして、気持ちの整理つけたら戻って来いって言ってあるわ」
「………!!」

そうですか、などと頷ける武ではない。
整理をつけるとはつまり、武との関係に自分なりにケリをつけると言うことだ。
1週間後横浜に戻って来る時は、恋人でも幼馴染でもない、仕事の同僚として
割り切った彼女を見ることになるのだろう。


「そ…そんなこと、許せるかよッ…!!」

他の事ならともかく、白銀武にとってそれだけは絶対に譲れない一線だった。
自身の半身とすら言える彼女の存在が、ただの仕事仲間になるなど、
許されることではない。
ふと脳裏に過ぎるのは、修正される前の『向こうの世界』の記憶。


――おはよー、白銀君。


幼馴染でも恋人でもなく、ただのクラスメートとして自分を見る彼女。
思い出しただけでもゾッとする。
まぁ、あそこまで他人面する訳ないだろうが、武にとっては同じことだ。
彼女の中で自分が特別なものでなくなるという事実に、武は耐えられない。

(なんとかそれまでに純夏を引き止めて、話をしねぇとッ…!!)

しかし彼女は既に基地を出た。
今から追ってもすぐには追いつけまい。


「東北の何処行ったか分かりませんか!?」
「それを聞いてどうするの?」
「追うに決まってるじゃないですか!!俺は、純夏を手放したくない!!
あいつが俺じゃない、他の男と結ばれるかも知れないなんて、考えたくもない!!」
「あらっ」

武の熱弁などどうでもいいと言わんばかりに声を挙げた夕呼の視線は床に行く。
そこには、同じタイミングで机の上からひらりと舞った1枚の切符。
武はそれを拾い上げる。
なんと今日発車する、上野発の夜行列車の切符である。
東北にあるどこぞの温泉地の駅名が書かれていた。

「えっ…?温泉!?」
「鑑が行きたいとか言ってたから用意してあげたのよ」

ちなみにそっちは自分の為に買ったんだけど、
めんどくさくて行きたくなくなったのよね…と夕呼は漏らした。
なんだか話が上手過ぎる気がしないでもなかったが、武はその切符を握り締めた。
それが最後の可能性なんだと己に言い聞かせて。


「夕呼先生!!これ、ください!!」
「あんたにも冬休みをあげることくらいは出来るわ。その切符もね。
けど、今のあんたに鑑を繋ぎ止められるのかしら?
あの娘の気持ちも理解しないままに追っても、逆効果よ」
「それでも…何もしないよりマシですッ!!」

それだけ叫ぶと武は切符を持ったまま夕呼の執務室を後にした。
顔には明らかに焦りの色が見え、まともな思考が出来ているようには見えなかった。
まずは、何故彼女が怒っているのかを冷静に考え、落ち着いて対策を練ってから
純夏に話を持ちかけるべきであろうに。

成長したかに見えても相変わらずな猪突猛進ぶりに、
”先生”としては頭を痛めずにはいられない。

「はぁ……。あれから3年も経つって言うのに相変わらずガキよねぇ」
「白銀さんは、純夏さんの気持ちに気付いてません…」

何処からとも無く現れた霞の手にはコーヒーモドキの乗ったお盆。
夕呼は「ありがと」とそれを受け取ると口へと運ぶ。

「このまま行くとどうなると思う?社」
「………」

霞には答えられない。というか、口にしたくなかった。
霞にだって信じられないのだ。
あれほど強固な絆で結ばれたあの二人が、結ばれて僅か3年……
実際には1年弱しか経たずに、破局の危機を迎えるなんて。


「あれだけの試練を乗り越えたお二人は、何があっても大丈夫…。
お二人ともそう信じていましたし、私もそう思っていました…」

本当に、何故…?と、霞は呟く。


「姉の受け売りだけど、大丈夫と思ってるものほど案外脆いものなのよ。
強い絆で結ばれた恋人同士が、ある日突然別れたなんてよくある話。
分かったつもりになってて分かってないってのが一番怖いのよ。
あいつらは幼馴染だけど、恋人としては1年も付き合ってないんだから」

まぁ、もし来るべき時が来てしまった時はしょうがないわよね、と夕呼は付け足す。
しかし霞は絶対にそんな結末を見たくは無かった。


”白銀武は鑑純夏と居て初めて白銀武である。”

”鑑純夏は白銀武と居て初めて鑑純夏である。”

互いを半身と称する二人の絆を、霞は信じているから。
例え「そんなものはおとぎばなしだ」と言われたとしても、尚それを信じ通す。
だってあの二人は、そんなおとぎばなしのような愛情パワーで、世界を救ったのだから。


(白銀さん…。純夏さん…。どうか、仲直りしてください。
お二人が仲良くしてい所に、また私を混ぜて欲しいです…)

霞は黙ったまま天井を見上げ、そう願った。
ちなみにその後ろでは、夕呼が受話器を取って、何やら怪しげな笑みを浮かべていた。





「待ちなさい白銀」
「タケル。話がある」
「悪いがお前らと話してる場合じゃないんだよッ!!」

武は本当に焦っていた。
それは、自分に心当たりがあるから。
純夏が自分に愛想尽かして出て行ってしまうような心当たりが、武にはあったのだ。



――”あれ”
――”あの事”

先ほどから話題に挙がるこのキーワード。武はそれこそが原因と考えていた。
事が起こったのは今年の7月7日。
よりにもよって、純夏の誕生日である。

すっかりリハビリを終えた純夏も加え、武達は訓練に明け暮れた日々を送っていた。
他にも部下の訓練やら事務仕事やら夕呼の雑用やらにも駆り出され、武は疲れていた。
なのでその日は一緒に寝る約束をしていたにも関わらず、「疲れてるので簡便して欲しい」
と純夏に頭を下げた。
当然、そこでゴネるような真似は純夏はしない。


――しょうがないよ。タケルちゃん頑張ってるもん。ゆっくり休んでね。

純夏はいつもの笑顔で武の体調を気遣ってくれたのだ。
しかし問題なのは、そう言って純夏を追い返したはずの武の部屋から、
見知らぬ女性の喘ぎ声が聞こえてきたことである。

流石に武や純夏と親しい関係にある女性に限ってそういうことはないのだが、
名前も知らない基地の女性兵士の中にも武を慕う者は大勢いる。
その内の一人が「明日危険な任務に出ます。この世の名残に一晩だけお願いします」と
忍び込んできたのを、武は受け流せなかった。
そして、その事はあっさりとバレた。

武はどりるみるきぃぱんち100発分は覚悟したが、純夏は一切怒らなかった。
ショックと、嫉妬と、悲しみを全部無理やり押さえ込んで作ったぼろぼろの笑顔で、
純夏は武を許した。


「良いのか純夏!?そなたはタケルの…!!」
「しょうがないよ…。今私が生きていられるのはタケルちゃんのお陰…。
タケルちゃんがそうしたいなら、このくらいのことは、我慢してあげなくちゃ…」


冥夜とそんな会話を交わす純夏を見ていると罪悪感に苛まれて
どうしようもなくなって、武は床に頭をこすり付ける程に謝った。
純夏は相変わらず無理に作った笑顔で許してくれた。

以降その話題が蒸し返されることはなく、武も純夏も何時も通りの日常を送って現在に至る。
だが、心の中で燻っていないはずはないのだ。
鑑純夏が白銀武をどれほど愛しているのか、知らない武ではないのだから。


(やっぱり、あの時は許してくれたけど、あれが尾を引いていたに違いない…!!
あんなことがありゃ、信用出来なくなるもの当然だけど!!
けど、もう一度だけ、もう一度だけ信じてくれよおおおおおお!!)

急ぎ部屋に戻り、適当に荷造りをして、コートを羽織って外に出る。
手には例の切符。

(まだ時間はあるが…。念を入れて、帝都には早めに着いておいた方がいいな!!)

武はそう考えると勢い良く基地を飛び出した。
途中で千鶴や冥夜に呼び止められたが知ったこっちゃない。
武の視界には純夏しか入っていなかった。


自分達の制止も聞かず基地を飛び出していく武を見て、
冥夜を始めとする旧207B分隊の面々は溜息を漏らす。

「そなたら、どう思う?」
「タケルさんの考えていることは、多分間違っていると思います」
「そうだね」
「まったく、少しくらい話を聞きなさいよあの男は!!」
「頭に血が上ってるから無理…」

口々にそう言う、旧207B分隊の面々。
彼女達は、純夏が不機嫌になった理由を知っていた。
実は彼女達はその兆候にはかなり前から気がついていたのだが、
純夏からは「自分達で解決しなきゃいけないから」と口出しを止められていた。

それでも見かねた時には武にそれとなく忠告をしていたのだが、
鈍感なあの男に遠まわしなフォローがどこまで効果があったか。
そして更に事態が悪化した現在、もうダイレクトに伝えてやろうと引きとめようと
したのだが、頭に血が上った武は彼女達の言葉に耳を貸さず突っ走って行ってしまった。

全員が溜息を付き、「後は天に任せるしかないか」と武の後姿を不安げに見送った。
しかしそんな中、すれ違いざまに1手打てた慧は流石と言うべきなのだろう。


「彩峰。そなた、すれ違い様に、タケルの鞄に何を入れた?」
「鑑が鎧衣のお父さんからお土産に貰った奴。鑑の机の上に置いてあったから」
「あれ……ですか?」
「タケルがあれを見て気付くのを祈るしかないのかぁ」
「そう…。まあ、あれを見て気付かないようなら、それまでだものね」


千鶴は再度溜息をつき、鈍感な婚約者を持ってしまった純夏に同情した。





上野駅に早めに到着した武は、駅の周辺で時間を潰しながら夜まで待った。
切符に書かれた時刻は着々と迫ってくる。

(…あれか)

時間通りに改札をくぐると、東北方面行きの列車がホームに滑り込んできた。
と同時に、視界に入ってきた茶色のコートの女性。
どれだけの人ごみだろうと、あの長い赤毛と巨大な黄色いリボンは特徴的過ぎる。


(いたっ、純夏だ!!)

純夏は暗い面持ちのまま、そのまま列車に乗り込んでいった。
そのドアが閉まる直前に、武も後に続く。
そしてあたかも偶然乗り合わせたかのような口調で、背後から声をかけた。


「よう。純夏じゃねーか」
「ッ!?」

純夏の一房浮いた前髪が直立した。
予想以上に驚いた時の純夏の反応である。


「タ、タケルちゃんッ!?」
「お前もこいつに乗ってたのか。へぇ~」
「どどどどどどうして!?」
「とりあえず座ろう。ここに立ってちゃ迷惑だ」

不満そうな純夏の腕を強引に引っ張って車内へ。
純夏は別々に座りたかったらしいが、偶然にも車両の真ん中の席しか空いてなかったので、
そこに向かい合わせに座ることになった。


がたん、ごとん。

やがて車両は振動と共に上野を出る。
もう逃げられる心配の無くなった武は、座ってから一言も口を利かない純夏に頭を下げた。

「悪かったッ!!俺が悪かったッ!!」
「タケルちゃん…」
「お前の誕生日に浮気したこと、まだ怒ってるんだろ!?あれは――」
「いいよ。あの事は別に…」

――違う……のか!?


武にとっちゃそれ以外考えられないのだが、純夏の素振りからするとそのことは
もうどうでも良いらしい。


(じゃあ何だ!?何が純夏をこんなに追いやってしまったんだ!?)


武は必死に、2月3日から今日までに至るまでの純夏との思い出をひっくり返す。

色々忙しい一年ではあったが、仕事でもプライベートでも、
武と純夏の関係は決して悪いものではなかったはずだ。
時々デート…と言っても裏山で語るくらいだが…はしたし、純夏が京塚曹長に
習って頑張って覚えた合成ご飯を二人で食べたり、夜もやる時はやったのだ。

はっきり言って、武には、7月7日のあの件を除いて、純夏に嫌われるような
真似をした記憶は一切無い。
それだけ頭の中を探しても思い浮かんでは来ない。


「分からないんだね…」

武の頭がオーバーヒート寸前なのを見かねて、純夏は冷たい声でそう言った。


「じゃあ、やっぱりダメだよ。私達、もう…」
「なんだよ。一人で分かった気になるなよ!!」

俯く純夏の手を、武は握って叫ぶ。


「言ってくれよ純夏!!言ってくれなきゃ分かんねぇよ!!
俺に悪いところがあれば直す!!だから―――」
「同じだと思う…」
「!?」
「私がここで答えを言っても、また同じ繰り返しになっちゃうだけだと思う…」


純夏の目に浮かぶ涙は何を意味しているのだろうか。
武は訳が分からなくて、大いに苛立ち始めていた。


「タケルちゃん……、時々冥夜や榊さん達にも何か言われてたでしょ。
それで気付かないなら、もうダメだよ……」
「お、俺があいつらに何言われたってんだよ」
「そんな事も覚えてないなんて…!!」

顔を手で覆い泣き出す純夏に武は何も出来なかった。
いや実際、意味不明なのだ。
仲良く暮らしていたらいきなり振られて、泣かれた。
武としては何をどうして良いのかサッパリなのだ。


(くそっ…!!全然分かんねぇ…!!)

頭を掻き毟って考えるが全然それっぽい答えは出て来ない。


「なぁ純夏…!!このままでいいのかよ!?
このままだと本当に俺達終わっちまうんだぞ!!お前はそれでいいのかよ!?
あんだけ苦労して、ようやく俺達は結ばれたんだぞ!!なのに!!」
「いい訳無いよッ…!!でも、しょうがないじゃん!!
私は…私はタケルちゃんにとって、本当はどうでもいい女なんだから!!
なのに、一緒になれる訳ないじゃないッ…!!」



――は?

――何それ。

――どうでもいい?



「な、何言ってんだ純夏…?」
「もういいでしょ…!!ほっといてよ!!」
「ほっとける訳無いだろ!!どういうことだよ!!
お前が俺にとって魅力的じゃなけりゃ、どんな女なら魅力的だって言うんだよ!!」
「知らないよ!!冥夜でも榊さんでも、スタイル良くて頭が良い人なら沢山いるじゃん!!」
「なんであいつ等の名前が出てくるんだよッ!!」


ぎゃあぎゃあ続く醜い言葉の応酬。
その果てに――


「ねぇ…。タケルちゃんは優しいから、”幼馴染の私”を助けてくれたんだよね…?」
「愛しているからだ!!好きな女だから助けたんだ!!」
「それは、誤魔化してるだけなんだよ…。本当は、私のこと好きでもなんでもなかった」
「それを、俺の気持ちをお前が決めるのか!?」
「じゃあ答えてよッ!!私のッ!!」


1つの問いが、投げかけられた。


――私の大好物を、答えて見せてよッ!!





…はい?


武の表情は固まっていた。
訳が分からなかった。
いきなり恋人に振られたと思っていたら、それは自分が彼女を好きじゃなかったせいだと
彼女に言われ、違うなら大好物を当ててみせろと言ってきた。


(訳分かんねー…けど、随分アホな問題出すな、こいつ)

それは本来、問題にすらならない。
何しろ武と純夏は物心ついた頃から幼馴染という間柄。
互いの家でご飯を食べた回数は数知れず。
学校では毎日一緒にお弁当を食べたし。
食生活については知り尽くしていると言っても過言ではない。


「よく分かんねーけど、お前が一番好きな食べ物を言えば機嫌直してくれんのか?」
「まぁ、ね」
「それじゃあ…」


えーっと、と記憶のオモチャ箱をひっくり返す。
この瞬間、武の脳裏には純夏と過ごした幾つもの食事シーンが浮かび上がってきていた。
外食の究極牛丼やハンバーガーを抜きにしてもそのメニュー数は膨大だ。
その中には絶対純夏の好物も混ざっているはず。
1つ1つ探っていくとしよう。


―え~っと、お好み焼き?
(…っと、これは俺の大好物だな)

―ロールキャベツ!!
(これも俺の大好物だ)

―たこ焼きか!?
(って、これも俺の好物じゃねーか)

―四川風麻婆豆腐!!
(また俺の好物だよ)

―餃子?ラーメン?鮭おにぎり?
(はいはい、全部俺の好物ですよ)



と、次々にメニューを記憶から漁る中で、気付いたことがある。
それは今更と言うには今更過ぎる、恋人を名乗る男性としては
あまりにお粗末な事実なので目を背けたくなることなのだが……。


(あれ?純夏の好物が思い出せないぞ!?)


この件に関しての記憶は失われた感じがしない。
最初から情報が無かったとしか思えない。
そこで「はっ」と顔を上げると、純夏の白けた視線が向けられていた。


――思い出せないんじゃないよね?

――最初から知らなかったんだよね?

――だってタケルちゃん、そんなこと全然興味無かったもんね。


暗にそう言っている目だった。


(まさか、それが言いたかったのか!?)


今明かされる驚愕の事実!!

白銀武は、十数年間共に暮らしてきた幼馴染兼恋人の好物を知らない!!

普通、一回目のデートで知るようなことを何故知らないのか。
武は自分が情けなくなった。



「あ、ああ、あああああ……!!」
「食べ物が思いつかないなら、好きだったJポップのユニットか、好きな小説家か、
映画の名前とかでもいいよ」
(ちょっと待てよ…!!)

あの目。純夏は絶対に確信して物を言っている。
武としては、ここで純夏の思い通りになる訳にはいかなかった。
これは彼女の問がどうとかいう以前に、メンツの問題でもある。
鑑純夏の恋人を名乗っておきながら、彼女のことは何も知りませんでしたなんて、
それこそ、”どうでもいい女だった説”を肯定することになる。


(くっ…!なんてことだ!!)


しかし思い出せない。
それは『元の世界』の記憶がごっそり消えてしまっているからという訳ではない。
実際、自分が好きだったユニットの曲なんかはけっこう覚えているのだ。
厄介なのは、純夏と一緒にいる時も聴いていたのは自分の好きな曲だったなぁと
いう記憶まであることである。


思えば、純夏はいつもそうだった。
武が新しい戦隊物を見始めたと聞けばそれを勉強し、ごっこ遊びに付き合ってくれる。
新しい音楽にハマったと聞けば、そのユニットの曲を借りてきて一緒に聴く。
休みになればゲームセンターでバルジャーノン。
プールや遊園地に行った日も無い訳ではないが、ほぼ武の好みで遊んでいた。

純夏は武の好みにならなんだって合わせて、付き合ってくれる。
けれど武から純夏の好みを聞いて、合わせようとしたことは一度も無い。
十数年間ずっと、そんなお付き合いが続いていたのだ。

つまり白銀武のデータベースには、鑑純夏の人間性は色々と蓄積されているのだが、
何が好きでどのような趣味を持っていたかについての情報は、皆無。
つまり客観的に見て、白銀武は鑑純夏のことを何も知らないのである…!!


(う、嘘だあああああああああああああ!!)


認めたくは無い。
しかしそれが現実。
今思えば、なんというアンバランス…というか相手に甘えっぱなしな人生を
歩んできたのかがよく分かる。純夏の好意に寄りかかってきただけである。
武は心の中で絶叫した。
だってこんなんじゃ、付き合えないと言われても無理ないじゃん。



がたんっ!!

その時列車がカーブに差し掛かったため、車内が大きく揺れた。


「えっ?」

武の鞄が床に落ちて、カラリと黒い筒のようなものが転げ落ちた。
こんなもの入ってたか?と拾い上げ、まじまじと眺める。

(こりゃ……口紅じゃないか?)

黒に装飾が施され、金字で英語が彫られた高そうなシロモノ。
国内で売られている安物ではなく、見るからにアメリカ産のブランド物である。
それを目にした瞬間、対面の純夏の目の色が変わった。

「そ、それっ!!」
「え?お前のっ?」

それが何故自分の鞄に入っていたのかは分からないし、
相手もそれを気にしている様子は無かった。
純夏はただ黙って武からルージュをひったくると、自分の鞄へとしまった。


(あんなもん…持ってたんだな、あいつ)

出張前の珠瀬事務次官か鎧衣課長辺りに頼んでおけば手に入りそうではあるが。
武の興味は純夏が何処で手に入れたかよりも、何時使っていたのかに移っていた。
ちなみに今はつけてない。

(そう言えば、こいつ宛に小さい包みが送られて来て、すげー嬉しそうにしてたことが
あったけど…これだったのか)


ん?と、そこで武は違和感を覚えた。
そう言えばその後千鶴に”今日は鑑さんの様子に注意しなさい”とこっそり
言われたことを思い出す。

(何時不機嫌になるか分からないから気をつけろ的な意味かと思ったが、そうか。
恋人の前でおしゃれをしてるんだから褒めてやれと言っていたのか………ん?)


その瞬間、武はまたもや、自らの鈍感さを嘆いた。

(って、ええええええええええええええええええええええ!?
あの後、純夏口紅つけてたのか!?俺気付かなかったぞ!?
じゃああれも、これも、そういう類のアイテムだったのか!?)

1つ思い出すと出るわ出るわ、その類のエピソード。
どういうルートか知らないが、小さな包みは幾つか純夏の手元に届いている。
もしそれらが、香水とかマニキュアとか、武の気を引くためのおしゃれアイテム
だったとしたらどうだろう。
武は、純夏がそういうのをつけてるなと気付いたことは一度も無い。
つまり純夏の女性としてのプライドをけちょんけちょんにし続けたことになるのだ。

我ながら、これには愕然となった。

「すみか……。あの、そのー…」

武の想像が図星であったことは、純夏の表情から簡単に伺えた。
純夏は今になって、心の内に溜め込んできたこの1年間の泥を、
搾り出すように語り始めた。


「私ね、これでも頑張ったんだよ…。
タケルちゃんには昔から女の子らしさが似合わないって言われてきたから。
でも彼女にして貰った以上は、絶対タケルちゃんに相応しい女性になろうって思った。
鎧衣さんや壬姫ちゃんのお父さんにも協力して貰ったし、皆にもおしゃれとかについて
教えて貰ったし、京塚曹長に特訓して貰ってタケルちゃんの好物を全部、
合成食材で美味しく再現出来るようにもなったの…。
任務との掛け持ち大変だったけど、それでも将来タケルちゃんのお嫁さんになりたいから、
たくさん頑張ったよ…。けど……」

私は結局、どれだけやってもタケルちゃんには、女の子として見て貰えないんだね…と、
吐露した。
そして、そんなんじゃ生涯を共にする関係にはなれないと、付け加えた。


「もういいよタケルちゃん。タケルちゃんは私を愛してくれてるって言うけど、
本当は興味無いんだよ。優しいから、それに気付かないまま付き合ってくれてたんだ…。
あんな辛い目に遭った幼馴染の女の子をほっとけなかった。
でも、それでタケルちゃんの人生を縛りたくないから、私…!!」

ここで違うと叫べる資格を、武は持っていなかった。
彼女が本当に自分の興味がある女性ならば。
食べ物や趣味の好みくらい知ってるはずだし、化粧してるかどうかくらい気にするはずなのだ。
「知りませんでした」で済ませることなどできようはずもない。
だから武には黙って、純夏の言葉を受け止めることしかできなかった。


「だからお別れしよう。お互い1週間休んで、きちっと心の整理をつけて…。
お仕事のパートナーとして、一緒にBETAをやっつけようよ…!!」

純夏はまだ泣いていた。
武にはそれが彼女の本心でないことは痛い程分かるのに。
絶対に、別れなくなんかないと思ってるはずなのに。
そう言わなければ自身を許せない状況に、武は彼女を追い込んでしまっている。
それが武には、たまらなく辛い。と言うか、武はそんな自分を許せなかった。


(俺のせいだ……。また俺のこいつへの甘えが、こいつを傷つけちまったんだ…)

かと言ってどうすることも出来ない。
唇をかみ締めながら、ただ黙って、席を立つ。


(俺はもう……駄目だ)

武の心持ちは純夏のそれとは違った。
気持ちにケリを付けてBETAと共に戦おうと言う純夏とは対照的に、
武はこの時、万事がどうでもよくなっていた。
白銀武という人間の強さを支えていた立脚点を、自分で知らず知らずの内に、
無残に潰していたという事実に、武の心は壊れかけていた。

自分のスーツケースを手に取る。
次の駅で降りるのか、窓から飛び降りて自殺するのか、そこまでは考えてない。
ただ今は…というか、これから武は純夏の傍に居ることは出来ない。
しかしそれが不本意なものであることは言うに及ばず。
この時武は、削れる程に上下の歯を強く食いしばっていた。


――くそっ…!!

――別れたくねぇよ…!!

――俺はお前が大好きなんだよ!!

――この気持ちが嘘だなんて言われるのが、どれ程辛いか分かるか!?



しかしどのような言葉も説得力が無ければただの戯言。
武の今までの行動は、その心の声に真実味を帯びさせるには至っていない。



――くそっ!!これで終わっちまうのかよ!!

――俺があれほど走り続けて、こいつがあれほど待ち続けて、
 その果て待ってたのがこんな結末なのか!?

――俺が…俺がもう少し、もう少しちゃんと、恋人としての自覚を持ってりゃ、
 こんなことにはならなかったんじゃないのか!?

――どうして俺はこうなんだよッ……!!


泣きながら「畜生ッ!!」と窓ガラスを叩く。
しかしどうにもならない。
武は、先ほどの純夏の問いにすらまともな答えを返せていない。
恋人のことを何も知らないなど、付き合う以前の問題ではないか。


(…けどしょうがないんだ。俺は本当に、純夏の好物なんて知らない。
くそっ…!!なんか情報源とか無いのかよ!?情報ソースがあれば…!!)

そのようなものがあろうはずも無く。
次の瞬間には武は現実に打ちひしがれ、天井を仰いだ。



「はぁ…。ソースか…」


あるわけねぇよな、と吐露し、そのまま列車の中を行く。
少しでも早く純夏から離れようとする。


しかしそれこそがその瞬間。


誰も予期せぬ奇跡の瞬間。


恋愛成就の神が舞い降りた瞬間であった。





「今、なんて言ったの…!?」


えっ?と振り向く武の目に映るのは、席を立ち、驚愕の表情を浮かべる純夏。
信じられぬと言いたげに武の方を凝視していた。

「す…純夏?」
「今、ソースカツって言った!?」
「へ?」
「どうして私の大好物がソースカツ丼だって知ってるの!?」


この瞬間、戸惑いながらも武は確信した。
この世に神はいる。
善人が困った時に手を差し伸べてくれる神様という存在は、確かにいる。
でなきゃこのタイミングでチャンスが転がり込んでくることはあり得ない。

その、神から突如差し伸べられた手を振り払うような真似、武はしない。
たとえ道徳にもとる行為であろうとも、それは真実の否定にはならない。
この場における真実とは、純夏との愛を貫き通すこと。それ以外にあるはずがない。
その為には、嘘も方便である。
武はハッタリを思い切り利かせて、勢い良く言い切った。


「ああ、お前の好物はソースカツ丼だよな!!」


「あ…ああ、ああ………」

今度狼狽したのは純夏の方だ。
まさか当てられるとは思っていなかったらしい。
なまじ思い出の細かいところまでちゃんと覚えている分、
こういうアクシデントには弱いのだろう。

「う、嘘だよ。タケルちゃんが私の好物知ってるはずないよ。
だって、教えたことないもん!!ちゃんと覚えてるんだからね!!」
「『元の世界』でおばさんに聞いたんだよ」
「お母さんに!?」
「お前の好物を作ってやりたいですって言ったら、ソースカツ丼だってな」


勿論、嘘である。
今、彼女の髪を束ねるリボンを取られれば120%の確率でバレる嘘。

そもそも醤油派の武にとってカツ丼とは、カツオで取ったダシ汁に
醤油砂糖を加え味を調えたものにカツを浮かべ、卵で綴じたものに他ならない。
和食の味付けを踏まえながら、並の和食を遥かに凌駕する圧倒的ボリューム。
ちょこんと乗った三つ葉が彩りを演出し、全体の香りを引き締めている。
この昭和の時代が生んだ傑作料理を、武はこよなく愛している。

そんな武が、純夏の為とは言えソースカツ丼を作るなどあり得ない。
あんな、丼ご飯の上にカツを並べてソースをぐちゃぐちゃに塗りたくった
だけの粗雑な物体にカツ丼を名乗って欲しくない。
というか、あれを料理だと認めることすら嫌だった。

ただし、背に腹を変えられぬこの状況で自分の好みに寄るなど愚の骨頂。
ここはソースカツ丼の猛プッシュで行くしかねぇ。


ちなみに鑑のおばさんに聞いたというのは、武も我ながら卑怯な嘘だと思った。
だってもう確認のしようの無いこと。死人に口無しを地で行く鬼畜戦法だ。
だが手段を選んでいられない武は、「ここで寄りを戻すにはこうするしかないんです」
と、心の中で天国にいる鑑のおばさんに手を合わせた。
娘が幸せになるなら、おばさんだってこの方便を認めてくれるはずだ。


「分かったか?」
「うう~、でも作ってくれたことないじゃん!」
「つい、また今度また今度って先送りになっちまってな。ごめん」

ぽたり。
呆然となった再び席に着いた純夏の顔から、また涙が零れた。


「純夏…?」

武は来た道を戻って、純夏の前に中腰になって、彼女の顔を覗き込んだ。


「悪かったよ。俺がもっと早く作ってりゃ…」
「うう……。どうして、なんでタケルちゃんが謝るのさ…うわああああん!!」

純夏は大声で泣き叫び始めた。
その純夏の華奢な身体を、武はぎゅっと抱きしめる。

「私バカだったよぅ…!!タケルちゃんを試すような真似をして、
信じてなかったのは私の方じゃん…!!
タケルちゃんが私のこと興味無いって決め付けて…!!
タケルちゃんは私のこと、ちゃんと見てくれていたのにぃ……!!」


びええええ、とその場に泣き崩れてしまった純夏の肩を、武は優しく抱いた。

「泣くなよ純夏。他のお客さんに迷惑だぞ。それに、済んだことだ。
互いに知らなかったことは、これから一緒に知っていけばいいじゃねぇか。
俺もお前に相応しい旦那さんになれるように頑張るから…まだ、俺を捨てないでくれ。
俺と一緒に生きてくれよ、純夏」
「タケルちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


そこからはもう、なし崩しだった。
まず二人は抱き合った。キスした。

そしてここが列車の中じゃなければ、夜の合体くらいまで行っちゃいそうな勢いで
イチャつき始めた。
武は純夏を隣に座らせて、背中に手を回して抱き寄せる。
純夏は武の胸元に顔を埋めて、両手はやはり武を抱きかかえる形。

いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ。

夜汽車に揺られ、車窓に映る夜景を背にし、二人は互いの温もりを共有した。

「タケルちゃん…。あったかいよ。凄くぽかぽかする」
「純夏が俺の心をあたためてくれるからだ」
「大好きだよ。タケルちゃん…」
「俺もだ、純夏…」


そして思い出したかのように、武はそれを取り出す。
今朝方はずされた、プラチナの婚約指輪だ。

「もう一度、これつけてくれるか?」
「うん。待ってた」

言われるがままに左の薬指を差し出す純夏。
武は指輪を持った右手を近づけ……直前でその動きを止めた。


「………」
「どうしたの?はめてよ」

純夏の左の薬指はとっくにその瞬間を待っている。
ところが指輪を持つ武の手は目前に近づきながらもその場所で震えていた。

ぶり返し、だった。

武は、ここで本当にはめても良いのかという罪悪感に苛まれ始めた。
その理由は言わずもがな。


「タケルちゃん?」
「ごめん純夏っ!!さっきのは…!!」

武は頭を下げた。
結局、武は嘘を突き通せるような器用な人間ではなかった。
騙し続ける自信も無いし、そのまま純夏をモノにするのは納得いかなかった。
武は純夏に、洗いざらい話してしまった。

武は、純夏の好物がソースカツ丼だということなど知らなかったと。
どうしても別れたくなかったので偶然に乗じて嘘をついたと。
本当は、彼女のことなど何一つ知らなかったのだと。


「ごめんっ…!! でも、俺…!! 俺……!!」


しかし自分が彼女を騙したことを懺悔しても尚、武は別れたくなかった。
今手の中にある温もり。
無限のループを走り続けた武が求め、ようやく手に入れた安息の地。
それはもう、絶対に手放したくない。
鑑純夏以外に白銀武の居場所などあり得ない。

確かに自分は、自分が思っていた程に彼女をよく知らないかもしれない。
でもそれならそれで、これから知っていきたいと思った。
一生かけて、白銀武は鑑純夏の全てを知っていきたい。共に生きていきたい。
その気持ちは、絶対に嘘なんかじゃないから。


「俺は好きなんだ、純夏が!!俺は純夏を愛してるんだ!!
でなきゃ誰がこんなに苦しい気持ちになんかなるかよ…!!
俺は純夏じゃなきゃ駄目なんだよ!!
純夏純夏純夏純夏純夏純夏純夏純夏純夏純夏純夏純夏純夏純夏純夏!!」


項垂れて涙を流す武。
連呼される想い人の名前。
その頭を、純夏は優しく撫でた。


「純夏…!?」
「もう……。済んだことなんでしょ?」

彼女の優しい瞳が囁いてくれている。
トンカツ云々は本当はどうでも良かったのだと。
互いのことを支えあおうという信念を持ってくれることが、答えだったと。
次の瞬間に流れた武の涙は、悲しみの涙ではない。


「ずっと一緒にいよう。タケルちゃん」


――なんて、眩しい。
――愛しい人の笑顔って、こんなに眩しいものだったんだ…!!


鑑純夏こそ、白銀武にとって唯一無二の女神様だ。


「純夏あッ!!」
「タケルちゃん!!」
「純夏ああああああああああああ!!」

またまた抱き合ってのキス。
そして一度は返された白金の指輪が、再び純夏の薬指に通される。
指に再度通された白金の輝きを、純夏は嬉しそうに見つめた。


「あれ、そう言えばサンタウサギは?」
「あれは持ってきたら壊れそうだから基地に置いてきた。いいだろ?」
「うんっ。タケルちゃんがいるから寂しくないよ」
「ははは、こいつめ。ほれ、むにゅむにゅ~」
「やだぁ、何処触ってるのさぁ~♪」

セクハラまがい…というか完全にセクハラな行為も笑ってスルー。
今二人にブレーキは無かった。


「ところで純夏」
「何?」
「これから俺ら、温泉行くだろ?」
「うん。また露天風呂に入ろうよ」

二人で行く予定では決してなかったはずなのだが、いつの間にか脳内で
そういうことにしてしまうのはこのカップルの恐ろしいところである。


「露天風呂か…。そうだなぁ、前は二人きりではゆっくり入れなかったもんなぁ」
「だってあの時はタケルちゃんが…」
「はいはい、どうせ俺は鈍感ですよ。でもいいのか?
俺は鈍感でお前のこと知らないから、よく知る為に身体の隅々まで眺めちゃうぞ?」
「もう~、タケルちゃんのエッチ!」

盛りのついたケダモノのような武と、批判しながらも満更じゃない純夏。
ツッコミ役がいない限り、二人の色ボケは脱線を重ねながらどこまでも続くのだ。
ただ今回は言いだしっぺの武が、ちゃんと自分で話を戻した。


「話戻すけどさ、この温泉旅行を俺達の新婚旅行にしようぜ。新しい門出にするんだ」
「それって…!?」

純夏の顔が輝く。それの意味するところは1つしかなかった。


「結婚だ!!帰ったら役所に届出出して、式挙げるぞ!!白銀純夏の誕生だ!!」
「タケルちゃんっ…!!私、幸せぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「俺だって幸せだああああ!!」


――だはははははは!!
――きゃははははは!!

列車の中に木霊する二人の笑い。


武は今度は純夏を両手で抱きかかえて、座ったままお姫様抱っこみたいな形でキスした。
二人とも、もう気分は新婚さんである。

二人のテンションはこの上無いところまで上がりきっちゃってて、
周囲の目などお構い無しだった。
だから、二人の映像を車両の入り口で捉えているビデオカメラや、
なにやら解説しているキャスターさんの姿に気付くはずもなかったのだ。
二人がそれに気付いたのは、空気を読まない喝采が周囲に響いてからである。


パチパチパチパチパチ!!

拍手と共に、口笛やら祝福の掛け声が周囲から響いてきた。

「おめでとうございます白銀少佐!!」
「鑑大尉おめでとうございます!!」

パチパチパチパチパチパチ!!


「え!?」
「タケルちゃん、これって…!?」

ふと正気に返って周囲を見渡すと、乗客が全員立ち上がって二人を囲んでいた。
よく見ると全員私服になっていたものの、その体つきは民間人のものではない。
キャスターさんとカメラマンの人だけ民間TV局の本物だった。
残りは全部……。


「軍人ばっかりじゃねーかッ!?」
「どういうこと!?」
「香月副司令の気まぐれよ」


そう言って軍人の群れの中から一歩歩み出たのは…。


「涼宮ッ!?」

ニットの帽子とサングラスで分からなかったが、それは間違いなく涼宮茜。
茜は二人に歩み寄ると、花束を差し出しておめでとうと言ってくれた。
よく見たら人ごみの後ろの方で宗像と風間も拍手してるし。
横浜から転属した3人とこんな形で会うとは思ってもみなかった武と純夏は
目を丸くしていた。
尤も、驚いているのは向こうの3人も同じである。


「驚いたわよ。今夜白銀と鑑の運命が決まるって、今朝連絡が入るんだもん」
「それとこれとどういう関係があるんだよ?」

ずい、と茜に詰め寄る武。
”これ”とは無論、武と純夏を祝福している同業者さん達のことである。


「大晦日の特番のネタにちょうどいいって、副司令が言うもんだからさ…。
それならなるべく大勢でお祝いしに行こうって」

夕呼はなるべく盛大に盛り上げる為に、この時間手が空いていた帝都及び
その近辺に勤務する国連軍人達に声をかけていた。茜達はそれに乗った形である。


白銀武と鑑純夏は言うまでもなく有名人である。
武はエースパイロットとして名を馳せると同時にMX3の発案者として。
純夏は病身の身ながら凄乃皇を操り桜花作戦の中核を成した人物として。
そして何よりこの英雄二人が幼馴染であるというのが話題性バツグンなのだ。

夕呼は今回の二人の喧嘩は、どちらに転ぶにせよ”最終決戦”だと予想していた。
別れるのならキッパリと別れ、別れないとなれば即ゴールインだろうと。
これほど生中継で楽しめるネタは無いのだから、というだけでこの大掛かりな
仕込みを用意したのである。
ネタをTV局に渡したからと言って、べつにギャラが欲しかった訳ではない。
たまには派手な遊びでストレスを発散したかった…つまり、単なる趣味である。

それを知った武と純夏は、オモチャとして扱われたにも関わらず
怒る気にすらならず、唖然とするのみであった。
二人の意識は既に別のところに行ってしまっている。



「タ…タケルちゃん。今までの、全部TVで流れちゃったって…」
「言うなよ純夏…。今必死で現実逃避してんだからさ…」

何しろ、二人の修羅場から、見てる方が恥ずかしくなるほどのイチャつきっぷりまで
全て生中継でオンエアーされていたのだ。
大晦日の夜、ご家族でTVを囲んでいる国民の皆様もさぞ楽しんでくれたことだろう。
本人達にとっては恥ずかしいことこの上無いが。

まぁしかし、仲直りの方が全国中継されたのはまだ幸いだったのではないだろうか。
これが悲劇の別れの方だったとしたら、色々と後味が悪過ぎる。


顔を真っ赤にした二人にマイクが突きつけられたのはその直後だった。

「お二人ともおめでとうございます!! 
ここで、お二人を応援してくださっている全国の皆様に何か一言!!」
「え、ええええ!?」
「ひ、一言って言っても…!!」

何を言えば良いのやら。
二人の頭はパニクっていた。
周囲から飛んでくる絶え間ない拍手と喝采が余計二人を混乱させた。


「え、え~~~っと…」
「よ、よし、私が言いますッ!!」
「純夏ッ!?」

混乱を通り越して、純夏はとっくに振り切れていた。
今なら何でも言えると言う勢いのままに、マイクをひったくると、
思いっきりカメラ目線で、シャウトッ!
それは純夏、魂の雄叫びだった。


「皆さんッ!!私、鑑純夏はこの大晦日の夜、白銀純夏になりましたッ!!
今、私はとっても幸せです!! 
この幸せを守るために、私は月のBETAと戦います!!
大好きなタケルちゃんとBETAなんかやっつけちゃいます!!
来年も皆さん、応援よろしくうッ!!」


直後、場が大いに盛り上がったのは言うまでもない。
更に拍手と喝采を浴びた純夏は、にへら~と笑って、
その赤い顔をぺこぺこ下げて、祝福してくれた皆に感謝した。
武もそれに合わせるように、「ありがとうございます」と皆に頭を下げた。


「ありがとうございます! それでは今度は、お二人が先生と呼び慕う上司、
国連軍横浜基地の香月夕呼副司令にお言葉を……」
「ええええ!?香月先生も見てるの!?」
「まぁ、夕呼先生が企画したんだから見てるわなぁ…」


いつの間にか用意されていた通信モニターは、既に横浜基地と繋がっていた。
モニターには夕呼の顔が映る。後ろには霞とか、旧207B分隊の面々が見えた。

夕呼のあいさつは実に淡白なもので、

――はいはいおめでとう。

――こっちで籍は入れとくし式の準備くらいはしておいてあげるわ。

――休み明けは遅れずに出て来んのよ。

という3言だけだった。
内心では本当に祝福してくれているのだが、それを察することができたのは
武と純夏と、霞だけである。

続いてモニター越しに、霞と旧207B分隊組にも祝福された。
武も純夏も彼女達には大いに感謝の言葉を述べた。
その後帝都城とも中継が繋がった気がしたが、武も純夏も緊張してて覚えていない。


それらのイベントが全て終了する頃には、列車は途中の停車駅に到着していた。

「それでは、白銀少佐と鑑大尉にはここからはお二人きりで、
新婚旅行を楽しんでいただくとしましょう。ありがとうございました!!」

特番における武と純夏の出番はそれで終了である。
キャスターのその声でここからの中継は終わった。


「それじゃあまたね。新婚旅行楽しんできてね」
「いい子作りなよ?」
「おめでとう。それでは良いお年を」

茜、宗像、風間を始め、乗り組んでいた”乗客”全員がそこで降りる。
残されたのは武と純夏だけ。
発車した列車の後姿が見えなくなるまで、皆手を振って見送ってくれた。
大晦日返上で祝ってくれるなんて、なんて良い人達なんだ、と武と純夏は感謝した。



「これだけいろんな人が協力してくれて、祝福してくれてるんだぜ…。純夏」
「絶対無駄になんか出来ないよね」
「ああ。皆の気持ちに応える為にも絶対にBETAに勝とう。
そして、誰もが俺達と同じような幸せを得られるような時代を作るんだ!!」
「うんっ!!」

そして二人はまた抱き合って、食事をした後寝台車で眠りについた。
初日の出を拝む頃には列車は目的地に到着しているだろう。

温泉地でお正月をゆっくり過ごして。
横浜に帰って式を挙げて。
もっと訓練して、各方面の準備が整い次第、月面戦役は始まる。


武と純夏の人生というものがたりは、まだまだ続いていくのだった。










あとがき


初めての投稿になります。

最近サプリをプレイしたのですが、純夏が将来を考えて恋愛をしてるのに驚きました。
「タケルちゃんとイチャつければいい!」ってだけの娘じゃなかったのね。
恋愛はいかにくっつくかより、いかに続けていくかが大切なんですよね。
で、オルタ世界でサプリ話的なものを書いてみたくなりましたとさ。
では。


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