【1988年11月18日】『大丈夫ですよ、バーラット少尉!直ぐに隊長達が救援に来ますから!』(俺に、“守れる力”があれば……)『近くにBETAの反応……?少尉、私は迎撃に出ますからそのまま静かにしてて下さい……直ぐに帰って来ますね?』(あの時に……伸ばせない手を伸ばせたら……)『あははっ、機体の腕がやられちゃいました……あ!でもちゃーんとBETAは排除しましたから大丈夫!』(そうだ……誰でも、何でも良い……)『だから、安心して寝て下さい……必ず、助け出しますから!』(彼女を―――俺が初めて守りたいと思った人を、だレか守っテ……)『せ、戦車級!?まさかあの時の撃ち漏らし……!いけない、少尉はそのままそこに居て下さい少尉!私がコイツを――――』(ダレ、カ………)『――――大丈夫、お姉さんが守りますから!』 ◇【1988年11月9日】「何というか……不幸だ…」先日、配属となったばかり遥か遠き故郷の部隊舎を思い出しつつ目の前のテント群を見て思わず俺はボヤく。周りのMPやら警備員はそんな俺を見つつはいるが、特に気にした風にもせずに掛け声を上げながら周囲を走り回り、それぞれが己の仕事を行っていく。その中じゃ、自分がどれだけ小さな存在なのだろうか?まだそれは分からないが、気に留めるような存在では無いのだけは理解できていた。「えっと……司令部はコッチか?」そんな中、俺ことクラウス・バーラット(16歳)は非常に面倒臭そうにと思いつつ、数少ない持ち物が入ったリュックを背負い直して気合を入れる。そのまま、空いた片手でポケットに突っ込んであった簡易的な地図を持ち、テント群へと足を踏み出す。俺が乗ってきた輸送機からこのキャンプ場まで運んでくれた案内役の軍曹が無い時間で仕上げてくれたこの地図。大雑把かつ走り書きだがまだあるだけマシだ、目立つ物標は書かれてるし、それなりに理解しやすく目印もある。とりあえずは現在位置を把握できていた。「……ったく、視線が面倒だ」俺はまた面倒そうに吐き捨て、サッサと歩く。案内役の軍曹もそうだったが、全体的に俺を見る目が少しだけ変にも感じていた。それは、俺がまだ見た目上は年若い少年ってのもあるだろうし、それ以上に今着てる服装も問題なのかも知れない。「せめて国連のBDUだったらな……ま、ここの司令官殿に会うんなら制服が向いてるかも知れないけど」米陸軍制服に少尉を示す階級章、それと共に胸には衛士を意味するウイングマーク。そのどれもが今の俺には似合わないモノなんだろう。冷静に考えれば、米軍だって基本的に徴兵制を採用してない分、米国人の年若い……十代の兵士は数少ない。士官ともなればその数は更に減少するだろう。あくまで米軍に入る若者は、『刑務所に入るか海兵隊に入るか』な奴ばっかだ。そんな、言い方は悪いが粗暴な人間が士官になる為にと、訓練校に入るとは思えない。それに士官組みになれるであろう若者だって、好き好んで“肉体系”である米軍に入ろうとは思わない。俺ならどっかの会社に入るのを選ぶさ。加えて、入るとしてもしっかりとした学を修めてから入隊……そんなのが多いと思う。それは、俺が入隊した訓練校には大学や短大の卒業者が多かったことからもハッキリしてると思う。……中には、『戦術機の衛士だった』なんていう肩書きを欲するようなのも居たが。「はぁ……金さえあれば、俺ものんびりと暮らせたんだけどなぁ……」事故死した“この世界”の両親を思う。あくまで一般的だった家庭にそんな財産が存在する訳ない。だからこそ、金が必要でなく入れる軍へと足を進めたのだ。そうじゃなかったら今頃は土地でも買って、トウモロコシやら牛やらニワトリやらを育ててのんびりと暮らしてるに違いないだろう。まぁそれはそれ、これはこれ、今は今、だ。別段、軍に入ったのも後悔はしてない。お陰で戦術機に乗れると言うものだ。「……ここが、司令部ね…」そんな思いをまぁ心内で復唱しつつ、現状に際して混乱している自分を落ち着かせる。司令官である中将閣下は好々爺みたいに俺を見てはくれたが、周りからは好意的な視線をあまり感じれない。あれか?やはり米軍か、アメリカ軍人ってのがイケねーってのか?まぁ正確には物珍しさが先立ってはいるんだろうけど。……とまぁ、そんな事を思いつつ、司令官殿との会合を終える。後は、案内役の女性中尉殿(何かコッチを見る目が妙に怪しかった)に案内されて国連軍C型軍装とBDUやブーツの一式を受け取る。それに着替えると、名実ともに国連軍少尉、クラウス・バーラットが生まれたと言える。「ま、米軍からの派遣ってのが頭に付くんだけどな……」どうでも良いか、と切り捨てて欠伸を一つ。今の俺は司令部施設の前でのんびりとヤンキー座りで俺は迎えを待っていた。まぁつまり、俺が所属する部隊の隊員が俺を回収に来るのを待っているってのが現状なんだろう。一応、基地の所属はイギリスが誇る地獄の門、ドーバー基地だが俺はそこからの派遣部隊入り、今居る土地はフランスのノルマンディーだ。実質上の欧州撤退戦の砦。それに史実でも有名なノルマンディーという土地だというのも相成って、どうにも多くの血が流れるとしか思えないのが現状の思いだ。国連を仲介に、イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・スペイン軍等を中心とし、ユーラシア大陸西部国家がフランスへと残存した軍を集結させている。遥か遠く、故郷をBETAに蹂躙された数多くの国軍兵士が、この砦を守ろうとしている。それを鑑みると強ち『多くの血が流れる』という表現も間違ってはいないだろう。最も、その流れ出る血は人の血かBETAの血がで大いに分かれるのではあるが…。「………チッ」その流れ出る血は俺のも含むかも知れない――――そんな考えを思い浮かべ、破棄する。仮定であっても、そう考えればそれが現実になる……それだけ人類は追い詰められているのだ。そう思えば、それが現実になってしまうかも知れない。それに、俺は死ぬ気は毛頭ない。サッサとそれなりにBETAと実戦を経験し、『大陸帰り』としてアメリカへと帰還する。それはそれで名誉なことだろう。BETAとの戦争だってちょっとしたゲームの感覚で済ませれば良いんだ、運よくこの駐屯地は一応は後方に当たる。それらを思えば、生きて故郷へと帰るのはそうは難しいことじゃないはずだ。「ハハッ、楽勝じゃねーか」小さく笑み、俺は遅い迎えにイラつく心を落ち着かせて思う。そうだ、俺が死ぬ訳無い……生きて故郷アメリカに帰る、そう決めたのだ。そうだ、こんな地獄で死んでたまるか……そう思っていると、何やら悲鳴が遠くから響いてきた。それに車のクラクションもだ。「はいはーい!どいてどいて~!」音の発生源の目を細め、数百メートル先から爆走してくる一台のジープに目を細め、耳を済ませるとうっすらと聞こえる声。妙に暴れる車体を押さえつけるように車のハンドルを握るのはまだ若そうに見える女の子だろう。声からしてもそうしか思えない。その女の子が操る車は俺の方角目掛けて真っ直ぐ向かってきて……え?「あ」「あ」ドンッ、という軽快な音を響かせ、俺を轢いた。地味に呟きが重なった気がしなくもない。ん?ぶつかった衝撃?ああ、それはもう見事なまでに人身事故レベルの勢いだろうさ!「ひでぶ!たわば!あべし!うわらば!ちにゃ!?」地面を跳ねるごとに、俺の口から世紀末な断末魔が零れ出る。グルングルンと回り続ける視界の端に写った一瞬の景色には『うわやっべぇ』な顔をした女の子の姿。それに向けて思い切り中指を突きたてようとするとまた衝撃、今度は別の車に轢かれたみたいである。……うん、まぁ取り合えず自己紹介だけしとこう、何か戦う前に死にそうだし。「あ、オレ転生者っす」そんな、混乱した頭の中で考え抜いた台詞を呟いた直後、俺は背中から見事に地面へと落下する。背中の荷物が盾になってくれたのか、不思議と怪我はしてなかったのが救いだろう。………俺、マジで生きてるよね?ゾンビとかじゃないよね?「首が180度回ってるとか無いよな!?何か視界がグラグラしてて不安なんですけどー!?」「い、生きてますか!?……って、無傷!?」脳が揺れたのか、ガクガクと生まれたばかりの小鹿のように足腰を震えさせつつも叫ぶ。OK、冷静になるんだ俺。今は現状の把握を急ぐんだ……把握も何も、車に跳ね飛ばされただけだな、うん。そして、俺に駆け寄ってくる女の子は下手人第一号って訳だ……今死ね!すぐ死ね!骨まで砕けろぉ!!「テメェこのクソ女!殺す気かああ゛ン!?犯した後バラして埋めンぞ!?」「うっわ、何か妙に物騒な物言いなことで……」「轢き殺されそうになった人間がその犯人に対して良い感情抱くと思ってんのかよ!?」俺が半泣きでそう叫ぶと、何やら悲痛そうな顔をする加害者(もう女の子扱いはしない)。……おい何だその涙、お前が悪いんだろーがああ?……え?何か周囲の目が非常に痛いんですが?特にそこのイタリア野郎、何見てんだオイ。「……はいはい、無傷だったし、落ち着いたからもうそんな顔しないで下さいよ……」とりあえず、周囲の視線が何か痛いから俺はそう言うとパァっと顔を輝かす加害者。べ、別に許した訳じゃ無いんだからね!勘違いしないでよ!「……うん、セルフツンデレは無いわー…」「ツンデレ?」「気にするな………で、貴女が自分の迎えでありますか?」そこまでで今までの空気を切り捨て、しっかりと敬礼をし、そう尋ねる。先程までは俺が被害者ってのもあったし、俺が冷静じゃなかったのもあるから色々と言ったがもうそれは引き摺らない。それを加害者……じゃなくて迎えの少尉も察したのか、しっかりと敬礼を返し、小さく笑んだ。「はい、バーラット少尉ですね?私は国連海軍第887戦術機甲中隊所属のセレーネ・ヴァレンタイン少尉であります」「は、自分は米陸軍第62戦術機甲連隊より派遣されたクラウス・バーラット少尉であります………国連“海”軍?」「あれ、米“陸”軍……?」お互いがお互い、何やら微妙に誤差のある自己紹介に目をぱちくりとする。俺は陸軍で彼女は海軍?あれ?「あれ……?」「いやいやいや、何で首傾げてるんですか?先立って連絡が来てる筈なのですが……」「え?……あれー?」何やら本当に『分からない』といった風に頭を傾げる彼女に俺は思わず肩が落ちる。現状ではどうにも解決に至るのは無理、そう思ってサッサと次へと行動を移した方が良いだろう。「ヴァレンタイン少尉、部隊の元へ行きましょう。隊の責任者である隊長であれば詳細を知っている可能性があります」「そ、そうですね!では、助手席に乗って下さい!」俺の助言にヴァレンタイン少尉が『合点が行った』とでも言いたげに元気良く声を上げて俺の腕を引いてジープへと連れて行く。それに俺も従いつつ、助手席へと腰を降ろす。そして、彼女がジープのエンジンを始動した瞬間に思い出す。――――……コイツ、さっき車を暴走させてなかったか?「おっし!何はともあれ、急ぐに越したことは無いですね!」「ヴァ、ヴァレンタイン少尉!ちょっと待ったああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………―――――」ガオンとエンジンの咆哮が響いたと同時に、改造でもしてんのか知らないがホイルスピンをさせてジープがロケットスタート。その加速に、俺の口から出た叫び声がドップラー効果のように響いては尾を引いて消えていく。待て、待ってくれ少尉。明らかにこれは基地内部を、しかもこんな整備もされてないような悪路を走る速度じゃない。そう言いたくても口を開けば舌を確実に噛む、それくらい揺れている。しかもシートベルトを締めてなかった所為でジープが段差を超えるごとに衝撃でケツが浮く!アレだ、ガキの頃にジェットコースター乗ってたら安全バーから下へズリ落ちた感覚と少し似てる。踏ん張らないと体がどっかに吹っ飛びそうなのだ、いやマジで。当時、アレは事故だろ!?と思ったもんだ。そんなことを思い出しつつ(走馬灯とも言えるんじゃね?)、俺が意識をどこかへ飛ばすのを防いでいると視界の端にハンドルを握る少尉が入る。……何で頬を紅潮とさせてるんデスか?「うーん……快☆感!」(最悪だこの女ー!?)アクセルを更に踏みながらそんなふざけたことを抜かす馬鹿女に思わず顔を青くして反論したくなる俺を誰が責めるだろうか?ハリウッド映画じゃあるまいし、スタントシーン染みたドライブを俺は求めていない!俺が心でそう何度も繰り返して叫び続けると後輪を滑らせるようにジープが停車する。だが、車は止まっても車内でシェイクされていた俺が止まれる訳が無い。慣性の法則という素晴らしくもクソッタレな物によって俺の顔は見事にフロントガラスに叩き付けられた。「は、鼻が……!」「へ?どうしたんですか?」(本気で埋めるぞこのクソアマ!?)おい何で素の反応してんだよ!さっきの見ただろ!?鼻っ面をめっちゃくっちゃ打ったんだぞ!?……あ、鼻血が出てきた、ティッシュティッシュ。「ここがウチの部隊が使用してるテントです。 隊長、新しく配属されたバーラット少尉をお連れしましたー!」「はぁ……失礼します……」サッサとテント内へと入っていくヴァレンタイン少尉に恨みを込めた視線を送るが無視され、テントへ入っていく彼女に付いていく。テントのサイズからして恐らくは2~30人は入れそうな広さはあったが、そこに居るのはたった4人だけ。その内の一人が『此方へ来い』と言うように片手を挙げるのが俺の視界に映った。「セレーネ!」「隊長!バーラット少尉を連れて来まし―――『お前はまた暴走したのかこの馬鹿女!!』 痛い!?」ヴァレンタイン少尉が呼ばれた子犬のように『隊長』と言った人物に駆け寄るとつむじ目掛けて拳骨が落とされる。それに内心で喜びつつ、俺の仇を討ってくれた隊長の前へと立ち、敬礼した。「本日より国連海軍第887戦術機甲中隊へと配属されましたクラウス・バーラット少尉であります」「887中隊を纏めてるジム・マルティネスだ。 地獄へようこそ、バーラット少尉」がっしりとした体と豊かなヒゲが特徴的な男が手を差し出してくる。それを俺はしっかりと握り返し、頭を下げる。俺が頭を上げるとマルティネス隊長は視線を横に座っていた男たちへと向ける。視線で合図を受けた男たちも合点が行ったのか、それとも前もって話してあったのか、それは不明だがそれぞれ自己紹介を始めた。「セドリック・ジャクソンだ。 マルティネスとは訓練校からの同期で副隊長をしている」「俺はヘンリー・マッケンジーだ。 よろしく少年」「ジャン・ブルーノ、仲良くしようぜ?」ジャクソン、マッケンジー、ブルーノの順でそれぞれが思い思いの挨拶を告げてくる。それに俺はしっかりと答えるように、息を吸い込み、口を開いた。「はっ!弱卒でありますがよろしくお願いします!」俺の敬礼に全員が揃って返礼し、そのしっかりとした返礼に俺も少しだけ緊張は解ける。ヴァレンタイン少尉は未だに頭を抑えて地面と睨めっこ状態だがこの5人の纏う雰囲気からして、それなりに過ごし易そうだ。ただ、この場に存在しない他の隊員はどうだか分からないが……。「マルティネス隊長、質問があるのですがよろしいでしょうか?」「ん?何か気になるのか?」「はい、他の隊員は今は任務に従事してるのですか?後でまた挨拶をしないといけませんし……」そう、軽く尋ねると顔を見合わせる5人。『俺は変なことでも言ったのか……?』…そう思っていると、非常に簡単そうに俺に教えてくれた。「バーラット少尉……ウチの隊は“これで全員”だ」「………!」苦笑しながらそう俺へと告げるマルティネス隊長。その顔にあるのは特にこれといった感情は篭ってなく、ただただ事実を告げているだけだ。そのまま、俺が少し目を見開いているとブルーノ少尉が組んでいた足を崩し、面倒そうに口を開いた。「この部隊はとっくの昔に一度壊滅してな、第一防衛ラインから部隊再編集のために今居るココ、第三防衛ラインまで下がらされたんだよ」前は第887“大隊”だったんだぜ?……そう告げ、ブルーノ少尉はまた足を組み直す。機嫌が悪そうに言う顔は、思い出したくも無い記憶を思い出したからなのか歪んでいる。周りも、それに口出しはしない。ただ、未だに現実から何処か遠ざかっている俺を静かに見ているだけだった。そして俺も、意識は凍っていた。大隊規模、36人の衛士からなる部隊が今はたったの5名しか生き残っていない。致死率は約88%、現実を直視すると、俺はBETAとの実戦ってのを舐めていた……そう実感する。マルティネス隊長が最初に俺へと言った言葉、『地獄へようこそ』はジョークでも何でも無いのだ。原作知識も、こういった場合には何も役には立たない……そう、言わずと教えられた気がした。「……しっかし、一つ聞いていいかバーラット少尉」「………は、はい?す、すいません、ぼーっとしてました」「いや、少尉に聞きたいことがあったんだが……良いか?」マルティネス隊長が心配そうに俺を見て、その脇に控えていた副隊長のジャクソン中尉が俺にボトルの水を渡してくれる。それに俺は礼を言ってから一気に飲み干し、少し呼吸を落ち着かせる。俺の後ろではショックによる俺の嘔吐や過呼吸に備えていたのかビニール袋を持っていたヴァレンタイン少尉がオロオロとしている。多分、彼女も“自分の体験談”からその備えをしてたんだろうけど、精神年齢じゃ三十台後半である俺の小さなプライドが何とかソレを押し止めてくれていた。「……ありがとうございます、ジャクソン中尉……隊長、何でありますか?」「いや、少尉の経歴を見たんだが……訓練校の戦術機課程では既にF-15、イーグルを預けられる腕前を持っていたようだな?」「ヒュー♪訓練兵時代から“最強”と名高いイーグルファイターね……」「米軍でもまだ全軍配備は完了していないし、欧州じゃ殆ど第二世代機が存在しないからな……訓練兵時代からそんな機体を当てられるなんて十分にエリートコースじゃないか」マルティネス隊長が持っている俺の経歴書を見てそう告げると、ブルーノ少尉の囃すような言葉とマッケンジー少尉の驚きが篭った言葉が出る。確かに、訓練兵時代は色々と問題を起こしてはいた俺だが無駄に戦術機の操縦技能は高かった。多分、このオルタネイティブという物語の主役である白銀と同じように、俺も現実ではそういったロボット系のゲームはかなりやり込んでいた。それが関係してるのもあるし、この体の戦術機適正が高かったのもあると思う。イーグルも、一部の訓練兵に割り当てられたのだって当時は不思議に思った。今思えばアレは【青田買い】ってのもある気がする。訓練兵時代から第二世代機に順応させ、更にその中から今現在も開発が進んでいるだろう第三世代機……YF-22とYF-23のテストパイロットを選出する。俺は原作の知識もあるから、今の米軍では関係者しか知らないであろう極秘事項であるYF-22やYF-23のことも多少は知っている。それらの“可能性”を踏まえての、限りなく妄想に近い予測だ。1991年にF-22が正式採用されたがG弾の実用化によってF-22懐疑論が出て、大幅な予算削減があったのはしっかりと公式で出ている。だとすれば、F-22が正式採用されるまで一年間、YF-22とYF-23のトライアルがあったから恐らくは1990年にはもう既に開始しているのだろう。それを踏まえると、1989年くらいにはYF-22、23のプロトタイプは出来上がっていたはずだ。そしてYF-22、23の両機が持つ最大の特徴は後に【戦域支配戦術機】と呼ばれるに値する圧倒的な性能。それを実証するには、経験の浅い新人衛士を乗せて数多の古参衛士を圧倒する……正式採用される要因にそれくらいのインパクトは必要なはずだ。実際、本当かどうかは不明だが現実の戦闘機としてのF-22にこんな話がある。『新人パイロットが搭乗したF-22一機に対して熟練パイロットが乗ったF-15四機が模擬戦を行い、F-15は抵抗すら出来ず圧倒された』それを思うと、何だかこの予想も間違ってはいない気がしなくもない。1998年の春に訓練校を卒業した訓練兵を選抜し、その中からYF-22、23の衛士を選抜して集中的な教育を行い、1990年よりトライアル……こう思うと、妙に“ありそう”だ。(そうすると、近接格闘の成績だけはトップだった俺はYF-23のテストパイロットに成れたかもしれねーのか……どうでもいいけど)あくまで妄想、予測の域だ。期待するのだって馬鹿らしい。俺はこの無駄に張り巡らせた思考の渦を振り払い、何やら戦術機談義に興じている隊長たちを見る。俺がまだ完全に落ち着いていないのもあったのだろう。だからこそ、少し待っていてくれている隊長たちに感謝しつつ、俺は小さく咳をする。すると、隊長たちの会話が止まってまた先程までの質問の空気が出来ていた。「おおっと、すまんすまん。 で、訓練兵時代にイーグルを預けられて卒業……前の部隊、第62戦術機甲連隊からたった一週間で俺の部隊に、か……」「どう考えても厄介払いですよね……何かあったんですか?それに、テントに来る前に気にしてた何で陸軍なのに海軍に配属されてるのかも気になりますし……」俺の経歴を呟くように読みつつ、難しい顔をする隊長と無邪気に俺が欧州へと来ることになった理由を尋ねてくるヴァレンタイン少尉。周りは『直球で聞いたなー』みたいな顔をしてる。隊長は経歴に書かれているであろう『上官への暴行によって隊からの追放』の文章を読んだのか、少しだけ顔が怖い……まぁ、俺も思い出したくはないんだけどな…。「………以前の連隊長、ホモでして……俺のケツ…何故か執拗にまで狙ってきてまして……」「「「oh………」」」俺の力ない独白を聞いたジャクソン中尉、マッケンジー少尉、ブルーノ少尉が青い顔で同じように言葉を漏らす。俺を見るその目は同情に満ち溢れて、同情の視線が向けられている。………あれ、何だろう?何か目から汗が出てきたよ?「それで、報告書提出に行った際に部屋に連れ込まれて、襲われそうに……グスッ…だから、思わず顔を……ヒック……」「もういい!俺が悪かった!だからもうそれ以上言うな……!!」「少尉、私の胸を貸して上げますから……少しだけ泣いても良いんですよ…?」悲痛な声で俺の言葉を遮る隊長に聖母のような微笑みで俺の頭を抱き締めるヴァレンタイン少尉。おいやめろ、本格的に泣きたくなってくるから。「だ、大丈夫です……あの、俺の予測なんですけど……俺を海軍に送ったのは地味な嫌がらせだと思います……任務上、死の八分を超えるのも難しいですし……」「ま、まぁそうだろうな……海軍の任務は要約すれば【橋頭堡の確保】だ……A-6部隊と並んで最前線任務だからな」「ホモの上官が居る地獄から逃げたら今も今で地獄だな、バーラット少尉……呪われてるんじゃないか?」「ブルーノ少尉、冗談でも笑えないです」やめてくれマジで。今日もだけど昔から“不運”と“踊っ”ちまってんだから。正直言うと冗談になってないです。俺が空笑いでそう嘆いていると隊長は空気を変えるように比較的大きく『よし!』と声を上げる。それに、全員が注目する中で小さく笑んで口を開いた。「バーラット少尉の着任を歓迎して今日は飲むぞ!俺の奢りだ、遠慮するな!」それから、未だにBETAの侵攻がギリギリのところで及んでいないノルマンディーの街へと繰り出した俺たち6人は基地の兵士たち行き着けの酒場で少ないながらも酒を楽しんだ。俺も、体はまだ未成年だけど少しだけ飲んで騒ぐ、一分一秒を楽しむように。皆の話も、聞いてみるだけで楽しいものだった。マルティネス隊長とジャクソン中尉はアメリカ人で、以前は海兵隊の所属だったけど欧州に残り続けて戦っているってこと。マッケンジー少尉はイギリスに奥さんが居て、この間に子供が生まれたって嬉しそうに写真を見せてくれたこと。ブルーノ少尉はイタリア出身で、今までに色んな出会いを経験してきたってこと。ヴァレンタイン少尉は俺が配属される二日前にこの部隊に来て、しかも俺より年下にしか見えないけど実戦経験もある20歳のお姉さんだったり。思い出を刻むように、皆で色々な話をした。俺も、何でか分からないけど必死に色々な話をしていた。故郷のこと、絶対に生き残って笑い続けること、そのウチ故郷に帰って農業でもしようと思ってること。皆は『まだ16歳なのに人生設計を立てすぎだ』と笑う。俺も『それもそうだ』と笑う。でも、夢を見るってことは良いことだと……全員がそう言ってくれた。そんな、短いけどしっかりとした“思い出”を、俺は思い出していた。 ◇【1988年11月18日】『ヘンリーが喰われたッ!ジャクソン、カバーしろ!!』『ああ…畜生ッ!アイツはガキが生まれたばっかなのによォ!!』『悲しむのは後でしろ!!俺を殺す気かテメェ!?』半壊したF-4、その管制ユニット内に雑音交じりの通信が耳へと届く。何で俺はこんな状況になっている?誰か、教えてくれ……そう言いたくても口が開かなかった。(……ヴァレン、タイン少尉……?)うっすらと開けた瞳には、管制ユニットを切り裂いている大きな裂創の隙間に工具を差し込んで管制ユニットをこじ開けようとしているヴァレンタイン少尉の姿。それを見た瞬間、思い出した。俺たちが所属する第三防衛ラインへとBETAの侵攻を許していること。BETAの圧力に押され、隊長たちと分断されたこと。俺が突破口を開こうと無茶な機動制御を行った所為でフリーズした機体が要撃級BETAにタコ殴りにされたこと。そして、俺の左腕がタコ殴りにされた際に変形した内壁に挟まれたのか、千切れたように既に無いこと。その痛みいう単語で表せない苦痛と出血で、今まで意識を喪失していたんだろう。足元にはモルヒネや止血剤が転がっているところからして、唯一無事な右手で出来るだけの応急処置はした……そんなところだろうか。『急げセレーネ!こっちはもう持たない!!』「分かってます!あと少し……!」額に汗を浮かべ、こじ開ける為の工具へと満身の力を込めて足掻くヴァレンタイン少尉に俺は口を開く。『俺を放って逃げろ』とか、『死にたくない』とか……何を言ったのか分からないし、実際に声に出せたのかも怪しいと思う。ただ、口をパクパクと動かしていただろう俺に少尉は笑って俺に声を飛ばす。『頑張れ』とか、『もうすぐだ』とか……そんな、自分も危険なのに安心させるようなことばかりを俺に言って来る。機体の外じゃ、隊長たちがボロボロになったF-4を使って時間を稼いでいる。中隊は6人で、俺とヴァレンタイン少尉の二人が戦ってないのに今は3機しかいなくて、暫らくしたら動いているのは2機になり、次は1機……そして、銃撃の音が無くなった。俺たちを守っていた、その音が。「開いた……!バーラット少尉、早く脱出しましょう!」ヴァレンタイン少尉が目から涙を流しながら、少なからず開いた隙間へと入って俺の残った右腕を持って体を支えた。ただ、その支えは直ぐに無くなる。少尉を、彼女の片腕を掴む“赤い腕”。それが、目を見開いたヴァレンタイン少尉を外へと引き摺り出したから。「いぎっ!?……あぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――!!!!!!」叫び声が聞こえる。泣き声が聞こえる。何かを噛み砕く音が大きく聞こえる。ナニかを引き千切る音が聞こえる。俺はそれを、聞きたくないのに聞かされる。『そんな音を聞きたくない』と、気がつかない内に流れ出る涙をそのままに、俺は叫んでいた。……それから、暫らく時間が経った。俺の望み通り、今は叫び声も、泣き声も、何かを噛み砕く音も、ナニかを引き千切る音も、聞こえなくなった。変わりに聞こえるのは、ガリガリと、機体へ響き渡る鉄の削れる音だけ。ただそれも、以前から聞き慣れた音が……跳躍ユニットと36mmが放たれる音と共に無くなっていた。視界に映ったのは、一機のF-18。それが、米軍が派遣した第三防衛ライン所属部隊の支援部隊の内の一機だと知ったのはその一週間後、入院していた病院で目が覚めてから。部隊の生き残りは、俺だけと知ったのもその時だった。『アメリカへ戻るのなら手を貸す』俺を助けてくれたF-18に乗っていた海兵隊の少佐が見舞いに来た時にそう言った。この人はマルティネス隊長とジャクソン中尉の上官だったらしい。俺がユーラシア送りになった事情も知って尚、俺にそう言ってくれた。……だけど、俺はそれを断っていた。理由なんて無い。本当に無意識に近い感覚で、この土地から離れるのを拒絶していた。少佐は、何も言わずに拒絶する俺を見て目を瞑った。『あいつらも、本国の帰還命令を無視して国連に残り続けていたが、海兵隊の誇りだけは捨てなかった……』そう呟いた少佐は、何かを思い出すように、言い聞かせるように俺へと教える。『海兵隊員は許可なく死ぬことを許されない』『海兵隊員は仲間を絶対に見捨てない』隊長たちが、皆が貫いた誓いの一つ『仲間を絶対に見捨てない』の結果が俺だと。だから、お前は許可なく死ぬな……そう言って、少佐は帰っていった。……それから、戦場へと復帰した俺は戦い続けていた。撃墜されても、意地でも生き残ってまた出撃してBETAを殺し続けて、いつ死ぬかも分からない毎日を過ごし続ける。それで良いと思う自分が居たのも事実だ。……ただ、1993年の欧州からの全面撤退を完了させた後、俺は迷い込むように一つの道を見つけていた。【訓練教官資格】…それを得る機会に恵まれ、本当に何で取ったのか分からないけど何時の間にか資格を有していた。それで、今の俺が居る。“転生者”クラウス・バーラットは一度壊れて、新しく生まれた“ただのクラウス・バーラット”がそこに生まれた。それが、この世界で俺が本当に生まれた日なんだろう。前世でもなく、この世界のクラウス・バーラットとしてでもなく、【俺】という存在の在り方が。 ◇【2005年12月25日 イタリア ティレニア海 ローマ沖】今から3ヶ月前、南イタリア方面から海軍による強襲を行い、陸軍部隊がその隙にナポリ周辺を完全制圧した。その際も、俺はその戦場へと参戦していた。「バーラット隊長、ホルス大隊衛士35名集合いたしました」「了解した、マクタビッシュ中尉……さて、と…」そしてまた、戦場へと俺たちは行く。海を行く空母の甲板に並ぶ、俺が預かる35人の衛士たちは俺を真っ直ぐと見て、俺の言葉を待つ。さっきまでは部下の手前、固い口調だったエレナも今はバレないように片目を閉じ、合図をしてきた……やれやれ。俺が味方の鼓舞ってのはガラじゃないのに。「―――――国連海軍に所属する最精鋭の総員に告ぐ!」声を張り上げる。思った以上に、声が広がった。「俺たちは生まれも、人種も、性別も、故郷もそれぞれが違う……だが、今は同じ目的を持って共に行動し、共に戦う仲間たちだ」国連軍という環境上、様々な人種が揃う……でも、俺たちは一緒だ。俺たちがやることは、ただ一つだけ。「今回はイタリアの完全開放を目的とした戦場だ。イタリアを祖国に持つ者は弔い合戦でもあり、故郷を取り戻す戦いでもある」何人かの、イタリアを故郷に持つ衛士が小さく頷くのが目に入る。彼ら、彼女らにとってこれは大きな意味を持つ戦いだ……ただ、俺は続ける。そう、この戦いは……「……しかし、この戦いが最後ではない!未だBETAに支配された故郷を持つ全ての隊員の故郷を開放してこそ、この部隊の終わりだ!」その言葉に、意味を含ませて俺は言う。全員の故郷を取り戻してこそ、俺たちの戦いが終わりだと。だから……だから絶対に…………「――――――死ぬなよ……!」後書き一人称の練習とクラウスの過去とクラウスの今のあり方の始まりとイタリア開放な話。いつぞやの閑話の夢で出た過去フラグ回収完了。