【2003年3月27日 イギリス・国連軍共同墓地】この季節は何かと変わり目、節目という意味合いが大きくある季節だ。ユーラシア大陸を間に挟んだイギリスと同じ島国である日本では“桜”という淡いピンク色の花がもう間もなく木に纏わる様に咲き誇ると聞いた事がある。満開に咲き誇る桜の花は見る者その全てを魅了し、また見たいと思わせる程の花の様だ。それに加え、桜の花の名を冠した人類の一大反抗作戦―――『桜花作戦』現状の人類の未来を繋ぐこの作戦の名は一般にも広く知れ渡っている。それを考えると、桜の花のネームバリューは最高と言える。「……よしっ」私は祈る様に胸に置いていた手をゆっくりと降ろし、気合を入れる様に小さく自分の頬を叩く。今の自分が着る国連軍衛士訓練校生が身に纏う制服を着ている以上、無様にもボゥとしてる訳にはいかない。私が目の前に立つ像とその傍らに立つ慰霊碑には桜花作戦で散っていった兵士達の慰霊の言葉が刻まれている。あまりにも膨大な数に昇った戦死者…その全てを見るには基地の専用PCから閲覧が必要な程に多く存在していた。その中には、私の最後の肉親であった兄の名前も存在している。「兄さん……」―――兄は優秀な衛士だった。それは国連軍最精鋭が集う軌道降下兵団――オービット・ダイバーズ――の中で一つの部隊を率いていた事からも納得できると思う。……そんな自慢な兄も、『花が散りやすい』と有名な桜の花と同じ様に桜花作戦で散っていった。「英雄、か…」【桜花作戦】……オリジナルハイヴ攻略を目的とした全人類の総力戦。そのオリジナルハイヴ攻略部隊を率いていたA-01指揮官である神宮寺まりも少佐は国連軍広報官や世界中の国々から飛んできた記者達にこう答えていた。『オリジナルハイヴへと繋がる道が開いた瞬間、何十万ものBETAの奇襲の中でダイバーズの衛士達が道を切り開てくれた』『彼らが居なければ、あの場所で全滅していた可能性は考えるまでも無い』その結果か、慰霊碑には兄の名前を筆頭にA-01を守り抜いた者達の名前がしっかりと刻まれている。他にも亡くなった方は存在しているが、これだけでも誇れるものだと私は思う。……いや、そう思わないと今も悲しみに暮れてしまいそうなだけなのかも知れない。そこまでゆっくりと考えて、私は慰霊碑に背を向けて墓地を出るために歩き出す。今日は来月から私も訓練校に入るというのを伝える為に来たのだ。報告が済んだのなら帰って少しでも訓練に着いていける様に体を鍛えよう……そう思うと、少しだけ小走り気味になっていた。「よーしっ!頑張るぞー!!」気合を入れる様に声を上げ、また小走りから本格的に走り出す。明日、明後日、明々後日、もしくは来年……その先に何が起こるのかは分からない。だけど、元気だけが取り柄みたいなのが私だ。だから、元気じゃない私は私じゃない……そう思うから、とにかく空元気でもいいから声を上げながら……私は墓地を出て行った。途中、顔を大きく横切った傷痕と咥えタバコが特徴的な男の人が献花用の花束を買っているのを横目に見ながら。 ◇さて、ふと思うのだがどうして『責任者』と呼ばれる人間の話は長いか疑問に思った事は無いだろうか?私がまだ小学生の頃の先生…特に校長先生なんかの話は長かった印象が強い。それは軍でも同じなのか、それとも先程からこの長い長い演説に飽き飽きとしていた。基地司令自身が自己の演説に酔っているのかは不明だが、既に入隊の誓いは済んだというのに今も話は終わらない。「(暇だなぁ…)」演説を続ける基地司令の話を右耳から左耳に通り抜ける様に聞き流しつつ、周囲に並ぶ人物を眺める。私と同じく今期入隊した訓練兵は緊張しているのかしっかりと演説を聴いているようだ。私自身は兄の部隊に遊びに行った経験もあるので軍隊特有の緊張感には慣れているつもりだからこんな態度なんだろう。まぁ、そこは置いておこう。これから半年間に渡って一緒に汗水垂らして競い合い、協力し合う大事な友達であり“戦友”だ。相性とかの問題もあるとは思うけど仲良くやれると信じている。とりあえず、現状の問題は……「(どんな人が私たちの教官になるのかな~)」そう、それが気になっているのだ。本来はこの入隊式の場に居るであろう私たちを訓練するであろう階級……つまりは軍曹の人物が存在していない。基地司令の秘書官を中心とした尉官しかこの場に存在してないからその事は分かるのだ。だからこそ気になっている。もしかすると後で紹介されるのかも知れないが教官として、自分が鍛える訓練兵の入隊式にすら出ないのはどうなのかと思ってしまうのだ。そうこう思いながら欠伸をかみ殺し、基地司令へと視線を向ける。そろそろ話が終わりそうな感じがしたからだ。「――――以上で私の話を終わりにする。諸君らの入隊を歓迎しよう!」「基地司令に敬礼!」ビンゴ―――心の中でそう呟いて姿勢を正す。人の顔を見てある程度の行動を予想できるこの特技も鈍ってはいないみたいだ。そんな風な事を考えつつ小さく笑みを浮かべて敬礼。お世話になります…そう思いながら敬礼を解除すると秘書官らしき人がマイクを手に取っていた。「それでは全員、第4ブリーフィングルームへと移動してください。担当教官からの班分けの発表と小隊長任命が行われます」その待ちに待っていた通達に全員が色めき立つ。先ず間違いなく“担当教官”の存在に対しての淡い期待なのだろうが……その期待は基本的に破られるものなのだ。私の知る“軍曹”と呼ばれる人間とは総じて『さぁ死ぬまで走れ!足を止めるのならいっそ死ね!!』な人種ばかりだ。これはあくまでも厳しく…それこそ教官を訓練兵が憎む程に厳しく罵倒し、その肉体と精神を極限にまで追い込むのが教官の醍醐味と言っていい。これが、甘ったれた餓鬼を一人前の“殺し屋(ソルジャー)”へと変えていくのだ。その昔、アメリカ製の映画で米国の対外国派遣部隊の中心となる海兵隊、その中で教官を務めていた軍曹みたいなシゴキがあるのだろう。訓練兵の中に狂ってしまった人が居たが、そんなのがこの仲間たちより出ない事を祈るしかない。「―――あんな歌、歌うのかな…」ランニング中に合唱していた歌の歌詞を思い出して少しだけ顔が赤くなる。自分で言うのも本当にアレなのだが……私とてまだ乙女なのだ。流石にその手の事は知識として知っているし言葉の意味も分かる。ただ、軍隊とは言えどそんな内容を大声で高らかに歌うなんて……「……おい、大丈夫か?」自分の中に浮かんだ考えに「いやんいやん」と思わず体をくねらせてしまうと隣にいた私と同期の男性が声を掛けてくる。そう言えば、他の隊員とまだ話もしてないな…と思った私はその声をかけてきた方を向くが……視界には茶色の髪の毛しか写っていなかった。「……えっと…」首の角度を下へやや修正。そうするとようやく人の顔が私の視界に入ってくる。何処か強気っぽい感じのする男だ。短パンとか似合いそうである。「……何歳?」「ぶっ殺すぞテメェ!?」男――いや少年?――が顔を赤くして叫び声を上げる。声もしっかりと聞くと、変声期を迎えてないような高さがあった。……待て、いや本当に待ってくれ。私の身長は160cm、女性としては平均的な身長であろう……なのに、視線の高さが確実に私より低いこの少年の背は何cmなのだ?それに顔立ちも非常に幼く見える、いわゆる童顔という奴だ。この場に居る人間は各国から全員が志願して国連軍に入っている、それで考えれば年齢は最低でも16歳の筈……だよね?「いやっはっは~……ゴメンナサイ」「謝るんじゃねェよ畜生っ…!!」遠くを見るようにして謝ると何か泣きそうな声で怒りを露にする少年。ちょっとだけ慈愛を込めて頭を撫でると思いっきり払われる。まったく、レディの扱いがまるでなってない。「で、非常に愉快なコントは終わりかな?」「「―――――ッ!!!」」私と少年の会話が一段落ついた所で背後より掛けられる声に二人して固まる。そして、壊れたブリキのおもちゃみたいにゆっくりと首を後ろに回すと……非常にイイ笑顔をした“軍曹”の階級である人が腕を組んでいた。(え、うそ、本当に?――――こ、これはかなり拙い…っ!?)「あ、ああああのこれはっ!?」顔を真っ青にした私と慌てた様子で何かを言おうとして声にならない声を発する少年。この状況下で言い訳はかなり下策なのだがそれを静止するのは混乱と焦りに思考を完全に割かれた今の私には無理そうだ。そして、私の考えが纏まらない間に名も知らぬ傷顔(スカーフェイス)の軍曹は口を開いた。「―――アレン・サーシェス訓練兵」「はいっ!!」「しっかりと貴様の名前と顔は覚えた、分かったなリトルボーイ?」「Sir yes sir!」少年―――アレンは最敬礼をして背筋を更にピンッと伸ばす。完全に目を着けられたアレンの顔からは如何にも不健康そうな汗が流れ落ち、見てるだけで体調不良なんじゃないか?と疑いを持ちそうだ。そして、軍曹の視線が私へと向いた。「ニーナ・エルトゥール訓練兵も随分と余裕のようだな?目をかけておいてやる」「Sir thank you sir!」「いい返事だ…………エルトゥール、か…」「……?」何か考えるような顔つきになり、小さく言葉を呟く軍曹に少しの疑念が浮かぶ。しかし、それは本当に一瞬だけであって直ぐにも疑問を含んでいた顔は見えなくなっている。そして傷顔の軍曹は教壇に移動し、ゆっくりと口を開いた。「さて、とある2名に少々の時間を割かれたが……初めに自己紹介をしよう。クラウス・バーラットだ、君たちを預かる立場になった」『とある2名』という皮肉に申し訳なさを感じて顔が歪むが軍曹が名乗った『クラウス・バーラット』という名に私を含めた多くが反応する。クラウス・バーラット……大々的にその姿を世界に晒したA-01部隊の中に名前のみだが残されていたその名は有名だ。私は桜花作戦以降、長期の入院生活を送っているとは軍から配布される民間向けの広報誌で知ってはいた。だが、そんな人物が自分たちの教官になるとはお天道様でも思いつくはずは無いだろう。というか、流石に予想外すぎて私も呆けてしまっている位だ。「まぁ、悪評なりなんなりと聞いた事がある者も居るだろうがそんなのは貴様らを鍛え上げるのに関係はせん。それだけは心しておけ」かの“XM3発案者”である『白銀武』や“魔女”『香月夕呼』というビックネームには及ばないが彼が生み出したその逸話は多く知られている。彼を指して言われる言葉は数多く……数多すぎるほどに存在している。それが近年、やっとと言うかなんというか……ようやく呼び名が定着したらしい。【どんなに不可能な状況であっても、人が無力な環境であっても人の生き死にの法則を曲げて生き残る男】それを“世界”に当てはめて例える。香月夕呼博士による命名、『世界に喧嘩を売った男』だ。(うーん……どうにも過大評価というか、非現実めいてる気が……)36人の訓練兵の視線を一身に受けながら小隊長任命を始める軍曹の姿を見てニーナはそう思う。撃墜という状況、そしてBETAが支配する戦場で生き残るなんて所詮は運だと思っている。私はその運に…それこそ“神の加護”とも言えるような運に生かされているのだろう……そう思うのだ。(少なくとも“普通の人間”はG弾に巻き込まれるとか荷電粒子砲で焼かれるとかされて生きてる訳は無いのだが、彼女がその事を知るのはまだ先の事だ)(だとしても……)バーラット軍曹の事を見つめる彼女の瞳には興味とは違う別の色が入っていた。クラウス・バーラット……桜花作戦においてオリジナルハイヴへと突入し、奇跡の生還を果たした男。彼ならば……兄の最後を詳しく知っているであろうとニーナは思っている。オリジナルハイヴへと突入し、最後の最後まで人類の勝利のためにA-01の進む道を開く為に戦った兄とその仲間たちの最後を。国連軍第3軌道降下兵団・ヴェクター中隊の最後を。「―――ゥール、エル――ル、……ニーナ・エルトゥール!」「はひっ!?」大きな声で名前を強く呼ばれ、声を上げて立ち上がるがその反動で舌を噛んでしまってちょっと涙目になる。そして声の方角へと視線を向ければ、「私、不機嫌です!」な気配を滲み出すバーラット軍曹の姿がそこにはあった。「エルトゥール、仮にも上官の呼び掛けを何度も無視するのはどうかと思うが?」「も、申し訳ございません!何用で御座いましょうか!?」呆れたように溜め息を吐くバーラット軍曹に慌てて頭を下げる。そうだ、いくら考えを回らせていたとはいえ私は正式に軍属の人間になったのだ。これがもし命令や任務の説明だとすれば、そしてそれを聞かなかったが原因で自分を、仲間を巻き込む可能性を生むのなら……そう思うと自分のミスに嫌気が差す。「まったく……エルトゥール、貴様をC中隊・第一小隊小隊長に任命する」「はい、了解です……」そんな、慌てていた私の姿に小さく笑みを零してから残りの小隊長の任命を続ける軍曹。その反面、私はちょっと落ち込み気味である。だが、軍曹が続けていった言葉に私は落ち込んでいたのが嘘みたいにテンションが上がっていた。「―――以上が小隊長となる、細かい振り分けは訓練初日から行うぞ……さて、これから親睦を深めるためにメシでも食ってから基地施設を案内する―――戦術機ハンガーもな?」(戦術機……っ!!)一瞬、室内にざわめきが起こる。戦術機…それは私たち訓練兵にとっては一種の憧れに近い存在だ。それを早くから拝めるとあればこれ以上に嬉しい事は無い。皆もそれは同じで……特に、隣のアレン少年(もう少年って呼ぼう)なんかは本当の子供みたいに目を輝かせている。「よし、俺に着いて来い!」「「「「Yes sir!!」」」」全員の返事を受け、移動を開始するバーラット軍曹に皆が続く。そこから先は皆で食事をし、そしてハンガーでは様々な戦術機を見上げ、管制ユニットに乗り込む事も出来た。皆はとても楽しそうな顔をしていたし、私もこの時間を楽しんでいた………だけど、ここで気づくべきだったんだと翌日に思い知る。無邪気に笑ったりしている私たちを見て、非常に寒気のする笑顔を浮かべている男の事を。次回に続く?クラウスさん軍曹編、2004年の『オペレーション:ラストダンス』まで教官をしていた際の教え子視点。ニーナ・エルトゥール桜花作戦で散ったダイバーズのヴィクター01の妹、16歳のドイツ人。ヘアバンドが特徴(ビジュアルすら出てないけどね!)アレン・サーシェス。ドイツ系アメリカ人、ショタフェイスだけど16歳。短パンが似合いそうな顔らしい(真冬でも半ズボンって小学校によく居たよね)