―――アナタの中で、この物語が終わらないように―――【2003年4月30日】「軍曹、手紙が届いてます」「ご苦労様です少尉。差出人は誰かね………白銀?」検印済みの判子が押された一通の封筒、そこに書かれた「白銀武」の名前に一抹の懐かしさを覚えつつ名前を呟く。……そして、視線に気付く。手紙を届けてくれた少尉の目が、その名前を聞いた瞬間から輝いていたのを。「バーラット軍曹……その、白銀とはあの“英雄”の……?」「ん、そうだ……戦友だ」「やはり!……あ、いえ、では失礼します」「どうもー………随分とグローバルな名前になったモンだな」懐かしさを覚えながら、手紙の文面をゆったりと眺める。これは、長かったと言うべきなのか……むしろ遅かったと言うべきなのか。分からないが、めでたいのに変わりは無いだろう。「そっか、アイツら………」封筒に入っていた二枚のチケット、そして幸せそうに微笑む白銀と鑑の写真。それを胸ポケットに入れ、ゆっくりと煙草を吸いながら呟いた。「―――結婚、するのか……」 ◇日本帝国内に存在するとある教会の一室、そこで純白のタキシードを着た俺は落ち着けないこの気持ちを晴らす様にウロウロしていた。それを、何処か呆れた顔で見る鳴海大尉はスーツを着ている。男同士、戦友としての祝福とこんな風に落ち着かないであろう俺の様子を見に来てくれたんだろう。ありがたい……だが、やっぱり落ち着かないのだ。「あのなぁ、白銀……ちょっとは落ち着けって」「わ、分かってます!え、ええと、指輪もあるし俺は落ち着いてる…大丈夫、大丈夫……」「いや、本当に少し落ち着けって!お前、すっげぇ汗だぞ!?」鳴海大尉が肩を掴んで揺さぶるのに俺はガクガクと頷く。俺は分かってる、分かってるんだ!だから揺さぶるのはぁぁぁ!?「白銀、始まるぞ」そう、俺は口から魂を吐き出さんとしていると伊隅大尉の声が聞こえる。始まる……その言葉に、本当に心臓が止まりそうになったが、ゆっくりと息を吸って落ち着いた。「……ったく、本番になった瞬間から落ち着いた顔になりやがって……うっし!行って来い!!」「ハイ!」背中を押す様に叩かれたのに俺は返事をし、古びた教会を進む。席には、元A-01の全員にピアティフ中尉に京塚のおばちゃん、欧州から駆け付けてくれたマクタビッシュ少尉の姿もあった。「(あれ?クラウスさんは……?)」バージンロードを進んでいき、ステンドガラスを背にした神父様の傍に行くまで周囲を見渡す。皆は小さく声を掛け、声援を送ってくれている……だけど、クラウスさんの姿が列席の中には存在しなかった。「任務でもあったのかな……ま、しょうがないか………は?」少し残念に思いつつも神父様の前に辿り着く。逆光とステンドガラスの輝きで見えなかった神父様の顔も見え……固まった。「どうしたのかな?白銀武さん?」「な、なんで―――――なんで、クラウスさんが神父してンすか!?」見覚えのある顔に、少しだけ薄くなった顔の傷。どこからどう見てもクラウスさんだ。そのクラウスさんが、だ。黒塗りの神父服に胸に十字架を提げた格好で神父として俺の前に居るのだ。驚きというか、正直驚くのも忘れて呆けそうになってしまった。そんな俺の顔色から察したのか、頬を掻きながら口を開く。「ああ、神父を出来る奴が居なかったからな……代役だ」「それってクラウスさんも同じなんじゃ……」「モン・サン・ミシェルで一応は学んでるさ。神様を信じる気は無いが、祈るだけならタダだしな」「仮とはいえ神父の言葉じゃねぇ!」「まぁ、少なくとも懐にタバコと拳銃を入れてる神父は居ないだろうさ……おっと?」「本当に何してんですか……あ」小声で、そう話しているとドアの開く音と共に色めき立つ声が響く。それに、俺はゆっくりと振り返る。夕呼先生にエスコートされ、ベールガールとして霞を連れた……ウエディングドレス姿の、純夏が居た。「………ッ!」「ほれ、しっかりとしろ!」小声で、本当に囁かれるみたいにクラウスさんの喝が入る。それに、鳴海大尉もコッチヘ向けて親指を突き出して、小さくウィンク。ちょっとだけ、落ち着けた。「(え?神父さんってバーラットさんなの?)……!」「(そ、そうみたいだぜ)……」「では、始めましょう――――白銀武さん」「ッ!は、はい!!」目で純夏と会話を交わしていると、クラウスさんの瞳が閉じられる。そして、唐突に名前を呼ばれ、思わず上ずった声で答えた。「貴方は、鑑純夏さんを妻とすることを望みますか?」「―――――はい!望みます!!」「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも……夫として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか?」「はい、誓います!」小さく笑み、満足そうに頷く。そして、その視線を純夏に向けた。「鑑純夏さん。貴女は、白銀武さんを夫とすることを望みますか?」「望みます!」「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも……妻として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか?」「はい!絶対に誓います!」純夏の、力いっぱいの叫びに大きく頷き、そして俺は少し震える手で純夏の指に指輪をはめる。それを見届けたクラウスさんは、何処か自分も嬉しそうの笑って告げた。「では、誓いのキスを」そこで、ちょっとだけ意識が途切れた気がする。覚えているのは唇に感じた柔らかさと皆のニヤつく視線、それに赤くなった純夏。その全てを見届けたクラウスさんは、大仰に手を広げた。「私はお二人の結婚が成立したことを宣言いたします。二人が、今私たち一同の前で交わされた誓約を神が固めてくださり、祝福で満たしてくださいますように」皆が、その言葉に拍手を返し、俺と純夏に祝福の声を掛けてくれる。それに満足したかの様にクラウスさんがニヤリと笑い……俺たちは、バージンロードを歩き出した。「タケルちゃん………ありがとうね、私を奥さんにしてくれて……」「俺も……ありがとうな、俺の奥さんになってくれて」皆が外に移動し、教会の扉が開かれる。そして、視線の先には……かなりイイ笑顔をした、鳴海大尉とクラウスさんが居た……その手に何か握って。◇「「ヒャッハー!祝福だー!!」」「いてててて!?」孝之と並び、ライスシャワーを白銀に集中して叩き込む。それを見ていた彩峰らもニヤリと笑い、同じく叩きつける様に投げつけていた………むしろ、音からして散弾の着弾音化してるが。「た、タケルちゃーん!?」「す、純夏……ガクッ」「「何やっとるかー!!」」俺と孝之両名の頭部に突き抜ける衝撃。後ろを見れば、ハリセンを持ったエレナと手をゴキゴキと鳴らす速瀬の姿。そんな二人に、逃げるのは不可能と判断した俺と孝之は現在、正座して反省中ですハイ。「もう!駄目ですよ、ちゃんと祝福して上げないと!」「エレナ、これは男の祝福の仕方であって……」「言い訳しない!」「ハイ!」―――エレナ・マクタビッシュ。桜花作戦後、欧州へ俺と揃って異動。中尉への昇進と共に国連海軍第279ストラトス中隊長を務める。もう完全に所属が違うというのに、相変わらずうるさい説教役を務めている。「わ、悪かったって水月!遥も、茜もスマン!」「「「反省する!(なさい!)」」」―――鳴海孝之。A-01解散後、日本帝国軍内に存在する富士教導隊へと入隊。速瀬と共に帝国最強の突撃前衛として猛威を振るっているが……相変わらずな様子である。―――速瀬水月。同じく鳴海と共に富士教導隊へと所属している。恋の決着は未だに着かず。―――涼宮遥。オペレーターとして富士教導隊へと所属。同じく決着は未定だが最近、茜が参入して焦っている。―――涼宮茜。富士教導隊に所属。若さ故の活発さにファン多し、だが孝之争奪戦に参戦している為にそれを知らず。「おやおや……次は私達かな?祷子」「あら、美冴さんったら」―――宗像美冴。国連軍所属のXM3教導員として世界各国を風間と共に巡り、教導を行っている。最近、国連軍の広報ポスターにその姿を晒した。―――風間涛子。同じく国連軍所属、宗像と共に世界を巡りつつ教導を行っている。バイオリンの名手としても名が広まりつつある。「いやー、本当に変わらないねー」「茜ちゃん……」「……空気だね、なんか」「………空気だね」―――柏木晴子。帝都防衛部隊に所属、自身の弟と妹を護るために毎日の研鑽を積んでいる。―――築地多恵。佐渡島ハイヴ防衛部隊に所属する。最近、「アカネ」という名前の猫を飼い出したらしい。―――高原舞。佐渡島ハイヴ防衛部隊に所属、釣りが趣味になって来たらしい。おかずが増えるよ!―――麻倉静香。同じく、佐渡島ハイヴ防衛部隊へと所属。看護師の勉強を始めたらしい。「まったく、少しは落着きを持って欲しい物だが……」「伊隅、貴女が隊長だったのがそういう部隊だった……そういう事よ?」―――伊隅みちる。富士教導隊最強部隊、マッドドック隊のNO2として帝国軍へ所属。文字通り、狂犬の子供として恐れられている。―――神宮寺まりも。富士教導隊へ復隊、現在はマッドドック隊を率い甲20号作戦では反応炉制圧の立役者として国内外に名を広げた。「まったく、タケルにしても皆にしても……祝う心は必要だと思うぞ?」「つい…」「ええ、なんかムカついちゃってついよ」「でも、タケルも大変だったねー」「純夏さん、キレイですー!」―――御剣冥夜。斯衛の赤、御剣の人間として斯衛軍へと所属。殿下との関係は良好であり、私的なお茶会に呼ばれる仲である。―――彩峰慧。帝都守備第1戦術機甲連隊に所属する。焼きそばパンを世界中に広めるのが目的らしい。―――榊千鶴。国連軍に所属し、XM3の教導員として世界を巡る。父親との確執は少しずつ取れ始めている。近年、政治家の勉強を始めた。―――鎧衣美琴。アジア奪還へ向け、帝国軍内で行われている湿地帯での戦術機運用試験を担当している。その豊富な知識はこれからに役立つだろう。因みに、某グルカの少女とは戦友。―――珠瀬壬姫。極東最高峰の狙撃手として帝国軍の兵器開発局で新開発中の新型狙撃銃(噂ではレールガンの改良品らしい)のテストパイロットに選ばれている。相変わらず小さい。「ふふっ、因果を超えた愛……面白い物を見せてくれるわね~」「純夏さん……」―――香月夕呼。そのまま国連軍横浜基地へと所属。ハイヴ調査を含めた複数のプロジェクトを指揮している。―――社霞。香月博士の傍で副官として勤める。自身の姉妹とも会え、海も皆で行く事が出来た。「あー……悪い、純夏!遅くなった!」「もー、遅いよタケルちゃん!」―――白銀武。国連軍横浜基地所属、魔女の片腕という異名とプラチナ・コードの名前で世界へ名を広げた。本日、めでたい事に結婚。―――鑑純夏……改め、白銀純夏。白銀武の幼馴染という情報以外残さず、ただの女性として祝福される。本人曰く、「確率時空一の幸せ者」「じゃあ、ブーケ投げるよー!」その鑑の言葉に、女性陣が色めき立つ。女性という者は何処でも変わりなく、皆がブーケを欲しがっている様である。そして、鑑が思い切り振りかぶり……高く高く、放り投げた。「いっけー!!」―――クラウス・バーラット。桜花作戦後、欧州へと帰還。1年の入院・療養生活を送った後に軍へと復帰。実戦部隊として前線で活動するのは後遺症の影響が大きいとされ、教官職を専門とする。………本人曰く、「まだ死ねない」とのこと。 ◇【2004年4月】『―――ス……ホル…1……ホルス01!間もなく作戦開始時刻です!』「んー………了解、だ」随分と懐かしい夢を見た。鑑と白銀の結婚式からもう一年近くが過ぎ、起きれば空母に格納された戦術機の中だ。「ったく、ポンコツを引っ張り出すなっての」桜花作戦までに負った怪我の後遺症が響き、常時前線任務を行える体じゃ無くなった。だから完全に訓練教官になったというのに……俺は特例としてこの作戦に参加している。欧州奪還作戦―――その為の橋頭堡を確保するという任務を実行する部隊だ。小さく悪態を吐きながら機体の最終チェックを行い、それが完了したのを報告。すると。鈍い振動と共にせり上がる床に俺の乗る機体が押し上げられる。艦内のハンガーで作業をしていたおやっさんが俺に向けて親指を立て、俺もそれに答える様に見えないけれども親指を立てた。『You have controll』「I have controll」灰色の壁から青い空、そして彼方に見えるユーラシア……ヨーロッパの大地。それに向けて、今から突き進む。欧州奪還作戦、【Operation:Last Dance】と名づけられた作戦の第一陣として、戦火に包まれるあの場所へと。『バーラット少佐、マクタビッシュ中尉。御武運を』「了解、全員へ通達事項だ。天然モノのスコッチにウィスキー、ビールにワインが俺の自室に眠っている……これの意味が分かるな?」『皆で空っぽにするまで飲みますよー』『『『了解!』』』「ハッハッハ!その意気だ!」笑い声があがり、そして俺は小さく微笑んで視線を先へ向ける。さぁ、そろそろ時間だ。『我等が故郷へ、全力で―――!』飛び立つ為の推力を得る様に跳躍ユニットが甲高い音を立て始め、俺は機体の膝を前折りにする。そして誰かが呟いたか、無線に混戦したその言葉にゆっくりと瞳を閉じる。「カウント、3!」舌で唇なぞる様にして湿らせる。「2!」操縦桿を握る手をゆっくりと開き、再度握る。「1!」目を開き、心が落着いた状態で小さく笑む。「―――GO!」黄色いジャケットを着たカタパルトオフィサーのGOサインが放たれ、空色と純白に染められた2機のEF-2000が油圧作動したカタパルトで射出される。グッと重いGが掛かり、そして消えて体が羽になったかの様な感覚。そして爆発的な加速を伴って我先にと大地を目指していく。「アローヘッド・ワンだ!遅れるな!」国連・イギリス・アメリカ海兵隊が開いた血路へとスライディングする様に着地。そのままブレードを引き抜いて目の前の要撃級を跳ね飛ばす様に斬り捨てる。要撃級が崩れ落ち……その奥には、未だに終わりが見えない無数のBETA。膝を軽く落とし、俺とエレナを矢の先端に見立てた陣形で各機が連携を組み、突入体勢に入る。そして、俺は大声を上げて叫ぶ。俺はここに居る……戦っていると、世界に伝えるみたいに。「―――往くぞッ!」青く澄み通る青空の下、空と同じ色をした鋼鉄の機人が舞い踊るその傍らには空に寄り添う雲の様に、白き乙女が合わせて舞い続ける多分、これも一つの…… あいとゆうきの、おとぎばなし……かな?【EDテーマ:飯田舞《キミの隣で…》】