「不気味、だな」やけに静かな……いや、静か過ぎるハイヴの中を進みながら言葉をオレは呟く。BETAは、確かに多く存在している……だが、地表で派手に暴れているであろうXG-70bやハイヴ内へ侵入して破壊を撒き散らすXG-70dに多くが排除されていた。本来は喪失していた筈の2700mm、120mm電磁投射砲の存在もかなりの威力を発揮しており、友軍部隊もそれなりに存在する。これだけで、3~4万程度のBETAが一挙に攻めてきたとしてもその多くを排除できる。討ち漏らしは俺達みたいな戦術機部隊が担当し、兎に角はXG-70dへと近づけない様にしている。……そう、上手く行き過ぎているんだ。そう、俺が警戒をしながら進み続けると、第53層広間44に到着する。ここで、陽動に動いている他A-01部隊と合流する予定なのだが……今まで、戦ってきたBETAが少ない分が不安でもある。俺がBETAなら、ここで仕掛ける。『一番乗り~……じゃ、 無いか』「孝之か……全員、無事か?」『ああ、俺と涼宮の機体のS-11を突破口を開くために使ったけど、全員無事だ』『そっちも、皆無事みたいですね』「お前も元気そうだな白銀……お前は少し、鑑の傍に居てやれ」『……ッ!了解です!』白銀が元気よく返事したのに小さく微笑み、俺は続いてきた二個中隊のF-15E―――国連宇宙総軍所属、第三軌道降下兵団―――と通信を繋げる。総勢19機……この地獄でXM3を搭載すらしていない機体で5機しか失っていないのは驚きに値する。―――でも、彼らは戦友を失っている……いや、彼らだけじゃない。地上でも、世界中でも同じだ。だから、俺は何も言わない。謝れば多くの犠牲を無駄にするから。俺は、ここまで来てくれた事への感謝の言葉を小さく呟いて……前を見据えた。「―――さて、後は神宮寺少佐に伊隅大尉の隊か………心配するだけ損かもな」『大尉、補給用コンテナを敷設しておきましょう……ここから先は何があるか予測も出来ません故』『そうだな……よし、御剣少尉と珠瀬少尉、涼宮少尉と鎧衣少尉でエレメントを組んで前方警戒、風間少尉は白銀機の傍に待機して後方を』「ダイバーズは前方、謎の障壁の周辺へS-11を設置、この通路をこじ開ける。俺と孝之はコンテナを出す……いいか?」『『『了解!』』』『うっし……じゃぁ、ちゃちゃっと運ぶぜ?』「分かってるっつーの」凄乃皇に積まれているコンテナからえっちらほっちらとコンテナを運び出し、設置していく。今の所、弾薬と推進剤を消費したくらいだが……油断は出来ない。孝之が言った言葉に、S-11を使用して突破とあったが……そうする必要性があるほどに緊迫した状況に追い込まれたのだろう。それに、のんびりと弾の補充を出来るのもこれが最初で最後だ。それ以前に、のんびりと出来てるだけ幸せなのかも知れないが。「………ん?」『お、レーダーに反応……皆無事か!』『ああ、無事だよ鳴海中尉。しかし、早いな?流石は突撃前衛長を中心としたチームと凄乃皇と言った所か』『神宮寺少佐、伊隅大尉!』『再会の感動は後だ……各機、消費の激しい者から補給にかかれ』どの機体も、BETAの体液に濡れて汚れていたりするが欠ける事も無く揃っているのに安堵し、警戒に混ざる。少しだけであっても休めるのは有り難かった。「ふぅ……」『……おい、顔色が悪いが……大丈夫か?』「あン?気にすんなよ、自分の心配だけしてな」『だからってなぁ………っておい、鼻血…』「…………溜まってるのかな、死にそうな場所に居るし……男の本能全開?」『…………お前なぁ…』隣に立つ孝之と会話を交わしながら、体の力を抜く。あまり、深呼吸はしない。深呼吸しすぎると、痛みがぶり返す。鼻血を指摘された際も、なるべく上手く返せたと思う。孝之は呆れた様子で通信を切ってしまった位だ。いや、実際は自分でも体の状況が分からないのだが。「………ああ、やばい。泣きたいぞ畜生」傷が開いてるんじゃないか?とも勘違いで思うほどに痛みが通る自分の腹部に泣きつつ、思う。―――帰ったら、絶対に入院しよう。……というか、正直に言うとかなり不味い。何が不味いかって、まだ痛みを感じれてるけど若干、痛みが無くなって来てるのが更に不味い。誰だよ、こんな体調で出撃させる奴。「………はぁー……駄目だ、ふざけても全く楽にならん」妙な虚しさ、それを誤魔化す様に煙草を吸う。ピリッとした舌への刺激が、何処か落ち着きをくれた。そうしていると、通信が少し騒がしくなる。恐らく、全員が準備を終えたんだろう。『ヴァルキリー01より全機、補給作業が完了した。ヴェクター01、そちらは?』『こちらヴェクター01、こっちもS-11の設置が完了している。何時でも派手な花火を上げれるぜ』『了解したヴェクター01、A-01隊があ号目標攻略ルートを先行して進む……BETAの姿が未だに現れていない。その点を留意してくれ』『ヴェクター01了解、後ろは意地でも防ぎ切ってやる……だから、反応炉を頼む』『……ああ、任せろ。直ぐに終わらせる』A-01と共に降下したダイバーズ指揮官のヴェクター01の頼もしい言葉に神宮寺少佐が頷く。あ号へと繋がる通路は、原作で鎧衣と珠瀬が文字通り命を賭してこじ開けた障壁の先にある。この障壁を開ける“脳”には高圧電流が流れる事はもう分かりきっている……故に、S-11に指向性を持たせ、爆破する。『総員、対ショック態勢!………起爆しろ!』『Yes Ma'am!』そして、鈍い衝撃と閃光。十分距離を取っていたのに振動する機体に悪態を漏らしつつ、カメラで周囲を確認する。見れば、あ号へと続く障壁がゆっくりと、開いていた。『この先に、あ号が……』『ああ、ここで全てを……全てを、終わらせるぞ!』珠瀬の呟きの声と、神宮寺少佐の発破に全員が武器を構える。そのまま跳躍ユニットへ点火し、突入しようとした瞬間――――突き上げる様な衝撃。そして、響き渡る警報の音。『広間横が崩落!横浜で確認された新種のBETAです…!さらに、あ号へ通じるルート正面からも、BETAが…!』『このままじゃ囲まれるぞ!』『XG-70dの荷電粒子砲に電磁投射砲は使えん!充電に時間がかかり過ぎる!VLSは!?』『一帯のBETAを殲滅するには少なすぎます!!』『BETA総数……28万!?なお上昇中!』温存部隊による総攻撃……作戦として名づけるならこうだろう。まさに天晴れ、そう思うような総力戦をBETAが仕掛けてくる事に驚きと驚愕、そして焦りが生まれる。進む為にはあ号への道のりに沸くBETAへXG-70dの通常火器を全て向けなければならないだろう。だが、それでは後方から迫り来る母艦級を相手できない……詰まったのだ。その中で、神宮寺少佐が指示を下す前に……ダイバーズのF-15Eが動いた。『―――――A-01!ケツは俺達が抑える!デカブツの攻撃は突破に使用しろ!!』F-15EがBETAの中へと突入してかき乱す。無謀だ、止めろ……そう言う前に二つの光点がBETAの光点に飲み込まれて消失する。そして、その直後に奔る衝撃と閃光が二つ。さっきも味わった、S-11の爆発が生み出す物だった。『………ッ!全機、突入せよ!!』『VLS全基開放!―――発射!』その瞬間、神宮寺少佐の突入命令とXG-70dの操縦をする涼宮中尉のVLS発射の声が重なる。ミサイルは白煙を引き……進路をこじ開けた。 アシタ ミライ『さぁ行け!行って未来を―――人類の明日を切り開け…ッ!!』ダイバーズの隊長機であるヴェクター01の声に、全員が歯を食い縛ってあ号へと向かって進んでいく。無言で敬礼……そして、俺は背部兵装担架から引き抜いたブレードをヴェクター01へと渡した。「――――ありがとう」『ハッ!それなら――――俺らを犬死にするんじゃねェぞ?』「ああ――――幸運を……また会おう」『……そっちもな、あと40年は待ってるぜ』それを最後に、俺はA-01に続いて突入する。犠牲が出る……分かってる事なのに避けられない事に苛立ちで拳を握り締めながら……あ号を目指して、突き進む。最後に見えたのは……戦車級を機体に貼り付けたヴェクター01が、ブレードを振るいながら母艦級の口へと……突っ込んでいく姿。鈍い、S-11の爆発の衝撃が……彼の最後を――――伝えてくれた。 ◇さぁ、これで希望の種は先へと向かった。それを見送る事が出来て、幸せかも知れない。「はっ……まったく、何があるかも分からないのに、もう勝った気分ってのも良いモンだな」あの男が渡したブレードを、軽く振って前を見据える。目の前には、何万ものBETA……部隊の何人かがS-11と共にBETAを巻き込んで行ったが……俺の周囲に集まった8機の機体じゃ勝てる訳が無い。だから、もう決めていた。「ヴェクター01より戦友達へ……勝利の祝杯は神様の膝元で挙げる――――異論は?」『ヴェクター02、異論無し』『もう皆、腹括ってますよ隊長!』『あの世で可愛い天使ちゃんに接待されるのも良いかもな!』『バーカ、てめーは地獄だよ』『ンだとぉ!?』「分かった分かった………またな、戦友」敬礼して通信を切る。そして、そこから始まる一方的な嬲り殺し……それを受けてさえも、最後は皆がBETAを巻き込んで死んで行く。8人から6人、5人、3人……そして、俺一人に。「な、てめぇ!あの可愛い子ちゃんの後は追っ駆けさせねぇぞ!?」A-01の彼女達を追おうとする、でかい新型BETAへと俺は追いすがって真正面に立つ。機体に戦車級が張り付き、齧っているのか異音が響き渡るが……もう、これで御仕舞いにしよう。「ヘイヘイヘイ!お口の大きなお嬢さん!熱いキッスは如何かなぁ!!」新型BETAの口へ飛び込み……俺は、S-11の起爆スイッチへと拳を叩き付ける。最後には、笑って中指を突きたてながら。「――――ざまァみろ」嘲りの言葉と共に……白い閃光が、辺り一面に満ち……そこには、あ号へと続く道を封じる蓋の様に死んだ母艦級BETAが残されていた。後編へ