――――先のBETA襲撃により、我が横浜基地はあわや壊滅という所まで追い込まれた機体の最終調整を済ませ、シャトルへと乗り込んでその時を待っていると通信回路から聞き覚えのある声が響く。この声は……ラダビノッド司令の声だ。鼓舞の、そして暫しの別れの演説なのだろうか。――――しかし、我らは諦めずに抗った。だが、それでも多くの命と貴重な装備が失われ、隣に立っていた戦友を失ってしまった者も居るだろう――――だが・・・・・・見渡してみるがいい ――――この死せる大地に在っても尚、逞しく花咲かせし正門の桜のごとく、 そびえ立つ我等が寄る辺をそうだ。基地は……俺達の家は、守れたんだ。――――傍らに立つ戦友を見るがいい。 この危局に際して尚、その眼に激しく燃え立つ気焔を ――――我等を突き動かすものは何か。 疲れの癒えぬ我等が何故再び立つのか! 演説に力が、まるで魂から話す様に迫力のある声が……耳に届く。――――それは、全身全霊を捧げ絶望に立ち向かう事こそが、生ある者に課せられた責務であり、 人類の勝利に殉じた輩への礼儀であると心得ているからに他ならない!――――大地に眠る者達の声を聞け ――――海に果てた者達の声を聞け ――――空に散った者達の声を聞け 無念だったろう、悔しかっただろう……過去に、今の人類を守る為に散っていった者達を思う。――――彼らの悲願に報いる刻が来た!そうだ、これが、負け続けていた人類の反撃の狼煙となる。――――そして今、若者達が旅立つ ――――鬼籍に入った輩と、我等の悲願を一身に背負い、孤立無援の敵地に赴こうとしているのだ 俺達の背中には何万、何十万、何百万何千万もの人々の思いを背負わなくちゃいけない。――――歴史が彼等に脚光を浴びせる事が無くとも……我等は、刻みつけよう ――――名を明かす事すら許されぬ彼等の高潔を、我等の魂に刻み付けるのだ だから、「英雄」となんて呼ばれなくて良い。それなら、誰だって「英雄」になれる。“英雄”(ヒーロー)ってのは、自らの意思でもって世界を良くしようと戦う人々の事を言うからだ。 ――――旅立つ若者たちよ ――――諸君に戦う術しか教えられなかった我等を許すな ――――諸君を戦場に送り出す我等の無能を許すな だから、俺達は幾万もの英雄の一人として……戦うだけだ。――――願わくば、諸君の挺身が、若者を戦場に送る事無き世の礎とならん事を その言葉と共に、カウントダウンが間も無くゼロへと向かっていく。ここからじゃ周囲は見えないけど、弐型を届けてくれて扱い方を授けてくれたユウヤ達も、京塚のおばちゃんに基地の皆も……香月博士も見ているんだろう。「己のために戦うということは、全世界を敵に回すこともあるということ……か」発射30秒前……ふと、頭に浮かび上がった何かで聞いた事のあるフレーズを呟き、俺は顔を笑みの形にする。上等だ―――世界っていう物語が、本当の結末ってのを望むんなら……「―――真っ正面から、食い千切ってやる」その瞬間、体を押し潰す様な加速が体に掛かる。それに歯を食い縛って耐え続け……どれだけの時間が経過したのか、気がつけば……押さえ付けられる様な重さを感じなくなっっていた。「……多分、宇宙空間に抜けたかな」痛む体を少しだけ動かし、間接を解しつつ機体チェックを行う。結果は地上での最終点検の時のまま、各部異常なし、武装も問題なし……後は待つだけだろう。『宇宙へようこそ、此方は国連宇宙総軍第三艦隊。貴官らのエスコートを任命された……短い間だが、お手柔らかに頼む』『これはご丁寧に……短き時ではありますが、よろしくお願いいたします』『おお、これはお美しい声だ。この作戦が終わった暁には、我が祖国ご自慢のウォッカでも如何かな?』『それは素晴らしい提案ですね……では、全てが終わった際に』『ええ、こちらも喜んで……では、通信終了』XG-70dを中継して繋がった通信に神宮時少佐が応答する。通信相手は第三艦隊旗艦『ネウストラシムイ』艦長だろう。「………」俺は、この作戦の始まりを知っているしこの場に存在する駆逐艦乗りの終焉も知っている。だけど……それを口にしても、俺には止める権利は無い。これは、駆逐艦乗りとしての彼らの戦いだ。俺たちを届ける……輸送屋としての一世一代の大勝負。衛士が戦場で戦術機を駆ってBETAを殺す様に、駆逐艦乗りは運ぶべき存在を運ぶのがその存在意義なのだから。そう、俺が思いつつゆったりとした面持ちで狭い戦術機の管制ユニット内壁を見つめる。途中に、気を利かせてくれたのか入ってきた映像……宇宙から見る地球の青さに少しの笑みを浮かべて……そして、通信が入った。『これより、最終ブリーフィングを開始する』 ◇《推奨BGM:Taja「時空のたもと」》地表で、一瞬だけ光が奔ったのが見える。多分、アレは陸路で侵攻していたXG-70bの砲撃なんだろう……作戦でもそうなっている。無事だったXG-70bを外部制御で操作し、大規模な攻撃と共に一点集中して陽動を開始させる。それに加えて、XG-70bの砲撃より少し前から通常弾による軌道間爆撃が投下されている。本来なら、迎撃されるであろう砲弾だがXG-70bが大きな囮になってくれた。故に、通常砲弾でも十分なBETAの減少が確認できていた。『XG-70bの第二射!SW115付近のBETAの移動を確認しました!』『―――AL弾投下!及び、ハイヴ突入部隊の大気圏突入を開始する!』そして、俺の乗る再突入殻も……地表を目指して降下していく。今、俺が降下していく中でも……爆撃を終えた駆逐艦が、ハイヴ突入部隊の生存率を高める為に先行しているだろう。「………そろそろ、か…」再突入殻という盾に守られながらも、体を潰そうとするGに歯を食い縛る。高度はどんどん落ちていき、その度に地球の重力に引かれてるのか体への負荷が増していく……そして、その時が来た。「――――――ッ!!」共に降下する国連ダイバーから聞いていた通りの、急激な減速と共に掛かるG。常時8Gという、健全な肉体を持つ者でも苦痛を強いる物を兎に角、耐え続ける。「―――――ぁ―――!!」無意識に、両腕で腹部を押し込む。少しだけ掛かるGが軽くなった様な気がするが……あまり、関係は無かった。意識がブラックアウトしそうなのか、黒く塗り潰される視界を唇を噛み切った痛みで目覚めさせ……そして、フッとGが消失した。『カプセル開放――――地獄へようこそ!!』視界が晴れる。先行していた国連ダイバーから祝福の声が響き……地面へ降り立つ。目の前には、死んだBETAを乗り越えて殺到するBETAの山。文字通り、この地球という星が地獄とも言える様になった全ての始まりの地へ。『ヴァルキリー01より各隊へ告げる!フォーメーションは崩すな!あくまで、本命であるXG-70dへ向かうBETAを減らす陽動として動け!』『『『了解!』』』『バーラット大尉!XG-70dを宜しくお願いします!』「―――――了解、存分に暴れて来い……嫁さんを待たすんじゃねぇぞ?」『……ッ!了解です!』「OK……なら、俺も行くかね」俺は、鼻と口から漏れる様に出た血液をタオルで拭って前を見据える。遠くには今も陽動を派手に続けるXG-70b、俺の後ろにはSW115へ突入を開始するXG-70dの姿。これと同じく、世界各地でも陽動作戦が実施されているのだろう……。―――ソ連でも「やれやれ、まったくどうして……波乱な年明けとなったな――――大隊戦友諸君!聞こえるか!!」『『『はい!同志中佐!!』』』「大変ご機嫌な事に、我々は人類の反抗作戦の最前線に居る……これが示すのは何だ?」『『『我等の力を示せ、そう告げているものであります!!』』』「よろしい――――諸君、ジャールの名の通り、近づく虫は全て焼き払え!!」『『『Ураааааааа!!』』』―――欧州でも「我々はリヨンハイヴに侵攻する…… だが、それすら陽動にすぎない」『『『……』』』「―――――本作戦の目標はオリジナルハイヴ……人類はこの戦いに全てを懸ける!!!」『『『Yes Ma'am!』』』 マーチ「横隊を組めェ!―――――全機、行進!」―――半島でも「彩峰閣下……私は、この地に戻って参りました……」「沙霧大尉、皆が言葉を待っています」「ああ………諸君!無能であった私に付き合わせて済まなかった!」『『『………』』』「我等に退く道は無い、道は全て切り開くのだ!―――――皆の命、私が預かる」『『『おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』』』インドでも、イタリアでも、アフリカでも……世界各地の何処であってもその命を燃やし尽くさんばかりに人が戦っている。だから、俺達には諦めるのも無理だと嘆くのも出来ない……いや、やれないんだ。「最初から、全開フルスロットルだ……」XG-70dの2700mm電磁投射砲が、派手にBETAを吹っ飛ばした穴に戦術機達が競う様に飛び込んでいく。俺もそれに続く様に飛び込んでいく………薄く暗い、ハイヴへと。次回、最終回です。