【2001年12月29日 横浜基地BF19 香月研究室】「一先ず、お疲れ様ね」「ええ……で、今回の襲撃の件ですけど…」「……結論的に言えば、最下層ブロックへの進入を許した結果になったわね――――貴方の言った映画の内容の通りに」博士は、「ま、反応炉もXG-70dも何とか無事だったけどねー」と言いながらソファーへと身を任せてそう言う。俺は既に手馴れた様にコーヒーを入れ、そして差し出す。「あらありがとう……で、そんな世間話をしに来た訳じゃ無いんでしょ?」「話は早い方が宜しいって訳で………鑑からの情報漏洩の件です」「それね……それは流石に防げなかったわね。00ユニットを存在させるには反応炉でのODL浄化作業が必須だししょうがないのよ」「ええ、じゃなきゃ“犠牲”を出してまで反応炉を守った意味がありません」コーヒーを一口啜り、俺はゆっくりと残り数本となった葉巻の一本を取り出して火を着ける。横浜基地防衛自体は犠牲も少なく終わった。結果では人類の勝利、これが次の『決戦』で少しでも士気を上げる要因になればいい。そして、俺が言う『決戦』が……博士の口から、呟く様に零れた。「各ハイヴの頂点、甲1号目標……カシュガル。まさか、こんなにも早く行動に移す必要が出るとは思わなかったわ」「ま、ある程度は準備してて正解でしたよ……機体調達の方は?」「コネをフルに使った結果がこの後に届くわ……ま、組み上げに機体の慣らしもしなきゃならないから色々と“オマケ”も居るけど」「オマケ……ですか?」「そうよ……あら、ちょうど来たみたいね――――じゃあ、後は頼むわね?」「……?」何かを含んだその言葉に俺は疑問を持ちつつも、博士の部屋から出て地上へと向かう。地上にある滑走路には何機ものAn-225輸送機にC-5輸送機が存在し、そのガイドに地上員が走り回っている。その輸送機の殆どは国連軍が保有する機体だというのは分かるのだが……いかんせん、多い。俺がそう思い、邪魔にならないように輸送機に背中を向けて移動しようとすると……何かが走ってくる音が聞こえた。「ん?なん―――――ぐふぅぁ!?」「ひっさしぶりだなクラウス!!」背中に直撃した強烈な衝撃に俺の悲鳴を上げていた体が叫び声を上げる。俺は痛みにゴロゴロと転がってる事しか出来なかったが……何とか視界に襲撃者を収め……固まった。「あっはっは!生きてるとは思ってたけど元気だな!」「あらあら」「急に元気になるんだなぁお前」「まったくだ」「だ、黙れよ!お前ら!!」予想……というか予想すら出来なかった懐かしい面々に俺は小さく口を開き……名前を呼ぶ。「ユウヤ」「よう」「ステラ」「久しぶりね」「VG」「よ、元気そうじゃねーの」「………チョビ」「おいこらクラウスてめぇ!!」アラスカに居る筈のアルゴス試験小隊の面子が、横浜に居る。それだけで混乱していたのだが……その後ろから此方へと歩いてきたもう一人の存在に俺は声を上げた。「じ、神宮寺軍曹!?」「今は“少佐”だ、バーラット大尉」少佐の階級章を着けた……何だか疲れた様な顔をした神宮寺少佐がそこに居た。そういや、機体調達はもう何日も前から言ってあったけど……まさか。「………ユウヤ、お前ってもしかして弐型の扱い方を教えに来たのか?」「ご名答……無茶苦茶だろ?」「そうそう!本来は予備機の筈のパーツも組み上げられてんだぜ?それで言い渡されたのは『機体の移譲』命令!ふざけてんじゃねェの!?」……試験運用する機体は実働機の他にもう一機分のパーツが揃えられている。大規模な事故が発生し、機体が損傷・廃棄しても試験を続けられる様に……なのだがなぁ。博士、それだからってどうやって弐型なんて最新鋭の機体を手に入れたんですか……?「あ、あの人は、まだ完成すらしてない戦術機を……」「現状でも不知火以上の性能だ……調整するのもヴィンセントだし、心配すんなよ」「そこは心配してねェけどさ……その、アラスカは色々とあったんだろ?」「そうね、色々とあったわね」話だと、大規模なテロが発生したとか俺は聞いてる。ここに居る面子からして、無事だったみたいだが………あんまり詳しくは聞かない方が良いな。「……ま、良いか」「そーそー!で、あの金髪は?いっつも一緒に居た……えっと…」「エレナの嬢ちゃんだろ?」笑顔でそう問うタリサに反して、俺の顔は固まっている。あいつは……「……エレナは――――――」 ◇A-01隊員が揃うブリーフィングルームは普段の空気は無かった。その誰もが顔を強張らせ、作戦内容を告げている香月博士を注目していた。「カシュガル……攻略……!」「そうよ……そこで、A-01を各隊に分けるわ……まりも」「了解しました、香月副司令………では、部隊分け及び装備の受領を行う」【A小隊】隊長:神宮寺 まりも「不知火弐型」彩峰 慧 「武御雷」榊 千鶴「武御雷」宗像 美冴「武御雷」柏木 晴子「武御雷」【B小隊】隊長:鳴海 孝之「不知火弐型」白銀 武「不知火弐型」涼宮 茜「武御雷」御剣 冥夜 「武御雷」【C小隊】隊長:伊隅 みちる「武御雷」 速瀬 水月「武御雷」高原 舞「武御雷」麻倉 静香「武御雷」築地 多恵「武御雷」【D小隊:XG-70d直衛】隊長:クラウス・バーラット「EF-2000」珠瀬 壬姫「武御雷」鎧衣 美琴 「武御雷」風間 祷子「武御雷」【XG-70d搭乗員】涼宮 遙 :操縦鑑 純夏 :機関制御社 霞:戦域管制「―――――以上だ」「質問――――この大量の武御雷はどの様に手にしたんでしょうか?」「……博士曰く、『機体が余ってた』との事だ。それ以上は聞くな、問うな」「は、はぁ……」またやったのか、あの人……そんな空気がブリーフィングルームに満ちる。多分だが、月詠さんとか王女護衛とかの機体なんだろう。とまぁ、その空気は晴れる事は無く会議は終わる。弐型を受領した者はユウヤ達が待つブリーフィングルームへと向かっていった。ここから先は、各々が機体を手懐ける必要性がある。細かい事は博士が全て段取りをしてくれる………衛士である俺達は、最大限の力を発揮できる様にするだけだ。「……クラウスさん」「霞?どうした、涼宮中尉は……ああ、XG-70dの操縦訓練があるか。ピアティフ中尉にでも管制の仕方を教えて貰うか?」そう思いつつ、俺も機体の調整に行こうと部屋を出ようとすると背中に掛かった霞の声に立ち止まる。霞がXG-70dの搭乗員に立候補した瞬間、全員から驚きの声が上がったのは耳に今も残っている。……全員が反対する中でも、霞の意思は揺るぐ事は無かったが。まぁ、そんな事もあり少し気にしてしまう。そして、普段と同じ表情の霞が……俺へ向けて言った。「クラウスさん………エレナさんの所に行って上げて下さい」「―――――」「エレナさん、待ってます」 ◇結果で言うのなら……俺は霞から逃げた。エレナは今、眠っている。昏睡状態ってのが正しい状況なんだろう……頭部を強く打ち付けたのが原因だ。「………」エレナのEF-2000が爆発した理由は、跳躍ユニットに「36mmが被弾」した事で跳躍ユニットが損傷。排熱が上手く行われなかった。どうやら、S-11を装備していない機体が自爆する様な状況になっていたらしい。だが、推進剤が漏れていたお陰で爆発の規模も被害も少なくエレナも死ななかった。あんなBETAの地獄でそんな細かな事に気が向かなかっただろうし、被弾だってその状況下だ。白銀達の機体も被弾してるのは少なくはなかった………不幸な事故なんだろう。まぁつまり、最悪に最悪が重なって……そしてちょっとの幸運がエレナの命を繋いだってとこだろう。「………クソッ」「――――あら、随分と荒れてるのね?」苛立たしげに地面に転がっていた石を蹴り飛ばす。蹴った石は大きく飛んで行き、少なく残っていた雑木林に入り込んで見えなくなる。それを見届け、場所を変えようと思い振り返ると……クリスが居た。「………クリスティーナ王女」「クリスで良いと言ってるでしょう?………まったく、子犬ちゃんが重傷って聞いたから落ち込んでると思ってたわ」「………ッ」全てを見透かしてそうな目に俺は何故かイラつきが走る。この感情は八つ当たりに近い筈なのに……何故か、何故か抑えれない。「あの爆発は“事故”だったの、“仕方がない”わ」「………」「クラウス・バーラット……貴方がどう思おうがそれは事実よ」「……分かってますよ」ああ、イラつく。何だ、言いたい事があるのならさっさと言えってんだ。そんな俺を見ていたクリスは小さく笑んでるのを止め……溜め息と共に呟いた。「………情けない男」「――――ッ!」その瞬間、俺の中にある“何か”が切れた音を俺は聞いた……気がする。気がついたら、普段は見せない様な程に機敏な動きで……クリスを組み伏せていた。「ーッ!………あら、自尊心だけはしっかりと働いてるのね?」「黙れ」「黙らないわよ、ムキになって怖い顔をする貴方が面白いんだもの」「黙れと言った」「あら怖い、私ってば貴方の慰み者にされちゃうのかしら?」飄々とした態度を取り続けるクリスに俺は舌打ちをし、立ち上がる。これ以上、下らない事に時間を費やしたくないし、費やす時間も無い。だから、俺は足早にその場を去ろうとして……その背中に掛けられた言葉に気づかないフリをした。……何の否定も出来なかったから。「全部、背負ってる気になってるのね」という言葉から。………だから、俺はまた逃げる。分かってるからこそ、それを理解してるからこそ逃げる。全部背負ってる気……その通りだ。俺は、やれるのは自分だけと思い込んで好き勝手に行動する。そうさ、これは只の自己満足だ。この世界のくそったれな結末を、自分なりに何とかしようと足掻いた結果がエレナの重傷という結果。本来なら、負う筈も無かったであろう怪我で……生死の境を彷徨っている。俺は、このA-01という舞台にエレナを巻き込んだ俺は!……アイツを守る義務があるのに………結局は守れなかった。自己満足?身勝手?―――――ああ、そうだろうさ。その通り、俺の行動は全て自己満足から来てるんだ、ご名答って奴だよ。あの結末を知る俺には何かが出来ると信じて、何かをしようと努力して、結果を得ようと渇望して!………そして、ここまでやってきたんだ。言うのなら、俺は周り全てを利用してるみたいなモンだ。この基地の皆、戦う仲間の思い、博士の苦悩も…………エレナが持つ俺に対しての感情も……全てを利用してた。そんな俺が……「アイツに、ノコノコとツラ下げて行ける訳がねェじゃねぇか……ッ!!」たった一つの思いすら……「守る」って事を貫く事すら出来ない俺には、アイツに合わせる顔は無い。――――――――だから、だから必ず……そうさ、必ずだ。《推奨BGM:KOKIA「たった一つの想い」》「バーラット大尉!大尉の機体の修繕が完了しました!」「了解……今まで、助かったよ」「い、いえ!明日の出撃、御武運を!!」「ああ、世話になったよ」――――――――必ず……俺が目的としてきた、「守る」を貫き通すから……。「だから、あと少しだけ―――――」そして、翌日。横浜基地より白い尾を引く様に空へと上がっていくシャトル。それを見送る者達は祈っていく。―――――人類の勝利を。―――――戦乙女の生還を。―――――そして…… 笑顔の終焉を2002年1月1日。帝国名称【あ号標的】の破壊を目的とした全世界を巻き込む一大反抗作戦、『桜花作戦』が決行される。その時まで……あと、幾ばくかの時が残っていた。次回、「全てに終わりを」