━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━2001年12月28日――14:31:19国連軍太平洋方面第11軍横浜基地 反応炉制御室Gary ・“Roach”・Sanderson軍曹SAS第22連隊━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━「……マクタビッシュ大尉、篭城とはどういう事ですか?」涼宮中尉がこの場に存在する全員に共通する疑問を問い掛ける。それに、少し顔を顰めた大尉はどうしようかと悩んだ様な顔をし……こう告げた。「………戦車級がこの通路に入り込んだ」「「「ッ!?」」」戦車級……“衛士を最も食い殺したBETA”としてその名が知られている小型種。歩兵でも十分に対応できるBETAなのだが……それは、「12.7mm弾クラスの銃弾を撃てる機関銃」という条件が付属する。現在、俺達が装備するM4やG36Cといった銃が使用する5.56mmでは戦車級相手には力不足、豆鉄砲だ。かと言って、有効手段となりうる物……手榴弾・C4・グレネード弾は極少量のみ……やれなくは無いかも知れないが、失敗すればアウトになる。「今、プライス達が対抗策を取りに行っている……それまでの辛抱だな」「取り合えず、その入り込んだ戦車級が俺達の所に来ないのを祈るしか無いって訳ですね?」「そういう事だ、信心深いのなら祈ったらどうだ?」「冗談言わないで下さいよ大尉」銃の簡易メンテナンス、そして空弾倉へ銃弾の補給を済ませつつ気配を潜める。例の戦車級は脱出地点に存在するらしいが、他のBETAがまだ徘徊している場合もある。そう思い、全員が直ぐに動ける体勢で固まっていたのだが……響き渡る戦術機の36mmチェーンガンの音に全員が反応した。「……まさか、あのBETAの中に突っ込んだ部隊が居るのか?」「う、嘘でしょう!?あんな閉所で3000を超えるBETAですよ!?しかも未だに数が増えてるってのに!!」「声を落とせ!」「まさか……皆っ!」メインシャフト直下より出現したBETA……その中に突入したのは涼宮中尉の知る部隊なのか声を上げる。そして、少し考える様な仕草をして……何かを思いついたのか、その顔を青くした。「マクタビッシュ大尉、恐らくですが現在戦闘中の部隊はその全機がS-11を搭載しています」「……何だと?」「S-11!?戦術核クラスの兵器だぞ!!……まさか」「はい、マクタビッシュ大尉。司令部より最低限の情報は掴んでますね?」「ああ、この基地の真下からBETAが今も沸いているって位はな」「はい。恐らく、そのBETAが沸く原因ごとBETAを駆除するには……S-11の使用する可能性が高いかと思われます」冷静な判断……とは言えないが、可能性だけでそれだけの先を見通す涼宮中尉に全員が感心する。事前に装備などの知識もあっただろうが、それでも十分だ。「それだと、ここの通路に爆風が雪崩れ込みます……戦車級が侵入できる穴があるんですからね」「だろうな……そのS-11を装備している部隊も何時まで持つか不明、しかし脱出するにも戦車級の存在がある……」そう言うと全員が黙り、思考を巡らせる。何か、何か無いか……そう思い、周囲を見渡して……にやっとマクタビッシュ大尉が笑みを浮かべたのが目に入った。………あれだ。昔、ミッションで屋根を移動中に俺だけ落下した時と同じ位に嫌な予感がする。「全員、良く聞け。持っているC4と手榴弾を全て渡せ」そう言った大尉に渡す物を渡すと、ポケットから出したテープで何かを作り始める。ビリッ、ビーというテープを伸ばしたりする音が響く中、完成した“ソレ”を「どうだ?」とでも言いたげな顔をしていた。「さて、対“戦車”兵器は完成した訳なのだが……ローチ?」「な、ナンデセウ?」「お前、足は速かったよな?特に逃げ足だ」かなり良い笑顔でそう聞いてくる大尉に俺は必死の形相で首を横に振る。間違いない、絶対にナニカサレル……そう目が物語っている!あとスミス、十字を切るな!あと涼宮中尉も苦しげな顔をしないで下さい!!俺が本当に泣きそうになりながら周囲に助けを求めると黒人とアジア系の伍長,sが良い笑顔でサムズアップ。それが引き金だったように、マクタビッシュ大尉が笑顔で俺の肩を掴んだ。「心配するな、ローチ。“ただの鬼ごっこ”だ…………ああ、両親への手紙は俺が書いておこう」「書くなぁぁぁぁあああ!!!――――ああもう畜生!やってやらぁ!!」本当に泣く俺を無視し、緊急離脱して戦車級の対抗手段を確保しに行ったであろうプライス少佐に無線を繋げる。……そして、行動が開始された。………ああ、俺の役目?それはな……「鬼さんこちら、手の鳴る方……ってぎゃあああああ!?来るな!こっち来るなぁぁああ!!?」……負傷者の脱出する時間を稼ぐ囮だよ!戦車級相手にな!!「幾らその戦車級が負傷してるからってこれは無いだろぉ!?」最低限の武装のみを装備した軽装でのデス・ランニングに毒づきながら兎に角は逃げる。戦車級は本来なら最大時速80㎞/hという俊敏性を誇る……だが、左右3本の足の内の片側2本を喪失し、この閉所で身動きも取り難い。脅威であるのには変わりが無いが……こちとら人としての限界近くまで鍛えてるんだ、簡単にヤられて堪るか!―――――チッ。「ひぃぃぃぃ!?掠った!何かがケツに掠ったぁぁぁぁああ!!?」………まぁ、そんな決意も後ろから迫る脅威に対してはケツだけにクソの役にも立ちそうに無かったが。そんな俺に、今では極上の美女の誘惑の言葉より素晴らしい声が肩に括り付けた無線より響き渡った。『ローチ!上出来だ、戻って来い!!GOGOGOッ!!』「やっとですか!?遅いですよッ!!」『ぼやくな!後で上等なスコッチでも奢ってやる!!』「そりゃ楽しみです!!」最も無駄なく角を曲がるとプライス少佐、マクタビッシュ大尉を含めた3人がそれぞれ銃を構えている。そして、脱出地点である梯子の傍には一本の降下用ロープが垂れていた。「―――そういう事ですか!?」「そういう事だ!!」「例のブツを使う!――――いらっしゃいませお客様!」俺はすがり付く様に俺はリグを繋ぎ、戦車級への銃撃を停止したプライス少佐達も脱出の準備を進める。そして、大尉が作成した「対戦車兵器」を振り回し……勢いよく戦車級の口へと投げ込み……スイッチを取った。「当店では、C4を潤沢に使ったスペシャルな肉団子しかありません……てなぁ!!」その瞬間、後ろ腰に付けていたSPIEリグに強烈な力が掛かって体が引き上げられ……そして、下から強烈な爆風が吹き上がってくる。マクタビッシュ大尉特製の棘付き爆弾が直撃したであろう戦車級は今頃、ズタズタになっているだろう。まさか、破損した内壁や空調のパイプを使用して巨大な手榴弾を作るなんて誰が予想できるだろうか?そう思いつつも、軽装故に背中が擦れる事で発生する摩擦熱に悲鳴を上げながら………ようやく、明るい世界に戻る事が出来たのだった。 ◇「ああもう、クソッたれ!!」殺しても殺しても減らないBETAに悪態を吐きつつ、最後の36mm弾倉を突撃砲に装填する。傍目で確認したA-01の面々が乗る不知火は既に元の色が分からないほどにBETAの体液に染まり、見た目からして酷い状況になっている。それ以上に、機体ダメージは既にスクラップ寸前のダメージだろう。事実、浅く攻撃を受けた者も居れば、戦車級に機体を齧られた者も居る。だが、BETAを進ませる訳には行かないのだ。………この状況で死者が未だに出ていないのはBETAが反応炉を目指しているのと数の多さ故に動きを阻害しているからだろう。奇しくも、この地獄の様な物量が有利に働いてるようだ。『HQ!まだなのか!?流石に限界だ!!』『此方HQ!救出部隊より反応炉制御室確保、涼宮中尉の無事を確認しました!ですが、通路内に戦車級が侵入、脱出が困難になっています!!』『なんですって!?』『現在、救出部隊隊長の方が武装を……降下用ロープと機械化歩兵ですか?………了解しました!』「どうでも良いが、早くしろ!―――ホルス01、全弾消耗!!」今まで梅雨払いを続けてくれた突撃砲をBETAへ投げつけ、ブレードを抜いて斬り込む。同じく白銀に孝之、速瀬らも弾が完全に尽きたのか長刀を手に続いていく。月詠中尉の武御雷もその中に加わっていた。『まだか……っ!――――まだなのか!?』既に泥沼化しつつある戦線、抑えきれぬBETAの物量に焦りの声が響き渡る。後衛からの支援射撃すら無くなり始める……最後方で支援射撃を続けていた珠瀬が長刀を手にするまで追い詰められている。俺は一度大きく退き、もう一本のブレードをエレナへ渡す。「突っ込むぞ!!」『了解です!』要撃級をブレードを薙ぎ払い、飛び掛ってきた戦車級をEF-2000の腕の刃で引き裂き、間抜けに動きを止めた突撃級を後ろから踏みつけてズタズタにする。ブレードの切れ味が徐々に悪化していく中、衰えないBETAの波に機体が飲まれんばかりにうねる。そしてあと一歩、あと少しと念じる様に呟いていき――――――そして、一本の通信が入った。『救出部隊の離脱成功!周辺に展開していた基地要員も退避完了しました!!』『――――風間、珠瀬、柏木!S-11セット!爆破の指向性を基地直下に一つ、地表に二つ合わせろ!!他は全力でBETAを近づけるな!!』『『『了解!!』』』『HQ!S-11設置後に離脱する!隔壁は爆発の衝撃を上に逃がさない様に合わせて閉め始めろ!タイミングは此方で指示する!!』『HQ了解!』S-11を設置する間だけ守れればそれで良い……そのつもりで駄々を捏ねる子供みたいに暴れ回る。既に棍棒になったブレードを破棄、ナイフだけになるが……これで終わりだ。『伊隅大尉!セット完了しました!』『了解した!タイマーは40でセット!――――全機、退避しろ!!』その瞬間、全員の機体の跳躍ユニットが点火し、一気に機体を持ち上げる。閉まる二重障壁を越え、上へ上へと機体を押し上げて距離を少しでも離していく。逃げ場の無くなったエネルギーは今も俺達が飛び上がっていくメインシャフトを埋め尽くす可能性がある。あの二重の障壁で抑え切れれば良いが……流石にS-11クラスの爆破に耐えれるとは保障できない。『爆発まで20!』『急げ!止まれば巻き込まれるぞ!!』甲高い跳躍ユニットの音が響き渡る。最大出力で推進剤を燃やして速度に変え、一気に抜けていく。――――――そして、突入ポイントとなった中央集積所へと飛び込み、隔壁が閉じられる。その瞬間、鈍い衝撃が基地を揺らし……―――――――――それと連鎖したかの様に、エレナの乗るEF-2000が小爆発し、頭を殴られた人間の様に踏鞴を踏む。「―――ッ」『マクタビッシュ少尉!?不味い!跳躍ユニットが破損して燃料が漏れたのか!?』『御剣!跳躍ユニットを機体から切り離せ!!まだ、燃料は――――』伊隅大尉の言葉を区切る様に再度爆発する跳躍ユニット。その爆発は機体本体にも及んでおり……機体が鈍い音を上げて―――――――――――大きく、残響する音を残しながら崩れた。「エレ、ナ……」宗像中尉の不知火がEF-2000に取り付き、彩峰が身を翻して管制ユニットの中へと飛び込んでいく。そして、10秒もしない時間の内にエレナを運び出していた。『嘘……』『医療班、重傷者発生!緊急だ!!』普段から自慢にしていた金色の髪が赤く染め上がっている。頭部、出血量からしてかなりの負傷の筈だ。そして、その顔は前髪に隠れて伺えないが………それが余計に俺を駆り立てた。「――――――――エレナァァァァァァァァア!!!!」後には、半壊した白いEF-2000が残るのみ。その機体の純白の装甲に斑点の様に染まった赤い色が………これを現実だと教えた。次回へ続く