――――そう、アレは絶望的な戦いだった。今から3年前。私は長きに渡って訓練した結果もあり、優秀な戦績を残しながら英軍の一端の衛士として戦っていた。ただ、その驕りが行けなかったのだろうか……私の所属する中隊は、私が突出した為に敵陣に深く突入してしまっていた。『クリスティーナ様ッ!我等が血路を開きます!その間に離脱を!!』「なッ!?ですが、それでは皆さんが!」『我等も精鋭!この程度は朝飯前です!』『後で追いつきます!………ケニー、小隊を率いてエスコートだ!丁重に、紳士としてな!』『了解ッ!さぁ、早く!!』「勝手に――――」距離を詰めてくるBETA、笑顔で私を逃がそうとする隊の仲間達。私がそれに反論の声を上げたその瞬間、私達が空へ逃げるのを阻止する様に周囲を覆っていた光線級が一斉に空へ向けてレーザー照射を開始する。そして、私が空を見上げた先に見えたのは………片腕を失ったF-18が縦横無尽にレーザー照射を回避し続け、突撃砲でBETAを駆逐する光景だった。BETA大戦が始まって以来、人類が奪われた自由の証でもある空。戦いが始まってから長い時間が経過しているのもあり、夕日を背にして空を舞い続けるソレはどこか非現実的な光景を私に連想させる。だが、これが現実である事を意味するかの様に通信が繋がる。何処か優しさのある男の声だ。『―――そこの英軍、レーザーは俺が引き受ける!今の内に低空を飛んで退避しろ!!』『りょ、了解した!武運を祈る!!』『なァに、分の悪い賭けは嫌いじゃないさ』「待って!貴方の名前を教えて!!」私は、思わずそう聞いていた。『―――――クラウス、クラウス・バーラットだ』 ◇「私と彼の出会いがそれだったわ……」『『『『『おおおおぉ~!!』』』』』「クラウスさん、こんなに回想ではかっこいいのに嘘みたいだろ?昨日、「わっしゃー!」とか酔っ払って叫んでたんだぜ?」「何か言ったか白銀」「いえ、何も」俺は、何時の間にか人気の無くなったPXで興じられる《昔話withクリス》の内容をしっかりと聞きながら腕を組む。なんというか、公開処刑なのだが相手が相手だしエレナの様に手が出せないのだ……下手したら国際問題だしな。それを分かってるのか、それとも無自覚なのか知らんがまだまだ笑顔で話を続けるクリスの言葉に皆は一々驚きの声を上げてたりしている。………心臓に悪いね。「そう、あの時から私とクラウスは運命で出会い……そしてそれが宿命となったわ!そう、正に私と貴方は結ばれる運命にあるッ!」「随分と一方的な運命もあったモンですねー」「い、異議あり!異議ありです!!大尉との付き合いは私の方が長いですッ!」「……話聞いてよ」「五月蝿いわね駄犬。キャンキャン吼えるんじゃないわ―――――それに、人との繋がりは年月じゃない」「うぐぅ!?」「……………霞、こっち来なさい。お手玉でもしようか」「……はい」正論に引きつつも目を逸らさないエレナに少しSな気配を発するクリス。俺はそれにキリキリと痛む胃を誤魔化す様に少し冷めた合成玉露をゆっくりと啜る。昨日の酒のお陰であんまり調子は良くないのだ。それを知って知らずか、彩峰に慰められるエレナを横目にまた昔話を続けているクリスの話に耳を澄ました。 ◇「撃墜―――――されたですって……っ!?報告を!」「ハッ!我等の撤退後、戦域から離れる最中に1機の戦術機を庇った際に……ですが、負傷しつつも帰還しているようです」あの戦いから3日が過ぎた頃、せめて礼を言いたいとあの衛士……クラウス・バーラットを探していた私はその報告を聞いた瞬間に青ざめる。撃墜……私達を撤退させる為に墜とされたのか………そう思い、訪ねると少しだけ安心できる内容が帰ってきた。「そう………それにしても、空中であんなにも見事にレーザーを回避する―――――私達の乗るEF-2000ですらあそこまでは不可能ね」ふと、少しだけ安心した後にあの空中機動を思い返す。先行量産されたEF-2000という我が英国を代表する戦術機はレーザーの回避能力を重視した設計となっている。それ故、回避については自信があったのだが……あんな曲芸染みた動きでレーザーを回避する存在を見ると我々の動きが児戯に見えてしまう。「ええ、あの衛士ですが元米軍所属で現在は国連軍大西洋方面第1軍・モン・サン・ミシェル要塞に所属する戦術機教官です……我等と戦場で出会った際は臨時編入されていたとの事」「―――――クラウス・バーラット……経歴は?」「此方を……我々も少々、眼を疑いましたよ」報告書と書かれた書類に書かれる悪行……もとい、始末の数々。この内容だけで真面目を信条として生きている人間が見たら卒倒すること請け負いなほどにトラブルに困っていない人間だ。―――――――だが、面白い。「では……礼を言いに会いにいきましょうか」「なっ!?クリスティーナ様!貴女様が行かれずとも……クリスティーナ様ー!?」そして私は病院に向かい、入院しているという部屋へ向かえばそこには姿形も無い。それ故に病院内をウロウロしながら探し、そうしてる間に中庭へ着いた。この病院は元々は旧来の古城を改修した物で中庭と言っても広大だ。私がそんな昔から残る風景を見つつ、ベンチに腰を降ろして休憩をしていると足元に何かが当たる感覚。見れば、少々傷が目立つがまだ十分に使えるであろうバスケットボールとその前でどうしたら良いか分からない様な顔をした少年の姿がある。「――――はい、気をつけてね?」「うん!ありがとーお姉ちゃん!」私はボールを拾い、小さく笑って少年にボールを渡す。ボールを受け取った少年は気持ちのいい笑顔で私に笑い返し、この少年の友達であろう子供達が呼ぶ声に返事をして輪に返っていく。そんな、平和な景色――――私が守りたい笑顔は色々な所にあるな……そう思い、頬を撫でる風に少し目を閉じると少年たちの歓声が聞こえた。その声の元に目を向ける。そこには、バスケットボールのゴールにぶら下がっていた男が地面に飛び降りる瞬間だ。そしてその周りを少年たちが囲み、色々と声を掛けている。「……あら?あの男は……」入院患者が着ている薄いブルーの服に身を包んだ男。右目には眼帯、額には包帯といった風体だがその動きに淀みは無い。そして、非常に見覚えが……いや、探している顔だった。「すっげー!ダンクだダンク!」「おっさん、他にも何か出来る!?」「はっはっは、本場だからな!1on1で勝ったらアイスでも奢ってやろう!――――――あとそこの糞ガキ、おっさんで合ってるが肉体はおにーさんだ」探していた人物、クラウス・バーラットが子供達に混じってバスケに興じている。声を掛ければ直ぐにでも話せるのだが、子供達と楽しそうに遊ぶあの顔を見ると声を掛けるのは少し無粋だ。そして、大体一時間。あの男は子供達へのバスケ指導をしつつも完封勝利を果たしていた。「ちくしょー、おっさん強いなー!」「こちとら現役の衛士だぞ馬鹿野郎、リーチも基礎体力も違うわい………さて、手を出せ坊主ども」『?』「んーっと…………こんだけあればアイス以外にも何か食えるな?」「お、お金!?え、でも俺達勝てなかったし……」「気にするな、おっさんの奢りだ」男…クラウス・バーラットが羽織っていたジャケットから取り出した財布から抜き取った紙幣を何枚か子供達へ渡すと近くに居た少年の頭をグリグリと撫でる。そして、礼を言って去って行く子供達に笑顔で手を振って別れを告げると此方を向く。そして、ゆっくりと私に近寄り……ベンチに腰掛け、煙草を咥えた。「あ、煙草失礼」「貴方ね………私の顔を忘れたのかしら?」「………?」呑気に私に向かって片手をシュッと挙げて煙草に火を着けようとするクラウスを制止する様に声を掛ける。それに対し、何処か首を捻るこの男に少しの苛立ちを感じる。自慢じゃ無いが自分の容姿はそれなりに良いと思っている。特に、オレンジに輝くこの髪は一番の自慢だし姉に似て整った美しい顔をしていると言われている……それでも、この男は反応すらせず首を傾げている。なんというか、女としてのプライドが傷つくのだ。「……先日の新型機の中隊、光線級の囮になったのは貴方でしょう?」「―――――ああ、あの時の嬢ちゃんか。元気そうだな」「……貴方もね」「いや、俺の場合はモツがはみ出ちゃう怪我だったから元気では無い」「なら休みなさいッ!」「だが断る」………経歴の酷い理由の一片が分かった気がするわね。私が一人で納得していると幸せそうに煙草を吸い始めるクラウス。少しだけイラッとしたがこっちは礼を言いに来たのだ……怒っては駄目、常に淑女たれ、だ。「……私達が助かったのは貴方のお陰です――――感謝します」「ああ……生きてりゃなんとでもなるからな、一個しか無い命を大事にしろよ?」「それは貴方もね………一つ聞いて良い?」ふと、私はお互いが座るベンチの幅を詰めて肩を寄せる。不思議……と言うより、何処か掴めないこの男に興味が沸いた。「ン?」「貴方、怪我が酷いのにどうして子供達と遊んでたの?そんな大怪我だったら普通は休むわ」「まぁ……うん、そうだな」「なら、どうして?」私がそう問う。すると、煙草の火種を潰してから煙を吐いたクラウスは少し遠い目をし……小さく呟く。「―――――あの子供達も、この戦況じゃ何れはBETAとの戦いに駆り出される」「…………ええ、そうね」「子供はさ……笑って、泣いて、球追っかけて、喧嘩して、別れて……そうやって成長していくのに―――――――今じゃそれも許されなくなりつつある」聞けば、彼はあのソビエトの大地から帰還したばかりらしい。そして多くの幼い少年少女達を鍛え上げ……戦場へと送り出す人間になった。彼は……クラウスはその子供達が生き残れる様に出来る限りの戦い方を叩き込み―――――――そして、遊んだ。少しでも子供で居れる様にと思いを込めて…………全員がBDUと野戦ブーツ、腰に拳銃を備え付けている矛盾な格好で。「偽善だ偽善、“あの世界の感性”を少しも捨て切れないクソッたれな………馬鹿だよ」「何言ってんだろ俺…」そう呟いて煙草をまた咥えるクラウスに私は少し複雑な視線を送る。彼がどう感じたのかは私には分からない……ただ、それは彼にとって地獄だったのだろう。でなきゃ、無理をしてでも何かを救おうとする姿勢は見せない筈だ………一種の贖罪なのだろうか?私は思わず、彼の手を取っていた。「貴方がそんな風に無茶をしても、抱え込んでも喜ぶ人は居ないわ!悲しむ人も居るでしょう!?」「居ない居ない、家族は全員死んだ」「あ、ごめんなさい……」「気にすんなよ嬢ちゃん………つーか、何で俺はペラペラと身上なんか喋ってんだろな……悪かったな」「あ……」私が握っていた彼の手から外され、ベンチを立ち上がる。そのまま小さく笑って去って行くクラウスの背中が寂しそうで………でも、手を伸ばす事しか私は出来ない。そしてその夜、私は彼の経歴を暫し眺め………一つの案を思いつき、家族との食事の際にその案をどうにか出来ないかと言ってみるのだった。「マジか…………」「面を上げなさい、クラウス・バーラット」そして翌週のイギリス軍総司令部には国連軍正装を身に纏い、胸には今まで彼が戦い評価されて得てきた勲章が輝くクラウスの姿があった。そして今日、この中に一つの勲章が足される。私を……英国王室の人間を救った功績及び今までの挺身に対しての物……でも、それは建前だ。私にも少しの意味を持ったその証を……私が代表して彼へと着ける勲章を持っていく。今まで頭を垂れ、そして顔を上げたクラウスの表情は困惑に満ちている。少し、嗜虐心がそそられたが今はそんな場合じゃない。「はい、これでOK……ふふっ、似合ってるわよ?」「嬢ちゃ……ではなく、クリスティーナ王女……」「クリスで良いわ――――――――クラウス、私は貴方を縛る」「…………おいおいクリスさん、とても王族の口からは聞いちゃいけねェ台詞が聞こえた気がするんだが?」私が胸に輝く勲章に小さく微笑み、それを写す為にカメラマンがシャッターを切る。そんな光の奔流の中で小さく、隣に立つクラウスに声を囁く。――――――私は貴方の不幸を、怪我を、悲しみを……悲しむ人になると。後書きあれ、エレナさんよりヒロインっぽくないか?