【推奨BGM:影山ヒロノブ≪翼≫】もう、何もかもがどうでも良くなっていた。まりもちゃんが襲われて、ジョン・ドゥ中尉……いや、クラウスさんの腕が失われ、今も意識不明の重体。そして、純夏も、オレを忘れてて……赤くなってて、変な風に足が、手が、体が………もう、疲れた。「は、はははっ……情けねェな……オレ」白稜の近くにある橋の上、そこで俺は遠くの景色を眺め続ける。冥夜達も振りきり、家を飛び出て……俺の帰る場所は全て失っていた。―――――このまま、死んでしまえばどんなに楽だろうか?「………そう、だな。もしかすると、やり直せるかも知れないな」2回目だってあったんだ。3回目だってあるかも知れない。それなら、もっと良い未来を目指せる事だって出来るかも知れない………オレの、存在する理由も、作れるかも知れない。そう思うと、フッと体が軽くなった。今なら、風に乗って何処までも行ける……そんな、気がした。「―――――ゴメン、霞。オレ、やっぱり弱虫だ……」前へと崩れていく体、重力に従って川へ落ちようとするその瞬間、制服の襟首を掴まれる感触と共に思い切り引き上げられる。オレはその反動で頭をぶつけたのか、白くなった視界の端に一人の人間が居た。「め、目の前で人が落ちそうになってましたから助けちゃいましたけど……大丈夫、ですか?」「――――ッ!?」オレの顔が強張る。オレの目の前にはあの時、恨みの言葉をぶつけて来たマクタビッシュ少尉の姿。その手には、買い物をしたのか重そうな袋が持たれてた。……そっか、この世界にもこの人が居るのは不思議じゃないのか。「……スイマセン、失礼します」「はいはい、ちょっと待った」グワシッと肩を掴まれる。異様に力が強いというか、腕の押さえ方が上手い。無理に力を掛けてしまい、その痛みに少し眉を顰めるとズイッと鞄を突き出された。「重いから手伝って下さい、助けられたらお礼をしないと日本人失格ですよ?」「……ああ、りょうか…じゃなくて分かった」下手に振り切るより面倒が無くて良い、そう思ってずっしりと重い鞄を持つ。中には人参やジャガイモ、カレールーなどが入っている。メニューはカレーだろう。そして歩く事20分、オレは何故か子供たちに群がられていた。「はいはーい、お兄さんに遊んで貰っててねー!」「「「はーい!」」」「あの、ここは……」頭によじ登る子供を下ろし、鼻歌を歌いながらジャガイモの皮を剥いていたマクタビッシュさんに声を掛ける。子供の数で言えば40人近く居て、一部には高校生の様な年齢の人も居る。そして、人種もバラバラだ。そして、その疑問を答えるようにマクタビッシュさんは「ええ」と返事した。「ここ、孤児院なんです。日本人以外の子も多くて珍しいでしょう?日本は教育水準が良いですからねー」「孤児院……ですか」「そうです、私はここの人間じゃ無くて隣に住んでいるんですけどね」お手伝いです、と言う彼女に俺は可能性として聞いてみる。先生が言うには、因果の流失によってあの世界での出来事がこの世界に情報として流れ込んだ。その結果が、まりもちゃんの件だ。だから、因果が繋がっているのなら……同じはずだ。「―――ここの、代表者の名前は?」「昔は別の人だったんですけど病気で亡くなりまして、今はクラウス・バーラットさんです。病院でお眠ですけどね」写真立てに目をやると、顔に傷の無いドゥ中尉……こっちだとクラウスさんが笑顔で子供を抱き上げている風景が映っている。そして、完全に繋がった。あの人は、EXAMを開発したその人であったと……腕を失ってしまった人だと。「……知ってます。まりもちゃん……オレの学校の、担任を助けてくれた人です」「そうですか……ご無事で良かったです」小さく笑むマクタビッシさんに理解が出来ない。孤児院の子供達の様子からして彼女に懐いていたり信頼を傾けたりしてるのは先ず絶対だ。だからこそ、分からない。まりもちゃんに大きな怪我が無くて良かったと俺達が思うその反対では今も意識不明の重体のクラウスさんも居る。つまり、クラウスさんを慕う皆はまりもちゃんよりクラウスさんの無事を思う筈なのに……全員、まるで「雨が降って来た」みたいなノリで流している。だからこそ、理解できない。「……心配、じゃないんですか?」「心配ですよ?そりゃそうですって」「ならなんで!皆はこんなにも落着いているんですか!?」子供たちは遊び回り、目の前の少女はのんびりと料理の味を見ている。そんな、日常的すぎる光景には孤児院の……自分達の親代わりが傷ついて生死の境目を彷徨っているのに動揺が無い。―――理解できない、俺には理解できなかった。「―――皆、信じてるんですよ」鍋にかける火を止め、蓋をしめてこっちを向くマクタビッシュさん。その言葉に、込められた気持ちを考えると……暖かさ?「あの人、約束を破った事は無いんです。昨日も、ここの子供の一人が誕生日だからってプレゼントを探しにバイクで出かけてたんですよ?」「……」「その時、『皆で誕生日を祝おう』って約束したんです……だから、あの人は約束を破らない。必ず元気に戻ってくるんです」そう言うと、マクタビッシュさんはお玉を俺に見せて聞いた。「ご飯、食べていきます?」 ◇オレは、孤児院でカレーをご馳走になった。正直言うと、美味かった………そして、泣きたくなった。あの世界では憎悪の視線を向けられたというのに、こっちじゃニコニコして俺に御代わりを進めてくるマクタビッシュさん。………いや、マクタビッシュ“少尉”のバーラット中尉への信頼は十分に理解できた。そして、俺が傷つく大本の要因となったのなら……俺は、あのの世界で、あの人に……皆に報いなきゃいけない。死ぬなら、せめて盾として死ぬ。だけど、俺は生き抜く。あの世界で、まりもちゃんが言っていた様に……意地汚くたって生き抜いてやる。死んで楽になんかならない、誰も死なせない、人類の未来を……皆が笑える世界にする。そして、オレは思い出した。オルタ5発動、地球脱出……その時、何度も繰り返して誓っていた言葉を。 ―――――人類は負けない、絶対に負けない――――― ―――――俺が居るから……俺が、居るから―――――諦めなければ何かが出来る。そう信じる……それが物事を成す為に行動する第一歩として。強い意志を持って事にあたる。望むものを勝ち取るために、全力を尽くす。だから俺は――――――還ったんだ、あの世界に。『頑張りなさいよ!白銀武!!』その、先生の声を最後に聞いて。そして俺は出会った。純夏と……あの世界のままの、純夏と。生物根拠0、生体反応0と説明された……00ユニットとして。「あの、先生」「何?今日はもう帰りなさい。A-01……アンタが所属する部隊の方には連絡を入れたわ、後で合流する事ね」「それは分かってます。……ドゥ中尉は?」「―――――死んだわ」次回へ続く