【2001年11月14日 マクタビッシュ家】「―――日本に?」『ああ、調べた限りでは横浜だな……ったく、こんなのがバレたらどやされるじゃ済まないんだからな?』「すいません、兄さん。命日にはお花を添えますね?」『おいコラ、勝手に殺すな!』「冗談です……では、今度は家に帰って来て下さいよ?」……通信を切り、たった今聞いた情報と私が揃えた情報を組み合わせる。あの日系であろう「微妙に怪しい者」の存在と大尉がソビエトで頼りにしていた極東最大の国連軍基地である日本の横浜基地。そこに属する香月夕呼博士……大尉は、横浜に居るか彼女に関連する場所に居る。そう信じて……いや、状況証拠的にそれが最も高い可能性として探していた。そして、SASに所属する兄に頼んでようやくシロ星がクロ星になった。「この機動……EXAM搭載機、それもかなりの熟練者」帝国のある戦術機部隊のガンカメラに写っていた黒いF-4改修型。それを大尉がアラスカで乗っていたF-18/EXの挙動と合わせて分析すると、衛士ごとに変わって出る機動や行動の各所での一致が多かった。その結果に……顔が綻ぶ。少なくとも戦術機であんな無茶が出来る程度には元気、それだけで嬉しかった。そして、緩んだ顔を引き締める。何かしらの理由、私が横浜へ向かうにはそれが必要だった。所属が国連軍欧州方面軍第1軍、その海軍である私はそう動けない。だから、何とかして行く理由を作る。それをどうするか、それが問題だった。そう考えていたのだが……私が新たな愛機としてEF-2000を受領した際に帝国へと船が向かうと知った。帝国へ売込みなのか、EF-2000の一個中隊分の無償提供する為だ。そして私は、その船へと乗る事が出来たのだ。なんでも、命令が来たという事だったが何処から出たのかは不明。理由は船団の護衛任務、それに納得し、もしかしたら横浜基地へと迎えるかも知れないという淡い希望を添えて船は出た。途中、米国の第七艦隊と日本の領海の付近で出会ったが何をしてるのか不思議に思ったりもした。そして、入港前夜に横浜基地からの通信があった。新型OSのトライアルが行われるので同じく新型OSであるEXAMを開発したもう一人の衛士として出席して欲しい、と。……そして、私は出会った。あの黒い戦術機と。パーソナルカラーを許された際に選んだ、“雲”の様な純白の戦術機を持ってして――――。 ◇機体を係留させ、整備班が用意してくれたクレーンで地面へと降りる。午後より白銀達のトライアルが行われる。午前中に行った俺とエレナの戦闘はXM3に改良されるベースとなったEXAMのデモンストレーション目的だったらしい。今、開始された白銀達の模擬戦闘にはかなりの観戦者が向かっている筈だ。「……強く、なったなぁ」水へと口付け、綻ぶ顔を引き締めつつサンドイッチを摘む。エレナ・マクタビッシュ、俺の副官だった少女。EF-2000という高性能機を何時の間にか受領し、そして強くなっていた。誰に師事したかは知らんが相当な凄腕だろう。駆け引きが四ヶ月前と比べて上手くなっていた。………これじゃ、我が子の成長を目の当たりにした親の気分だな。「―――うっし、行くか」時間を確認し、実弾が装填された突撃砲2丁、長刀を二振りの完全武装で機体をハンガーから出す。再会は後、今は――――BETAを殺す。そして鳴り響く警報。右往左往する人ごみを避けて機体を飛ばせる。3分も経過しない内に目標上空へ到達。見れば、1機の吹雪がペイント弾を乱射しながらBETAを引っ掻き回す様に動き回っていた。「上出来だ、白が―――ッ!?」機体を地表へ向けて急降下、暴れる白銀を背に庇う様にして突撃砲をぶっ放す。だが、錯乱しているのか予想以上に暴れている白銀の機体が俺の背後から飛び出る。そして、脇に詰めていた要撃級に殴り飛ばされた。やられたのは脚部、それも完全にもがれている。どうにかなる損傷じゃない。「分かっちゃいたが、厄介だな―――ッ!!」白銀の吹雪に集う戦車級を駆逐し、長刀を引き抜く。目の前の突撃級の足を薙ぎ、即席の生きたBETAの盾にする。これなら少しはマシな筈だ。『お待たせしたね、騎兵隊の御登場だよ!!』「地獄へようこそ、騎兵隊の諸君!」そうして、端から刈っていると実弾装備をした他の戦術機部隊が戦域に到着する。元々の数もそう居た訳では無い。その後、10分もすると制圧が完了していた。「フゥー………CP、死者は?」《負傷者は居るが、死者は現在確認出来ていない。情報が入り次第、通達する》「ストラトス01了解………アッサリと終わったな」博士も約束を守ったのか、戦車級を抜いた小型種は確認できなかった。とりあえず、機体をハンガー付近へと戻して降りる。少し疲れたが、まだやる事があった。「EF-2000か……しかもパーソナルカラーだ」俺は、同じく迎撃に出ていたのかBETAの体液に塗れたEF-2000を見上げて呟く。すると、後ろから何かが近づく気配。それに対して振り返る……BETAなんかじゃなく、久し振りに見た顔だった。「よ、久し振りだな?」「………大尉」伏せていた顔を上げ、少し赤い目で微笑むエレナ。それに俺も小さく微笑み―――――銃を突きつけられた。「な―――」何をする、そう言おうとした瞬間に嫌な気配を背中に、そして耳に音として感じる。そして、その嫌な気配を肯定するかの様にエレナが声を張り上げた。「伏せて下さいッ!」「ッ!!」エレナに向かって飛び込み、コロンと前転をして受身を取る。そして、懐からUSP……ソーコム・ピストルを引き抜き照準。目の前に存在するのは………「兵士級!?」白いブヨブヨしたキノコを連想させる頭部と黄ばんだ歯、人型に近い事もあってか生理的な嫌悪感が走る外見の小型種BETA、兵士級。何故居る、そう言葉に出す前に俺がパックリといかれる直前だったという事実に冷や汗が噴き出る。そんな中、俺を食い損ねた兵士級は俺とエレナの姿を無機質な瞳で捉える。そして、奴が動き出すのと俺とエレナの持つ拳銃から20発近い銃弾が発射され、頭部を貫くのが……同時に起こった。「排除完了……ここにも、兵士級が居るって事は……不味い!!」「あ、大尉!!」戦術機に乗り込むよりも走った方が早い、そう判断して全速で駆け抜ける。最悪な方向に考えが進む。そして……見えた!「間に……合えぇぇぇえ!!!」銃を落としてしまうが取る時間も無い。白銀の背に声を掛ける神宮寺軍曹の背後にはゆっくりとだが兵士級が近づいている。全力で走った所為か酸欠になりかける脳、霞む目。その中で俺はタックルするように神宮寺軍曹を突き飛ばし、足掻くように左腕を突き出して……“ゴリュッ”という、異音が響いた。「―――――ギッ!!?」「な―――――ッ!!」肉ごと肩と二の腕を繋ぐ関節を引き抜かれる感覚に脳が焼ける。食いちぎる様に腕を喰われた、痛みを感じる事を拒否した脳がそう俺に告げる。そして、持って来たのかM4を携えたエレナの姿を視界の端に捉えた時―――――兵士級の、人間では有り得ない腕力で吹っ飛ばされた。「大尉ィぃぃぃい!!!」地面へと叩き付けられ、2~3回バウンドしてから動きが止まる。痛いというか、正直に言うと感覚すら無い。自分が生きているのか、それとも死んでいるのか………それは分からない。だが、確実に分かった事はあった。意識が途切れるその直前、エレナの叫び声と発砲音が響き渡る。多分、エレナがあの兵士級を射殺した音なんだろう。それに、小さく口元を歪めて…………俺は考えるのを放棄した。 ◇「ドゥ…中尉……」「―――ッ!!呆けている場合では無いぞ白銀!!貴様は医療班を呼べ!早急にだ!!」まりもちゃんが俺の吹雪へと駆け込み、中に詰まれていた簡易医療キットを取り出してドゥ中尉へと駆け寄る。それに俺はこけそうに成りながらも無線機へと縋る様に辿り着き、緊急として呼び出す。すると、3分もしない内にストレッチャーを押して駆ける軍医達が来る。そして、先導し戻る。見れば、周辺に居たのか様々な兵科の人間が声を上げて応急処置を施していた。「お前も上着を脱げ!血が、血が押さえても止まらねェ!!」「こいつの血液型は!?…A?なら全基地要員に通達して呼び出せ!早くっ!!」「嫌……こんなの、嫌ァ……!」「マクタビッシュ少尉から銃を取り上げろ!精神安定剤も投与だ!!」明らかに致死量、そう感じてしまうほどに赤々とした光景に口を押さえる。ドゥ中尉が運ばれ、現場には血の痕と服を赤く染め上げたまりもちゃんと地面へと座って嗚咽を漏らすマクタビッシュ少尉の姿。それに、俺は何も言えなかった。「マクタビッシュ少尉、もう行きましょう?」「………(コクリ)」まりもちゃんが母性溢れる……俺の居た世界で見せた様な優しい微笑みでマクタビッシュ少尉の肩を抱きながら、立ち上がらせる。目の前で、人があんな事になったのだから当然だと思う。それに、親しい仲だったみたいだった。そう考え、俺は呆然と立っているとマクタビッシュ少尉と目が合う。よほど強力な精神安定剤を投与されたのか、そのブルーの瞳には普段はあるであろう輝きは無い。感情が欠如した人形、そう言える気がした。「あ、なた……が、」「―――――え?」ポツリ、と聞こえた呟きの声。それに耳を澄ますと、再度マクタビッシュ少尉の口が開く。―――――それに、俺は後悔した。聞かなければ良かったのに、聞いちゃいけなかったのに……聞いてしまった。「大尉が死んだら、貴方の責任です」「―――ッ!?」「少尉!?」「だって、そうじゃないですか?貴方が弱いから、貴方が錯乱したから、貴方がこんな場所でウジウジしてたから、あなたが守れなかったから、アナタが子供だったから、貴方が居たから、貴方が、あなたが、アナタガ―――」「う……ぁ…っ」俺は呻く声しか出せない。憎しみという感情で人が殺せるなら何度死んだのだろうか?呆然と立っていた俺の腕を少尉が掴み、衛士強化装備の上からでも握った力が伝わるほどに握られる。そして、間近で叫ばれる。俺を、オレの居場所を、オレの全てを否定する様な言葉を。「――――貴方が居なければ、大尉は傷つかなかった!………貴方が、貴方がこんな所に居たから!大尉は……たい、いは………」「う――――うわぁぁぁァァァァああああ!!!」そして、俺は俺が居るべき日常へと逃げた。逃げたかった……ただ逃げたかった。笑顔が溢れる平和な世界、オレの居場所はそこだと……顔で笑い、心で泣きながら。そして、浮かない顔をしていた俺を慰める様にまりもちゃんに晩御飯を奢ってくれた次の日の事だった。まりもちゃんが何故か学校に来なかったその日の夜、ふとニュースを見た。『先日深夜、白陵大付属柊学園の教員がストーカーに襲われるという事件がありました』『犯人は神宮寺氏と男性が食事をしているのに腹を立て、バールの様な物で神宮司氏を殴打、気絶した彼女を自身の職場である精肉工場へ運んで犯行に及んだと―――』『幸い、神宮寺氏は軽傷でしたが犯行現場を目撃し、警察への連絡とバイクで追跡をした孤児院を経営するクラウス・バーラット氏(28)は左腕を精肉機へ引き込まれ、重症。予断を許さぬ―――』―――――嘘、だ。次回【AL第10話】“翼”――――――少年は、戦士になる。後書きエレナさん、完璧に病んだでござるの巻。