『レイピア01よりHQ、当基地からの脱走機と思わしき機体を旧白稜市街地で確認』鎮座する1機の戦術機を発見、その報告がHQへと入った際に緊張が走った。実弾を装備し、たった1機で12機の追撃を振り切る手腕……もし、それが牙を向けば被害が確実だからだ。そして、HQでレイピア01からの通信を受け取った通信士がゆっくりと声を出した。《HQよりレイピア01、該当機の様子を報告せよ》『あー……レイピア01よりHQ、洗浄用意をお勧めしておく』《どういう事だ?詳細を明確に報告せよ》だが、通信士のそんな緊張に満ちた声にレイピア01は小さく溜め息を吐き、呆れた様に言った。『―――BETAの体液塗れで、武装も完全に損失して墜落した様に地面に埋まっている』 ◇「ったく、あの馬鹿はふざけた事を……ッ!」苛立ちを誤魔化す様に爪を噛み、白衣をはためかせてあの馬鹿……クラウスの機体を収容したハンガーへと駆けつける。無許可での演習、そして脱走、BETAとの戦闘を行ったであろう機体の状況からして新潟へ向かったのは確実だ。今思えば、あっさりと引いていた時点で手を打っておくべきだった。「こ、香月副司令!?この様な場に一体……」「敬礼は良いわ!あの機体の衛士は?」「は、はい!現在、応答が皆無だったので強制開放をする所であります!」「なら、サッサと開けて頂戴」警備兵が解放される管制ユニット部へ銃を突きつけ、警戒をしつつも覗き込み、息が詰まった様な短い声を上げる。アタシとしては胸ぐらを掴んで一発くらい引っ叩かないと気が済まないと思っていたので意気揚々と同じく覗き込んだが……中の惨状に声を上げるのも忘れてしまった。「―――あ?はか、せ……?」鉄錆の匂いと赤く染まった内壁の壁、そして操縦桿を握ったままゆっくりと幽鬼の様に虚ろな目でこちらを見るクラウスの姿。口元から垂れていたであろう血は既に固まり、血を吐いてからそれなりの時間を経過させているのが分かる。顔色はそこまで悪くは無い……が、明らかに衰弱していた。「……ッ!医務室に連絡!急ぎなさいッ!」「りょ、了解!」「は、ハハハッ……ご迷惑を……」「喋らない!ああもうっ……本っ当にロクな事をしない奴ね!!」「スイマセン……」屈強な警備兵に抱えられる様に戦術機から降ろされ、下で待機していた医務官が応急処置を施して搬送していく。それを見送ってからゆっくりと息を吐く。尋問は後回し、今は医務官に任せて自室へと戻る。あの状態で何かをしても時間の無駄になる。そしてそのまま、書類を片付けて何時間が経過しただろうか?ピアティフからの通信、内容は伊隅達が帰還したという事だった。「香月副司令に敬礼!」「はいはい、それは良いから報告をお願い」A-01専用のブリーフィングルームでBETA捕獲作戦の詳細を聞く。予定固体数を確保、欠員0、不知火1機の中破……新人組みを抱えた状況での捕獲作戦という特殊性からすれば上の上だ。その報告を受けた私は小さく笑みを浮かべ、隊員が解散した中でも残っていた伊隅に声を掛けた。「ご苦労様、伊隅。被害も最小限に抑えて良くやってくれたわ」「いえ、博士の部下であるF-4改良型の衛士の援護が無ければ……下手すれば部下を失っていました……精進が足りません」「……ッ!それ、角付きの戦術機?」「……?はい、そうですが……」「そう……今日はもう休みなさい。細かい報告書は207B隊の演習後で良いわ」「ハッ!博士も休暇をお楽しみ下さい」「だから、敬礼は良いわよ………ふぅ」角付き……該当するのはあの馬鹿が乗る機体しか有り得ない。そして、自己満足……そう言っていた顔を思い返す。戦術機から降ろされたアイツは死にそうな顔をしていたが、同時に満足そうに小さく笑みを浮かべていた。つまりは……そういう事なんだろう。「―――――何よ、そんなにキツく怒れないじゃない……」 ◇「ナペスッ!?」ガバッと布団を跳ね飛ばし、起き上がる。何か手が不自由だがそれ以上に強烈な頭痛に悶えていた。なんだ!プレイメイツ軍の襲撃かッ!?ここが伝説のヌーディストビーチ!?「……なんだ、夢か」アホな夢を見たなぁとか呟きつつ、腕に刺さっていた点滴を苦戦しつつも引き抜き、コキンと首を鳴らす。内蔵が未だにジワリと痛むがあまり気にせず水差しに入っていた湯冷ましらしき水を一杯飲み干す。それで漸く人心地が着いた。「……ン?」其処でふと気付く。先程から感じていた手の違和感の正体は……手錠?「え、なにそれこわい」主にMPが使用する様な黒塗りの手錠が装着された自身の腕を見て思わずそう呟く。今までの一生で手錠を着けた経験なんて片手で数える程度しか無いが、流石に目が覚めたら手錠を付けられていたのは初めてだ。その所為か、混乱した思考を纏めるのに少しの時間が掛かったが兎に角冷静になる。そう、KOOLだ。KOOLになれ俺!手錠の鍵が何処にあるか分からない、つまりはこのままだ。その結果、どういう結果が発生する?仮面+手錠=変態「……………さて、武器庫強襲するか」手錠の鎖なら拳銃の弾でも破壊できる。というか、破壊する。工作機械の保管所にあるチェーンソーでも問題は無い。よし、思い立ったら即行動!兵は神速を貴ぶのだ!「……待て、少し落着け俺」手錠を面白半分で着ける人間なんてそういう性癖を持ってない限り滅多に居ない……ハズ。なら何故に手錠が着いている?つまりは何かしらの理由がある筈だ。そして手錠を掛けられる理由になるのは……?「どう考えても無断出撃です、本当にありがとう御座いました」あれか?飛行計画書(フライトプラン)を完全に無視して装備を全部破棄したからか?いや、それ以前に名目上は『基地からの脱走』だろうから………うん、考えるのを止そう。以下、日記形式~一日目~手錠の件だが、鍵を持っているのは霞と判明。交渉するも失敗に終わる。博士はどうやら、白銀達の演習ついでにバカンスへ向かったようだ。多分、大丈夫だろう。あと、PXの食堂では手錠の所為か非常に変な目で見られた。あとメシが食べにくい。~二日目~鍵を巡っての交渉をするも再度失敗、完全に霞の采配によるらしい。とりあえず、メシの食べ方にもなれて来たがやはり食べにくい。おばちゃんがスプーンを渡してくれたのが嬉しかった。あと、風呂の時や着替えの時は手錠を外して貰えた。再度手錠を掛けられるが。~三日目~霞に「あーん」をされた。それは白銀にやりましょう。~四日目~基地要員の目が気にならなくなって来た。仮面の時と同じ現象だろう。あと、死んだ様な顔でF-4JXを整備していた整備班から文句を盛大に言われた。墜落した可能性があったからフレームの歪みや内部亀裂等など、精密検査を行ったらしい。正直すまん。~五日目~Gを軽減した状態でシミュレーター訓練をした。医務官によると8Gを超える負荷を何度も受けると消化器官へ残った傷が小さく開き、吐血等の症状を起こすのが今の俺らしい。つまり、俺の最大の武器である三次元機動での複雑な姿勢制御……断続的に高いGが掛かるそれを封じられたのだ。本当なら暫しの入院が必要なんだが……そんな時間は無いな。「ふぃ~……」六日目、白銀達が無事に合格を決めて基地への帰還を始めたとピアティフ中尉に聞いた俺はおばちゃんに『ある事』を頼んでからシミュレータールームで訓練をしていた。だが、毎回思うのは単独でしか訓練できないこの状況だ。1機で出来る事は……無茶をして場を掻き乱すくらいだ。「エレナが居ればエレメントも組めるんだが……アイツ、何してんだろ?」ポケットに突っ込んでいた為か少し皺が付いた煙草へと火を付け、ベンチへと腰を下ろす。負傷によるアルコールの制限が原因か、煙草を吸う量が一気に増えた気がするが元々が不養生なのが軍人という職業であり生き方だ。ベットの上で死ねるなんて思っても無いし、不養生が丁度良い位だ……確実に説教されるな、この考えは。「白銀もそろそろ、か……情報の小出しにも限度があるからな……」白銀達が衛士訓練課程に進んだ今、次の出来事はたまパパ襲来とクーデター、トライアル襲撃に甲21号攻略作戦、横浜防衛戦……そして、桜花作戦。博士に証明として提供した情報にはこれらは含まれて居ない。つまり、そのどれもが未然に防ぐ事は不可能だ。特に急ぐ事でも無い甲21号作戦と横浜防衛戦はまだ良い。たまパパも白銀がフルボッコにされる程度で特に害があるって訳じゃ無いから良しだ。だが、先日の新潟の様に介入した結果で戦死する筈だった誰かが生き残れたという変化もあった。それは俺個人の無茶の結果だが……これからはクーデターという国相手、トライアル襲撃という基地全体の問題にもなる。「個人で当たるにゃキツイ問題だぜ」ま、今は白銀たちの祝福が先だがな……。後書き「パ、パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」(トランクス一丁で)「服を着ろ」家へ泊り来た友人の寝起きの第一声がこれだと、凄くやるせないんですがどうでしょうか。