「LRLRLRL~♪」上機嫌そうに、高らかに歌うかの様に声が響く。Lと口に出しては左足を、Rと口に出しては右足を出して走り、リズムを取っている。そんな風にしばらく上機嫌そうにリズムを歌っていた仮面の男、ジョンもといクラウスはかなり体が慣れてきたのを実感していた。「LRLRLRL~………フッ…大分慣れたな」撃墜されてから衰えた体は厳しい訓練で鍛え直そうと走って早一週間。体力は未だに不完全ではあるが体の動きに違和感は既に無い。取り合えず、嘗ての様な戦術機操縦は可能だろう。「しっかし……もう11月か……」白銀の方では着々と物語が進行している。俺はそれには干渉する心算は欠片も無いので原作通りの筈だ。しかし、原作と言えば間もなく第一の事件が発生する。11月11日、新潟へのA-01出撃だ。「孝之というイレギュラーが居れば結果は変わると思うが……やはり心配だな」何時ぞや、吹雪を借りに行った際に出会った207A訓練小隊の少女達を思い出す。彼女達はA-01に配属され、そして恐らくは新潟が初陣になるだろう。そして、“死の8分”に直面する。確か、新潟でも死者が出る筈だ。「むぅ……」走るのを止め、用意しておいた模擬刀で素振りをしながら悩む。香月博士は白銀から新潟襲撃を聞くだろう……そして、A-01を派遣してBETAを捕獲、それがトライアル時のBETA襲撃へと繋がる。それは、今も離れた位置で白銀たち207B隊を鍛えている神宮寺軍曹を含めた多くの命を失う結果に至る。「チッ……」舌打ち、素振りにブレが出来る。関わってしまうと助けたくなる……知り合いや身内にはどうにも俺は甘い気質だ。「どーっすっか…ねッ!」風切り音を響かせ模擬刀を振るう。この雑念を振り払うかの様に一心不乱に………まぁ、俺の中ではもう腹を括ってるのかも知れなかったが…。 ◇【2001年11月8日 旧横浜市街地 第2演習区画】「ストラトス01よりCP、難易度が温い。もう一段階上げてくれ」《CP了解。ミッション内容を変更します》旧横浜市街地、今は演習場となっているその場所でJIVESによって生み出されたBETAへと突撃を繰り返して既に3時間。俺は途中に推進剤を補給した以外では一分足りと休まずに戦い続けていた。この機体の癖を習熟するには………いや、この機体を“口説く”には多少強引でなければならないだろう。「……ッ!」シミュレーターではそこまで感じなかった体の芯に響く様なGに忌々しげに顔を歪め、歯を食いしばる。最後にF-4系列の機体に乗ったのは10年前、その当時の感覚ではこの機体はまったく違っていた。「跳躍ユニットをこんな馬鹿げた高出力仕様に変えるからだ……これじゃ、50ccバイクにリッターエンジンを積んだ様な物だぞ……ッ!」F-4等の第一世代機は重装甲が特徴だ、それは改修を受けたこの機体でも変わりは無い。だが、新設計である軽量の複合装甲に変更されてからは従来のF-4と比較して機体総重量は15%は減少している。それでも尚、重装甲なこの機体に新たに搭載された跳躍ユニットはその重さを完全に振り切った速度を叩き出す。本来は武御雷C型に搭載されるFE108-FHI-223跳躍ユニット及び主機を搭載しているらしい。故に、出力だけは通常の不知火を上回る。しかし、元々の機体重量や形状的な空気抵抗もあるので結果的には不知火よりは遅い……が、爆発的な加速力は群を抜いていた。「元々の機体単価が安いからってンな化け物を積むなっつーの」だが、それを操る側からすれば良い迷惑だ。確かに、F-4を長年操る熟練兵がこの機体の癖さえ掴めば下手な不知火より戦闘力を発揮できるだろう。だがそうでは無い俺にはキツイ物があった。「まったく、名前通りだな……雄々しい機体だ」機体名称、F-4JX――益荒男(マスラオ)――。“益荒男”とは強い人、男を指す言葉だ。嘗て、日本帝国にBETAが侵攻した際に参戦した男達の多くはF-4J――撃震――に乗って戦地へ赴いていった。そして、多くの男が犠牲になった。彼らは救国の士であり、彼らを支え、今の日本を守ったF-4という機体を尊んでの名前らしい。別案としては“防人(サキモリ)”という名前があったのだが『守るだけでは勝てない』という主張があったらしい。「………任務完了、帰投する」《了解。基地上空の飛行許可、第二滑走路へ帰投せよ》「了解………ッ!?」最後の一匹であるBETAへと36㎜を発射して機体を巡航姿勢にさせる。そしてCP士官であるピアティフ中尉への報告を最後に通信を切った瞬間、吐き気に口を押さえ二、三回ほど咳き込む。手には、赤い血がべっとりと着いていた。「あー……無理しすぎたか」俺の体はツギハギみたいな状態だ。それは内臓も同じ事で、過負荷なGには長時間耐えれない。そもそも、まだロクに物も食えないほど消化器官は疲弊している。今も栄養点滴と胃に負担を掛けないおかゆなどが基本になっている。今の俺が戦術機に乗るという事は文字通り命を削ってる状態だ。「ハハッ……こりゃ、怒られるな……」今は傍に居ない自身の副官とお世話になっている医務官の顔を思い出しながらサッサと血を拭い、機体の針路を横浜基地へと向ける。しばしの空の旅を終え、ふと下を見ればグラウンドの片隅に休憩中なのか片手に飲み物を持った白銀達が見えた。「………(ニヤッ)」……多分、今の俺は楽しみを見つけた子供の様な顔をしているだろう。さっき血を吐いたのも忘れてる。いやなに、少し白銀達を発破かけるだけさ。うん、悪戯を思いついた訳じゃないヨ。《ストラトス01、貴機は予定コースを外れている。即座に修正せよ》「此方ストラトス01。少しお楽しみをする」《なっ……ストラトス01!応答して下さい、ドゥ中尉!?》ピアティフ中尉の慌てた様な声が管制ユニットへ響き、「そんな声も出すんだな~」とか勝手に思う。しかし……「フッ……ジョン・ドゥ、か………私はそんな名では無い。……あえて言おう」《え…》すうっと一息。「―――クラウス・バーラットであるとォ!!」《なッ……中尉!?》 ◇【同年同日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 グラウンド】「よし、10分休憩!各自好きにしろ!!」「ハァー……」「武、受け取れ」「お、サンキュー冥夜」地面に身を投げ出す様に仰向けに倒れ込み、空を見上げる。完全装備での20キロ走を終えた直後、俺も含めた全員が頭を垂れた様に項垂れている……特にたまなんかは目が渦巻いてる。そんな中、飲み物が入ったボトルを渡してくれた冥夜に礼を言いつつ浴びる様に飲んでいると戦術機の跳躍ユニット音が聞こえ始めていた。「む…?帰還コースにしては可笑しいな……」「神宮寺教官、どうかなさいましたか?」「榊か、あの機体だ」まりもちゃんが指差す方向には突撃前衛装備で空を飛ぶ1機のF-4。哨戒機にしては一騎だけってのは不自然、しかも近づいてくる程にそのシルエットが明らかになっていった。「ほぇ?なんか他の機体と違いますー」「そうね、私達が知ってるF-4とは何処か違うわ……改修機かしら」「角付き……」一本角の様に伸びたセンサーマスト、肩に追加されたサイドスラスター……そして、UNブルーとは違うスカイブルーの機体色。そんな通常とは仕様が異なるF-4らしき機体が空中で静止、俺達を見下ろす様に滞空する。俺から見てもその動きには第一世代機特有の鈍重さが見えない程に繊細な操縦だ。「……榊、念の為に私は司令部に問い合わせてくる。全員を纏めて事態に対応できる様にしておけ」「了解。207B隊集合!」「おいおいおい、変なトラブルはゴメンだぜ…!」「………ッ!動いたぞ!」「―――――ッ!?」まりもちゃんが訓練場から小走りで去り、委員長が全員を纏め上げると冥夜が声を上げる。視線を向ける、そこには待っていたかの様に上空で滞空していた機体がグラウンドに向けて急降下する光景だった。「あ、あわわわ……!?」「……っ!」地面に激突するかの様に再加速、雲を引き裂く様にして高度を落とし………動きが変わる。突撃級の頭上を飛び越え機体を倒立姿勢、滞空中にその手の突撃砲を突撃級の柔らかい背面へとお見舞いして着地、そして噴射地表面滑走。左右にブースターを吹かして後続の突撃級を回避、そしてターン。残りの突撃級を排除、その直後に背後から殴り掛かってくる要撃級の一撃を宙返りの様に避けてNOEへ移行。それをイメージさせる動きに息を呑み、今は遥か上空へ去って行く空色の戦術機を見送る。間近で対BETA戦機動を見せ付けられた皆は呆然としていた。「……ボク達も、あんな風に戦術機を操る事が出来るのかな…?」「うん……だから、次の演習に絶対に合格しなくちゃね!」沈黙が続く中、美琴の問いかけにたまが盛大に頷き、それを聞いた委員長に彩峰、冥夜も小さく笑みを浮かべる。戦術機への……衛士への憧れが増したのか、予想外に団結が増した結果になった。だが、それもあるが俺の驚きは他の部分にあった。「(スゲェ……俺がイメージしてた様な機動が再現出来てる……!)」通常の戦術機と比較しても異様な……そう、俺がやっていたバルジャーノンの如しアクロバットの様でその実、実戦的な機動……そしてそれを可能にする衛士の技術。それに他とは違う改良が加えられた戦術機……その全てに興味を抱いたのだ。そして、司令部へと確認に行っていたまりもちゃんがこっちに来るのを確認し、最後に過ぎ去った後の空を見て思った。あの機体の衛士……その正体は何者なんだろうか、と……。後書き最近の主食がファンタグレープ