【2001年 11月1日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 戦術機シミュレーター室】警報が鳴り響き、加速による高Gによって生まれる振動が管制ユニットを揺らしていく。その管制ユニットに着座した仮面の男、ジョン・ドゥことクラウスは執拗に追い回してくる3機のF-15C――イーグル――の配置をレーダーで確認し、ニヤリと口元を歪めていた。「じゃじゃ馬だが……面白いっ!」空色に塗られた戦術機がクイックターン、追撃して来ていたF-15Cへとその両の手に持たれた87式突撃砲を乱射する。3機の内、2機は左右に大きく別れて回避したが本命として狙っていた1機は被弾、跳躍ユニットを損傷したのか黒煙を吹き上げながらビルへと墜落していった。「先ずは1機」大きく分断される形になった2機のイーグル、一番近かった1機を視認で捕らえ、背後に食らいつく。それに随分と驚いたのか、ソレが戦術機の機動へ顕著に現れる。しかし、冷静さを取り戻したのかイーグルのパイロットは冷静にダミービルの間にある道へと機体を進めさせ、即席の盾を作り上げた。あのポイントを撃つには一定以上の高度に昇れば的だが、それは自身も的になる。正面から挑むとしても直線的な道路になっており、相手はT字路で左右に隠れれるビルがある。それに、背後から撃つにしても巨大なビルがそこには在り、撃とうにも撃てないあの場所は迎撃には最適のポジションだろう。だが、甘い。「普通の相手になら通じるが……生憎、俺も機体も普通じゃ無いのでね」この機体に搭載されている操縦系統であるOBLが繊細な戦術機機動入力を受け取り、それが機動に反映される。今、此方へ向けて突撃砲を乱射しているイーグルの衛士はどの様な心境だろうか?戦術機3機分の横幅ほどの広さしか無い……そして直線という狙い撃つには最高のポジションで撃って尚、縦横無尽に機体を振りながら接近してくる存在に。ビルに張り付く様なギリギリで飛び、此方へ向かってくる異常さに……恐怖したのかは分からないが逃げ様ともせずに乱射をし続ける。「何で当たらない」……そう叫び声を上げているのが聞こえる様だ。「2機目」背部ブレード担架から抜いた74式近接長刀を刺突の構えにし、そのまま突っ込む。反応が遅れたイーグルは管制ユニット部を長刀の切先で貫かれ、そのまま背中を突き抜けてビルへと縫い付けられた。「さて、最後の1機は………隠れたか」まともに戦っては勝てないと察したのか、レーダー上から消えた最後のイーグルを捜索する為に機体を進める。熱源センサーにも音感センサーにも反応は無い。多分、主機を切っている。イーグルが不意打ちするか、俺が見つけ出して撃破するか……そんな勝負になった。「何処だ……何処に居る……《警告、敵機接近!》後ろッ!?」五分ほど捜索を進め、次の区画へと向かおうとした瞬間だった。崩れ去ったビルの残骸の一部が弾ける様に吹き飛び、土煙を引き裂く様にナイフを持ったイーグルが突進してくる。回避は不可能、突撃前衛仕様の背部兵装担架には長刀が残り一振り納められているだけで迎撃は無理。180度ターンしてマニュピレーター持たれた突撃砲で撃つのは距離的に無理、射撃する前にナイフが管制ユニットへと突き刺さる筈だ。「さ・せ・る・かぁぁぁぁああああああ!!」手段が無いのなら作るまで、ブレード担架が稼動して長刀を跳ね上げる。そして、バックステップ。激しい接触の衝撃と共にブレード担架の長刀のボルトロックを破裂、自機とくっ付く様になって沈黙していたイーグルが胸に長刀を生やして倒れた。俺が行ったのは残った長刀を地面に垂直な格納状態から地面に平行な抜刀体勢にした。そして、あのイーグルは自ら長刀に突っ込む形になってしまったのだ。だが、イーグルが振りかぶっていたナイフが肩の関節部分に突き刺さり、片腕が使用できなくなったが……俺の勝ちだ。《状況終了。お疲れ様でした、ストラトス01》CP士官役を務めてくれていたピアティフ中尉が俺に与えられた新たなコールサインで呼ぶ。ストラトス……『成層圏』という意味を持つこの単語は俺の解釈ではこう考えた。“地上の空”と。「ストラトス01了解。この後に食事でもどうですかピアティフ中尉、残念ながらレストランという訳には行きませんがね」《あら、お誘いを頂けるのは嬉しいのですがこの後に報告書を作成しなければならないのでご遠慮しますね》ちょっとしたジョークを言い合い、シミュレーターが停止していく。最後に、シミュレーターが生み出した仮想現実の夕日に照らされた俺の乗る機体が写る。しかし、この機体を本来は死んでいる筈の亡霊である俺に与えるのは香月博士なりのジョークなのだろうか?まぁ、良い機体だ。文句も無い、むしろ今の俺にはピッタリかも知れない。「またしばらく頼むぜ、ファントム?」俺は今の相棒となる世界最古の戦術機へと呟き、その場を後にした。 ◇【少し前の2001年 10月30日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 野外ハンガー】「フンフフ~ン♪」「ご機嫌っすね…」「アタシの唯一の楽しみなのよ、コレ。新品だからビニールは確実に付いているしね~♪」ある戦術機格納庫に仮面を付けた男と白衣を身に纏った女性が肩を並べている。そんな異常な光景を視界に納めない様にして駆け回る整備班員達を見下ろしながらクラウスは溜め息を吐いた。管制ユニット内で嬉々としてビニール破りを行う香月博士は何処か子供のようで、非常におかしく感じる。「しっかし………最新鋭機って言いましたよね?」「ん?そうね、言ったわね~」「これF-4じゃないですか!?最新どころか世界最古の戦術機ですよ!」思わず咆哮する俺を誰が責められるのだろうか?『最新鋭』と聞いたので武御雷は流石に不可能と思ってたがユーコンでの経験上、「帝国の最新型である不知火弐型かも」という淡い希望を見事にブチ壊されたのだ。しかし、何処か恍惚とした様子でビニール破りを終えた博士は此方を見て、ニヤリと笑った。「フフッ、そう言うと思ってたわ……これはF-4であってF-4じゃないわ……」「なん…だと……?」「香月博士!シートを除去する為に機体を起こすんで離れて下さい!」整備班長らしき人物の警告に従って離れる。そして、ハンガーに寝かされる様に固定されていたF-4が起こされ、そしてシートが剥がされる。そして明らかになったその異様さに俺は息を呑んだ。「EXAM適応型試01式戦術歩行戦闘機・F-4JXよ」「EXAM……適応型?」「そう、EXAMシステムを搭載する為に作られた……そんな機体よ」「EXAMシステムとか暴走しそうなんですが」「なんで?」「いえ、コッチの話です」全体像的に言えばF-4と変わらない。しかし、変わっていると言えば肩に増設されたスラスターだ。そして装甲も恐らくは第三世代機に多く使用される複合装甲、操縦系統もOBLとなっており、カタログスペック上では2・5世代機相当の戦闘力らしい。言わば、F-4の形をした別物……だろう。「アンタが作ったEXAMを帝国に提供して試作されたのがコレよ、完成したらまりもにでも乗って貰おうと思ってたんだけど丁度良いわ」「提供って何時の間に……」「今から3ヶ月に前ね~」以前に行った新潟での運用テスト(九話、『天空の眼』参照)の際に共同した帝国軍部隊が持ち帰ったガンカメラの映像を元に博士の元へ連絡が来たらしい。その際に何かしらの交渉を済ませ、提供。その結果、急遽開発されたのがこのF-4JXらしい。「た、確かに最新鋭機だ……」「でしょ、嘘は言ってないわ」ニヤニヤと笑う博士から視線をずらし、バツが悪そうにF-4JXを見上げる。機動制御の為なのか、センサーマストが一本角の様に伸びている。「そう、これは撃震であって撃震で無い……言うのなら、超☆撃震ね!」「おいばかやめろ」博士、もう良いですから休んでください。寝てない所為かアンタ、少しおかしい。「社……博士を頼む」「はい」何時の間にか来ていた社に博士を任せ、連れて帰らせる。流石に、休憩をして貰いたい。そんな事を思いながらカタログスペックを確認していると、チェックが終わったのか整備班長が近づいてくる。相変わらず仮面を付けた俺を胡散臭そうに見ていたが仕事人なのか、しっかりと敬礼して俺に問いかけた。「中尉、今からカラーリングに入りますがどうします?副司令より自由にさせろと聞いているのですが……」カラーリング、そう聞かれて少し考える。自由にさせろ、の意味が理解できなかったからだ。国連軍所属ならUNブルーが一般的だ、それは当然だろう。しかし、主に欧州のエースにはパーソナルカラーが許されてはいる事が多い。理由は戦意高揚の為だ、故にカラーリングはその者を現すと言えるだろう。日本で言うなら斯衛の冠位による色分けに似ているのかも知れない。そして、俺は理解した。「なるほど……博士は全てを奪う気は無いのか、はたまた気まぐれか……」「…?」「ならば、遠慮せずにやらせて貰う……班長!」「ハッ!」名前を変え、顔を隠し、その存在すら否定されている俺に博士が残してくれた物。亡霊である俺の存在を証明する最後の一つ、遠慮せずに使わせて頂こう。「班長、あの機体を……私色に染め上げて欲しい」後書きまだまだ逝くヨ