国連太平洋方面第11軍、横浜基地。極東においては最大規模を誇るであろうこの基地には施工当時から囁かれている噂があった。曰く、『存在しない筈の90番格納庫』曰く、『フラリと現れては消える銀髪の幼子』曰く、『地下に存在する謎の空間』曰く、『幼女を追い回すロリコンミイラ』等など……何処か俗物的な物から軍機に触れそうな物まで、選り取りみどりだ。特に気にしてもなかった事だがつい最近生み出された『幼女を追い回すロリコンミイラ』こそ、そんなのが居たらMPに拘束される…とか話してたモンだ。しかし、昼食を終えて腹ごなしにバスケでもやろうと外に出た時だった。俺らはその噂の人物を発見したんだ。一言で言うなら不審者、これ以上に当てはまる言葉は無いだろう。顔に包帯を巻いたミイラ男がドレスの様な制服を着た少女を背中に乗せ、「うぉぉぉおおおおお!!」とか叫びながら腕立て伏せをしている。正直、あまりの衝撃に呆けてしまった。そして、確信したね。あれが、噂の『幼女を追い回すロリコンミイラ』だってな!【横浜基地所属の名も無き衛士の証言】 ◇【2001年10月26日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】「フッ……フッ……フッ……」「あと、30回です…」「了解ッ!」背中には座布団、そしてその上に正座した霞が残りの回数を教えてくれる。俺はBDUに身を包んで黙々と腕立て伏せを行っていた。今まで入院していた事もあって、それなりにあった筋肉も大分削げ落ちている。それに、運動不足気味でもあったので最近は専ら体を動かしていたのだ。因みに、霞が俺の上に乗ってるのは錘の代わりだったりする。………ええ、決してご褒美ではありませんよ?ありませんとも。「……終わりです」「うっし!社ー、どいてくれー」背中に掛かっていた重量が消え、その手に座布団を持った社が少し離れたベンチへ向かい、座る。そんな何処か微笑ましい光景に少しだけ笑みを零し、置いてあった歩兵装備を身につけて分隊支援火器のダミーを万歳する様に持ち、そして我武者羅に走り続ける。どんなに苦しくても、辛くても……走れなくなった兵士に勝利など訪れない。兵士は血と汗を流した分だけ強くなれるのだ。そう思い、更にペースを上げる。普段から作りこんでいた体を取り戻すのには暫らくの時間が掛かるだろう。だから、今は戦術機が操縦できる程度に体を回復させる。体の動きに阻害感を感じなくなればある程度は終了、残りは体力を戻すだけだ。しかしながら、自分で思う。普段は罵倒して訓練兵を走らせる立場である人間が、自分自身を罵倒して走り続ける姿は何と滑稽なんだろう、と…。「………ハッ!…よし社、もう一回乗ってくれ」「はい」3キロをダッシュを走り切り、そのまま霞を背中に乗せて再度腕立て伏せを行う。傍から見てもかなりのオーバーワークだろう、昼食を終えて運動をしに来たのか、先程から此方の様子を伺っていた正規兵達は化け物を見るかの様な目だ。まぁ、苦痛に歪む表情が包帯に隠れて見えないのがせめてもの救いだろう。今の俺の顔は地獄の悪鬼もかくやと言わんばかりに歪んでいるからな。「ッ………良し!」「お疲れ様です」「お、サンキュー」タオルを渡してくれた霞に礼を言い、汗だくになった顔を拭こうとして止まる。そういや、顔には包帯を巻いてあるから汗は全て包帯が吸い取るのだ。しかも土汚れで茶色く染まっている……不衛生だな。「――――そんな訳でして、包帯の代用品下さい」「紙袋に目の部分だけ穴開けて被ぶれば?」「ひでぇ!?」俺は代用品を用意して貰う為に香月博士の部屋に来たが、スッパリと切り捨てる行為に俺は思わず声を上げて抗議する。自分は好きで包帯をしてる訳じゃない。顔を隠しておけと命令をしたのは博士だ。大体、基地のPXで売っているサングラスにしようと思ったのにそれを許可しなかったのは博士だ。顔を隠せる面積が少なすぎるという理由で不許可、バイザーのようなサングラスを買おうと思い立っても基地の外に出るのも許されない身では手が無いのだ。……しかし博士、紙袋を被ぶれって包帯以上に変質者だと思うのですがどうなんでしょう?「包帯って意外と大変なんですよ?巻くのにも時間が掛かりますし消耗早いしメシ食いにくいしシャワーを浴びる度に外しますし他にも…」「ハイハイ、分かったから五月蝿くして脳のキャパシティを減らさないでくれない?」「ういっす」「………脳………そうよ、何気に忘れてたけどアンタにも必要かもね…」「何がです…?」何故か沈黙した博士がパソコンの前に座り、素早くタイピングして何かを書き込んでいく。気にはなったが邪魔するのもアレだったので俺はこっそりと部屋を出て、自身に与えられた一室へと戻り、ベットへと転がり込む。兎も角、解決策が無い以上は考えても仕方が無い。それなら、今は体力の回復に努めるのが優先事項だ……まぁ、そんな事を思うまでも無く目蓋が落ちていたのだが。因みに、俺はこの時に何でパソコンを覗き込まなかったのか悔やむ事になる。そう、まだあの段階だったら“あんな物”が出来上がる事は無かったのだと………知る由も無かった。 ◇【2001年10月30日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地 香月夕呼研究室】「アンタが望んでた物を手配しといたわよ」朝っぱら……正確に言えば午前5時、通常シフトの者はまだ夢の中であろう時間に俺は博士の部屋に呼ばれ、いきなりの発言に首を傾げていた。望んでた物……それが眠気に浸りきった脳ではまだ判断できないのか、しばらく頭を捻っていたがやっと辿り着いた。包帯に代わる俺の顔を隠せる物だ。「随分と厳重そうなケースですけど……特注ですか?」恐らくは俺が注文したソレが入っているであろうアタッシュケースを机の上に置いてコーヒーを美味そうに啜る博士に問う。それを聞かれた博士はニヤッと笑い、大仰に手を広げて説明を始めた………この人、徹夜でハイテンションになってないか?「よくぞ聞いたわッ!アンタの知る情報はオルタ4にとってもトップシークレットよ、故にその情報を規制する必要があるわ!」「喋る気は無いんですが…」「いいえ、アンタが喋らなくても“読める”存在が居るでしょう?」「………第三計画」その呟きに霞がビクッと反応するが頭をグリグリと撫でて逃げるのを防止する。霞にとっても色々とあるんだろうが、俺はそんなの気にしない……そんな気持ちを込めて撫でると強張った体が柔らかくなった。「………ねぇ、アンタってやっぱりロリ‥」「それ以上声にして出したら本気で怒りますよ」それを見た博士が俺に対して言おうとした事を率先して潰す。まったく、謂れ無き批判だ。「あっそ……で、アンタをソ連から回収する時に結構無茶やったからね?アンタは重要機密を知る存在としてマークされてるの……実際、諜報員も一人捕まったしね」「そりゃ面倒ですね……で、今までの話に何の関係が?」「そこで“コレ”よ!我ながら素晴らしい意匠だわ…」「こ、これは……!?」博士がアタッシュケースから取り出したソレを俺に見せ付ける様に突き出す。色は霞が着けているうさ耳と同じく黒、材質も似た様な感じだろう。手に持って見たが非常に軽く、しかしながら丈夫そうだ。所々刻まれた窪みやラインが何処と無く近未来的な雰囲気を感じさせ、まさに「いいセンスだ」と言うしか無いだろう。だがしかし、やはり元々は一般的な日本人の感性を持つ俺から言わせて貰おう。「なんじゃこりゃぁぁぁああ!?」「何よ、文句あんの?」「いや、用意してくれたのはありがたいですがサングラスとかあるでしょう!?」思わず叫んでしまったが、許して欲しい。そう、博士が用意した俺の顔隠し道具とは顔の上半分を隠すようにデザインされた仮面だった。例を上げるのならタ○シード仮面の着けている仮面の色を黒に変え、それに某ガンデレ大尉が着けていた仮面とセ○バーオルタのバイザーのデザインを変形して加えた感じだ。いや、目が見える様になってたり装着方法からすれば仮面と言うよりサッカー選手などが着けるフェイスガードだろうか?兎に角、ある意味では仮面であった。「……博士?」「……私の矜持が無骨な物を許さなくてね、どうせ作るなら芸術品が良いじゃない!」「もうやだこの人ッ!?」思わず地面に四つん這いになって嘆きの言葉を吐くが情けなさ過ぎるので立ち上がってその仮面を再度見る。そう言えば、まだこの仮面の話の最中だったので取り合えずは話を促すと説明を再開してくれた。「で、話を戻すけどその仮面にはリーディング防止の為にバッフワイト素子を盛り込んであるわ……知ってる?」「うろ覚えですが」【バッフワイト素子】ひとつの大きさが約20ミクロンの思考波通信素子でBETA由来素材で出来ている物だ。 特定の思考波パターンを織り込んだマイクロチップによる制御で逆位相の思考波を発信し、ESP能力者によるリーディングをブロック出来る優れ物だ。つまり、この仮面は……「リーディングに対する妨害装置な訳ですか……」「そ、脳に近い頭部に着ける必要があるから丁度良かったのよ」仮面のデザインは衛士強化装備のヘッドセットに接触しない様に考慮されてるし、デザインも悪くは無い。それに溜め息を吐いた俺は仮面を着ける為に頭に巻いてある包帯を取った。「……!」「へぇ……改めて見ると精悍ね?」「茶化さないで下さいよ」包帯に隠れた顔が外気に直接さらされ、俺の今の顔を見た霞が少し目を丸くしたのが分かる。一番の損傷が酷かった左半身、それを証明するかのように左側頭部から頬と鼻を横切る奔った様な傷痕、そして傷は首にも続いていた。それに加えて無精髭が伸び、少し伸びた髪に傷も相成ってかテロリストの様な悪人ヅラだ。この世界の医療技術なら傷も処置が早ければ消せるのだろうが、撃墜時に俺を回収したソ連さんはそこまで親切じゃなかったらしい。博士が横浜に収容してから一応は対処してくれたのだが傷痕が少し薄くなった程度だった様だ。しかし、今の顔で嘗て訓練兵を鍛え上げた様に罵倒すれば『鬼軍曹』という称号を名実共に貰えるだろう。そう思いながら鏡の前に立ち、仮面を着けようと四苦八苦していると霞が此方を眺めてるのが鏡に映って見えた。「…怖いか、社?」「……クラウスさんは、クラウスさんです」霞はこの顔の傷で驚きはした様だが特に気にはしてないらしい。そんな短いながらもありがたい言葉に感謝しつつ、装着完了。少し手で位置をズラしたりして、もう一度鏡の前でピタッと立ち止まった。「……変態だな」「ハイハイ、落ち込まないの……メンドクサイわねアンタ」「いや、もう良いです……吹っ切れる事にしますんで」「だからって社に手を出したら殺すわよ?」「そういう吹っ切れじゃないですよッ!」イジける俺に愉快そうに博士が笑う。何か、これだけ見ればやっぱEXとは変わらない気がする。だが、俺は流石に許す気は無い。流石に侮辱が過ぎるというものだろう!しかし、そんな不機嫌モードの俺を一気にご機嫌にさせる朗報が博士から言い渡された。「あ、そうそう。アンタの機体を手配しておいたんだけど今日届くわ」「……へ?」「あら、当然でしょ?アタシは使える物は何でも使うのよ」「まぁ、それは良いのですが……因みに、機体は?」「帝国が誇る、最新鋭機よ」後書きランナーズハイって素晴らしいよね、執筆でも似た様な現象起きるし