基地上空を悠然と何機もの戦術機、戦闘ヘリがフライパスしていく。戦術機の中には片腕が無い物や胸部が大きく陥没した物、BETAの体液色に染まったのも存在するが地上でそれを見上げる人々は気にもしない。ソビエト戦線が始まって以来、類を見ない大勝利。これに喜ばない人間は居ないであろうからだ。それは今現在も帰還してくる部隊も同じなのか、機体損傷状況に余裕がある小隊なんかはアクロバットを披露するなど、まるでお祭である。「おい、次が帰って来たぜ!」「オムスク大隊は全機損傷無し、犠牲者も0だそうだ!」地上誘導員や整備員、MP達が声を張り上げて手を振り続ける。此方に気づけば何らかのアクションがあるかも知れない……それを期待しての事だったが…。「「「……は?」」」全員の声が重なって響く。先頭のオムスク01と並んで飛ぶホルス01の機体が文字通り手を振り返して来たからだ。手を左右に動かすだけの行為だが戦術機が行うとやけにシュールで、非常に見新しく感じる。そう思いながらボケッと見上げているとホルス01の乗るF-18E/Xの跳躍ユニットが停止し、バランスを崩したようにクルクルと縦回転しながら落ち始める。木から木の葉が落ちるようにも見えるそれは、空中での姿勢を崩した機体が見せる物とほぼ同一の物だ。それを地上から見上げていた予想される落着地点付近に居る者は一斉に顔色を青くし、慌てた様に逃げ出すが一部はそれを見てゆっくりと立ち止まった。細かく噴かされる腰部スラスター、動く脚に手腕…細かな姿勢制御を行っているのが目に入ったからだ。遠く離れた位置からその光景を見ていた者はF-18E/Xがスピードを落とさず、空中でそのまま直角に高度を落としたように見えただろう。野球で言う所のフォークボールのような鋭い落ち方だ。本来、戦術機が下降する際は山なりにゆっくりと下降するか、宙で浮いた状態で高度を落とすのが一般的だ。ホルス01の動きは旧来のOSでは自動制御で制御を奪われるであろうものだが素知らぬ顔といった風にバランスを取って跳躍ユニットを再点火、編隊の中へと戻っていってしまった。『『『…………うぉおぉおおおおおおおお!!』』』空に編隊が見えなくなった頃、一拍をおいてあの機動の異質さに気付いたのか響く歓声と囃す様な口笛が飛ぶ。ただでさえ暑苦しい熱気に包まれていたのだが……まぁ、気にしては駄目なのかも知れない。―――それから、2時間もしない内にPXでは盛大な宴の様相を呈していた。ある者は歌い、ある者は笑い、またある者は飲み比べを行っている。唯一の欠点はこの事態を収拾をつける人物が居ない事だけ。その一角を陣取る一団にクラウス達の姿もあった。「もうっ、危ない事をしないで下さいと何度も言ってるのに…!」「危ない事って……EXAMがあるから今までよりは安全なんだぜ?」「分かってます!でも心配なんです!」周囲に笑い声が響く中、その音量に負けないような大声でゆっくりと酒の入った杯を傾けながら先程の試験の反省会を行う俺とエレナ。彼女は帰還時に行ったアクロバットがどうやらご不満のようであるが、非常に盛り上がったとは思うんだがなぁ…。「まぁまぁ、マクタビッシュ少尉。そんな所で良いじゃないですか…あ、どうぞ中尉」「教官、ピロシキ焼いたんで食べて下さい!」「おう、サンキューな」「(ピクピクッ)……は、HAHAHA、随分とおモテな様で……」注がれた酒に口を付け、熱々のピロシキを頬張りながらエレナを見るとコップをミシミシと音を立てながら握り、俯いている。肩がプルプルと震えている所からして………「トイレか?さっさと行った方が良いぞ?」「ちっがーう!!と言うか、デリカシー無さすぎですよ!?」「……戦場に、男も女も無いぜ(キリッ」「少なくとも、戦場に居る人間は教え子を何人も侍らせないと思います」俺の左右と背後を指差す先を辿ると俺の教え子達の姿が沢山あり、各々が思い思いに飲んでいる。つい先程合流したターシャも俺の背後でチビチビとやっているし、全員が楽しそうでまったくもって平和な光景だ……何か可笑しいか?「……?」「うわ、その首を傾げて『何言ってるんだお前』みたいな顔……無自覚なのが余計に腹が立ちますねー」何処かイラついたように次々と杯を空けていくエレナのペースに周囲のやけにテンションが高い男達が連動して一気飲み大会を始めはじめる。置いてけぼりにされた感が無くもないが、まあいいか。俺はそんな事を思いつつ席を発ち、トイレへと駆け込んで用を足す。後はさっさと戻って、また飲み直そうとでも思っていたんだが……「手を上げろ」殺気が篭った冷たい女の声、その声と共に背中へグリッと押し当てられる鉄の感触。その感触に“厄介ごとが来たのだな…”と、酔いが急激に冷めた頭で漠然と思った。 ◇「眠いです……」小さく欠伸を噛み殺しながらエレナはゆっくりとホルス試験小隊に割り当てられたハンガーの衛士待機室へと身を運ぶ。先日のアルゴス試験小隊の一撃、それはソビエトの地にしぶとく残っていた暗雲を断ち切るに十分な光だったらしい。それを祝うかのように夜遅くまで大宴会…というか、狂乱の宴だ。開放された今、漸く眠れる…といった所だろう。今なら固い仮眠ベットでも良いから飛び込んで寝てしまいたい、そんな風に考えて一番近いハンガーへと向かっていた。「あ~……大尉、何処に行ったんだっけ?…………大尉!?」しかし、そんな彼女の考えは本来は居る筈であった寝ぼすけな上官が居ない事で全て破棄される。そう言えば昨日の夜、小走りで何処かへ向かった姿を見て以来、行方が知れない。眠気の所為か思考能力が燻った状態でグルグルと同じ言葉が繰り返されていく。「……ま、不味いです!大尉ってばベロンベロンに酔っ払ってたから誰かに介抱して貰って迷惑を掛けているかも………介抱?」介抱…という言葉を呟いた直後、彼女の顔から表情が消え失せる。彼女の脳内では簡潔にすればこんな感じの考えが纏められている。介抱→楽にする→楽にするには?→ベットでゆっくりと寝かす→何処の?→仕方が無いから自分の部屋で→『From here the point is R appointment(ここから先はR指定だ)』という超理論を超越した考えが成されている…が、それは酔いが残っているのと眠気、そして先日感じた敵が増えた予感が原因だろう。そう、普段の彼女は落ち着きのある有能な副官としてクラウスを支える女房役なのだ。断じて、断じてツッコミ役などでは無いのである。「ふ、ふふふフふHUフふふフフふHUHUHUHUHU……」しかし悲しいかな、今の彼女にはそんな考えは一片も思い浮かばないようだ。でなければ四つん這いの状態で小さく笑いながら“ゆらり…”という擬音と共に立ち上がったりはしないだろう。しかも前髪で表情が隠れて窺えないのが余計に恐怖を煽る。周囲に居た者達はそんな彼女から半径5メートルは離れているが……もっと遠くに逃げた方がいい気がするのはなんでだろうか?「……じょーとーです、私だって“まだ”なのにおイタをする泥棒猫は……駆逐シナイt」「待てい(ビシッ)」「あイターっ!?た、大尉!?」チョップされた頭を擦りながら聞きなれた声に振り返る。そこに居るのは探し人であったクラウスの姿があり、驚きで酔いも醒めた……というか、鈍ったようだ。「なに物騒な事を口走ってやがるんだお前は……」「え、ええと……あ!今まで何処に行ってたんですか!?」「……ま、少しな」小さく溜め息を吐くクラウスの態度に何かを察したのか、一瞬だけ眉を顰めたエレナが目で問うとウインクが帰ってくる。『何も問題はない、心配するな』…そう意味する物だがエレナもそれを頭ごなしに信じるほど愚かでは無い。一緒になってふざける時もあるが自分は女房役なのだ。頼られないのは悲しく思う。しかし、女房役にすら詳しくは語らない……それだけで事の深刻さをエレナは直感で感じ取った。「―――大尉。私が知らぬ間に何があったか知りませんが…私は貴方の相棒なんですから………頼って下さい」「……了解だ」“ポフッ”と顔をクラウスの胸に埋めてそう告げるエレナの頭を2~3回撫でて短く返す。それを聞いたエレナは満足そうに微笑み、再度顔をクラウスの胸に埋める。恋人と言うより信頼する者同士、兄妹の様にも見える光景だ。それはとても絵になっていたのだろう………次のエレナの呟きが無ければ。「………知らない匂いがします」「………」ギュッと腰に腕を回してしっかりと抱きつく…というか締め付けるエレナにクラウスの額からダラダラと汗が流れ落ち、頬を伝っていく。何処か柔らかい部分が当たるとか恥ずかしいとか感じる余裕は無い。むしろ、どう弁明するか普段からあんま使わない脳みそがフル回転している状態だ。「煙草の匂いと、香水の匂いが混じってます……どういうことですか?」「いや、あの、その……」「ドウイウコトデスカ?」香水の匂い……そう考えて“アレ”しかないと思い出す。トイレに行った際に何かを突きつけられた時だろう。そんな事を思い出しながらしどろもどろに成りつつある思考を冷静にしようと目を瞑る。――――ああ、あの時の事を思い出してきた……。【クラウス回想中……】「手を上げろ」その言葉と共に押し当てられる鉄の感触、その感触をしっかりと理解してゆっくりと溜め息を吐く。“厄介ごとだ”と…。「……悪いが、女性には手を上げない主義でね」「もう一度言う、手を上げろ」冷たい女の声と共に押し当てる力がもう一段強くなる。その瞬間、一気に体勢を落とし、腕を跳ね上げる。鈍い衝撃、背中に当たっていた感触が消え去った途端にトイレのタイルを滑る何かの音が響き、得物を失ったのと即座に理解する。後は飛び掛り、反撃の隙も与えず下手人を取り押さえるだけなのだが…。「諸君、重大な事を教えてやろう!俺は女の子に負けるくらい近接戦は弱イデデデデッー!?」「何を言っているんだ貴様は……まあ、私も悪ふざけが過ぎたな。……あと、その粗末なモノをサッサと仕舞え」「うぉう!?」見事に俺を床に組み伏し、腕の関節を決めて動きを封じていた女性…ラトロワ中佐が立ち上がり、銃を拾いに行く間に俺は出しっぱなしだった愛息子をしっかりと仕舞う。何故にこの人が男子トイレに居るのかは知らないが、俺に用事があるのには違いないだろう。そう思って立っていたがふと聞こえた声、それで思考が停止した。「……ん?清掃中?」「気にしなくっていいだろ?飲み過ぎて洩れちまうよ!」「ああ、あのポニーの嬢ちゃんの良い飲みっぷりに釣られて結構飲んだしなぁ」「不味いな……中尉、コッチだ」とっさにラトロワ中佐が腕を引き、個室トイレへと放り込まれるように入れられ、同じく中佐も入ってゆっくりと鍵を閉める。狭いと感じるのは俺が中佐のスペースを作る為に身体を押し込んでいるためだろう……あ、香水の良い匂いがする。「―――行ったか……中尉、時間があまり無いので手っ取り早く説明する」「あの、外に出ませんか?」「時間が無いと言った」「イエスマム」そう答えると中佐は手紙を取り出し、俺に渡す。宛先人も送り主も書いていない白い封筒…明らかに見られたら困る物の類だろう。「私は中身は知らないし、知りたいとも思わない。だが、これは私の友人から渡してくれと頼まれた物だ」「友人…?」「……私がロシア人であるのは知っているな?」「……特権階級がらみ、ですか…?」「そう言うことだ、私と同年代の中にはソビエトでもそれなりの地位を築いている者も居る…と言う訳だ」「はぁ…」「貴様には敵も多いが味方も多い……少なくとも、ウチのターシャを悲しませるマネだけはしないで貰いたいな」そう言うと周囲を見渡し、誰も居なくなったのを確認して去って行く中佐を見送り、俺はトイレの個室内で手紙を開く。「………」その手紙を1分も掛からず読み終え、小さく折りたたんで飲み込む。封筒は流石に飲めないからライターで燃やしてトイレに流す。一度大きく息を吸い、吐き出すがあの手紙に書かれた文は変わらないだろう。「『君の機体が狙われている』ねぇ……感謝しますよ、危ない橋を渡ってくれた見知らぬ誰かさん」この混乱に紛れて手紙を寄越してくれたであろう顔も分からぬ誰かに小さく礼を良い、トイレを出る。今は考えても仕方がない、動いてから考えればいいのだと己に言い聞かせながら、ゆったりと行動を開始した。【回想終了】あー、うん。中佐の香水だろーねー…てか、香水を付けるんだね中佐。「へぇ、中佐……ラトロワ中佐ですか?」「……ナンノコトデゴザイマショウ」「口に出てました」アッー!?初歩的なミスってレベルじゃねー!?「べ、弁明をさせてくれ!」「駄目です。裁判長は私、検事も私、弁護士も私です…」「それただの私刑じゃねーか!?」「はいはい、行きますヨー」「グェッ!?」ズルズルズルと襟を掴まれて引き摺られていく俺。その目は……多分、売りに出される子牛のような目をしているだろう。カントリーソングの一曲にそんなのがあった気がする。たしかあの歌に込められた意味にはなんか黒いのがあったような……。あとがきシリアスって嫌い(苦手)な作者です。先日の衝撃的な出来事~inラーメン屋~PJ「なぁブシドー」俺「ん?どうした?」PJ「子供がもう一人出来た」俺「ブフゥ!?(ラーメン噴き出し)」