【2001年8月8日 ペトロパブロフスク・カムチャッキー基地】基地及び周辺拠点へデフコン2――全部隊が出撃体勢を維持する状態――が発令され、周囲の空気が慌ただしくなる。慌てたように走り抜ける衛士や歩兵、装甲車に戦術機の群れがソビエトの地に侵略者達がやって来たのを告げてくれる。そんな中、アラスカから来た二次派遣部隊が集まっている大き目のブリーフィングルームは空気が張るような緊張に包まれている。此処に集まったのは各試験小隊を護衛する部隊の隊長との合流が目的なのだが、その前に一度集合しての合同ブリーフィングだ。緊急時の対処法、戦域からの脱出法、最悪の事態における機体破棄の確認など…墜ちる気がないテストパイロット達には余り興味が無いような話ばかりだろう。「まだメシ食ってる最中だったんだけどなぁ…」「サッサと食べちゃって下さいよ大尉」その中で何かを噛む咀嚼音と液体を啜る音が静かだった室内に響く。一部はその音の元である部屋の入り口に目を向けたが納得したように視線を戻していく。彼等の視線の先にはクロワッサンを咥えて手には湯気の立つ紙コップを持ったクラウスの姿。普段は全体を後ろに撫で付けるように固められた髪の毛がハネている所からして寝起きだろう。しかも口に咥えたクロワッサンの減り方からしてエレナが持ってきて口に突っ込んだ物だ……鍛えられた開発衛士としての眼力が、それらを完璧に見抜いていた。正直に言うと見抜かなくてもいい気がしなくもないが。「アホか……」「………っ!」「おい、笑うなVG。アタシだって我慢してんだからさ…!」「あらあら」「……」ユウヤは呆れたように呟き、VGとタリサは微妙に視線を下へとずらして声を押し殺す。ステラは小さく微笑み、唯依は額に手を当てて押さえている。他の開発部隊の隊員も笑いを堪えている者や呆れたと言わんばかりに息を漏らす者、我関せずの状態の者もおり、明らかに出撃待機の衛士達が集まる空気では無くなった。……そんな空気に気付いていないのか、コントじみた二人の会話はまだ続く。「……エレナ、出撃から帰ったらメシはハンバーグにするか」「BETAのミンチを見た後にそれは嫌です」「じゃあボルシチ、あれってブチ撒けられた戦車級みたいだよな」「一発殴って起こしましょうか?」「サーセン」『『『……ブフッ!』』』ほぼ同時に俯いていた何人かが吹き出し、それが引き金になったように笑いが広がる。『何が面白いのかがまったく分からない』と周囲の状況に言いたげなクラウスとエレナを残したまま……そんな光景を不思議そうに見ていた二人だった。 ◇【ц-04前線補給基地 ホルス試験小隊試験予定区域】「―――とんでもねーオモチャを持って来やがったなオイ」護衛である29機のMiG-27に囲まれている中、俺は隣の区域に展開しているアルゴス試験小隊を最大望遠で覗きながら思わずそんな声を漏らしていた。ユウヤが乗る不知火弐型、その右腕に保持された巨大な砲の存在にだ。主に欧州で運用されているMk-57中隊支援砲よりも更に巨大、複雑なシルエットからして新型兵装だろう。ぶっちゃけ、機動性を損ねるようにしか思えない代物なんだがな……。「性能が気になる所だな……エレナ」「はい、CPもモニターで常時チェック中です」「OK、ご褒美に後で飴ちゃん買ってやる」「要りません」あ、そう?「それより……本気ですか?」ふと、エレナがそう言う。網膜に映される彼女は何処か諦めたような顔をしている。「ん?何がだ?」「……本来は討ち漏らし相手に試験をする予定なのにワザワザ一箇所だけ砲撃を浅くしてそこに突っ込むプランです!!」怒髪天を着く…とでも言うのであろう状態でエレナが叫ぶ。クラウスが行おうとしているのは擬似的にBETA支配地域へ着岸した時の状況を作成する事。海軍が運用する機体を仕上げるのならそれに近い状況で試験を行うのが一番、そんな考えの元でのプランだ。その為に護衛部隊の指揮官であるアントーニー少佐に事情を説明し、かなり難色を示したが折れて貰った。その代わり、突入という無理をするのは俺とエレナだけだ。護衛部隊の多くに支援突撃砲…言わば狙撃ライフルが装備されているのは後方支援に徹して貰う為でもある。「不満か?」「………いえ、海軍所属の私達にとってはむしろそれが普通なんですが……なんですが……」“駄目だ、話が通じない”とでも言いたげに頭を抱えるエレナを放っておいて支援砲撃の状況を確認する。レーダーとCPから送られる情報を元に考えて、突入区域のBETA個体予定数まであと1回の砲撃を残す程度だろう。「まあ、文句は生きて帰った時に幾らでも聞いてやる……その前にエレナ、お仕事の時間だ」「ハァ……了解です」『オムスク01よりホルス01、此方も全機支援体勢に入った。後はお前達の行動を待つだけだ』ホルス01…クラウスの左隣に待機していた指揮官仕様のMiG-29を駆るオムスク01…アントーニー少佐の通信が入る。レーダーと目視で見ると強襲掃討仕様の機体と砲撃支援仕様の機体がエレメントを組み、様々な位置に分散している。光線級が存在しない事もあってかしっかりと退路も確保されており、狙撃位置にも困っていない様だ。「ホルス01了解。信じてるぜ、戦友」『そっちも死ぬなよ戦友。それに、こんな無茶をやらされているんだ。一発までは誤射という事で我慢してくれ』「それは勿論。だが、味方に当てる腕なのか?」『まさか!あの時とは俺も部隊の練度も段違いだ』『あの、お二人ともそこまでに……』やけにフレンドリーな会話、オムスク01の副官なのか一人の衛士が割って入るが空気がまったく変わらない。エレナもエレナで首を傾げているが特に気にはしていないようだ。『少佐!砲撃を抜けた突撃級の第一波が来ます!退避行動を!』「ま、前回はドゥーマ小隊が暴走したからな……さてさてと、お仕事をしますかね」『ああ、犠牲は出なかったがいい迷惑だよ……全機兵器使用自由!戦友を死なせるな!!』『『『了解!』』』オムスク01の号令とそれに対する返答を振り切るようにエレナと共に突撃級の群れの頭上を飛び去る。目標は要撃級と戦車級、着岸時に最も相手する敵へと照準を定め一呼吸おいてトリガーを押し込む。エレナも36㎜を着陸地点の戦車級へと掃射、そして着地。「カバー!」『了解!』エレナ機が群がる戦車級を片っ端から排除していくのを傍目に無手の左腕にブレードを選択、ボルトロックが弾け飛び、死神の鎌を跳ね上げる。それを一番近い要撃級へと振り下ろし、食いしばった歯にも見える感覚器を叩き斬り、そしてサイドブースターを噴かして横へ逃げる。その瞬間、後続の要撃級たちを120㎜が貫き、36㎜が原型を無くしていく。「数だけはやっぱ多いなぁ!」『自業自得ですよ!』俺とエレナがそれなりに排除はしているがやはりBETAの物量は多く、囲まれ始めるがオムスク大隊の援護射撃がそれを許さない。エレナと背中合わせで、円い沿って回るかのように動き回り、BETAを殺し続ける。このままBETAが周囲に消えるまでそれを続ける筈だった。ただ、それは……『な、なんだありゃぁ!?』『コ、CP!隣で何があったんだ!!』≪こ、此方CP!現在確認中だが、不確定情報としてアラスカの試験小隊の新兵装の攻撃だ!≫『レーダーには3000は居たんだぞ!?支援砲撃だってまだだろーが!』大地の震えるような感覚と、光の柱のように空へと打ち出される白光によって唐突に終わりを告げたのであった。………まさかユウヤの不知火弐型が持ってたのって……レールガンですかー!? ◇【同日 某所】「例の映像は拝見しましたか?」「ええ、帝国も素晴らしいモノを作り上げたようですね」「情報部によるとあれは横浜の女狐からの提供品らしい。第四計画の副産物だろうよ」「我が国の情報部でもそれだけ……随分と機密性が高いようで」「ふん、確かに量産できれば素晴らしい代物だが開発部は此方への注目度が高いようだが?」「これは……ああ、あの暴風男ですか」「そうだ、前回と今回の試験において最も異質な動きを見せた機体だ。帝国より入手したガンカメラの映像に写っていた女狐手飼いの部隊と動きが酷似している」「戦乙女達の機体と同じ動き……いえ、それ以上の機動を見せる機体。そして、同じ戦場に存在していた……第四計画と?」「さぁな、向うとはただ協力していただけであった……そうとしか分からん。少なくとも、数少ない手飼いの駒を国連軍の通常の派遣部隊に配属する事も無いだろう?」「では、完全に第四計画とは無関係……」「ああ、そして此処は“最前線”だ。“何”が“起こっても”……不思議では無いだろう?」「やれやれ、怖い事を……」「同志、我が祖国では『持たざる者は持つ者から奪っていい』……そういう社会だよ」「少なくともあのレールガンと同時にプランは進めておきましょう……あの男は甘いとソビエトでも有名ですからねぇ…」「味方の窮地を救うため、愛する仲間を護るために犠牲となり戦う……欧州も素晴らしい悲劇の英雄を手に入れるでしょう!」後書き短い気がしますが区切りがよかったので…反省しますorz