【同日 無人ハンガー内】ハンガー内は長年使用していないらしく、少々ホコリっぽかったが特に誰も気にしていないらしい。俺が一つのコンテナに腰掛けるとその周囲へと各自が思い思いに腰掛ける。そして、俺の第一声が発せられた。「――――何人、死んだ?」『『『………っ!!』』』一部は予想していたのか顔を歪める。中には予想できずに身体を硬直させる者も居た。それを見た俺は目を閉じ、全員に問う。俺にとって、これだけは聞いておかなければいけない。戦友として、教え子として、同じメシを食った仲として、何より俺の子供として。絶対に忘れちゃいけないからだ。「………第一期生からはアブラム、リュボフ、ワルワラ、レフ、モイセイ、ラビ、ロスティスラフ、スパルタク、エヴゲーニャが逝きました」「……そうか」俺が教官として育て上げた一期生の中ではここに居ないナスターシャと並んで訓練兵を纏めていたヴィクトルが口を開き、俺に告げる。ヴィクトルはハネたような癖毛が特徴的だったラビとエレメントを組んでいた筈だ。かつて俺が所属先を通達する際に二人で手をとって喜んでいたのを覚えている。そんな彼の辛そうな顔に後押しされたのかまた一人、また一人と死んでしまった奴らの名前を俺に伝えていき、俺は無言で手帳に名前を書き連ねていく。「………これで、全員か?」「…はい、確認できている範囲では…それで全員です」時間にして15分程度だろう、誰も声を発しない沈黙の中で俺は手帳に書き留められた59人の名前を見直す。216人中59人…いや、明星作戦で死んだ8人も含めると67人だ。損耗率31%……米国を抜いた世界中の教官が鍛えた新任衛士の生存数を過去4年間分で統計すれば少ない方だ。むしろハイヴの真ん前にあるソ連戦線の最前線基地の衛士損耗率から見れば優秀な部類に入るだろうし、この損耗率なら軍の上層部も『素晴らしい結果だ』と言うだろう。それでも…それでもだ、悲しいのには変わりはない。お偉いさんには少ない損耗でも、俺や彼らの仲間からすれば家族を失った悲しみにも勝る気持ちの者も居る筈だ。そんな重苦しい空気の中、俺はゆっくりと口を開いた。「あいつら、逝ったのか……」『『『………』』』「苦しんだか?」「いえ、恐らくは痛みも無く死ねたと…そう、思います」「そっか、そりゃ良かった。こんな世界だ、あっさりと死んじまうなんて有得る事だと覚悟はしてたけど……やっぱ、悲しいな…」俺が呟くように、寂しさを紛らわす言葉を吐き出すと全員が顔に影を落とす。少し、感傷的になりすぎたかも知れない。黙祷を捧げる様に黙り、頭を垂れる全員を見渡して俺は立ち上がる。そしてゆっくりとした動きで後ろ手を組み、胸を張る。「Attention!!」『『『……ッ!』』』ハンガー内に反響して響き渡る俺の号令。その号令に全員が跳ね上がるように立ち上がり、整列する。俺が教官として訓練兵の相手をしていた時、この言葉は必ず怒声を浴びせる為に集合させる合図だったので何人かは過去の罵倒を思い出したのか顔が青い。まあ、変に暗い雰囲気は吹き飛んだようだ。「ヴィクトル!」「はい!」「お前は数人引き連れて全員分の酒やら食いモンを仕入れて来い、金はこれを好きに使え!」「了解です!」マネーカード(自然の減少により紙幣より電子マネーが主流である)を渡すと1個分隊を率いてハンガーを出て行くヴィクトルを見送る。さてさて、後は会場だ。「ザハールは周囲を軽く片付けろ。エリヴィラにレイラ、お前達は床に敷く物でも探して来い」「「「りょ、了解!」」」「よし、残りは3人の手伝いと掃除するぞー!」何がなんだか分からない…そう言うかのような雰囲気を感じるが俺が掃除を始めたのを見て各自も掃除を開始する。大体20分程度だろう、限定的なスペースとはいえ20人を超える人数が掃除していたのだ。かなり綺麗になっている。「買ってきました!」「おう、皆に配ってくれ………行き渡ったか?」『『『はい!』』』「じゃ、飲もう。死んだ奴らの弔いだ」合成ウォッカを合成オレンジジュースで割りながら俺が言うと顔を見合わせていた全員もそれぞれが飲み易いようにアレンジをしていく。本来なら未成年にアルコール…しかも合成ウォッカなんて工業用アルコールの親戚みたいなモンを飲ますべきじゃ無いんだが、弔いの酒としてだ。目を瞑って貰おう。「よし!手向けとして盛大に騒ぐぞ!」『『『了解!!』』』そう……せめて、この騒がしくも元気に生きている声はアイツらに届けと言わんばかりに。 ◇「そんな感じでした、ハイ」「それで、テンションが上がりすぎて飲みまくって脱いでアームレスリングですか大尉?出撃も近いんですよ?試験中なんですよ?バカなんですか?」「スイマセン……あの、ホントにこれ以上は勘弁して下さい…」そんな感じで今までの出来事を説明すると腕を組み、仁王立ちの状態で正座する俺に対して小言の嵐をぶつけまくるエレナさん。俺を捜索するのに協力していたユウヤにVG、それと一緒に騒いでいた教え子達は一歩退いた位置で哀れんだ視線を俺に向けているだろう。乾杯から暫らく経ち、教官時代から無敗だったアームレスリングを挑まれたので受けて立っていたのだがテンションとアルコールが変なベクトルに入ったらしく、俺は裸になっていた。そこに現れたエレナに進行形で説教を受けているのだ……あの、酒が抜けて寒くなってきたのでそろそろ服を着させて下さい。「……おい、アメリカ人。教官って何時もああなのか?」「………ああ、俺の知る限りはな」「教官を怒鳴ってるのも教え子の一人なんだろ?俺達だって同じ訓練受けてきたけどさ、逆らえるような生易しいモンじゃねーのに…」「おい嬢ちゃん、そいつはホントか?普段のアイツは『ふざけるのが俺の使命!』みたいな奴だぜ?」「うっせーよ、マカロニ野郎「マカッ!?」……教官の罵倒でド変態なマゾに目覚めたのが居るくらいさ」「『どうした!?ゴミらしくBETA共のふにゃ○ラでイきたいのか!?』だったか?それから続く罵詈雑言、最悪だったぜ…」「海兵隊員教育の間違いだろ、それ」「少なくとも衛士を育てるような言葉じゃねぇよな……それと、おいテメェ!さっき俺の事をマカロニっつったな!?」「うっせェよ!パスタでも食ってな!」「んにゃろう……!」「落着けよVG。それに、マカロニは事実だろ?」「………ユウヤ」「ぎゃははははっ!だっせぇ!仲間にバカにされて―――」「五月蝿いですよ!一緒に説教を受けますか!?」『『『『いえ、お断りします』』』』“No Thank You”と言わんばかりに手を前に押すような形を取るユウヤ達にチワワのような潤んだ瞳で視線を送ると全員が顔を逸らす。キモいとは自分でも思うがそれくらい切羽詰ってるのだ。切れたエレナはネチネチと、非常に気分が重くなるように怒るのだ。しかも潜在的にはドSだしね、エレナ。「まったく……楽しむのもいいですけど、任務の最中なんですからもっとしっかりと…「その意見には私も同意しよう」っ!?」『『『『……っ!!』』』』何処か柔らかい空気に包まれていたハンガー内が一転して張り詰める。見れば、ユウヤやVGも含めて全員が背筋を伸ばし、俺の背後に居るであろう人物に敬礼をしている。俺の背中に掛かる絶対零度…そう言うのが正しい雰囲気からして明らかにソ連軍人…しかも数多くの実戦を経て指揮官へと上がったような厳しさを感じる。「バーラット中尉、ソビエトでもそれなりに名がある貴様がこうもふざけたマネをするとは……明日にはBETAでも降るのか?」「BETAが空挺作戦を使用するようになったら世界の終わりですよ中佐殿……お、ターシャじゃん、元気?」「……お久し振りです、教官」俺は立ち上がって中佐の階級章を着けた女ソ連軍人に敬礼する。確か……ジャール大隊指揮官のラトロワ中佐だ。ソ連で教官をしていた際、新人に死の8分を擬似的に体験させる為に前線に出撃する際に周辺部隊の指揮官と顔合わせを含めた合同ブリーフィングを開いた時に見た事がある。そしてその斜め後方、何処か柔らかい表情を慌てて引き締めた見慣れた顔が居た。第一期生の纏め役として、そして戦術機戦ではお目付け役のロシア人軍曹を文字通り瞬殺した彼女、ナスターシャ・イヴァノワだ。愛称はターシャ。階級は大尉になっている所から察するにラトロワ中佐の副官なんだろう……教え子に階級抜かれました、ハイ。「それで、これは何の騒ぎだ?私は何時の間にか行方知らずの部下を探していれば何やら愉快な声が聞こえて来たのだが?」「ハッ!中佐殿のお手を煩わせて申し訳ありません!!私が勝手にかつての教え子との旧交を温めておりました次第であります、マム!」「ほう……ヴィクトル?」「……ハッ!事実であります!!」ラトロワ中佐が威圧感という服を着ているかのようなオーラで俺に質問を投げかけ、部下なのかヴィクトルに確認を取る。一瞬だけ迷ったようなヴィクトルに後ろ手でサムズアップ、『俺に任せておけ』という意味を込めて送ったそれを理解したのかしっかりとラトロワ中佐に答えた。「フン、まあいい。幾ら古巣とはいえ貴様等は部外者、あまり派手な行動は慎む事だ……MPが部隊を召集していたぞ」「っ……申し訳ありません」すれ違い様にそう小声で告げるラトロワ中佐に敬礼を崩さず礼を言う。ソ連軍のMPというのは非常に厄介だ。俗に言う社会主義政治将校の直属、捕まれば下手したら弁明も出来ないだろう。国連軍所属であってもそれは変わらないし、此処はそういう国だ。確かに所属部隊がバラバラな衛士ばかりが使用していないハンガーに40人も集まれば不審に見えるか…。そんな事を思いつつ俺が内心で冷や汗を掻いていると伝える事が無くなったのか、興味を無くしたようにラトロワ中佐が「行くぞ」と短く告げて数名を引き連れていく。だが、何かを思い出したかのようにこちらを見た。「中尉、服は着ておく事だな。そのままだと愉快な凍死体が明日にでもハンガーの隅に転がっている事になる」「イ、イエスマム」口元を小さく歪め、如何にも愉快そうに言ってラトロワ中佐がハンガーを出て行く。全員から安堵の声が響き、ユウヤは何処か気圧された様だったがVGに肩を叩かれて苦笑いをしている。「……」「ん?どうしたんだエレナ?」皆が解散し出した中、何処か眉を顰めていたエレナにイソイソと服を着込みながら問いかける。すると、エレナは非常に不機嫌そうに呟いた。「敵が増えた気がします」「……は?」