【2001年7月28日 アヴァチャ湾沖】「大尉、ソビエトの大地が見えて来ましたね~」遥か遠くにうっすらとだが巨大な大地が見え始める。国連軍輸送艦の上部甲板、そこの一角にある係留用のロープを巻きつけるビットに腰を下ろして俺とエレナは談笑を続けていた。横浜基地から出立して早くも7日が経過、北海道の方で一回だけ寄航したがそれ以外はそのまま船の上だ。衛士である俺とエレナは輸送艦内では“お荷物”扱いらしく、特にする事も無いので甲板で日課の様に風を感じに来ている。「ああ、カムチャッキーは冷えるから身体を冷やすなよ?」「詳しいですね…私達の教官になる前はソ連の国連軍基地で教官をしていたんですよね?」「そうだ、基礎教練を済ませたばっかのガキ共を2年間で216人な」「……多くないですか?2個連隊規模じゃないですか」エレナがコップに入れられた紅茶(勿論だが合成品)を差し出しつつ俺に呆れた顔で問う。俺はをコップを受け取って紅茶を喉に流し込む。胃の中に熱いものが降りてくる感覚が身体に馴染んだ所で言葉を続けた。「補佐は居たさ、典型的なソビエト軍人の補佐がな」「うわぁ…」「まあ、俺が鍛え上げた新米の腕でソイツは黙らせたんだけどな」俺が鍛えた一期生の中でも最も優秀だった奴は補佐官の奴を戦術機戦で文字通り瞬殺。十分な腕を持った衛士が教育されるのなら補佐官も文句は言えなくなったのが非常に爽快な気分だったのは記憶に新しい。いやいや、座学を簡易的にして3ヶ月間ミッチリと戦術機の操縦技術を仕込んだのは正解だったかも知れない。「あ~……私も似た様なのを受けましたねー」「顔が死んでるぞ、エレナ」「大丈夫です、大丈夫ですよ大尉。PTSD(トラウマ)が再発しただけですから……」「?」どうしたんだ?俺の教官振りはハート○ン軍曹並みと自負してるんだが……何か不満でもあったのかね?アレはアレでひっじょーにノリノリであったのは今も懐かしい事だ。俺はそんな事を思いつつ煙草を出そうと懐に手を入れた瞬間、エレナの目が光ったのに気付いて手持ち無沙汰気味に煙草のパッケージから手を放す。とりあえずコップの中に残った紅茶を一気に飲み、一息ついてから言葉を続けた。「しっかし、アホみたいに飛ばなきゃ光線級が脅威じゃない戦場ってのは新米にとっても、試験小隊にとっても最高の戦場だ」「新米って…ブリッジス少尉の事ですか?彼は大尉と同じ米軍の…」「ああ、俺と違って本物のエリートだけどな。で、話を戻すが…目の前のBETAにだけ集中できる、光線級に割くべき注意は最低限でいいしな」「まぁ、確かにそうですが……」「ある意味、対BETA戦の実戦経験を積むんだったら最高の場所さ」うんうん、と一人勝手に頷く俺。「山脈」という天然要塞が光線級から戦場一帯を覆っている。そのお陰か爆撃機が未だ最高クラスの運用率を誇る場所だ。それに加えて、BETAの物量は多いがソ連戦線はBETAの侵攻時期を過去のデータから大まかに予想しているのでそれなりにしっかりとした事前準備が出来る。この事前準備ってのは非常に大事だ。エレナ曰く「お茶を飲んで落着く時間くらいは作れます」だ。慌てずに戦闘へ推移できる…これは世界の各戦場では最高の環境だろう。そういや、個人的に一番キツかったのは地中海戦隊に配属していた時だったな……砲弾がビュンビュン飛んで来るし、空母から陸地に着く間に光線級に撃たれるのはザラだし。昔、出撃した瞬間に撃ち落されたのは今でも夢に見る最悪な思い出だ。……気圧でな、「ミシッ」とか「ピキッ」とかの異音が断続的に響いてきたんだヨ?そんな俺のトラウマが再発動している中、隣で幸せそうに紅茶を啜っていたエレナは小さく溜め息を吐き、俺に顔を向けた。「大尉って変人だと昔から思ってましたけど…やっぱり変ですよね」「まあ、変ってのは自負してるが」「……そっか、大尉が変態さんって聞いた事があるけど、やっぱりアブノーマル的な意味だったんだ…」「待てゐ」エレナが半音下げた声質で呟くのを俺は聞き逃さずにツッコミを入れる。何か、俺とエレナの間に『変』という言葉の持つ意味の致命的な違いが出ている気がする。てか、絶対そうだろ!「……マクタビッシュ少尉、貴様の言い訳を聞こうか?」俺が珍しく苗字に階級を付けてエレナの名前を呼ぶと一瞬で背筋を伸ばす。反応からして俺が本当に怒っているのを察知したんだろう。そんな彼女に発言を許可し、俺は腕を組もうとして…「宗像中尉が…」「………」頭を無言で抱えた。予想通りっちゃあ予想通りだが……あの人はホント~にもう…。「OK、分かった。あの人が言った事は全て信じるな」「え、でも霞ちゃんとはいっつも一緒だったじゃないですか?」「それについては弁明できん」確かに、何かと霞とは行動を共にしてた気がするな……朝飯とか昼飯とか夜飯とか、日中に散歩してた時とかな。これは俺の予想であるが……多分だが、多分だがな!やけに霞と会ったのは香月博士の仕業だと思うんだ。リーディングとかで探りでも入れてるのかは知らないけどね。いや、もしかすると純粋に俺を慕って……ねーな、俺ってばモテないし、白銀みたいに主人公!ってガラでもねーし。霞が俺に興味を持つ?無い無い。「ん~…あれだ、社を見てると保護欲が沸かないか?」「あ、分かります!」「だよな?俺が何かと甘やかしたから懐いたんじゃねーの?」「…まるで小動物みたいな扱いですね、霞ちゃん」「どっちかと言えば娘かもな」正直、霞は精神年齢50歳を誇る俺にとっちゃ娘みたいな感覚だ。ま、俺に隠す情報なんてこの世界の未来の出来事とか00ユニットの事、それに各オルタネイティブ計画の事くらいだし、大した事じゃ無い。………あれ?俺、狙われる理由が多くない?つか、俺の知る情報って今更だけどバレたら確実に消されるか自白剤コースだよね?「………」思わずゴクリッと音を立てて生唾を飲み込む。あの人ならやりかねない……いや、決断したら必ずやるだろうし、その権限もあるんだが。……てか汗、流れ出るのを止めてくれ。あと背中が薄ら寒いんだが……そっか、ソビエトの大地が近いんだったな!!というか、そうであってくれよマジで。「…大尉、顔色が悪いですけど……そろそろ中に戻りませんか?」「……ああ」ま、まぁ、色々と問題はあるがもう横浜からは離れる事が出来たし、とりあえずはこの運用試験を無事に終わらせてサッサとアラスカに帰ろう…。 ◇【2001年8月3日 SIDE ユウヤ】「……」戦艦から発せられる砲音と船が波を切る音、そして周囲で入港作業をする乗組員の声が混ざり合って響き合う。それは俺の頭上に広がるグレーをベースにしたマーブルカラーな大空と同じようにも思える。統一性の無い不協和音みたいな感じだ。「(これが…最前線…)」まるで墓場だ、周囲の誰かが言ったのが聞こえたが間違いでは無いだろう。朽ちた船の残骸、まるで空を掴むかの様に海中から突き出た戦術機の腕、最低限の機能しか備えていない艦船の係留所……この世の地獄とはこんな事なのかも知れない。そして、今も戦いは続けられているのだ。BETAと、人類の終わりの見えない戦いが…。『進路そのまま、現在0,5ノット』艦内要員の全てに聞こえるように外部スピーカーが起動しているのか、船橋と港の通信内容が耳に届く。俺がそのやり取りに耳を傾けている間に入港が完了、船から放られた係留ロープが船と港を繋ぎ止めていく。『入港完了、誘導に感謝する』『貴官らの入港を歓迎します――――地獄へようこそ』「地獄、ね…」確かにそうだな、と思う。各試験小隊機や装備を船から降ろしているのにも常に気を張っている者ばかりだ。『最前線の重み』って奴なのかも知れない。「(上等じゃねぇか…!)」そう思いながら佇んでいるとVGやタリサ、ヴィンセントが俺の周囲に集まっている。皆、普段と同じ様な態度だが何処か俺とヴィンセントには無い「慣れ」を感じさせていた。「……(ヴィー、ヴィー、ヴィー)…っ!?」「何だ?敵襲か…ッ!?」「いや、これは……」「“アレ”だよ」タリサが顎で差すようにしゃくり、俺とヴィンセントは釣られる様に視線を向ける。2個中隊規模のMi-24…ハインドの名で知られる戦闘ヘリコプターの編隊とそれに続く5機の戦術機、それに目を凝らして見ていたヴィンセントが声を上げて指さす。「ありゃ多分MiG-27……っておい、後続にも……っ!?」「な……っ!!」「おいおい、先頭の2機はホルスだぜ!」ヴィンセント、俺、VGの順で驚きの声が上がる。隠れていて見えなかったが後続に6機、まさに満身創痍といった体の機体がフラフラと黒煙を上げて続いて来ている。その動きからして明らかに姿勢制御が困難な状況であるのは明白だった。そしてホルス隊、あの何を考えてるか分からない男が乗るワスプは普段の空色塗装ではなく、BETAの紫色の体液と同じ色に染まっていた。「………」ごくり、と生唾を俺は飲み込む。隣でタリサが予想した元々の部隊規模を呟いているがそれに割く思考も無かった。あれが実戦で傷ついた機体、BETAとの実戦をした代償……そして、自分がこれから直面する未来の姿……かも知れない。「ちょ、嘘だろ!?」「おいおいおいっ!?」「わわわ!あ、ああああの馬鹿、何をやってんだ!?」そんな事を考え、俯いていると3人の滅多に聞かない様な声に俺も顔を上げ、その視線を追う。見ると、黒煙を噴いていた戦術機2機の間にクラウスが乗るF-18/EXが挟まる様な形でゆっくりと下降しているのが見える。……俺は肝心な所を見ていなかった為に後から聞いたのだがバランスを崩して接触しかけた2機の間に失速機動で割り込んで墜ちない様に支えてたらしい。一歩間違えば自分も即、墜落だったろう筈だ。あのタリサがこんなにも慌てている所や、普段は飄々としてVGですら息を呑んでいるが……「……化けモンかよ」何故か、俺は呆れが先に来てしまっていたのだった。 ◇「少尉、無事か!?」「は、はい!中尉殿、ありがとうございます!」俺はナイフで墜落しかけたMiG-27の管制ユニットをこじ開け、中に乗っていた衛士の少女を救出する。隣では同じ様にエレナも要撃級に殴られて変形し、開かなくなった管制ユニットを無理矢理にこじ開けて衛士の救助をしている。「手酷くやられたもんだ…」半壊したMiG-27を見て俺は呟く。本来は何事も無く無事に戻れる筈だったのにどうしてこうなったのか?それは今、担架で運ばれていく4人の衛士達が原因だったりする。俺とエレナはソ連軍戦術機中隊の支援を受けながらアフリカ連合のドゥーマ小隊と同じ区画で試験をしていたのだが……奴ら、シェルショックになりやがったのだ。確かにあの小隊は実戦の経験が無い部隊だった、それに俺も初陣の際には涙流して怯えてたから責め様が無いさ……だがしかし、そっから先のドゥーマ小隊のCP仕官の対応が問題だった。いやさ、唯でさえパニックを起こして使い物にならないってのに後催眠暗示も掛けないと来たもんだ。ふざけんな、と叫んだよ。確かに、後催眠暗示は状況判断能力が低下するがパニックで友軍誤射するかも分からない奴よりはマシだ。そこに加えて撤退支援を受け持つので結果的に俺とエレナも巻き込まれる。死者こそ出なかったが……これはかなりの運の良さだろう。状況的には全滅も有り得た。「ったく、支援が間に合わなかったら今頃全員、BETAの腹の中だぞ…?」俺達の救援に来てくれたハインドがBETAを押し留めてくれていた一瞬を使って何とか逃げてこれたのだ。更に言えば他のエリアの防衛を担当していてくれたジャール大隊からSu-27が一個中隊規模で援護に来てくれたのだ。HQから聞いた限りでは犠牲者は出なかったそうだ。これは後で礼を言わねばならないだろう。《ホルス小隊、BETA群の侵攻の停滞を確認した。機体洗浄を受けた後、指定のハンガーへ帰頭せよ》「ホルス01了解……」さてさて……いきなり波乱に満ちた始まり方だなぁオイ(汗)続く後書きトルコって凄い国でした。(色んな意味で)一杯のコーヒーにスティックシュガーが5~6本セットが当たり前、お菓子=甘さの塊……「あんぱん、食べたいなぁ」とか思ってた私は日本人だと痛感です。