【2001年7月20日 国連軍横浜基地野外射撃場】青い空、白い雲、そして響き渡る銃声音。ポカポカ陽気に俺の虚ろになりつつあった意識を一気に吹っ飛ばす強烈な快音が響く。俺の隣には伏射体勢でM4を構えるエレナの姿。今、5本目のマガジンを外し、新たなマガジンを取り出している。「いや~、やっぱり天気の良い日は外で撃つに限りますね~」「まーな…」やけに元気なエレナに空返事をし、俺も台座に置いたままのM1911を手に取り、構える。衛士といえど基本は兵士、肉体を用いた戦闘技術が錆付いては話にならない。そんな訳で衛士にも2週間に一回は射撃訓練が課せられているのだ。パパンッ!という乾いた音が2回、響くと共に狙いを付けていた標的の心臓と腹を撃ち抜く。俺の使うM1911の使用弾薬である45ACP弾は無理に頭を狙わずとも十分な殺傷能力を持つ。その事が染み付いた撃ち方だ。エレナが俺の撃った銃弾の着弾地点を見て、何処か悔しそうに言った。「大尉、拳銃の腕前だけは上手いですよね」「それは喧嘩を売ってるのか?あぁン?」「いえ!そんな訳じゃ‥(ゴッ!)~~~~!?」拳骨を一発、伏射体勢から頭を上げて丁度良い高さにあったエレナの頭に落とす。昨日の復讐(※前話参照)ではないぞ?これは愛の鞭だ。頭を押さえる彼女は取り合えず無視、弾倉に残った弾5発を撃ち尽くす。命中箇所確認―――腕は落ちていない様だ。そんな事を思いつつ再装填をしていると頭を擦りながらエレナが立ち上がる。そして俺の標的に目を向け、また目を丸くして驚きを表す。「どうした、何かおかしいか?」「だ、だって50m先の目標にテニスボール一個分のサイズ内に全弾命中ですよ!?普通にスゴ腕ですって!」「ガバメントの有効射程範囲が50mなんだ、だからその範囲内で当てれる技術を身に付けた。装弾数も兵士級の急所撃ってギリギリだしな……それに、お前も十分だろーが」エレナが狙っていた200m先の目標を見る。見ると人型目標の頭部は蜂の巣になり原型を残していないし、心臓や手首等もピンポイントで弾が集弾している。明らかに平均的な歩兵の能力を上回る射撃能力だ。「ほんと、身不相応だよなぁ…」「……大尉、それは酷くないですか?」「いや、そういった意味じゃないんだがな…」彼女は本来なら17歳の少女、俺の知る“あの世界”ならまだ女子高生の年代だ。そんな少女が一流クラスの射撃技術を誇る……やはり、此処は異常な世界だろう。時折、俺はその感覚が麻痺している気がするがこの世界の軍事にどっぷりと身を浸している人間だ。その考えが根付くのが自然なのかも知れない。そういや、教官の資格を取ったのもそんな事を考えた時だったな……。「……あ、そうだ。唐突だが今度はソ連に出向するから」「本当に唐突ですね!…ってソ連ですか!?」「おう、ほら」何の前フリも無く言った俺の言葉にツッコミを即座に入れてくれるエレナに感謝しつつ懐に入れていた命令書を渡す。それを3分程眺めるエレナ。どんな事も見逃さないつもりで一文字一文字、確認している。まぁ、ソ連行きの事実は変わらないのだがねー。「確かに……えっと、数日中には横浜を出るんですか?」「ああ」「ちょっとハイペースな気がするんですが……」「海はそんなモンだろ?」実際、固定戦力である陸軍と違って色んな所に向かうのが海軍の仕事だ。時と場所、そして戦場も選べないのも普通の事だ。そんな俺に『分かってはいるんですけど…』と言いつつも不満そうなエレナ。「…何か用事でもあるのか?」「用事って程の事じゃ無いんですが……日本に来たのは初めてだったので少し帝都城を見てみたかったんです」「つまりは観光か」「そ、そうとも言います…」ポリポリと後ろ手で頭を掻くエレナに苦笑し、今日のスケジュールを確認する。実機は新潟防衛戦で酷使した為に今頃は完全分解整備中だろう。ソ連行きも決定しているので細かい調整も済ませるから実機は整備班に完全に任せる事になる。かと言ってシミュレーターでの訓練はする気も起きない。つまりは暇だ。「…よし、マクタビッシュ少尉は午後より半休とする。これは命令だ」「……へ?」「返事は?」「りょ、了解しました!」「おう、少しは楽しんで来い」これは独断だが彼女に少しの休暇を与えるくらいは出来るだろう。俺は“命令”したから、何かあった際の責任は俺が取るしね。 ◇「さてさてと…」昼食に京塚のおばちゃんが作った合成豚のしょうが焼き定食(大盛り)を平らげた俺は何をするか、と考えながら合成玉露をのんびりと啜る。しかしこの合成玉露、高速道路にあるサービスエリアの無料で飲めるお茶みたいな味で何処か懐かしい感じがする。ラムネも飲んでみたがやはり懐かしい物が日本には多いな。そんな事を思いつつふと周囲を見渡す。何故か俺の座るテーブル席が避けられている気がするのは何でなんだろう……あと、何かコッチを見て話してるし。「(まぁ良いか)京塚曹長、ご馳走様」「お粗末様!アンタの頼んでた品、手に入れておいたよ!」「それはどうも。お手数お掛けします」「気にしない気にしない!」気持ちよいくらい笑う京塚のおばちゃんに背中をパーンッ!と叩かれる。こりゃ痛い、痛いが……自然と人を笑顔にする、元気の出る痛さだ。俺が前世で学生をしてた頃にもこんなおばちゃんが居た事を思い出し、思わず苦笑してしまう。「では、俺はこれで」「あいよ、午後からもしっかりと働くんだよ!」「ははは…本当は兵隊が働かない方が良いんですけどね」「そりゃ違いないねぇ!」紙袋を片手にPXを出る。目的地を目指しながら中身を確認。酒、煙草、チョコバー、キャンディー、花……注文していた物が全て入っている。それなりに散財したが……まあ、それもいいだろう。「此処で良いか…」基地正面門を抜け、桜並木の中の一本の木の前に立つ。酒を一口だけ飲み、残りを木に振り掛ける。それから袋の中に入れられたチョコバーやキャンディー、花に煙草を木の幹に立てかける様に置いていく。「………」1999年8月5日から始まったH22:横浜ハイヴ攻略作戦、【明星作戦(オペレーション・ルシファー)】から約2年…少し早いが戦友達の命日だ。何かと教導任務や対BETA戦試験の事でスケジュールが圧迫されていたので後回しになってしまっていたのだ。「こりゃ、怒られるな」苦笑しながら煙草を取り出す。煙草を咥えたは良いが……火が無い。「ありゃま…部屋に忘れたか?」「どうぞ」「ん?ああ、こりゃどうも」差し出された火で煙草に火をつける。大きくゆっくりと一吸いし、これまたゆっくりと煙を吐き出す。「―――火、ありがとう御座います。神宮寺軍曹」「いえ、中尉は…」「お墓参り…ですかね?」お墓はありませんけど―――そう付け足す様に呟く。見れば、神宮寺軍曹の手には花束と線香。恐らくは同じ様な目的なんだろう。軍曹が花を置き、線香に火をつける横で俺は黙々と煙草を燻らせる。1分か2分か…極僅かな短い時間が経ち、手を合わせていた軍曹が立ち上がる。あの短い時間に何を思ったかは分からない。だが、語らずとも皆、似た様な経験をしてきているのだ。自然と理解出来る。「……教え子、ですか?」「はい……中尉も?」「ええ、ルシファーの際にソビエト戦線から部下ごと引き抜かれましてね」国連軍所属の指揮官として新人のソ連海軍部隊を訓練していた頃、“切り札”であるジョーカーの名を付けて挑んだ明星作戦。孝之と要塞級の腹の中で過ごすまでに指揮していた中隊が小隊にまで減ってしまった。居なくなった中にはまだ14歳の少年少女達だった。「ソビエトじゃ13歳で兵士として徴兵です。皆、ガキだったですよ」何回も衝突しあった何処までも子供だった部下の顔を思い出す。誰が言ったかは忘れたが『大人になるという事は自分で生き方を決める事』だったろうか?生まれながらにして既に兵士としての生き方を強制されていたアイツらは……一生、子供なんだろう。「俺は教官としてはまだ未熟だったのか、息子娘を持つ気分になってしまいましてね……一人目が死んだ時、簡易休憩所で泣き叫びました」「…もう結構です」「次の出撃で更に3人、その次には4人です。しかも、一人は腕の中で冷たくなっていくんですよ?俺の名前をか細く言いなが‥」「もう結構です!」神宮寺軍曹の強い声にハッと気付く。イカン、鬱な方に記憶が入ってしまったみたいだ。今のは、明らかに余計だ。「すみません、軍曹」「いえ、私も理解出来ます…」「そう、ですか………うっし!」煙草をもみ消し、短く呼気を発する。これでソ連に行く前に十分に気合は入った。もう一度、墓参りに来るまで死ねないのも自らに刻み付けて。「じゃあな、戦友。また来るぞ」続く後書き何とか出張前に更新出来ました。そして皆さん、アンケートにご協力ありがとうございます。ルートは②をメインに進めて行きたいと思います。あ、あと中東と言っても基本的にトルコでの活動になりますので大丈夫ですよ! ( ゚д゚) 『国‥援船団が…エル軍に攻撃を受ける……トルコ人に死者…』※時事ネタ(?)な為にぼかし入り_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_ \/ /  ̄ ̄ ̄ ( ゚д゚ )_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_ \/ /  ̄ ̄ ̄