【2001年7月19日、深夜0時12分~横浜基地~】走る、走る、走る…―――走り抜ける。周囲にも同じ様に駆ける人の波、その顔のどれもが緊張の色に染まっていた。緊急事態を告げるアラートだ。それは、命が失われる危険性がある事態が発生し、自分達にもそれが降りかかる可能性を示唆するからだ。そして、確実に戦術機部隊の出撃が要請される。それを俺は分っているから走り続ける。「――大尉!」「エレナ、付いて来い!」「了解!」≪防衛基準体勢2発令、防衛基準体勢2発令。全基地要員は主要部署へ集合し、指示を待て。繰り返す、防衛基準体勢―――≫アナウンスが防衛基準体勢2を知らせ、それを聞いた周辺の兵士達の顔が安堵に変わり、走る速度を緩めるのを見てつい舌打ちをしてしまう。今なら、香月博士が捕獲したBETAに基地を強襲させた気持ちが分かる。確かに、腑抜けているのは否定出来ないな…。「―――おやっさん!機体状況は!?」「着座調整と弾薬さえ積めば何時でも!」「分かった!エレナ、10分で済ませろ!」「了解!何時もので!」NFCA計画チームが使用しているハンガーの更衣室に飛び込む様に入りながら既に機体へと群がり、チェックをするおやっさんに声を掛けておく。それから欧州国連軍で正式採用されているイギリス軍仕様の衛士強化装備を着込み、最後にヘッドセットを装着、ズレが無いか確認―――「良し…!」「クラウス!命令書が回ってきたぞ!」「詳細を、口頭で簡潔に!」「新潟方面にBETAの侵攻を確認した。これにより欧州国連軍本部からの命令が受諾され、横浜基地へNFCA計画の第2フェイズ実行を支援せよ…との事だ!」「分かった!飛んで向かうのか!?」「そっちの方が速いだろ!司令部に光線照射を受けないルートを算出して貰った!確認しておけ!」シートへ着座し、片手では細かな計器の確認や起動シークエンスのチェックをこなしながら聞くと叫び声の様に返答が帰ってくる。それに俺は手を軽く振るだけで返答し、操縦桿を上下左右に動かしながら渡されたチェックリストを覗き込む。「おやっさん、弾は装填分だけで良いぞ!ブレードと推進剤だけ確実にな!」「分かってる!もう新潟方面に簡易補給所の敷設を開始してる!」「そうかい!流石に腹ペコじゃぁ戦争は出来ないからな!」「お前さんの場合、戦争ってより虐殺だがな!」冗談を飛ばしあいながらも止まらずに手を動かしながら考える。俺が本来、日本に来たのは一回目の対BETA戦でのF-18/EXの運用試験だ。予定では3日後、新潟方面に点在する国連軍基地で待機を開始する予定になっていたのだ。ぶっちゃければ……EXAMの教導は『ついで』なのだ。「で、俺らが展開する区域は?」「予定だと旧新津ICで補給と最終点検、そこから旧新潟中央JCT付近で展開予定だ。撤退も容易い場所らしいぜ?」「BETAの予想規模は?」「大体、一万から一万五千だ。帝国軍が間引き作戦の為の砲戦力を集結させてたのもあったし、被害は比較的少なくなるとの予想だ」「ま、被害が少ない事は良い事さ……出すぞ!」「あいよっ!総員退避ー!!」おやっさんの檄に『あらほらさっさー!』とでも聞こえてきそうな程に素早く、機体に取り付いていた整備員が離れる。それを見届け、各関節のロック解除を実行。「―――OK、無事を祈っててくれ」『カッコつけてないでサッサとハンガーから出ろ!』「へいへい」通信で入ってくるおやっさんの声に適当に返事をし、オートバランサーの数値を最後に確認。ゆっくりと操縦桿を前に倒す。その瞬間、戦術機という巨人は彼の腕となり、脚となり、目となり耳となった。「…頼りにしてるぜ、相棒?」『任せて下さい!』「俺はワスプ(F-18/EX)に言ったんだ」『私も相方なんですけどー!?』ポンポンッとユニット内の側壁を叩き、呟くと通信機から自慢気な声と悲痛な叫び声が響くが無視。エレナの自己主張をBGMに兵装チェックをする。「36mmが2000発、120㎜が6発、ファルケイが2振りに………は?」右腕に36mmと120㎜がフル装填されたGWS-9突撃砲、背部ブレード担架に収められたファルケイソード2振り。まぁ、それは良いんだ。何時も使っていた装備だからね?でもさ……「何でフォートキラーがあんだよ!?」『プレゼントだ、アラスカの時からあったぜ?』ワスプの隣に停車した一台の支援輸送車両のコンテナ上部が開き、一振りの大剣が姿を表す。ぶっちゃけ、予想外な程にもある。「誰が!?つーか持って来てたの!?」『本部からだ、目立つからな。ソレで派手に暴れろ…との事らしい』「や、確かに目立つが…」【BWS-3 GreatSword】英国軍が正式採用している大剣型近接格闘長刀。恐らく『世界で最も美しい対BETA兵装』だろう。日本の刀の様に防御ごと切り裂く斬撃よりも防御の上から叩き潰す打突戦術を重視した設計となっている為、それなりの重量がある。だが、その重量から生み出される攻撃力は凄まじく、"要塞級殺し"(フォートスレイヤー)の異名で呼ばれ多くの部隊章のデザインにも用いられた。正に英軍の顔とも言えるだろう。世界各国の軍では英軍の突撃前衛の象徴として知られ、非常に高い攻撃力、耐久性と防御性を兼ね備えた傑作とも謳われている。ま、つまりは…「宣伝か?イギリス軍兵器の優秀さの?」『まぁそう言うな。極秘だがEF-2000を帝国へ売り込む案があるらしい……今は、自国内用の生産ラインで手一杯だろうが…』「何で知ってるんだよアンタ」そういや、いつぞやに助けたお姫様もEF-2000に乗ってたな。あれって先行量産型か?『ま、旧知の間柄ってやつさ。それより、横浜基地から直援部隊が出るって聞いてるんだが……』「この基地で、俺達の機動を把握してて直ぐに動ける精鋭部隊は限られるしな……まさか…」そのまさか、とでも言うかの様なタイミングで後方より友軍機接近を示す青い光点がレーダー上に表示される。所属は『UNAS(国連軍所属教導隊)』と表示され、機種を検索すれば『TSF-TYPE94』と表示される……やっぱり?『そのまさか、という訳だ。遅くなったな、バーラット中尉』『ヤッホー♪あんたのソレ、な~かなか派手な機体ねー』『エレナ少尉が乗るノーマルのF-18/Eが味気なく感じるな。いや、しかし……前々から思っていたがエレナ少尉の強化装備姿には何処かそそられる物がある』『まあ、美冴さんったら』『随分とまぁ、デカイ剣だな~』「ありゃ…皆さん御揃いで」通信が入り、それを繋ぐと網膜に伊隅大尉の姿が映る。どこか不敵な笑みを浮かべているのは、EXAMの証明の場に早々に立ち会えた事の喜びか、その他の何かか……どちらにせよ、好戦的な雰囲気を全体的に放っていた。《ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ、ホルスズへと通達します。現時刻を持って作戦行動を開始、予定ルートの移動を開始せよ!繰り返す、移動を開始せよ!》『ヴァルキリー1了解。聞いていたな、貴様ら!EXAMの性能を試すのも良いが、BETA共にホルス小隊機を傷つけさせるなよ?』『『『『了解!』』』』「ホルス1了解、CPはどうなってます?帝国軍が用意を?」《私がヘリで向かいます。では、現地でお会いしましょう》「了解……さて」涼宮中尉からの通信が切れ、司令部より出撃許可が下りる。俺は、ゆっくりと目を閉じてから深呼吸し……「―――出撃(で)るぞ!」短く声を発し、機体と共に空へと上がった。続く