かつて、とある世界において一体の大妖と、日本中の人間及び化物の連合軍による死闘が繰り広げられていた。
大妖怪は世界がまだ形を為さない『気』の塊であった時代から生を成す。
澄んだ気は陽の存在として上に昇り人間となり、逆に濁った陰の気は下にたまっていきその大妖となった。
その存在の名前を『白面の者』。
この世界の闇の化身とも言うべき白面の者は、陽の存在である人間への邪念を抱いていた。
そしてその邪念は人間だけでなく、他の化物からにしても危険極まりない思想だったのだ。
――人間の苦しみは我の喜び。人は生かしてやろう。
――だが妖怪は要らぬ。我以外の妖怪は皆死ね!
もちろん他の化物たちも黙って殺されるほどお人好しではない。
本来相容れぬ間柄であるはずの人間とも共闘して白面を討つ事を決意する。
だが白面の力は強大であらゆる意味で無敵だった。
迫り来る決戦の時……無策で挑んでもこちらには勝ち目はない。
慎重に慎重を重ねる日本の妖怪を束ねる東の長と西の長は、ある2体の妖怪に命令を下す。
その妖怪の名を『時順』『時逆』。
時間の流れを行き来するこの妖怪に決戦の戦いを見てきてもらい白面の者の情報、ひいては倒し方を探ってきてもらおうという物だ。
だがその試みも何度となく失敗が続き、今回で11回目。
普段は難なく時を渡れる事が出来る時順、時逆も苦戦を強いられていた。
『時順よ、今度ばかりは……!!』
『おおよ、時逆! 必ず見てやるわ!! 白面の者との最期の戦いを!!』
それまで時の狭間を生きるこの妖怪は、現世を生きる化物たちの間でもそれほど知られた存在ではなかった。
だが白面の者との因縁深い人間により、ある命令を下されて以来重要な役割に身を置く事となったのである。
『気張れよ。それが我らが勝つ鍵だからな!』
これ以上の失敗は許されない。
戦う力を持たない自分達の成功の如何によって、打倒白面の結果が大きく左右されるのだ。
命がけで最前線に向かうであろう仲間達に、わずかな光明への指針を示すために時順たちは時の狭間を飛ぶ!
漆黒の空間に映し出される無限とも思える映像が、時順たちの後ろを過ぎ去っていく。
その1つ1つの映像がこれから起こり得るであろう未来の世界。
だがまだ……まだ!! 白面との決戦の世界はここではない!!
真っ直ぐに整備された高速道路を走っているような感覚から、突然肌にひり付く焼けるような感覚!
目の前の時空間がいっきに揺らぎ、軋みだした。
『来た……白面の者の妖気が時までもねじ曲げておる』
『いつもここで時を越えられるのだ』
『いくぞ時逆、力を貸せい!』
『おお!』
目の前の天気は一気に晴れから台風に変わった。
進めば進むほど白面の妖気の奔流が激しさを増していくのが分かる。
ガリガリと削られる自分達の体ッ!!
白面の妖気に触れるだけで自分達のような小妖怪は吹き飛んでしまうと言うのか!?
『時……順~~~~!』
『お……おのれええ~~~~!!』
だが彼らにも意地がある! 誇りがある!
他の仲間達も命を賭けて戦うと言うのに自分達だけがおいそれと負けを認められるものなのか?
途切れそうになる意識をその決意だけで繋ぎ止め時順たちは更に時を進む。
すると突如嵐は止み、視界が一気に開けた。
目に映るのは晴れ渡った青空と見渡す限りの大海原の景色。
『出たぞ!』
『やった!』
歓喜の声を上げる時順、時逆だったが次の瞬間言葉を無くす。
『お……おお…………』
『こんな……こんな……!!』
2体の化物は目を丸くし、汗を流す。
その表情から絶望、そして恐怖の感情が読み取れる。
『これじゃ……あたしらはっ…………!!』
『勝てねええええ!』
叫ぶ2体の妖怪は一体何を見たのか?
その答えは原作である『うしおととら』に載っており、これから始まる物語においては全く関係無かったりする。
第1話 突然の来訪は迷惑千万なの
闇の書事件――第1級創作指定がされているロストロギア『闇の書』にまつわる事件の総称を言う。
元は『夜天の書』と呼ばれる高性能の魔法記憶装置であり、所有者と共に旅をし、各地の優れた魔導士や魔法の記録を半永久的に残すために『復元機能』を持つことで、記録の劣化や喪失を防ぎ、また各世界を旅するための『転生機能』を備えていた。
だが、いつからか闇の書はその本来の目的とは違う存在となってしまった。
きっかけはもうはるか昔の事で正確な事はわかっていないが、悪意ある所有者が『夜天の書』のプログラムを改竄した事が始まりとされている。
これにより闇の書は『防御プログラム』を始めとする各種機能が破損、変質してしまい、人間、人外を問わず無差別に魔力の源『リンカーコア』を略奪するようになってしまったのである。
もちろん闇の書の所有者が良識のある人間であればその略奪……正式には蒐集というのだが、これをしないという選択をとる事もできる。
だが歴代の所有者達の大半はその様な事はせず、むしろ率先して蒐集に力を注いだと言う。
当然である。
強い力は良くも悪くも人を引き付ける。
全666ページ分もある闇の書を完成させ、これを操れる事が出来るという事は即ち絶対的な、神の力を得るに等しいのだ。
それにもし仮に蒐集を拒む所有者がいたとしても、今度は闇の書が所有者のリンカーコアを侵食し命を脅かす。
そして闇の書が完成したあかつきには『防衛プログラム』が暴走し、所有者だけでなくあらゆる物を飲み込み被害を拡大させていく。
幾度となく闇の書の破壊は試みられた。
だがその全ては失敗に終っている。
いや……正確に言えば成功はしているのだがそれで闇の書事件は解決しないのである。
たとえ闇の書を破壊したとしても、闇の書に備え付けられた『転生機能』がまた新たな所有者をランダムに選び、そこで再び蒐集を開始するのだ。
蒐集しようとする者、それを阻止しようとする者。
もうかれこれどれだけの間同じ事を繰り返してきただろうか?
幾年変わらぬ夜天の星空を旅する流浪の魔道書は、いつしか関わった者をすべて巻き込み、その人生を狂わせていく存在として『闇の書』と名付けられた。
◆
モニター画面だけが光源となる薄暗い部屋。
次元航行艦アースラの管制室にてクロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、リーゼロッテの3人がジッと佇む。
「エイミィ、仮面の男の映像を……」
「はいな」
流れる様に切り変わるモニター画面の映像にクロノはまだ幼さの残るその顔をしかめる。
弱冠14歳のこの少年はこの年で既に時空管理局執務官を務める天才児である。
その彼が今回手がけている事件が闇の書事件。
11年前に父クライド・ハラオウンが殉職した事件であり、クロノとは因縁浅からぬ関係にあった。
前回同様に守護騎士のヴォルケンリッター達がリンカーコアの蒐集をしていることに関しては今までの事件と同様であるが、彼女らは殺人を行っておらず、またこちらとの戦闘も極力避けている。
このことから今回の闇の書の主は蒐集には積極的ではないのかもしれない。
上手く行けば話し合いで解決できる可能性だってあるとクロノは思う。
だがまぁ、それは今は置いておこう。
問題なのは彼の目の前のモニター画面に映し出されている仮面の男。
今回のイレギュラーであり、その正体は不明。
ヴォルケンリッターの蒐集を手助けしている事から、目的は闇の書の完成なのであろうが一体何故という疑問が残る。
闇の書が完成しようとこの男には何のメリットもないはずだ。
絶大な力を宿す闇の書を自分のものとする事ができるなら、仮面の男の行動にも説明が出来るがそれは不可能。
主以外には闇の書を使えないようにプログラミングされているし、強引に外部から力を加えようとしたら主ごと転生してしまう。
他にも闇の書の主を脅迫しようなどと言う可能性もあるが、それは尚更考えられない。
闇の書が完成した瞬間に、持ち主は絶対的な力を手にする事となる。
そんな相手をどう脅迫しようと言うのか?
何か弱みを握って……と言う方法も考えられるがあまりにリスクが高すぎる。
「この人の能力もすごいと言うか、結構ありえない気がするんだよねぇ」
画面操作しながら話すエイミィが先日の戦いでの記録画像を見て呟く。
先日こちらの監視から隠れながら蒐集をし続けていたヴォルケンリッターの画像を偶然捕らえる事に成功したのだ。
本当に突然の事であったので他に出動できるものはいなく、その場に居合わせた高町なのは、フェイト・テスタロッサとその使い魔であるアルフが直ぐに緊急出動した。
だが結果はこちらの敗北。
寸前の所までヴォルケンリッターを追い詰める事に成功したものの、この仮面の男が邪魔をしたのだ。
なのはとアルフは、ヴィータ並びにザフィーラと呼ばれるヴォルケンリッターを取り逃がし、フェイトはシグナムと呼ばれるヴォルケンリッターと戦闘中に背後から仮面の男から不意打ちを食らって結局リンカーコアを闇の書に蒐集されてしまった。
だが問題なのはそこではない。
この仮面の男はフェイトに不意打ちを食らわせる9分前に、なのはの新型バスターを防御、長距離バインドをあっさり決めているのだ。
フェイトとなのはがそれぞれ居た場所は最速で転移しても20分はかかりそうな距離にあった。
それを9分間の内で……。
とてもじゃないが考えられない。
「かなりの使い手ってことになるねぇ」
「そうだな。僕でも無理だ……。ロッテはどうだ?」
「あ~無理無理! あたし長距離魔法とか苦手だしぃ……」
にゃはは~と言った感じでリーゼロッテは手を振りながら答える。
「アリアは魔法担当、ロッテはフィジカル担当できっちり役割分担してるもんねぇ」
「そうそう♪」
エイミィの座っている椅子の背もたれに肘を乗っけてリーゼロッテはお気楽な調子だ。
「昔はそれでひどい目に遭わされたもんだ」
「その分強くなっただろぉ? 感謝しろっつーの!」
ため息口調のクロノに対してリーゼロッテが即座に突っ込みを入れる。
その様子が可笑しかったのかエイミィがクスッと口元に手を当てて笑みを零す。
少々重苦しい雰囲気の合った艦内にちょっとだけ和やかな空気が流れた……その時、それは突然に起きた!
何の兆候も、予測もされていない状態で起きた完全なる不意打ち。
「ッ!?」
「グゥッ!!」
「キャアッ!!」
突然爆発したような音と衝撃がアースラの右斜め後ろから走りバランスを崩したクロノはエイミィの座っていた椅子にしがみつき、リーゼロッテは尻餅をつく。
赤色の危険信号が艦内全体を染め上げ、けたたましく鳴り響くサイレンの音が耳にうるさい。
緊急を知らせる“Emergency”の文字が空間モニター無数に表示され、次元空間に待機していたアースラが上下左右に揺れる揺れる揺れる!
「な、なに? 一体何なのクロスケ!?」
「エイミィ!!」
リーゼロッテの疑問に答えるより早く、クロノがエイミィに叫ぶ。
「う、うん! まかせて!」
阿吽の呼吸でクロノの意図を理解したエイミィ高速でタッチパネルを操作する。
いくつものウィンドウ画面が上下左右に展開され、次々と切り替わっていく。
その1つ1つをエイミィはコンマ数秒も掛からない時間で必要な情報だけを拾い上げ、原因究明に向けての最速最短の経路を一気に導き出す。
その姿は普段陽気な彼女からは想像もできない時空管理局通信主任兼執務官補佐としての姿があった。
「あっ……揺れが収まってきた……」
床にへたり込んでいたリーゼロッテ。
彼女の言うとおりまだ若干艦体が軋めいていたが、それでも大分落ち着いてきたようである。
「一体……なんだったんだ……?」
「全くだよ。次元空間で地震に会うなんて……まぁ落ち着いたみたいで良かったけどさー」
「落ち着いただなんてとんでもない……」
ホッと胸を撫で下ろすリーゼロッテの言葉をエイミィが静かな声で否定する。
彼女の手は震え、心なしか顔から血の気が引いて見える。
「今ここが安定しているのは、さっきの揺れの原因となった力の中心点がここから離れていっただけ……クロノ君、ロッテ、これを見て」
「いやエイミィ? 見ても何もこんなに映像が悪くっちゃ何が何だか分からないんだけど?」
リーゼロッテの言うとおり映像はひどく歪んでいる。
最新の技術を搭載したアースラのモニター画面がまるで壊れたテレビのようだ。
「違う! 違うの! 『これ』がさっきの力場の周辺の映像なの! ロッテが言ったように次元空間で地震に会ったって言うのが正にぴったり! 次元空間が強烈なエネルギーで捻じ曲げられちゃっているんだよ!」
温厚な彼女にしては珍しく声を荒げる。
だが無理もない。
今の説明が何を意味するのか時空管理局の者なら直ぐに分かる事だ。
「馬鹿な! それはつまり!」
「……次元震」
クロノとリーゼロッテの言葉にエイミィが無言で頷く。
次元震、このキーワードはつい半年前に彼らが携わった『プレシア・テスタロッサ事件』で度々使われてきた言葉だ。
次元空間に影響を及ぼし、下手をすると次元断層を発生させ最悪の場合いくつもの並行世界を滅ぼしかねない悪夢のような力。
しかも目の前の映像から判断するに『プレシア・テスタロッサ事件』のそれと比較してもその規模は遥かにでかい!
「エイミィ! 現在次元震を引き起こしている力の中心点の場所を特定! 急げッ!」
「もう済んでるよクロノ君! 力の中心点の場所は第97管理外世界。……つまり地球!」
それを聞いたクロノとリーゼロッテにはエイミィの言葉が、あまりに冷たく、あまりに重い死の宣告のように感じられた。
「そ、そんなッ! 闇の書事件に加えて次元災害だなんて!!」
「もしかしたら闇の書が完成したのかも……」
「確かに現時点においてはそれしか考えられない……が、いくら何でも早すぎる!」
「そうだよ! 守護騎士のあいつらだって隠れながら蒐集してたじゃないさ! そんなペースじゃ闇の書の完成はまだまだ先のはずだよ」
嘘だ。そんな事あってたまるかと、声を荒げるリーゼロッテの口調はまるで自分に言い聞かせているようだ。
だが彼女の気持ちもわかる。
それは今現時点で考えられる中で最悪の状況なのだから。
「くそッ!! 一体何がッ! 地球で何が起きていると言うんだ!?」
苛立ち紛れに拳を壁に叩きつけたクロノの問いに答えられる者は誰もいない。
シンと静まりかえる艦内。
背中にまとわりつく冷たい汗。
不安で高鳴る心臓の鼓動だけがやけにはっきりと聞こえる。
歪められた次元空間の映像が彼らにとって、これからの先に対しての不吉を告げているように感じられた……。
◆
さて、クロノ達がシリアスに頭を悩ませ視線を送っていた地球の同時刻、海鳴町に1組のおちゃらけ軍団が到着していた。
「フッ! 無事に到着した。今の我に不可能は無しッ!!
何やら自信たっぷりに言い放つ銀髪の女性が不適な笑みを浮かべ、スクッと立ち上がる。
無造作にかざした白い右手。
その親指と中指を合わせて力強くパチンと指を弾く。
するとどうだろう?
彼女の後ろから更に複数の人影が淡い光に包まれて姿を現す。
現れた人影は最初は戸惑い、呆けていたような表情を見せていたがやがて目の前の景色を確認すると、一斉にその景色を少しでも近くで見ようと駆け出す。
「アロハオエ~~~!」
「到着してそうそう意味の分からん挨拶すんな純夏」
「いやあ~、来てしまいました! 着いてしまいました! BETAのいない並行世界!!」
突っ込みを入れた茶髪の青年、白銀武の言葉を無視して赤髪の女性、鑑純夏がクルクルと回り出す。
顔は可愛いが時々良く分からない事をする彼女だが今は絶好調ッ!!
本当に良く分からない行動をしている。
まぁそれだけテンションが上がっているという事だ。
「何と……これが我らの住んでいる同じ日本だというのか」
呟く声の主は御剣冥夜。
いや、今は名前を『煌武院冥夜』と変えている。
彼女は昔その生まれから煌武院家を追い出され御剣家に養子として出されていたのだが、今はその問題も解決しておりこうして煌武院の苗字を名乗る事が許される事となったのだ。
冥夜だけでなく目の前の風景に一同は心を完全に奪われていた。
森林に降り注ぐ太陽の日差し。
豊かな自然の香りがする空気が新鮮な事この上なく、まるで体の内側から浄化されるかのようだ。
そして遙先に映る人々の営みが栄える町の風景。
自然と調和したその美しい町の様子から平和な世界の様子がそれだけで見て取れる。
「すごい! すご過ぎだよタケル! これだけ自然豊かならきっと遭難しても生きて行けるよね!」
「お前は並行世界に来ても遭難するつもりなのか?」
若干ずれた感想をもらす鎧衣美琴に武が素早く突っ込みを返す。
やたらとテンションの高いこの一団はこの世界の人間ではない。
BETAと呼ばれる人類に敵対的な地球外起源種と壮絶な戦いを繰り広げてきた世界の住人である。
巨大な体にずば抜けたタフネス。
圧倒的な物量を誇るBETAの軍勢は核兵器ですら後退するための時間稼ぎ程度にしか役に立たない。
言語も通じず、和平の交渉すら不可能だったこの宇宙生命体がいる数多の並行世界においては人類が勝利する可能性はほとんど皆無であった。
だが、そんな人類にとって絶望的なはずのとある並行世界でイレギュラーが発生した!!
「ククッ! 田舎から上京してきたばかりの女子(めのこ)のような初々しさは我から見てもいと好ましく思うが、そろそろ良いか?」
不敵に笑うこの女性こそ、そのイレギュラー。
彼女は嘗てBETAがいない別の世界で人類を恐怖のどん底に陥れようとした『人類に敵対的な地球内起源種』である。
それが敗北し、死を迎えたがひょんな事から転生しBETAのいる世界にやってきたのだ。
転生できた明確な理由は不明。
ただの御都合主義と考えるのが妥当であろう。
その正体は白面の者と呼ばれる九つの尾を持つ最強の化け物である。
新しく名前を金白陽狐(かねしろ ようこ)と白銀武からいただき、闇の存在から陽の存在へと転生した白面は『打倒BETA』に対して人類に協力する事にした。
だが如何に大妖怪と言えども圧倒的な物量を誇るBETAには苦戦をしいられるだろう。
……と当時その世界に住む人類は誰しも思っていたのだがそうはならなかった。
現在でも人類に知られていないが白面はある特殊能力を所有していたのだ。
それが『他者の恐怖を喰らい、自分の戦闘力に変える』と言うなんともまぁ反則な能力であった。
物量を自慢とするBETAに取ってその能力はまさに天敵と呼べる代物で、結果白面は地球上全てのBETAの戦闘力を吸収してしまった。
圧倒的なまでの力を手に入れた白面が本格的にBETAを駆逐する行動に出て、わずか1日で地球上のハイヴは全て消滅。
こうして世界は救われたのであった。
めでたしめでたし。
……とまぁそこまでは良かったのだが、平和を取り戻した白面は最近何か面白いことは無いかと考えていた。
正直ちょっと暇だったのである。
人類の方は忙しい。
それはもうBETAに荒らされた地球の再生をしなくてはならないし、他国とのいざこざは何だかんだで尽きないのだから大変である。
だが白面は違う。
人間でない白面はどこの国が世界の主権を握ろうなどとは知ったことではないし、BETAを駆逐したのだから自分の契約は果たされた。
たまに人類側から顔を見せてほしいと言われるが、そう言った場合は分身である斗和子に自分と同じ姿に化けさせて出席させるし、婢妖や黒炎は無限に生み出せるのでそれらを労働力として提供する事はあるが基本自分は働かない。
――働きたく無し。いと働きたく無し。
とは白面の弁だ。
ここ最近の白面の行動パターンと言えば『食う』『寝る』『遊ぶ』。
もしくは『遊ぶ』『寝る』『食う』のいずれかだ。
しかも厄介な事に白面のいる世界では娯楽が少ない。
国の復興に財源の殆どを投入せねばならないのでそれは当然である。
出会って数秒で意気投合した白面の悪友こと香月夕呼が最近ゲーム作りにいそしんでいるため、試作品をプレイさせてもらったりしているがそういくつも新作がポンポン生まれる物でもない。
他には白面が娘のように可愛がっている社霞にご飯を作ってあげたり、一緒に遊んだりしたりしているのだが、逆に霞は四六時中白面と一緒に居られる訳ではない。
彼女には仕事があるのだ。……白面と違って。
そんなわけで最近の白面の趣味といったら『BETA狩り』である。
月、及び火星にいた『あ号標的』は自分達の母星からこれまで辿って来た星々の経路の記録を持っていたのである。
それを目印に白面は適当に瞬間移動の能力でも開発して、暇潰しにBETA狩りにいそしんでいた。
ついでにそこの惑星に住む『あ号標的』からまた別の星へ飛ばしたユニットの経路の記録を読み取り、さらにBETAの巣食う惑星の位置を把握していく。
そんな作業を繰り返して現時点における白面が知るBETAの存在する惑星の数はおよそ10の10乗。
一体どれだけの惑星に巣食っていたBETAが白面によって滅ぼされたのか?
それを考えるとBETAが気の毒で涙が出てくる。
いつもの様に宇宙空間を瞬間移動で飛び回っていたある日、白面はふと思った。
確か香月夕呼の研究の内容の中に『並行世界』という言葉があったではないかと。
無限の可能性を秘めた別の世界。
ならばBETAのいない世界に行けば普通に娯楽が沢山ある地球に行く事が出来るのではないか?
そんな事を考えながらまた1つの惑星のBETAを滅ぼした白面は、急ぎ地球に戻りその能力開発に取り組んだ。
白面は新しい能力を生み出す能力を持っている。
ましてや幾多のBETAを滅ぼし、さらに戦力増加した白面に不可能など無い。
きっと今の自分ならできるはずだと信じて取り組んだ所、4分27秒でその能力を開発してしまった。
『久しぶりに我、一生懸命働いてしもうたなぁ』と爽やかにほざいた白面を香月夕呼が内心ぶっ飛ばしたくなったのは内緒である。
さて、せっかく手に入れた並行世界への移動能力。
1匹で行くのも良いが、折角だからと他に親しかった人間も連れてこようと白面は思った。
最初は自分達は忙しくて遊んでる暇は無いと渋っていた面々だったが、帰ってくる時は並行世界に旅立った直後の時間帯に戻ってくれば、例え1週間休んでも全く休んだ事にならないという白面の口車につい乗って現在に至る。
「ふふふ、最初はアレだけ難色を示しておったと言うのに、そなた等も存外現金なものよなぁ。はしゃぐのは構わぬが羽目を外しすぎてはならぬぞ? この世界の迷惑になる故な」
「アンタが言う!? アンタが言っちゃうのその台詞? 私としてはアンタが一番危ないと思うんだけど?」
すかさず突っ込みを入れるのは夕呼である。
これまでの付き合いから白面はトラブルメーカーであることを彼女は良く知っているのである。
「……ハハハッ! 我とて此度はゆるりと旅行(たびゆ)かんと思うとるからな。下手に事を荒立てる気は無いので安心するが良いぞ」
「そ、分かったわ。安心できないという事が良く分かったわ」
この上も無く的確な理解を示した夕呼だったが、これはもうほっとくしかないと素早く判断を下す。
横浜基地の副司令を勤める彼女の決断は素早かった。
夕呼以外の人間もすぐさま同意を示した表情だ。
まぁ仮に問題が起きても絡んできた人間が後悔するだけだろう。
白面も遊びに来ただけだからきっと相手を殺したりはしないはずだ……多分。
それにいざとなったら霞に『陽狐さん。止めてください』と言わせれば何とかなる……と思う。
こちらに出来る事とどうか大きなトラブルは起こさないようにと祈るだけである。
だがこの時、夕呼達はおろか白面も知らない。
時間をも捻じ曲げる白面の強烈な妖気が、この世界で言う次元震と良く似た現象を引き起こし、既にものすんげぇ迷惑をかけているという事を!!
かくしてマブラヴ勢によるリリカル世界への珍道中が始まったのであった。