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No.18026の一覧
[0] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-[Exige](2010/04/17 15:07)
[1] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-[Exige](2010/04/17 15:31)
[2] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-[Exige](2010/04/17 15:05)
[4] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-[Exige](2010/04/26 19:54)
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[18026] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-
Name: Exige◆2f2ac254 ID:839f410f 前を表示する
Date: 2010/04/26 19:54
 香月夕呼と社霞、その護衛である速瀬水月と宗像美冴、イリーナ・ピアティフは病室から執務室へと戻るため、エレベータに向かって廊下を歩いていた。金属製の壁が5人の足音を廊下に響かせる。
 エレベータの前に着くと、夕呼・霞・ピアティフの3人が乗り込み、水月と美冴はその場に留まった。ここより先は2人の権限では入り込めないからだ。
 ピアティフが扉を閉めようとしたとき、不服そうな表情を隠そうともしない水月が夕呼に尋ねた。

「副司令、一つお聞きしてよろしいですか」
「なに? 速瀬。その馬鹿丁寧な口調気持ち悪いわよ」
「先程病室へと入る際、なぜ私たちの入室を許さなかったのですか? 肝心な所で同席しなかったら、何のために護衛を命じられたのか分からないんですけど」

 水月としては、どうしても理由を聞いておきたい所だった。救出にあたった当事者であり、衛士としてもあの不知火モドキには興味もあった。噂程度だが、不知火のモデルチェンジが行われると聞いていたのだ。もしかすればあの機体こそが、そのモデルチェンジ機なのかもしれないと、年甲斐もなくわくわくしていた。
 搭乗していた衛士が目を覚ましたという知らせにも、やはり興味を引かれた。どのような声で、どのような性格で、どのような会話をするのか、非常に気になった。非日常で、面白そうだと判断したら所構わず首を突っ込みたがるような性格の水月である。できるだけ詳しい話を聞きたいところだった。
 そして夕呼から護衛を命じられた時、やっときたきたとほくそえんだものだ。だというのに、病室の扉の前で待機を命じられた。目前にてご馳走を取り上げられたような格好となり、憤懣やる方なしといった気分だった。

「あんたたちに知る権利はない。ただそれだけのことよ」
「……ちぇ。少しくらい教えてくれたっていいじゃない……」
「悪いわね速瀬。とにかくそういうことだから。知りたきゃあんたも出世することね」

 そう言い捨てると、夕呼たちの乗ったエレベータの扉が閉じられた。S4フロア専用エレベータには現在階層を知らせる表示はなく、一体地下何階まで存在するのか分からない。
 口を尖らせ、半目で扉を見つめている水月の肩に、美冴が手を置いた。

「速瀬中尉、私たちも帰りましょう。まったく、分かりきったことを質問するなんて、新兵ですか?」
「っさいわねぇ。あんたなんかにおあずけ食らったあたしの気持ちが分かってたまるもんですか」

 美冴に促され、気のない溜息をついて仕方無しとばかりに水月は歩き出す。
 基地副司令というものは、中尉という階級から見れば雲の上の存在である。その人物に対し、水月の取った態度は本来であれば到底許されるものではない。帝国軍などで同じ行動を取れば、不敬罪で間違いなく独房入りだろう。このようなフランク過ぎる言動は、直属部隊であることと、夕呼自身がそのような堅苦しい態度を嫌っているために許されているようなものだ。

「あいつ、何者なのかしらねぇ。不知火モドキも続報、聞かないし」
「私は見ていないから分かりませんが、あんたが知る権利はない、でしょう?」
「……うるさい」

 美冴の肩を軽く小突きながら、二人はA-01ブリーフィングルームへと向かった。




 2200、病室へ迎えに来たイリーナ・ピアティフの後について、武は夕呼の執務室へと向かっていた。夕呼の言ったとおり、後手に手錠をかけられている。武装に関しては、医療室へと運び込まれた時点で全て押収されている。
 2度ほどピアティフに話しかけてみたが、彼女は一切の口をきかなかった。当然といえば当然だと武は腑に落ちたが、やはり前の世界でそれなりに会話をしていた人物に無視されるとなると、少しばかり物悲しいものがある。これから先、会う人間みんなと再び初対面となることを考えると気が重い。
 こつこつと二人分の足音が殺風景な廊下に響く。武にしてみれば見慣れた光景だ。何度となくこの道を歩き、足掛け9年に渡って衛士と夕呼の雑用係という二重生活をしていたのだから当然である。時間を遡ってしまう直前にもこうして歩いていたわけで、別段感慨深いということもない。強いて言うならば、BETA襲撃を受ける前の横浜基地を歩いている、ということくらいか。
 つらつらと思考の海に耽りながら歩いているうちにS4フロアへと到着した。夕呼の執務室へはもうすぐである。

「到着しました。私が同行するのはここまでですが、くれぐれも失礼のないように。何かあれば保安部が即座に対応するので、それをお忘れなきよう」
「……分かってますよ」

 そう忠告をすると、ピアティフは踵を返して今しがた来た道をつかつかと歩き去っていった。
 妙に棘のあるピアティフに、武は妙な違和感を持った。これまでは夕呼に便宜を図ってもらってからの対面となっていたために、このような彼女の一面に気付かなかったのだろう。
 お馴染みになっている夕呼の執務室の扉を前にして武は考える。

(どうやってノックすればいいんだ?)

 手錠をかけられているため、扉を叩くことができない。そのまま突っ立っていると、小さい駆動音と共に扉が開いた。
 思わず入り口から部屋の中を見回す。相変わらず床には書物やら筆記用具といった小物が散乱し、ソファには白衣や洗濯に出す衣服が適当に放り投げられている。前回は定期的に武が整理整頓していたので、ここまで散らかっている部屋を見るのは久しぶりだった。なかなか堂の入った散らかしっぷりである。

「何を突っ立てるのよ。さっさと入ってきなさい」
「っと。失礼します」

 武が入室し、奥の一際大きなデスクへと近寄っていくと、鋭い声で夕呼に止められた。

「そこまで。それ以上こっちに近づくんじゃないわよ。少しでも不穏な動きを見せたら命は無いと思いなさい」

 デスクの上には先程の拳銃が置かれている。衛士が標準装備しているものであるが、華奢な夕呼が取り扱うには少々辛い代物だ。病室での一幕でも、おそらく拳銃を突きつけるのに精一杯で、相当やせ我慢をしていたに違いない。思わず以前の執務室での記憶を掘りおこしてしまったが、おくびにも出さずに武は素直に立ち止まる。
 腕と足を組んで、厳しい表情で夕呼が見据える。

「単刀直入に聞くわ。あんた、何を知っているの」
「お教えするのはやぶさかじゃないですけど、それは先生が知りたい内容によりますね」

 これは聞かれた範囲でしか答えないという意思表明である。最初から手札をばら撒いていたのではただの馬鹿である。
 それを察してか、夕呼の瞳が細くなる。

「……この期に及んでいい根性してるじゃない。まあいいわ。まずは何時、どこから、どうやって来たのか答えなさい」
「さっきの繰り返しになりますが、2010年5月29日1200に横浜基地演習場にて友軍からの攻撃を受けて意識を失い、意識を取り戻したときには医務室のベッドに横になっていました」
「友軍の装備は何だった?」
「デモンストレーション予定の電磁投射砲を装備した吹雪です」

 このあたりは軽いジャブと言った所か。もっと詳しく懇切丁寧に説明したところで大勢には変わりない。夕呼にとっても特別知りたいことではないだろう。

「そ、じゃあ次。あんたは何故あたしを先生と呼ぶの? 大の男に先生なんて呼ばれたくはないわ」
「俺にとっては先生だからです」
「答えになってないわ。ちゃんと説明しなさい」
「聞きたい内容を詳しく質問してください。でないと答えようがありませんよ」

 そう言って口端を小さく吊り上げ、薄ら笑いを浮かべる。以前は元の世界ではやら白稜ではやら、べらべらと聞かれてもいないことを垂れ流していた。今思うと、脇が甘いにも程がある。己に知る香月夕呼と同じ姿をした初対面の人間に対し、余りにも不用意な態度だ。
 のらりくらりと追及をかわすというスタンスが気に入らないのか、夕呼の顔が苛立ちに塗られていく。
 実際のところ、このような会話を続けても意味は無い。時間を無駄に消費し、夕呼の警戒心を余計に煽ってしまうだろう。武は自分から一枚の手札を切ることを決める。夕呼に対し、ジョーカーとも呼べる札を。

「因果律量子論。さて、誰に聞いた話だったかな?」
「……! あんた、どこで誰にその話を聞いた?」

 流石に夕呼の表情が崩れる。といっても、長い間傍に居た武がようやく気付く程度で、付き合いの薄い人間からすれば超然とした態度を保っているようにしか見えなかっただろう。しかし、武は夕呼が動揺した瞬間を確かに目撃した。

「先生も分かっているんでしょう。一体この世界の誰が、因果だの平行世界だのといった無茶苦茶な理論を思いつくってんですか? そこいらの学者に説明してみたところで一笑にふされるのがいい所ですよ。こんな理論を提唱する人間なんて一人しかいないでしょう?」
「……あたしに聞いたと、そう言いたいわけ?」
「そういうことです。俺は正真正銘、香月夕呼博士直々に因果律量子論の説明を聞きました」
「……分かったわ。あんたは因果律量子論を知っていて、その裏付けがあってここにいる。そういうことね」

 頷くと、夕呼は額を押さえて深く息を吐き出す。武には夕呼が観念したように見えた。確かに未来からやってきたのだと、武から言質をとろうとしない辺りが余裕のない証拠である。

「じゃあ次。あたしと顔見知りで、しかも直接この理論を聞いたって事は、あんたは相当深く関わってたってことでしょう。どこまで知ってるわけ?」
「すいません、何に深く関わってると言いたいんですか?」

 またしても自分から積極的に情報を出さない態度に戻った武に、ついに夕呼の堪忍袋の緒が切れた。とんとんとデスクを指で叩いて、あからさまに苛立っていると表現している。常に冷静な夕呼にしてみれば、本気で怒っているといっても過言ではない。

「計画よ、オルタネイティヴ計画。あんた分かってんでしょう。白々しい態度もいい加減にしなさいよ」
「それはお互い様ですよ」

 そしてオルタネイティヴ計画について、知る限りのことを説明する。
 オルタネイティヴ計画は現在第5計画まで存在する。もっとも、前段階を接収して発展してきた計画なので、実際に5つの計画があるわけではない。第4計画は第3計画までのノウハウを使用し、人類に敵対的な地球外起源種、通称BETAに対する諜報技術の確立を最終目標とする。
 しかし、第3計画までは建前上は一枚岩でやってきたオルタネイティヴ計画であったが、日本帝国主導の第4計画をよく思わない米国が第4計画の停滞を見て第5計画の平行展開を決定。衛星軌道上に多数の大型恒星間宇宙船の建造を開始。第4計画の頓挫と同時に第5計画へと完全移行。全人類から選抜された10万人をバーナード星域の地球型惑星へと脱出させる。

「そこまで知ってるのね。一応最高機密なんだけど」
「まさか俺が反オルタネイティヴ計画の工作員だなんて言いませんよね?」
「ここまで聞いて今更言うわけないでしょうが」

 武としては前回の意趣返しをしてみたのだが、話の流れが異なるせいで余り意味がなくなってしまったようだ。

「で、あんたのいた未来では何かしら決着は付いたんでしょ? 第4計画はどうなったの?」
「未来から来たなんて言ってませんけどね。まあ、第4計画は成功しましたよ」
「……そう。ならこれの説明、できるわよね?」

 夕呼がデスクの引き出しから取り出したのは、向こうの夕呼から託されたあの銀色のプレートだった。暗号のパスワードを要求されるのかと、顔を強張らせる。
 しかし、予想が外れた。

「この写真。特にあんたの隣に写ってる女の子、どういうことか話してもらいましょうか」
「写真? ……っ!?」

 プレートが本のように開き、その中に一枚の写真が入っている。夕呼に見せ付けられたその写真に思わず声を失う。なぜならそれは、桜花作戦前に撮影した、これから散っていく仲間たちが写った写真だったからだ。

(おいおい、こんな写真が入ってるなんて聞いてないぞ……。先生何考えてんだよ……)
 
 またしても予想外の展開に動揺してしまう。流石に顔に表れているだろう。しかし、ここで回答を誤ってはいけない。写っているかつての仲間たちに関してはまだいい。幼馴染の少女、鑑純夏に関する情報は余りにもデリケートだ。正直、いずれ明かさなければならないとはいえ、一番伏せておきたかった問題を、向こうの恩師の仕込によって暴露されるとは。頭を抱えたくなるが、生憎と両手は手錠をかけられており、それもできない。
 とりあえず深呼吸して呼吸を整え、一回咳払いをして心を落ち着ける。

「なんだ。その写真を持ってるなら、やっぱり大方の見当が付いてたってことじゃないですか。先生も人が悪いなぁ」
「誤魔化すのはやめなさい。あんた、この子のことどこまで知っているの?」
「さあ。昔の戦友としか言いようがありませんね」
「あたしは誤魔化すなと言ってんのよ。今すぐに答えなさい」

 夕呼がデスクの上に置かれた拳銃を手に取り、武に突きつける。表情は更に厳しいものに変わっている。
 武はこの時点で夕呼の置かれた状況を思い出してみる。この時期は第4計画が量子電導脳の開発に行き詰っていて、00ユニットの製作が頓挫しかかっているはずである。この問題をクリアしたとしても、次は00ユニットに人間性を取り戻す必要性が発生した。
 第4計画の成功を聞き出し、武の持っていた写真にて00ユニット、鑑純夏が写っているのを目撃した。つまり何かしら解決方法が存在することを夕呼は知ってしまった。稼動状態の00ユニットがあるのだ。そう思うのも当然である。
 しかし、問題を解決するには、武が平行世界へと赴く必要がある。そして平行世界の純夏から記憶を奪い、結果的には瀕死の重態にしてしまうことになる。可能ならばそれは避けたい事態である。純夏が因果導体の原因となっているとするならば避けられない事態ではあるが、それならば少しでも先延ばしにして、何らかの対応策を考えるだけの時間を手に入れたい。
 気付いているのかいないのか、夕呼はプレートに収められているはずのデータに関しては追求してこない。メモリー内の全ハイヴ地下茎図を見せれば、間違いなく第4計画は成功と見なされ、第5計画へと移行することはなくなるだろう。00ユニットにしても、BETAに対する諜報活動が主任務である以上、無理をして作る必要はない。
 要は既に結果が存在しているのだから、それを手に入れるため手段は不要ということだ。ただし、スピンアウト技術の可能性も考えて、量子電導脳は開発してもいいだろう。これもメモリー内に収められているが、開陳すれば地下茎図含めて全てを晒してしまうことになる。仮にデータに気付いていないのならば、とりあえずは説明をして協力の約束をしても構わないかもしれない。かつての白稜学園に理論の回収に向かうだけならば大した影響はあるまい。その後、純夏の記憶を奪ってこいと請われたら、その時点でデータを開陳すればいい。
 頭の回転数を全開にして武は今後の対応を決めた。

「先生の知りたいことは、まあ分かっています。量子電導脳の開発が行き詰ってるんですよね」
「分かってるんなら早く教えなさ……」
「でも先生はそれでいいんですか? 稀代の天才科学者である香月夕呼ともあろう人間が、他人から自分の研究の答えを恵んで貰おうと、そう言うわけだ」
「……っ!」

 夕呼の言葉を遮って痛烈な皮肉を言うことで揺さぶりを掛ける。プライドを傷付ける皮肉の効果は中々のもので、あの夕呼が思わず言葉を詰まらせる程だった。
 こうやって敵対的な態度を崩さないのには理由がある。夕呼の交渉術として主なものは、必要となる情報を可能な限り収集して、交渉の場で絶対的な立場を確保してから相手に反論させないタイプだ。無論はったりを使用することも多々あるが、共通するのは常に余裕を失わないということだ。冷静で超然とした態度で、相手を威圧するのである。
 この突発的な状況では、己の研究範囲ということと、人類の未来が掛かっていることもあって、やや冷静さを欠いている。ここで簡単には手札を切らないという意思を表明することで夕呼は一層警戒するだろうが、同時に交渉に足る人間であると認識させる。早急にギブアンドテイクの関係を作らなければならないのだ。

「お教えするのは構いませんよ。でも流石にタダと言うわけにはいきません」
「……あんた、この状況を理解して物を言っているの? 今ここで撃たれたい? それとも薬漬けにしてあげましょうか」
「先生こそ分かってませんね。俺が情報漏洩の対策、してないとでも思ってんですか?」

 銃を突きつけられながらも、そう言って不敵な笑みを浮かべる。自分に対して何らかの強硬手段に出れば、知り得るかもしれない情報は失われるかもしれないと暗に警告しているのだ。もちろんこれはブラフであり、実際はメモリーに掛けられたブロックだけで、武自身には何もない。しかし、目の前の夕呼がそれが真実かどうか確かめるとすれば、武に発砲してみるか自白剤を投与してみるかするしかない。そして武の警告が本物であった場合、保有している情報は失われる。そうなるリスクを抱えて強硬手段に出ることはまず不可能である。
 夕呼が何らかの便宜を図ることで、武から情報の提供を受ける。強硬手段を封じられ、更に逃げ道を与えられたことを感じ取ったのか、苦虫を噛み潰したような表情で、夕呼は銃を下げた。

「……いいわ。あんたのお望み、言ってみなさい」
「理解が早くて助かります。俺の要望としてはですね……」

 そうして希望を説明していく。まずは横浜基地での公的な地位。新概念OSのプラットフォーム開発。訓練部隊の臨時教官及びA-01部隊での新概念OSに関しての教導官としての配属。
 OSに関しては、コンボ・キャンセルといった新概念を交えて簡単に説明する。このOSは戦術機機動戦術のパラダイムシフトとなる程の物で、戦死者は大幅に減少することになるだろうことも告げた。そして、これは帝国や米国、その他列強に対し、少なからず交渉材料になるだろうとも付け加える。
 教導官云々は、真っ先にA-01部隊及び207訓練部隊に習得してもらいたいためだと説明した。これは夕呼直属であれば即座に採用、実用試験に移れるためである。帝国となれば諸手続きで何時まで経っても試験を開始できないだろう。

「A-01の教導官をしたいって……あんた何様なの?」
「まあ新概念OS、俺はXM3って呼んでますけどね。これを教えられるのが俺しかいないってことで納得してもらえませんか。それでも納得いかないんだったら、A-01の誰かとシミュレータで対戦させてくれればいいですよ。旧OSでも今のA-01隊長に土付ける位はできると思いますから」

 あんまりと言えばあんまりな物言い。何せ夕呼子飼いの精鋭部隊の隊長を負かせると言い切ったのだ。夕呼としても呆れて物が言えないようだった。しかし、武としては全くの無根拠という訳でもなかった。前の世界の横浜基地では、XMシリーズが主流となった時代でも旧OSのシミュレータは設置されていたからだ。
 最早型遅れとなって久しいOSを設置しているのには意味がある。現在衛士の消耗率が非常に低い水準にあるのは、XMシリーズの恩恵に他ならないのだという自戒を促すためである。新米衛士であってもそれなりに戦えるのは、XMシリーズという下駄を履かせてもらっているのだと、常に自覚させるのだ。
 武としても、度々このシミュレータを使用していた。バージョンアップしていくXMシリーズに対し、旧OSを比較するためである。そしてこの旧OSを作り上げた人々への敬意を忘れないためという目的もあった。ちなみに対人戦CPUとして最も選択した回数が多いのが、速瀬水月であり、次点が伊隅みちるであったりする。なので二人の癖は知り尽くしているし、近年では勝率は10割を切ることはついぞ無かった。

「教導官をしたいっていうなら階級はどうしたいわけ? 前の最終的な階級は?」
「一応大尉でしたよ。まあ少尉以上であれば好きに決めてもらって構いません。どちらにせよ一時的な臨時教官ですから」
「そう、そのあたりはこっちで調整するわ。で、そろそろさっきの質問に答えてもらいましょうか」
「分かりました。ただ、説明はしますけど具体的に提供するのは、今の契約が履行されてからってことを忘れないで下さいね。あと、一応簡単なものでいいので実印と自筆サイン入りの誓約書を作ってください」
「……分かったわよ」

 憮然とした表情を隠そうともせず、夕呼はPCで誓約書を手早く作り、印刷して捺印とサインを書き、武から書面が見えるようにデスクの上に置いた。

「これでいいでしょう。さあ、話してもらいましょうか」
「それじゃあ結論から言いましょう。おそらく先生が今持っている理論では量子電導脳は永遠に完成しません」
「……なんですって?」
「まあ落ち着いて聞いてください。もう言った所で驚かないと思いますが、その写真の女の子。00ユニットが稼動している以上、量子電導脳を完成させることは当然可能です。ただしここであるプロセスが必要になります」
「……言ってみなさい」

 既に予想はしていたのだろう。やはり夕呼は特別驚くことは無かった。

「こことは違う世界。BETAの侵攻を受けず、人類同士の小競り合いはあるものの、まあ平和といっていい並行世界における香月夕呼がその鍵を握っています」
「因果律量子論……」
「そうです。もうぶっちゃけますが、その世界ってのは俺が元いた世界です。唐突に別世界に飛ばされて現在に至ることになります。そしてその世界で俺が通っていた学校の物理教師をやっていたのが香月夕呼。だから俺は先生と呼ぶわけです。2番目の質問の答えはこれでいいですか?」
「……そう、そういうこと。つまりあんたは、その世界の香月夕呼からその情報を持ってこれると、そう言いたいのね?」
「ええ。ただし、向こうの世界に行くには先生と、隣の部屋にいる霞の協力がいりますけどね。あのでかい電子モデルみたいな機械、俺一人じゃ動かせないでしょう?」
「いいわ。少なくともあんたの言い分には信憑性がある。あたしにしか分からないけど。さっきの契約を履行すればあんたもこっちの契約を履行するわけよね。なら同じようにこの誓約書にサインと捺印しなさい。拇印でいいわ」

 そう言って夕呼はもう一枚の誓約書を取り出す。話の勢いで誤魔化せないかと少し考えたが、やはり抜け目が無かったと武は再認識した。
 ようやく手錠から開放され、両手が自由になった。夕呼のものに比べると随分と不恰好な文字だが、サインを済ませて拇印を押す。ついでに夕呼側の誓約書を手に取った。これで一応は契約成立だ。どうにか第一段階を乗り越えたと武は安堵した。
 夕呼はキーボードを少しばかり弄ると武に向き直った。

「今部屋の手配したから、ピアティフについて行って、とりあえずそこに入りなさい。まあ先にOSを作ってしまうから、しばらくはこっち往復するだけになるけど構わないわね?」
「それで構いませんよ」
「そ。後でIDと制服を届けさせるから。あとこれ、返しておくわ。分かってると思うけど、見つからない所に置いておきなさいよ」

 デスクの上に置かれたかつてのIDとプレートを手に取る。しばらく待っていると、ピアティフが執務室の扉を叩いた。
 武は彼女の後について、あてがわれた自室へと向かう。冥夜たちとは同じ部隊にいたと仄めかしはしたが、流石にあの部屋となることはないだろう。訓練兵と一仕官が同じブロックで生活するなど、訓練兵時代を思い返すと御免被りたいものだとしみじみ思う。
 廊下を歩きながら、手元に戻ったプレートを弄りながらふと考えた。結局夕呼はこれのメモリー機能に関して言及することはなかった。ということは気が付かなかったということなのだろう。
 もしかすると向こうの夕呼はこれすらも見越していたのではないか。プレートの中に、こちらの夕呼からしてみれば衝撃的な写真を収めておくことで、プレート自体のメモリー機能を誤魔化したのではないのか。煙に巻くためにわざわざあの写真を入れたのかもしれない。
 その後に発生するであろう雑事は自分で解決しろと、そういうことなのだろうか。もう会えなくなってしまった恩師が相変わらず意地の悪い笑みを浮かべているように感じ、武はやはり夕呼には敵わないと思い直した。


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