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No.18026の一覧
[0] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-[Exige](2010/04/17 15:07)
[1] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-[Exige](2010/04/17 15:31)
[2] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-[Exige](2010/04/17 15:05)
[4] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-[Exige](2010/04/26 19:54)
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[18026] Muv-Luv Alternative -Ave Maria-
Name: Exige◆2f2ac254 ID:ea93ec0d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/04/17 15:31
西暦2002年1月2日未明 桜花作戦最終フェイズにおいて、フェイズ6カシュガルオリジナルハイヴ超大型反応炉『あ号標的』通称コア 機能停止を確認。

 桜花作戦。BETA支配圏最外縁部に位置する全てのハイヴに、大規模な同時陽動作戦を展開。可能な限りBETAを引き寄せるというものだった。この作戦において、陽動部隊の帰還は度外視、完全に彼らを捨て駒とすることを前提に立案されている。
 衛士は最低限の教導官・防衛戦力を残し、腕の立つ者は片端から選出されていった。彼らは自分たちの生還が叶わないだろうことを承知で戦場に飛び込んでいった。
 そして同作戦の本命、カシュガルオリジナルハイヴへと突入し、反応炉『あ号標的』の完全破壊を託された決戦部隊は僅か8名に過ぎなかった。彼らは再突入駆逐艦に搭乗し、国連軍横浜基地より衛星軌道上に打ち上げられた。
 年若い少年少女たちに背負わされた、玉砕同然の特攻作戦。常識で考えれば成功率などありはしない。しかし、人類には辛うじて切り繋いだ希望、最後の切り札が残っていた。
 前高180mを超える超大型機動兵器。3隻の駆逐艦が打ち上げられた後、それはふわりと浮き上がり、単独で衛星軌道へと上昇していった。この時、横浜基地総司令官パウル・ラダビノット准将の演説を聞いていた者は皆、人類のために捧げられる生贄に縋り付いていた。
 表向きは最重要機密となっており、部隊の内訳等を知ることは出来ない。しかし実のところ、それなりの数の人間が薄々気が付いている。基地から飛び立っていく巨大機動兵器、凄乃皇四型。それに付き従う5機の武御雷。これだけの戦力を運用する権限が与えられているのは香月副指令とその直轄部隊であることは周知の事実である。
 直轄部隊A-01部隊において、同作戦開始までに健在であることが確認されたのは6名。奇しくも同じ訓練部隊に所属し、つい1月ほど前に任官したばかりの新任少尉たちであった。横浜基地がBETAの大規模攻勢をどうにか凌いでから、食堂を任されている篠塚曹長と共にまかないに奔走していたのは多数目撃されている。
 BETAという津波が去り、心が磨り減ってしまっているところに自分たちのために、強化装備も脱がずに精一杯動き回る少年少女たち。つい先刻まで戦術機を駆って戦っていたはずなのに、それでも何か出切ることはないかと献身的に働く彼らの姿は、少なくない数の人間に再び力を取り戻させた。
 そしてその直後の桜花作戦発動。斯衛軍より一時貸与された5機の武御雷と、ジョーカーとして用意された凄乃皇四型。選抜されたのは現在五体満足で健康かつ操縦技能に優れたもの。でなければ武御雷を御することはできない。最早選抜されたのは、まかないを振るってくれた彼ら以外にありえなかった。
 最終的にこの作戦に投入された全戦力のうち、約70%が未帰還となった。特に最前線にて決死の陽動を行っていた部隊の生還率は0。攻撃手段を失った時点でS-11による自爆。戦術機が動かなくなってもベイルアウトし、前面装甲のない機械化歩兵装甲で戦った。一分でも一秒でも長くBETAを引き付けるために。
 燃料弾薬は湯水のように消費され、事前に投下された補給コンテナは作戦開始より5時間が経過した時点で、優に6割が消費された。
 後方支援部隊も当然無傷とは言えず、抑えきれないBETAの圧力によって、多大な損害を被っていた。
 そして、オリジナルハイヴへと突入していった若者たちもまた、世界を救わんとその命を燃やし尽くし、進度4000という光の届かない暗い地下で儚く散っていった。しかし、それでも2名の生還が叶ったことは正に奇跡であった。
 あ号標的を破壊し、今後BETAが新たな戦術を駆使することはなくなった。オリジナルハイヴ大広間でのあ号標的とのコンタクト。全世界の戦力を大量に消費して得られた結果は決して小さいものではなかった。
 新たな対BETA策の練り上げ、磨耗しきった国家戦力の早急な建て直し。30年という追加の猶予を手に入れた人類は、明日を生き延びるため、今日もあがき続ける。




 日本帝国、横浜国連軍基地。白銀武はいつもの通り起床ラッパが基地内に鳴り響く5分前に目を覚ました。起き上がりこぼしのように勢いをつけて体を起こすと、眠気を覚ますために顔を洗い、手早く身支度を整える。朝食をとろうとPXへと向かう途中、数名の訓練兵とすれ違った。

「お、おはようございますっ! 白銀大尉!」
「おう、おはようさん。今日も訓練、頑張れよ」
「は、はいっ! 頑張りますっ!」

 緊張しつつ、挨拶をするのは皆、自分よりも一周り以上年下の少年、少女たちだった。年の頃は13、4といったところだろうか。中にはそれこそ小学生としか思えないほど幼い姿の者もいる。武は毎日感じる憂鬱を胸の内に隠しながら、緊張しっぱなしの訓練兵に軽く激励を送る。
 桜花作戦の成功によって幾ばくかの時間を稼いだとはいえ、未だ人類は安寧を許されず、困窮した日々を送っていた。同作戦に投入された戦力には当然帝国軍の将兵も数多くいた。そして、戦術機甲部隊の衛士は、そのほとんどが年若い人間だった。最終損耗率7割超という数字は帝国にも、そのまま跳ね返っており、今となっては20歳以上で現役の戦術機乗りは100名に満たない。その穴を埋めるために、更なる徴兵年齢引き下げが断行され、教官を担当するのが18,9歳の衛士という基地まである有様だった。
 ぽりぽりと頭を掻きながらPXへとやってくると、カウンターで合成サバ味噌定食と合成宇治茶を注文する。やはり、朝はこれでないと気が引き締まらない。

「ああら、武。またサバ味噌定食かい。毎朝毎朝、あんたも飽きないねぇ」
「俺の朝食はこれに決まってるんですよ。それにおばちゃんが作ってくれるメシに飽きるなんてありませんって」
「言うねぇ。あたしを口説くつもりかい? まったく、達者になったもんだねぇ」

 そういって笑いながら注文を受けたのは、PXの厨房を一手に引き受ける京塚曹長だった。出世し、大尉となった今でも、昔と変わらない態度で接してくれる数少ない人物である。彼女にかかれば、その憂鬱になるほどに不味い合成食もそれなりに食べられる味となる。そのため、横浜基地に所属する者は、他の基地からの出向組に少なからず羨ましがられるといった笑い話もある。

「あ、白銀。今日は先を越されたかぁ」

 そういって武の隣の席に腰を下ろしたのは、同じくA-01部隊に所属する涼宮茜だった。今となっては数少ない同僚である。
 創立当初は108名という連隊規模であったA-01部隊は平均的な部隊に比べて損耗率が激しく、幾度も人の出入りを繰り返した。当然入ってくるよりも出て行くほうが圧倒的に多く、2001年12月、207B訓練小隊の任官により、どうにか中隊を構成する人員を確保したが、直後の甲21号作戦・横浜基地防衛線にて半減。そして翌2002年においては最早4名の小隊規模にまで落ち込んだ。
 加えて、その4名のうち3名が重傷を負っており、治療とリハビリを終えるまで1年以上も必要とした。その間、桜花作戦の生き残りであり、唯一実働可能であった白銀武は様々な雑事に追われていた。
 帰還したその日、質素ながらも祝勝パーティでもみくちゃにされた。散っていった仲間たち、誇張無しに命を燃やし尽くして静かに果てた幼馴染のことを思い浮かべながら、馬鹿みたいに大騒ぎをした。やもすれば零れそうになる涙を抑えるのに苦労したものだった。
 とりあえずは特別に1週間の休暇を貰い、負傷してはいるものの、歩き回れる涼宮茜と共に正門前の桜に足を向けた。伊隅大尉に速瀬中尉に涼宮中尉、そして神宮司軍曹たちが戦死したときにも、こうして黙祷を捧げた。そこに御剣冥夜・榊千鶴・彩峰慧・珠瀬壬姫・鎧衣美琴の名が新たに加えられた。昏睡状態にある宗像中尉と風間少尉も、いつここに加わるか、分かったものではなかった。とても寂しくなってしまったが、それでも彼らは前を向いて歩き続けた。散っていった仲間たちの生き様を後世へと伝えるために。
 
「何だ。珍しく早いじゃないか白銀。今日はレーザーの雨が降るな」
「本当、いつもなら私たちが食べ終わる頃に来るのにね」

 そこに宗像美冴と風間祷子が連れ立って姿を現した。この二人は大抵の場合において共に行動している。基地職員からはもっぱら性別を超えた恋人同士なのだ、と噂されている。
 宗像は昏睡状態に陥ってから3ヵ月後、奇跡的に意識を取り戻した。その後は武と茜の見舞いを受けながら治療に専念し、リハビリも精力的に行い、その一年後には現場復帰を果たした。
 風間は宗像と異なり、2週間後には目を覚ましたが、両足が使い物にならなくなっていた。幸い脊髄は無事だったので擬似生体移植によって一応は自由を取り戻した。しかし、今は亡き涼宮遥と同様に神経接続が完全にいかず、戦術機に乗るのは不可能となってしまった。これは戦闘中、破れた装甲から管制ユニット内に飛散したBETAの体液を浴びてしまったためである。現在はA-01部隊―武たちはもっぱら伊隅ヴァルキリーズであると言って憚らない―のCPを勤めている。
 
「まあ俺だって時々はこういう時もありますよ。なんてったって今や大尉ですからね。率先して身を正さないといけないぜ、ってなもんです」
「よーく言うわねぇ。いつも率先して身を崩してるくせに」

 きりりとした表情で殊勝なことを言う武に、隣の茜からツッコミと共に肘鉄が入る。それを見て、宗像と風間が笑い、つられて武と茜も笑い出す。
 今は恐らく平和で幸せな時間なのだろう。武はそう思う。桜花作戦が成功してから早や8年、ヴァルキリーズの人員損耗はない。2003年に朝鮮半島鉄原ハイヴ攻略、錬鉄作戦に参加した時も、一人として欠けることはなかった。彼らは余りに減りすぎてしまった部隊に、強烈な帰属意識を持つようになった。最早家族とすら呼べるかもしれない。
 他にも様々なことがあった。休暇中に夕呼に呼び出され、何事かと駆けつけてみたら、今作戦においての功績に、政威大将軍直々に勲章と特別昇進を伝えたいらしい、ときたものだ。
 休暇を邪魔するなと言えるはずもなく、とにかく夕呼・霞と共に城内省へと向かった。夕呼たちもその多大な功績によって勲章を貰うことになっていたのだ。

「勲章なんて何の役に立つってのかしら。しかも国連所属のあたしたちに与えたいだなんて……。あのお嬢様も無茶苦茶言うわね。役人どもがうろたえてるのが目に見えるわ」

 夕呼としても一蹴できず、呆れながらも笑っていた。桜花作戦後、沈みがちだった夕呼が見せた珍しい笑顔だった。皮肉の度合いが非常に薄かったのだ。彼女もやはり、気が滅入っていたのだろうと武は思った。
 作戦自体が建前上最高機密であるため、報道陣を迎え入れるわけにはいかず、内々での授与となった。武以下3名は同様に国民最高栄誉章を与えられ、更に武には2階級特進が加えられ、大尉となった。

「これでそなたが彼女たちに気後れする必要はなくなりましたね」

 とは後の武との私的な会談においての煌武院悠陽の弁である。
 実はこの私的な会談は、武が夕呼に拝み倒してセッティングしてもらったものだった。数ヵ月後に、将軍を守るために存在する斯衛の象徴、武御雷を無断で、あろうことか国連軍に貸与した罪で、月詠真那中尉以下3名の斯衛衛士が死罪の判決を受け、その1週間後に刑を執り行うと耳に挟んだのだ。
 それを聞いた武は大いに慌てた。そして激怒した。あの時彼女たちの申し出がなければ今自分はここに立ってはいない。それどころか人類は破滅へと一直線だったはずだ。
 武はすぐさま夕呼の執務室の扉を叩き、今すぐに、数日以内に煌武院悠陽に連絡を付けてくれと頭を下げ続けた。
 そうして実現した煌武院悠陽・香月夕呼・白銀武の緊急会談が実現した。そこで武は彼女たちの献身を訴えた。おそらく自分たちが極めて重い罪に問われることは予想していたはずだ。それでも人類の未来を、己の誇りを預けてでも取り返そうとしたこと。5機の武御雷がなければ間違いなく桜花作戦は失敗していたこと。彼女たちは自分たち決戦部隊に強力な剣を授けてくれたこと。それがあったから今人類が明日を見て生きていられること。
 武の言葉は幾分か感情的であったので、その都度夕呼がフォローを入れて説明した。本当は月詠中尉たちは冥夜を守りたいが一心で武御雷を預けたのだが、さすがにそれを発言しないほどには冷静だった。それに、悠陽としてもきっと分かっているだろうという思いもあった。
 悠陽は言い分は分かったと頷いたが、一度下された判決を完全に覆すのは難しいと答えた。とにかく死罪だけは必ず撤回させると、大将軍の名にかけて誓うと約束をした。
 結果として彼女たちに階級の降格こそなかったものの、月詠中尉は月詠家から放逐され、白服へと転籍。残りの3名は、黒服への転籍となった。
 武は案の定憤慨したが、いかに大将軍といえど、4名もの死罪を無罪へと変えてしまっては、今度は国家権力の乱用と謗られてしまう。帝国で将軍の求心力の低下は致命的である。日本主導のオルタネイティヴ4の成功もあって、世界での日本の発言力は急速に増大している。ここで付け入られる隙を作るのは非常にまずい。
 だからこれがどうにか角の立たない落とし所だったのだと夕呼は武を諌めた。
 色々と思い返しながら、武はおばちゃん手製の定食をそそくさと平らげると、4人連れ立ってヴァルキリーズのミーティングルームへと向かう。

「では今から本日の予定を説明するぞ」

 ミーティングルームにて、宗像が説明を始める。現在のヴァルキリーズ指揮官は宗像となっており、階級は少佐。CPの風間と茜は中尉、そして武が大尉となっている。宗像は現場復帰と共に大尉へと昇進し、3年前に佐官教育を受けて少佐となった。風間・茜も同様に復帰と共に昇進。以後全員が特に昇進もなく現在に至る。

「今日はXM5β版の最終調整だ。1週間後にはトライアルがあるから各員準備を怠るなよ」

 ヴァルキリーズはここ数年は実線に出る回数は以前に比べて極端に減っている。それは錬鉄作戦が成功裏に終わり、帝国に程近いハイヴがなくなったこと、オルタネイティヴ4により全ハイヴの地下茎図が手に入り、更に桜花作戦の成功で特殊部隊であるヴァルキリーズに過酷な任務を行わせる必要性が薄れたためであった。
 現在はもっぱら新兵装や、戦術機動のパラダイムシフトとなったXM3を祖とするOSのバージョンアップに付きっ切りであった。
 人の口に戸は立てられぬ。実戦に出ていないとはいえ、ヴァルキリーズの練度の高さは世界的に有名である。中でもXM3発案者であり、公然の秘密となっている桜花作戦の生き残りである武の評価は凄まじく、8年が経過した今でも、各国から国連基地に派遣してくれと要請が届く。
 とりあえず夕呼の朝一番の仕事はそれらのメールを破棄することであった。
 



 この日、実機演習によるXM5の最終チェックが行われ、各員特別な問題はないとの報告が上がった。ただし、現在はヴァルキリーズに合わせ、ややピーキーな設定となっているため、ローカライズの際にはもう少し角を落とさなければならないとの注記も記されていた。
 1900、仕事を終えた武は、いつもの通り地下19階S4フロアを歩いていた。8年前に夕呼より手渡されたIDは現在でも当然有効で、機密情報こそ閲覧できないものの、フロア移動に関して言えば一切の制限はなかった。とりあえず、かつてこの世界の幼馴染である鑑純夏の脳髄が収められていたシリンダー室へと足を向ける。
 中に入ると、これまたいつも通り社霞が浮世離れした表情で空のシリンダーを前にトランプタワーを作っていた。霞には色々な遊びを教えた。あやとりに始まり、お手玉、けん玉、トランプ遊びにこま回し。今では武よりも霞の方がずっと上手くなってしまっていたが。
 武に気付いた霞はこそりと何かをポケットに入れ、振り返った。この8年で霞は誰もが振り向く美女へと成長していた。その儚げな表情がより一層彼女の神秘性に説得力を持たせている。背丈は170cmまで伸び、武と10cmまで身長差を縮めていた。

「おかえりなさい、武さん」
「ああ、ただいま。今日はまた凄いな。記録更新したんじゃないか?」
「はい、5cmも更新しました」

 その余りにカッチリとしたタワーに違和感を感じた武は、近づいて指先でちょいとタワーを押してみた。するとタワーはパタリと倒れた。積み上げたそのままの形で。
 思わず無言になる武と、そっぽを向いている霞。武は呆れが混じった表情で苦笑する。

「ずるっこはいけないなぁ霞。さっきポケットに隠したもん出してみ?」

 霞のポケットから出てきたのは当然というべきか、ボンドであった。ご丁寧に細チューブがついている。
 武のジト目に晒されながらも、当の霞はそ知らぬ顔でうそぶいた。

「あんまりに崩れるから腹が立って使っちゃいました。それに記録更新しようとしたんじゃなくて、部屋の飾りを作ってたんです。……本当ですよ」
「なら、さっきの5cm更新したってのは何だったんだ……?」

 脱力しながら武はそうぼやいた。二人が微妙な表情で見詰め合っていると、とちらからかともかく笑い出した。

「ま、見たところもうすぐ完成しそうだし、大事に部屋に飾れよ?」
「……ふふっ。はい」

 最近霞はこうやって武をからかったり、冗談を言うようになった。とても喜ばしいことだと武は思う。生まれから特殊で、しかも万人には到底受け入れてもらえないような能力付きだ。実際今でもこうやって気兼ねなく話が出来るのは武と夕呼、そしてピアティフ中尉ぐらいのものだ。限られた世界でもいい。もっと人間らしく、笑って自分の存在を肯定してくれればそれでいい。自分は誰かに望まれてここにいるのだと思って欲しい。くすくすと笑う霞を見て、より強く感じた。





 それから武は夕呼の執務室に入った。今日の結果報告なのだが、本来ならば別段顔を出す必要は無い。報告書とデータを夕呼宛に送信すればいいだけの話だ。ただ、毎日仕事が終わってから霞のところに顔を出すのが日課になっているので、自ずと夕呼の部屋にも顔を出すという訳だった。

「先生、今日の報告書と運用データです。一応目を通しておいてください」
「はいはい、お疲れ様。ちゃーんと見とくから安心なさい」

 そう言うと夕呼は手をひらひらと降った。ちゃんと聞いているのかいないのか。実際はどんな小言でもしっかりと覚えている地獄耳なのだが。
 武は相変わらず書類やら研究書やらペンやら制服やらが散らかった部屋を見て溜息をつく。どうしてこの人は片付けられないのだろう。かつての平和な世界にいた頃の自分も中々に散らかしていたが、ここまでではなかった。この世界に来てからというものは、私物が少ないということもあるが、きっちりと整理整頓をするようになった。
 自分でさえ整頓するというのに、この人は36にもなって……。と武は呆れつつもいつものように片づけをはじめる。最初の頃は夕呼も分かるように置いているのだから手を出すな、と拒否していたが、長く共にいれば何だかんだと阿吽の呼吸になるというもの。実に分かりやすく整頓されるので、最近はむしろ歓迎しているようである。これではまるで武が母親のようである。
 聖母とは誰が言ったのか。果てさて、武はかつての夕呼の姿を思い出し、そっと胸の内にしまった。

「……ねぇ白銀」
「はい? 何でしょう」

 目の前のPCキーボードをバチバチと叩いていた夕呼は、指を止めずに武に話しかけた。

「あんた、どうして自分が未だにこの世界にいるのかって考えたこと……ある?」

 夕呼の言葉に片づけをしていた武の動きが止まる。かすかに顔の筋肉が緊張しているのが自分でも分かる。ふっと顔を上げて夕呼の瞳を見つめる。

「どうしたんですか、いきなり」
「いいから質問に答えなさい。はぐらかそうったって駄目よ」
「そりゃ……ありますよ。あるに決まってるじゃないですか。あの時、凄乃皇の脱出艇の中で霞に色々と聞いて、それからずっと消えてしまう覚悟はしてましたよ」

 桜花作戦の最終フェイズ、臨界を越えた過剰出力による荷電粒子砲によってあ号標的を破壊した後、シャフトを抜けて脱出したシャトルの中で、武は機能停止した00ユニット、鑑純夏を腕に抱きながら、霞より全てのあらましを聞いた。
 武がこの世界の純夏の強い思いで、大量のG元素と引き換えに生み出されたこと。因果導体となり、延々と記憶を失いながら無限の世界を繰り返していたこと。純夏と精神的、肉体的に結ばれたことで因果導体の宿命から開放され、武の望んでいた平和な世界に帰還できるということ。そして、これは後に夕呼から聞いた話だが、武がこの世界から去った後は、観測者がいなくなり、夕呼と霞を除き、あらゆる人間の記憶、電子媒体の記録からも消えてしまうだろうということだった。

「俺が元の世界に帰らないと、この世界の因果で壊してしまったあの世界も修復されないんじゃないかって今でも考えます。本当はまだ因果導体のままなんじゃないかって……俺が死んだらまたあの日に戻ってやり直すんじゃないかって不安で気が狂いそうになるときもありますよ。もしそうなってしまったら、この世界で精一杯生きたあいつらは何のために死んだんだって……。その事実も消えちまう……」

 武は正式に公表はされていないものの、稀代の英雄として世間から絶大な人気があった。訓練兵たちも初めて武を見れば、感動で目を輝かせるか泣き出すか。一種アイドル的な存在になっていた。だから己の心の内に、解消しようのない不安が纏わりついていること、やもすればその重圧に押し潰されそうになっていることなど、おくびにも出せなかった。
 うな垂れる武を見て、夕呼はデスクの引き出しから一枚のプレートを取り出した。表面はつや消しの銀といったところで、特別飾り立てたものではなかった。

「これ、あんたに渡しておくわ」

 板を武のほうへ押しやると、夕呼は話を続ける。

「あたしもね、ずっと考えていたわ。鑑が因果導体の原因となっていたのは霞のリーディングがあるから間違いはない。そしてそれが解消され、世界のループに歯止めがかけられたのも間違いなかったはずなのよ。なのにあんたは未だこの世界に留まっている。何があんたをこの世界に引き止めているのか。因果律量子論にまだ穴があるのか。どうしても分からない。……だから保険としてこれを渡すわ」
「……何ですかコレ」

 武はプレートを手に取り、360度くまなく眺める。

「XM3からXM5までの全プログラムとトライアルデータ。00ユニットの量子電導脳の構築理論に佐渡島で手に入れた全ハイヴの地下茎図。そしてあんたとあ号標的の会話記録よ。他にも細々としたファイルを入れてあるわ」
「はいぃ!? それってオルタネイティヴ4の集大成ってことじゃないですか!」

 事も無げに夕呼が口にした言葉に、武からは先程までの気落ちしていた表情は吹き飛んでいた。余りの驚きに目玉が飛び出るのではないかという勢いだった。これは問答無用の最高機密だ。そんなものを自分に持たせてどうするつもりなのだろうか。もしも万が一、自分が便所に置き忘れるとか、置き引きに遭うとか、そんな事態になったらどうするつもりなのか。

「そんなに心配しなくていいわよ。それ、あたし謹製の暗号化が施されてるから」
「あ、あぁ……。そうなんですか、なら大丈夫ですね……ってそうじゃないでしょ。なんでこんな物を作ったりしたんですか?」

 至極もっともな武の疑問に、夕呼はカラリと椅子を回転させて、武に背中を向ける。

「さっきも言ったでしょ。これは保険。賭けと言ってもいいかもね。もしあんたが未だ因果導体で、死んだらやり直すことになった場合。あんた言ってたわよね。この世界に来たときは、自分の家は何の問題もなかったって」
「はい。一瞬夢を見てたのかって思ったぐらいですからね」
「そこよ。その家にはあんたが向こうの世界で使ってた物がそっくりそのままこの世界に持ち込まれた。前回のループでゲームガイ?だかなんだかを持ち出したとも言ってたわね。つまりあんたが意識しているもの。自分にとって必要であると感じているものは、一種の結界になっているあんたの家から持ち出しても存在できることになる」
「はぁ……。そんなもんなんですか」
「そんなもんなのよ、きっとね。でここで本題。あんたがそのデータを絶対に手放すことの出来ない、重要なものだと意識した場合、万が一次回のループに放り込まれた時、その世界に持ち込めるかもしれない」

 ここでようやく武は理解した。夕呼は仮にループしてしまった場合、このデータを使って世界を救えと言っているのだ。とはいえ仮説の上に仮説を立てている訳で、そう上手くいくとも思えなかったが。

「つまり先生はその世界を救う可能性があるから、これを保険として持っていろって言いたいんですね」
「そういうこと。でも間違っても初っ端にあたしに渡しちゃ駄目よ。分かるでしょ?」

 その言葉に武は思わず頷く。初対面の夕呼にそんなことをすれば、必要なデータを取られて、主導権を完全にとられる可能性がある。情報は小出しに。交渉のお決まりごとである。
 ただし、問答無用で昏倒させられ、身体検査で奪われた場合はどうすればいいのだろう。それも質問してみた。

「ま、あんたからある言葉を聞いて、それで初めて暗号を解除できるんだけどね」
「なんですか、その言葉って」
「あ号標的と上位存在、10の37乗。この3つが揃わなきゃ解読は出来ない。だから安心なさい。それも次の世界があるとして、加えてそれを持ち込めたら、の話だけどね」

 確かにこれは武から直接聞き出さなければ絶対に分かるまい。さすがは稀代の大天才。抜け目はなかった。

「そういうことだから、念のため肌身離さず持ってなさい」
「分かりました」

 これまで鬱積していた本音を話せたこともあって、武は少しばかりすっきりとしていた。やはり夕呼と話すと落ち着く。これは、向こうの世界でも、こちらの世界でも世話になりっぱなしというところから来ているのであろう。このプレート型メモリーは肌身離さず持っていることとして、とりあえず目前の仕事は1週間後のトライアルだ。ようやく欧州の中隊支援砲に続いて、正式採用される可能性のでてきた電磁投射砲のプロモーションも同時に行われる。腑抜けている場合ではないのだ。





 トライアル当日。ヴァルキリーズは最終ミーティングを行っていた。予定は現在主流となっているXM4との性能比較。各地の基地から集められた精鋭たちを相手に3機で模擬戦を行わなければならない。かつての旧式OSとXM3のトライアルとは異なり、あそこまでの圧倒的な性能差はない。完全新規ではなくブラッシュアップなので当然なのだが、それでも誉れ高い伊隅ヴァルキリーズとして敗北は許されない。4人とも表情は引き締まっている。

「……という布陣でいく。なに、いつも通りだ。白銀が突撃前衛、涼宮が強襲前衛、私が強襲掃討。急に腹を下すかでもしない限り負けはしない」

 宗像の軽口に一同の表情が緩む。気負いは厳禁である。

「あとは、トライアルが開始される前に電磁投射砲の充電試験を行うと通達が来ている。連絡事項はそれぐらいだな。それでは各員トライアルに全力を尽くすように! くれぐれも伊隅大尉の名を汚すなよ!」
『了解!』

 武は一足早く不知火弐型に乗って演習場に出ていた。少し離れた場所では専用に改修された吹雪が電磁投射砲の充電を行っている。甲高い音が横浜基地に響く。
 今でこそ、もっぱらこの弐型が帝国において正式配備となっているが、聞くと様々な紆余曲折があったらしい。武としてはとても素直でいい機体だと思う。ただ斯衛の人間に聞くと、あまり色の良い返事は返ってこなかったりする。理由としては、少なくとも純国産機であった不知火が、米国のボーニングと協力して作り変えられたからだ。
 日本と米国のハーフ、一部では鬼子のような扱いらしい。しかも、ボーニングが日本との共同開発が気に入らなくなったのか、月虹という米国でのサイレント・イーグルをゴリ押しして時期主力機の座を入れ替えようとしたのだ。
 それまでのトライアルでほぼ弐型に決定というところまで来ていたのだが、そこで再び白紙に戻され、今度は逆転してしまった。その頃は帝国としては米国にあまり強く出ることが出来ず、月虹に決まるのもやむなし、と思われた。
 しかし、そこで日本帝国主導のオルタネイティヴ4によって明かされた衝撃的な事実。そこで手に入れた情報によって桜花作戦が立案され、多大な犠牲を払ったものの、オリジナルハイヴを陥落させ、人類を救った。そして決戦部隊の生き残りは当然日本人。
 これで日本の影響力に変化がでないはずがない。流石に国家レベルの力関係では米国と対等というわけにはいかないが、一企業の言い分など、一蹴できる程度には影響力が増大した。無論背後にいる国会議員についても同様である。
 そして、5年前、めでたく弐型が帝国軍時期主力機に決まった。ただ、国連横浜基地に配備されている、通称UNブルーの不知火弐型は、宗像・武・茜機の3機と予備機が1機のみであり、非常に珍しいカラーリングとなっていた。

「なんにせよ、いい機体だよな」

 武は呟いて、首にかけられたプレートを手でいじる。因果導体。戦争とは縁遠い自分が背負わされた数奇な運命。今となっては別に因果導体となったことを嘆いているわけではない。むしろ命がけで信じあえる仲間を手に入れたことで、有難くすら思っている。
 ただ、もう一度やり直すかと問われれば、もしかしたら拒否してしまうかもしれない。やり直すということはこの世界が消えてしまうということだ。やりなおして皆を救いたいという思いは確かにある。だが、この世界でのかつての仲間たちの生き様を消去するようなことは、やはり遠慮したいものである。
 自分が何時の日か、この世界から、皆の記憶から消え去って、あの平和な世界に戻れれば一番よいのだろう。戦争という非日常にどっぷりと漬かってしまっている自分がどれだけ上手く立ち回れるかは分からないが、またループするよりはずっとマシだ。
 今回ばかりは夕呼の心遣いが無駄になって欲しいと心から願う。だからせめて、運命の日が訪れるまでは精一杯生きるとしよう。宗像少佐、風間中尉、茜のためにも。
 武は少し長めに息を吐き出した。物思いにふけり過ぎたかもしれない。外の空気を吸おうか、と考えた瞬間、突然機内に警報が鳴り響く。どこからか照準されている。

「くそっ、どこのどいつだ! こんな馬鹿な真似する奴は!」

 即座に主機出力を戦闘機動レベルにまで上げようとするが、相手はそれを見逃そうとはしなかった。

「あのクソ野郎かっ、畜生!」

 武の弐型に照準を定めているのは、先程充電試験を行っていた吹雪だった。電磁投射砲の砲身が真っ直ぐにこちらを捉えている。あれの破壊力は武もよく知っていた。なぜなら本来であれば凄乃皇四型に搭載されるはずだった兵装なのだ。何度か試射の記録を見たが、携行火器としては空前絶後の破壊力を持っている。
 そんなものに至近距離から狙わている。そしておそらく横浜基地もただでは済むまい。超高出力の電磁砲は周囲の空気をプラズマ化させる。草木は吹き飛び、場所が悪ければ人体など電子レンジに入れた卵のように破裂してしまう。

「くそっ、上がれ上がれ上がれぇっ! ふざけんなっ! こんな唐突に終わるってのか!? 冗談じゃねぇんだよっ!」

 ここで立ち上がりがやや遅いと言われている弐型の欠点が祟ってしまった。
 ようやく巡航出力に上がり、武はどうにか機体を動かし、回避を試みようとする。しかし、それは遅すぎた。

「ちくしょおぉぉぉぉっ!!」

 電磁投射砲の砲身が輝き、武は閃光の中に掻き消えていった。


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