新章3話 モテない男の対面
子供の頃から吾郷はとにかく目立たない存在だった。
自慢できるほど勉強ができたわけでも、スポーツができたわけでもない。
かといって逆に成績が悪かったわけでもなければ運動音痴でもなかった。
校則もごく普通に守っていたし、授業もたまに居眠りしてしまうことはあったが基本的には真面目に受けていた。
教師からすれば手間がかからない楽な生徒。学生時代の同級生に吾郷のことを聞けば「そんな奴いたっけ?」という反応かもしくは「あぁいたなそんな奴」という2つのパターンが返ってくるだろう。
そういった意味ではもうちょっと人間関係に積極的に取り組み、自分というものをアピールすべきなのかもしれない。
小学校の通信簿によくこう書かれていたものだ。「吾郷君はもっと積極性を持ちましょう」と……。
だが吾郷はどうにもそう言う事が苦手で、且つ自分のこの性格を受け入れいていた。
中学の頃の吾郷は「できれば目立ちたくない」、「面倒なことはごめんだ」、「自分はクラスの空気キャラで良い」と考えていた。
そんな事だから中学の修学旅行ではトイレ休憩の際にバスに置いていかれたりするのだ。
同じ班の友達ですら自分がいないことに気付かなかったのはさすがにショックで、その時ばかりはもう少し自分の性格を見直したほうが良いのではないかと真剣に考えたが、結局は変らなかった。
常にたくさんの友達と一緒にいるよりかは、ある程度の距離感があるほうが吾郷にとっては気が楽なのである。
物事に対してサボりもせず、かと言ってがむしゃらに頑張るわけでもない。
良い意味でも悪い意味でも目立つことの無いどこにでもいる一般人。
それが吾郷標為という男だった。
学校行事である文化祭、体育祭も適当に準備を手伝い、適当に参加して、のらりくらりと3年間高校生活をおくっていたら卒業アルバムに自分の学生生活の様子をうつした写真が1枚も無かったのにはビックリしたものだ。
そんな性格の吾郷であったが営倉に放り込まれて3日目、さすがに色々と不安になってきた。
(何なんだこれ……さすがにまずいんじゃないのか?)
今日も昨日と同じく放置されたままの吾郷は片足を組みながら簡易式の腰掛に座りながら現状を見つめ直す。
いくら自分が1人でいることの慣れていると言っても、部屋でまったり過ごすのと営倉で過ごすのとではまるで違うのである。
無機質な硬い壁に鉄格子。
冷たい寒空の空気が身にしみる営倉の中では1日の時間が何倍も長く感じられる。
おまけに何故自分がここまで放置されているのかまるで分からない。
確かに自分は不審者だ。
しかし尋問されればある程度正直に話して身の潔白を証明する所存である。
……というより既に1日目の尋問ではそうした。
さすがに自分が並行世界で「あ号標的」だったなんて事は言わなかったが、自分の名前や元の世界の住所は正直に話してある。
だが尋問があったのはその1日目だけ。
あとの2、3日では見事に放置を食らっている。
結果を待つ身としてはこの時間が非常に辛く、どんどん精神が磨り減っていく。
子供の頃より培ってきた自分の固有スキル『気配遮断(EX)』が知らず知らずのうちに発動したのだろうか?
あるいは1日目の尋問で何か自分がやらかしてしまったのか?
社霞のリーディングによって自分が『あ号標的』の情報を持っているという事がばれている可能性もあると思うが、だったら尚のこと放置するだろうか?
それともただ単に忘れられただけなのだろうか?
人間はミスをする……。これは絶対だ。たとえ厳しい軍であってもミスというものは必ず起きる。
たとえば1日目の尋問結果がたまたま香月夕呼に届いていないとか、あるいは届いていてもたまたま夕呼がまだ結果を見ていないとか、ともかく可能性は限りなく0に近いがそういった可能性はたしかにある。
……と自分に都合のいい言い訳を考えている吾郷であるが、やっぱり本当のところを言うと不安で仕方が無い。
もしかしたら! いやだがしかし! と何度も何度も同じような思考が頭を巡り、その度に気分が滅入ったり楽観的になったりとを繰り返している。
ここに入れられた最初の日は営倉で数ヶ月間放り込まれたままで、人類があ号標的を撃破することを待つのもありかと思っていたがそれは無理だと吾郷は判断した。
この黒くモヤモヤした異物が胃の中に広がるような不快感。
吐き気がこみ上げ、頭痛がする。
人間の体に戻ったことにより感じる、このどこか懐かしい最悪に鬱な気分はあれだ……またあの厳しいノルマと長時間労働を余儀なくされる自分の会社に向かわなくてはいけないのかと言う休み明けの朝の心境に似ている。
はっきり言って精神がもたない。
(というより誰かと会話がしたいな……)
吾郷が営倉の周りをキョロキョロ見渡す。
この男がここまで会話に飢えるとは本当に珍しいことだが、それも致し方ない。
何故なら吾郷があ号標的であった時より数えて1年以上、この男が誰かと接した機会といえば、純夏たちに殺された時、この世界で転生して武に投飛ばされた時、そして3日前の尋問を受けた時だけである。
……まともなコミュニケーションは1つもないのだから。
「あ~~ちょっとすいません……」
「何だ?」
思い切って鉄格子越しに自分を見張る看守2名に吾郷は声を掛けてみた。
吾郷の呼びかけに答えて2人の男がこちらを振り返り、じろっとこっちを見る。
片方はおそらく自分と同じ日本人。
もう1人は黒人でどこの国の出身なのかは分からない。
2人ともボロボロの防寒ジャケットを羽織り、自分より遥かにガタイがしっかりしている。
「あ、いや……」
人付き合いが苦手な吾郷は見知らぬごつい男達に睨まれ、声のトーンを1ランク下げる。
「何だ? 用があるならはっきり言わんか?」
「す、すいません……!!」
軍人の迫力にびびりっていきなり謝った。
実にヘタレな小市民である。
「……あの……自分ここに入ってかれこれ3日経つじゃないですか? それで何の音沙汰もないからどうしたのかなぁって」
「知らん! 結果が出るまで大人しくしていろ」
黒人の男の方が一言ばっさり切り捨てる。
「う、じゃあ俺と一緒にこの横浜基地に来た男の方はどうなりましたか?」
「……ん? 誰だそいつは?」
「ひょっとしてあれじゃないか? 最近新しくこの基地に派遣されてきたって言う……」
「あぁ、あの期待の天才衛士か……」
吾郷を置いてあれとかなんとか抽象的な表現で看守2人はやりとりしている。
どうやら白銀武の存在はこの基地でも噂が広まっているようだ。
「何だ……それだったら一緒に来た俺だって身の潔白が証明できたって事でここから出してもらえないですかね?」
「いや、そう言うわけにはいかんだろ?」
「まぁ普通に考えて無理だな。諦めろ」
どさくさに紛れて出ようとする吾郷の言葉に2人は呆れた表情を浮かべため息を吐く。
「ハァ、何てことだ。どうせあれだ……。武のやつは今頃冥夜とか霞とか可愛い女の子達と和気あいあいやっているに違いない! くそ……イケメンとの格差が身にしみるな……」
「何だかよく分からんが、まぁその……元気出せ」
吾郷が武の名前を出したことはお互い知り合いなのだろうと勘違いした看守は慰めにもならない慰めをする。
ちなみに吾郷の予想した武の現状はズバリ的中していたことは言うまでもない。
「ところで今言ったイケメンってどういう意味だ?」
吾郷の言葉が気になったのか黒人の看守が尋ねる。
「イケメンって言うのは……いけてる面(メン)、つまりは顔の良い男、そこから転じて常に女が周りに群がっているようなモテる男の事です。ちなみに俺はBETA、イケメン、ゴキブリの順でこの世から消えてもいいと思っています」
「おいおい……」
「いやまぁ、確かにモテる男が腹立たしい気持ちはよく分かるが」
2人の看守は吾郷の独自理論に半分同意しつつも苦笑を浮かべる。
強面ながらも警戒心が若干解けた2人の看守の表情を見て、吾郷はこのまま上手くいけば彼らと世間話ができるのではないかと思った。
さて? どうしたものか?
何か話題はと思考を巡らすと、前回の世界での話などはどうかという考えが浮かんだ。
ちょうどイケメンの話題が上がったのだからタイミング的にはちょうど良いだろう。
「実は俺、一時期いろんな国の基地の様子を見てたことがあったんですけど、どの基地にも必ずイケメンって言う生き物が存在することに気付いたんですよ」
「……あぁッ! 言われてみれば確かにいるな!」
「分かる分かる!」
看守2人は笑いながら大きく頷く。
その様子を見て吾郷はホッとする。
良かった。どうやら上手く話しに食いついて来てくれたらしい。
人と会話するというのはこういう事を言うのだと吾郷にとっては懐かしく、会話が弾んだ事が素直に嬉しく思えた。
「そこで俺はとんでもない事に気がついちゃいましてね」
「ほほう? とんでもない事とな?」
「興味深いな。教えろよ」
看守2人がニヤリと笑みを浮かべる。
彼らも監視の任務が退屈だったらしい。ここには自分達しかいないのでこれ幸いと彼らもすっかり話しに乗って姿勢を崩す。
吾郷も調子に乗って腕を組み勿体つけてみる。
「この世界ってBETA大戦で男が戦場に先にかり出されたから、男の数の方が女の数より少ないじゃないですか?」
「……あぁ、確かにその通りだな」
看守が頷く。
女性の徴兵が決定された時代になっても、男性の方が優先的に戦場に行くことは変らない。
「それなら全ての男性が結婚しても女性が余る計算なんだから、この世の男は引く手あまたになってもおかしくないと思いませんか?」
「ん~~理屈ではそうだが実際はそんなことはないぞ? 俺も独身だし」
「そう! その通り! そこですよ!」
「な、何がだ?」
予想通りの返事をもらった吾郷は膝を叩き、看守の言葉を指摘した。
ちょっと小さい声だった男が突然大きな声を出したものだから、看守は驚いて上半身を仰け反りながらも吾郷に聞き返す。
「本当なら全ての男に恋人ないし嫁がいてもおかしくないこのご時世、そうならない理由はただ1つ! ……イケメンが全部女を独占しているからです!」
「ぐはッ!!」
「い、言われてみれば確かに……!!」
吾郷の言葉に彼らも思いっきり心当たりがあるのか胸に手を当て心臓の発作が起きたかのように苦しむ。
できれば気付かないでいたかった真実に気付いてしまったことは彼らに相当なダメージを与えてしまったようだ。
「ここだけの話、俺はイケメン撲滅運動なるものを行ったことがあるんですけど……結果は見事に失敗しまして……」
大きくため息をつく吾郷。
イケメン撲滅運動とは当然前の世界で行ったBETAを操っての『美人は生かすイケメン殺す作戦』のことだ。
さすがの吾郷もこれに関しては本当のことは言えない。
というか言いたくない。
情けなくて恥ずかしすぎる。
「ハハハッ!! 何だよ随分面白そうなことやってたんだなお前さん!」
「その場所にいれば間違いなく俺も参加してたなぁ!」
「まぁ結局全世界の美女から袋叩きにあってその運動は終わりましたがね。イケメンを敵に回すという事は美女を敵に回すという事と同義らしいです」
こうして営倉の小さな窓枠から外の青空を眺めていると思い出す。
全世界の美女たちが自分を殺すためにオリジナルハイヴに突っ込んできたあの時を……。
自分がもしイケメンだったらあそこから話は急展開して、世界中の美女が自分の物になったという究極的ハーレムエンドを迎えることができたのだろうか?
今となっては空し過ぎる妄想。
何だか泣けてきた。
「あぁ……ちくしょう。そうだろうなぁ! そうだろうともさ!」
「イケメンはいつもそうだ!!」
袖を涙でぬらす男3人。
イケメンでない男にとって吾郷の話は不思議と同意させる何かがあったようである。
「うんうん! 俺はあんたの事が気に入ったぞ! ここから出たら仲良くやろうや。俺の名前はイーゴウ・エイムズって言うんだ。イゴウと呼んでくれ!」
「イゴウ?」
黒人の男の名前を聞いて思わず聞き返す。
自分がアゴウと来てイゴウとは……。
まさか隣の男はウゴウとか言うんじゃないだろうか?
「俺の名前は宇豪 周一(うごう しゅういち)だ。まぁよろしく頼むよ。何、お前さんならすぐここから出られるさ。尋問にも正直に答えてるんだろ?」
……ウゴウだった。
アゴウ、イゴウ、ウゴウ……良いのだろうかこれで? そんな疑問を感じつつも吾郷は2人に挨拶を交わす。
「こちらこそその時はよろしくお願いします。ちなみに俺の名前は吾郷標為です」
鉄格子がイゴウと宇豪の間にあるが、どうやらこのままいけば上手く解放されそうだ。
マブラヴの世界に来て不安だったが、仲良くしようと言ってくれる人たちと出会えたのはラッキーである。
しかし同時にそんな人たちに本当の事を言えないのは悪い気がした。
もっともこれは仕方が無いといえよう。まさかマブラヴという世界に現実来訪してきましたなどと言うわけにもいかないのだから。
まぁ言っても信じられないか、頭がおかしいと思われるかだろうが、どちらにせよ折角築けた交友関係を壊すことになりかねない。
洗いざらい全部本当の事を言って、彼らのリアクションはどんなものか見てみたいたいという悪戯心もあるが、これまでの人生で可能な限り空気キャラでいようと心がけてきた吾郷はこの手のトラブルを避けることに長けているので、これは自分の胸のうちに秘めておこうと心に決めた。
それに並行世界からやって来たという意味では「白銀武と似た理由」というのは嘘ではない……かなり苦しい言い訳ですいませんと吾郷は目の前の男2人に心の中で手を合わせながら謝る。
「しっかしイケメンかぁ。言われてみれば本当にこの世界の女はイケメンに取られている気がするよなぁ。……ハァ」
嫌なことを思い出したのかイゴウが大きくため息を吐く。
「……やっぱりそうなんですか?」
「そうも何も……! よし! こうなったら聞いてくれ!」
「は、はぁ…………?」
イゴウは石造りの地べたに座り指先で固い床を叩き、一緒に座れという合図をだす。
一体何の話だろうと思いながらも吾郷と、もう1人の看守である宇豪もそれに習い胡坐をかく。
冷たくてごつごつした地面は座り心地が悪いが男3人が鉄格子を挟んで円を組む。
「俺は今でこそ怪我の影響でこの基地で歩兵をやっているけど、これでも昔はユーラシアの最前線にいた時があってな。あれはちょうど俺が20歳の時だったから今から10年前の話か……」
「え? 10年前で20歳?」
「なんだ? それがどうかしたか?」
「いや……俺と同じ年だったんだなぁって」
戦争を潜り抜けてきたためか彼らの眉間には深い皺があり、口は真一文字に結ばれ、栄養不足のためか頬が浮き出ている。
さらに鍛え抜かれた体格があいまって、そこから発せられる雰囲気から自分より年上だと思っていたのだ。
「じゃあ俺と同じで30歳か……」
「ちなみに俺もコイツと年齢が同じだからな。せっかく同い年と分かったんだから別に敬語使わなくっていいぞ?」
「そうですか? ……じゃなくって、では遠慮なく」
敬語使わなくて良いと言われた直後に敬語を使ってしまう吾郷にイゴウと宇豪は苦笑する。
「むしろ俺としてはあんたの方がもうちょっと年齢がいってると思っていたんだがな」
「う……俺って結構ふけて見えるんだ……職場がブラックだったからかなぁ?」
一方彼らからすれば逆に吾郷の顔つきが年上に見えたらしい。
平和な世界……といっても毎日深夜までのきつい仕事に、嫌な上司。安い給料に加えて長引く不況は一向に将来の安定の兆しが見えなく、毎日が無気力に感じていた吾郷の表情は常に疲れが溜まっていて生気が無い。
「いや悪かった。話の腰を折っちゃったね」
「あぁ別に良いよ……えっとどこまで話したっけ?」
「20歳の時はユーラシアで戦っていたって所まで」
「あぁそうだった。当時はまだ宇宙戦力を投入しての戦略が確立してなくって、軌道爆撃とか何やらそう言ったものがなかった時代だから衛士の損耗も激しくてな」
「へぇ、なるほど……」
イゴウの話に調子を合わせるように吾郷は相槌を打つ。
人類にとって最も厄介な光線級のBETA。これに対抗するために作られた対レーザー弾頭弾(ALM)のもっとも効率の良く運用する方法が軌道爆撃である。
レーザーを著しく減退させることができる重金属雲も一定濃度を満たしていなければ意味がない。
光線級を封じ込める方法がない時代の戦場がどれほど過酷なものか、それは想像の遥か上を行くものなのだろう。
「BETAとドンパチやらなきゃならん最前線ってやつはそれはもう地獄でな。ひどい有様だった……。常にどこからか血のにおいが漂ってさ。手足が千切れてるやつが固い地べたに寝かされてうわ言のように「痛い痛い」って言うわけよ」
「……それはキツイな」
その話を聞いて吾郷は眉をひそめて俯く。
吾郷も元の世界で戦争に関する話は聞いてきた。
博物館やらテレビやら戦争に行ったことのある親戚の話を聞いたりして戦争の悲惨については一応知識として持っている。
だがそれでもここまで重く受け止めることは無かった。
それはやはり吾郷が今まで戦争というものを体験してこなかったからであろう。
自分と同じ年齢の人間からそういう話が出てくることが妙に生々しく感じられた。
「そういった最前線ではな。戦い以外の時間ではみんな心の安定を保つために色々とやるわけだ。音楽やったり、詩を書いてみたり、まぁそういった気晴らしをな……」
「なるほど……」
「その中でも人間関係、特に男女の関係なんて一番分かりやすくて強烈なものってのは分かるだろ?」
「確かにその通りだろうね」
吾郷は頷く。
恋人が戦場でできればそれは確かに大きな心の支えとなるだろう。
戦場では男女は風呂もトイレも共同。そのため羞恥心をなくすための強化装備がどうこうという設定があったと思うが、だからといって恋愛感情が全く発生しないことはありえない。
むしろなんだかんだ言って恋人同士に発展することが多いのではないだろうか?
昔どっかで聞いたことがある。
確か『吊り橋効果』だったか?
緊張感、恐怖心が芽生える状況でそばにいる異性を見ると、その相手がより魅力的に感じるとかそんな話だ。
「でもあいにく当時の俺にはそういう心底惚れた女って言うのがいなくてさ……。あぁ、もちろん恋人は欲しいと思っていたけどそういう出会いがなかったって言うかな?」
「いやそれだけイゴウが戦線で頑張ってたって事だろ?」
隣にいた宇豪がフォローを入れる。
「ありがとよ。そんな俺だったが、ある日突然来たわけだ。女神と出会いの瞬間ってやつが!」
「女神とはまた……」
「……うるさいな。しょうがないだろ? 所謂一目惚れって奴だったんだから」
「一目惚れ……あるんだ実際」
漫画やアニメなどの世界では見かけるが、そんな経験をした人間は自分だけでなく現実の世界にいた知り合いからも聞いたことがない吾郷にはまるで想像ができない。
「あぁ。良く雷に撃たれたような衝撃っていうけど、比喩でもなんでもなくて本当に呼吸と心臓が止まるかもっていうあの感覚は今でもはっきり覚えているよ」
「へぇ、正直うらやましいな……。俺もそんな体験してみたいもんだよ。この年で言うのも何だけどさ」
「……で、お前の女神様ってのはどんな人だったんだ? 俺も初めて聞いたぞ?」
宇豪が続きを促す。
やはりこう言った青臭い話というのは気になるものだ。
「ソ連の方から赴任してきた上官なんだけど凄腕の衛士でさ。淡いブロンドの髪に、こうスラッと背が高い綺麗な人でよ。氷の刃みたいに冷たく鋭い雰囲気を常に放っていてBETAを容赦なく切り裂き、部下にはもっと容赦ない訓練を与える……。いつも無表情でいることから『鉄仮面』というあだ名で呼ばれてたなぁ」
「……それ、女神じゃなくって魔王の間違いじゃないか?」
「るっせ! 俺にとっては女神だったんだよ」
「あ~そう……なのか? ……悪かった……なぁ?」
人の好みは色々ある。吾郷は想い人を馬鹿にするような発言をしてしまったことに対して頭を下げた。
確かに漫画やアニメの世界でそういった女性キャラは存在する。
あれだ……冷たい仮面の下に垣間見える素の表情にギャップ萌えとか、俺が彼女を笑顔に変えて見せるぜ! とかそんな感じの男心をくすぐる中々に人気の高いタイプのキャラクターだ。
それがマブラヴでとなればさぞ美人であったに違いない。
「それで? お前はどうしたんだ?」
宇豪も続きを催促する。
「そりゃあもちろんアピールしたよ! 基地に戻った時は食事に誘ったり、実技訓練の時とかも彼女に良いところ見せたかったから普段の訓練にも何倍も力を入れてさ。おかげでこれでも衛士の中では結構な実力だったんだぜ?」
「へぇ! 何だよ何だよ! やるじゃん! 素直にすごいと思うよそれは!」
そのひた向きな姿勢に吾郷は感心する。
自分は正直今まで惚れた女のために……といった理由でがんばったためしは無い。
一体どんな心境なのか吾郷には想像もつかなく、またちょっとうらやましい。
「ありがとうよ。まぁ鉄仮面なんてあだ名が付いている通り、彼女のガードは硬くてな。アピールしても中々乗ってくれなかったわけだ」
「そうか……」
その言葉を聞いて吾郷は気分が暗くなる。それだけ頑張っても相手が心を開いてくれなかったら自分ならどうなのだろうか?
自分なら諦めるのだろうか? いや、しかし諦めきれないほど惚れてしまったならば、やはりアピールし続けるのだろうか?
「そして彼女にアピールして1年と半年! ついに俺にもチャンスが来たわけだ!」
「お! そうなのか?」
「あぁ! 俺の努力が身を結んだのか、食事の誘いに彼女がOKしてくれてさ!」
「おぉ! キターー! 何だよ何だよ! それでどうなったんだよ!」
吾郷も思わず身を乗り出して続きを促す。
「その時の俺の心境といったら正に天にも昇る気持ちってやつでさ! 分かるか?」
OKを貰った時の事を思い出したのだろう。
黒人の看守は本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。
だが、次の瞬間にひとつ大きなため息を吐き、とたんにその顔を曇らせる。
「そんな時……あいつが現れたんだ…………」
「あいつ? BETAか?」
「違う! 食事の約束をしたその日の午後、忘れもしないやたらと暑いあの日……1人の衛士が新しく入ってきてな」
拳をブルブル震わせ奥歯をかみ締めるその表情から本当に辛そうな様子が伺える。
「俺よりも年下の、男としては背の低い……大体160cmくらいだったかな? 顔も女みたいな奴でさ。正直俺も一瞬男か女か分からんかった。……で、着任の挨拶の時あいつは笑って彼女にこう言ったんだ「よろしくお願いします! 大尉殿!(ニコッ)」って」
「………………まさか」
「あぁ、次の瞬間彼女は顔を真っ赤にして「はうっ///(ポッ)」って言ってな。鉄の仮面が砕けた瞬間だった……そのあと当然食事はキャンセルになってそれから3ヵ月後、彼女は妊娠して軍を辞めていきましたとさ」
「「…………酷すぎる(´・ω・`)」」
あまりに悲しい過去を聞いて吾郷と宇豪が涙する。
やはりマブラヴ・オルタネイティヴの世界というのは色んな意味で残酷な世界なのだろうか?
自分のこれまでの努力の全てがイケメンの固有スキル『ニコポ』で吹き飛ばされた時の心境を想像すると涙を禁じえない。
「まぁ、そんな感じでふられた情けない男がここにいるって訳さ」
「いや情けなくはないだろう!!」
「あぁ! 男の視点から言わせてもらうとお前の方がよっぽどいい男さ!」
自嘲気味に笑うイゴウに吾郷と宇豪が立ち上がって力説する。
特に吾郷からすればイゴウの事を否定することなど断じてできない。
女性にアピールをしたことすらないヘタレな自分からすれば、イゴウの行動は眩しく見えるくらいだ。
彼の行動に比べたら自分の『美女は生かすイケメン殺す作戦』は何とくだらないことか!
いやまぁ何と比べてもくだらない作戦であることには違いはないのだが……。
「うおぉぉぉぉッ! そう言ってくれるのはお前たちだけだ!」
感極まったのかイゴウが大声を上げる。
「よしでは次! せっかくだから俺の話も聞いてくれ!」
今度は宇豪が手を上げる。
どうやら彼にも失恋経験があるらしい。
このまま勢いに乗ってスッキリさせたいのだろう。
「お、おう! 何? 聞かせてよ」
「あぁ、あれは6年前のこと……」
昔を懐かしむように天井を見上げる男の表情は何とも言えない複雑な感情が見て取れた。
「その頃は喀什のBETAが本格的な東進をしていた時期で大陸の東部は激戦区でさ。日本の立場としてもBETAの危機が近いうちにやってくると予想できていたから、次々と軍を大陸に派遣していたんだ。……俺もその中の派遣軍の1人でさ」
「あぁ確かにそうだったな」
イゴウが宇豪の言葉に頷く。
「ちょうど日本でも女性の徴兵制度が見直されて、未婚の18歳以上の女性も戦地に駆り出される時代に入ったわけだけど……」
「………………へぇ」
なるほどそんな事があったのかと吾郷はこの世界の歴史に詳しくないのでとりあえず黙って聞いていた。
吾郷はマブラヴに嵌ってはいたが原作以外の知識は皆無なのである。
「あの時は悔しかったなぁ。女まで戦地に活かせざるを得なくさせちまったことが。……俺たち男がもっとがんばってたら。とかそんな事を思っていたもんだ」
当時の日本でもやはり宇豪のような考えを持つ男はたくさんいたのだろう。
だがそうでもしなければ戦線を維持できなかった現状を考えると、この決断は本当に苦渋の選択だったのだと予想ができる。
「女性の中でも色々いてさ。男勝りに、自分だってBETAと戦えるって息巻いてた奴もいたけど、ほとんどの女は初めて向かわなくてはいけない戦場に不安の色を隠せない様子だったよ。……その中で俺はある女衛士と知り合ったわけでさ」
「なるほど。その女衛士がお前の惚れた相手と言うわけか?」
「あぁ、あいにく俺の場合は一目惚れじゃなかったけどな。年は俺より6歳若くってまだ衛士になり立てでね。背も女の中でも小柄のほうだったと思う。それも相まってか右も左も分からないって感じの様子が危なっかしくってさ、まぁだから俺が面倒を見てやろうと思ったわけ」
「へぇ……お兄ちゃんだな」
吾郷が茶化す。
話を聞くとその女性は何となく子供っぽい印象を受ける。
所謂ロリキャラ……? マブラヴで言うところの珠瀬壬姫のような感じではなかろうか?
きっと例によって例のごとくマブラヴの世界の人間なんだからすごく可愛かったに違いない。
「ハハッ。まぁ俺には昔妹がいたからな。もしかしたら無意識の内に重ねていたのかもしれないな」
「昔……?」
「病でな……俺が14歳の時に……」
「悪い…………」
ちょっと無神経なことを言ってしまったかと吾郷は頭を下げる。
「いや良いさ。この御時世じゃそんなに珍しいことじゃないし」
逆にこちらに気を使うように宇豪は手を横に振り話を続ける。
「あいつに惚れたのはいつの頃だったのかな……? 正直言うと何が切っ掛けってわけじゃなくって本当に気が付いたらって感じだったな。最初はまだまだ半人前で基地の演習でも良く味方の足を引っ張っていて、その度に落ち込んでいたから励ましていたもんだ」
「なるほど……優しいじゃないか」
確かに半人前という立場は辛いものだ。
吾郷も新入社員の時に苦労した事を良く覚えている。
最も自分の場合は職場の先輩に何の説明もなく「これやっといて」と言われて放置されて、その後「使えないなお前ッ!」というありがたい罵声を浴びせられていたが。
「あいつも俺を頼ってくれてさ。こうして振り返ってみるとあの時はいつも一緒にいた気がするよ」
「何だよ完全に脈ありじゃないかそれ?」
「というより半分もう付き合っているって言えるんじゃないか?」
吾郷もイゴウも話を聞いてどうしてこいつが振られたのだろうと疑問に思う。
喧嘩でもしたのだろうか?
しかしよっぽどの大喧嘩でもない限り、縁が切れるとは思えなかった。
「はは……俺も当時そんな風に思っていたんだけどなぁ。……で、ある日あいつが重たい書類を山ほど抱えていてヨロヨロ歩いていたから。まぁ例によって手伝ってやったわけだ」
「うんうん」
「俺が代わりに書類を全部もってやって一緒に上官の部屋まで歩いていたときに、バッタリとある男と鉢合わせしてさ」
「ある男……?」
吾郷は眉をしかめる。
何故だかとてつもなく嫌な予感がした。
「あぁ、そいつは新しく赴任してきた凄腕という噂の衛士でよ。並んで歩いてる俺のほうには声も掛けずに、「大尉の部屋に何か用?」って感じであいつの方に声を掛けてきてさ。まぁあいつも「……はい。頼まれた書類をお持ちしましたので見ていただきたいと」ってな感じで受け答えていたわけだ」
「……その後どうなったの?」
「そしたらあの野郎はいきなり初対面の女に対して頭撫でてこう言ったんだ「そっか、がんばってよ(ナデナデ)」。……次の瞬間彼女は顔を真っ赤にして「はうっ///(ポッ)」って言ってさ。それから3ヵ月後、あいつは妊娠して軍を辞めていきましたとさ」
「「…………酷すぎる(´・ω・`)」」
あまりに悲しい過去を聞いて吾郷とイゴウが涙する。
やはりマブラヴ・オルタネイティヴの世界というのは色んな意味で残酷な世界なのだろうか?
自分のこれまでの努力の全てがイケメンの固有スキル『ナデポ』で吹き飛ばされた時の心境を想像すると涙を禁じえない。
「まぁ、そんな感じでふられた情けない男がここにいるって訳さ」
「いやお前は情けなくない!! 断じて情けなくなんかないぞ!」
「そうさお前はがんばった! だいたいなんだそのイケメンの行動は! もし俺が初対面の女の頭撫でたら変質者と思われるぞ!!」
「うおぉぉぉぉッ! そう言ってくれるのはお前たちだけだ!」
宇豪が感極まったのか大声を上げる。
吾郷はニコポナデポで想い人を寝取られた2人が可哀想になってきた。
それと同時に嫌な予感がした。
もしかしたら『モテない』という設定が付属された男は何をやってもモテないという法則がマブラヴの世界ではあるのではないか?
たまに漫画とかでいるじゃないか。女性にアプローチしまくって振られることでキャラクターを保つギャグキャラという奴が。
そしてそれは自分にも適用されるのではないか……?
既にモテモテイケメンの恋愛原子核である白銀武に遭遇してしまっている自分は、今後武と比較されるようなポジションに着くのでは?
もしそうだとしたら……。
「シャレにならん」
自分が惚れた女がとことん寝取られる……そんな展開がある気がしてならない吾郷であった。
◆
モテない男同士の友情を育んだ後の深夜の営倉。
時計の針は1時を回りイゴウも宇豪も自分の部屋に帰っていった。
1人きりになった吾郷は考える。
モテない男は何をやっても駄目……。
キャラクターとしての圧倒的な格差。
イゴウ、宇豪の昔話を聞いて、吾郷はますます人類に協力していきたいと言う気持ちが消え失せてしまった。
「くそぉ……どうやったら戦わないで済むかなぁ……」
後2ヶ月ちょっと、2ヶ月ちょっとであ号標的が破壊されるのだ。
あ号標的が破壊された瞬間元の世界に帰れる可能性がある吾郷としては、その間は何としてでも戦いたくない。
PXに就職させてもらえるのが自分としてはベストなのだが、あの香月夕呼が許してくれるだろうか?
「だいたいこっちは戦いの素人だって言うのに……」
そう呟いた瞬間、ある策が吾郷の頭をよぎった。
「……ん? いや待てよ? ……もしかしたらこれは上手くいくんじゃないか?」
吾郷はハッとしたように腕を組み思考を巡らす。
そう、自分は戦いの素人。
よくよく考えればいきなり正規兵にされる事はないはずだ。
順当に考えれば訓練兵、そして総合戦闘技術評価演習をクリアした後に衛士になるだろう。
ならば……。
「落ちればいいんじゃないか総合戦闘技術評価演習に……」
確か原作でも207B分隊は1度その試験に落ちている。
そして再試験を受ける半年の間訓練兵になることを余儀なくされたのだ。
そう半年!
2ヶ月の期間を十分クリアできるではないか!
正に妙案! 起死回生の一手!
「いける……いけるぞ!」
自分は戦わなくて済む!!
目の前にできた光明に思わず拳をグッと握り締める。
試験開始1秒で即効ギブアップ宣言して……。
「いやいやそれは不味い。落ち着け自分」
慌ててはいけない。
美味しい儲け話があったからといって直ぐに飛びついてはいけない。
それが後で手痛い損害として帰ってくる場合があることを吾郷は社会経験上知っている。
こういう時は1度冷静になる必要がある。
同じ試験を受けるであろうチームメイトから袋叩きにされるような最低な作戦を吾郷はいったん振り払う。
チームメイトの事はどうでもいい(←最低な男)。
そんな事をしたら衛士になる意思はないとみなされて歩兵、もしくは戦車隊などに飛ばされる可能性がある。
そうしたら戦場。
BETA蠢く地獄行き確定である。
「ぐわッ! それはいかん! 最悪だ!!」
吾郷は頭を抱える。
だが方向性自体は間違っていない。
つまりは総合戦闘技術評価演習を一生懸命受ける『フリ』をすればいいのだ。
と、なれば時間切れのタイムアップで不合格になるのが一番望ましい。
それにあの試験は自分1人が不合格になってもチーム全員が連帯責任で不合格になるというシステムではなかったはず。
つまりは誰にも迷惑をかけなくて済む。
これが一番堅実な作戦ではないだろうか?
「いける……いけるぞ! うん! よしっ! 完璧だ!!」
「何が完璧なのかしら? あ号標的さん?」
「ぎゃああああああああッ!!!!」
ガッツポーズして立ち上がった吾郷の目の前には不適な笑みを浮かべたこの基地の副司令、香月夕呼が立っていた……。
あとがき
色々やってしまった気がしないでもない(汗
◆短すぎるオリキャラ紹介
イーゴウ・エイムズ:吾郷の友人。30歳。昔想い人をイケメンにニコポでNTRされた経験をもつ。イメージはマブラヴ・オルタネイティヴの門番(黒人の方)
宇豪周一:吾郷の友人。30歳。昔想い人をイケメンにナデポでNTRされた経験をもつ。イメージはマブラヴ・オルタネイティヴの門番(日本人の方)