第2話 Muv-Luv Alternative モテない男の嘆きを聞け!!
毎日毎日、BETAに穴を掘らせることだけがオレの仕事だ。
穴を掘れば、それだけハイヴが広がる。オレは喜んで、BETAに反応炉のステーキを食わせてやる。
ステーキのために掘らせるのかって?……それも違うよ。
あっ、すいませんちょっと現実逃避してました。
この世界で全人類における今1番ぶっ殺したい奴ランキングでダントツ1位に輝いてる『あ号標的』です。
正確に言えば『あ号標的』に憑依してしまった人間です。以後お見知りおきください。
チ○コの形してますがどうか嫌わないでください。
いやホントに……。
つーか全く持って身動きできないこの状況ははっきり言ってつまらない。
オマケに毎日毎日BETAと顔合わせなんかしたくないって話だよ。
全くもって最悪だ。
あ~~そう言えば自己紹介というか自分の名前を紹介してなかったかな。
『常に目標を定めて、これを為せ』と言う願いを込められて付けられたオレの名前は標為(ひょうい)、苗字は吾郷(あごう)でフルネームは吾郷 標為(あごう ひょうい)だ。
……ちくしょう名前だ! 絶対名前が悪かったんだ!
せめて白銀 標為だったらいやそれは贅沢か……もういっそTSでも構いません!!
御剣 標為でも社 標為でも神宮司 標為でも何でも良いからせめて人間に生まれたかった!
そうすりゃ心は男、体は女として一生同性愛者もしくは独身を貫いて生きていきます!!
えッ? 女として白銀武のチ○コを受け入れないのかって?
ヤダよ。気持ち悪い。マジで死ぬ。
いやむしろ殺す。
オレは女性が好きな健全な男子ですから!
『……存在から上位存在に情報№875347891を転送。……存在に危険をもたらす重大災害への対処方法を要求』
ちょっと自分の世界に入ってたオレを現実に引き戻したのはBETAの中で最も優秀な重光線級ことマグヌス・ルクスだ。
でっかい体に1つだけ設けられたレーザー照射器官。
こいつらは資源打ち出しや岩盤溶解作業をせっせと効率良く行ってくれるため非常に使い勝手が良い。
そのかわり他の存在より反応炉のエネルギーを与えなくてはいけない高給取りなんだけどね。
って違う違う!! 人類にとって最もやっかいな敵の間違いだ。
……いかんな思考パターンが『あ号標的』と同じになってきている気がしないでもない。
フム、どれどれ?
オレはマグヌス・ルクスから受け取った情報に目を通す。
オレのいる場所はオリジナルハイヴだがマグヌス・ルクスが情報を送って来た場所はボパールハイヴだ。
まぁ反応炉というパソコンを使ってメールのやりとりをしていると考えてくれれば良い。
オレはBETAの中でも上位の存在、『あ号標的』だから当然ながらBETAとコミュニケーションを取る事ができるのだ。
『重大災害……認識。対処方法……検討。……上位の存在による対処案№875347892を作成。……重大災害への有効性を要確認。……上位の存在から存在へ情報を転送する』
あぁッ! BETAの言語(?)を人間の言葉に訳しづらい!!
次からはもっと噛み砕いた言いまわしにするか?
今のやりとりは分かりやすく言うと、人間が私達に攻撃してきました。その中で厄介な陽動作戦がありました。どうしたら良いですか?
そんな問いに対して、その陽動には乗らないようにしてください。有効かどうかボパールハイヴで数日間検討してみてください。
と……まぁこんな感じだ。
本当ならもっと高度な指示を与えればいいんだろうけどさ、BETAって馬鹿だからあまり難しい指示すると知恵熱おこすわけよ。
こんな内容の問い合わせが全世界20を超えるハイヴから毎日1000件、他の内容も含めると何万件近くオレの所に来るのは勘弁してほしい。
まぁBETA由来のメインコンピューターである『あ号標的』の処理能力をもってすれば、こんなもの同時並行で一気にこなせるから良いんだけどさ。
……そういえば元人間であるオレがBETAに人類に対して不利な指示を与えている事に対して疑問を思う人がいるかもしれないな。
元人間なんだからBETAにとっとと地球撤退、ついでに月と火星からも撤退するように指示しろよと思われるかもしれないが、そうは問屋がおろさない。
何故ならオレは『あ号標的』だからだ。
オレ……って言うかBETA全ての最上命令は資源を回収して母星に送ること、これに尽きる。
例え台風が来ようが雷が落ちようが、36mmの劣化ウラン弾の雨が降り注ごうが資源を回収し続けないければならない。
生命のいる星では資源回収は禁止されてるんだけどさ。
創造主の馬鹿が珪素生命体以外は宇宙に命なんてありえねぇ、なんてプログラムをオレ達に植え付けちゃったもんだから人類を生命体として認識できないわけよ。
これはもう本当にどうしようもない。
努力とか根性とかそれでどうこうできる話じゃない。
分かりやすい例を上げてみようか?
例えば『魚に転生した人間』がいたとしよう。
じゃあ『その元人間の魚』は地上で生活できますか? って考えたら無理でしょ?
それと同じで、出来ない物は出来ない。
いやオレだって一応は努力はしたんだよ?
BETAに人間は生命体だって説明したんだけどさ。
あいつら創造主が白というものはカラスでも白という存在だからマジで。
かく言うオレも地球から撤退しようとする命令を出そうとしたんだけど、何故かオレの中のDNA……いや創造主のクソッタレが埋め込んだプログラムか? それが邪魔をして撤退命令出せないようにするのよ。
まぁつまりオレには『あ号標的』として適切な命令しかBETAに出せないようになっているわけだ。
この制限は正直厄介だ。
BETAに意味もなく自殺しろとも言えないわけである。統率者として。
そういうわけですまんな人類。
オレは君達を救ってあげる事はできそうもない。
というかこの世界の人類からはますます敵視されていっているのだがどうしよう?
いや、どうしようもクソもないけどさ。
だがこれでも可能な限り人間に有利な事もしてたりするのよ?
例えば原作でBETAが純夏にやってた人体実験とかのアレ……。
アレは全面的に中止させた。
自分の中での道徳としてってのもあるが、考えてみて欲しい。
毎日送られてくる人体実験のグロ画像を見続けなくちゃいけないこっちの立場ってもんを。
BETAが純夏にやっていた事なんて実際は氷山の一角にすぎなかったって訳だ。
実際に行われていたBETAの人体実験の内容はアレをはるかに超えていた。
あぁ気分悪いッ!!
思い出したらムカムカしてきた。
ハァ……とオレは心の中で溜息を吐く。
『……存在から上位の存在に報告。……依頼の情報№875348003を転送』
っと、またBETAがオレに情報を送ってきた。
オレの頭の中でこの世界の人間生活の様子が映しだされる。
おぉ来た来た。これが今のオレの唯一の楽しみだったりする。
えッ? これは何かって?
これはまぁ平たく言うと人間観察ってやつです。人間としてずっと生きてきたオレにとってやっぱりずっと穴倉生活って言うのは辛いんだよね。
で……見つけた娯楽がこれ。
外のBETAが持ってきた人間の生活の様子を眺める事なのである。
ちなみにこの情報を持ってこさせるためにオレは新たなBETAを生み出した。
名前を付けるなら『植物級』って感じかな?
種みたいな物を他のBETAに地面に埋めさせて、そこからニョキニョキと高さ10Kmくらいに育つ。
その先端の所にカメラのようなレンズ器官をもうけて、そこから映像と音声をキャッチするのである。
ちなみにこのレンズ器官は光線級の照射器官を応用して作った。
光線級は地平線から顔を覗かせた瞬間、正確無比にレーザーで目標物を打ち落とす狙撃能力を持つ。
それを応用したのだ。
BETAは視覚や聴覚に頼らないが、その気になればそれを持ったBETAを作り出す事なんてオレにとっては造作もない事だ。
あとはその情報を人間で言うBETAにとっての視覚や聴覚のような物に変換すればちょっとした映画鑑賞のような感じで楽しむことが出来るのである。
まぁそんな感じで人間の生活の場面を見る事で人間の時の記憶を忘れないようにしているという訳だ。
あぁ…………。オレ自身を改造できれば人間の五感を取り戻して色んな事ができるのにねぇ。
そう。他のBETAと違ってオレは進化する事ができない。
ほら『あ号標的』って人間でいう脳。機械でいうとメインコンピューターだから改造するって事は難しいらしいのだ。
まぁその辺はいいや。
さてさて、今日の映像は何かな?
受け取った情報から読み取れる映像は食事の風景。
これはどこかの基地のPXの様子だろうか?
所狭しと満席状態の食堂には軍服を着た人間達で溢れかえっている。
お盆にのっているのはテンコ盛りの白いご飯、湯気を立てた味噌汁。
きつい訓練に耐えられるように配慮されたカロリーたっぷりの豚肉の生姜焼き。
どれもこれも旨そうである。
あぁけどこの世界では合成食ってヤツを食べてるんだっけ?
不味いという噂だがとてもそうは見えない。
まぁどっちにしろ食ったことがないオレにはわからないか。
……というか腹は減らないが人間としての食事が恋しい。
ラーメン食いたいな。
近所に香ばしい煮干の匂いが効いた魚介系のラーメンを出す店によく通ったものだ。
でも今の気分だったら腹にガッツリ来る豚骨醤油味かな?
あの濃厚で複雑な味わいのスープはたまらない。
『…………ん?』
食事の映像を見ていたオレは声なき声を発する。
まただ……またこの光景だ。
人間をずっと観察していたオレは以前からある事に気付いていた。
いやね? 気付いていたんだけどあえて気付かない振りしてたのよ。
もしかしたらオレの勘違いかもしれないし。
だが……やっぱりそうなのか?
オレの視界にうつる映像は一見するとごくごく普通の、とある1組の食事風景。
サングラスを掛けた男性が1人に他の4人は全員女性。
会話の内容も訓練が疲れただとか、誰々の戦術機の機動が大分上手くなっただとか、とりわけ軍の中では珍しくない物だ。
だがオレにはわかる! BETAのトップであり人智を超えた『あ号標的』の観察力を持っているオレには!!
4人の女……あれは絶対目の前の男に恋をしている!!
口元のわずかな綻びや手の動きその他諸々から来る一挙一動が全て恋する女性のそれだ!!
しかも全員かわいい……。
だが別にこれは今回だけの話ではなく、世界中いたる所で行われている。
そしてこれにはもう1つある絶対的な法則があるようだ。
例えばここに男が5人、女が10人いたとしよう。
この場合女性は5人の男に均等に2人ずつ惚れるという事にはならない。
だいたい1人の男性もしくは2人の男性に集中して女が持っていかれるという現象がおきるのだ。
この世界の人類はBETAと戦っているためまず真っ先に男が徴兵の対象となった。
そのため男性の数は女性の数に比べて圧倒的に少ない。
だが、だからと言って所謂『モテない男』がモテるようになったという事はない。
わかりやすく……はっきり言うと。
モテる男は超絶なまでにモテるようになったが、モテない男は現状モテないままである。
付け加えて言っておくとこの世界の女性の美人率は異常なまでに高い。
当然だ。だってマブラヴの世界なんだもん。
つまりアレですか? ハーレム……ハーレムですか? ハーレムなんですか?
むぐぐぐッ……!
うがああぁぁーーーー!! なんてこった! ちくしょう!
オレは世界でもっとも女性から嫌われてる存在『あ号標的』……。
かたやモテキャラ……モテ男……イケメン……?
呼び名なんぞどうでもいいが奴らはハーレムを形成している……。
なるほどねぇ……。
これが『陰』に生まれたついた存在の『陽』のに対する嫉妬心と言うわけか……。
……フフッ!
……アハハハッ!!
……アーーハッハッハッハッ!!!!
なんか……オレの心の中で切れた音が聞こえた気がする。
『上位の存在より他の全存在に告ぐ。……既存の重大的災害駆除の内容を変更。以下の新たな情報を転送する』
オレは『あ号標的』として全BETAに新たな命令を下す。
確かにオレには『あ号標的』としてしか行動できないという制限がある。
それ故に全人類を……正確には違うが攻撃するなという命令をBETAに下すことは出来ない。
だが攻撃する優先順位を変え、またその1部を攻撃対象から外す事くらいは出来るのだ。
今までは人を乗せたコンピューター、つまりは戦術機が最も高い優先順位だったが、オレと言う人間が憑依した今、『あ号標的』として下す命令は自然とこうなる。
災害における最重要駆除対象……『イケメン』
災害における駆除対象外……『美女、美少女(幼女)』
イケメンを優先的に攻撃して美女達は生かす。
これでモテない男達にもチャンスが行くはずッ!!
何てこった。今初めて気付いた。
どうやらオレはイケメンの敵であり、彼らを駆逐するためにマブラヴの世界にやって来たようだ。
きっと何億人と言うモテない男共の怨念がオレを因果導体にしてしまったのだろう。
何だそうか! そういう事だったのか!
よし任せろ! お前達の無念はオレが引き継いだ!
この大いなる野望を成功させるための祝勝祈願として何かピッタリな台詞はないものか?
えぇと……アレだ!!
『そして僕は新世界の神となる』
うん! これでよしッ! 完璧だ!!