新章6話 モテない男とモテる男の再会
「う~~、寒いッ!! くそっ、変な時間に目が覚めちゃったな……」
夢を見た気がする……。
とても重要な夢だった気がする……。
どんな内容だったかまるで思い出せないが、それが気になった吾郷は不思議と二度寝することが出来ず基地内をうろついていた。
太陽がまだ東の地平線から顔を出さない時間帯。
体をさすっても気休めにもならない寒さは骨の髄を凍らせるようだ。
日が昇ればもう少し暖かくなるのだろうが、これが10月の気温とはとても信じられない。
10月といえばちょうど秋真っ盛りの時期。
暑すぎず寒すぎずで過ごしやすい季節のはずである。
だがこの世界では秋は終わりを告げ、冬が始まろうとしていた。
BETAにより平らにされてしまったユーラシア大陸では、本来冬に発生するシベリア気団がこの時期にもう形成され、それが日本海を渡り凍てついた空気を横浜基地まで運んでくるのである。
武が元いた世界では通称地獄坂と呼ばれた英霊が眠る桜並木を北風が駆け上り、窓ガラスを乱暴に揺らす。
その音が現実世界の自分の世界とは違うものだと吾郷に自覚させる。
揺れる窓ガラスにそっと吾郷は手を触れてみる。
「うおっ……。こりゃ外はもっと寒そうだな」
風が強ければ体感温度はさらに低く感じることだろう。
外からは薄暗い演習所で規律の取れた掛け声と駆け足の音が聞こえてくる。
どうやら横浜基地の兵士たちが演習場のトラックをジョギングしているらしい。
走っている人数はそれほど多くない。
恐らく自主トレをしているのだろう。
こんなに朝早くから大変だ。
きっと現実世界の自分の国でも、自衛隊の人たちは毎日厳しい訓練をしているに違いない。
自衛隊の皆さんいつもご苦労様です。と心の中で頭を下げながら吾郷は廊下を歩いていく。
「ふぁ~~あ、さてさてPXはどこかな?」
欠伸を噛み殺しながら、起きていてもすることがない吾郷はPXを目指していた。
所々明かりのついた部屋はあるようだが廊下はまだ真っ暗で人通りも少ない。恐らくまだ開店時間には早いだろうと思うが歩を進める。
「ん~~、見つからんなぁ」
だがPXへの行き方が分からない事に吾郷は先ほどから歩いているものの、それらしい場所にたどり着けないでいた。
PXであったかいお茶でも貰ってから便所にいってもう1度寝ようかと思ったが吾郷は諦めて自分の部屋に戻ることにした。
「…………ん?」
ふと自分が進む方角から、どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。
いったい誰だろうと吾郷は頭の中で候補者を思い浮かべたが、見た方が早いだろうと足早に声のする方角へと向かう。
「……あッ!! あれは!!」
廊下の角を右に曲がった所でその人物を見ることができ、吾郷は思わず大声を上げそうになってしまったが慌てて口を押さえる。
「まりもちゃん! ……まりもちゃんじゃないか!!」
小声だが興奮を隠しきれない様子で吾郷はその人物の名前を呼ぶ。
声に聞き覚えのあるのは当然だ。
マブラヴの中での登場人物である彼女こそ武たちの恩師こと、神宮司まりも軍曹その人であった。
「しかし素晴らしい集中力ですね。少佐」
どうやらもう1人まりも以外に人がいるようだが光の加減で影になっているため、姿を視認することは出来ない。
一体誰だと疑問に思う吾郷であったがすぐさま意識はまりもの方に向き、もう1人の方は意識から除外する。
「……しっかし可愛い人だよなまりもちゃんって」
マブラヴの世界ではまりもはよく男に振られ続けているらしいが、吾郷からすれば信じられない。
フワフワした柔らかそうな髪に、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるプロポーション。
十分に美人に分類であろう顔立ちに加え、ころころ笑うその表情は彼女のやさしさがにじみ出ている気がする。
「付け加えてまりもちゃんって、彼氏に弁当とかかいがいしく作るタイプだって香月さんが言ってたよな」
あれはどの辺だったろうか?
マブラヴのエクストラで料理対決前あたりに夕呼がそんなことを言ってた気がする。
彼女の手作り弁当とは何と甘美な響きだろう!?
まさに男の夢と言えよう。
現実世界でも弁当を作ってくれる女性はもちろんいるが、逆に言うと作ってくれない女性も確かに存在する。
吾郷は思い出す。
新婚ホヤホヤの同僚の昼飯が毎日コンビニのおにぎりだった事を!!
世知辛い平成の世の中を知っている吾郷としては美人で優しくって家庭的……まさにまりもちゃんは男が嫁さんにしたいタイプの女性だろうと真剣に思う。
酒癖が悪くて飲むと絡んでくるところがあるらしいが、それくらい吾郷に限らずマブラヴプレイヤーの男性諸君ならむしろウエルカムのはずだ。
「こ、これはもしかしてまりもちゃんと知り合いになれるチャンスじゃないか?」
幸運にも営倉から出れた翌日にマブラヴの原作キャラに出会う事が出来たのだ。
ここで声を掛けない手はない。
……だが!!
「一体どうやって声を掛ければいいんだろう?」
女性をデートに誘ったこともない吾郷はそれができない男だった。
何の用もないのに声を掛けたら変な奴と思われないか?
どうする? おはようございますの挨拶程度では絶対知り合いになる事なんて出来ないぞ?
などといつものような駄目思考におちいる。
これが白銀武ならごくごく自然に声を掛ける事ができ、ついでにフラグも立てることが出来るのだろう。
「そうだ!! ……PXへの行き方を教えてもらうついでに食事でも」
悪くない発想を思いついた吾郷だったがここでふと窓に映った自分の顔を見る。
「う……、ハハッ……ハ」
吾郷は髪の毛を掻き、窓ガラスに映る自分の顔を見て苦笑した。
「こりゃあ無理だな……。いかにも不景気でございますって感じがプンプンって漂ってるもんなぁ」
目の下に隈ができた疲れた表情。
おまけに30歳という年で既に白髪が混じっている。
ブラック企業での激務の日々……。
元の現実世界で会社の仕事が辛くてこうなったのだ。
こんな自分がヒロイン達と出会ってもきっとフラグなんて立たないだろうと吾郷は自嘲気味に笑う。
「どうしようかな? 諦めるか?」
ここで今までの人生どおり180度方向転換して、元来た道を戻ればどれだけ楽だろうか。
「だが……諦めるのか吾郷標為」
吾郷は自分自身に言い聞かせた。
自分は1回どころか2回も死んでいる。
2回死んで生まれ変わって、また女性と縁のない人生を送るつもりなのかと自分の心の中の奥底に眠る本心が奮い立たせる。
マブラヴファンの吾郷としては当然の事ながら女性キャラと仲良くしたいのである。
だが1つ気になる点がある。
前回営倉で吾郷は社霞を初めて見たときPTSD(心的外傷後のストレス障害)を発生させてしまった。
また同じような発作を神宮司まりもの前でも起こしてしまったら……?
「いや!! 大丈夫!! 大丈夫のはずだ!!」
自己分析するところ、自分は女性恐怖症になったわけではない。
そうだとしたら香月夕呼と出会った時点で同様の発作を起こしていたはずだからだ。
恐らくあ号標的だった前の世界で、自分を殺した人間、『鑑純夏』『御剣冥夜』『社霞』の3人に対して発作が出てしまうのだろう。
マブラヴの中で人気ランキングベスト3に入っていてもおかしくないヒロインにPTSDって酷すぎないか? と自分の運の無さを激しく呪う吾郷であった。
だが、こうしてPTSDだのなんだのと理由をくっ付けているのは何のことはない。
要するに逃げる言い訳をしたいだけなのである。
そんな事では絶対にマブラヴの女性キャラ達とフラグを立てることはおろか、知り合いになる事すらもできまい。
「……よし!! 行くか!!」
それでは駄目だと意を決して吾郷はまりもに1歩近づく。
ただそれだけの行為なのに汗が吹き出て血の流れが一気に速くなる。
「……フゥ、冷静に考えろオレ。ヒロイン達はどうせ白銀武に夢中になるに決まっている。恋愛原子核に勝とうなんざおこがましい話さ」
悔し紛れに吐き出す言葉は自分の本心とは真逆のものだと吾郷は気付かずまりもの方を見る。
誰に言われるまでもなく自分が一番よく分かっている。
自分に必要なのはともかく経験だと。
成功失敗は二の次だ。
ともかく女性に声を掛けるその第一歩こそが自分には必要な事なのだ。
「と、ともかくアレだ……まずはPXへの行き方を教えてもらおう」
さらに吾郷はまりもに向かって2歩近づく。
一緒に食事しようと誘うのは無理でもそれくらいはできるはずだ。
簡単な事だ。
自分はここに来たばかりで道が分からないので、すいませんが案内してもらえませんか? とかそういう風に言えばいいだけの事である。
さらに3歩・4歩と近づき吾郷とまりもの距離は直ぐそこだ。
ヘタレ吾郷30歳!! 今こそ勇気を振り絞る時!!
自分から動かなければ彼女を作る事など一生できないだろう。
普通に考えて女性の方から声を掛けてくることなんて絶対にないのだから!!
「あ、あの……!!」
「白銀少佐。よろしければ一緒に食事に行きませんか?」
「あぁ構わんぞ」
「だあぁぁぁーーー!! ちくしょうイケメンめぇ~~!!」
盛大に吾郷はヘッドスライディングをかました。
「キャッ!」
「な、なんだ~~?」
神宮司まりもと……白銀武はいきなり自分達のそばですっころんだ男に対してキョトンと間の抜けた声を上げる。
「「「………………」」」
気まずい空気が3人の間で流れる。
やがてすっころんだ吾郷は何事もなかったかのようにスクッと立ち上がり、武とまりもの方を振り向く。
「おぉっと!! いかんなぁ! 床が汚れてたので思わず体でモップがけしちゃったよ!! でもやっぱり掃除するならちゃんとした道具を持ってこないとね! そんなわけで私はこれにて失礼!」
わけの分からない言い訳をしながら吾郷は右手を振り、武たちに向けて立ち去ろうとする。
相手は突然の出来事でパニックになっているはずなので、このような言い訳も十分通用するのである。
「……ちょっと待て」
が、それが通じるのは普通の一般人での話。
対BETA戦の訓練を積んでいる衛士にはこの程度の不意打ちは通用しない。
いわんやループしまくった武をやである。
「…………な、なにか?」
ちちぃ!! 面倒くさい事になったと内心思いつつ吾郷は武のほうを向く。
「やっぱりあの時の人か……、3日前いや4日前か? 横浜基地にオレが来る途中で拾った人だな?」
「う……どーも。あの時はお世話になりました」
おかげでこっちは営倉暮らしでしたよと皮肉を続けようとしたが、吾郷はその言葉を飲み込む。
これでも30歳の社会人。
余計な一言が自分の不利益を生む事がある事を吾郷とて実体験で理解しているのだ。
「……………………」
そんな吾郷に武はだまって視線を送る。
目つき、顔つき、距離感。どうも相手は自分を警戒しているらしい。
自分に警戒しているという事は逆を言えば何か心にやましいところがあるのだろう。
今までループしてきた中でたまに現れる事のあったイレギュラーな介入者。
スーパーなBETAがこの世界で発生している原因は間違いなくこの男にあると、今までの経験に基づく勘がそう告げていた。
「少々話がある。かまわないか?」
「…………遠慮しときます」
「――――なっ!! 貴様!!」
キッパリとした拒絶の言葉に怒りの言葉をあらわにしたのは武の隣にいたまりもの方であった。
少佐である武に対して吾郷が取った行動は軍規に反するものであったからだ。
だが吾郷としてはこれは当然の反応。
ここで武と会話したら、なし崩し的に物語の中心に飛び込む事となろう。
この世界をマブラヴ・オルタネイティヴと思い込んでいる吾郷は、自分は何もしないで武たちにオリジナルハイヴを潰してもらったほうが都合が良いのである。
「いいんだ。神宮司軍曹」
「しかし白銀少佐!!」
「軍曹……」
「……はっ! 失礼いたしました」
吾郷に対して何か言おうとしたまりもが武に制される。
憮然とした表情をしつつもまりもは一歩さがり武の後ろで両手を後ろに組み、待機の姿勢をとる。
「失礼した。自分はここ、国連太平洋方面第11軍・横浜基地に所属する白銀武だ。彼女は横浜基地衛士訓練学校の教導官をされている神宮司まりも軍曹だ。すまないが貴官の所属部署と名前を教えていただけないか?」
「……吾郷標為と言います。よろしくお願いします」
「「吾郷標為!?」」
「な、なにか?」
自分の名前を聞いて驚いた様子の武とまりもに対して吾郷は目を細めて聞き返す。
「いや、すまない。何というか少々すごい名前だなと驚いただけだ」
「すごい名前……ですか?」
吾郷はわけが分からず頭に疑問符を浮かべるが、吾郷標為という名前を聞いて真っ先に武達の頭に思い浮かんだのは『あ号標的』という言葉であった。
吾郷標為、あ号に憑依、つまりはあ号標的……。
何を馬鹿な、幾らなんでもそれはあまりに突飛な話だと、目の前の男とあ号標的を重ねた事は失礼であろうと武は謝罪する。
……まぁ本当はビンゴなのだが。
「で、先ほどの続きなのだが……」
「いや、だからそれはさっき遠慮すると言ったでしょ。……と言うより君、年上に対して随分な口の聞き方じゃないか? 営業の世界で顧客に対してそんな態度とったら門前払いだよ?」
ちょっと不機嫌に吾郷は武に言う。
まぁ確かに高校生の中には目上の人間に対して口の聞き方を知らない人もいるが、武の場合はタメ口どころか自分に対してまるで上司のような口調である。
吾郷標為(30)、白銀武(17)干支が1周する以上の年の差がある人間にそんな態度を取られるのはやはり気に入らないのだ。
ちなみに武の階級が少佐という事に、ある程度の軍事知識を持っていれば違和感を覚えるだろうが、吾郷はその知識が皆無に等しいのでまるで気付かないでいた。
「軍では年の差は関係ない。階級が全て物を言う。軍とはそういうところだからな」
「ん? 軍? ……あぁそういう事か」
武の言葉を反復する吾郷は納得がいったように両の手を打つ。
「悪いけどオレは軍人じゃないんだよ。この格好は営倉にぶち込まれた時に支給された防寒着でね」
すっかり忘れていたが吾郷は今、国連軍から支給されたジャケットを上から羽織っている。
パッと見た感じ軍の関係者と見られるだろう。
しかもその服には何の階級章もついていないので下っ端と見られて当然である。
「あ~~、何だそうだったんですか。すいません。失礼しました」
「いや、オレも誤解していたようだしお互い様って事で」
武の口調がガラリと変る。
軍人、白銀武少佐のものから、年相応の白銀武(17)のものに切り替えたのだ。
香月夕呼は堅苦しい口調は意味が無いと言っていたが、武はそうではないと考えている。
何度もループして未だに納得いく未来を掴めていないのは、自分がどこかに甘えを持っているからだと武はあるループの世界で思った。
必要なのは軍人としての自分。高校生の甘ったれた自分はこのBETA大戦の世界では邪魔でしかない。
もし上手い具合に公私を簡単に切り替えられれば問題なかったのだが、武は夕呼ほど小器用な性格はしていなかったため、軍人として振舞う時は歩き方から食事のとり方、もちろん口調を含める平時での行動全てをガチガチの軍人に塗り固めて有事に備えていたのである。
「……白銀少佐//////(ポッ」
そんな武に対してまりもは頬を赤く染める。
今まで歴戦の軍人の顔をしていた武の表情が年相応のものに変ったことにより、所謂ギャップ萌えを感じたのだ。
「……白銀少佐(イラッ☆」
吾郷のこめかみに青筋が立つ。
恋愛原子核がフラグを立てた瞬間を目の当たりにして、脊髄反射的にイケメン氏ねと思ってしまったのだ。
「まぁそういう訳だからオレはこれで失礼させてもらうよ。まぁ香月博士から了承を取ったならオレの事を話しても良いから」
「誰の了承を取るって?」
「「――夕呼(先生)!?」」
「あ、香月さんおはようございます」
ちょうど良いタイミングで現れたの夕呼に武にまりも、吾郷が振り向く。
「おはよう。いやぁ見事に振られてたわね。何もしないで振られてたわね。即効振られてたわね吾郷さん」
「あごッ!!」
吾郷の頭の上に16tの重りがドスンと落ちる。
あたかもマブラヴ・エクストラ夕呼にからかわれるまりものように。
「み、見てたんでか香月さん。フ、フフ……悲しきかな、どうやらオレはギャグキャラ要員のようで何をやっても報われないらしいです」
「ギャグキャラ? あんたも白銀と同様変な言葉を使うのねぇ。まぁいいわ。白銀にまりも改めて紹介するわね。こっちは今度A-01部隊に就任する予定の吾郷標為氏よ階級は……中尉で良いかしらね?」
「「ちょ、ちょっと待ってください!!」」
同時にハモッたのは武と吾郷であった。
互いに顔を見合わせた武と吾郷であったが、吾郷は武に対して先に言いたい事をいうように促す。
「夕呼先生。すいませんがオレにもこの人の履歴を教えてはもらえませんか?」
「却下よ。白銀、あきらめなさい」
「…………!!」
二の句を告げさせない夕呼の言葉に、口を真一文字に結んだ武だがその表情はまだ諦めてはいないようであった。
吾郷としては夕呼がこういうだろうとは計算どおりで、これでとりあえず自分があ号標的だとばれずに済んだ事に胸を撫で下ろす。
だが武とて馬鹿ではない。
夕呼の言葉、それに先ほどの吾郷の自身の正体を隠す言動、逆に言い換えれば、『自分はこの世界のイレギュラー』だと告白しているのも同義である。
恐らく何か重要な情報を握っているのは間違いないのであろうが、今この時点ではこれ以上深く追求する事は不可能であろう。
今は諦める。だがその正体は必ず追求すると心に誓いながらも武は後ろに下がった。
「で? 吾郷さんの方は何が聞きたいのかしら?」
武の憮然とした表情を見ていた夕呼だったが、今度は吾郷の方を向く。
その表情には何やら笑みを浮かべている。
恐らく吾郷がこれから質問する事はとっくに予想がついているのだろう。
それを知った上で敢えて吾郷の口から言わせようとするのは彼女の性格か?
「いや、A-01部隊に配属されるって聞こえたんですが、オレの聞き間違いですよね?」
「いえ? 聞き間違いじゃなくってキッカリハッキリそう言ったわよ?」
「訓練兵ではなく?」
「訓練兵ではなくて私直属の正規部隊のA-01よ?」
「…………ド素人ですよ?」
吾郷の言葉に夕呼はニッコリと微笑む。
その笑顔は綺麗なものであったが、何やら黒いオーラが滲み出ているようで吾郷は警戒心を抱かずにはいられない。
「ちょっと来なさい」
夕呼は吾郷に近づき片手を引っ張る。
武とまりもから少し離れ、吾郷に耳を貸すように指で軽くジェスチャーをする。
武とまりもが訝しげにこちらを見ている事を気にしつつも吾郷は夕呼に言われたままに、姿勢を低くし夕呼の身長に合わせる形で屈む。
美人である夕呼の顔が近かづきドキッとしてしまうが、次の言葉に吾郷は凍りついた。
「…………逃がさないわよ?」
「そそ、それはどういう意味ですか?」
「訓練兵としてずっと戦場に出ないつもりなんでしょうが、そうはいかないんだから」
「うぐッ!!」
まさに図星を突かれて吾郷は言葉に詰まる。
営倉で閉じ込められている間に必死こいて考えた、自分が訓練兵としてノラリクラリとしている間に武たちにオリジナルハイヴをぶっ潰してもらおうという完璧な作戦が初手から狂ってしまった。
「け、けどですね……本当にオレって軍人としての訓練なんて受けたこと無いですから足手まといですよ?」
「その点は心配要らないわ。まりも、ちょっとこっちに来なさい」
武の隣にいたまりもを夕呼が手招きして呼ぶ。
上司の会話に口を挟まないよう待機していたまりもは、夕呼と吾郷の方へ歩を進め右手で敬礼する。
「はっ!! お呼びですか副司令」
「吾郷さんの教育指導はあんたに任せるわ。付け加えてまりもにもA-01部隊に少佐として所属してもらうから」
「――ッ!! はっ! 了解いたしました」
「まりも? A-01に所属したんだから堅苦しい口調は抜きにしなさいよ? 吾郷さんもまりもを外見で判断しないほうが良いわよ。彼女厳しいから」
「う……わ、わかりました。じゃあ神宮司教官……あれもう少佐ですかね? とにかくよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼む! ビシバシしごいてやるから覚悟しておけ」
口調は既に教官モード。
口元にSッ気の含んだ笑みを浮かべている。
あぁ確かこの人って『狂犬』の異名をもつ鬼教官だったっけという思い出したくも無い原作知識を思い出す。
だがまぁ大丈夫だろうと吾郷は楽観的に自分に言い聞かせた。
厳しいといってもまりもの場合は愛情のある厳しさだ。
入社当時に「これやっといて」の一言だけで仕事を渡して放置プレイに走った先輩に比べれば遥かにマシと言えるだろう。
「よし……大丈夫。耐えられるはずだ……多分」
軍人としての仕事という未知の領域に不安を覚えつつも、その不安を消し飛ばすように吾郷は小声で自分に言い聞かせる。
それが聞こえたのか、夕呼が吾郷の顔を覗きこむ。
「まぁ安心なさい。あなたの任務については他のメンバーとは違う任務をさせるつもりだから」
「はぁ、違う任務ですか?」
吾郷は原作知識をフル稼働させる。
原作でのA-01の仕事は確かBETA捕獲に、クーデター鎮圧戦、トライアルのBETA強襲防衛戦、佐渡島攻略戦、横浜基地防衛戦、そして桜花作戦だったか?
まぁそれらに参加しないで済むなら自分にとってもありがたいが、一体何をさせるつもりなのか非常に気になる。
「そ。あなたが命がけで手に入れてきた知識をわたしは無駄にする気はないからね」
「あぁ……あれですか?」
営倉で聞かれたあ号標的としての知識。
確かにすごいとは思うのだが人間の知識として変換できない吾郷にとっては微妙に価値が薄れていた存在である。
「そうよ。自信を持ちなさい」
「うわッ!!??」
吾郷が素っ頓狂な声を上げた。
夕呼が吾郷の手を両手でギュッと握り、視線を真っ直ぐに向けてきたからである。
「吾郷さん。あなたのその知識は人類にとっての切り札となるはずなんだから」
「え、ええぇ~~~?? そ、そそそうですかね?」
いきなり美人に手を握られた事により、吾郷は顔を赤くしながら空いた手で自分の髪を掻きしどろもどろになりながら答える。
「えぇ、だからわたしに力を貸してちょうだい」
「そ、そっか~~。 じゃじゃ、じゃあ……オレがんばっちゃいましょうかね~~」
完全に鼻の下を伸ばしながらやる気ゲージをマックスにさせた吾郷を見て武とまりもは「「あぁ騙されてるな。この人」」と可哀想な人間を見るような眼差しを送る。
「ところで吾郷中尉が命がけで手に入れてきた知識って何ですか?」
どさくさに紛れて吾郷の正体を探る事を諦めていなかった武が尋ねる。
「フフフ……秘密」
((……気になる))
やはりそんな事では情報を漏らす夕呼ではなかったが、その上機嫌な様子から恐らく相当な情報なのだろうと武とまりもは察しがついた。
「さて、と。吾郷さん? まだ朝食は取っていないのよね?」
「あ、は、はい……ッ!!」
他人から見て恥ずかしくなるくらいテンションが上がった吾郷に対して夕呼は満足そうに頷き言葉を続ける。
「そうちょうど良かったわ。ちょっとこれから付き合って欲しいだけど良いかしら?」
「了解です!」
ものすごい元気な返事。
これはひょっとして夕呼とフラグが立ってしまったかと吾郷は上機嫌だ。
よし! がんばろう!
打倒BETA!! 打倒あ号標的!!
今なら変な電波飛ばしてオリジナルハイヴのあ号標的を操れる気さえする。
実に悲しいくらい単純な生き物であった。
「香月さん付き合ってって事は……そそ、その一緒に朝食でもって事ですかね?」
「ううん。健康診断するから付いて来て」
そう言って手を吾郷から放し、夕呼は何も無かったようにさっさと出口に向かって歩き出した。
そのそっけない態度。
あれ? 何?
さっきまでの熱視線は何だったの?
ひょっとして……勘違い?
「ん、どうしたの? 早くきなさい」
「(´・ω・`)ワカリマシタ」
立ち尽くす吾郷の左肩を白銀武が、右肩を神宮司まりもがポンと叩く。
「……あんたは良くがんばったよ」
「……えぇ、とても勇敢だったわ」
「あぁ優しい言葉が逆に心に沁みる……」
なんだろうか?
この努力が報われない虚しい感じは。
悲しいからじゃない。
きっと吹き付ける風が秋の終わりを告げているからだ。
……と、そんな木枯らしの音がうるさかった横浜基地における明け方の話であった。
◆
さて、というわけでやってきた横浜基地の病院棟。
日本でも有数の規模を誇るのこの横浜基地には貴重な医療機器が揃えた病院が存在するのだ。
もっともその規模は現実世界の総合病院に比べたらはるかに小さい。
ひび割れた外壁には再塗装される事なく、ギリギリの強度を保っているといった感じであり清潔感より不気味さを漂わせている。
「よく来たわね夕呼。そちらが予約のあった吾郷さん?」
夕呼に引き連れられて病院の受付にてくわえタバコをした女性が立っていた。
「えぇ姉さん。こちら今度A-01に所属することになった吾郷標為さんよ。吾郷さん、こっちはわたしの姉で、ここの主治医をしている香月モトコよ」
「あ、どうもよろしく。吾郷標為といいます。香月さんのお姉さん……ですか?」
『君が望む永遠』を知らない吾郷は、マジかよ夕呼先生に姉なんていたんだ! ヒャッホー!! マブラヴの世界に来てラッキー!! などとアホな事を考えながら挨拶をする。
ちなみに香月モトコが君望で勤めている病院の名前は『欅(けやき)総合病院』だが、BETAとの戦いにより欅町は吹き飛んでおり、この世界では横浜基地内の病院に勤めているのだ。
「えぇ、こちらこそよろしく吾郷さん。今日はよろしくお願いしますね」
病院でタバコって良いのか? と思いつつ戦時中なら許されるのかと適当な理由をくっつけ自己完結しながら夕呼とモトコを見比べる。
白衣にアップした髪の色は夕呼と同じ色。
顔立ちも確かに良く似ている気がする。
ただしモトコの方が夕呼に比べると穏やかな感じがする。
それは姉だからか、もしくは医者と言う職業柄そういう雰囲気があるのか、はたまたその両方なのか。
ともかく妹は国連軍の副司令で、姉は総合病院の主治医とは優秀な姉妹である。
「あぁそうだ。姉さん、彼ちょっとPTSDの症状が見られるから良ければ健康診断のついでに見てやってね」
「ん?」
吾郷が夕呼の方を向く。
「以前言わなかったかしら? 優秀な脳外科紹介するって。姉さんの専門はソッチの方よ」
「あぁ、そういえば……」
確かにそういう約束をした記憶がある。
霞と初めて顔を合わせた直後の話だ。
「わかったわ夕呼。それと面会に行くには私も付き添うから。後ろの彼も……えぇっと白銀武君だっけ?」
「はい了解しました。……夕呼先生、面会って誰のですか? 美琴のやつですか?」
武が問う。
そう、吾郷の健康診断のついでに夕呼が武に合わせたい人間がいるからとこの病院に連れてきたのだ。
この時期に入院している人間といったら、確かラペリングの訓練で怪我をした鎧衣美琴だけのはずである。
だが美琴の見舞いなど、今までのループでも起きた事のないイベントだ。
若干の違和感を武は覚えていた。
「ま、黙ってついてきなさい」
口数少なく夕呼が武の質問に返答する。
その口ぶりからあまり言いたくない内容のようである。
「じゃあ吾郷さん。先に身長体重から測定しましょうか? 天川さん彼をよろしく」
「はい! ではでは吾郷さんこちらに付いてきてください!」
モトコに呼ばれて1人の看護士がチョコチョコとやってきた。
「あ、あぁえっと、どうもよろしくお願いします」
言って吾郷はペコリとお辞儀をする。
「天川さんは『天川 蛍』って言います。今日はどうぞよろしくお願いしますね!!」
元気があるが随分ちっちゃい看護士さんである。
彼女もまた『君が望む永遠』の登場人物だ。
「こちらこそ。じゃあちょっと行ってきます」
「がんばってね~~」
夕呼が吾郷に向かって軽く手を振る。
吾郷と蛍の姿が見えなくなったのを確認して武のほうに振り返る。
「さて、では私達も行きましょうか。姉さんよろしく」
「えぇ、白銀君も私について来て」
「あ、はい……わかりました」
夕呼とモトコは吾郷たちとは逆の方向に歩いていく。
ひたすら真っ直ぐに歩き、渡りの廊下を越えて別棟に。
そこからエレベータに乗り、押された場所は最上階。
一番端っこの一番上……そこはどこか他の病棟とは隔離されたような場所であった。
さっきまでいた受付けの場所に比べると小奇麗な雰囲気がある。
やがて立ち止まったとある病室そこの表札を武は見た。
「――――なっ!!」
武は思わず大声を上げそうになった。
ループしまくってBETA戦に慣れ、大抵のことでは驚かなくなった武であったがこの時ばかりは初陣の衛士のように足が振るえ、呼吸が乱れる。
「そ、そんな……夕呼先生……まさか、まさかここにいるのって…………」
声が震える。
涙がこぼれそうになる。
「えぇ、そうよ……紹介するわね『シロガネタケル』」
夕呼が病室のドアを開く。
個室のベットの上では1人、赤毛の少女が静かに眠っていた。
「明星作戦において横浜ハイヴ内で発見された生存者……鑑 純夏よ」
※最初投稿した時、君望の欅総合病院に行ったという話しにしていましたが、マブラヴの中で美琴が入院していた病院は横浜基地にあり、また欅町には病院はないと明言されていたのでその辺を修正しました。
申し訳ありません。