プロローグ
――ここはマブラヴ・オルタネイティヴとはまたほんのわずかに違った可能性を秘めた平行世界。
人類とBETAとの永きに渡る戦いの歴史……についてはこれといった差異は無く、1973年の中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落下して以来、BETA大戦は苛烈を極めていた。
度重なる敗戦。
蹂躙される国土。
男達は真っ先に戦場へと向かい大地に沈み、海に果て、空に散っていった。
女性までもが徴兵対象とされ戦場に駆り出される頃には世界の人口は十数億人にまで減少しており、特に男性の数の減少はより顕著であった。
人類滅亡を回避するため当然と言えば当然に世界的に認められた制度が『一夫多妻制度』。
……だがこの制度には大きな落とし穴があった。
いや誰もが気付いてはいたのだが敢えて見てみないフリをしていたのだ。
そしてそんなマブラヴの平行世界にやってきてしまった現実憑依主人公は『一夫多妻制度』などがこの世界にあるとはつゆ知らずに暴走しつづける。
現実世界では何の特徴も無いモテないこの男の暴走がまさかBETA大戦にかつて無いほどの影響を与える事になろうとは……この世界の人類は知る由も無かった。
これはそんなモテない男のモテない男によるモテない男のための『あいもゆうきもなにもないものがたり』である。
◆
第1話 Muv-Luv Alternative モテない男の愚痴を聞け!!
オレがマブラヴの世界に来てから1ヶ月の時が経った。
初めてこの世界にやって来た時の過程は正直言うと覚えていない。
きっと例によって例のごとくトラックに轢かれたか何かテンプレ乙的な事があってこの世界に来たのだと思う。
まぁ残念ながらその後、神様とか出てきてチート能力あげるよとかそんなアフターサービスは一切なかったんだけどね。
はぁ……、というかむしろ神様の悪意すら感じるよ本当。
それまで普通に生活し、普通に勉強やらスポーツに励み、そこそこの大学を卒業して社会人になったオレはまぁ『年齢=彼女いない暦=童貞』の所謂ごくごく普通の日本人であったと思う。
…………普通といったら普通である。
断固としてッ! いや絶対ッ!!
オレを育ててくれた両親もいたって平凡。
金持ちでもなければ貧乏でもない、ちゃんと国に税金を納めてる善良な日本国民であった。
まぁその普通を維持するのにもとんでもない苦労が必要だという事は、社会人になって嫌と言うほど理解したが。
少々真面目すぎて頑固な所があったオレの親父に口うるさいお袋。
2人とも苦労してオレを育ててくれたんだな。
それを考えるとオレとしては何としてでも元の世界に帰りたい。
突然息子がいなくなってしまったであろう現実を突きつけられた両親の事を考えると、正直申し訳ない気持ちで一杯になる。
どうやったら元の世界に帰れるのだろうか?
原作のマブラヴの主人公、白銀武が元の世界に戻るには鑑純夏を00ユニットとして蘇らせ『あ号標的』を撃破した事により因果の流れから開放されたわけだ。
じゃあ自分の場合は?
武と同じように『あ号標的』を破壊すれば元の世界に帰れるのだろうか?
確証はないが可能性としてはあると思う。
だが簡単に『あ号標的』撃破できるわけがないし、そもそもオレには戦う事なんてできない。
というかオレには『あ号標的』を破壊できない。
こちとら平和な世界の日本人。
人様に刃物を向けた事もないどころか殴り合いの喧嘩も小学校以来した事もない。
白銀武のようにバルジャーノンに嵌まってたみたいに対戦型のゲームもあんまり得意じゃなかったし……。
よく学校帰りに行ったゲーセンで友人からカモにされてたっけ。
ほぼ毎回1プレイするごとに消えていく100円玉が高校生の頃のオレには痛かったんだよなあ。
その時はアルバイトもしてなかったし。
しかも今となってはかれこれ10年近くゲーセンに行ってない。
RPGとかなら良くやったんだけどやっぱり対戦ゲームは苦手だ。
付け加えて言うと軍記物などの歴史資料とかも読みあさった経歴もないんで戦略とかの知識もなければ、ガンダムなどのロボットアニメも新たな戦術機の概念を生み出せるほど見てたわけでもない……。
くそう。こんな事ならもっとロボットアニメを見ておくんだった。
歴史は無理! 勉強したけど苦手科目だったから理系の大学選んだくらいだし。
テスト勉強の大半を歴史に注いで平均点に全然満たない成績を取った時、オレは歴史を捨て科目にしたのだ。
まぁこれも今では良い思い出だが、ここにきて現実の世界で今まで培ってきたオレの経歴はマブラヴの世界では全く役に立ちそうもない事に気付く。
なんてこったッ!! ちくしょう!
……いっそ自殺してみるか?
そうすれば夢オチでしたなんて事もありうるかもしれない。
いや、でも無理だよな。普通に考えて。
そもそも自殺なんてしたくないし、仮にやってみたとしても本当にあの世に行ってお終わりの可能性がある。
はぁ……本当どうしようこの状況。
戦略知識はないわ、新しい戦術機を生み出す事もできないわ。
運動もね? 別に苦手じゃなかったけど軍隊レベルの訓練なんて受けた事もないし……。
たぶん衛士としての才能もないと思う。
遊園地の絶叫系は平気な方だったが対戦ゲームが先も述べたとおり苦手だったからなぁ……正直微妙だ。
あとは他のアドバンテージと言ったらやっぱり原作の知識くらいか……。
とは言ってマブラヴの細かい設定含め全部の内容覚えてるわけじゃないしなぁ。
そもそも人間1人の力には限度がある。
原作の知識を完璧に覚えていたとしても、いきなり現れた身元不明な現実来訪者であるオレにそんな大それた事ができるとは思えない。
とは言え考えるだけなら無駄ではないか。
はたしてどんな作戦がベストだろう?
オレは原作の知識を覚えている限り振り絞ってみる。
出来る出来ないではなく、とにかく最も効率的なBETAの駆逐方法はないものか?
たしかBETAって箒型の指揮系統だったはず……。
つまりは『あ号標的』を倒せば人類に戦況がとても有利になるという事だ。
だったら初っ端からオリジナルハイヴに向けてALM(対レーザー弾頭弾)を打ち込んで、後はG弾、G弾、G弾……。
統率者のいなくなったその後は、オルタネイティヴ4をじっくり進めるなり、オルタネイティヴ5で一気に蹴散らすなり好きな方法を取ればいい。
これで何とかなりそうかな?
……アレ? いけるか?
いやいや……理屈では行けるかもしれないが中国を初めとした諸外国がそれを許さないか。
マブラヴの世界で最も厄介なのがそういった人間同士の確執だったと記憶している。
それに本当にBETAが箒型の指揮系統だって事を上の人間に証明しなくちゃいけないし、一般人のオレの言う事なんて信用されないだろう。
だが……うん! オルタネイティヴ5が発動した時の保険としてこの情報は香月夕呼あたりに流しておこう。
彼女ほどの地位にある人間の言う事なら他のお偉い方も信じると思うし。
一番の問題はオルタネイティヴ4の最高責任者である彼女が絶対に首を縦に振らない事だな。
……やっぱ無理か?
ゲームの世界で現実は厳しいというのもどうかと思うが、やっぱり現実は厳しいようだ。
だがまぁそんな事を今のオレが考える必要なんて全くないんだけどね。
ちょっとねぇ、実は今すんごいトラブルに巻き込まれてるのよオレ。
だから今の作戦も例え実現可能でも全くもって無駄以外の何物でもない。
まぁその件については後で説明するからもうちょっとオレの愚痴に付き合ってくれ。
……え~とだ。
後は他にオレに残されたアドバンテージはないか?
大学での専門知識……これも微妙だ。
オレの卒業した大学の学科は機械工学科だったわけだが就職先はそれとは全く関係ない業界の営業職に就いたから、卒業と同時に大学で習った知識は忘却の彼方へと捨てたので全く覚えていない。
忘れるのは得意なんだよねオレ……。
え? 何で大学の学科と関係ない業界に入ったのかって?
うるさいな。不景気だったんだよ。
職業を選んでる余裕がなかったんだよ。
書類だけなら一体どれだけの会社に送ったのかすら覚えていない。
最初はね? 大卒としてのまぁプライドみたいなもん持ってたんだけどさ、片っ端から面接どころか書類選考まで落とされてそんなものボロボロにされたわけだ。
それでもう何処でも良い。
とりあえず正社員にさえなれればと言う感じで何とか入ったのが今の会社だ。
まぁそんな理由で入った会社だから職場環境は推して知るべし。
それでも今はとにかく正社員と言う履歴を残して後数年……景気が回復して転職しやすくなったら即効やめて別の会社へ行ってやる!
履歴書に正社員と書けるだけで全然違うからね。
今に見てろよと! いつもの様に心の中で愚痴りながら疲れた足取りでフラフラと夜道を帰宅してたらトラックに跳ね飛ばされた……んだと思う。
何か泣けてきたな。
おまけに死後の世界はマブラヴでしたと。
ハァ……週1の休暇で唯一現実を忘れられるひと時がパソコンゲームだったんだけど、まさかその世界に行く羽目になるとは……。
いやまぁこの作品は無茶苦茶嵌ったけどね?
素直に面白かった。
ネットとかで話題になった理由が良くわかったよ。
冥夜が散った所なんて泣けたし。
オレが何かを見て泣いたのはこれが初めてだったりするんだからマブラヴはすごい作品なんじゃないかと思う。
というより最近涙もろくなってきたのかな?
昔は泣けるという噂のドラマを見てもなんか台詞が嘘くさくって、どうしても感情移入できなくてさ。
「こんな台詞言う人間現実にいね~よ」みたいな冷めた感情があったというか……。
そんなどこか冷めた所のあるオレが初めて泣けた話がマブラヴだったりするわけだこれが。
あぁ今更いうのも何かもしれないが、オレの転生した世界は、マブラヴの世界の中で一番現実から来訪してはいけない『オルタ』の世界だ。
ハァ……よりによって何でオルタなんだよ。
エクストラ、もしくはオルタードフェイブルの世界ならまだ両親の事を思ってもここまで帰りたいなんて思わなかっただろう。
何だかんだで平和でギャグな世界を堪能していたと思うし。
あっ! もしかしたらオルタじゃなくアンリミテッドの方かもしれない!
……どっちにしても駄目じゃん。
何かへこんだ。
ちくしょうハズレだハズレ! 大ハズレだッ!
マブラヴ・オルタネイティヴ……『Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race』だっけか? 人類に敵対的な地球外起源種であるBETAと人類の存亡をかけた『あいとゆうきのおとぎばなし』。
いやね? そりゃあゲームとしてプレイする分には良いですよ?
でも現実来訪は本当に勘弁してほしい。
もちろんオレだってA-01とか大好きだったし冥夜とか純夏とか助かって欲しかったなあって気持ちはありましたよ?
でもね? 実際来訪してみて自分で動いて彼女達を救いたいとかどうなのかとか聞かれたら答えは『No』です。
ぶっちゃけそこまで優しい人間じゃないわけだオレは。
だって自分の命の方が大事だもん。
でも否が応でもオレは彼女達と関わっていくんだろうな。
何故ならオレはマブラヴの『ある重要なキャラ』に憑依してしまったのだから。
間違いなく原作のキャラクター達と会う機会があるだろう。
本当に嫌になる。
いや彼女達と会って交流を持って、それなりに感情移入していければオレだって命がけで彼女達を救いたいと思うようになるだろうさ……多分。
だがそれは絶対にないと断言できる。
それはオレが憑依してしまったキャラクターの立場上、彼女達と出会うのはまだ先の話で、原作でも武達と会うことができたのはほんの少ししかなかったと記憶しているからだ。
そんなわけでこれから横浜基地に行って207B分隊と交友を持って、辛くもあり楽しい訓練を共有することもできないわけだ。
……はぁ本当にまいった。
まだ207B分隊と一緒に訓練できればもしかしたら原作キャラの誰かと恋仲になれてハッピーってな感じになれたかも知れないのに。
あれ? でも今って2001年10月22日なのかな? ちょっと日付を確認する術がないのでわからん。
マブラヴの世界って言えば2001年10月22日だから何となくそう思い込んでたが、原作より過去かもしれないし、未来かもしれない。
そもそも白銀武はこの世界にやってくるのかな? オレと言う人間がすでに憑依と言う形で現実来訪してしまっている以上、この世界は原作のマブラヴの世界ではない事は確かなはず。
ん~まぁ良いや。その内わかる時が来るだろう。
問題はオレがこれからどうするかだよな。こっちの方が重要だ。
まったくもってどうしたものか?
……オレはこの世界に来た日の事を思い出す。
気がついたら知らない天井。
外に出たら壊れた撃震と植生が失われた大地によりここがマブラヴの世界と予測。
自分の顔がマブラヴの主人公こと白銀武であった……!
なんて感じでは全くなかったわけで……。
よりによってコイツに憑依してしまうとは全く持って運が無い。
はぁ……不幸だ……。
どこぞの恋愛原子核をもったとある主人公と同じ台詞を言おうとするものの声を発する事ができない。
今のオレはちょっとしゃべる事自体ができないんでね。
健康だった5体満足だった頃の自分の体が懐かしい。
そう、あいにくとオレがこの世界にきた時は自分の体は5体満足ではなかったのである。
オレが目覚めた時、そこはBETAの巣窟ことハイヴの中だった。
薄暗くも幻想的な蒼い燐光に加えハイヴ内で創造主である珪素生命体から受けた命令を忠実に守り、資源を発掘し母星へと送るという作業を行い続けているBETAの姿。
全くあの時はびびったね。
もちろん『びびった』なんてそんな軽い言葉では表現が生温いのは分かっているが、こうでも言わないととてもじゃないがやってられない。
だってあんな化物が起きたら目の前にいるわけよ?
武はエクストラでいきなり冥夜が隣りで寝ててびびッてたけどその比じゃないってマジで。
人類に敵対的な地球外起源種が起きたら目の前にいただなんて下手したらショック死してもおかしくない。
いやまぁ正確に言えば目の前にいたって表現は不適切なんだけどさ。
さっき説明したようにオレは話す事ができないし、『目』なんてないんだもの。
もっと言うなら視覚以外に、聴覚、嗅覚、味覚に触覚。
所謂人間にとっての五感と言う物が全て欠如しているのだ。
もちろん両手両足という人間が生活する上で必要なものもありません。
完全に身動き取れない状態でそれでも外の様子が理解できるは自分でも不思議な感覚だがとりあえずはもう馴れた。
これがさっき言ったオレが巻き込まれたトラブルって訳だ
もうだいたいオレがマブラヴのどのキャラに憑依したか想像つくよな?
気がついたらハイヴの中。
そして五感の全てが失われたこの状況。
そうオレはマブラヴにおいて最も重要なキャラクター、『あ号標的』に憑依していたのだった。
……本当……どうしよう?