【お詫び】
すいません、修正時にブラウザ不調で間違えてageてしまいました(8/21)。内容は四話で最新です。
前書き
息抜きに書いたネタ話です。いわゆる憑依ものですので、苦手な方はご注意を。
・小説投稿サイト「小説家になろう」様にも同内容の物を投稿させていただいております
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心地よい敗北。
ワシの人生の最後を包んだものは、それだったはずであった。
我が名は東方不敗マスターアジア。
かつて人類抹殺をたくらんだ大罪人。
そして今は――
グラウンドに立つワシの目の前で。肩、いや全身を弾ませながら、必死で呼吸を整える六人の若人達。
「は、はぁ、はぁ……ら、ランニング終わりました……」
ずり落ちそうな眼鏡を支えながら、榊千鶴分隊長が報告してくる。
ワシはうなずきながら口を開く。
「よし、水分補給の後、次は流派東方不敗が基本型に入る。それとワシのことは――師匠、と呼べ!」
「も、申し訳ありませんき……いえ、師匠」
榊はじめ、全員がげんなりした顔をしている。やはり、かつての弟子を教育するのとは勝手が違うせいか。
――今は、国連太平洋方面軍横浜基地・207B訓練分隊の師匠である。
デビルガンダムを用いて人類抹殺をもくろんだワシは、かつて教え導いた弟子に敗れた。
力で、技で。
何より、魂で。
自然を汚す人類を滅ぼそうとしたワシが気付かされた、『人類もまた自然の一部』という真実。
そして見事ワシを越えた一撃により、我が妄執は打ち砕かれた。
武道家にとって敗北は死と同義であるが。絶望とは決して同じではないと悟ったワシは。
愛する弟子の腕に抱かれ、天に還った。
そのはずだったのだが。
五感も消えうせ、意識も最後の一片まで無になる直前、奇妙な呼び声に引かれた。
それは助けを求める赤子の声のようでもあり、あるいは残酷な運命の女神のそれであったようにも思える。
次にワシの意識がはっきりした時には、慌てた白衣姿の者達が忙しげに動き回る一室へと転移していた。
「あんた、――じゃないわね?」
まったく事態がつかめず、沈黙を続けるしかないワシにはじめてまともな言葉をかけてきたのは、皆に畏怖されているらしい妙齢の女性だった。
香月夕呼と名乗ったその女は、ワシによくわからぬ用語をまくしたててきおった。
しばらく時間を掛けて理解したことは。
ワシが、誰かの体に憑依してしまったということだった。
そう、憑依。
修行のために世界をめぐる中、ワシは摩訶不思議な話をいくつも見聞きした。
その中にあった噂の一つ。まったくの別人に、意識が乗り移ってしまう神秘現象。
なんでもワシの今の体の主が突然倒れ、医務室で精密検査をしたところ脳波と、体の組成が本人自身のものとまったく違っていたというのだ。
「すまん」
それが、この世界でワシが呟いた最初の言葉だった。
どこの誰かはわからぬが、突然己の人生を見知らぬ他人に乗っ取られて心地よい、などということはありえぬ。
気絶した時に憑依した、と見たワシはならばもう一度気を失えばこの体から離れられるのでは、と思案し。
「ガンダムでワシを殴ってくれ」
と頼んだのだが、何故かその女性は首を傾げるばかりだった。
どうやら言葉は通じるようだが、用語の類は全然違うらしい。
ワシはガンダムが核融合と気合で動く、全長二十メートル程度の人型機動マシンだと説明してやると、
「そんな機械があるわけないでしょ! だいたい殴ったら死ぬでしょ!」
と、返された。どうやらこの世界にガンダムはなく、この体の持ち主は虚弱体質らしい。
ならば体力を使い切ることで気絶を試みようと、頼んで外に出してもらい。もう崩れても構わないという演習場とやらのビルを石破天驚拳でちょっと微塵に破砕して回ったが、上手く気絶できなかった。
万一のためにつけられた、監視役という兵士二人が唖然としていたのに気付く。やはり、この程度の破壊力では弱すぎるのだろうか。
一端のガンダムファイターなら、朝飯前の行為でもあるし。
憑依してしまった人物と外見だけは変わらぬゆえ、ワシのためにその人の人生が狂うのは心苦しい。
そこで、ワシに出来ることを香月女史に聞いたところ……。
この世界が危機に瀕している、とはじめて知らされた。
聞けば、数十年前からBETAなる異星生命体(コロニーに上がった人類では間違ってもないらしい)に地球が侵略されているとか。
そして、自然も彼奴らに蹂躙されているという。
憤激したワシは、すぐさま『ハイヴ』なる連中の巣に乗り込んでいこうとしたが。
必死で止められたので、断念した。ワシのようなこの世界の基準としては弱い、まして得体の知れぬ人間に大事な者の体で無茶させるわけにはいかぬ、というのは理屈であったので断腸の思いで堪えた。
そしてワシは武芸なら多少覚えがある、ということで今訓練兵として鍛錬を積んでいる者達に稽古をつける、という話になった。
なお、ワシが憑依状態であることを知るのは、香月女史と一部の医療関係者のみである。
おもしろいからしゃべり方とかはそのまんまでいいわ、といってくださった香月女史には感謝あるのみだった。
「よいか! 戦いは弱いほうが勝つ! 己が強いと思ったとき、その慢心に既に足元を掬われておるのだっ!」
自戒を篭め、かつての弟子が悟ったという言葉を交えて格闘技訓練を行う。
目の前で汗だくになりながら、はいと声をそろえる五人の少女と一人の少年。
うむ、皆まだまだひよっこだが筋はいいし、何より熱意があった。
この分ならば今は泣きそうな顔でこなしている肘打・裏拳・正拳の連続技十万回も、楽々こなせるようになるだろう。
特に白銀武なるものは、筋が良い。ビルを持ち上げられる日も近いぞ、と褒めてやったら泣いてしまった。男が涙を見せるものではない、と思ったが嬉し泣きを邪魔するのも無粋であろう。
久方ぶりにギアナ高地での修行の日々を思い出し、目を細める。
さて、この世界に来て一番困ったのが、食事のまずさである。
聞けば、合成食糧なるものに頼っている状態で、三食いただけるだけでもありがたいほどだとか。
ワシは想像以上の人類の劣勢に愕然としつつも、やはり食事の味には妥協したくはなかった。
この基地でもっとも料理の上手いという京塚曹長――皆に慕われている、恰幅の良い女性である――に話をつけ、厨房に入らせてもらうことができた。
「要するに、これら合成食材は元をただせば海の恵み。それを牛肉の形をしているからといって、肉として調理するからまずくなる」
合成食糧が、多くは海洋で取れた海産資源から成ることを教えていただいたワシはそう結論づけると、前の世界で密かな趣味としていた中華料理の魚料理の技法を試してみた。
すると、少しはマシな味になる。
京塚女史に褒められたほどだから、実戦では役に立てずともこちらでは何とかなりそうであった。
ただ、少し気になったのがエプロン姿のワシに向けられる奇妙な視線である。
特に男性兵士から向けられる視線は気味が悪かった。頬を赤らめる妙なのがいたので、思わず超級覇王電影弾をかましてしまったが、逆に喜ばれてしまったのには参った。
軍隊には『そういう』悪癖があると聞いたことはあるが……恐ろしい。
「あんた、いいお嫁さんになれるよ」
という京塚曹長の冗談口には、只管苦笑するのみであった。
PXから上がり、宛がわれた自室に入るとようやく一息つける。
習慣から何から違う世界と付き合うのは、気苦労が耐えぬ。まして、憑依してしまった相手の評判を崩さぬようにするのは骨であった。
「やはり、早くこの体を持ち主に返す方法を見つけるべきか。いや、見つけねばならぬな」
ワシはベッドに身を横たえながらも、そう誓った。
――ワシが憑依した体の本来の持ち主は、神宮司まりもといった。